魔竜転生アクノロギア 意図せず原作をブレイクするようです。ただし別のな!   作:前虎後狼

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長らくお待たせ致しました。
半年以上の期間を空けておいて、恥ずかしながら帰って来ました前虎後狼です。
聞き苦しい言い訳だけ述べさせて頂きますと、重度の精神的ショックを受け所謂スランプ状態に陥っておりました。そういった理由とも呼べない理由により、現在次回以降の投稿の目処が立っておりません。未だ原作にすら到達できていない拙作ですが、もし宜しければこれからも気が向いたら御目を通して頂ければ幸いでございます。
それではなんちゃって原作要素との邂逅の巻、ごゆるりと御堪能くださいませ。




















P.S. 関係ないけどアイドル部って良いよね。


無垢なる反逆の蛇と魔竜

その龍は、この世に生まれ落ちたその時から最強を手にしていた。

 

蒼き生命の水で満ちた命の星の上ではなく、何物も存在できない虚無の空間にて、それは初めて己を自覚した。

世界と世界の狭間、位相と位相の隙間、僅かに生じている歪みの中。

そこには、二つの絶対種が存在する。

 

赤い龍。物質世界の法則や概念に囚われぬ、夢のようにあやふやな次元の放蕩者。『夢幻』を司りし者、『真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)』グレートレッド。

 

そして、物質世界においては最強と目される龍神。『夢幻』に対するは『無限』。つまりは、途切れることなく永遠を望める生ける永久機関。

『無』より生まれ『限』りなく続く矛盾の極地、始まりと終わりを永遠と繰り返す『無限』を体現する者。『無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)』オーフィス。

 

あらゆる事象に干渉が可能なとびきりの反則手(ジョーカー)

敵として立ちはだかる者は無し、文字通り無敵と言える存在。

 

戦うことすら馬鹿馬鹿しい二つの絶対の個は、次元の狭間と呼ばれる世界の境目を変わらず揺蕩い続けていた。これから先も、この二匹の龍は現実世界に介入すること無く無の境界に閉じこもり続けるのだろう。

 

そんな均衡は、永遠の停滞は突然に崩れ去った。

 

無限が、現実世界へと飛び出したのだ。

正確には、夢幻に押し出されるように現実世界へと落ちてきた。というのが正しいかもしれない。

変わらぬ静寂を享受していた龍神は、その突然の事に目を疑った。

右を、左を見渡せば、広がるのは彩り溢れた世界。

静謐などどこにも無い、生命の鼓動で満ち溢れた世界に、無垢なる龍神は落とされた。

 

地を見やれば硬い土と、命の匂いが鼻を擽る。

空を見あげれば幾千の星が瞬いている。

どれも、無垢なる龍神には初めての経験。

それでも、龍神は未知の世界には目もくれずに、毅然と煌めき続ける星海を見上げ続ける。

 

「────」

 

声にならない龍の嘶きが零れる。

それは如実に、自らを落とした赤き龍神への困惑と、恐怖に満ちていた。

 

どうして、と。

 

その日、無敵の龍は最強へと落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紀元前の地球と言われれば、何を想像するか。

原始人?文明が起きる前の世界?それとも、何も無いと感じるか?

 

その通りだと肯首しよう。しかしそれははるか昔の話だ。

紀元前とはいえ、年月が経てば人は文明を興す。火を知り木を切り道具を作る。生きる事を最大限に謳歌するために。

 

その黎明とも言える時代、まだ神という至高の者が世を支配していた、後に神代と呼ばれた時代。

 

まだ人が自らの一歩を踏み出そうとすらしていない時代に、二つの絶対者は出会った。

 

その出会いが後にどのような波紋を起こすのかは、まだ誰にもわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、このぐらいで良いか」

 

パチパチと、人の文明の象徴たる火が燃え上がり暗がりを照らす。

闇を照らす灯火は熱を放ち、触れたものを焦がしゆく。

その篝火の隣には、香ばしい香りを漂わせる生きる為の糧があった。

木の枝に体を貫かれた小魚が、人の文明の黎明でもある炎に炙られていた。

 

「それ、食らうが良い。焼いただけの簡素なもので済まぬがな、許せ」

 

