グラン・ミラオス迎撃戦記   作:Senritsu

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 かの龍の迎撃拠点に選ばれた、釣り鐘状の入り江を持つ孤島。
 玄武岩に覆われた島の頂上は、険しい崖に覆われて、誰の視界にも入らない。
 故に彼女は、そこを選んだ。

「ふふ、始まったわね」

 赤く染まる曇天の空。しとしとと温い雨が降る中で、真っ白な服を着たその少女は背中に手を回して指を組む。

「でもまさか、本当に来てくれるなんて。ふふふっ、なんて健気なのでしょう」

 眼下は火の手が上がり、喧騒に混じって怒号や悲鳴も聞こえてくる。けれど、それとはまったく無縁といった様子でその光景を見下ろす。

「数万年越しの再戦ね。どちらも、がんばってね」

 楽しそうにそう呟く彼女は、微笑みを称えていた。




>> 古きカミのカタチ(2)

 

 

 ここは、自分たちの知る海なのか。

 

 エルタが海に飛び込んで最初に浮かんだ言葉だ。

 

 エルタは水中戦の心得がある。訓練でドンドルマの水上闘技場を舞台に、ガノトトスと戦った。

 エルタの知る海とは、地上よりもひんやりとしている。海は陸と違って、日の光によって温まりにくいからだ。

 

 では、今エルタのいるこの海は何だというのか。

 ひょっとすると沸騰しているかもしれないというソナタの危惧は、良い意味で外れている。しかし、当たらずとも遠からずと言ったとことだろう。

 先の撃龍船への襲撃で飛び込んだときとは比較にならない。煮えたぎった風呂にいきなり放り込まれたかのような感覚がエルタを襲う。

 

 相手の初撃のブレスはどうにか避け切れた。もともとエルタの乗っていた小型船を狙っていたわけではないらしい。しかし、ブレスの着水と共に起きた水蒸気爆発で、激しい衝撃が容赦なく全身を打って平衡感覚を狂わせる。

 周囲を見渡せば他のハンターたちとソナタ、アストレアの姿があった。彼らもエルタと同じような感想を抱いているようだ。

 この場に統率者はいない。個人、またはパーティ単位で各々に行動しなければならない。

 

(急いで海底付近まで潜ろう。息は持つか?)

 

 エルタは二人に向けて手を仰いだ。二人は頷きを返して泳ぎ始める。

 水中の視界はそこまで悪くはない。こちらからぼんやりとグラン・ミラオスの下半身も見える。つまりそれは、あちらからこちらを補足されてもおかしくないということだ。海面付近にいるのは危ない。

 

 水中では声は伝わらない。他のハンターに指示を出しているような余裕はない。

 十メートルほど潜ったかという頃に、案の定それは起こった。

 

 水が激震する。二発目のブレス。顔だけ振り返れば、それは水中であっても掻き消えない熱を纏っていた。火竜や炎戈竜のブレスとは違い、明らかに質量を持っている。

 どうやら一人のハンターに直撃したようだ。先の衝撃の間近にいて判断が鈍ったか、海面付近に留まろうとしたか。

 

 砕けたブレスの破片と無数の泡が収まると、そこには力なく水中を漂うハンターの姿があった。あれは……恐らく死んでいる。原形を保てているだけましというべきか。

 蜘蛛の子を散らすようにしてハンターたちがその場から離れる。それを狙い撃つようにして三発目、四発目のブレスが襲い掛かった。先のブレスより威力を控えめにする代わりに連発性能を上げているのか。それでも、人ひとりの命を奪うには十分すぎる。

 

 先ほど力尽きたハンターも、それなりに名を馳せた実力者だったはずだ。

 あっけない幕切れ、など言えるはずもない。あのブレスがエルタたちを狙ったものであったならば、同じ運命を辿っていたはず。そして、この威圧感の塊のような存在に対して、怯まず船を出して立ち向かっただけでも十分な功績なのだ。

 

 海底までは水深五十メートルと言ったところか。そこまで潜り、エルタはポーチから特製のクーラードリンクを取り出した。細長い飲み口を咥え、容器を押しつぶすようにして飲み込む。

 タンジアの港を出る前、海水温が高くなっているという情報から念のためとソナタが作ったものだ。水中用の回復薬の容器に代わりに入れた。まさか、これを使うことになろうとは。

