素晴らしきエオルゼアライフ 作:トンベリ
「ッフゥー……死者への想い、追憶……か」
手で口を覆いながらも指に挟んだタバコを深く深く吸い、一度肺を通った煙が循環して口から吐き出され、蔓延した煙で視界が一瞬白く染まる。
アリゼーとの出会いから数日、俺はリムサ・ロミンサの宿屋で大半の時間を過ごした。
調理師としてレシピを書き起こしたり、錬金術師として調合という名の調味料作成をしたり、彫金師として試作調理器具の調整をして、お嬢様からの連絡を待っていたのだ。
調理器具については流石に金床でガンガン作業するわけにもいかないので部品を削ったり程度にとどめている。ウルダハのマイホーム――砂時計亭ならもっと好き勝手出来るのだが。
ワインポートでの一件があった後、お嬢様はすぐに行きたそうな顔をしていたのだが、執事の方が止めていた。
ディザスターという冒険者を信用していいのかという裏取りが必要だったのだろう。まあリムサ・ロミンサでも多少なり依頼を受けているから顔は通ってるし、実際は問題なかったようで、昨日の夕方ほどには依頼の詳細を聞けた。
ただ、その内容は想像していたのとはちょっと違ったのだ。
失せモノ探し――要は、エオルゼアの為に散ったルイゾワの遺体探し。
それがお嬢様、アリゼーから受けた依頼内容だった。
原作の正確な流れは忘れてしまっていたが、本来であれば帝国がエオルゼアの地に築いている拠点にあるダラガブの破片で何をしているのかを探っているうちにバハムートを発見するとかそんな感じだった気がする。
ルイゾワの遺体はエオルゼアの地では見つかっていない。捜索自体は打ち切られていて、数年経った今でも見つかっていない事から、そもそもバハムートと共に爆散している可能性が高い――というのが通説のようだ。
それでも、というのが今のアリゼーなのだろう。
「私はね、どうしてお祖父様がエオルゼアを愛したのか、ここに来ても分からなかった。各国では飢える人がいっぱいいて、助け合う姿なんて本当にごく一部……助けられたということをひとかけらも理解できていない。国家は混乱して手を取り合うなんて考えてすらいなくて――お祖父様が家族である私たちよりも優先して救った結果がこれなら、そのまま滅んでしまえばよかったんだわ」
「死に目に立ち会えないどころか、遺体すらなくて、お墓の中はからっぽ。墓石を前にして、それが現実だなんて……私は信じられない。信じたくない」
自らの正体と依頼の詳細を話したあと、アリゼーはそう語った。
原作ではルイゾワの死について、ある程度を受け入れつつもエオルゼアは気に入らない、という感じだったので、その状態に至る前段階……端的に"若い"というわけだ。実際原作前の段階だし。
まあ話を聞いている感じ、望み薄とは思っていても縋らずにはいられないといった感じだ。
「……俺には、理解してやれんのだろうな」
気付けばタバコは灰が落ちそうになっていた。
灰皿に火種ごと押し付けもみ消して、動きやすい小さめのリュックと大剣を担げば冒険の準備は完了だ。
「お嬢様の想いを担いでやることは……俺には難しい」
幸運な事に、身近な死ってのは体験したことがなかった。エオルゼアに来る前も、来てからも。それもかなり慕っていて、いつだって導いてくれていたであろう身内の死なんて考えたこともなかった。
だから俺に出来るのは。
「想いを少しでも遂げるために"お嬢様の大剣"として敵をぶった切る事、くらいだな」
小難しい事は一旦置いておく。
俺にやってやれることは、安全に、素早く、お嬢様の目的を達成すること。
それをできるだけの知識と力が、俺にはあるのだから。そこに待っているのが残酷な真実だったとしても、今の俺にそれを直接伝えてやれるだけの信用はない。