「むー······流石に連続で焼き魚は飽きるよ」

 

「飽きる······これが、飽きを感じるという感情なのでしょうか?」

 

「オルトリンデ、その情報の取得は余計なものでは」

 

「それも必要な要素なのですよ、スルーズ叔母様」

 

「ふむ、そろそろ別の糧を見つけなければな·········」

 

焼けた川魚の腹に食らいつき、芯まで火が通った身を咀嚼する。

控えめながらも脂の乗った肉が舌の上で踊り、今日もまた生きているという実感を与えてくれる。

しかし連日同じものでは流石に飽きが来ているというのもまた確かであり、凡そ感情と呼べる機能が設定されたものでしかないワルキューレ達も、その感情が生まれつつある程にはここの所は焼き魚しか口にしていない。

 

かつてシグルドと旅をしていた頃は、このように焼き魚オンリーだったのが常だった。そのためかロギアは割と同じ物を食べ続ける事に対する飽きというものをすっかり欠落させてしまっていた。

 

「それに、なんだか小骨が引っかかる感じかするのがなんかやだなぁ······」

 

「その程度なら容易に噛み砕けようて」

 

「いや、ドラゴンのロギアはそうかもしれないけど······」

 

「私は、余り気にはならないですね。むしろこの、パキパキ?とした音が鳴って破砕しながら咀嚼するのがなんとも······むぐむぐ」

 

「スルーズ、なんかロギアに影響されてきてない?」

 

「そういうヒルドこそ、彼の固有名称を呼称するまでには気を許していませんか?」

 

「はぐはぐ、おはさははひほ、はあさはほほあひへいほうほひへひへふほへは?」

 

「アスラウグ、物を口にしながら言を零すでない。そしてその食べ方はどうなのだ······?」

 

「むぐむぐ、ごくん。おじさんだってお魚を生で食べようとしてましたのですよ」

 

「さて、なんのことだか」

 

ちょくちょく口の内側に刺さる小骨を避けながら食べ進めるヒルド。黙々と、そして少しずつ火の通った白身を晒す焼き魚に齧り付くオルトリンデ。そして小骨どころか骨なんてなんぼのもんじゃいと丸ごと噛み砕くスルーズとロギア。そしてまさかの頭から丸呑みを始めるアスラウグと、それぞれで食べ方も好みも違う、思い思いの方法で食を楽しんでいる。

 

思わぬ所で三人の個性、と呼べるかも怪しいが。それぞれの特色を垣間見ることが出来るこの時間を、ロギアはそれなりに楽しんでいた。

 

「ふむ、まあ無理もないか。では、そろそろ新しき味覚を開拓する頃合であるな。待っているがいい、明日にはその口を唸らせるものを───む?」

 

不意に、ロギアの言葉が途切れた。

 

すんすんと数度の空気が空洞を通り抜ける音が鳴り、ロギアは目を閉じた。

ロギアの突然の奇行に首を傾げるワルキューレ達は、不思議に思いながら周囲へと目を光らせる。

考えられるのは、自分たち以外の何者かが近づいて来ているか。それ以外にロギアが言葉を途切れされる要因が思いつかない。

しかし、スルーズ達の索敵機能には何の反応も引っ掛かりはしなかった。

 

「いつまで覗き見ているつもりだ?気味が悪い、疾く姿を現せ」

 

状況が飲み込めていないスルーズ達を置いて、ロギアは口を開いた。

直後、ロギアの真後ろの空間が渦巻きを描いて歪んでいき、それはやがて人型へと形を整えていく。凡そありえない光景にスルーズ達は息を呑む。

自分達に備え付けられた機能、勇士の魂を選定し導く為の魂を感知する能力でも気付けなかった。

 

驚愕するスルーズ達といつもの凶悪な面構えのままのロギアは、現れた人型の姿をその目に映しとった。

 

ボロボロのローブとでも言えばいいのかだろうか。所々がほつれてしまっている布きれを頭から被った、長く伸びた髭が重力に引かれ垂れ下がっている老人。まるで、世界と同化するまでに至った仙人のようにも見える老人は、感情の色が全く読み取れない瞳でじっとロギアを見つめ続けていた。

