グラン・ミラオス迎撃戦記   作:Senritsu

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今はまだ、微睡みの中。
その(とき)を待ち続ける。



第1節 前哨戦 
> 前哨戦(1)


 

 かなり大きな港だ。

 商船の船室から甲板に出た青年が、目の前に広がる景色を見て最初に抱いた感想はその一言だった。

 海岸線に沿って広がる街並み。ざっと数キロメートルはあるだろうか。決して緩やかではなさそうな山の斜面にも風車や建物が立ち並んでいる。手前にある巨大な倉庫のような建物は市場なのだろう。

 さらに目を引くのは泊まっている船の多さだ。浮桟橋に並ぶ漁船と思わしき小船の数は、ざっと百を超えるかというほどだ。沖に出ている漁船も含めればさらに増えるのだろう。大型船も専用の波止場に数隻停泊していた。

 流石はこの地方で随一の港町というだけのことはある、と青年は嘆息した。

 

 青年の乗る船はゆっくりと波止場に近づいていき、やがて軽い振動と共に接岸した。錨が降ろされると共に岸への板橋が架けられ、船員たちが慌ただしく動き始める。

 

「──お前さんの仕事はこれで終わりだ。ご苦労さん!」

 

 そう青年に声をかけたのは、商船の船長だ。日焼けした顔を白日の下に晒し、快活に笑う。

 青年の職業はハンターである。彼はこの商船の航海中の護衛依頼を請けていた。船長はその依頼が完遂されたことを伝えに来たのだ。

 

「結局お前さんが酔う姿を見ることはなかったな。船に強いねえ!」

「……自分でも、驚きました」

「この航海が無事に終わったのも、お前さんがガブラスを気張って倒してくれたおかげさ。まさかそれで甲板に穴が開くとは思わなかったがな!」

「……すいません……」

「いいさいいさ。ガブラスに毒液引っ掛けられるよりゃ百倍マシってもんよ。面白いものもみせてもらったし、お前さんを雇ってよかったぜ」

「こちらこそ、ありがとうございました」

 

 船旅はそれなりに長かった。船長はその間に青年の人となりをある程度把握していた。彼はやや引っ込み思案すぎるきらいがあって会話のテンポが遅れがちだが、頭の回転が遅いわけではない。

 船がガブラスという小型の飛竜種モンスターに襲われたときの彼の対応は見事なものだった。船長は彼のハンターとしての実力の高さを認め、こうして対等な立場で話している。

 

「報酬はこの街のハンターズギルドに渡しておく。クエスト達成の報告をするときに受け取ってくれ」

「……はい」

「それじゃあ、俺は荷下ろしの監督をするからここでお別れだな。……最後にひとつだけ、話しておきたいことがある」

 

 それまで笑みを浮かべていた船長が、少し真剣な顔をして声のトーンを落とす。

 二人の声が聞こえる範囲に人がいないことを確かめてから、船長は改めて口を開いた。

 

「今まで船旅の間にガブラスに襲われたことは何度かある。やつらも商人に取っちゃ不吉の象徴で会いたくない存在なんだが、それよりか心配なのはこの異様な海の静けさだ」

「……」

「ラギアクルス、ガノトトスはともかくとして、エピオスやルドロスの一匹も見かけなかったのは流石に初めてだ。しかもここ何日かは異様なくらい海が凪ぎてやがった。……いやな雰囲気だぜ。お前さんも気をつけろよ」

「……忠告、ありがとうございます。……ですが」

 

 おぉ? と、船長は内心で反応を示さずにはいられなかった。この手の話で青年が言葉を続けようとしたのは初めてだったからだ。

 少しの間目を逸らして逡巡するそぶりを見せた彼は、しかし意を決したように船長にまっすぐ向き合った。

 

「僕は、その忠告を活かすことはきっとできないと思います」

「……なるほどな。お前さん、知ってて黙ってたな?」

「……すいません」

「……くっ、はははは! なに、構わんさ! どのみちこの街には来ないといけなかったんだ。お前さんへの恩はその程度で無くしたりはせんよ」

 

 船長は今日一番の笑い声をあげる。今の青年の返答を聞いて、その心意気に彼のことをさらに気に入るまであった。それくらい懐が広くなければ、海の商人は務まらないのかもしれない。

 

