魔星となることを選んだ後の私の扱いは少しばかり複雑だったようだ。
まず、人造惑星として目覚めるまでの空白期間について。どうやら魔星となるのに半年ほどかかったらしく、その間は
カグツチの根回しなのは間違いないが、果たしてどう働きかけたのやら。興味はあるがあまり聞きたいことでもない。たぶんカグツチを知る
ともあれ、
どちらかと言えば数少ない友人たちの方が問題だったというか……三者三様の反応を受けてすごく苦労したのが印象深い。
まずギルベルト・ハーヴェスだが、あいつはいつものすまし顔で祝ってきた。
「思惑通りに運んだようで何よりだとも、おめでとう
私が魔星となったことをきっと心の底から寿いでいるのだろうけど、胡散臭くてしょうがない。その選択と葛藤もお見通しと言わんばかりの口調に
次にアルバート・ロデオン、彼の方は大いに私の身体を心配していた。
「魔星となったってそりゃどういうこった……!? 星辰奏者とはまた違う
当たり前というか、アルにはめっちゃ怒られた。そりゃそうだ、私だって立場が逆なら絶対怒る。詫びという訳ではないが彼とはこっそり情報共有も行った。包み隠さず知っていることすべて、だ。色々と驚かれたがこれは仕方ない。
それから、細かいことだが一人称が変わっていると突っ込まれた。私としては『私』という呼称に違和感を覚えないが、どうやらアル曰く元々は『オレ』だったらしい。言われ見ればそっちもしっくりくるが……あまり心配もさせたくないので「立場相応の振る舞いを心がけるようにしただけだよ」と誤魔化しておいた。
アルとは今度も志を同じくする関係でいたい。今回は私の方が先走ってしまったが、次回からは彼の言う通りちゃんと相互連絡は取って行動しよう。カグツチの描く巨大な計画、悔しいが私一人で粉々にできるとはとても思えないし。
そして最後に、私がこの道を選んだ最大の理由たるクリストファー・ヴァルゼライドからは──
「すまなかった、マルガレーテ・ブラウン。お前にそこまで身を削らせることを選ばせてしまった、俺の落ち度だ。この償いは聖戦が終わった後、必ず」
まったくもって的外れな謝罪を開口一番に受けた。
いやいや、何を言ってるんだと。私がそうしたいから行動している訳で、それを勝手に"自分のせい"だと謝罪されてしまっては堪らない。欲しい言葉はそんなものじゃ断じてなくて──と言いたいことは山ほどあったはずなのに。
頭に浮かんできたのは悲嘆でも呆れでもなく、ただただ怒りだけ。
「俺が言えた義理ではないが、身体の方に不調は無いか? 偽善かもしれないが問題があればいつでも話は聞こう」
「ああ……大丈夫だよ、迷惑なんてかけないさ。私の誇りにかけて、な」
声を掛けられた途端にそんな考えは雲散霧消となった。
当たり前だ、何を考えているのやら。この思考と衝動こそ魔星となった代償なのかと自分自身に恐れと呆れを抱いてしまう。
足を止め、しっかり考えることを覚えなければ。短絡的な手段では目標へと至れない。でなければいつか必ず、クリスを助けるために得た刃が彼自身に向けられることとなる。
よって、光に恥じない人間に私はならなければいけない。それは決して、立ち塞がる者を鏖殺してでも目指すものじゃなく。人として当たり前に誇らしい人間でなければ、彼の隣は相応しくない。
そのように自制を意識した私へと、クリスは真っすぐな瞳で告げてくる。
「こうなってしまってはもはや無理に遠ざける理由もないか。レーテ、お前が宿した魔星の力を見込み、状況次第ではその手を借りたい。構わないか?」
「────」
憧れが、私に対して力を貸してくれと告げてくれた。
かつて、
私が返す言葉などたった一つきりだ。
「任せろ、そのための
◇
改革派と血統派の争いは日に日に激しさを増していく。
私が
暗殺に次ぐ暗殺と、それを防ぐためにも量産されていく
そういう事情もあって、私としても彼らの手口や考え方というのは知りたいと考えていたのだが、偶然にも少し話す機会が生まれたのがつい先ほどのこと。聖戦の始まらない"原因"でも拝んでやろうと思い立ち、地下へと向かっている最中の出来事だった。
「暗殺者の視点から見て、絶好の暗殺タイミングはどこだと思う?」
「そんなこと俺に聞かれましても……まぁ月並みですけど気が緩んでるときは狙い目だと思いますけどね、はい。相手の嫌がることを予想して、その通りに攪乱できればもっとやりやすくなりますね」
「なるほど……参考になるよ。守る側はその逆を意識すれば良いってことだ」
やる気の無さそうな顔に、アマツにも思える黒髪が特徴的な青年。彼は精鋭揃いの
第七特務部隊
そんな彼らは腐りきったアドラー上層部の中では比較的正常に機能していて、現状でもどちらの派閥にも属さない中立を保つ立ち位置だった。
「いやいや、止してくださいよ。俺の言葉なんて参考にされても仕方ないですって、もっと適任者の方に聞いた方がいいですよ」
で、中でも次世代の暗殺者として密かに注目を浴びているのが目の前の覇気があまりない青年という訳だ。しかしまあ、とんでもなく自己評価が低い。黒髪赤目という特徴と、腕は確かだという話を聞いてなければ人違いかと思ったくらいだ。
青年の名前は確か、そう、
「──えっと、その、聞いてますぅ……? かの
自信なさげな声に思索を打ち切られた。いや、驚くくらい低姿勢だ。まことしやかに腕の良さを囁かれるくらいなのだから、もっと自信を持っていいだろうに。
「……そんな卑屈になられてもな。今回教えを請うのは私の方なんだし、もっと偉そうにしても構わないけど。あと知ってるんだな、私のこと」
「そりゃあまあ、例の英雄殿と最前線を駆けてた女傑の話は有名ですし? うちの相棒もあなたみたいな強さを目指して励んでて、毎日大変ったらないですよ」
「なんか悪かったよ……ぶっちゃけ私なんかを目指すより、クリ──ヴァルゼライドの方を模範にする方が良い気もするけどな。あいつは本当の意味で規格外だぞ?」
などと笑い交じりに言ってみたら、暗い顔が一転して「何言ってんだコイツ」という信じられないものを見る目に変わった。え、そんな顔するか普通?