 

やがて、その得体の知れない何かはゆっくりと口を開いた。

 

「──お前、なに?」

 

疑問。嗄れた声で投げかけられた問いは、目の前に佇む理解の及ばないなにかへと向けられていた。老人の知る最強の龍ともまた違う、近しくも異質な存在へ。

 

「お前、強い。我やグレートレッドには勝てなくても、強い。でも、わからない。お前のその力、なに?」

 

「なに、か·········そう問われたところでな、我は我としか答えようがない······逆に此方から問わせてもらうぞ。貴様は、なんだ?」

 

しかしそれは魔竜からしても同じことであり、目の前に立ち尽くす謎の者へと問い返す。まるで世界に空いた人型の穴のようで、見ているだけで世界の裏側に引き込まれそうになる。老人の目には、虚無しかなかった。

 

「ん、我?我、オーフィス。無限の龍神、そう呼ばれた」

 

「なっ!?」

 

「嘘·······!?」

 

「なぜ、こんな場所に······」

 

「オーフィス········おじさん、知ってるのです?」

 

「いや、まったく」

 

驚愕はさらなる驚愕となり、思わず三人娘は距離を取ろうと後ずさり始めた。大神より与えられた情報の中から、今自分たちの相対している存在を示すものが提示される。

『無限』を司るとされる龍。ロギアが知る由もない、Fの世界には存在すること自体が有り得ない生きた世界の歪み。ワルキューレを鋳造した全能の神たる大神オーディンですら届かない、遥か高みに座す龍の神。

終わることない永遠の旅路を繰り返す、高次元の放蕩者。

そんな不理解の塊にして理不尽の権化が、ロギア一行の前に立ちはだかっている。

本当に有り得ない出来事を前にして三人娘の頭が処理落ちを起こそうとしている傍ら、まるで無知なロギアとアスラウグはただただ首を傾げていた。

 

「オーフィス······無限······意思を持った根源とでもいうのか?」

 

「根源?それはなに?」

 

「知らぬのか······?いや、何でもない。恐らく貴様には無縁の話だ。忘れよ」

 

「うん、分かった」

 

無限という簡素なれどとてつもなく壮大な単語に、ロギアは型月世界における全ての始まりと言える根源を思い浮かべた。

しかし当の本人がこの様子。もし根源から生まれた何かだとしてもその自覚は薄そうだ。ならば、下手に教えることも無いとしてロギアは口を噤むことにした。幸いこの無限の龍神とやらもだいぶ聞き分けが良いようだ。

 

「では我も名を明かそうか。我が名はアクノロギア。今は世界を駆け回りし旅人であり、貴様と同じ絶対を謳う竜である。この姿の時はロギアという名で通しているがな」

 

「私はアスラウグ。よろしくなのですよ、オーフィス」

 

「アクノロギア、アスラウグ······ん、覚えた」

 

「って、ちょっと待って!?なにさも普通に自己紹介してるのさ二人とも!?」

 

「相手が名を明かしたならば、己が名を明かし返すのが礼儀であろう」

 

「挨拶は大事だってロギアに教わったのですよ、当然のことなのです」

 

「確かにそうだけど!そうなんだけど!!相手が無限の龍神なのにどうしてそう平静でいられるの!?」

 

「「そう言われても、()は無限の龍神という()など(なんて)知らぬのでな(知らないのです)」」

 

「ダメだこの親子!」

 

いつの間にかツッコミ役としての地位を確立しつつあるヒルドは、至っていつも通りなアクノロギアとアスラウグの二人の反応に思わず頭を抱えた。

何分オーフィスという存在の異質さを二人は知らぬが故に、仕方の無いことではある。しかしその脅威性を産みの親より知らされている三人娘にとっては、オーフィスの存在は何よりも恐ろしい怪物にしか見えないのだ。

例えその見た目が、今にも息を引き取りそうな老人にしか見えなくとも。

 

「して、貴様は何故に我が前に立った?その如何を答えよ」

 

頭を抱えたヒルドをおいて、ロギアは無限の権化たるオーフィスにそう切り出す。わざわざ自分の前に現れたのは何故か?ヒルド達がそうも恐れる者が、目の前に現れた理由をはなんだ?