「ただ、それを聞いていよいよまずい気がしてきたな。よし、俺はさっさと積み荷を降ろして次の航海に出るぜ。ここでの商いは止めておくとしよう」

「どうか、気を付けて」

「おうよ。お前さんも何やら覚悟してる様子だが、死に急ぐなよ? また護衛依頼を頼むかもしれないからな!」

 

 船長と別れて下船した青年は、ひとまず真っ直ぐにハンターズギルドの施設を目指すことにした。道中で資材を運ぶアイルーに道を聞いたりなどしつつ、街中へと入っていく。

 昼下がりなのもあってか、商店通りは活気づいていた。道に沿って大小さまざまなテントが立ち並び、あちこちから青年のもとへ喧騒が聞こえてくる。魚の焼ける香ばしい匂いも漂っていた。

 道を行く人々の着る服も多種多様だ。砂漠でよく見られるガラベーヤという服を身に纏っている者もいれば、簡素な洋服を着ている者もいる。現地の人々は日に焼けていてかなりの軽装なので分かりやすい。

 ハンターは別に珍しくもないらしく、青年が変に目立つことはなかった。背中に担いだ武器を布で覆っていたのもあるのだろう。人混みがやや苦手な青年は足早に通りを歩いて行った。

 

 ハンターズギルド支部は青年が降り立った波止場とはちょうど反対側の方に位置していた。周辺では鍛冶場や狩猟道具を売る店が主体になり、一般客は減って、ハンターが往来し始める。

 中心部は広場になっていて、ギルドの受付も設置されていた。受付の向こう側は料理屋になっているらしく、こういった集会場にはお決まりの酒盛りの場も兼ね備えているようだ。

 

 しかし、そういった開放的な光景に反して、集会場の雰囲気は僅かな緊張が混じっていることを青年は目敏く感じ取った。

 ハンターの数は少なめで、ギルドの職員が通路をやや小走りで走っていく姿も見える。少なくともいつもの日常といった様子ではなさそうだった。

 受付に向かった青年を出迎えたのは、金髪を三つ編みにして青が基調のセイラーシリーズを着た受付嬢だった。

 

「こんにちは! ここのギルドは初めてでしょうか?」

「……はい」

「分かりました。では、ギルドカードの提示をお願いします!」

 

 青年は腰の防具に提げたポーチからギルドカードを取り出して受付嬢に手渡した。

 少女はそれを受け取ると軽く目を通し、そしてにっこりと微笑む。

 

「確認しました。ようこそタンジアへ! 私はクエスト受付嬢のキャシーです。私たちタンジアハンターズギルドは貴方を歓迎しますっ!」

「……エルタ・ミストウォーカーです。よろしくお願いします」

「本日はギルドカードの登録のみのご用件でしょうか?」

「……商船の護衛依頼を請けてきたので、その報酬を受け取りに」

「そうだったんですね! 少しお待ちください。確認してきます!」

 

 キャシーは机から依頼書を束ねたものを取り出し、船の名前、依頼者名などを聞いて達成状況を照らし合わせる。

 

「ええっと、ガブラス十五頭の討伐、商船の護衛依頼は十分達成していると船長さんから報告をいただいています。お疲れさまでした!」

「……報酬はギルドの倉庫に預けておいてください」

「分かりました! 船旅はどうでしたか? 酔いませんでしたか?」

「……あまり。それよりも、何かいいクエストはありますか。受けます」

「えっ、休憩されなくてもいいんですか? ギルドからハンターさん向けの宿を斡旋できますけど……」

 

 心配そうに言うキャシーに対して、青年は小さくかぶりを振った。

 

「船の中で休んだので十分です。今のタンジアはそれどころではないはずなので」

「むむっ……目敏いですね。街の雰囲気で気付いたか、それとも噂を聞きましたか?」

「……そのどちらもです。モンスターの動きが活発化している今なら、稼ぎ時かと思って」

 

 キャシーから目を逸らしつつ、青年はもごもごと街に来た理由を話した。青年が事情を知っていることを理解したキャシーは、やや不謹慎にも受け取れるその理由を聞いてもにっこりと笑う。

 

「ハンターさんらしい理由でいいですね! どうであれ、タンジアのピンチに駆けつけてくれたことに変わりはないので感謝します! それでは、要望通りクエストを紹介しますね」

