とある策士の外史旅(仮)   作:カツヲ武士
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今更ながら弟子たちの見た目とか
その後について軽く触れた感じですね。

公文書とかウィキではなく、
誰が記したかもわからない文献ですので
嘘が混じってる可能性もあります。

とりあえずオリキャラ4人。

張任?・・・あいつはいいヤツだった。


備考についてはかなり無理やりな
世界観になってます。

オリ設定だから!
オリ展開だから!

嫌いな人は読み飛ばし!


とある作者の考察(設定) 恋姫~成層圏

①名前

②呼ばれ方(李儒:身内(司馬懿):対外的)

③見た目イメージ

④逸話とか

 

―――――――――――――――――

 

① 司馬懿・仲達

② 弟子:筆頭:司馬様・陛下

③ 髪が黒い風見幽香(東方project)

④ 蛇足wiki参照。

 

基本的に李儒と初期の荘園メンバー以外に

とっては恐怖と畏敬の対象。

 

ある程度親しい人間は彼女が常に李儒の背中を

全力で追い続けていることがわかってるので、

その言動や容赦の無さにも理解を示していた。

 

初代議長の任期を終えたあとは二人の子を

連れて西蒙において姜維と呂布の補佐に

回り晋の地盤を築くことになる。

 

 

 

―――――――――――――――――

 

① 姜維・伯約

 

② 白っ子:伯師妹:姜将軍

 

③ ジャンヌ・オルタ・リリィ(幼少:fate)

  ジャンヌ・オルタ(成人:fate)

 

④ 司馬懿に対して真名を呼べる数少ない人間。

身内にはジャンヌだが他の相手には邪ンヌ。

 

幼少時涼州にて李儒と司馬懿に見出され

弟子入りした。

 

元服後は司馬懿と共にあることが多く、

その立ち振る舞いにかなり影響を受けた

とされる。

 

自分を一振りの槍と定義付けて居る為

政も出来るが、基本は司馬懿や張松に丸

投げして己は呂布と共に戦場を駆けた。

  

槍を使った場合は司馬懿と戦える程の

実力者であるが、司馬懿からすれば彼女

の武の才は己を凌ぐモノであり、李儒亡き

後彼女の武の実力を伸ばせなかった事で

自らの力不足を嘆いたとされている。

 

常に白く輝く槍を身に帯びていた。

子の名は姜騰。槍の名は白寿。

馬騰から名を貰ったと言われているが

子孫に教頭と李儒の名を忘れさせない

為に着けたと言う噂(狐情報)も有る。

 

晋の建国から1010年目に元を建国

したテムジンは分家筋ではあるが、

彼女の子孫である。

 

――――――――――――――――――――

 

① 徐庶・元直

 

② 亀っ子:亀:徐将軍。

 

③ ターニャ・フォン・デグレチャフ

  (髪は黒みがかった茶色:幼女戦記)

 

④ ツンデレ幼女風味の母親スキー。

李儒の引き抜きを受け仕官。李儒と司馬懿に

対し深い感謝と敬意を持っており母親スキー

仲間である姜維と仲が良い。

 

基本的に文官であるが武才も有ったため、

李儒が涼州に赴いた際は荘園にて楊修と

李厳に教導を受け、洛陽や長城の北に居る

ときは李儒から教導を受けていた。

 

門下生共通なのか、デレるのは同じ門下生

だけで他の人間に対しては一切の容赦が無い。

 

水鏡女学院に居た事を終生恥としており、

水鏡が劉表の配下として働いていた己の

門下生の助命と引き立てを依頼しに訪れた際

「逆賊に仕えた無能を生かす気は無い」と

宣言し水鏡を逆賊を支援した罪により断罪している。

 

事実水鏡門下生の多くは劉表に仕えてその

政を支えていたし、門下生筆頭と次席が

様々な場所で外道と言える行為を行って

居たことが知られている為、孫堅に仕えた

水鏡門下生たちからも反対の声は上がらな

かったとされる。

 

阿呆三略と春秋恥伝に記載された

【男と夢に溺れて現実を見ることが出来な

かった軍師気取りのトカゲとヒヨコ】が

その筆頭と次席である。

 

母親スキーとして陳登に目を掛け、その

成長を促し豫州徐家の宰相に引き立てた。

 

豫州徐家は元の成立に対して反対の意見を

持ち、コレと争ったことで家としての力を

失うこととなった。

 