ひとまずロギアは、目の前の龍神の目的を明らかにする事から始めた。

 

「アクノロギア、強い。我やグレートレッドには届かなくても、強い」

 

「·········何が言いたい?」

 

「我とアクノロギア、一緒に戦えば無敵。だから、グレートレッド倒すの手伝う」

 

「············何故、そのグレートレッドとやらを倒すのだ?」

 

「我、静寂が欲しいから」

 

「··················少し待て」

 

無垢な龍神との会話を切り上げ、ロギアはようやくフリーズを終え再起動した二人と眉間に皺を寄せたヒルド、そしてぼけっとロギア達の会話を清聴していたアスラウグを集める。ロギア一行の緊急会議が急遽執り行われた。

 

「スルーズ、ヒルド、オルトリンデ。奴の言うグレートレッドとはなんだ?奴を倒すと何故静寂とやらを手にできるのだ?」

 

「うぅ······また現実から離脱(ログアウト)したい内容が聞こえてきた······よりによってグレートレッド絡みか······」

 

次々となだれ込んでくる情報を処理しきれずに、痛みを訴え始めた頭を抑える。しかもその話題を持ちかけてきたのがグレートレッドと並ぶバケモノなオーフィスであり、しかもそのグレートレッドを打倒するときた。

正直なところ、この案件をさっさと放り投げて狸寝入りを決め込みたいところだ。

 

それでも気をしっかりと保ちつつ、ヒルドは努めて冷静に、無知にすぎる二人へと自分の持つ情報を譲渡するのだった。

 

「それじゃあまずは、キミの言うグレートレッドとあのオーフィスってドラゴンの事から順番に話すね?正直なトコあたし達もよくは知らないんだけど、あのオーフィスってドラゴンは無限なんて概念を司っているとんでもないヤツだよ。同じくグレートレッドも、夢幻ってよくわかんない力を使う事が出来る正真正銘のバケモノ。お父様でも勝てはしないかもね」

 

「ふむ······あの大神でもか」

 

「そう、そしてそんな二つの頂上存在が居座ってる場所が次元の狭間って言う、世界と世界の間に出来た溝のような空間なんだ」

 

「なるほど、読めてきたぞ······その次元の狭間とやらはその二匹以外、文字通り何も無いのだな?生命も物質も存在出来ない、永久の静寂とやらを享受出来るまでに、何も起こらぬ場所。いわば無という法則のみが残りし虚構の海か」

 

戦乙女三女より齎された情報、それを魔竜は己なりに噛み砕く事でなんとか理解した。余程の理解力が無ければそう伝えられた所で理解しようもないのだが、テクスチャとテクスチャの境を突破したという経験があったアクノロギアはそう思考を至らせるのが早かった。

 

「しかしそうなると、オーフィスがグレートレッドを排斥しようとする理由は······」

 

「ここまでくれば容易に見えようて、オルトリンデよ。そのグレートレッドとやらに追い出されたのだろうよ。でなければ、今の今迄共に次元を揺蕩っていた同類を排斥しようとは思わぬ」

 

「おじさんに協力を申し出るあたり、冗談じゃなく本気そうなのですよ」

 

「········万が一そのような事態になれば、ただでは済まぬのが目に見えるわ」

 

「それで、貴方はどうするつもりなのですか?」

 

「ふむ、そうさな·········」

 

事の背景が明らかになってきた中、ロギアはこちらを見続けるオーフィスを盗み見る。

 

深く皺が刻み込まれた老翁の表情はピクリとも動かずに、深淵を思わせる昏い双眸がじっとこちらを捉え続ける。

そこには、一切の情緒が存在しないように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

龍神たるオーフィスが、今現在厄ネタをどうしよう会議にて方針を固めようとしている魔竜に抱いたのは、純然たる興味だった。

 

もちろん、自分達にすら届きうる力を持つ魔竜の力量を見込んだからこそ、オーフィスは次元を超えてこうして足を運んだ。しかしそれ以上に、魔竜の持つ異質さがこれまででは決して表出することのなかったオーフィスの好奇心を必要以上に刺激した。