 口内に痛みを感じるほどの冷たさと、ざらざらとした舌触り。細かく砕いた氷結晶が多分に入っていて、身体を内側から冷却する。

 しかし、この環境ならばそれでも万全とは言い難い。自らの体温よりはるかに高温の水に全身を包み込まれる異様な状況。それに対抗するには、それこそ体内に氷結晶を直接取り込むくらいのことをしなければならないだろう。

 それでも、エルタはソナタにただただ感謝していた。これがなければきっとまともに動くことすらままならなかった。

 

 体の芯が冷え込むような感覚を、鍋で茹でられているかのような熱が塗り潰す。不快感は凄まじいものであったが、この熱にやられるよりはましだとエルタは前を向いた。

 海面付近ではブレスの応酬が続いているようだ。海底までは流石に捕捉されないか。しかし、ブレスそのものは海中で失速することもなく水深五十メートル前後の海底まで届いているようだった。あのブレスが放てる範囲で安全圏などないということだ。

 とにかく今は前へ。熱水の中で大きく水を蹴って、かの龍のもとへと向かう。同じくクーラードリンクを飲んだソナタとアストレアが後に続いた。

 

 

 

 

 

 グラン・ミラオスはどうやら二本足で立っているようだった。

 造形はエルタたちの知る生物と大差ないものであったが、その片足だけでも、人どころか並の飛竜種よりも大きい。そしてその立ち姿は、シュレイドに伝わる巨大古龍、ラオシャンロンが立ち上がったときの姿を彷彿とさせるものだった。

 

 翼から零れ落ちているのは溶岩というよりも灼熱の岩石、疑似的な火山弾か。それは海面で激しい水蒸気爆発を起こしたあとも、消えることなく海底へ沈んでいく。ブレスほどの威力、速さがなくとも十分すぎる脅威だ。

 そんな火山弾に注意を払い、それによる爆発を目隠し代わりにしながら、エルタたちはグラン・ミラオスを中心にして円を描くようにして泳いだ。この龍はどうしてか、目に入った敵を追い払うような行動をしばらくとった後は興味を失ったかのように歩き続ける。中途半端な敵対心、それを利用してまずは観察に努める。

 

 背中の巨大な突起はひとつひとつが黒い岩山のようで、いくつかは赤いどろどろとした火口が顔を覗かせている。そこからもまた、次々と火山弾が零れ落ちていた。この水の中にあっても、だ。火は水中では消えるという常識に真っ向から抗っている。

 尻尾はエルタが見てきたどの竜のそれよりも長大だ。首筋から連なる岩山が尻尾の先端部分まで続いている。そしてその根元には、胸元にあったものと同じような紅く渦巻く光の核があった。あちらよりも密度は低いようだが、その分巨大だ。そこからひび割れのような光の筋が背中に向けて走っているのを見るに、何らかの重要な器官なのか。

 

 そんな巨体を揺らして、海底に堆く冷えて固まった溶岩を積み上げながら、かの龍は歩き続ける。その歩幅は十数メートルにも達し、このまま手をこまねいていれば装填前の巨龍砲まで容易に辿り着かれることをひしひしと感じさせた。

 ハンターたちが海に出ている今、沿岸の砲撃部隊は確実に上半身に当てられる距離に近づくまで砲撃ができない。先ほどのように数撃ちすれば誤射の恐れがあるからだ。

 

(攻勢に出る)

 

 エルタは二人の方を振り返り、ハンドサインを送った。ソナタは真剣な顔で、アストレアがやや緊張の面持ちで頷く。

 ポーチから酸素玉を取り出して口の中に放り込む。イキツギ藻を乾燥させ練り固めた団子だ。溢れ出した空気を思いきり吸い込んで、エルタは熱水の海中を一気に突き進んだ。

 

 

 

 既に別のパーティのハンターたちは、グラン・ミラオスと接敵していた。

 アグナコトル装備のランス使いが腹下に潜り込んで連続突きを見舞っている。まだ外皮を削り取っている最中の段階のようだ。

 さらにレウス装備の太刀使いは勇敢にも降ってくる火山弾を潜り抜け、尻尾の根元のコアに斬撃を繰り出していた。見た目通り柔らかいのか、血が噴き出している……が、どこか様子がおかしい。まるで返り血を浴びるのを嫌がっているような仕草を見せている。

 

