兵藤一誠は『異常な普通』です   作:しにかけ/あかいひと

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 『警鐘』と、彼がそう呼ぶ檻の隙間を、遠い果てから眺める。

 悩み、戸惑い、自分の姿も分からない彼の夢を、尾を食む蛇の見る夢を、遠く遠い果てから眺める。

 仕方のないガキだと、心底から呆れながら。馬鹿な子ほど可愛いものだと、片隅で思いながら。

 いつの日か、確かな輪郭を持つことを夢見ながら。『ソレ』は、世界と世界の狭間から眺めていた。


その18

 

「時に兵藤一誠。お前は自分のドラゴン体を用意せんのか?」

「んぁ?」

 

 タンニーン先生とのタイマン訓練に突入し、昼夜を問わず襲われの日々に入って2日目のこと。日が暮れての小休止のタイミングで、先生は僕にそう訊ねてきた。

 

「いやまぁ、思わなくはないんだけれど。意識がちょっとね」

 

 ドラゴン系の神器を持ったからといって、そいつがドラゴンになるわけではない。所詮はドラゴンの力を持った人間という風に収まるわけだ。

 だが、僕の場合は少々事情が異なる。取引と称して人間のパーツをドラゴンに換装したせいで、限りなくドラゴンに近づいているのだ。今の僕の体は、悪魔としての種族特性を兼ね備えた、限りなくドラゴンに近い人型の生物、ということになる。実にキメラだね。

 別に、変わってく身体に対して思うところはない。自分の選択で成るべくしてこう成り果てたのだから、狙い通りだやった〜ぐらいの感覚である。ただ、ドラゴンとしての身体を持つとなると……少し思うところがあるというか。

 

「中途半端で嫌になるんだけどさ。悪魔で、ドラゴンなんだけど、気持ちのどこかで『人間』なんだよ。心もとない四肢と五指に執着したくなる。中身がどれだけ変わっていっても、ガワだけはまだ人間でいたいと思ってしまう。必要があれば投げ捨ててしまえる自信はあるんだけれどさ…………それってなんか違うじゃん?」

「なるほどな。純粋な龍ならそれを一笑に付すところだろう。かつての俺ならそうしていただろうし、お前の左腕に眠るドライグもそうであろう」

「たはは、だよねー」

「だが、悪魔としての生き方を始めた俺は、その感傷を笑えん」

 

 悪魔になったからには、どこかで向き合わなければならない命題だ、と先生は言った。

 

「いつかどこかで、純血だろうと転生悪魔だろうと向き合わなければならないのだ。己の魔力と。己の空想を具現化する力が、我々に問うてくるのだ。『お前は何になりたいのだ?』と。……あくまでイメージでの話だがな」

「僕が、何になりたいのか……」

 

 実際のところ、僕は何になりたいんだろう? やりたいことも、したいこともあるけれど、目標や夢とラベルを貼るにはまだ足りない。可能なことや決定事項をそう呼ぶには熱量が足りない。ぐるぐると、思考がドツボにハマっていく。

 

「今すぐ答えを出せと言うわけじゃないさ。お前はまだ卵の中だ。透けて見える殻の先の光景を眺め、ゆっくりと答えを探していけ。その果てでドラゴンとして成るというのなら、いつでも相談に乗ってやろう」

『やらんぞ、俺の半身だ』

「ハッハッハ! 己の肉を取り戻してから言うんだな!」

 

 そこから始まるドラゴン同士の言い合いを、どこか遠くで聴きながら。助言を胸に先を夢想する。

 だけれども……

 

「…………時間は残されてない、ってか?」

 

 僕が『殻』を破るのは、そう遠くない未来にある、と。警鐘は、囁くように鳴ったのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

 そして、15日を迎え。僕はグレモリー領に戻ることとなった。

 

「色々とありがとうございました、タンニーン先生」

「ああ、お前もここまでよくやった。…………身体は治しておけ」

「おっと失敬」

 

 焦げたり吹っ飛んだりしたパーツを修復して綺麗さっぱり元通り。基礎体力向上、翼を用いての飛行、ドラゴンブレスに爪での戦い方と、5日間でみっちりと仕込まれた。

 