 

自分達──無限の龍神と呼ばれた己自身と真なる赤龍神帝と謳われしグレートレッド。それに近しくも、異なる龍気を放つ存在。自らをアクノロギアと定義している黒龍。

 

よく分からないで満たされた漆黒のドラゴンに会ってみたいと思ったのだ。

 

「待たせたな龍神」

 

どうやら、向こうの話し合いとやらは終わったらしい。

先までの困惑が露わになっていた表情は消え、

 

「ん、我待った」

 

「そうか、それはすまぬな。笑って赦すが良い」

 

クハハと大仰に笑うロギアに、オーフィスは首を傾げるばかりだ。

彼の一挙一動の意図というか、やる事の意味かこぞって理解出来ないでいた。なぜ笑うのか、なぜそうも笑えるのか。

本当に───わからない。

 

「さて、オーフィスといったな?これより貴様の求めに対する我の返答を聞かせてやる────断る。グレートレッドとやらとの戦いに、我は賛同を決して唱えはせぬ」

 

「·········なんで?」

 

「クク、何故?と問うか───」

 

オーフィスの提示した願いを、ロギアはにべもなく断った。

当然と言えば当然であるが、生憎とオーフィスはそれを理解できるだけの理解力と情緒を持ち合わせていない。

いじわるなドラゴンは、無垢なドラゴンの問いに敢えて答えず、逆に問い返した。

 

「ならば次は此方から問うぞ。仮に我が貴様の願いに賛同し、グレートレッドとやらを打倒できたとしよう。貴様の望んだ静寂を、貴様は手にできる·········では、何故静寂を求めるのだ?」

 

「何故······?」

 

何故、と問われれば·········わからない。

何故静寂を欲するのか?それが一番心地いいから。

逆に、何故喧騒を嫌うのか?物事の変容を嫌うのか?

 

「何故······何故·········?」

 

「やはり、そこからであったか」

 

言葉を詰まらせるオーフィスの様子に、ロギアはようやく合点がいったとばかりに頷いた。

 

「それが貴様の持つ歪み、無知であるという事だ。龍神よ」

 

この龍は、今とっている老獪な姿とは真反対な程にものを知らなすぎた。

 

「例えば、あの空に悠然と浮かぶ月を見上げてみよ」

 

「月······?」

 

「あれを見て、貴様は何を思う?」

 

「·········わからない」

 

「それだ、それが貴様の持つ無知という歪みである」

 

ロギアが指差す先にある、妖しくも優しい光を放つ蒼光の満月。

風光明媚。そんな言葉が良く似合う美しい景色だ。

そんないつだって空にある月を見上げて、人はどんな思いを抱くだろうか。

美しい、恐ろしい、大きい、小さい。自己の形成を終えた大人は勿論、まだ情緒が出来上がっていない子どもですらなにかしらの感想を抱くだろう。

そんな、もはや当たり前とすらいえるものを、オーフィスという頂上存在は持ちえていなかった。

 

「貴様が静寂を何よりも心地よいと感じたのはな、貴様がそれ以外を知らぬが故だ。比較できる他のものを知らぬが故に、貴様は唯一知る安寧を求めようとしている。あの蒼月を仰ぎ見て零れる思い。幼子であれどあれを目にすれば綺麗とでも形容するだろうし、大きいとも感想を述べよう。しかし貴様は、わからないと断じた。何故か?それは貴様が、あまりにもモノを知らな過ぎる──即ち、智の不足と心が育っていないからに他ならん」

 

「綺麗······綺麗って、なに?」

 

「貴様が善いと感じたものだ。貴様の心を震わせる程の揺らぎを与えし物事。定義も解釈も人それぞれであるが、停滞せし貴様の心の内を揺さぶる何かがあれば、それはきっと貴様にとっての綺麗であろうさ」

 

まるで、中途半端な自我だけが芽生えた赤ん坊のような龍。

老人の姿となった龍神は、初めて手に入れた謎の感覚を不思議に思っていた。これまで生きてきた中では必要のなかった思考、情報を取得した事でオーフィスの基底となる何かが変革を迎えようとしている。

