【ボロス編】ONE PUNCH MAN〜ハゲ抜き転生者マシマシで〜【開始】 作:Nyarlan
——熱い。
肌を焦がす灼熱の空気が、喉の奥まで焼くように満たしていく。
気づけば、
赤々と燃える炎が壁を舐め、黒煙が天井へと渦を巻く。床は今にも崩れそうにきしみ、悲鳴のような音を立てている。ちらりと目を向けた背後では、光で先が見えない入り口がある。
燃え盛る炎の音を押しのけるように外から声が響いた。
「やめろ! もう無理だ、戻ってこい!」
「お願いッ、██を、息子を助けてッ! お願いだからあ——!」
引き止める仲間の叫びと、母親の悲痛な声。頭が痛い。精神を揺さぶるような、脳内をかき回すように頭の中を反響する声を背に、彼は己の両手を見下ろした。
そこにあったのは、数々の怪物を打ち倒してきた豪腕——ではなく、程よく鍛えられた若い消防士の手だ。そして、火傷の痕。
——今は思い出す事もできないが、誰かを救った時に負った名誉の負傷、だったはずだ。
それを眺めながら、彼は使命を思い出す。
「……そうだ、
全てが曖昧な夢の中——彼は、煙の流れる階段を駆け上がる。
一歩、足を踏み出すごとに靴底が焼けるような感触がした。
——鉄骨が加熱され、焦げる靴のゴムが軋む。
灼熱の空気が顔にまとわりつき、呼吸のたびに肺が焼かれるような痛みが走る。
——目に染みる煙が視界を奪い、涙が勝手に溢れた。
——だが、足を止めるわけにはいかない。
「……くっ」
口元を覆う布越しでも熱が伝わる。だが、目の前の階段はまだ続いている。
揺らぐ炎の向こうに、助けを待つ小さな命がいる。
一歩、また一歩と踏みしめるたび、瓦礫が崩れ落ち、壁が軋む。
階段の手すりに触れれば、熱が掌を焼き付けるように走った。だが、それでも離さず、手すりを支えにしながら上へと向かう。
足元で木材が裂け、熱に歪んだ鉄骨が鳴る。
汗が目に入り、滲む視界の先にようやく——目指す部屋の扉が見えた。
灼熱の廊下を進み、ついに目当ての部屋にたどり着く。
扉を開けると、ベッドから転げ落ちた小さな身体が見えた。
「██君ッ!」
母親が叫んでいた少年の名を呼びながら彼が駆け寄ろうとした瞬間、建物全体が悲鳴を上げる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッッ!
「————ッ!?」
——次の瞬間、天井が崩れ落ちてくる。
燃え盛る天井が、瓦礫が、鉄骨が、あらゆるものが降ってくる。
倒れ付す少年を、絶叫しながら少年に駆け寄らんとする彼の命を押し潰し、何もかも飲み込まんと、炎という怪物が呵呵大笑する。
お前がやった事は無駄なのだと、ただ一人、己という犠牲者を増やしただけの無益な行動に過ぎなかったのだと。
——そこで、時間が止まった。
煙も、炎も、瓦礫も、すべてがゆっくりと宙に漂う。
そんな状況の中、男は——
「……俺は。
伸ばしていた手が何も掴めないまま虚空を掻く。
あと少し、あと少しで彼に届いたのに。届いたとして、共に押しつぶされるだけだったとしても。
——せめて、その手を握ってやることができたら。
「あのときの
——その瞬間。
細くしなやかな筋肉が巖のように隆起し、服が変わる。
消防士の防火服は輝き、象徴たるヒーロースーツが姿を現す!
初めは偽物の私などがと謙遜し、照れながら袖を通し——
やがて当然のように身に纏い、堂々と晒すようになったその姿が。
——ヒーローは、目の前の少年を見据え、拳を強く握りしめた!