直系の子孫は河北司馬家によって保護され

て居たため、家系は断絶していない。

 

――――――――――――――――――――

 

① 李恢・徳昂

 

② 狐っ子:狐:李次席

 

③ 狐巫女コリン(白猫project)

 

④ 頴川にて司馬懿に見出され彼女からの

熱い勧誘に応じ鳴り物入りで仕官した英才

・・・らしい。

 

孫尚香や姜維。司馬師・司馬昭の師でもある。

智謀に優れ、かの司馬懿も知略に関しては

己と同格かあるいは上回るのではないかと

危惧していた・・・らしい。

 

事実彼女は司馬懿と友人のように接しており

冗談が通じないところを心配していた為、

あえて軽口を叩いて情緒面を刺激していた

・・・とされる。

 

弘農に荘園を持っていた李家の分家筋の

人間であり、頴川ではそこそこの名家で

あった。

幼き頃よりその智謀は周囲に知られて

居たが、そのせいで頴川を代表する名家で

あった荀家に目を付けられ刺客を放たれる

こともあったと言う。

 

コレは彼女が生きていたら荀家の次期当主

である荀彧の名が広まらないことを恐れた

タメと言われている。

 

事実彼女が司馬懿に見出され、穎川を

離れた後で荀彧は【荀家の神童】として

名を上げることとなった。

 

彼女の存在が荀家にとってどれだけ

邪魔で有ったかが良くわかる一例と

言えよう。

 

ちなみに荀彧は曹操に使え、嫉妬心から

夏侯惇や曹洪といった忠臣を曹操の元から

遠ざけたり、汝南での最終決戦において

夏侯惇の援軍に向かおうとした曹操の意に

反し逃亡を唆した為に曹操に殺された

奸臣として描かれることが多いが、

政務官としては間違いなく優秀であった。

 

荊州李家を継承後同僚である楊奉と結婚。

子は李蔚。

 

荊州李家は豫州徐家・江南孫家・益州

張家と共に元の建国に反対し南晋を

建国して争う事となるが、破れて

家としての力を失うことになる。

 

直系の子は徐州李家に預けられており、

こちらも家系は断絶していない。

 

 

――――――――――――――――――――

 

① 李厳・正方

 

② 李厳:李厳殿:李厳様

 

③ 卯ノ花烈(BLEACH ) 

 

④ 武神として名高い後漢~晋の時代を

代表する最強の武人。

司馬懿や姜維・徐晃の武術指南を始め

様々な武人を鍛えた。

 

後漢末期。賊により夫が死去した後、

子の李豊を守るために南陽から司隷へと

居を移した際、弘農の荘園で晴耕雨読

の生活をしていた李儒に見出され、武官

として仕えることとなる。

 

姓は同じ李ではあるが、李儒・李恢と

李厳は血縁関係は無かった。

 

その後荘園で武の才に目覚めたとされるが、

その頃に関しての師匠の存在や細やかな

資料も無く、賊の討伐と鍛錬で技を磨いた

とされている。

 

この時代の武人の大半は個の才に依存した

武を誇るモノであったが、李厳は己が得た

教訓や実践した動きなどを体系化し弟子

と呼ばれるもの達に伝えた。

 

徐州李家の初代当主であるが「自分は武人

であり議長家の政は司馬家に任せる」と

言って自身が議長になったときに白紙

委任状を渡したとされる。

 

その後は楊家や公孫家もソレに倣い

政治の楊家・武の李家・軍事の公孫家・

統治の司馬家と言う議長国の形を造る

事となった。

 

子の李豊には江南孫家の初代当主である

孫堅文台の三女孫尚香が嫁いでいる。

 

仲睦まじく、4人の孫が生まれたが

李厳の武を継げるモノは現れなかった。

 

司馬懿と徐晃に己の武を編纂した資料

を渡したとされ、その内容は司馬家の

資料室に保管されているが、司馬家

当主と李家当主の許可を得たもの以外は

閲覧すら許されない門外不出の書と

されている。

 

(徐晃に託されたモノも徐晃が死ぬ前に

司馬家に引き渡している)

 

元の建国に関しては議長国は条件付きで

賛同していた為、司馬家以外の所領は

多少削られたものの各家は存続している。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

備考 晋とその後の流れ

 

