相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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今年、最後の投稿となります。


第180話 特命係と月のプリンセス

 砂埃が晴れるとともに訪れた静寂。周囲にいた者たちの誰もがそれを決着と捉えた。

 刀をしまう依姫の顔は真顔のままだったが、口元を結ぶ一文字だけはややほころびが見受けられる。満足にはほど遠いが、それなりに楽しめたのだろう。

 その様子をもってギャラリーたちは戦いが決着を捉えたことを悟った。それから、少しして空中で見守っていた魔理沙たちが妹紅のいるポイントへ向かい、降下する。

 

「予想通りの結果だな」

 

 泡を吹い倒れる不死者の姿を視界に収めた魔女が肩をすくめる。巫女も同様の反応で「こうなるわよね」と、かつての敗北を重ねてため息をつく。

 初めて依姫の戦いを目の当たりにしたマミゾウはうむ、と唸るばかりで倒れている知人にかける言葉すらも見つかっていない。文は自分がとんでもない相手と一戦交えようとしていたのだと知り、体から力が抜けていった。無理もない。先ほどのいざこざで依姫とスペルカードでもしようものなら、このような姿を晒したのは自分だったのだから。

 ぼー、と立っていてもなにも始まらない。気を取り直したマミゾウが「とりあえず、運ぶかのぅ」と言ってから妹紅を担ぎ上げ、そのまま飛翔。その後ろを三人がついていく。

 数分後。永遠亭に運ばれた妹紅は、うどんげに引き渡されて医務室へと運ばれた。様子を心配してか輝夜も付き添って縁側を離れる。

 

「なんか、壮絶な戦いだったみたいですね」

 

「ですねえ」

 

 敗北した妹紅を眺めていた尊がそう言った。

 実際は四肢や首を切断されており、その現場を目の当たりにしていたのなら、彼は吐き気を催して今頃トイレに籠もっていたかもしれない。元部下の横で右京は「あの藤原さんがこうも簡単に」とかすかに呟いて、視線を自身の後方へと移す。

 彼の目に映るのは姉の会話する依姫の姿。息ひとつ切らすことなく姉に報告しているところを見るによほどの実力差があったのは間違いない。口数の少なそうな表情と華奢な体にまとったピリつくような威圧感。誰が見ても只者ではないとひと目で判断できる。そんな来訪者に変人杉下右京が興味を惹かれないわけもなく。尊が気づいたときにはすでに歩を進めていた。

 

「藤原さんとの戦いはいかがでしたか?」

 

 いつも通りの微笑みを携えて依姫に声をかける。が、当然相手にされず、鋭い眼光にて牽制させる。一般人であればしどろもどろになるほどの圧力。しかしながら和製シャーロック・ホームズは、飄々とした面持ちで鋭く尖る殺気を受け止めた。

 

「あぁ、失礼。自己紹介がまだでした。僕は杉下と言います。表の国、日本からやって参りました。八意先生には以前、お世話になりまして、昨夜は宿を借りさせて頂きました」

 

「なんでも、先生に命を救われたそうで、そのときのお礼をしにお見上げを持って幻想郷へ戻ってきたみたいよ」

 

 ついさっきまで特命係と立ち話をしていた姉が補足を入れると妹は彼女を一瞥して「そうでしたか」と一言だけ返し、右京の顔に焦点を戻す。

 

(悪そうな男には見えないがーー)

 

 相手の眼を見れば、その中身がわかる。仕事がらひとと接する機会の多い彼女は、無意識のうちに他者に警戒を向ける傾向があった。表情や仕草を観察することで情報を入手するのが狙いだ。彼女はそれが自分自身、ひいては姉の身を守ることにつながると考えている。

 獲物を追い詰める鷹のような視線を浴びせられているにも関わらず、右京はニコッと笑ってみせた。

 

「僕の顔になにかついていますか?」

 

 それなりの圧力をかけているにも関わらず、彼の態度は崩れない。それどころか、気さくに話しかけてくる豪胆さを示す。依姫はピクリと目元を震わせながらも真顔のまま無言を貫く。言いしれぬなにかを感じ取ったようだった。

 重苦しい空気がふたりの間を包み始め、豊姫が気まずそうに「ちょっと依姫……」と注意を促した。姉としては先生の知り合いくらいには挨拶をしてほしいところだった。たとえ取るに足らない地上人だとしても礼儀がある。