「今の
力が漲る。熱よりも熱い決意が、彼の腕に宿る。
「少年! もう大丈夫だ!」
燃え盛る部屋の中、ヒーローを夢見た男は猛然と床を蹴り、まっすぐに少年へと駆け寄る。
「なぜって——?」
スローモーションの世界が弾ける。
「私が来た!!」
振りかぶった拳が空気を裂き、炎を纏った瓦礫を吹き飛ばす。
「DETROIT——」
今まさに二つの命を喰らわんとする炎という名の怪物を、正義の拳が打ち砕かんと振りぬかれた。
「——SMASH!!!」
不意に意識を取り戻したオールマイトの拳が、猛然とした勢いでボロスの顔面を撃ち抜いた。
『ぬおっ!?』
ボロスの顔面が爆ぜ、散らした肉片を再生しながら後退する。
轟音と共に母艦が大きく揺れ、暴風が燃え盛る炎を消し飛ばす。
「……思い、出したよ。あの日の後悔を、久しく忘れていた……あの日救えなかった命を。私は、オールマイト失格だな」
オールマイトはゆらりと立ち上がり、軽くふらつきながらも砕けた床をしっかりと踏みしめ、固く拳を握りこむ。
「今ここで私が倒れたら、多くが死ぬだろう。私が、不甲斐ないばかりに……ッ!」
ザッ、と一歩踏み出す。それだけでボロスは無意識に身構えた。
「私は『オールマイト』を名乗るものとして、死んでもお前を倒さなくてはいけない……!」
血の臭いの混じる熱い吐息を吐き出しながら、オールマイトは拳を握り締める。
コォォ——という波紋を、気を練る呼吸音が響き渡る中、ボロスの視界の中では目の前の
——無敗の肉体を、歓喜で強く震わせた。
『ああ……、ああ……!! 予言は、間違っていたわけではないらしい……! それでこそ、我が好敵手だ、互いの命尽きるまで、存分に戦おうッ!』
感極まった様子のボロスが、爆風とともに駆け抜ける。
その破滅的な拳を、オールマイトは最小限の動きで躱す。ここまでの戦いで、彼はボロスの動きをある程度覚えていた。
前世の二十余年を超え、倍近くもの月日を“オールマイト”として過ごしてきた彼にとって、その身体も才能も——もはや借り物ではないのだ。
ヴィジランテめいた活動から始まり、バウンティハンターとして犯罪組織などと戦い、そしてヒーローとして怪人怪物と戦い続けていた彼の経験は——けして、彼を裏切らなかった!
——躱す、躱す、躱す!
無数に襲い来る死線を潜りながら、オールマイトはその数々を躱し続ける。
膨大な闘気による防御力のない今、それらの一つでも喰らってやるわけにはいかないのだ。
「OKLAHOMA——SMASH!!!!」
打撃の嵐を掻い潜り、ボロスの大振りのパンチを屈んで躱した勢いで身体を捻り、勢い良く回転して衝撃波を放つ。
『むっ!?』
衝撃波そのものはボロスの肉体の耐久力を抜くには至らないが、その肉体を浮かせて吹き飛ばすことは可能だ。浮き上がり距離が離れた単眼の魔人を、オールマイトは追撃する。
「CAROLINA SMASH!!!!」
ミサイルのような勢いで放たれたクロスチョップがボロスの肉体を深く裂きながら吹き飛ばす。胸の中心から僅かに核らしきものが露出するが、またたく間に修復される。
(アレが核! だが、威力が……威力が足りん!!!)
今発揮されているのは火事場の馬鹿力に近くはあるが、やはり初撃や闘勁呼法による一撃に比べれば大きく劣る。
“鎧は拘束具である”という転生者たちの記憶の多くに残った情報だけに頼り、鎧もなく大半の生き物の致命傷となる頭部の破壊に拘ってしまったのが最大の失敗であった。
『どうした、動きはより洗練されたと言うのに、力が足らんぞオールマイトォオオオオ゛!!!』
「HAHAHA! 最初に張り切りすぎてね……だが、キミを倒す算段は……あるッ!!」
ない。今のままではジリ貧であるのは百も承知だ。
だがヒーローはいかなるときでも敵を前に不敵に笑わなければならないのだ。“オールマイト”として振る舞う間、彼は己にそれを強制してきた。
後付で磨いた技はすべて捨てた。
流水岩砕拳も、北斗
故に、彼はオールマイトとして。彼自身が憧憬し、象り、最も繰り返してきた技を放ち続ける。
その技の冴えは、この戦いが始まって以来で最高潮に達していた!!
(まあ正直言うと、波紋の呼吸だけは十分に練る時間が欲しいんだがねッ!!!)
疲弊し、空元気だけで動く今の身体ではそんな隙の一つも作り出せない。攻めて避けて攻めて攻めて、ギリギリのラインで今の均衡を保っている状態だ。
(何かないか、状況を変える一手は——!!)
そんな願いが通じたのかは分からない。
「アンタともあろうヤツが——」
『なに?』
ヒビだらけの床を捩じ切るようにくり抜いて、圧縮された瓦礫の槍がボロスの胸板を掠めて空へと消えていった。
「一体何を手こずってんのよ!!」
持たざる者にも陽炎の如く視認できるほどに凄まじい力場の奔流に緑の癖髪を薄くぴっちりとしたヒーローコスチュームの裾を強くはためかせながら、自ら開けた穴から仁王立ちの体勢で浮上して来るのは——。
「た、タツマキ君……ッ!!?」
——戦慄のタツマキ。
ヒーロー協会からの評価ではオールマイトと双璧を成す戦闘能力を持つと称される超能力の申し子。
力場の波動で無数の瓦礫を巻き上げながら、二人きりの戦場に怒れるタツマキが降臨した!!