 

 少女は商船の護衛依頼の報告書にぽんっと大きなスタンプをして脇に寄せ、机からまだ受注されていないクエストの依頼書の束を引っ張り出した。

 

「今、タンジア近郊は海のモンスターたちがみんなどこかにいってしまって、逆に地上のモンスターは気が立って大暴れ、という状況です」

 

 話しながらキャシーは依頼書の束から緊急性の高いものを抜き取って青年に示す。

 

「モガの森、ここから船で数日かかる狩場なんですが、そこの生態系が大きく乱れているそうなんです。近くの村の専属ハンターさんが頑張っているそうなんですけど、ハンターズギルドとしても状況が気になるところでして……」

 

 クエスト依頼文に狩猟対象は示されておらず、狩猟環境不安定とだけ書かれている。さらに成果報酬の形式をとっているらしい。狩猟したモンスターに応じて報酬が支払われる仕組みだ。リスクが読めないのも相まってなかなか受けるハンターがいないクエストだった。

 しかし、青年はそんな背景を全く気にすることもない様子で頷いた。

 

「請けます」

「……本当ですか?」

「ハンターランク的には問題ないはずです」

「そうですけど……いや、この際細かいことは気にしません。あなたの気持ちが変わらないうちにサインをお願いします!」

 

 ギルドカードに示された青年のハンターランクは5。タンジアでも珍しい高いランクだ。

 この数字が嘘でなければ、彼は飛竜種などの危険度の高いモンスターの連続狩猟すらやってのける実力を持つことになる。今回のような依頼にはうってつけの人物ではあった。

 キャシーから渡されたペンを手に取って、青年はさらさらと依頼書にサインする。

 

「その依頼を請けたらまずはモガの村に行ってください。モガの森のすぐ近くにある村です。もしかしたら村の専属ハンターさんとすれ違いになってしまうかもしれませんが……そのときは、村の受付嬢さんに事情を説明すれば対応してくれると思います」

「分かりました。……もうひとつ、武器を持ってきているのでそれをギルドの武器庫に保管させてください。それが済んだら出発します」

「了解です。ちょっと手続きに時間がかかるので、少々お待ちください」

 

 そう言ってキャシーは別の書類を取り出して文書を書き始める。ハンターの荷物の中でも武器は厳しめに取り締まられている。青年のように二種類の武器を別々に持ち込んできた場合、保管に色々と手続きが必要になるのだ。

 受付に訪れる他のハンターたちの相手は他のギルド職員たちがやってくれている。手持ち無沙汰になった青年はふと振り返ってあるものを見上げた。

 

 それは、空高く屹立する巨大な灯台だ。一周百メートルは優に超えるだろう。階層構造になっているようで、側面に櫓が建っていたり空洞が覗いていたりしている。

 そして、灯台という名の通り頂上には火がくべられていた。地上からでも容易に確認できる炎の揺らぎ。漁船程度ならあの中に軽く入ってしまいそうだ。燃料は恐らく薪ではなく、一度火が付くと延々と燃え続ける強燃石炭などを使っているのだろうとエルタは思案する。

 驚くべきは、そんな世界でも類を見ないほどの巨大な灯台が沖合に向かって幾つも聳え立っていることだった。それらにも同じように火が焚かれている。まるで、海に向かって楔を打っているかのように。

 

「あの灯台が気になりますか?」

 

 ペンを走らせながら、キャシーが青年に向かって話しかけた。青年が灯台を見上げているのに気付いたのだろう。

 

「あれは、黒龍祓いの灯台っていうんです。一度くらいは名前を聞いたことがあるかもしれませんね」

「……名前だけは聞いてました。ただ、こんなに大きいとは思わなくて」

「ふふっ、皆さんよくそれでびっくりしてます。あの灯台の頂上まで登って見る外の景色はすっごく壮観なので、このクエストから帰ってきたときにでも行ってみるといいかもしれません」

「……そうですね。そうしてみます」

 

 当たり障りのない返事をしながら青年はもう一度その大灯台を仰ぎ見た。

 青い空の元でも焚かれ続ける炎。その高さ、明るさも相まって、タンジアへの目印として船乗りたちは大いに助けられているのだろう。

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 そんなことを考えながら、青年は大灯台を見上げていた。

 

 


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