休日の昼時。
藤ねえは仕事の関係で学校へ。
朝ごはんを平らげ、颯爽と駆け出していった姿を見送ってから既に数時間。
そろそろ胃も空腹を訴え始めている。
ちなみにライダーはバイト。
居間にたどり着けばテレビ画面に目を遣るセイバーと、そんなセイバーの背中越しでテーブルに上半身をだらりと預けている遠坂の姿。
「あれ? 遠坂、桜見てないか?」
朝食の片付けが終わってから見てない。
まだ部屋だろうか、いやしかしセイバー同様に食欲旺盛な桜がこの時間帯に居間にいないというのは些か引っかかる。
「桜? 私は見てないけど。セイバーは?」
「桜なら、イリヤスフィールと共に出掛けていく姿を見かけましたが」
「イリヤと?」
なんだろうか。別段珍しい組み合わせというわけでもないのだが、二人で外出したとなると興味をそそられる。というか、イリヤが来ていたのなら俺に一声掛けてくれればいいのに、なにかあるのなら力になるぞ。
まだ帰ってきていないところを考えると、昼食は二人で済ませるということだろうか。となると行き先はアインツベルンの城がある森に限定されるだろう。あの二人で買い食いしている様子というのはどうにも想像し難い。まあ、危険は無いと思うが。
「一応、多めに作るとするか。二人とも、何か食べたいものとかあるか?」
「シロウに作っていただくものでしたら、私はなんでも構いません」
「わたしもー、なんか適当にー」
「む、」
適当というのが一番困るのだが、うん。
桜たちの分も考えて、できれば日持ちして冷めても美味しいものがいいか。
頭の中でメニューを考えつつ、台所の方へと赴き、冷蔵庫を漁ってみることにした。
ーーー十ーーー
混濁の坩堝。
濁流に呑みこまれていた意識が不意に表に浮上する。ぷかりと、呼吸することを忘れてしまったかのようなわたしの身体は、そのままゆらりゆらりと彷徨い流れ───。
「あ、起きた?」
耳慣れた可愛らしい声に瞳を凝らす。
目蓋の感覚がひどく曖昧で。
眼球の渇きすら感じない。
わたしを覗き込むようなイリヤさんの姿。
そのまま───。
「────────────」
おかしい。
声が出ない。
声の出し方を忘却してしまったように。
音の仕組みを身体が喪ってしまったかのように。目の前にいる彼女への言葉が出てこない。あれ、わたし……どうしちゃったんだろう。
「うんうん、実験結果は上々ね。これならリンも納得するでしょ」
姉さん?
実験って、なんのことですか?
「そうね、わからないわよね」
声を発した筈もないのに、イリヤさんからの返事がひとつ。どうしてわたしの考えていることがわかったんだろう。
「今の貴女が私に隠し事なんかできるわけないじゃない。───セラ」
「こちらに」
「車を用意しなさい。あの子もいるから、セラが運転して、私とリズで逃げたりしないように挟んで乗り込むわ」
かしこまりました、と言って部屋をあとにするセラさん。そしてそんなセラさんを見上げる形で見ているわたし。おかしいな、座っているにしてはやけに視線が低すぎる気が……。
「さあ、行くわよ」
そうして歩み寄ってきたイリヤさんは、わたしの腕を掴んで持ち上げて───。
持ち、あげて───?
…………………………………………って。
(な、なんですか、これーーー!?)
「喧しいわね、耳元で喚かないでちょうだい」
(だ、だって、だってこれ!)
けむくじゃらの腕。
少しだけ眼下に映り込む、これまたけむくじゃらの足元。イリヤさんの腕の中に収まってしまっているわたし。
(なんでわたし、ぬいぐるみになってるんですかーーー!?)
「そんなの、貴女の意識をちょちょいと転送したからに決まってるじゃない」
(なんでわたしを!?)
「うーん、面白そうだったから?」
(ヒドイですー! イリヤさんの鬼! 悪魔! 外道ー!)
「はいはい、わかったから行きましょーね、キルシュブリューテ」
(桜です! ドイツ語で呼ばないでください!)
うう、なんでこんなことに。
わたしが何をしたっていうんですか。
確かにこの前、姉さんにお菓子をご馳走したり、姉さんの食事だけ少し高カロリーになるように色々と細工をしたりしましたけど、それくらいしかしてないのに。
第一、イリヤさんにはなんにもしてません!
「さ、シロウに会いにいこうね、サクラ」
(こんな姿で先輩に会えません!)