 やや離れた位置に陣取った大弓の使い手は海面から顔を出し、上半身に向けて射撃を放っていた。水中だとどうしても威力が減衰してしまうが故の戦法か。ブレスに狙われる危険を伴うし、そもそもこのうねりの中でそれを成すのは至難の業であるはずだ。

 さらに再度船に乗ったハンターもいるようだ。ボウガン使いたちか。全力で船を漕いでかの龍の正面に立たないようにしつつ、徹甲榴弾や拡散弾での牽制を続けている。

 

 彼らが第一陣。凄まじい威圧感と放射熱の中でここまで果敢に攻められるのは、彼らが紛れもない上位ハンターである証だった。

 

 無論、グラン・ミラオスも黙ってそれを見ているわけではない。

 ごご、という音を立てながら長大な尻尾が持ち上がる。あの太刀使いを含めた周辺のハンターたちは即座に反応して距離を取った。

 尻尾の先端が海面に近づくかという程に持ち上げられた尻尾が、勢いよく振り下ろされる。

 

 ごお、と海が轟いた。

 尻尾がたたきつけられた瞬間。ひときわ大きい地響きが水の波動となって伝わり、海が強くかき乱される。砕けた海底の岩石の破片や珊瑚、砂や泥が舞い上がり、さらにその余波を受けてか背中の火口からもいくつもの火山弾がばらまかれた。

 しかし、そうしている間にもかの龍から全力で距離を取っていたハンターたちに被害はないようだった。単純な尻尾の叩きつけでここまで周囲に影響を及ぼすその威力を目に焼き付けつつ、再び接敵しようとする。

 

 かの龍の攻撃はそこで終わらなかった。

 叩きつけられた尻尾。それがその前より数十度斜め方向に振り下ろされていたことがわかっていれば、あるいは予期できたかもしれない。

 片足を半歩引いていたグラン・ミラオスが、もう片方の足を軸に全身を使って尻尾を振り回した。

 

 巨大な力の奔流、水流がハンターたちを襲う。海竜が作り出すものとは比較にもならないほどの渦潮は、もはやそれそのものが一つの自然現象を彷彿とさせた。

 太刀使いと同じく尻尾のコアを攻撃していたらしい剣斧使いが巻き込まれた。尻尾に引きずり込むような水流に捉えられ、そのまま身体ごと激しくかき回される。激しい動きに慣れていたとしても、あれを受けては平衡感覚を失って意識を飛ばしてしまってもおかしくはない。ぐったりしているところを太刀使いが助けに入った。

 さらに、グラン・ミラオス自身も大きく身体を動かしたため、翼から零れ落ちる火山弾が思いもよらない方向までいくつも飛んできた。先ほどの弓使いが運悪くそれに被弾する。

 当たると同時に砕けて降り注ぐ、灼熱の泥。弓使いは炎を浴びたかのように悶え、弓を手放して必死にそれを払い落とす。重度の火傷と防具の損傷を負っただろうことは明白だった。

 

 グラン・ミラオスの攻撃は止まらない。

 突然二歩、三歩と後退したかと思いきや、海中に向けて次々とブレスを撃ち込む。それは先ほど腹下を狙って攻撃していたアグナシリーズのランス使いを狙ってのものだった。

 標準は恐ろしく正確だ。寸分違わず撃ち込まれるブレスにランス使いはガードを選択するしかない。まともに食らえば一撃で致命傷を負う程の威力、彼のアグナコトルの防具の火耐性の高さを以てすればそこまでは至らないかもしれないが、衝撃で戦闘継続困難まで持っていかれることは間違いない。

 盾に溶岩塊がぶち当たる重い響き。大型竜の突進すらときには受け止める大盾と言えど、あれは何度も受けていいものではない。しかし、かの龍は執拗にそのハンターを狙い続けた。

 二発、三発、四発。盾に当たった溶岩塊が砕け散るたびに、ランス使いは大きく後退し、そして反応が鈍くなっていく。ガードブレイク寸前だ。

 

 五発目。ソナタが間に入った。

 海王剣アンカリウスの刀身を盾として溶岩塊を迎え撃つ。それが刀身に接触すると同時に、周辺の赤く染まった海とは明らかに性質の違う水が刀身から溢れ出す。その水と激しい反応を起こしつつも、溶岩塊は砕けることなく受け流されて斜め後ろ方向へと沈んでいく。