「……今の俺なら、やってやれるはずだ」
ひとつの覚悟を決める。
鈍く光を放つ大剣を肩越しに撫で、宿屋のドアを開けた。
「ハァ……ハァ…………ふぅ……」
「お怪我はございませんか、お嬢様」
「っ……ぐっ、このっ……ハァ……」
お嬢様ことアリゼーは膝に手をついて息を整えながらも、俺の事を睨め付けている。別に息が切れているとかじゃない。ここに来るまでで体にかかったグラビティという名の負荷がそうさせているのだろう。
今、俺とお嬢様がいるここは戦艦内部。
本来は変装なりして、どうにかワインポートの東にある帝国の基地へと潜入しつつ、ダラガブ破片の入り口から入り、およそ1キロを多少超える深さ――1223ヤルム――である探査坑を踏破して、やっとお目見えできるのがここ、ラグナロク級拘束艦の内部である。
基地へ変装して入ったとしても、アリゼーの背丈から怪しまれる可能性が高そうだった――というのは建前で、色々説明が面倒だったので、とりあえず抱きかかえて基地の裏側にあるダラガブの破片を身体能力に任せて乗り越えて、基地に侵入し、探査坑をそのまま走り降りてきた。
「あんったねえ! これ誘拐よ!! 何が目的!? 帝国の手先なの!!?」
「落ち着いてくださいませ、お嬢様。これはお嬢様の為なのですよ。あと、魔物に気づかれるかもしれないので声を落としてください」
「ハァ!? これが落ち着いていられますか! 帝国の基地内部に侵入した挙句、こんな物騒な魔物がうろついてる洞窟内部に連れてくることが私の為!?? 素直に誘拐ですって言われた方が納得できるわ!!」
お嬢様がここまで騒いでいるのには理由がある。彼女が本来の目的地として定めていた低地ラノシアの破片ではなく、東ラノシア――ワインポート東の破片に来ているからだ。
「……気は済みましたでしょうか。では改めて周りをご覧ください」
「ッ……あなたね――――……ここは……?」
お嬢様は、俺の言葉を聞いても怒気を抑えられないといった様子だったが、視界に入った機械群を見て、次第に声がすぼんだ。
右も左も見えるのは薄暗く光る紋様。床から天井まで伸びる線は、この内部全てが魔科学によって作られたアラグ文明の遺産であることを示している。
「…………うそ、アラグの」
お嬢様もここがどんな場所であるかを悟ったようで、俺への興味を失い壁際へと寄り、手の先で光る線をなぞった。
「ここまでくれば、魔物よりは戦艦のセキュリティに気を付ければいいか……まあ、色々言いたいことはあるでしょうが、とりあえず先に進みましょうや、お嬢様」
「……ええ」
お嬢様は若干うつむきながらも俺の後についてきた。
ダークマター製の床をカツカツと鳴らし、奥へと進む。
その間、会話はない。
如何な思考が彼女の頭の中に駆け巡っているかは、およそ知るところではないが、多大な負荷をかけていることは間違いないだろう。
時折漏れるのは「まさか」だとか「ありえるの」だとか何かを否定するかのような言葉。常識からかけ離れた光景に驚き、自らが知る情報と照らし合わせ、答えを導かんとしていた。
「ん……ちょっと待っててくださいな――――っと」
数メートル先にいた黒い球体に飛び掛かり、背中から引き抜いた大剣が一瞬で変形し一刀両断すれば、どうやってか浮いていた金属が崩れ落ち、鈍い音を響かせて動かなくなる。断面はリアルでの精密機械そのものだ。
「だ、だいじょぶなの?」
「ただの巡回システムでしょう。防衛機構とはまた別だからセキュリティには引っ掛かってないかと」
「そう……なら、いいのだけど」
そうして再び訪れる沈黙。