「貴女じゃないわよ。サクラはこっち」
───え?
イリヤさんの両腕がわたしのぬいぐるみの脇を抱え、すっと前方からセラさんとリズさんに挟まれて歩いてくる人影を見せるように突き出してくる。なんだろうかと思って見てみれば、そこにいたのは、今日わたしが着ていたのとよく似た服を身に付けている……って、これって……。
(わたしじゃないですかー!)
「ええ、そうよ。ほらサクラ、こんなところでのんびりしてる場合じゃないわよね。サクラは何処にいきたい?」
わたしを抱えこんだまま、イリヤさんは目の前にいるわたしの身体に問いかける。抱えられた状態の私も当然近い距離にいるわけでして、ゆっくりと焦点の合わない瞳をぶらさげたわたしの口が開かれて───。
「…………せんぱいに、会いたい」
「うん、そうよね。シロウに会いたいわよね。じゃあ今から会いにいきましょうか。私の車で送ってあげるわ」
イリヤさんの言葉にこくんと頷いたわたし。イリヤさんはわたしの身体に背を向けて歩き出した。ここからじゃ見えないけど、きっとセラさん達も付いてきているんだろう。
というか、あれって。
わたしの意識はこっちにあるのに。
どうして返事を。
「そんなの簡単よ。あなたの意識はこっちにあるけど、肉体が備えている魂そのものはまだサクラの中に残してあるもの。全部は持ち込まずにサクラの意識だけを器に馴染ませただけよ。お陰で良い予行練習になったわ。いざ
(だからって、なんでわたしで練習を……)
しかも先輩に何する気ですかイリヤさん。
「よし、じゃあシロウのとこに向けてしゅっぱーつ!!」
ああ、どうしてこんなことに……。
腕を上げて宣言しているイリヤさん。
そんなイリヤさんに同調するように、声を出さずに腕を上げて賛同している私の身体。
うう……先輩、助けてください。
ーーー十ーーー
昼食後の一服。
セイバーが淹れてくれたお茶を嗜みながら、藤ねえが持ってきたみかんに舌鼓。
うん甘い。やっぱり美味しいみかんは何個でも食べられる。その分制限をかけないと歯止めが効かないのだから、そろそろセイバーの手を止めた方がいいのではないだろうか。
昼食前も食べていたし、いま口に含んでいるそのみかんは一体何個目なんだろうか。
遠坂が自室に引っ込んでしまったこの現状で、止められるのは俺しかいない。
と───。
「シロウ、きたよー!」
「おっ」
甲高い声音が家中に響く。
そのまま廊下をドタドタと駆けて近付いてくる足音を聴いているうちにびたん!と襖が開け放たれ、満面の笑みを浮かべたお嬢さまを出迎えた。
「イリヤ、廊下は走らない」
「なによ、早々にセラみたいなこと言わないでよねー。せっかくきたのにー」
と言って頰を膨らませるイリヤの姿に和みつつ、急須を手に取る。ウチにあるのは城で飲むような高価な茶葉ではなく安い物ばかりなのだが、最近は一転してそこに価値あるものを見出そうと躍起になっているのだった。
台所に立ち、お湯の準備をしていると後方からセイバーの声が耳に届く。
「イリヤスフィール、先程から気になっていたのですが、そのぬいぐるみは?」
「ああコレ。 いいでしょ、セイバーにはあげないんだからね」
以前、セイバーが持っているぬいぐるみをイリヤは大層欲しがっていたからな。それに感化されたということだろうか、イリヤは腕に白いふわふわもこもこしたうさぎのぬいぐるみを大事そうに抱えている。
イリヤの容姿と相まって、可憐な振る舞いがより一層に映えるのだから、美少女というのはまったくもって凄まじい。
「そうだ、イリヤ。 桜を知らないか?」
てっきりイリヤと一緒にいるものだとばかり思っていたから、帰ってきていないところを見ると少し不安だ。間桐の家に一旦帰ったのだろうか。
「サクラ? 知ってるわよ、もうすぐ来ると思うけど」
「ほんとか、よかった」
いや、安心した。
特になにもなかったというのなら問題ない。とりあえずイリヤに手を洗うように一声掛けてから、イリヤと桜用の器にお茶を淹れる。そうして再びテーブルの前に腰を降ろそうとすると───。
「………………せんぱい」
「ん?」
呼びかけに反応してみれば、洗面所にて手を洗いに行ったイリヤが開けていたままの襖に桜が立っていた。
「ああ、桜。おかえり。お茶淹れたから、よかったら飲んでくれ」
「……………せんぱい」
