「あなたのやり方嫌いだわ」「人の気持ちもっと考えてよ……」
修学旅行三日目。京の秋夜のあの竹林。そんな言葉から始まる、八幡とオリヒロとの新たな物語。


このお話は、修学旅行のあの悪夢から脱却する為の物語です。
ありふれた修学旅行とはちょっと違う展開をお楽しみ下さい。




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途中、八幡とオリヒロの長い長い会話が始まります。
勢いとテンポ重視の為、そこのみ地の文は省略して会話のみでの進行となりますのでご了承下さい。





嘘告白の果てに ーありふれた修学旅行からの脱却ー

 

「あなたのやり方、嫌いだわ」

 

「人の気持ち、もっと考えてよ……」

 

 

 等間隔で置かれた灯籠の白い光と、漆黒の夜空から降り注ぐ淡く青白い月明かりが、竹林の回廊を幻想的に照らしだす。

 心から信頼し、心から欲していた大切な二人からの拒絶の言葉は、この幻想的な雰囲気も相まって、まるで心と身体が夢の中をふわふわ漂っているかのような浮遊感を俺に抱かせた。……心が、今を悪夢の中の出来事なのだと思い込みたいかのように。

 

 ──やり方が嫌い?

 

 なぁ雪ノ下、やり方ってなんだよ。お前はやり方どころか何もしてないじゃねぇか。俺のやり方が嫌いだと偉そうに吐かすのならば、まずは自分の素晴らしくて完璧なやり方とやらを提示してみろよ……。

 

 ──人の気持ちもっと考えて?

 

 由比ヶ浜、お前は人の気持ちを考えたことがあるのか?

 もしお前が戸部に告白されたらどう思う? 嫌だろう? もし自分だったら嫌だと思うのに、なぜお前はそれを他人に平気で押し付けられる。

 それにお前が強引に受けた相反する依頼を解決するために、俺がどんな思いで嘘告白なんてしたのかを少しは考えてくれたのかよ……。

 

 

 結局、俺はあいつらに幻想を抱いていただけなのだ。

 雪ノ下なら……由比ヶ浜なら……あいつらなら俺の本物になってくれるかもしれないと期待していた。だから信頼していた。だから欲していた。

 

 

 でもそれは俺のただの勘違いに過ぎなかったのだ。

 そう、あいつらは信頼していた俺を裏切った。俺の本物なんかじゃなかったのだ──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰も居なくなった竹林の薄暗い回廊を、失意の俺はあてもなくただ彷徨う。

 二人に拒絶され、もう全てがどうでもよくなってしまった。こんな気持ちで、一体どんな顔して宿に帰ればよいというのか。どんな顔して葉山グループ連中と顔を合わせればよいというのか。

 

 宿に帰らず、このまま千葉に帰ってしまおうか。そのままどこかに消えてしまおうか。

 そんな益体も無いことを考えながらふらふら彷徨う俺の頬は、とめどなく溢れ続ける冷たい雫で絶え間なく濡れていた。

 

「……ねぇ、どうかしたの? なにかあった?」

 

「っ……!」

 

 どれほど彷徨っていたのか、どこまで彷徨っていたのかも解らなくなるほどの長い旅路の果て。長い旅路もなにも、実際にはたかだか十分二十分程度の徘徊なのかもしれないけれど、それでも俺にとっては永遠の旅の途中のような、永く、そして短い時間の先。

 不意に、未だ続く青白い竹林の迷路の中、誰かに声が掛けられた。

 

「あ、ごめん! 急に声掛けてビックリさせちゃったよね!」

 

「……あ、いや」

 

「あ、あはは〜……、ライトアップされた竹林見たくなっちゃって、こっそり宿抜け出して見に来てみたら、ウチの学校の制服着てる男子が一人でフラフラ歩いてたからさ、思わず声掛けちゃったよ」

 

 そう言われて顔を上げてみると、そこには確かに総武の制服を身に纏った女子生徒が一人、申し訳なさそうな苦笑を浮かべて立っていた。

 

 京の夜の冷たい秋風にたなびく艶のある美しい黒髪を後ろで一つに束ねた快活そうなその女子生徒は、淡い月明かりと淡い灯籠光に照らされたとても幻想的で美しい少女。

 今日この日にウチの制服を着た生徒がここに居るという事実が、この少女が俺と同じ学校、俺と同じ学年、俺と同じ目的──すなわち修学旅行というイベントでここにやってきている千葉からの旅行者であるという事実を示しているわけだが、こんなにも目立つ容姿なのに、今まで知らなかったのが不思議なくらいだ。学校の有名人になっていてもおかしくない程の美貌なわけだが。