「所感ながら、あの人はあんまり見習っちゃいけないタイプにも思いますけどね……怒らないで欲しいですけど、英雄様は真面目すぎますよ。一般人が模範になんてしたら潰れるのが関の山じゃないですかね?」
「真面目に正しく生きるのも難易度高いからな、そう思うのも当然だ。私だって憧れてはいてもあそこまで到達できるかっていえば、無理って言うしかないもんな」
「あー……そうですね。何を目指して目標にするかは人それぞれってことで……勝ち続けるなんざ地獄みたいだと思いますけどね……」
歯切れの悪い言葉で濁されてしまった。最後の言葉は少し気にかかるが、きっと彼なりの人生哲学に基づく言葉だろう。あまり勝手な深入りをするつもりもない。
「と、すみません、この後少し用事がありまして。他にも聞きたいことがあるなら、一応お答えはしますけど」
「じゃあ最後に一つだけ。あなたは、どんなモチベーションを持って軍で頑張ってる?」
今の私のモチベーションは「死者としての残留思念」に固定されているから、他人が何をモチベーションに戦っているのか軽い興味があった。加えて暗殺者の内面を知っておけばいざという時、こっちが逆に嫌なことをやり返せるかもという打算もある。そのような気持ちで訊ねた答えは──
「生きるため、底辺の育ちなんで給料がいいならどこでも良かったって感じですよ。ま、たまには金や食べ物恵んでくれる妙な軍人さんもいましたが」
「へぇ……そりゃまた、苦労したろうな。お金の為でも良いじゃないか、何も恥じることはない立派な動機さ」
「正直、ちょっと意外です。あなたってバリバリ改革派な人ですし、もっと立派な志を持てって叱られるかと思ってました」
「私だってあんまり凄い人間じゃないから偉そうなことは言えないさ。俗で結構、立派になることと明日を生き抜くことはまた別の話さ」
目標とする人間が凄すぎるだけで、私本人はそこまで厳しくもないんだけどなー、などと思いながら。しかし先輩面して色々言えるようになった辺り、年を取って経験も重ねてきたんだなと寂しさも感じる。体力の衰えや肌の皺に恐れる日も近いのか。
ともかく、「時間取らせて悪かったよ、ありがとう」と礼を言ってこちらから切り上げた。これ以上留めておくのも彼に悪い。
「いえ、別に。それじゃ俺は失礼しますね」
そそくさと去っていく背中を見送って、こちらも本来の目的地へと足を向ける。
思わぬ雑談となってしまったが、それなりに面白かったし勉強にもなった。世の中いろんな人間がいるものだと内心で笑い、あれくらいの謙虚さは一種の傲慢さにもなりそうだなと考えだす。
どちらにせよ──エリートらしからぬ性根も含めて興味深い人間だった。底辺の生まれとかサラッと言っていたし、どこか親近感も覚える。機会があればまたいつか、今度はのんびり話してみたいものである。
◇
そして私は薄暗い地下の研究室にて、液体の中に浮かぶ銀の少女を眺めていた。
「こいつが
クリスとカグツチの求める聖戦を発動させる鍵として、本来ならば数年前に起動予定だった魔星。それがこの
そもそも私が第三号
神話のように冥府の底から連れ出す
「どうやったら目覚めるんだろうな、こいつは」
さっさと聖戦なんて物騒なことは終わらせて、平和にアドラー軍人でもやっていたいものだと嘆息した。
と、背後の扉が開く気配が。コツコツと足音を鳴らしながらこちらへとやってくる。この場にやってくる人物はそう多くなく、軍人らしくない歩き方をしているとなればたぶん一人しかありえない。
「このまま永遠に目覚めないまま、眠り続けていて欲しいものですけどね。
私の隣に並んで皮肉気に
「ルシード・グランセニック……あなたがこんなところに来るなんて、珍しい」
「そっちこそ、栄誉あるアドラー軍人様がこんなところで何を油売ってるんですか? どうやら軍人様は随分と暇になったようだ」
ヘルメス-
彼は聖戦への参加は消極的で、私自身もあまり接点はない。以前にちらっと顔を見た程度であり面と向かって言葉を交わすのはこれが初めてだった。
錬金術師はこちらを一瞥することもなく、忌々しそうに