 

老獪な声と姿と裏腹に首を捻って唸る姿は、難問を前にして必死に考え込んでいるような子どものように見える。ロギアはそんな光景を認めて、良い兆しだと頬をほころばせた。

 

これまでは、そんなありふれたものに見向きすらしなかったんだろう。

なにせスルーズ達が評する通りなら、オーフィスは世界最強の存在の片割れである。

更には次元の狭間という謎の異空間に引きこもっていたのだから、そういった未知のなにかが恐ろしかったのかもしれない。

 

「おじさんおじさん、コレ」

 

「む?あぁなるほど、確かにそうだ。こうして同じ火を囲んでいるというのに一人だけ除け者というのは、あまりに酷であるというもの」

 

アスラウグから差し出された香ばしい匂いを漂わせる───本日のメニューこと魚の串焼きを受け取り、それをオーフィスへと手渡す。

 

「その様子からして、食するという行いすらまともにしていないのだろう?喜べ、この我より施しを受ける栄誉を赦そう。確と味わえよ?」

 

オーフィスは少しの間逡巡し、差し出された焼き魚を恐る恐る手に取った。

掴んだ手へと伝わっていく熱を感じ取る。

暖かく、熱い。感じたことの無い感触。

そして、嗅覚を刺激する匂い。

 

「この匂い······良いもの。これも綺麗?」

 

匂いなど、熱量など、オーフィスはこれまで気にした事など無かった。

個人個人を、個々を区分けする情報の一つとしか、龍神は考えたことがなかった。それをいざ、こうして身に感じてみればどうだ?

緑の匂い、太陽の匂い、風の匂い、土の匂い。

日光の熱、炎の熱、そして生命の熱。

さほど気にした事など一度たりとて無かったのに。嗅覚が嗅ぎとった情報など、皮膚が測った温度など。オーフィスの望む静寂の場所。次元の狭間にはそんな情報物質など皆無である。

しかしそれが、今のオーフィスには何故だかとても心地よく思えた。

 

「クハハッ、そうだな。それが貴様にとっての綺麗であろうよ」

 

初めてを手にして、初めての食事を今口にする。

瞬間、オーフィスは僅かに目を見開いた。

 

「悪くない······綺麗な、味?」

 

「クハハハハ!綺麗な味か!確かにそうさな、貴様にとってそれは綺麗と表現するのがなによりも腑に落ちよう。しかし、その感覚を一つの言葉として表すならば、それは美味しいと呼ぶ」

 

「美味しい?」

 

「そうだ。美味い、とも言うな。良いと感じたものを口にした時、人はそう言葉に表す」

 

「これが、美味しい。これが、味······」

 

口膣内で咀嚼され解れていく、魔竜より施された白魚の焼き身。

そしてオーフィスは、初めて感じ初めて教わった、生きる者が当たり前に抱く感情を、広がりゆく味と共に噛み締める。

 

「これが、気持ち······?」

 

そんな未知の感覚は、存外悪いものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「·········なんだか知らないけど、すっかり打ち解けちゃってる」

 

黙々と焼き魚の腹辺りにかぶりつく老人、その様子を同じく焼き魚を頬張りつつ見守る褐色の大男と銀髪の少女。

夜の帳が降りた暗闇に灯りし、一つの焚き火を囲んでいる。

 

大男は豪快に笑い、少女は小さく口角を上げ、老人はピクリとも動かぬしわだらけの顔のまま、大男の声に耳を傾ける。

その様子は、傍から見れば放蕩者達の宴と誰もが思うだろう。

ただしその三人は何れもが神に等しき力、或いはその血を内に秘めしものであり、その事実を知るものからすれば、いつ刃を交えるかもわからない恐ろしき場面に写るだろう。

 

その光景を傍から見守る、三人の戦乙女がそうだった。

 

だがどうやら、その心配は杞憂だったようだ。

 

()の魔竜からしてみれば、オーフィスのような超常存在であっても差ほど珍しいものではないのでしょうか」

 

スルーズがそう呟けば、ヒルドは首を竦めてさあねと返す。

魔竜の突拍子のなさには、もはや慣れてしまっていた。

 