 

「あ、自己紹介もしてないのに勝手にペラペラ喋っちゃってゴメン! 私は神奈川佳奈子。カッコ見れば分かると思うけど、私も総武の生徒だよ! ……って、えぇえ!? ホントに大丈夫!?」

 

 そんな美しい少女に思わず見惚れていると、神奈川佳奈子と名乗った件の少女は俺と目があった途端、その大きな瞳を見開いて突然慌てはじめた。

 ……ああ、あれか。こいつも他の連中と同じか。俺のこの腐った目を見てキモがっている、ってところか。

 

「……ご、ごめんね、なんか元気なさそうにトボトボ歩いてたから何の気なしに声掛けちゃったんだけど、まさか、……その……泣い……あ、いや〜、その〜、そこまでだったなんて……。声、掛けない方が良かったね……」

 

「……あ」

 

 人に馬鹿にされる、避けられるのなどいつもの事だと諦めていたのだが、どうやら彼女に関してはそうでは無かったらしい。

 神奈川は、俺の頬を伝う涙を見て心配してくれただけのようだ。

 

「……い、いや、別に……っ」

 

 そんな心配顔の神奈川に見つめられ、悲劇に酔って涙に濡れていた自身の情けない有様を思い出す。それを自覚した途端、全身を羞恥が襲った。

 同じ学校とはいえ、今しがた会ったばかりの美少女に、みっともなく泣いているところを見られて心配されてしまうだなんて、なんとも無様ではないか。……くそカッコ悪りぃ……。

 

「……あー、すまん。なんでもない。大丈夫だから」

 

「……そっか。……うん、ならいいんだっ」

 

 いいんだと言いながらも、彼女の表情はとても不安そうで、とても困ったような苦い笑顔。見ず知らずの俺を心の底から心配してくれているのだろう。

 ……なんだろうか。つい先ほど会ったばかりの女の子なはずなのに、彼女の言葉には誠意を感じられる。彼女の笑顔には裏が感じられない。

 彼女なら、神奈川ならば、裏切られて傷ついた俺の心を癒してくれそうな……理解してくれそうな……、そんな漠然とした予感がする。決して口にはしないけれど。

 

「……いいんだけど、さ、…………いいんだけど」

 

 ──決して口にはしないけれど、そんな俺の期待を感じ取ってくれたのか、彼女が次に紡ぎだす言葉は、もしかしたら俺が今一番欲していたものなのかもしれない。

 

「……それでももし、私に話せることがあるんなら、私に話して少しでも気持ちが楽になれるんなら、もし良かったら話してみない? 無理にとは言わないし、話せない部分があるなら話せる部分だけでもいいからさ……っ」

 

 彼女が……神奈川が、俺の胸の内を聞いてくれる。裏切られた俺の傷心を受け入れてくれる。

 こいつは言葉にも表情にも態度にも裏がない。美しく、快活そうで、とても真っ直ぐな彼女が俺を解ってくれる。それは、今の弱りきった俺にとって、何よりも欲する優しさだ。

 

 

「……俺は比企谷八幡。総武高校二年F組。奉仕部とかいうワケのわからん部活に所属している。……いや、もう所属していた、になるのかもな。ちなみに奉仕部っていうのは──」

 

 

 だから俺は神奈川に全てを語る。

 

 

「……入学式に犬を助けて事故って入学が後れてぼっちになり──」

 

 

 そもそものスタートから。

 

 

「……平塚先生に部活に入れられ──」

 

 

 現在に至るまでの全てを。

 

 

「……戸部からの依頼、絶対に振られない依頼なんて、最初から受けるべきじゃ無かった。それなのに、俺は受けたくなかったのに、由比ヶ浜が──」

 

「大体由比ヶ浜は人の気持ちなんて全然考えてないくせに──」

 

 

 包み隠さず、ありのままを全て。

 

 

「……海老名さんからの依頼も受けて、その相反する依頼をなんとかするために自分を犠牲に──」

 

 

 なにも言わず、ただ静かに聞いてくれている神奈川に向けて、溢れる思いを切々と……。

 

 

「……なのに、あいつらは俺を否定した。あいつらは俺を拒絶した──」

 

「自分たちはなにもしなかったくせに……。俺に任せると言ったくせに──」

 

「……俺は、心から信頼していたあいつらに、裏切られた」

 

 

 

 

 …………そして、長い長い吐露が終わる。気が付けば、俺の頬は流れる涙でぐちゃぐちゃになっていた。

 でも、そんな長すぎたヒストリーもみっともない俺の姿も気にせず、彼女はただ黙って聞いてくれていた。

 