 その隙にアストレアが半ばタックルするようにランス使いを抱きかかえて、重そうに泳いでいく。六発目のブレスをソナタは紙一重の動きで回避したが、その先にランス使いの姿はもうなかった。

 

 そして、ランス使いの救助に入った二人を追い抜いて、エルタがグラン・ミラオスに接敵する。彼らを含めた第二陣のハンターたちが再度巨龍へと肉薄していく。

 

 

 

 凄まじい放射熱だ。海水温もこれまでになく高い。彼らはこんな中で戦っていたのか。

 身体が熱されていくのを感じながらエルタは全力で泳ぐ。狙うはかの龍の腹だ。黒色の背中に比べてかなり赤みを帯びている。かの龍の全身から見ても比較的柔らかそうだ。

 目前まで近づき、背中の穿龍棍を手に握る。最後の一押しと勢いよく水を蹴って、水の抵抗に抗いながら勢いを乗せた右手の棍を突き出した。

 

 がりっ、と杭が岩を削り取るかのような手ごたえが伝わる。さらに続けて黒い龍属性の光が水中に弾けた。それは腹の外皮を少しだけ黒く染めた。

 効いた。龍属性は有効だ。外皮の貫通までは至らなかったが、想定の範囲内だった。人の手で拘束用バリスタのように深くまで貫くには、数をこなさなければならない。

 水中では踏ん張る大地がないため、攻撃の反動でそのまま後退してしまう。それを補正しながら、二撃目、三撃目と殴打する。エルタの見立ては間違っていなかったようで、外皮が窪み、破れていく。これが背中の黒い外殻であったなら、まるでカブレライト鉱石の塊でも殴っているかのような手ごたえのなさになったはずだ。

 

 ランス使いを狙い続けていたグラン・ミラオスが反応した。

 前屈みになり、煩わしそうに前脚を払いのける。頭上から迫り来たそれは軽く水流が発生するほどの範囲攻撃だったが、エルタは巧みにその水流を潜り抜けて攻撃を継続した。

 突き主体で殴る。水の抵抗がかかる水中では大振りの攻撃の威力が減衰してしまうからだ。点を突く攻撃が可能な穿龍棍やランスは比較的有利な武器種と言えるだろう。

 激しい運動で急速に失われていく空気を酸素玉で補給する。口の中で飴玉のように溶けていくそれの残量は残り半分ほどか。

 

 エルタのいる場所の下方、腹下部分を垣間見れば、ソナタがいるのが見えた。この赤い海の中ではラギアクルスの青い防具は逆に映える色になってしまっている。

 しかし、担いでいるのは大剣ではない。あれは……ランスだ。あのランス使いが担いでいたもの。青色を基調としているが、切先が黄色く発光している。ソナタはそれを担いで、先ほどランス使いが居座っていた場所でぎこちないながら突きを繰り出している。

 

 なぜそのようなことを。考えるよりも先にグラン・ミラオスが動く。

 吼えながら上半身を振る。両翼が揺れ動き、その先端から零れ落ちた火山弾が周囲一帯に降り注いだ。

 先ほどの弓使いを負傷させた攻撃。赤く光る海面が邪魔で、水の中に入ってくるまではどこに来るかが予測できない。ブレスと違ってただ沈んでくるだけなので見てから回避するしかなかった。

 リオレウスの火球よりも数倍大きいため、回避も大降りになる。二、三個の火山弾を紙一重で潜り抜け、エルタは腹に留まって小刻みな打撃を加えていく。腕や肩の防具の隙間に火山弾の破片が接触したのか、激しく染みる痛みと共に水ぶくれがいくつもできた。しかし、それも今は放置してただ肉薄し続ける。

 

 突然、ばごっと異質な爆発音が足元から響く。

 咄嗟に下を見てみれば、ソナタのいる周りが泡立っているのが見えた。いったいどうやって──いや、ソナタが担いでいたランスの仕業か。

 砕竜ブラキディオス。その竜の素材から作られた武器は切先に発光する粘菌が纏わり付き、ある程度対象に塗布された段階で大爆発を引き起こすのだという。確か爆破属性と言ったか。とても珍しい属性でエルタも知識でしか知らないが、ソナタの担ぐランスがまさにそれなのだろう。

 腹下の外皮が広範囲にわたって拉げているのが見て取れた。大砲の一発にも匹敵するのではないか。これにはかの龍も怯んで二、三歩とたたらを踏む。

 