北欧という鳥籠より連れられるままに飛び出して、産まれて初めて外という大海を見た。与えられた情報ではなく、そこに在る現実を己が目で認識する。実際に目にした未知の数々は、神の被造物たる彼女達には本来産まれぬはずの、感動という感情を形成した。

 

知らぬを知り、己が在り方を創り出す。

焚き火を囲んでいるオーフィスの後ろ姿が、どこか少し前の自分達を想起させた。

 

「お姉様も、現在の私達と同じ不和を抱えていたのでしょうか·········」

 

彼女達に生まれた心の種は、開花の時を待ち続ける。

これまでに発露したことの無い可笑しな違和感に、奇妙な心地良さを見出しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宴の時は既に過ぎ去り、世界に再び光が満ちる。

 

「あっ、もう朝なのです」

 

「で、あるな」

 

愉快な夜を過ごした放蕩者達を、地平の彼方から起き上がる朝日が照らし出す。夜が明けた空は瑠璃色の天幕と打って変わって、陽の光により曙に染まっていくだろう。

 

「では旅の再開といこうか。早々に支度を済ませるぞ」

 

空を見上げ、風邪の具合を確かめたロギアは出立を宣言した。

焚き火の跡を足でかき消しながら、次の航路の選定をするべく深く考え込むべく顎に手を当てる。

 

「む、そう言えば······オーフィス」

 

その直前に、ロギアは思い出したようにオーフィスへと声を掛ける。

 

「ん、なに?」

 

「いや、これから貴様はどうするのかと思ってな」

 

ロギアはオーフィスの提案こそ断ったが、だからといってオーフィスが諦めたとは微塵も思ってはいなかった。グレートレッドの打倒。オーフィスにとってはそれが何よりも重要で、これまでの道標といえる目的だったからだ。

それを抜きにしても、この龍神の世間の知らなさどころか情緒の未成長具合には非常に心配せざるを得ない。かつてゲルダ達に向けていた親心が、この子どものような龍神を見ているとどうしても刺激されるのだ。

 

「我も、旅をしてみたい」

 

「ほう······」

 

まさかの答えに、ロギアは思わず口角を吊り上げた。

早々にこの無垢過ぎる龍神が興味を持つのかと思っていたが、その無垢さゆえに、龍神はなにか意義を見出したらしい。

 

「ロギア達と食べた魚、悪くなかった。この気持ち、嫌いじゃなかった」

 

だから、もっともっと色々な景色を、まだ見ぬ世界を見てみたい。

そう語るオーフィスの声は歳を重ねた老人の嗄れたような声に似合わぬ、童のような生き生きとした声色だった。

 

「では、我等と共に征くか?」

 

新たな旅人となった龍神に、魔竜はその手を差し伸べる。

心底愉快そうに、初めて立ち上がった赤子を褒め讃え祝福するかのように。

 

しかし──龍神は首を横に振った。

 

「ん、我一人で、する」

 

オーフィスが選んだのは、一人きりの先行きの見えぬ航路だった。

 

「我、まだ静寂を手にする事諦めてない。だから、先ずは我一人で、色々なものを見て回る」

 

「·········そうか」

 

「ん、それと、答えが出たら」

 

オーフィスの背後の景色が少しずつ歪んでゆき、世界に真っ黒な孔がぽっかりと開いた。ブラックホールのようにあらゆるものを呑み込まんとする孔へと、オーフィスは歩いていく。

 

「また、ロギア達に会いに来る」

 

「クハハ·········そうか、ならば征くがいい」

 

偶然から生まれた邂逅だった。

魔竜と龍神、どちらも世界の理の外に在る者同士。

その出会いは、きっと善きものを齎すに違いないだろう。

その証に、産まれて初めて自分の意思で航路を定め、無垢な龍神をほんの僅かにでも歩ませたのだから。

 

「最果てに辿り着いた貴様の答えがどのようなものになるか、愉しみにするとしよう」

 

「ん、わかった」

 

再び(まみ)えたその時、どんな答えを見せてくれるのか。

歪みの中へと消えゆく背中を見送りながら、ロギアは笑みを深めるのだった。

 

 

 

 


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