「あっ、僕も居ます」
「えっシゲオ少年まで!?」
師匠がぶち抜いた穴を通り追従するシゲオもまた。
「おかしいわね」
タツマキが頭上の母艦を睨めつけ、訝しげに呟く。
「もうアイツが突入してかなり経つわ。かなり大暴れしてたみたいだけど、まだ終わらせてないなんて……」
彼女の言葉に、シゲオは声を詰まらせる。
作戦は聞いている。
本当ならとうの昔に決着がついていなければおかしいのだ。
仮にそれを外したならば、第二の切り札たる闘勁呼法で決着をつける——そういう手筈だというのに、繰り返す爆発と空を揺るがす打撃を繰り返しているという事は、つまり——。
「タツマキ先生、その……」
——つまり、作戦は完全に破綻しているのだ。
このままでは、自分もみんなも死んでしまうかもしれない。シゲオの脳裏に様々な人の顔が浮かぶ。
今の家族の顔、二つの人生の中で初めて通った学校でできた友達の顔、研究所で知り合った仲間の顔。
それを今、強大な力が踏みにじろうとしている。シゲオは無意識に強く拳を握り締めた。
協会を始めとする地球側のあらゆる陣営はすでにヒーローの勝利を確信している。地上を強襲する敵の歩兵たちのことごとくが協会のヒーローやその他の組織、そして独立戦力によって打破された。
空から襲い来る戦闘機の群れはS級ヒーローの
協会も把握する敵の最大戦力たる最上級戦士であるメルザルガルド、ゲリュガンシュプ、グロリバースの三体もS級ヒーローたちの奮戦で撃破された。
——そして、未だ空へ浮かぶ宇宙人たちの母艦に残るとされる敵の首領はS級1位の「オールマイト」が直接対峙している。
ヒーロー協会も、市民も、犯罪組織も——知性ある怪人達の一部ですら最強のヒーローであると認める彼が負けるはずがないと確信していた。
そんな戦勝ムードの中、転生者たちだけは敗北を予感していた。
「……万が一、というものがあるわね」
そして、ゲリュガンシュプという常軌を逸した超能力者を辛うじて撃破したタツマキもまた——現状に危機感を覚えた。
「さっきのタコがアレだけ信頼を置くボスなら、あの筋肉バカでも危ないかもしれないわ。あのタコ、その気になれば地球を
彼女はやや静かになった宇宙船を睨みつけながらそうこぼす。その表情には段々と焦燥が浮かび、ついにはその目を吊り上がらせ、力の波動を迸らせた。
「……あー、もうっ! 私はちょっと様子を見に行ってくるわ、アンタは待ってなさい!」
そう言ってシゲオに一瞥くれて飛び出すタツマキに、彼は叫びながら追従する。
「タツマキ先生! 僕も……僕も行きます!!」
彼は歯噛みしながら揺れる瞳でタツマキを見る。研究所一同の立てた最初期の作戦では彼も参戦を予定されていた。しかし彼の性格面や、一定以上の戦闘能力の持ち主に超能力の効きが悪い事実などを理由に結局は砲撃からA市を防衛する役割へと変えられたのだ。
「はあっ、何言ってんの!? あの筋肉バカですら苦戦してるかもしれない相手と戦うのに、アンタを守る余裕なんて無いわ!」
目を剥いてそう言うタツマキに、シゲオはなおも食い下がる。
「守らなくても……構いませんッ! わかるんです、この戦いでオールマイトが敗北したら……どのみち僕らは終わりなんだって。だからお願いです、連れて行ってください……!」
彼の言葉に、彼女は言葉を詰まらせる。
先程の砲撃——あれは、予め知っていなければ今の彼の実力ではどうやっても守りきれなかったはずだ。
——何かがある。
彼女でも知らされてない何かが、裏で動いている。それに目の前の少年が一枚噛んでいる。
思い浮かぶのは、数ヶ月前の隕石の件。アレも、オールマイトは彼をわざわざあの場へと連れてきた。
あの件も、タツマキやオールマイト単独では対処困難な案件だ。思えば、彼女のもとへ弟子として連れてきたのもまた、オールマイトだった。
オールマイトは、彼女から見ても“ヒーローの鑑”と言える存在。彼のような子供を軽々しく巻き込むやつではないが、それ故に——より多くを守るためなら……。
「……アンタが、何に巻き込まれてるのか。何を知らされて、何を指示されてるのかは知らないわ。でもね、アンタはヒーローでもない中学生なのよ? あのバカがなんかやらせてるなら、私が言ってあげてもいいわよ」
タツマキは苦虫を噛み潰したような表情でそう言った。