テムジンを排出した蒙州楊家は5代皇帝の

クビライが死去した際に生じた家督争いに

より分裂し、東蒙は公孫家・司馬家・李家に

よって鎮圧され明国の一部となり、西蒙は

そのまま中央アジアにて分裂。

 

一度制圧されたインド・ペルシャ・エジプト

などもそれぞれ独立し、統一国家としての

元はおよそ150年の歴史を閉じることとなる。

 

尚、連邦国家としての晋は西暦195年~

1205年まで存続とされ1010年の

歴史を誇っていた。

 

欧州諸国の十字軍をはじめとした十字教の

驚異を感じていたテムジンが連邦国家

からの脱却と統一国家の必要性を提唱し

1206年に皇帝として即位したのは

「千年戦い続ける国家であれ」と言う

初代議長国及び議院7家が掲げたとされる

遺訓に法り1001年目に合わせた為である

 

実際は1010年だったが、コレは彼の家に

残っていた資料に誤差が有った為。

 

ただし実際に元を名乗ったのは5代皇帝

クビライであり、それ(西暦1260年)

までは国号は晋のままであった。

 

元が滅んだ後、残った議院家の人間を吸収し

明の礎を築いた洪武帝を支援した司馬家当主

は、国号を問われた際に「政治的に連邦国家

で亡くなった時点で晋は終わった」と宣言。

 

それを受けて洪武帝は国号を【明】とし、

司馬家を中心とした河北議長家に対しての

自治を認める事となる。

 

その後順調に領土を拡大した明は万暦帝による

悪政によって国内の経済状態が悪化。

 

その解決を図るため万暦帝は河北議長家が

治める徐州と青州に対し略奪行為を行わせた。

 

そのため明は彼らの怒りを買い、元の後進

を自認したアルタン・ハーンや公孫家の

支援を受けた【後金】によって滅ぼされる

事となる。

 

【後金】はその後【清】を名乗り河北

議長家に対して自治を認め不干渉を約束。

時に人材派遣や要人の教育を任せたと

される。

 

英清戦争や日清戦争において河北議長家は

不干渉を宣言。

コレはアヘンに溺れた清朝の民衆や

高官たちに見切りをつけたためとされる。

 

清が滅んだ後は日本帝国軍や欧米諸国

との戦争に対し専守防衛を貫いた為、

帝国陸軍や欧米諸国は河北議長家に

対して講和条約を結び、彼らを刺激

しないように放置することとなる。

 

これは海運国家である日本やイギリスが、

資源や南海に進出する為の海路の確保の

為に上海や香港のような土地を欲した

為である。

 

第二次世界大戦終結後は、蒋介石率いる

国民党政府と毛沢東率いる中華人民解放軍

の国共内戦に関しては、南京を拠点とする

毛沢東を支援。

 

中華人民共和国の建国を宣言した際に、

民主化を受け入れ冀州を除く所領に

民主化と選挙制度を取り入れた。

 

 

 

 

その後○○年後に李家に麒麟児が。

さらにその9年後に司馬家に鬼才が

産まれ、成層圏の世界において

司馬家と李家の名が広まる事となる

 

 

 




親しくない人から見た弟子はUSC
(アルティメット・シバ・チュウタツ)
だったりします。
わからない?龍狼伝の司馬仲達が恋姫時空
に行ったせいで女性になって小さくなった
感じですかね?(錯乱)

いや、正直アルベドと悩んだんです。
能力やキャラ的にはかなり近いような
気がしますが、大口ゴリラ化はしないし
彼女がモモンガさんに戦いを挑むイメージ
が沸かないんですよねぇ。

姜維って白ってイメージがあったんです
よねぇ。横山☆光輝大先生の影響でしょう。

徐庶は・・・水鏡女学院がロリしか居ない
イメージあるし。
ツンデレでロリならターニャンでしょう?
亀ってのも、まぁ鳳凰と龍が居たら亀と
虎が必要でしょ?虎は沢山居ますから亀で。

李厳さんはね。史実なら万能の天才ですが
拙作は武に偏ってますので・・・
卯ノ花隊長って万能っぽくないですか?

備考・・・まぁこのままなんやかんや
有って成層圏の世界に行ってる感じ
ですね。

隋も唐も・・・まぁ宇宙大将軍みたいな
のが現れて勝手に名乗って滅んだ的な
感じと思ってくれれば・・・

ガバガバだけどシカタナイネ!の
精神でお願いします!

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