 なんて有り難いことなのだろう。捨てる神あれば拾う神ありとはこのことを言うのだろうか。信じていた二人に裏切られた直後にこんな奴に出会えるなんて。

 

「……酷い。そんなのあんまりだよ。許せない……。……そんなの、可哀想すぎるよ」

 

 静かに、ずっと黙って耳を傾けていてくれていた神奈川。

 しばらくして、ようやく口を開いた彼女の唇は微かに震えていて。彼女の瞳はうっすら濡れていて。

 

 

 ──ああ、解ってくれたんだ。神奈川は俺の辛い気持ちを理解してくれたんだ。

 こんなに嬉しいことはない。こんなに幸せなことはない。……もしかしたら、神奈川が俺の本物、なのか……?

 

 

 そして彼女は、怒りに満ちた瞳と微かに震える可憐な唇から、その熱い思いを吐き出すのだ。

 そう。俺が望んでいたこの言葉を……!

 

 

 

「……そんなの、可哀想すぎるよ! …………雪ノ下さんと由比ヶ浜さんが!」

 

「え?」

 

 

 あ、あれー? 雪ノ下と由比ヶ浜が可哀想なのん? やべぇ、なんかすげぇ睨まれてるんだけど。じゃあ許せないっては俺のことなのん?(白目)

 

 

 

 

 

 

 

 

「え〜っと……ヒキガヤくん、だっけ?」

 

「ア、ハイ」

 

「正直ね、初対面の人にこんな風に言うのはどうかと思うよ。でも君が全部話してくれたから、私もちゃんと気持ち伝えるから」

 

「う、うす」

 

「あのさ、なんで君が悲劇のヒロインぶってんの? 君目線で君の主観でしかないのに、今の話のどこを聞いても、君が世界中の不幸を一身に背負ってる意味がわかんないんだけど」

 

「」

 

「まずなに? 戸部くんと海老名さんからの相反する依頼? あのさ、相反する依頼ってなに? 告白したい戸部くんと告白されたくない海老名さんの依頼だよね? でもさ? 聞いた限り、相反しちゃってんのは君が一人で勝手に海老名さんの依頼受けちゃったからだよね? だって雪ノ下さんも由比ヶ浜さんも海老名さんからの依頼知らないんだから。じゃあ相反してんのは君の中でだけじゃん」

 

「そ、そうなりますね」

 

「だよね。なのに相反する依頼の為に自分を犠牲にしたって、それ君の中での自己完結じゃん。なんでそれを雪ノ下さん達のせいにしてるわけ?」

 

「い、いや、だって、そもそもが絶対に振られない依頼とかいうのが無理な話で──」

 

「そうそれ。まず問題はそこなのよ。絶対に振られない依頼、君たちはそれマジで受けたの? 君が勝手にそう思ってるだけじゃないの? だっておかしくない? 君の話聞いた限りでは、その奉仕部っていうのは飢えた人に魚を与えるんじゃなくて魚の捕り方を教える部活なんだよね? じゃあ絶対に振られないなんて依頼を受けるとは思えないんだけど。魚の捕り方教えるってことは、要は結果は依頼人の努力次第ですよって事なんでしょ? じゃあ依頼の結果に君たちが責任持つのはおかしいじゃん」

 

「……」

 

「そもそも絶対に振られない、なんて絶対無理じゃん。こと人間関係においては、絶対なんて絶対存在しないよ。君みたいな捻くれ者だったら、誰よりも真っ先に言いそうなイメージあるけど? 「世の中に絶対なんてもんは絶対に存在しねぇんだよ」なんて、したり顔でさ。それなのにホントにそんな依頼受けたの?」

 

「あ、いや」

 

「それに私、話したことはないけど、超有名人だから雪ノ下さんの事も由比ヶ浜さんの事も知ってるけどさ。雪ノ下さんってめちゃめちゃ優秀な上に極度の理論派なんでしょ? そんな人が部長勤めてる部活で絶対振られないなんて馬鹿げた依頼、受けるとは到底思えないんだけど? それに由比ヶ浜さんだって、見た目も性格も可愛いくて男子にすっごいモテるのに、ああ見えて実は恋愛関係にかけてはめっちゃお堅くてめっちゃ慎重なタイプだって話じゃん。そんな子が絶対振られないなんて依頼、とてもじゃないけど受けるとは思えないよ。ねぇ、捻くれ者の君と理論派の雪ノ下さんと慎重派の由比ヶ浜さんの三人が揃ってて、ホントのホントに『絶対振られない依頼』なんてもの受けた? だとしたら奉仕部ってよっぽど無能で無責任だよ? もちろん君も含めてね」