「ん?」
なんだろうか。
少し、桜の様子がおかしいような。
こう……目の焦点が合っていないというか、どこか物寂しい雰囲気を帯びている。俺を見つめたまま微動だにしないし。
「…………桜?」
異変を感じ取ったらしいセイバーも呼び掛けを行なうが特に反応無し。逆に俺とセイバーで首を傾げて見つめ合ってしまった。
その瞬間、畳をかすかに擦る音が聞こえたと思えば────。
「「えっ───?」」
同時に発声した俺とセイバー。
俺に至ってはもはやキャパオーバーだ。
いきなり押し倒されたと思えば、胸元に飛び込んでくる桜。そのまま両腕を背中に回されて仰向けの状態で身動きが取れなくなる。
ていうか、この状態だと、その……色々とふくよかな感触がダイレクトに伝わってくると言いますか。健全な男子としては沽券に関わるようなマズイ状況なわけで。
「さ、桜!? きゅ、急にどうした!?」
「────────────……はぁ」
「さ、さくらさーん……」
なんだろう、桜さん、俺の胸元に擦り寄って鼻を擦り付けてくるんだが、なにがそんなに楽しいんだろうか。ついでを言えばこの状況を横で見ているセイバーが呆気にとられたように口元をポカンと開けているのが、やけに新鮮で思わずそっちに目が行ってしまう。
「────────せんぱい」
「ん、な、なんだ?」
「…………ん」
ひくっと、口元が引き攣る。
顔が近い。
甘い吐息が頰に触れる。
紅潮し、惚けた表情。
熱を帯びた視線。
目蓋が幕を下ろし、少しだけ突き出された艶やかな唇。それが意味するものはなんだろうかと、微塵も想像出来ない俺ではない。
「えっと、桜?」
「せんぱい、ちゅー……」
「ふぁっ!?」
思わず変な声が出てしまった。
そんなことしてる間も、目蓋を閉じた桜がずっと顔をこちらに向けてただじっと待っている。何をかは一目瞭然だとして。
「シロウ」
「───はい」
「今すぐ桜を離しなさい」
「…………はい」
ごめん、セイバーには勝てない。
王の御命令を遵守し、桜を離して……。
────離し。離し、て……。
離、…………って、全然ダメだ!
「桜、ちょっとだけ離してくれないか?」
「やぁっ!!」
子供のような駄々をこねて、より一層抱きついてくる桜。───っ、だから、そうやって身体を密着されると。まるで身体はそのままで中身が退行してしまったかのような。
いや、待てよ…………。
「あら、随分と賑やかね」
なんて、イリヤは手洗いから戻り、この状況を見て優雅に答えた。その笑顔を一目見て、ああやっぱりと腑に落ちた。
「イリヤ、これはなんだ?」
「うん、ちょっと桜をからかっちゃって」
テヘ、と笑みをこぼすイリヤ。
テヘで、済むかテヘでっ!!
「とにかく今すぐ桜を戻してくれ!」
「大丈夫よ。心配しなくてもちゃんと戻るわ」
「いま! 今すぐだから!」
このままだと俺も桜もセイバーも、いろんな意味でまずい。主に俺がまずい。
────────ぺろっ。
「ひゃっ───!」
素っ頓狂な声が喉奥から飛び出た。
「せんぱいのあじ、おいしい……」
「さ、さささ桜ぁっ!?」
首筋をぺろぺろと舌で触れてくる感覚に背筋がゾワリと狂いそうになる。
「……………………」
それを無表情で見つめているセイバーの顔にもゾワリとする。あ、よく見ると拳が震えている。……って変に観察している場合じゃない。
「────はぁ……、せんぱい」
いやいや、こっちに集中している場合でもない。とにかく一旦離れなければ。
「さ、桜? 少しでいい。少しでいいから一旦離れてもらえないか?」
「や」
や……って。小さな子供か。
「いや、桜。あのな……?」
「や!」
「うわぁ……サクラったら随分溜まってたのね〜」
イリヤはさも愉快そうに、腕に抱いたうさぎのぬいぐるみに話しかけている。
こんな状況でなければ素直に可愛いと思えるのだが、ことこの状況に至っては不気味だ。むしろ恐ろしい。そのイリヤの腕の中にいるうさぎの黒く真珠のような瞳が、まるで俺を見下げ果てるような眼差しに思えた。
絶対に離れないとばかりに、背中に回された両腕。頰をすりすりと擦り付けてくる桜の様子にどうしたものかと、半ば現実逃避気味に思考の渦に潜り込んだ。
ーーー十ーーー
(いぃぃぃやぁぁぁぁーー!やめて! やめてくださいってば、わたしのからだぁーー!)