時折現れるキメラや球体型の機械を、ひと撫でで切り落とす。このようなやり取りが数度ありながらも、俺たちの歩みは止まらなかった。
(バターとまではいかないが、叩き潰すというほど鈍い感じもしない……大剣だが、切れ味はここの敵相手でも健在だな)
一般的にロングソードやグレートソードと呼ばれる大型の両刃剣は叩き潰すと表現する方が正しい。もちろん刃物である以上、斬れはするのだが、刀のように切断するのではなく体積と重量に任せて押し斬るのだ。
しかしこの世界においても最上の業物である『スカエウァ・マジテックグレートソードRE』はしっかりと切断していた。
魔物の強さとは、単純な膂力だけにとどまらず、鱗や皮膚の硬さも加味される。特にダークマター製であるはずの球体も切断できるとなれば、切れ味に文句のつけようもない。
街の外にいるような一般的な魔物相手には問題なく通用していた自分の力だが、リアルではエンドコンテンツと呼ばれていた高難易度の場所にいる魔物を相手取ったことはなかったので、この結果に一安心する。
(レベル通りの強さってわけでもないんだよな……この辺、あんまり先入観を持ってると痛い目見そうだ)
そんな感じで改めてゲームと今を比較しながらも、大型のキメラ――蛇と蟻を組み合わせた魔物を仕留めたところでお嬢様へ声をかけ一息入れる事とした。
大体半刻ほど、この戦艦内部を進んでいる。入り組んでいることはもちろんだが、単純にデカいため、目的地までの距離が長いのだ。
「……ねえ、やっぱり聞かせて」
「何をですかね。お嬢様」
休憩を始めてからも数十分は黙りこくっていた彼女だが、意を決したようにツカツカと歩み寄ってきて、俺を見上げながら問いかけてきた。
「私の考えで間違っていることがあれば指摘してちょうだい――まず、ここはダラガブに刺さっていた戦艦の内部」
「はい、その通りですね」
アリゼーは俺の答えを聞いて神妙にうなずきながら、一つ一つ区切って質問を続けた。
「あなたはここにアラグの戦艦がある事を知っていた」
「いいえ、予想はしていましたが確証はありませんでした」
「……私の依頼を達成するためには、低地ラノシアの破片ではなく、ここ、東ラノシアの破片に来る必要があった」
「部分的には、はい」
「そう……最後の確認よ」
アリゼーは、何かに縋りつくように、何かが零れないように、何かを絞り出すように、俺へと問いかけた。
「…………賢者ルイゾワは、生きている」
「……それを俺が答えたとして、お嬢様は信じるのかい?」
予想はしていたが、ド直球に聞いてきた。最初から教える事も出来たが、それを信じるならば、彼女はここにいないだろう。信じたくない事実を事実としないためにエオルゼアの地に来て、その耳で聞いて、全身で感じて、確かめようとしていたのだから。
「いいえ、信じないでしょう。だから、あなたが考えている、予想でいいのよ……この場所に何かがあると掴んでいたあなたなら、お祖父様についても、何か想定は、しているのでしょう……?」
(ん……お嬢様の中ではそう処理されたか)
アラグの戦艦を知っていて、戦艦の場所を知っていて、アリゼーの目的に沿う何かがそこにある事を知っている。ならばそれは、ルイゾワに関する事である――彼女はそう結論付けたのだろう。あるいは、俺が第七霊災に関して何かしらの調査をしていて、それに類する事だともとられたか。
実際は未来予知とも言える原作知識なわけだが、そんな事をのたまったところで狂人と思われるが関の山だろう。
「ほい」
「っと、なによ、この肉」
「腹が減っては戦は出来ぬ、ってな具合でして。お嬢様のお口に合う保証はしませんがね」
眉間にしわを寄せたままじゃ、何でも悲観的に捉えちまう。腹を満たせば多少はほぐれるかと思い、自家製ジャーキーと水袋を渡す。