 

「……よ、よくよく考えてみたら、受けてないかもしんないっす」

 

「だよね。どう考えても受けた依頼は『振られない』じゃなくて『告白のサポート』だよね」

 

「う、うす」

 

「まずそこを勘違いしてるから自分が被害者ぶっちゃってるんじゃん。告白のサポートってだけの依頼だったら、生徒の悩み相談を受ける部活としては当然有り得る依頼でしょ? 学生による学校での悩みなんて、勉強か部活か人間関係か恋愛ごとくらいなもんなんだから」

 

「……ハイ」

 

「そこでよく考えてみて欲しいんだけど、奉仕部ってのの活動理念は『困った人に救いの手を差し伸べてあげる』よね? で、恋愛相談で困った人が依頼に来た、と」

 

「お、おう」

 

「今回のはたまたまそれが知り合いだったからぐちゃぐちゃになっちゃったみたいだけど、それがもし知り合いでもなんでもなかったら? もし完全な他人だったら? 例えば一年の子が「好きな人がいるんですけど、告白のお手伝いしていただけませんか?」とかって依頼に来た場合、奉仕部は果たして依頼を断ったかな」

 

「……う、受けたかと」

 

「だよねー。だって、それが活動理念だもんね。で、告白までのサポートを手伝って、成功するかどうかは依頼者の頑張り次第。その結果には奉仕部は責任を持たない。それがもう一つの活動理念『飢えた人に魚を』云々のはずだよね」

 

「う、うす」

 

「さぁ、そこで問題が発生します。そんな理念の下活動している部活において、同じように困っている人から来た同じ内容の依頼でも、知り合いだったら気まずいから断るけど、知り合いじゃないんならその後どうなっても関係ないから断りません! っていうのは、果たして活動理念としてどうなの? 私的にはそれはないわーって思うんだよねぇ。困ってる人に救いの手を差し伸べるって触れ込みなのに、自分達の都合で人によって態度を変えちゃうのって。むしろ依頼を受けて貰えた側に対してとっても不誠実だと思う。あぁ、どうでもいい相手だから受けてくれるんだー……ってさ」

 

「だ、だな」

 

「だよね。そういう活動方針な以上、自分達の都合で依頼人を差別するべきじゃないよね。人を見て差別するくらいだったら、初めから「困っている人に救いの手を差し伸べる」なんて偉そうな大義名分を掲げるなよってお話。だからね? 私は奉仕部が戸部くんの依頼を受けたのは間違ってないと思う。友達の恋の応援したいからってお願いしてきた由比ヶ浜さんも、それを渋々ながらも承諾した雪ノ下さんもヒキガヤくんもグッジョブだよ」

 

「ど、どうも」

 

「てことだから、由比ヶ浜さんが無茶な依頼を強引に受けたと後から責める君は大間違い」

 

「い、いや、しかし、由比ヶ浜が海老名さんの気持ちを考えてないのは事実なわけで──」

 

「それも大間違い。そもそもさ、なんで君は『由比ヶ浜さんは戸部くんに告白されたら嫌な思いをする』って初めから結論付けちゃってんの?」

 

「へ?」

 

「まず言っとくけど、戸部くんって女子に結構人気あるからね?」

 

「マジで……?」

 

「だってそりゃそうでしょ。確かに軽くてチャラチャラしてる風だけど、明るいし見た目は悪くないしサッカー部のレギュラーだし、なによりもトップカーストグループの一員なんだから、そりゃモテるでしょ」

 

「お、おう」

 

「んでさ、女子から人気のある男子に告られて、嫌な思いする女子ってそんなに居ないと思わない? 自分だったらどう? 男子に人気のある可愛い子に告白されたら嫌な思いする? 付き合う気が無かったとしても嬉しくならない? やべぇ、俺モテてるわー、ってさ」

 

「……ま、まぁ、悪い気はしない、かも」

 

「じゃあ由比ヶ浜さんが嫌な思いするかどうかなんて、君に分かるわけないよねー? ましてや海老名さんが嫌がるかどうかなんて、由比ヶ浜さんに分かるわけないよ。だって由比ヶ浜さんは海老名さんじゃないんだから、海老名さんがどう感じるのかなんて知るよしもないもん。嬉しいかもって思うのが普通だし、なんならそれを機に意識しちゃうかもって、上手くいくかもって思うかもだよね?」

 

「……はい」

 

