銃と私、あるいは放課後の時間   作:クリス

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書いていて思うこと、これぞ本当の蛇足


放課後 蛇足の時間

『起立!』

 

 良く言えば木の温もりに囲まれた趣のある教室、悪く言えば埃まみれの古臭い教室の中、日直の号令に従い私と28人のクラスメイトが一斉に立ち上がる。

 

『気を付け!』

 

 教室の前方、黒板の前に置かれた教卓に向けて突きつけられる二十九の銃口。ライフル、ピストル、ショットガン、各自が思い思いの武器を手にたった一人のターゲットに向けて銃を構えた。

 

 ハンドガードとグリップを引き寄せストックを肩に押し付ける。頬をチークパッドに押し付けレッドドットの赤い光点をターゲットに合わせセーフティ解除。人差し指をマグウェルに添える。

 

 張りつめる緊張の糸、額から滲んだ冷汗がこめかみ、頬を伝い顎先から垂れ落ちた。銃口の先は1ミリメートルたりともぶれず、ただ冷静にターゲットの心臓を狙い定める。

 

『礼!』

 

 号令、張りつめた糸がはち切れ明るい殺意が爆発した。耳をつんざく二十九挺の銃声。視界一面に大量のボールベアリング弾が残像を残し飛び交う。

 

 並みの人間なら反応することすら叶わない濃密な弾幕。そんな地獄の中でもターゲットは黄色い残像と共に華麗に避けていく。

 

『カルマ君』

 

 銃声に混じってターゲットがいつものように生徒の名前を呼ぶ声が聞こえた。そして同じように銃声に混じって隣にいる男の声が耳にこびりつく。

 

『磯貝君』

 

 銃声に負けない力強い返事。本当いつも元気だな。銃を撃ちながら感心していると、引金にキレを感じなくなる。弾切れだ。すぐさま銃を左にスイングし弾倉を弾き飛ばつつマグポーチから予備弾倉をマグウェルに叩きこみボルトキャッチを押し込む。

 

『臼井さん』

 

 誰かの苗字を呼ぶ声を無視しひたすら銃を撃ち続ける。ターゲットの動きを予測し、裏をかき、意識の隙間に致命的な一撃を叩きこむために頭をフル回転させる。それが楽しく、楽しくて、ただ楽しい。

 

『……臼井さん』

 

 返事が返ってこないようだ。もう一度苗字が呼ばれる。臼井とやらは早く返事したほうがいいのではないか。それとも今日は休みか。まあいいか、逸れていた思考を戻し発砲を再開させる。

 

『……臼井!』

 

 さっきから臼井臼井と呼んでいるが、いったい臼井とは誰だ? どうしてここまで懐かしい思いに包まれるのだろうか。

 

 というか、私は何故こんなことをしているんだ? だってこの光景は…………

 

「祥子!!」

「うわっ!」

 

 肩に感じる軽い衝撃と共に意識が覚醒する。反射的に動かしてしまった頭がガラスにぶつかり痛みが走った。

 

「いたっ!?」

 

 目を白黒させ周囲を見渡す。洒落た調度品、ワックスの掛かった綺麗な木のテーブルとその上に置かれた湯気の立つコーヒー、そして……

 

「大丈夫? さっちゃん?」

 

 さっきまで目の前にいた姿よりずっと成長した陽菜乃。その隣には桃花。なら私の隣にいるのは……

 

「寝てた? 祥子」

 

 横に座った凛香が笑いながら私を見つめる。彼女もあの教室に居た時とは違い随分と女らしくなっていた。今の凛香を見て人形のようだと思う人間など何処にもいないだろう。

 

「……う、うん?」

 

 意識がまだはっきりとしない。ちょうどコーヒーが目の前にある。カップを手に取り口の中に流し込む。苦みとカフェインによって意識がはっきりとした。

 

「よし、大丈夫。ちょっと寝てたみたい」

「ほんとに大丈夫? 疲れてるんじゃない?」

 

 凛香が左手を伸ばし私の額を触る。薬指に嵌められたプラチナリングの冷たい感触が少しだけ心地よかった。

 

「熱はないっと。何かあったの?」

「ああ、昨日浅野先生にこき使われてさ。復帰したばかりだっていうのに相変わらず容赦ないんだよねあの人」

「そう言えば祥子ちゃん昼間働いてるんだっけ」

 