「どこのことわざよ、それ……ぁむ……ん。いま、この塩っ気はありがたくないけど、ありがと」
「ああ、通じないか……俺の故郷のことわざですね。ま、これでも戦闘糧食としちゃ上出来でしょう」
「んっ……あら、塩っ辛いだけじゃなくて、ちゃんと肉の甘味が後から……え、なにこれ」
お嬢様は何だかんだ言いつつもジャーキーを気に入ってくれたようで、食べ終えたら物欲しそうにこちらを見ていた。無言でもう一つ取り出して渡したら顔をほころばせて食べていた……こう、親戚の子供にお小遣いあげてるおじさんの気持ちが何となくわかってしまった。
「そいじゃ、行きますか」
「んむっけほ、んっ……ちょ、ちょっと、質問の答えは!?」
「ちょっとばっかり長い話になるかもしれないので、歩きながら話しましょうか」
お嬢様は納得していない様子だったが、このままここに居たらずっと質問攻めにあいそうだったので歩みを進めることにした。しかし、どちらにせよ同じだった。
「結局のところ、あなたは何者なのよ。ギルドでは確かに信用は出来る冒険者として認識されていた。それでも、その身体能力とか、本来知りえるはずもない情報を知ってるとか、色々とおかしいわ」
「んー……人より世界の裏に詳しい、冒険者ですかね」
「……例えば?」
「世界を滅ぼす兵器のありかとか」
「は?」
このエオルゼアにはオメガがいる。当然エンドコンテンツの一つだ。今俺が持つ武器もオメガの情報から凄腕エンジニアが作った武器である。
「与太話にしては面白くないわよ」
「信じてもらおうとは思っていませんで。酔っぱらいの戯言ですよ。ああ、戯言ついでに……思いっきりすっ飛ばしたから見えなかったとは思いますが、探査坑の入り口から少し進んだところでバハムートの翼が見えたりしたんですよね」
「ハァ!?」
お嬢様を驚かせるのが癖になりそうなほどいいリアクションだ。原作知識で俺ツエーする転生主人公ってみんなこんな感覚なのだろうか。
「お祖父様はカルテノーの戦いでダラガブから解き放たれたバハムートを再封印するため、エオルゼア十二神の力を顕現させた。でもそれは破られてしまって、最後に、お祖父様が閃光と共にバハムートを打ち砕いた……その後、お祖父様の遺体が見つかっていないように、バハムートの身体も見つからなかった」
リアルではムービーで何度も見た光景。バハムートを倒すため、ルイゾワが光となって突撃する瞬間。
「ええ、その通り」
「なら、なら……! バハムートの身体がここにあるというのなら……お祖父様もっ……とお!!?」
「ぽちっとな」
そこそこの広さがある場所に出たが行き止まりだった。憶えている限りだと、これはエレベーターだったはずなので、俺は近くにあったボタンらしきものを押した。すると喋っていたお嬢様の言葉が途切れるぐらいの揺れを感じて、足場が動き始める。
「な、なにをしたのよ!」
「ちょっとばっかし俺の後ろに隠れて置いてくだせえ、来ますんで」
動き出すのと同時に、上空から垂れ落ちる雫が如く、小型の機械が現れる。
「んで、ハッ! バハムートが何かってのはご存じで、セイッ!」
「戦闘に集中しなさいよ!?」
「ハハハ、寝起きの運動にもなりゃしませんって、オラアッ!」
ここの防衛機構であれば一撃で真っ二つに出来ることは既に体が覚えた。なら多少の会話くらい、守りながらでも余裕であると、俺の頭は言っている。
「本当に、滅茶苦茶ね――バハムートが何かって、"蛮神"……でしょ」
「正解、っと」
蛮神、それはエオルゼアないし、この世界における神ならざる神である。人々の願いが、祈りが、エーテルと混ざり合い生まれる神。それが"蛮神"である。肉体はエーテルで構築され、倒されればエーテルに還る。