これは何の拷問ですか。
どんな罪を犯せば、わたしの身体が先輩に寄り添ってキスをせがんだり、先輩のことをな、舐めっ……舐めたりしてるのを見ていなきゃいけないんですか。
酷いです。今だけはセイバーさんを応援しますから、さっさとわたしの身体を引き剥がしちゃってください!
「うわぁ……サクラったら随分溜まってたのねぇ〜」
わたしを抱き抱えたイリヤさんが話しかけてくる。
(た、溜まってたってなんですか!? 私は別に先輩にこんなことしたいだなんて、その、あの……まあ、少しだけなら……思ってたりもしますけど)
でも。これは────。
「せんぱい……」
(ああもうー! なんで自分の身体に嫉妬しなくちゃいけないんですか!)
う、羨ましい……。
あんな風に先輩にくっついて。
べたべたと甘えて。
どうせならわたしと代わってください。
でも、そんなのイリヤさんが許すわけ───。
「別にいいわよ。実験に付き合ってもらってるんだもの。それくらいの譲歩はするわ」
────え?
遠巻きに眺めていたイリヤさんは、わたしを抱えたまま先輩の方へ歩み寄って。
「はい、シロウ」
わたしを差し出しました。
「えっと……イリヤ?」
「サクラの意識はこっちよ。手足は動かせないけど、意識だけははっきりしてるから、これはシロウにあげるわ」
「こ、これにっ、桜が!?」
驚きの表情を見せて、先輩がわたしを見る。あ、だめです先輩、そんな間近で見つめられると、顔が近い……です。って、こんな状況で何をドキドキしてるんですかわたしのバカ。そのまま差し出していたわたしのぬいぐるみを、あ、せ、先輩の手が……。
は、はぅぅ…………。
先輩の手、わたしの手と全然違って、すごく硬くて、しっかりしてて、男の人の手……。暖かい手。なんだか、これはこれで悪くないような気も───。
「桜、大丈夫か?」
はい、大丈夫です。
なんだかいま、凄く幸せです。
先輩の顔が、こんな間近に……。
今ならキスだって出来そう。
これはこれで悪くないとも思うのに、なんだか惜しい気持ちになっちゃいます。
「イリヤスフィール、今すぐ桜を元に戻しなさい」
「なによセイバー、すぐに戻るってば。いくら私でもサクラをこのままにしておくわけないでしょ。────ふーん」
「……なんですか、その笑みは」
「セイバーってば、もしかして羨ましいんだ? サクラがこんな状況になってるのに妬いちゃってるんだね」
「なっ!? なにを言って!」
「なんだったらセイバーも……いえダメね。サーヴァントの魂は座に記録された集合体。この世界では影法師であるセイバーの魂を無理に弄ると、そのまま記録帯に戻っちゃうかもね」
「────────」
「……いま、残念に思った?」
「───っ。イ、イリヤスフィール!」
「きゃあー! セイバーが怒ったーー!!」
廊下に駆け出していくイリヤさんを追い、セイバーさんもバタバタと走り去っていく。
居間にはわたしと先輩だけ。
「イリヤがごめんな、桜」
いいえ、先輩。
先輩が謝ることじゃありません。
最初はちょっとどうかと思いましたけど、今はもう満ち足りているので万々歳です。
「さすがにイリヤもずっとこのままにはしておかないだろうから、もう少しだけ我慢してくれな」
先輩の温もりが優しさと一緒に触れてくる。返事はできないけど、先輩がこうして言葉をかけてくれるだけであと少しは乗り越えられそうです!
今日だけ、今日だけでもいいので、先輩の抱き枕になるのだってへっちゃらです。
「むぅ…………」
「ん、桜?」
今のはわたしじゃなくて、わたしの身体の方を呼んだみたいです。というかわたしの手が伸びてきて────へ?
「お、おい桜!?」
お、思いっきり投げられました。
壁に激突して、テレビの前にころんと転がってしまいましたし、ここからじゃ先輩の姿が見えないじゃないですか!
「せんぱい!」
「うわっ、ちょ──、桜!?」
なんですか、いったいなにが。
先輩たちに背を向ける形で転がってしまっているこの状況。う、動きません、いったい何をやってるんですか
「せんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱい────大好き」
いやぁぁー!