 桃花の言葉に頷く。私は、最近わりと本気で世界征服できるんじゃないかと思い始めた塾長(魔神)のことを思い浮かべ、苦虫を噛み潰した。

 

 家が近いからすぐに呼び出されるし仕事でも毎回少し無理すれば成し遂げられるギリギリのラインを提示してくるのだ。お陰で常に研鑽を続けなければならないので正直参っている。

 

 まあ、生徒の相手をするのは楽しいしちゃんと給料を貰えるからいいんだけどさ。

 

「昼間は特にすることもないしな。暇を持て余して太るくらいなら働いた方がいいだろう?」

「太るとか言わないでよ。最近ちょっと気にしてるんだからさ」

 

 凛香がお腹をつまんで嫌そうな顔をした。他の二人も似たような顔だ。仕方ないか、私達もう良い歳だしな。

 

「だったら鍛えればいい。ちなみに私は今でも腹筋が割れてるぞ!」

「なんでそんなドヤ顔なの……」

「だって家で筋トレしながらテレビ見てると文句言われるんだもん……」

 

 いいじゃん別に、逆立ちで腕立てしながらテレビ見たって……。あいつはなんであんな文句言うんだろう。もしかして自分が出来ないから妬いているのか? なんだ、可愛いじゃないか。

 

「あ、そうだ聞いてよー! 私最近3キロも太っちゃったんだよねぇ。ケーキとかあんま食べてないのに」

「確かに、陽菜ちゃん前会った時より顔がちょっと……」

「もう! 桃花ちゃん怖いこと言わないでよー」

 

 相変わらず仲の良い二人に凛香と二人で笑う。もう随分と長い付き合いになるのに、この二人はいつもこんな調子だな。

 

「そう言えば凛香、さっき私のこと臼井って呼んでなかったか?」

「そうだったっけ?」

「あまり覚えてないけど、夢から覚める寸前にそんなふうに呼ばれた気がする」

 

 臼井と呼ばれなくなってから随分と経ったせいで気付くのに時間がかかってしまった。いつもの呼び方だったらすぐに目が覚めたのに。

 

「夢? どんな夢見てたの?」

「中学の夢だ。いつもやってただろ? 朝礼の一斉射撃」

「うわ、それ懐かしい! 確か毎朝やってたよね」

 

 桃花とじゃれあっていた陽菜乃が私の言葉に目ざとく反応し興奮気味にキラキラとした目を差し向けた。

 

 あの小さくて可愛らしかった陽菜乃が今では二児の母なんだから、世の中不思議なものだと思わざるを得ない。まあそれを言ったらここにいる全員が子持ちなんだがな。

 

「結局あれ当てられたことあったっけ?」

「律が一発当てただけで、それ以外全部避けられてた気がする」

「掃除が面倒だから途中から止めたよな」

 

 私の話を皮切りに皆で久々の暗殺トークに興じる。やれあの時どうしただの、面白いことやどうでもいいこと、色あせないあの一年の思い出を語り合う。

 

「……あれからもうすぐ二十年なんだ」

 

 凛香がしみじみと呟いた。そう、あの教室を卒業してからもうすぐ二十年になる。これまで語り尽せないほど色々なことがあったけれど、私達は相変わらず友達を続けていた。きっとこのまま死ぬまで友達だろうな。

 

「思い返してみれば本当にあっという間だったな」

「うん、そうだね」

 

 あの時に比べれば肌のハリは減ったし体力だって明らかに衰えた。まあ私に関しては鍛えているから大して変わらない気がするけど。

 

 今でもフルマラソンくらいなら余裕だしこの前も公園の鉄棒で大車輪してたら近所でしばらく噂になってあいつに笑われた。あの子はキラキラした目で見てくれたのに。

 

「ふふ、私達ももうすぐおばさんだな」

「戻りたい?」

「まさか」

 

 笑いながら首を振る。あの時は最高に楽しかったけれど、今も存外悪くない。なくしてしまったものは多いけれど、手に入れたものはそれ以上に多い。今更戻ってやり直すなどこちらから願い下げだ。

 

「そろそろ私は帰るよ」

 

 左腕に巻いた厳ついダイバーウォッチの文字盤を眺め皆にそう言った。これ以上遅くなると留守番させる羽目になってしまうからな。ただいまと言っても返事が返ってこない家になんてするものか。