 ソナタは追撃するようなことをせず、その場に留まっている。と、その背後からソナタの大剣を抱えたアストレアがやってきた。

 ソナタが槍と盾をアストレアへと素早く渡し、代わりに大剣を担ぐ。右手が義手で使えない彼女は持っていた縄で盾を身体に縛り付けて、槍を左手に持って泳いでいった。負傷した元の持ち主に返すのだろう。

 恐らく、あのランス使いの巧みな槍捌きによって爆発まであと一歩のところまではきていたのだ。それをソナタが引き継いだ。アストレアは現状後方支援に徹しているようだが、その役割を十分に果たしている。頼もしい限りだ。

 

 グラン・ミラオスが二、三歩後退したことで、再び距離が開いてしまった。距離を詰めるべく武器をしまおうとしたところで、エルタは海面の一部分が一際赤く瞬いているのを見た。まるで日の光のように。

 

 ────緊急回避。

 脚で思いきり水を掻き出す。穿龍棍の杭の射出を加えて、その作用でさらに自らの位置をずらしたところに──凄まじい量の気泡を纏いながら赤熱化した塊が通り過ぎていった。

 すぐ傍を通り過ぎた大質量の物体に、身体ごと持っていかれそうになる。肌を高熱が焼く。それをどうにか耐えて、エルタは一心不乱に潜水した。

 

 間髪置かずに二発目が到達する。海面に一番近かった左足の先にそれが僅かに触れた。

 

(づっ……!)

 

 苦悶の声を噛み殺す。弾かれた左足が鋭い痛みと鈍い痺れを発する。打撲を負ったか。だが、まだ動かせないほどではない。

 火傷は足の防具がどうにか防いだようだ。ある程度火に対する耐性があるはずの風牙竜の足袋が溶けかけているのを見て、その凄まじい温度を実感する。絶対に直撃を受けるわけにはいかない。

 

 三発目。これは大きく逸れた。やはり潜水は有効なようだ。

 水上から水中にあるものを狙い撃つときは、水の屈折率を考慮する必要がある。深く潜れば潜るほど、その位置を水上から正確に把握するのは難しくなる。

 ある程度まで潜ったところで、追撃は来なくなった。エルタは数十メートル開いた距離を一気に泳ぎ抜け、先ほどと同じく腹を一発、二発と殴る。

 

 煩わしい。かの龍にとってはその一言で済む話だろう。人に例えれば羽虫に周囲を舞われているようなもの。先ほどのソナタの一撃はそんな羽虫の一匹に噛まれたといったところか。

 再び上半身を屈めて、前脚を振るおうとする。今度は確実に捉えられるよう、より深く。ざざあ、と上半身の一部が一時的に海中に沈む。

 

 そのときを待っていた。

 

 がしゅ、と穿龍棍に内蔵された杭を肘側へと打ち出し、今度は一気に浮上する。それは他の誰かが見ていれば、あえてグラン・ミラオスにぶつかりに行っているように見えただろう。

 あっという間に迫りくる上半身。エルタを確実に捉えるべく前脚まで沈ませる。その傍には、煌々と黄金の光を放つ光核があった。

 エルタたちが水中にいて、グラン・ミラオスが立っている限りは決して届かなかった光の核がエルタの目の前に迫る。

 

 熱い。目も開けていられないほどの放射熱。海中に没したそれに向かって、エルタは両手の穿龍棍を突き出し、そのトリガーを引く。

 腹で小刻みな攻撃に甘んじていたのは、全てこの時のためだ。──龍気穿撃。

 

 肘側にあった杭が、赤黒い龍属性を纏いながら、竜撃砲にも匹敵する勢いで打ち出される。

 先ほどの爆砕竜のランスが引き起こした爆発とは違う、一点突破に特化した一撃は────その光の核の外膜を破った。

 

(届い……、……!!?)

 

 そして、その放射熱によって目を瞑っていたエルタが確かの手応えと共に得たのは──溢れ出す超高熱の血潮の洗礼だった。

 

 

 

(あのヤロウ、やりやがった!)