信じたくはないが、他ならぬオールマイトが大義の為に目の前の少年を無理矢理に戦禍へと引きずり込もうというのなら、彼女はオールマイトに憧れた者として止めねばならない、そう思ったのだ。
「いいえ、僕は自分の意志でここに居て、自分の意志で先生に付いていこうと思っています。僕はタツマキ先生の次に強い超能力者なんです……絶対に役に立ってみせます」
しかし、タツマキを真っ直ぐに見つめるその目には今までにないほどの決意がみなぎっている。
ゲリュガンシュプ以上の怪物、それもオールマイトが苦戦するような相手となれば……シゲオほどの戦力を遊ばせる余裕などない。
そんな合理的な思考と、彼の庇護者としての思考をないまぜにして彼女は深く思い悩み——そして、ついに深くため息をついて彼に視線を向ける。
「……いい? アンタが死んだりしたら私もオールマイトもヒーロー失格だから。師匠の顔に泥塗りなくなきゃ、絶対に無理しないこと」
「——はいっ!」
こうして、タツマキとシゲオの師弟は不気味な沈黙を保つ母艦を目指し矢のような勢いで飛び出した。
「ふぅむ、ようやく一段落ついたようじゃな」
周囲を見渡し、S級ヒーローのシルバーファングは腰をバキバキと鳴らしながら一息をつく。
「……っし、あとは上のやつだな?」
「いいや、上はオールマイトが行ったそうだからそろそろ終わるんじゃないか? 戦慄のタツマキも弟子を連れて行ったからそろそろ後片付けが始まりそうだ」
メルザルガルドの残骸を足蹴にしながら金属バットが上を見上げていると、横にいたタンクトップマスターがタンクトップに付着した汚れを拭いながら言う。
「あっちも終わったみたいだな。おーい、大丈夫か——ヴァッ!?」
クロビカリは閃光のフラッシュと番犬マンがいる方向へと駆け寄ろうとし、床に散ったグロリバースの酸を踏んで悲鳴を上げた。
たまらず引っくり返った彼に、近くにいたシルバーファングとタンクトップマスターが駆け寄る。
「おーおー、ちゃんと下を見て歩かんから……ほれ、見せてみんさい。あちゃー、こりゃあ皮膚が溶けておるのう」
「筋肉交流会であれほどの硬さを見せ付けていたが、酸では溶けるのか。超合金と言っても耐酸性はなかったか」
「いや、よく見い、皮膚の下にある筋は無事みたいじゃぞ。この頑丈な外壁すら溶けておるというのに、どんな体しとるんじゃ」
ヒィヒィ言っているクロビカリの傷跡——なんか既に塞がり始めている——をしげしげと見ながら二人は言う。オールマイトが定期開催する筋肉交流会にてクロビカリのクロビカリの頑丈さをよく知る二人は彼の皮膚をあっさりと溶かした酸を遠巻きに見ていた。
「さて、これからどうする? オカマや豚は地上の雑兵相手にしに行ったみたいだが、見た感じもう終わってそうだぞ」
本部ビルの屋上から下を見下ろしながら金属バットが言うと、誰ともなく頭上の母艦を見上げた。
彼らの頭上には、煙を上げつつも変わらず不気味に浮かぶ母艦がいまだに鎮座していた。
・サブタイトル
名も知れぬ殉職した消防士の、というよりも転生マイトさんのオリジンなのですが、この小説実は縛りがありまして、本編を読まないと転生者のガワとして何が登場するのかわからないようにしてあるんですよね。
タイトルしかりタグしかり。なのでサブタイトルにも“オールマイト”の文字を入れられなかったのでこうなりました。
・○○SMASH!
本編では初の具体的なSMASH祭り。
この世界地球らしいんですが、もうアメリカの地名とか人々は知りません。
なのでかつてメディアの前で「DETROIT SMASH!!」したときに「DESTROYあたりを噛んじゃいました?」と聞かれ、それ以降SMASH!とだけ言ってたみたいな理由があったりなかったり。
・北斗鍼灸拳/南斗整体拳
転生ジャギさま初登場回でも触れた、なんちゃって北斗神拳/南斗聖拳。
波紋の呼吸の再現といい、ジャギさまはこの作戦における影の功労者である。
本人はA市のどこかで雑兵と戦ってました(未登場)
・豚神さん
S級で唯一存在を忘れていた事にさっき気付いたげふんげふん、高速戦闘の邪魔にならないようにプリズナーと同じく早々に地上で宇宙人の雑兵を貪ってました。(描写無し)
・クロビカリさん
アナタが心ブチ折れてる余裕とか無いんスよこの世界……今の内に耐酸性獲得して?
オールマイトが色々してるのに結局折れる展開になったらアレだと思って最初から予定してましたが……こう、原作がっ……ONE版がすげえいい展開を……っ!