「なら、バハムートが遺っているのはなぜ?」
「それは……」
お嬢様は、その次を紡ぐことができなかった。そうだろう、それこそが、この大迷宮バハムートの真実。
アリゼーにとっては、どこまでも残酷な新生の真実なのだから。
「『ダークアーツ』! 『ブラッドスピラー』ッ!」
そこそこデカめの機械が降ってくる。これが最後の防衛機構のようで、起動の隙など与えず着地を狙いスキルをぶち込めば、それはただの鉄塊へと様変わりした。
「ふうっ」
「……お見事。流石は私の大剣、と言ったところかしら」
エレベーターは止まり、開いた空間へとたどり着く。
お嬢様はおっかなびっくりという様相ではあったが、俺が戦闘態勢を緩めたことで、安全であると判断したのか近寄ってきて、お褒めの言葉を頂いた。
「それほどでもありますが、ありがとうございます」
「謙虚さの欠片もないわね」
「メインジョブはナイトではないので」
「……?」
未知であるはずのアラグの防衛機構を前にして、流石のお嬢様でも多少は怖がっている様だったが、すぐに持ち直しているあたり、勝気なところは小さくても変わらずでなによりである。
さて、この開けた空間はある意味、お嬢様にとっては更なる悩みの種となるはずだ。
「お嬢様、そちらをご覧ください」
「随分深くまで来たけれど、一体何があるって、いう、の……」
俺は未だ変形させたままの大剣で、エレベーターから降りた先を示した。
「これは、指……? まさか、バハムートの」
見上げなければならないほど、突起した三本の何か。それはバハムートの爪先だ。薄暗い洞窟の中で、天を掴まんとするそれ。俺たちの足場はバハムートの掌であった。
「活動は止まっている……でも、エーテルには還っていない。そんなことが、あり得るの?」
「普通ならあり得んでしょうね。エオルゼアの新生――破壊され尽そうとしていたエオルゼアが復興できた理由、それはバハムートが散っていった際に巻き散らかされた莫大なエーテルがエオルゼアの地に拡散したからこそ……そう考えられているから」
「そう、そうよ……だとしたら、ここにいるバハムートは、なんなの。なら、一体何がエオルゼアを蘇らせたというの? お祖父様は、バハムートは、どうなったの……?」
再びアリゼーは思考の渦に呑まれようとしていた。しかし、この場でそれは許されない。
「ッぅ……な、なにこの声は」
「……お出ましか。お嬢様、エレベーターの方で隠れていてくだせえな」
肌に直接叩きつけてくる、低く勢いのある鳴き声が轟いた。
頭上の穴から飛び出してきたのは幾匹ものワイバーン、そして、一匹のドラゴン。
急かすようにアリゼーの背を押せば、何かを言いたげにしながらも素直に退いて行ってくれた。
「ツインタニア……てめーに何度床ペロさせられたか」
首に拘束具をはめられたドラゴン、ツインタニア。こいつも今までの奴らと同じく、防衛機構の一種だ。
拘束具によって自由意思を奪われ、アラグの防衛機構と化した、生けるシステム。長い期間を番犬が如く飼いならされていたと考えると、こいつも悲しい生を過ごしてきたのだと、そんな事をふと思ってしまう。
「んなこと、考えてる暇はないってなっ」
襲ってくるワイバーンをすれ違いざまに切りつけ、バハムートの掌を駆け回る。中央に陣取ったツインタニアに対して円を描くようにステージを駆け巡れば、追い込もうとワイバーンが飛来する。目の前に来た奴から優先的に叩き落せば、視界を切った隙にツインタニアから火球が飛んでくる。
(そりゃ、ヘイト取ったら全部後ろから追い回してくるだけなんて、そんな簡単じゃあねえよなあッ!)