「結局さ、君が言ってるのは、海老名さんが嫌がるって事を『知ってた』からこそ言える……、小説とかで言えば神視点だから言えるだけ。君がそれを知ったのは、君が海老名さんに直接依頼されたからでしょ? コンビニで三浦さんに昔の話を聞いたからでしょ? 葉山くんの悩みを聞いたからでしょ? だから告白されたら海老名さんが嫌がるって知ってただけ。知ってたからこそ、由比ヶ浜さんに対して「なんで嫌がる事を人に出来るんだ」なんて偉そうに語れるのよ」

 

「デ、デスヨネー」

 

「つまり話がこんなに拗れちゃったのは、君が一人で勝手に海老名さんからの相反する依頼とやらを受けちゃったからに他ならないわけだ。で、それを解消する為に嘘告白なんていう馬鹿な真似をしただけのお話なんだよ。ねぇ、そこに雪ノ下さん達に非はあるの? 俺に任せたくせにって言うけどさ、任せたのはあくまでも戸部くんの依頼に対しての……サポートに対してだけじゃん。じゃあ雪ノ下さん達はサポートの依頼の幕引きに、ヒキガヤくんが嘘告白までして告白させないようにするだなんて思うかな。少なくとも私が奉仕部だったら、ヒキガヤくんの奇行にドン引きだよ」

 

「ハイ」

 

「大体何もしていないってどゆこと? 告白のサポートって依頼に対して何もしなかったのは、本当に雪ノ下さん達の方なのかな。戸部くんと海老名さんが少しでもいい雰囲気になれるよう二人きりにしようと奔走したり、告白場所を選んだのは誰?」

 

「……由比ヶ浜です」

 

「じゃあいい雰囲気作りが出来るよう、クラスも違うのに事前に素敵なコースを調べて纏めておいてくれたのは誰?」

 

「……雪ノ下です」

 

「だよねぇ。二人は依頼に対して何もしてない? してんじゃん。超してんじゃん。で、あなたはなにした?」

 

「戸、戸部におみくじ結ぶ場所を教えてあげたくらいでしゅ」

 

「そうなの。二人に比べて君のしたことはそれくらいなのよ。しかも告白のサポートって依頼なのに、まさかの告白横取り。告白さえさせてもらえなかったわけだ、戸部くんは。普通さ、依頼ってのは先に受けた方を優先するものだよね。でも君が優先したのは後から君が一人で勝手に受けた海老名さんからの依頼の方。で、先に受けた戸部くんの依頼は君の邪魔で大失敗に終わったわけだけど、コレ、ヒキガヤくん側と雪ノ下さん達側、どっちが奉仕部への依頼に対して何もしてない?」

 

「…………お、俺、かな?」

 

「つまり今までの話を総合するとね? ヒキガヤくん。俺は受けたくなかったのに由比ヶ浜が強引に受けたとか、あいつらは何もしなかったとか、任せた癖に雪ノ下は俺を否定したとか、それ、ただの被害妄想だから。それを二人のせいにして悲劇に酔ってるとか、ちょっと信じらんないよ」

 

「」

 

「しかも敢えて本当のことを知らせてない二人にだよ? 海老名さんの依頼ってのを雪ノ下さん達も知ってて、それでも尚ヒキガヤくんに幕引きを任せたのならまだ少しは理解出来るけどさ、ヒキガヤくん、自分の意思で敢えて知らせなかったんだよ? それなのに悪者にされちゃうとか、ヒキガヤくんが酷すぎて雪ノ下さん達マジ可哀想」

 

「で、ですね……」

 

「それにさぁ……、一番の問題は、信頼してた信頼してたって言うのにさぁ、……なんでその信頼してたはずの二人には隠し事したまま自分だけがやりたいようにやって、そのまま隠し通したままこうして泣きごと言ってるのに、なんで今さっき会ったばっかの部外者には根掘り葉掘りペラペラ全部喋っちゃってっかなぁ……」

 

「うぐっ」

 

「もしかして、全部話せば優しく慰めてもらえるかもとか思っちゃった? 一緒に奉仕部をアンチしてくれるとでも思っちゃったの? 悪いけどヒキガヤくんのその話聞いて無条件に肯定してくれるのなんて、よっぽど中身空っぽで思考能力の無い都合のいいお人形さんくらいだからね?」

 

「ぐはっ!」

 

「自分の欲求の為には他人に全部話せるのに、大切な二人にはなにも話さないまま裏でコソコソ文句ばっかたれてるとか、それ全然二人のこと信頼してなくない? 裏切られたもなにも、二人を裏切ってんのはヒキガヤくんの方じゃん。雪ノ下さん達マジで可哀想」

 

「……おうふ」

 