先輩の貞操がーー!
だれか、先輩を助けてくださーい!
「はい、ストップ」
「はぐっ───」
────え?
い、いったいなにが?
「と、遠坂?」
姉さん……?
鳴り止んだわたしの声。
さっきの声からして姉さんが助けに来た?
「────まったく、いい感じに進行してたけど、さすがにちょっとやりすぎね。桜ってば、どれだけ溜まってたのかしら?」
────うっ……。
ね、姉さんには関係ありません。
あと、先輩の前でそういう発言をしないでくださいね、姉さん?
「大丈夫? 衛宮くん」
「ああ、なんとか……って、なんか意味深な発言をしていたが、どういうことだ遠坂」
「なによ。助けてあげたっていうのに、そんな目しちゃって」
「そりゃするさ。桜をこんな目に遭わせて。イリヤとグルだったのか?」
え、姉さんがグル?
───あ、そういえば、今まですっかり忘れていましたけど、確かイリヤさんがそんなことを口にしていたような気が……。
「似たようなものかしらね、まあ桜に施した術は一過性のものだし、意識と肉体が近くにいればそれだけで肉体が魂の一部を吸い寄せてしまうから、あと少しで元に戻るわよ」
「───たくっ、桜にちゃんと謝るんだぞ」
「ふんだ。…………だいたいあの子だって悪いのよ。私にだけカロリー高めなお菓子勧めてきたり、料理教えてくれって言って、セイバーとかじゃなくて私にだけ味見ばっかさせるし……」
ギクリ。
「あ、そうだ。桜、大丈夫か?」
優しく持ち上げてくれた先輩の顔が再度近くに寄ってくる。ああ、なんだか凄くいいです。この感じ……。
って、あれ?
なんだか、さっきよりもあまり温もりを感じないような───。あれ?
なんだか意識が……。
ぶつりと、電源が落ちるように。
何かが意識から抜けていく。
伽藍堂になった心が何処かに吸い寄せられていくように、あるべき場所へ。
そのまま波に流されて、溺れることもなく、水中をぷかりと浮かぶように───。
「────────────あれ?」
目の前には天井。
畳の匂いが鼻腔をくすぐる。
というかなんか後頭部がジンジンと痛みを訴えているような。姉さん、いったい何をしたんですか。身体が重い。肉体の重みが意識の外から唐突に押し寄せて、船酔いしたような気分になる。
「あ、う……」
「桜!? 元に戻ったのか!」
先輩の声。
不意に視界に入ったのは、テレビの前に転がっているさっきまでわたしだったもの。それが瞳に映っているということは。
「はい、先輩」
ああ、わたしの声だ。
わたしの身体だ。わたしの瞳、それが先輩をしっかりと捉えている。
ああ、先輩かっこいいなぁ……。
────抱きつきたい。
────ぺろぺろしたい。
────ちゅーしたい。
────■■■したい。
「────────────あれ?」
いま、わたし何を?
「桜、ほんとうに大丈夫か?」
────ドクン。
「あ、……」
────ドクン。
「さくら?」
────ドクン。
「……………………せん、ぱい」
────ああ、もう我慢できない。
「せんぱーい!」
「おわっ!?」
……先輩、先輩、先輩。
ああ、もうダメです。
抑えられません。
わたし、はやく────。
「────────
今日は寝かせませんからね、先輩。
そうです、ずっと我慢してたんですから。
あんな風にわたしに押し倒されたり。
ぺろぺろされたり。
そんなものを見せられたら、見てるだけなんてできるはずないじゃないですか。
「────────
ーーー十ーーー
「で、どうだったの? リン」
「概ね良好、かしらね。まああの子があれほど我を忘れるとは思ってなかったけど……」
なにせ、危うく本当にあの場で衛宮士郎を色んな意味でぱくりとしてしまうところだったのだ。それを止められただけでも僥倖だったと言えよう。
「肉体と精神の意識の繋ぎ目、その確認と、実験としてはまずまずなんでしょ? イリヤ」
「ええ、まあ日頃我慢してるサクラの意識の枷が外れて、肉体が本能のままに動いちゃうんだから、ああなるわよね」
「戻ったとみるや、肉体に意識を引っ張られて士郎を襲うのは計算外だったわよ。おかげで石を使っちゃったし」
「まあ、私は楽しかったからいいわよ。次はシロウね」
「えぇ……ほんとにやるの?」
「あったりまえじゃない!シロウの入れ物はなににしよっかなー。最近お気に入りの白いクマさんでいいかなー」