椚ヶ丘中学校3年E組。
いつも通り担任となった超生物・殺せんせーの暗殺が繰り広げる日常の中、ホームルームで殺せんせーは生徒達に告げた。
「今日は急遽、野中さんの保護者の方がお見えになるそうですよ」
「ピラ子ちゃんの?」
「正しくはオジキですよぉ」
オレンジ髪で前髪の一部をチョンマゲの如く結わえた、特徴的な髪型をした女子生徒――
彼女はE組の中ではかなり頭の切れる生徒で、胆力もクラスで断トツの一位。プロの殺し屋にも一切怯むことはなく、女子の中では腕っ節もかなりのもの。怒らせれば男子はおろか殺せんせーすら震え上がる程で、カタギの出身じゃないと度々言われている。しかも本人は肯定も否定もしないで微笑んでスルーしており、本当にヤバい家の子供ではないかと確信している者も多い。
ただ、昔からヤクザ映画や時代劇が好きだとも語ってたので、その影響が強く出てるんじゃないかと言う者もいる。真偽は不明だが。
「ピラ子ちゃんの親御さんかー。楽しみだな」
「確か三十四歳だったわよね? イケメン来るんじゃないワンチャン」
「かーっ! 羨ましい限りだぜ!」
生徒達の反応は様々。
すると、廊下の方から声が聞こえてきた。副担任の自衛官・
「国にある程度働きかけたが……この場での全ての出来事は他言無用でお願いします」
「まあ、娘が元気でやってりゃあそれでいいさ」
先に入室した烏間に続き、鋭い目つきの男性が教室の入口から現れる。
男の見た目は、一言で言えば昔のヤクザだった。
浅黒い肌と白に近い銀髪。右頬にある十字の刀傷。首に巻いた赤い襟巻き。彼岸花があしらわれた黒地の着流し。
その姿は、まさに時代劇でよく見る侠客そのものだ。
「あ、オジキ!」
「おうピラ子。思いの外馴染んでんじゃねーかい」
ちったァ浮くと思ったぜ、と言いながら笑みを溢す男。
一番浮いているのはアンタだよ! とツッコみたい一同だったが、言ったらガンを飛ばされそうな気がしたのでその言葉は飲み込んだ。
殺せんせーは、恐る恐ると言った様子で尋ねた。
「あ、あなたが、ピラ子さんの……親御さんで?」
「溝鼠組組長の泥水次郎長ってモンだ。ウチの娘が世話んなってるな」
淡々と自己紹介した男……次郎長の素性に、烏間以外は一同絶句した。
――マジモンのヤクザかよ!!
「ジロチョウ……本物のジロチョウなのね……!」
すると、意外なところで反応があった。
殺し屋にしてこの教室の外国語講師であるイリーナ・イェラビッチだ。
その表情は、まさしく度肝を抜かれたといってもいい程。さすがに目ン玉を飛び出させてはいないが。
「ビッチ先生、知ってんの?」
E組きっての実力者である
相変わらずビッチ呼ばわりされることに青筋を浮かべつつも、次郎長の説明をした。
「海外じゃあ物凄く名の売れたジャパニーズマフィアよ。ジロチョウはナミモリって小さな町が唯一の縄張りだけど、その町に〝黒いネタ〟で干渉してきた多くの勢力が
「おかげでオジキの縄張りは平和ですよゥ」
「メチャクチャ血に塗れた平和だろーが!」
目が飛び出る勢いで
「それで、ピラ子……この典型的なタコ宇宙人が担任なのか?」
「失敬な! 地球生まれ地球育ちですよ!」
「生まれ故郷なんざどうでもいいわ。あとてめーに話振ってねーよ」
容赦ない言葉の刃に、殺せんせーは目に見えて落ち込んだ。
「そうですよゥ。殺せんせーと言うんですよ」
「……おいタコ助、フザけてる訳じゃねーよな?」
「ヒィィィィッ!!」
呆れ半分で睨みつける次郎長に、殺せんせーは戦々恐々。
さすがに本物のヤクザに凄まれてはかなわないらしい。
「……それで、何でわざわざここに来たんですか?」
「ここの教員共が生徒を第一に考えられる立場の大人か、見極めたくてな」
次郎長の言葉に、ヒュッと誰かが息を呑んだ気がした。
ガヤガヤとしていた教室も、静まり返っている。
「大まかな話は聞いてるさ。おめーさんは上の命令に逆らえない軍人、そこの金髪の姉ちゃんは殺し屋だから雇用主が最優先、そこのタコ助に至っては暗殺対象だから論外。刑務所か何かかと思ったぜマジで」
次郎長の言葉に何も言えなくなる教師陣。
表の人間も裏の人間も、色んな人間をその眼で見てきたからこそ言える男の言葉は、かなり重く感じたらしく、烏間に至っては頭を抱えている。有事の際は助けられても、社会的な立場として
「生徒に被害が及んだ時、協力を強いる者が派遣された時、生徒諸共殺せば万事解決という選択肢が出てきた時……そういう事態はどこかで必ず起こる。中立の立場で護れる人間がいない以上、娘をこのままにする訳にもいかねェだろ?」
「……返す言葉もない」
「オイラも立場上、殺し屋とは顔馴染みだからな……その縁でおめーらの話は大方把握してたから、そんなこったろうとは思ってた」
特に責める訳でもなく、咎める訳でもなく、次郎長は言葉を紡ぐ。
〝上〟に逆らえない立場ということに、気を遣っているのだろう。それが余計に心にきた。
「……私は、このクラスの担任です。担任である以上、彼らが私の暗殺を成し遂げるまでは是が非でも守ります」
「ククク……おかしなこと言うじゃねーか。子供に殺しの業を背負わせるために守るなんざ世も末だな。そういう汚れ仕事は大人がやらなきゃなんねーことだろ? てめーが大人しくどっかの誰かに殺されてくれりゃあ、コイツらも殺しの業も背負わずキレーなまま生きてけるってのに」
嫌味とも皮肉ともとれる言葉に、殺せんせーは何も言い返せない。
「暗殺」という言葉が如何に重いものなのか――それを思い知り、クラス全体が落ち込む。
「……まあ、悔いが残らねーなら知ったこっちゃねェ話でもあるけどな。そのあたりの
「……暗殺成功の際は、国が責任を持つ。それは確定事項だ」
「そうかい。……ただ気を付けろよ、お前らの望みを日本が妥協しても、世界はそうはいかねーと思うぜ」
次郎長は改めて渚達に目をやると、不敵に笑った。
「って訳だ。てめーらがウチの娘を護れる技量があるか、試させてもらうぜ」
『いきなり来た!?』
次郎長の宣言に、全員がツッコミを炸裂させた。
――こいつ、さりげなく暴れたがってやがる!!