「大体さぁ、悩み相談をする部活って事は、奉仕部には一応守秘義務が発生すんじゃないの? なんで告白なんていう超ナイーブで超プライベートな依頼を私に全部教えちゃってんのよ……」

 

「……あ」

 

「私言ったよね、話せない部分があるなら話せる部分だけでもいいって。なのに依頼内容から個人情報まで全然話しちゃうとか、ヒキガヤくん完全に悩み相談員失格だよ。私ビックリだよ」

 

「サ、サーセンした……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 永遠に、果てることなく続くかと思われた神奈川からの叱責劇場。両手を腰に当て、頬をぷくっと膨らませながら縮こまる俺を睨み付ける彼女を見ていると、それも致し方のない事なのかと思ってしまう。だって、反論する余地がないくらい自分が愚かしいのだから。

 

 しかし、ここにきてようやくそれもフィナーレを迎えるようだ。

 完全に論破されて(発言する権利すらほとんど与えられてなかったけど!)うなだれる俺を見た神奈川の表情が、次第にとても柔らかくなり始めたのが、この舞台の終幕の合図なのだろう。

 

「……ねぇ、ヒキガヤくん?」

 

「……おう」

 

「君は二人に拒絶されたって言うけどさ、私、本当に拒絶したんなら、あなたのやり方が嫌いだって嘆いたり、人の気持ちもっと考えてって泣いたりしないと思うんだ」

 

 そう言って、彼女は呆れを多分に含んだ瞳を優しく細めてふっと微笑んだ。

 

「拒絶どころか、君の事が大切だからこそ怒ったんだよ、二人とも」

 

「……」

 

「由比ヶ浜さんに言われた「人の気持ちもっと考えて」ってセリフ。それ、裏を返すと良く解ると思うよ? もしヒキガヤくんだったら、自分の大切な人が目の前で傷ついてるの見たらどう思う? 自分の大切な人が目の前で自分を簡単に傷つけるのを見たらどう感じる? 私だったら絶対にやだな。大切な人が辛い顔してるとこなんて絶対見たくない。人の気持ちを考えるって、自分の身に置き換えたらどう思う? て事なんだよ。だから怒ったんだよ、雪ノ下さんも由比ヶ浜さんも。君が大切だから怒ったの。……それって、拒絶どころか最大限の受け容れだって思うよ、私はさ」

 

「……」

 

 人の気持ち、もっと考えてよ、か。本当にその通りだ。俺は自分の事しか考えていなかった。

 文化祭のあと、平塚先生にあれだけ助言を貰ったのに……。君が傷つくのを見て、痛ましく思う人間もいることにそろそろ気づくべきだ、と、優しく、でも厳しく諭してもらったというのに……。

 

「……だな」

 

「それでもね? 自分の間違いを悩んで悩んで悩みぬいて、その上で信頼する二人を欲するのなら……みっともなく足掻いて藻掻いて泣き喚いてでも二人に向けて手を伸ばす君なら、結構格好良いと思うよ。めっちゃ情けないしめちゃめちゃカッコ悪いけどね!」

 

 そう言って人好きのする笑顔でニカッと笑う神奈川だったが、すぐに表情を引き締めて、またも厳しい瞳を向けてくる。

 

「……でも、今の君はダメダメだよ。超ダッサいよ」

 

 本当に格好悪い。今の格好悪すぎる俺の姿を小町に見られたら、多分今まで貯まってた小町ポイントが全て失効してしまうくらいには格好悪いだろう。

 だから、無くなっちゃう前に貯まったポイントの使い方教えてね小町ちゃん!

 

「……面目ない」

 

 そして、俺は恥も外聞もなく素直に頭を下げた。

 捻くれ者の俺にしてはとても珍しい光景ではあるけれど、今回ばかりは素直に謝らずにはいられない。だって、先程までの自分の愚かさをこれでもかと自覚させられてしまったのだから。

 すると、そんな俺を見た神奈川はまたもにししと笑う。

 

「……よし! ようやく分かったようだねヒキガヤくん! 己の馬鹿さ加減が!」

 

「……うっす」

 

「ふふっ、私、君にめっちゃ呆れてるしめっちゃ怒ってるんだー。だからホントならもう君みたいなしょーもない男は女の子に近づくな! ってお尻蹴っ飛ばしてやりたいとこだけど、でもその顔ならもう大丈夫そうだし、そんな情けない君を大切に思ってる雪ノ下さん達に免じて、仕方ないから君の背中押してあげよう」

 