 依姫とて理解はしているが、驚異の度合いを測れぬうちは言葉を交わすつもりはなかった。

 時間にして二十秒。間合いの取り合いが続いたのち、後ろから様子を窺っていた尊がちょいっと顔を出し「あの、どうかしたんですか?」と右京に声をかける。

 

「いえ、特には」

 

 顔を向けることなく答えた彼は姫御子の瞳をまっすぐ捉えていた。

 

(まるで巌のような険しさ。しかし、そこに淀みはない。根っからの武人なのでしょうねえ)

 

 相手が右京の測ろうとしていたように彼もまた依姫を観察していた。そこから見えてきたのは、絶え間ない努力によって培われた武人としてのプライド。何者にも遅れを取らんとするその激しさは賞賛にも値するが、同時に若さとも取れる。右京は依姫という人物の性質をぼんやりとだが把握した。

 

「刀ーーお使いになるのですか?」

 

 視線を彼女の刀に移し、問いかける右京。

 

「飾りにでも見えたのか?」

 

 初めて会話が成り立つ。しかし返ってきた言葉はどこか高圧的で、ひとによっては煽りとも捉えられかねない内容。隣の豊姫が額を押さえた。尊も「えぇ……」と引いてしまう。とても初対面の人物に向けての態度ではなかった。

 

「よく手入れされていると思いましてね」

 

「なぜ、そう言える。刀身を見たわけでもあるまい。神通力でも駆使したか?」

 

「ふふっ、そんなもの使うまでもありませんよ」

 

 そう言って右京は、彼女の鍔を指差した。

 

「鍔競り合いによってできたと思われる傷がありますが目立った汚れはなく、隙間にもホコリ等のゴミが見られない。鞘のほうも普段握っている部分が若干すり減っており、全体に細かな傷がついていますが、それ以上の損傷は見られず、当然、ゴミなどは挟まっていない。普段から手入れをされてなければ、その状態の維持は難しいでしょう」

 

 体をちょいっと動かしながら鞘を観察して感想を述べる紳士。その年を感じさせない軽快なフットワークに、依姫はやや困惑した表情を浮かべた。

 

「古物商、なのか……?」

 

「いえいえ。趣味で美術品を鑑賞する程度です。それに美術品なら彼の方が心得がありますよ」

 

「いやいやいや、自分なんて大したことないですからっ」

 

 いきなり話を振られ、焦った尊が右手を素早く振って否定した。

 武力と知力の怪物たちの間に挟まれて困っている客人を憐れに思ってか、病室から戻ってきた輝夜がフォローに入る。

 

「依姫。このひとたちは私たちーーもっと言えば永琳の客だから。少しは愛想よくしてもいいんじゃないの?」

 

「普段通り、接しているつもりだ」

 

「えっ、これで……?」

 

 元部下から言葉が口をついて出る。

 

「不満か?」

 

 瞳を閉じ、腕を組んで語る依姫。癇に障ったようだった。

 

「あ、いや……」

 

 尊は不機嫌を上まで表した姫御子に両手を胸の前に出して、失言を詫びる。依姫はふん、と鼻を鳴らした。

 

「もう。またそうやって」

 

 姉から半眼を向けられた依姫はバツが悪そうに口を閉じた。姉と知人のふたりから注意を受けるのはさすがに堪えたようだった。これ以上、意地を張るのは不毛である。彼女自身も悟りつつあった。

 つっけんどんな対応ではあるが、鉄壁に思われた仏頂面が崩壊の兆しを見せる。後少しでまともなコミュニケーションが取れそうな雰囲気だ。

 さて、どんな言葉で彼女の興味を惹こうか。右京はニコニコしながら姫御子攻略を画策ーー複数の選択肢から選び取る。

 

「実は僕たち、警察の人間でしてね。あぁ、警察とは治安維持を目的とした組織です」

 

「こちらで言うところの警備隊か」

 

 ここにきて依姫が明確な興味を示す。完全ではないが、警戒を弱めた証拠だった。

 

「僕は事件捜査を担当する刑事、こちらの彼も元同僚ですが、現在は要人警護に携わる部署で働いています」

 

「正確には戻ったというのが正しいですけどね」

 

 本人の補足を入ると、右京がわざとらしく手を叩いた。

 

「おや、そうでしたね。ーーそういう役職柄、昔から戦闘訓練を受ける機会がありましてねえ。僕は投げ技を主体とした武術である柔術、彼は剣術がベースとなった武道である剣道を嗜んでいます」

 

「それで?」

 