「おいおい、こんな常識外れのタコを殺すんだ、ヤクザ一人袋叩きにできねーでどうするよ」
「……おっさん、そんなに強そうには見えないけどな。ヒョロいし」
「華奢と言え、若造が」
カルマの挑発を捌きながらも、次郎長は余裕綽々と言った様子で見据える。
そこへ、ピラ子がバッドニュースをぶっ込んだ。
「カルマ君、言っときますけどオジキは〝最強〟ですよゥ。
「おいおい、そりゃあいくら何でも……」
「烏間先生は自衛官だぜ?」
生徒達はそんな訳ないだろうと笑った。
烏間は現職の自衛官であり、戦闘力は極めて高い。歴戦の殺し屋相手にも反撃したり圧倒できるのだ、喧嘩自慢のヤクザが太刀打ちできるとは思えない。
が、次郎長はそれでも笑った。
「思い込みは一気に窮地に立たされる。やってみりゃあ、娘の言葉の意味がわかるさ」
「ヌルフフフ……たまには外部の方に見てもらうのもいいのでは?」
「ハァ……わかった。だがいくら鍛えてるとはいえ、中学生だ。授業に障るようなマネは止してくれ」
「……ああ、任せとけ」
烏間の了承を得た次郎長は、凶暴な笑みを浮かべるのだった。
*
結論から言おう。
E組と次郎長の組手は、次郎長の圧勝だった。
「……まだ
『無理に決まってんだろーーーーーー!!!』
腹の底から叫ぶ生徒達に、次郎長は愉快そうに笑った。
「て……手も足も出なかった……」
「ガード堅いし、当たっても鉛みたいにビクともしない……!」
「拳骨の一発が規格外すぎんだろ!! 寺坂は錐揉み回転しながら吹っ飛んだし、カルマなんか宙に浮いたぞ!?」
「岡島なんかサッカーボールみたいに転がってったしな……」
次郎長の強さを目の当たりにし、一斉に愚痴をこぼす生徒達。
しかし、一連の手合わせを観察していた教師陣は、次郎長が手加減していたのを理解していた。
「……保護者って怖いですねェ」
「あんなのばっかじゃないでしょ、さすがに!」
(……決して力任せの暴れっぷりじゃない。キレのある動きと攻撃、強固な防御、勘の鋭さ……さすがは裏社会の人間と言うべきか……本気を出したら、致命傷にもつながりかねないぞ)
ピラ子の言う通りの無双ぶり。
大人と子供の差とはいえ、次郎長の戦闘は力任せの喧嘩殺法でありながら、身体能力の高さと勘の鋭さをフル活用しており、長年の経験も相まって何物も寄せ付けない強さを発揮した。
まさに、怪物と言える。
「そうへこたれるこたァあるめェ。チームワークは抜群だったし、一瞬でも気が抜けない状態だった。特に渚っつったか? あのガキの〝猫だまし〟には面食らったぜ」
「それ全部受けといてボッコボコにしたクセに……」
次郎長は団結力と連携プレーを彼なりに称えるが、何か嫌味みたいに感じてしまう。
強すぎるからだろうか。
「……まあ、こんぐらいの腕が立つてめーらなら問題ねェ。安心して任せられる」
――俺の家族と、しっかり向き合ってくれ。
次郎長はバタンキューな生徒達に向け、朗らかな笑みを溢すのだった。
〈この話でのキャラについて〉
【泥水次郎長(吉田辰巳)】
設定は本編と同様。
実は殺せんせーの性格上、月を破壊した犯人ではないのではと考えている。洞察力の高さから考えると、本格的に介入したら暗殺教室が二学期分で終わりかねない。
【椿平子(野中平子)】
E組であることさえ除けば、設定は本編とほぼ同じ。
実は狡猾に立ち回ることも得意で、本校舎の五英傑から警戒されている。ヤクザだしね、実家。
【E組】
可愛いクラスメイトの保護者が、マジの大物ヤクザと知り絶句。しかも滅茶苦茶強くてまた絶句。
今回は数に有利な上にステゴロだったので十分は戦えたが、得物ありだったら三分持たなかった。