 そう言って笑う彼女は、ポンと優しく俺の背中を叩く。

 ……と思ったら全然優しくなんてなかった。優しかったのは一発目だけで、なんかバシバシと力一杯叩き始めちゃったよ。痛い痛い。

 

「ねぇ、ヒキガヤくん。もう分かってるよね? 今君がすぐにでもしなくちゃいけないことがさっ」

 

 ……もちろんだ。こいつは見ず知らずの俺のために、ここまで道を照らしてくれたのだ。これでは、間違った答えなど出せるはずがないではないか。

 

「おう。今すぐメールして、二人に全部話して平身低頭謝りまくるわ。許してくれるかどうかは知らんけど」

 

 そう迷いなく口にした俺の解答を聞いた神奈川は、口角をにんま〜りと上げて力強く頷いた。

 

「あはは、私なら絶対に許さないけどね。まぁ精々がんばってね!」

 

「ひでぇ……優しく背中押してくれんのかと思ったら、崖から突き落とす方の背中押しかよ……」

 

「人間死ぬ気になったら、大抵はなんとかなっちゃうもんだよ! どうせさっきまで死にそうな顔して歩いてたんだから、一度死ぬのも二度惨殺されるのも対して変わらないって」

 

「……惨殺されちゃうのかよ……。なんか二人に謝んの恐くなってきちゃったわ……」

 

 

 

 

 

 

 こうして、時に烈しく、、時に静かに、そして時に呆れ半分に攻め込まれ続けた神奈川からの叱責は終了した。

 このまま永遠に攻撃され続けるのかもしれないと観念してしまうくらいキツい攻めだったため、ようやく終わりを告げた彼女のお叱りに、半分安心、半分残念な気持ちで胸がいっぱいです。半分残念ってなんだよ。美少女からのエンドレスなお叱りがちょっとクセになっちゃったのかよ。

 

 正直、初対面の女にここまで言われるのは中々クるものはある。いやいや、クると言っても美少女になじられる快感とかそういうのじゃないよ? ホントダヨ?

 けぷこんけぷこん。目覚め始めちゃったかもしれない性癖の話はともかくとして、確かにクるものはあるのだが、それは不思議と嫌なものだけではない。苛つきや落ち込みといった不快感。確かにそれもある。しかしそれらを遥かに凌駕するこの感覚。それは、なぜかホッとしたという不思議な感覚。

 

 

 ──俺は、先程まで雪ノ下と由比ヶ浜に対して、なにをそんなに嘆いていたのだろう。なにをそんなに憂いていたのだろうか。

 神奈川からの言い逃れの出来ない至極まっとうな正論に撲殺されて、嘘告白後の奉仕部に対するおかしな感情が月明かりの中に霧散していくのを感じる。まるで憑き物でも落ちたかのようなスッキリ感まである。

 

 嘘告白前までは、間違いなく存在していなかったはずなのだ。あいつらに対する負の感情なんて。むしろこちらに負い目があったからこそ、下らない解消策をあいつらに打ち明けられなかったくらいなのだから。

 なのに、嘘告白をしてあいつらに叱られた途端、なぜだか自分が自分ではなくなってしまったかのように、俺の心はあいつらを拒んだ。あいつらを責め立てた。本当にどうかしていた。

 

 神奈川の言う通り、嘘告白に至るまでの流れは、完全に俺の落ち度だ。由比ヶ浜が勝手に受けたわけではない、俺達三人で受けた戸部の依頼を無視して、勝手に受けた海老名さんの依頼を優先したのだから。

 そしてそれは自分でもきちんと理解していたし、あいつらに対する負い目でもあったはずなのに、まるでどこの誰とも知れない何者かに心を乗っ取られてしまったかのように、二人に対する思いが完全に豹変してしまっていた。

 

 

 俺は、神奈川と出会ったとき、神奈川の嘘偽りのない顔を見たときこう思った。

 

 彼女なら、神奈川ならば、裏切られて傷ついた俺の心を癒してくれそうな……理解してくれそうな……、そんな漠然とした予感がする。

 

 と。

 

 今考えると、裏切られて傷ついた心を癒してくれそうとか、こいつ(俺)なに言ってんだと鼻で笑ってしまいそうな頭の悪いモノローグではあるけれど、……それでも、やはりあのとき感じた漠然とした予感に間違いはなかった。

 

 

 ──今日、俺は神奈川と出会えてよかった。神奈川に全てを打ち明けられてよかった。こいつが、闇夜に青白く浮かぶ竹林の中に居てくれて、本当によかった。

 

 今はなんの迷いもなくそう思える。

 

「……あー、神奈川」

 

 だからちゃんと言おう。竹林の迷路から抜け出すために彼女には背を向けたままだけれど、それでもちゃんと伝えよう。

 