 

「もう帰っちゃうの?」

 

 陽菜乃が名残惜しそうな顔をする。かれこれ二時間近く駄弁っているのにまだ話足りないのか……やっぱり何年経っても陽菜乃のこういうところはよくわからないな。

 

「ああ、()()()も帰って来るころだしな」

「そっか、じゃあしょうがないね」

「そんな寂しそうな顔するな。どうせ日曜の同窓会で会えるだろうに」

「はーい」

 

 まあ気持ちはわかる。皆それぞれの人生がある。もう昔のように気軽に会うことはできない。今日だって半年ぶりの再会。名残惜しいのは私だって同じだ。

 

「そう言えば来週の同窓会、先生達()()とも来れるって」

「まあ二十周年だしね。来なかったら私達全員怒っちゃうよ」

「やったー! 久しぶりに略奪のチャンスだー」

 

 陽菜乃が冗談とも本気もつかない顔でそう言った。陽菜乃はもう結婚しているだろうに。よくわからないが、アイドルに対する感情と同じ様なものなのか? 

 

 まあ万が一(絶対にありえないけど)烏間先生に手を出そうとしても先生の妻に妨害されるだろうから心配いらないだろうけどさ。

 

「じゃあ私は行くよ。またねみんな」

「ばいばーい!」

 

 手を振って歩き出す。次に会う時は全員揃ってだな。いつかみたいにバイクで派手にお姉ちゃんを迎えにいくのもいいかもしれない。いや、それは旦那()の役目か。

 

「さて、と」

 

 早く帰るとしようか。愛しの我が家へ。

 

 

 

 

 

「到着っと」

 

 駐車場に停めた愛車の隣にサイドカー(ウラル)を停めエンジンを切る。エンジンから発せられる温かさを感じながらヘルメットとグローブを脱ぐ。太陽に反射して左手の薬指に嵌めた指輪が輝いた。

 

「もうそろそろかな」

 

 真後ろの戸建てに歩きながら腕時計を見る。大丈夫だ。まだ時間はある。そんなことを考えているうちに見慣れた扉が目の前にやってきた。いつものように鍵を取り出してロックを解除する。

 

「ただいまー」

 

 扉を開け玄関に入り込む。声を掛けるが人の気配はない。よかったちゃんと間に合ったようだ。飛ばした甲斐があったな。ご近所の目が痛いのが玉に瑕だけど。まあ好きだから仕方がない。

 

「時間あるし、プリンでも作ろっかな」

 

 台所に向かいながら何をしようか考える。最近ようやくお姉ちゃんよりも上手に作れるようになったんだよな。

 

 いや待て、プリンを作るのもいいがその前に洗濯物取り込まないと。朝から干しっぱなしだ。いい加減乾いているだろう。あと風呂掃除もだ。

 

「今日はあいつも早く帰って来るし、久しぶりに全員で──」

 

 34歳になっても相変わらず衰えるどころか鋭さを増す感覚が家に近づいてくる気配を察知する。いつもの気配、聞き慣れた呼吸音、可愛らしい足音……どうやらあの子が帰ってきたようだ。

 

 直ちに踵を返し玄関に向かう。そうこうしている間にも気配はみるみる近づきそして……

 

「ママ、ただいまー!」

 

 扉が勢いよく開き小さな影が入って来る。開いていた扉が閉じられ逆光で見えなかった顔が視界に映りこむ。影の主の顔を見ると自分の顔が笑顔になるのがわかった。

 

「おかえりー!」

 

 しゃがみ込み両手を広げ待ち構える。間髪入れずに赤いランドセルを背負った黒髪の小さな頭が飛び込んできた。

 

「──ッ!?」

 

 子供らしい加減知らずの全力タックルに思わず肺から息が漏れる。やっぱり二年生にしては力持ちだ。いったいどこの誰に似たのだろうな。

 

「ママ見て見てー!」

「ん、どうしたんだ?」

 

 頭を撫でながらたくさん遊んだせいでボサボサになっていたポニーテールを手櫛で整えているとキラキラとした瞳で私を見てきた。

 

 そして左手に丸めて持っていた画用紙を私の前に広げる。多分絵を見せてくれようとしてくれてるんだろうけど……

 