「あわよくば禁手に至らないか、と思ったが。流石にそれはかなわなかったか」

「二兎追うものは、ってやつですよ。正直今僕の手元に無限出力があっても手に余ります。白い方に対抗できる力はある以上、優先順位は低めです」

「歴代の二天龍を見るに、禁手はスタートラインのようなものだったはずなのだが……つくづく異例尽くしの赤龍帝だなお前は」

「YES!! 僕ってば『異常な普通』!!」

 

 きゅぴ☆ とらしくなくダブルピースをキメてみるが、気持ち悪いと一蹴される。酷ぃ……。

 

「死にそうとか、ここは地獄か?(事実) とか思ったりしましたが、終わってみれば晴れやかな気分です。目に見えて贅肉が落ちて筋肉質! これもう偉業ですよ僕史上!」

「むしろそうならなかったらアザゼル呼びつけて延長戦になっていたわ、この阿呆」

「あひん」

 

 実際ここまで様々な筋トレ、訓練をやってきた身ではあったが、肉体的にこれといった変化は見られなかった。人間時代のことはまるで分からないけれど、悪魔になってからなら理由も分かってきた。『なりたい自分の在り方』だ。

 もちろん、自分のことを普通と嘯くことはこれからもやめないし、積極的に自称していくが。鍛えても成長しないってのはそれはそれで普通じゃないし…………強くなりたいってのは、間違いなくこれからの『なりたい自分』ではあるからね。多少は魔力が作用してくれたのだと思いたい。

 

「だがまあ、俺も楽しかった。あのドライグに協力したのだからな。長生きはするものだ」

『本当にな。力の強いドラゴンの末路は両極端だからな、お前が生きてくれていて助かったよタンニーン。悪魔に転生したのは未だ納得がいってないが』

「貴様の意見など求めておらんわ。俺達は思うように生き、思うように力を振るい、思うように果てる。そうだろう?」

『で、あるな』

「うーん、先生の社不的な一面初めて見た」

 

 なんかこう、矛盾した表現なんだけど。先生って良いドラゴンなのよね。スパルタではあったけど面倒見良いし。ドライグに言ったら爆笑されたけど。

 

「それで、この後はアザゼルが主体となって占星術と置換系魔法の訓練だったか? ……つくづく思うが、よくもまあ堕天使の総督が悪魔の領地に入れたものだ」

「あはは……。まあそうなんですけれど、恐らくずっと訓練て感じにはならないでしょうね。顔見せで方々に向かったり、マナーだったり経営学だったりの勉強とか…………。あとは魔王様主催のパーティもあるとか。こっちは僕がってよりは若手も集合! って話らしいんですけど」

「ああ、それか。そっちは俺も出席する予定だ。そうだな、良ければ俺の背に乗って会場に向かってやろうか?」

 

 えっ、それいいんです? ドラゴンの背に乗るなんて貴重な経験だ。だが迷惑になったりしないだろうか?

 

「ああ、その程度迷惑の内にも入らん。そうだな、眷属も連れて開催日にグレモリー領にお邪魔するとしよう。詳しくはこちらからグレモリーに伝えておこう」

「あ、ありがとうございます先生、何から何まで!」

「その代わり、しっかりと自主訓練を欠かさぬようにな。たるんでいたら承知せんぞ」

「アイアイ、キャプテン!」

 

 誰が大佐だ誰が、とポカッと打たれつつ、バサリバサリと翼を広げて先生は飛び立つ。あの時は倍加を使って何とか踏みとどまったけれど、今は神器に頼らずとも両の足で踏ん張れている。ちょっと成長を感じちゃうね。

 

「では、さらばだ! 精進しろよ!」

 

 そう言い残し、悪魔な龍王は遠い空へと消えていく。…………めっちゃ速ぇや、アレに追いつける日は来るんだろうか?