「市民を守るのが仕事ゆえ、戦いや護身に関わる知識はいくらあっても損はありません。後学のため、お話をお聞かせ願えればな、と思い立ち、こうしてお声をかけさせて頂きました」

 

 依姫は返事をせず、代わりにふたりの頭の先からつま先までじっくりと目をやっていた。

 若い方は四十代で、上司のほうは六十代そこそこの年齢と仮定する。ふたりとも腹回りに余分な肉がついておらず、胸元や肩周りを確認すると、うっすらと筋肉が浮かび上がっている。普段から鍛えておかなければ、このような体型にはならない。依姫はそのような結論に行き着く。

 

「……確かに鍛えてはいるようだな」

 

 一般人にしては。心の内でそう付け加え、言葉を続ける。

 

「だが、私は表のことを知らん。どの程度のレベルで、なにを語ればよいのか、イマイチわからん」

 

「いつもやってる訓練内容とかでいいと思うわよ。そこまで突っ込んだ話を聞きたいわけでもないでしょうし」

 

「ええ。お話できる内容だけで構いませんので」

 

「ふむ……」

 

 知り合いである輝夜のサポートもあって、ようやく依姫とまともな会話が成立するまでに至る。取るに足らんと思った相手であれば、ふたりのサポートがあっても決して言葉を交さない。自分と同じような組織に属しており、武術を学んでいるという点に少なからず関心を持ったのだろう。右京の強かさが彼女のガードを崩したと見てよい。

 しかし、彼女は難しい顔をするばかりで、一向に口を開こうとはしない。

 

「依姫……?」

 

 心配になった豊姫が顔を覗く。突如視界に現れた姉に依姫の頬が微かに動いた。

 

「すみません、姉上。なにから話してよいのか考えていたのですがーーその、……うまく思い浮かびませんでした」

 

「あら、そうだったのね……」

 

 真面目に答えようと言葉を選んでいたら、思った以上に時間がかかってしまったようだった。

 意外と天然だからねぇ、と輝夜が内心で感想を述べると、察したように依姫から彼女に無言の圧力という非難が突き刺さる。紫色の瞳にはバツの悪さを隠さんとする焦りがあり、姫御子の甘さが垣間見えていた。

 右京は「見た目の年齢らしい」と、そっと微笑む。

 さっきまでの空気とは一転、平穏な空気が周囲を包む。いたたまれなくなった依姫がこほんこほん、と咳払いをして、仕切り直しを図る。ただひとつ問題があるとすれば、それはあまりに唐突かつ強引な方向転換だったことで。

 

「……そちらは剣術を嗜んでいると言ったな?」

 

「は、はい。それが、どうかしました?」

 

 問われた尊の背筋がぴんと伸びる。

 

「相手方の実力を知らねば、的確な助言はできん。ということでだーー」

 

 依姫は輝夜のほうに視線を投げた。

 

「木刀を用意してくれ。二本だ」

 

「「へ……?」」

 

 依頼された輝夜もだが、巻き込まれたと感知した尊の口から乾いた声音が飛び出た。しかし会話は無情にも進んでいき。

 

「遠慮せず、打ち込んでこい。手加減は…………する」

 

「ちょっ、なんか今、端切れ悪くありませんでしたか⁉」

 

「実践ですか。興味深いですねえ〜」

 

「はぁ、なに言ってんですか⁉」

 

 上司のマイペースっぶりに思わずツッコミを入れる元部下。

 右京は咄嗟に明後日のほうを向いた。そこへ姫御子が「案ずるな。上司のほうとも手合わせする予定だ」と語り、彼の目をぎょっと見開かせた。

 よく好奇心は猫を殺すというが、ご他聞に漏れず右京もその例に当てはまってしまったようだ。藪をつついて蛇を出してまった紳士は「それはそれは。困りましたねえ〜」と笑ってみせたが、どこか顔が引きつっていた。

 その焦り様を見届けた尊は、元から細い目をさらに細めて「ま、杉下さんも戦うなら、ぼくのほうも納得して戦えるかな〜」と逃げ場を塞ぐように言ってのける。ひとりだけ逃がさせないからな。尊の執念が右京の足を掴んで離さない。さすがの和製ホームズもこれにはお手上げだった。

 

「…………わかりました。僕もやりましょう」

 

「その心意気やよし」

 

 ようやく自分の土俵に持ち込めた姫御子は水を得た魚のように勢いを取り戻し、不敵な笑みを浮かべる。

 こうして話を聞くだけのはずが、なぜか戦う方向へと進み、特命係のふたりは月の武人と手合わせすることになった。

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