「どうしたの? ママ」

「それ、逆さまだぞ」

「……あっ」

 

 私の指摘に少しだけ恥ずかしそうに頬を染めると、くりくりとした()()()()()をぱちくりさせ逆さまだった絵を回転させた。何となく昔の私を想い出して笑みが零れる。

 

「はい!」

「どれどれー」

 

 絵を受け取ってじっくりと眺める。クレヨンで書いたのだろう、赤髪の男と長い黒髪を白いリボンで縛った女、そして黒い髪に琥珀色の目をした女の子が描かれていた。まあ、今更誰かなんて聞くまでもないな。

 

「学校でパパとママと私かいてきたんだー! えへへ、にてるでしょ!」

「うん、そうだな……」

 

 絵を握る手が震える。笑顔の両親の間に満面の笑みを浮かべた女の子……絵に描かれた私たちはなんの偶然か、在りし日に私がパパとママと撮った写真と全く同じ構図だった。

 

「あれ、おかしいな……」

 

 視界に映った絵が滲んでいく。悲しくなんてないのに両目から涙が溢れ出す。

 

「ママ?」

「ううん、なんでもない。ありがとう、凄い嬉しい」

 

 絵をそっと横に置き我が子を抱き締めた。壊れてしまわないようにそっと優しく、だけど絶対に離してしまわないようにしっかりと抱きしめる。そうしている間にも涙は止まることを知らずに襟を汚していく。

 

「ママ、どこかいたいの?」

「ううん、大丈夫だよ」

「でも、ママないてる……」

 

 どこか不安そうな声色で私を心配する。確かにこの歳じゃまだそういうのはわからないよな。

 

「涙ってね、嬉しい時も出るんだよ……」

「うーん、よくわかんないや」

「いつか、真理子(まりこ)もわかる時が来るよ」

 

 この子ならきっとそう遠くないうちに理解することができるだろう。戦うことしかできなかった私でさえ理解できたのだ。心優しいこの子が理解できない道理がない。

 

「生まれてきてくれて、ありがとう……」

 

 ありったけの感謝を込めて己の魂よりも大切な私達の宝物を抱きしめる。パパとママもきっと今の私と同じような気持ちで私を抱き締めてくれたのだろうな。今ならわかる。

 

「ママ、くすぐったいよぉ」

「あ、ごめん」

 

 慌てて身体を離す。涙はいつの間にか止まっていた。後であの絵飾っておこう。それと、あのことも言っておかないと。

 

「真理子、今日パパ早く帰ってこれるって」

 

 私がそう言うと笑顔の花が咲いた。まあ最近会えなくて寂しいって言ってものな。あいつに帰ってきたらもう少し早く帰ってこれないか聞いておこう。まあ、多分大丈夫だろう。

 

「ほんと! やったー!」

「そうだ、せっかくだからみんなでレストラン行こうか!」

「いくー! 私ハンバーグ食べたい!」

「そっか、ハンバーグだな」

 

 溢れ出る喜びを抑えきれずにランドセルを放り投げスキップしながら歩き出す。妙に食べ物が好きなのも何処の誰に似たのやら……って、手を洗ってないじゃないか。

 

「リビング入る前にちゃんと手、洗うんだぞー!」

「はーい!」

 

 今日も我が家に楽し気な声がこだます。そんなどこにでもある家庭の、どこにでもある日常の出来事。

 

「あ、洗濯物取り込まないと」

 

 

 

 

 おしまい

 




 以上、必要のない自己満足の話でした。この話を以って銃と私あるいは触手と暗殺は完全に完結とさせていただきます。

 本当なら異世界に召還されてバグだらけの生徒達と一緒にくぬどん相手にアウトレンジから62グレインのグリーンチップを叩きこんだり、山梨県でお団子ヘヤーの原付に乗ったソロキャンガールに蛇の丸焼きや芋虫食べてるところを見せつけてドン引きさせたりする予定だったのですが、余韻ぶち壊し&時間がないので止めておきました。

 気が向いたら書くかもしれません。まあその時はその時に。

 何はともあれ更新はこれでおしまいですが、この話とは別にもう二話投稿しました。通常投稿できない理由はお察しください。下記のURLに活動報告のリンクを張っておくので、閲覧は先にそれを読んでから自己責任でお願いします。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=210488&uid=3567

 以上、長い間ありがとうございました。
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