「ん、どしたの?」

 

「……その、なんだ……。ここに居てくれて助かった。色々サンキューな」

 

「おう! この貸しは高くつくからね♪ ほれ、早く行った行った! ……え、えーと、なんだっけ、ヒキガヤ〜……ハ、HACHIMAN、くんっ?」

 

「……なんで疑問系なんだよ。あとイントネーションおかしくない?」

 

「仕方ないでしょ? ダッサい君見てたら、なんとなーくローマ字表記が頭に浮かんだんだもん」

 

 

 ──なんだそりゃ、意味わからん、と、ちらり振り向いた俺の目に映る、シッシッと追い払うような仕草の彼女の笑顔は、薄暗い竹林の中だというのに、キラキラと月明かりに照らされてとてもとても眩しかった。

 

 

 

 

 

 

 その後、宿まで全速力で走りながら電話で二人を呼び出し、宣言通り平身低頭謝罪した俺。

 土下座どころか土下寝も辞さない覚悟で臨んだ謝罪会見が功をそうしたのか、なんやかんやあった末、なんとか許してもらえたようだ。その時の二人の怒りと哀しみと後悔と喜びの涙の色は、俺の胸から永遠に消え去ることはないだろう。

 名前しか知らなかったあいつには、本当に感謝しかない。

 

 

 

 そしてそんなあいつだが、修学旅行後も生徒会選挙後もクリスマスになっても、なぜか不思議と学校で見かける事はなく、あの日の出来事が夢であったかのような、狐につままれたかのような、思い悩んでいた俺が脳内で勝手に作り出した都合のいい幻想──オリジナルヒロインだったかのような、そんな、まるでファンタジー小説のような展開に………

 

 

 

 ……………なるような事は一切なく──

 

 

 

「あれあれ? 今日もいつもの購買のパンなのー? そんなんで毎日毎日よく飽きないよねぇ。それじゃあそんな比企谷くんの横で、私はお母さんの美味しいお弁当いただきまーす」

 

「うぜぇ……」

 

「あ、そういえばクラスで噂になってるよー? 最近、あの雪ノ下さんと由比ヶ浜さんに、超仲のいい男子が出来たらしいよー、ってさ。ぷっ、でもそれが目が腐った陰キャらしくってさぁ、男子達が絶対許さないとか言って血の涙流してんの! 夜道には気を付けてねっ」

 

「おい、マジかよ……。それ俺のことじゃねぇだろな……」

 

「いやー、お熱くて羨ましい限りですねぇ」

 

「お熱くないから。前と大して変わらないから。ただ部室外でもちょこちょこ話すようになっただけだから」

 

「そんな謙遜することないってぇ。ふふ、良かったねぇ、上手くいってるみたいじゃん」

 

「……まぁ、お陰様でな」

 

「そうそう。ホント全部私のお陰様ですよ。……ってなわけで今日は放課後、サイゼでティラミスアイスよろー」

 

「おい、今月何回目のオゴリだよ……」

 

「だからあの時言ったでしょ? この貸しは高くつくよー、ってさっ!」

 

「このたかり屋が……」

 

 

 

 ──なぜかすっかり俺のベストプレイスの常連客と化し、あの日の恩を着せて散々たかってくるという、とても厄介な悪友ポジションに収まっております(遠い目)

 

「ウフフ、これからも末長くオヤツ提供よろしくね! HACHI……おっと、八幡くん♪」

 

「う、うぜぇ……」

 

 

 

     了

 

 




最後まで読んでいただけたのなら分かるとは思いますが、このお話はよくある奉仕部アンチ思考へのアンチテーゼとなっております。
作中でも語りましたが、そもそも信頼していた は ず の二人に話してない事を信頼関係皆無の他人(この作品ではオリヒロとしましたが、それが陽乃でも三浦でも別原作からの略奪ヒロイン等々でも可)にペラペラ喋っちゃう時点で、もうそれ二人の事なんてそもそも信頼してないじゃん。裏切られたとかなに言ってんの?ってお話であり、八幡でもなんでもないんですよね。
なので、そんな逆恨みなアンチ思考に囚われて、ありがちなアンチ理論を他人にペラペラ喋ってしまった八幡ではないナニカを、オリヒロが徹底的に追及して否定して八幡に戻す、という物語でした。

ちなみにこのお話でオリヒロが説教しているのは、原作八幡ではなくよくあるアンチ幡なので、八幡自身をアンチテーゼしているわけではありません。
なのでアンチ・ヘイトタグは付けませんのでご了承下さいませ。


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