 

『フン、余裕だ余裕。というか越えさせる。タンニーンに敬意を持つのは自然なことだが、追い抜くぐらいの気概を持たねばならんのだぞ。俺とお前は赤龍帝なのだからな!』

「……ドライグ。お前、ちょっと嫉妬してない?」

『…………黙れノータリン』

「あっ、ちょ、おまっ! 図星か!? 図星かテメェクソトカゲ!! だから器ちっちぇなとか僕ごときに言われんだよ、オイ!? 意識を神器に沈めんな!!」

 

 

◆◆◆

 

 

「というわけで飛行訓練も兼ねて飛んで帰ってきたンですが…………なんですこの惨状」

「……………………ウォーカーさん」

「どーりで…………」

 

 グレモリー領に差し掛かったところで、見覚えのある紅色が禿げ山の中でぶっ倒れてるところに遭遇しちゃったので見て見ぬふりもできず降下。事情を聞けば、簡潔かつ分かりやすく教えてくれた。ひっでェねあの歩行者。

 訓練とはいえあまりにもぐったりしてるものだから疲労回復力に譲渡する。おーよしよし、大丈夫です? 水飲みます? 倍加譲渡すればエナドリより効いてかつ健康にもいいですよ。

 

「ぷはぁっ……生き返ったわ。ありがとうイッセー」

「どういたしまして。まるで訓練最初の自分を見ているようでしたよ」

 

 気力を取り戻してからは、ふぁさっと魔力を纏い、身嗜みや破れたジャージを修繕していく。目を見張る程の緻密で流麗な操作に思わず見とれてしまう。

 

「ふふふ、あんまり見られると恥ずかしいわ」

「大嘘つきがいる……」

「嘘じゃないわよ、久しぶりに会えて嬉しいのもあるだけ。寂しかったのよ?」

「わぷっ」

 

 急に抱き着かれてビックリしちゃった、柔らかい感触が伝わってきて童貞クンぶるっちゃう! ……実際こっちが寂しさ覚えてたかと言うとまるでそんなことはないので(そんな心の余裕は消し飛んでいた)、反省の意も込めてなすがままにされよう。…………いや待ておい、おーい。スーハーは違ぇだろ、なぁ?

 

「ふぅ、補充完了ね。そっちも訓練は順調かしら?」

「補充て…………。ごほん、まあ概ね。基礎トレーニングは続けつつ、これからは座学メインですネ。切った張った殺し殺されは一段落デス」

「訓練の内容を後で詳しく聞かせてちょうだい、具体的には怪我の部分」

「あ、やっべ」

 

 よくよく考えりゃ、自分の腕吹き飛ばして修復する訓練やってました! はこのヒトの前ではまずかったな、後で歩行者とタンニーン先生には口止めしておこう。

 

「しかし部長も部長でなんで臨死体験? 追い込みをするにはまだ日にちも余っていますよね」

「私とあなたはこれから忙しくなるでしょう? 多方面に顔合わせと商談、あとはアガレス家(スポンサー)とも話を詰めないといけないわ。教会からの使節団の一員としてあなたの幼なじみも来るし、今日辺りが最終追い込み日だったのよ」

「聞いてない予定もありましたけど、なるほどだいたい分かりました」

 

 というかアイツ来んのかよ……八面六臂の活躍ですこと。

 

「じゃあいい感じの衣装も用意しなきゃですね。部長が嫌じゃなけりゃライザー氏がくれたスーツでいいと思うんですが」

「それはもう少し後に取っておいてちょうだい。ライザーにも許可は貰ってるわ」

「僕が言っちゃいけないことだと思うんスけど、絶対あなたあの焼き鳥野郎と籍入れてもやっていけたでしょ。仲良過ぎ」

「あらやだ珍しいものを見たわ。嫉妬?」

「ちがわい!!」

 

 とまあ夫婦(未満)漫才も程々に、横に並んで帰路に着く。あんなことをやった、こんなことをさせられたとか。翼を使わずに宙を舞い、犬神家状態になったとか。訓練と称して触れたこともないカードゲームをやらされたとか。そんなあまりありふれない系雑談をしながらふと思った。

 

「そうだよ、別に身体が2つ以上あってもいいじゃん」

「何の何の何???」

 

 後のリアスさんが語るには、忙しさを前にとうとう気が触れたのかと思ってしまったとのこと。彼氏に対してあんまりにもな言い草である。

 




短めでした。

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