「『グリットスタンス』!」
与ダメージが下がる代わりに、被ダメージも下げる防御の構え。魔力を身に纏う感覚。攻撃の為に使う魔力を防御に回すのだ。今はまだ身体能力頼りで避けれているが、いつ被弾してもおかしくはない。
「ッ――ラァッ!! 『プランジカット』ォ!」
まずは数を減らすべく、ワイバーンを一体ずつ丁寧に処理していく。こいつらもドラゴンの一種であり、そこら辺の魔物とは比べ物にならないほど鱗は固く、素早く空を駆る翼を持っている。
「『クワイタス』『アビサルドレイン』」
それでも、今まで戦った防衛機構よりも、多少硬く、多少速い程度だ。数分もすれば方はついた。
「オオオオオォォォォオオオオッッ!!」
最後のワイバーンを屠った勢いでもって、ツインタニアへと迫る。
それが分かっていたのか、奴は口から火球――ファイアボールを放つ。そんな、よくある下級魔術のような名前をしているそれは、多くのヒカセンを絶望へ突き落してきた。
正面から突っ込んでいる俺は、当然その攻撃を喰らう前提で突き進む。
「『ブラックナイト』ォ!!」
俺のジョブである"暗黒騎士"を冠すそのスキル――効果は絶大だ。
正面から受けたファイアボールは、俺に張られた膜状の魔力によって掻き消される。
「まず一発ッ!!」
ファイアボールを受けたため飛び込んだ時点からは幾分スピードを落としていたが、そのまま大剣を頭に向けて振り下ろすと、ツインタニアはその巨体からは考えられない速度で横に逸れた。しかし、首付近で浮遊している拘束具を切り潰し、鈍い音を鳴らしながらバハムートの掌へと落ちていく。
斬り降ろし後、着地の隙はツインタニアが回避行動をとったため狙われることはない。そして、緊急回避であったため、ツインタニアは体制を崩しており、いる場所は俺の間合いの中である。
「二発目――」
力んだところで、違和感を感じる。奴は体制を崩しながらもファイアストームを放っていた。その名の通り、炎の嵐。こちらを拘束するように纏わりつく炎――ツインタニアに放つはずだった二発目は、そのファイアストームの核となる火球を掻き消すために放たれた。
その動作はツインタニアからして、大きな好機となる。
それに気づけたのは、ひとえに戦闘勘だったのだろう。足元に感じる魔力――何度も繰り返したツインタニア戦でも、それはこのタイミングでは放たれるはずのない攻撃。
(ツイスターッ!? フェーズ3から放つ技、だろうがッッ!!)
「『ブラックナイト』ッッ!!!」
二度目の『ブラックナイト』は足元から襲い来る魔力の豪風を防ぐことに成功。しかし、風の力は俺を上空へと打ち上げた。
「ああクソがっ! 『ランパード』『シャドウウォール』! 『ブラックナイト』ッ!!」
ここまで周到に戦闘を進めるツインタニアが、圧倒的な隙を見せる俺を見逃すはずもない。迫りくる攻撃に備え、防御効果の高いバフから順に発動させ、三度のブラックナイトも展開する。
俺が打ち上がりの頂点に達し、視界を下へと向ければ、そこには突進してくるツインタニアの姿。ゲーム上、ダイブボムと呼ばれる攻撃、なのだが。
「な、に……?」
エーテリックプロフュージョン。本来は白い光と共に爆発を起こすはずの技――それを、ダイブボムと併せて発動し、突進してきていた。
(ゲーム通りじゃない。そんな当たり前な事は分かっていたはず、だが俺は……まだどこか、ゲームの中だと考えているんだ)
ツインタニアの本来ならばあり得ない動き――それに対抗するのならば、こちらも"あり得ない動き"をするしかない。
「――――『ブラックナイト』ッ!!!」
ゲームにおける『ブラックナイト』は15秒というとてつもなく短いリキャストタイムで付与できるバリアだ。勿論相応にMPを持っていかれるし、ここまで連打することなんてできない。
そっちがその気なら。
そんな考えでしかなかったが、見事、『ブラックナイト』は重ね掛けされた。
ならばあとは、脳が発する迎撃という指示を、自らの勘を信じ――――このまま断ち切るのみ。
「――……ォォォオオオオオオオオッッッ!! 『ブラッドスピラー』アアァァアアア!!!」
ツインタニアが直撃してくるその瞬間、刃を額に叩きつけるべく渾身の一撃を振り下ろす。
途轍もない推進力を持った魔力の塊と、大剣の刃が触れ合った時、一枚目の『ブラックナイト』が割れる。
「ッ……!?」
ドクンッと、鼓動が跳ねる。『ブラックナイト』が割れると同時に、俺の膂力が上がった。
(ハッ、数値としては見えねえが、ブラックブラッドはちゃんと溜まるってことか!)