 

 海底付近からエルタの様子を見ていた太刀使いはぎりっと歯噛みした。彼はエルタが陥った状況が分かっていた。

 尻尾の範囲攻撃に巻き込まれた剣斧使いを助け出した後も、太刀使いは愛刀の鬼神斬破刀で突きを主体としながら地道に尻尾の根元の光核への攻撃を続けていた。強力な電撃は確実にその外膜を傷つけ、その中身を溢れ出させていた。

 

 問題はその中身だ。

 いわゆる血溜まりのような部位だったのだろう。翼や後背部の火口から流れ落ちているどろどろとした体液と同じものと思いがちだ。

 しかし、その純度、性質が違う。血のようにさらさらと水中に溶けていきつつも、凄まじい高温を保っている。攻めあぐねていたのはそのためだ。見たことも聞いたこともない物質をこの龍は身体に巡らせている。

 船上でバリスタ用拘束弾を使ったあのとき、全ての拘束がいきなり解かれたのは、恐らくこの体液が原因だ。彼の身に纏うレウス装備ですら防げなかったそれにずっと熱されれば、鉄が堪え切れるはずもない。

 

 まして胸部の光核となれば、この尻尾の根元よりも活発な器官と見て間違いない。それを無理やりこじ開け、溢れ出した体液を浴びたのだ。

 海面付近の視界は悪かったが、太刀使いはその中で今の一撃を放っただろうハンターがその場から離れていくのを見て取った。直撃を受ける直前にその場から離脱していたのか。類稀な反射神経だ。決して軽くはない火傷を負っただろうが、動けているだけで上出来だ。

 

 グラン・ミラオスもこれには再び驚かされたようだ。胸部を直接穿たれるとは思ってもいなかったのだろう。それがかの龍の生命力にまで届いているかは分からないが。

 少なくとも、これでかの龍も今までのような()()で済ませるようなことはできなくなったはずだ。これからは積極的にこちらを仕留めに来る。

 彼自身信じがたいことであったが、この龍がまだ本気を出してはいないことを太刀使いは直感で察していた。故に、油断なく堅実な攻撃を続ける。

 ……ああ。それにても、この海のなんという熱さか────

 

 オォ、とグラン・ミラオスは嘶いた。

 一、二歩と後退する。しかしその下がり方は今までのそれとは違って、どこか意図的なものを感じさせた。

 両方の前脚を持ち上げて、やや上体を反って。

 そして、上半身ごと海中に叩きつけた。

 

(おぉ……!?)

 

 押し寄せた水流に一気に押し流される。端から見ればただの圧し掛かりだが、その規模が桁違いだ。まるで土石流に巻き込まれたときのように、抗うことはできない。

 後方にいた太刀使いはまだいい。先ほどのハンターを含め、正面にいた連中は巻き込まれているのではなかろうか。圧し潰されなどされればまず生きてはいられまい。海上の船も一気に押し流されるか、転覆してしまったはずだ。船上で攻撃していたハンターたちが海に投げ出されていなければいいが。

 

(……? こいつ、起き上がらないのか?)

 

 太刀使いは訝しんだ。舞い上がった土や砂でかなり視界が悪いが、グラン・ミラオスは圧し掛かりの体勢のままで上体を持ち上げようとしていない。

 流石にこれだけの規模となると、起き上がるのにも一苦労なのか。ならば今は好機と言える。全身が海中に沈んでいるのなら、頭上から降ってくる火山弾に警戒することもない。

 ただ、もしこの龍がこの四足歩行状態でも動けるとするならば、深く潜ったところで大きな意味はなくなる。そのことを鑑みれば、もう少し離れて観察に努めるべきか。

 

 そう結論付けた太刀使いが慎重に泳ぎ始めるのと、グラン・ミラオスが身体を左右に揺り動かしながら一気に後退したのはほぼ同じタイミングだった。

 

(な!? はやっ……ごはっ)

 

 瞬く間に迫り来た翼の砲塔に避ける間もなく打ち据えられ、太刀使いの視界はそこで途切れた。

 

 運良くその場を切り抜けたハンターたちは、これから知ることとなる。

 グラン・ミラオスの本領は、この水中で、四足歩行状態で発揮されるものなのだということを。

 

 これまでとは比較にならない速度で百メートル近く後退したグラン・ミラオスは、海中に漂う藻屑のような狩人たちを俯瞰し、口元に溶岩を滾らせる。

 

 奇しくもその構図は、数十分前、船上で彼らがかの龍の正面に立たされたときの構図に似ていた。

 

 

 


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