「彼女がさっさと目覚めてくれれば死人である僕らがこうして駆り出されることも無かったろうに、とんだ人騒がせな眠り姫だよ。いっそ憎たらしいね」
言いたいことは、まぁ理解できる。文字通り死人に鞭打つというのはあまり褒められたことじゃない。ましてや聖戦に欠片も興味がない相手からすれば勝手に巻き込むなといったところか。
ただそのうえで、こちらの言い分を述べさせてもらうなら、
「死んだ後でもう一度やり直しできる機会なんざ普通は無いし、せっかくなら可能な範囲でやりたいようにやれば良い。あまり悲観しすぎても良いことは無いし、それじゃ蘇った甲斐がないだろ」
「蘇った甲斐って……確かにそれは、前向きで正しい言葉だとは思いますけどね。世の中の誰もがあなたみたいになれると考えてるなら大間違いだ」
「いやいや、別に前向きだからどうかじゃなくて一般論で──ああ、そういえばそうか。あなたは確か、粛清に巻き込まれて死んだんだっけ?」
「ええ、そうですよ。馬鹿なことをしたものだ、あの英雄様に喧嘩売った挙句に一族郎党皆殺しってオチなんだから」
アンタルヤ連合国の商人としてアドラーに拠点の一つを構えていたグランセニック商会は、最高機密である
そんな人間が、粛清に巻き込まれた後で抱く残留思念。考えてみれば答えなんて一つだろう。
「死ぬのが怖い、戦うのが怖い、二度とそんな目に遭いたくないし遭うくらいなら死んでいた方がマシ……そんな衝動に引きずられているなら、それだけ臆病なのも納得するさ」
「だけど、納得しても共感はできないってところでしょう? そりゃそうだ、あなたみたいに死ぬ間際まで立派であろうとした人間に、負け犬の気持ちは分からないさ」
「……そんな風に思われるのは心外だな。でも確かに、勿体ないとは感じてるけど」
「だからあなたは
なるほど、これが商人の目利きというヤツなのか。甚だ不本意な言い回しだけど本質的には間違っていなさそうな評価だった。確かに私は、今や弱者の側の人間ではない。この短時間でそれを言い当てたグランセニックの御曹司は見事だった。
「第二の人生? やり直しのチャンス? 蘇った甲斐? ──知るかよそんなの、結局最後は殺しに来るような輩に言われたところで執行猶予が延びただけだ。あなたは一応
「……分かったよ、そういうことならこれ以上は言わないさ。悪かった」
ここで納得せずに励ましたり叱ったりすることは簡単だが、それこそルシードと同じく衝動に引きずられることの証明となってしまう。モヤモヤする気持ちはあるけれど、ここは気持ちをねじ伏せ彼の言い分を尊重しよう。
「だけど一つだけ聞かせてくれ。あなたは魔星として、アドラーで大暴れしてやるとか考えたことは?」
「なんですそれ、意趣返しに無関係な人間諸共火の海に沈めてやれとでも? やるわけないでしょう、そんなこと。屋敷でおびえながら金を数えてる方がよっぽど建設的だし僕の性に合っている」
「そっか、なら安心したよ、アドラーに弓引かないならあなたもまた一市民ではある、いざとなったら少しくらいは守ってやるさ」
これでもアドラー軍人ではあるのだし、罪のない人間が巻き込まれるのを見過ごすのは寝覚めが悪い。
それに何より、勝手に蘇らせた挙句に関係者だからと殺してしまうのは傲慢だと感じてしまう。そんな
「正気で言ってるのかい、それ? 魔星で、しかもアンタルヤの人間だった僕を一市民とみなして庇う? 冗談きついぜ、まったくさ……だから立派な人間は嫌なんだ。眩しくってしょうがない」
「安心してくれ、命を賭しても守るって程じゃないさ。いざとなったら自分で戦って自衛してくれ」
「そんな勇気が僕にあったらの話ですけどね」
力なく笑う姿は、着飾った外見とは裏腹に惨めで悲しい負け犬そのものだった。これ以上はこちらからも言葉をかけるつもりはない。
これにて
「それにしても──」
「ん、どうした?」
「
「言ったなお前、潰してやるぞ」
負け犬ではあっても、口の悪さは随分と堂に入ってるようだった。
どこかの暗殺者さんと、変態ロリコンになる前のルシード君の登場。あと少しだけ魔星関連の話が続きそうです。
ちなみに負け犬コンビからのマルガレーテ評は「嫌いではないが苦手意識あり、あまり近づきたくない」といった感じです。