ゲーム上の仕様では『ブラックナイト』のバリアが消費された瞬間、暗黒騎士用の特殊ゲージであるブラックブラッドが溜まる。もちろんそれ以外でも溜める事は出来るが割れた瞬間は急速に溜まるのだ。それを消費して攻撃の威力を上げることが可能である。
そもそも、エオルゼアに来てから『ブラックナイト』を割るほどの敵なんて、戦った事はなかった。だからこそ、未知の感覚であった。
(これなら――行けるッッ!)
ツインタニアの放つ魔力の奔流に拮抗する二枚目の『ブラックナイト』は数瞬の後、その役目を終え破片となって消えていく。その瞬間、自身に流れ込んでくる"力"を感じた。
「ぶった切れェェエエエエエエエッッッッ!!!!」
額に合わせていた俺の大剣は、俺の腕から伝わる一押しによって、ツインタニアの鱗を割った。氷にひびが入れば脆いように、その後に感じる物理的な抵抗が殆どない。鱗の下にある肉を裂き、歯をへし折り、舌を突き抜け、拘束具を打ち壊し、内臓をぶちまけた。
「ハァ、ハァ、ハァ……はあー…………疲れたー……」
終わってみればあっけない。時間にして十分経ったかどうか、しかし身体は疲労感を訴える。魔力欠乏。筋肉酷使。普段で考えれば数時間の戦闘をぶっ通しで行っていたかのような感覚だ。
「グッ……つぅ……」
息を整えた直後、再び鼓動が跳ねると同時に激しい動悸に襲われる。疲労や魔力不足ではない、感じたことのない頭痛。頭の奥にしこりが出来たかのような違和感。
「大丈夫っ!? 『フィジク』!」
お嬢様が血相を変えて飛んできて、巴術士の回復スキルである『フィジク』を唱えてくれた。
「巴術士は……DPSロールなんだぜ……」
「もう、こんな時まで意味の分からない事を言わないで! じっとして、怪我は……ないのね?」
疲労困憊の態を晒す俺だが外傷はないのだ。各種バフは優秀だが『ブラックナイト』の防御能力の高さにごり押した感じである。MP不足の方が酷い。
「とりあえずエーテル飲んどけば大丈夫だ……お嬢様は、ご無事で?」
「ええ! ほんとに、凄い戦いだったわ! ドラゴンを相手取って、真っ二つなんて……ほんとに凄いわ! 私の大剣としてしっかり活躍できていたわよ!!」
「そりゃ、感無量でさぁ」
MP回復薬であるエーテルを流し込むと疲労感が段々と治まってくる。体に関しても多少はお嬢様がかけてくれた『フィジク』で回復した……ような気がすることにしておいて、後続の敵が来ないとも限らないため、バハムートの掌から更に進む提案をする。
「一度帰還した方がいいんじゃ……」
「大丈夫ですよ」
何故とは明かせないが、ここを越えれば目的地まではあと少しであることを知っている。歩いて数十分程度、戦艦の中枢であろう場所に、俺たちは辿り着いた。
「ここは、戦艦の制御室かしら」
「まさしく中枢区域かと。その制御盤、弄れますか?」
目の前には湾曲したデカい金属がある。金属は装置全体がそのまま戦艦へと繋がっている形だ。
「アラグの機構については、流石にシャーレアンでも触れる機会が少ないのだけど……一応、試してみるわ」
原作通り、アリゼーはエーテルを機械に流し込み始め、制御を試みる。
「……あのドラゴン、制御装置がついていたわね」
「ええ、生きながらの防衛機構とされていました」
エーテルの放出は続けつつ、俺と会話する余裕もあるようだ。
「ドラゴン族は強大な力を持つ……それを支配するなんて、アラグ文明はとんでもないわね。ああ、だからこそ帝国はここを調べようとしてるのかしら」
「それはあるでしょうね。実際のところ、制御しきれるとも思えないレベルですが」
ツインタニアとの戦いを経て、思い知った。ここでは、ヒットポイントを削り合うような戦いではないのだ。気づけば勝利していたように、戦いは一瞬で決まる事だってある。何度も切り刻んで、原形が残っていようが突然死ぬようなことはない。首を断ち、心臓を貫き、胴を裂く。そうしなければ、勝利ではない。逆に言えば、何度も切り刻む必要なんてないのだ。
(なんか、当たり前のことに今更気づかされた、って感じだ)
街の外にいるテキトーな魔物ではない、強敵との戦い。成長とはこういうことを言うのかもしれないな、なんて考えていれば、アリゼーがエーテルの放出をやめる。
部屋中に幾重にも光の線が奔り、目の前にあった金属が変形を開始する。台座が下り、背後では金属がせり上がる。そうして最後には目の前に広がっていた壁が開き――その姿をあらわにした。
「ッ……な、あ…………ばんしん……バハ、ムート……」
巨大な心臓にも見えるクリスタルを核として、その上部には首と頭が繋がっている。鼓動の音がここまで聞こえるのだ。あれは確実に、生きている。
バハムートの核を中心に広がる空間では、壁から戦艦が突き出ていて艦首から雷のような光線がほとばしり、バハムートの身体を再生しているように見える。いや、見えるではなく、再生しているのだ。
「なん、で……この鼓動の音……バハムートは、生きてる? なら、なんで、お祖父様は何のために……」
「…………」
これが真実。バハムートは死んでなどおらず、第七霊災はまだ、続いているのだ。静かに、誰にも知られず、ひっそりと地下の奥深くで。
泣き崩れるアリゼー。それを認識したかのように、バハムートから唸り声が聞こえた気がした。
「さて……状況から見るに、アラグの戦艦を使って、誰かがバハムートを再生させてる、ってところでしょうね」
「そんな、まさか帝国が……ッ!? 待って、奥に……誰か……――――」
俺たちが臨んでいるバハムートの手前、艦首の先には人影があった。
そいつはこちらへ振り向き、何事かを呟く。
「……お祖父様……ルイゾワお祖父様…………!!」
その姿を見間違えることはないだろう。救世の英雄、賢者ルイゾワ――その人だ。
自らの孫を認識したはずなのに、興味はないとでも言わんばかりに再びバハムートへと視線を向け、艦首の更に先へと歩みを進めていってしまう。
「まって、まって!! お祖父様っ! アリゼーです、お祖父様……ッ!!」
アリゼーの叫びも空しく、バハムートの鼓動にかき消されていく。
「なんで……私はお祖父様を、探して……ここまで……」
「…………一度、帰還しましょう」
「いや、いやよ! あなたは私の大剣でしょう!? すぐに追いかけてっ」
探し求めていた愛すべき家族の姿に、感情が抑えられないアリゼーは半狂乱となって泣き叫ぶ。
「必ず戻ってきます。ルイゾワを探すために、バハムートを止めるために……まだ、俺を信じられないか?」
「ぐすっ……いえ、あなたは、十分に力を示して、いるわ。でも、でも……」
「じゃあ、こうしましょう。ルイゾワを見つけてからも、お嬢様の大剣として活躍しましょう。ですので、ここはどうか」
こんなことで治めてくれるかとも思ったが、泣きじゃくる子供をあやす術は他に持ち合わせていなかった。
「…………うん、やくそくよ。今は、帰る」
ちょっと逡巡したあと、お嬢様は涙を袖で拭いながらも、こちらに寄り添ってきてくれた。
「いい子だ。それでは……丁度そこに転送装置もあるようですので、使わせてもらいましょうか」
長いようで短い時間であったが、俺にとってはバハムートとの、アリゼーにとってはルイゾワとの、それぞれの邂逅は、一旦幕を下ろした。