剣術狂いが剣姫の師を務めるのは間違っているだろうか   作:土ノ子

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第六話

 日が暮れ、客でにぎわう『豊饒の女主人』。

 その一角でセンリはゆっくりと己の半生を語り始めた…。

 

 

「ボクの生まれは極東、その都の隅っこも隅っこでした。

 察して頂けたかもしれませんが、孤児として生まれ、同じような身の上の子ども達と身を寄せ合ってなんとか生きていました。

 その中心は極東にて奉られる女神アマテラス様と武神タケミカヅチ様、そして御二人と協力する神様方に運営される孤児院にて生を繋ぎ、日々を生きていました」

 

 

 穏やかな眼差しでそう懐かし気に語る。

 

 

「自分では幸せな幼少期だったと思います。

 アマテラス様達はこの世界に下りてきたばかりで生活基盤すらおぼつかない。あの方たちは自身の眷属すら十分な人数を確保できていない時に目についた孤児を見捨てられず、拾っていました。

 そんな状況でしたから物の不足は日常茶飯事でしたが、代わりに孤児にはありえない程巡り合わせに恵まれました。

 アマテラス様やタケミカヅチ様からは両親から与えられるのと同じくらい愛情を授かりましたし、兄弟とも言える孤児の仲間たちは皆神様方を慕っていました」

 

 

 郷愁、そして愛情を一心に込めた語りに神ならざるガレスもその純朴さを感じ取った。

 

 

「嫌いな者もいたし、喧嘩をすることもあった。なんと言っても孤児ですから訳在りも多く、容易に他者に馴染もうとしない者も珍しくない。

 けれど皆あの小さな孤児院を『自分()()の家だ』と捉え、そのために自分が何を出来るか考えていました。その中でボクが幼心に考えていたのは冒険者として身を立てることでした」

 

 

ゆっくりとした語りにロキも意識的に顰めていた眉を元に戻し、その話に聞き入る。

 

 

「世界の中心、オラリオ。

 その都市の噂と迷宮に挑む冒険者たちの英雄譚は遠い極東まで耳に届いていましたし、一獲千金の儲け話も同じくらい入ってきました。何時か自分も其処で冒険者になり、試練を乗り越え、『英雄』になる…。そして自分が稼いだ金で孤児院の皆を助けるんだと。

 幼い時分の万能感に浸った都合のいい妄想、と言われても反論は出来ませんね。事実としてこの都市に来て下積みから始めた時の苦労は全く想像したこともないようなことばかりでしたから」

 

 

 苦笑と共に過去の苦労を語る青年。

 

 

「ほな、お前さんは『英雄』になるために此処(オラリオ)に来たんか?」

 

 

 『英雄』になりたい。

 

 しばしば年を経た大人たちはそうした英雄願望を幼い夢想、戯言であると笑いとばす。

 だが真顔でその戯言を言い切る大馬鹿こそが『英雄』へと成っていくのもまたよくあることだ。もちろんそうした『英雄』の足元には同じような身の上で屍を晒した無数の英雄志願の若者達が敷き詰められていることも事実だが。

 

 青年もそうした英雄願望の持ち主かと問いかけるが、返ってきた言葉は否であった。

 

 

「いいえ。

 確かに幼少のころは『英雄』に憧れていましたが、今はまた別の道を目指しています。孤児院の皆は今も大事ですし、神様方を深く敬愛しています。

 一朝事あらばボクは今すぐにでも極東へ走るでしょう。けれどいまはまた別の物を求め、剣の道を進んで来ました」

 

 

 柔らかく温かみの合った語り口を刃のように鋭く変え、ばっさりと断ち切る。

 しかし語調は冷たいわけではない、むしろ過剰なほど熱がこもっている。

 

 彼らを変わらず愛している、だがそれ以上に追い求めるべき道を見つけた。そんなニュアンスが見受けられる。

 恩神たちについて暖かく優し気に語っていたセンリの豹変に何があったのかと好奇心が湧く。

 

 

「何があったんや。あんたはいま何を目指している?」

 

 

 眦を鋭くして問いかけるロキに彼もまた真っ直ぐに視線を合わせて己が生涯の目標を口に出す。

 

 

「頂に出会い、剣の高みを志した。それだけです、それだけで十分だった」

 

 

 その言葉は端的過ぎて意味不明、その癖異様なほど感情が籠っていた。

 

 

「ある日の夜、空が晴れ渡ってとても三日月が綺麗な夜でした。

 皆が寝入った夜半、偶々目が覚めたボクは孤児院の庭で武神タケミカヅチ様の鍛錬を目にする機会に恵まれました。

 恐らく暇に飽いた余興のようなものだったのでしょう。

 格好は平素と変わらず、手にした刀も数打ちの何処にでもある一振りだった。なぞった型も基礎の基礎。真似事ならば今日剣を習った小僧でも同じことが出来ます。

 

それでも―――」

 

 

 言葉を切り、青年は目を閉じる。

 己の運命を変えた夜の一幕、あの時目にした光景を瞼の裏に思い浮かべるように。

 

 

 

 

 ―――月天の下、あの冴え冴えと輝く三日月よりもなお鋭く振るわれた刃の美しさを。

 

 

 

 

「あの刀が空を切り裂く軌跡は何よりも美しかった…。いまこの時まで生きて来て、あの軌跡より美しいものをボクは知りません」

 

 

 万感の思いが込められた呟きだった。

 

 

「だからボクも()()なりたくなった。あの軌跡を今度はボク自身が…。そう思えばありとあらゆる事柄がちっぽけなものに見えました。

 自分の身はもちろん、愚かしくも神様方や孤児院の皆すら気にかける意志が消え失せた…。ボクはひたすら一つの″道″を歩み続けることをその時に決めました」

 

 

 その夜こそが己の人生を決める運命の岐路だったのだと青年は語る。

 

 

「剣一本で人間はどこまで行けるのか―――(いいや)、人は人の身のまま剣神の高みへ登りつめられるのか?」

 

 

 それこそがボクが生涯を通じて追い求める目標です、とどこまでも真剣な顔付きで言い切った。

 

 

「なるほどなぁ…」

 

 

 青年の長い語りに相槌を打つロキは一つ得心が行く。

 イタドリ・千里(センリ)はヘファイストス・ファミリア団長、椿・コルブランドに通じるところがある人種だ。

 

 彼女もまた『鍛冶』の道に生涯を捧げる覚悟を固めており、己が主神ヘファイストスのいる高みへと何時か辿り着くのだと豪語している。そんな椿も青年と似た浮世離れした立ち居振る舞いを見せることがある。しばしば世間の常識を無視して己の中のルールに沿って行動を起こすのだ。

 

 

(そんで、それだけやないな…。もう一つ、似ているモノをウチは見たことがある)

 

 

 己が半生を語る青年の瞳には微かに陶然とした光が宿っている。

 そうした心酔の光に近いものをロキは知っていた。

 

 

(……こりゃ、フレイヤが『魅了』した子ども達の目にそっくりや)

 

 

 剣神(タケミカヅチ)も決して意図してのことではなかったのだろう。

 ましてや悪意などあるはずもなく、ただ幼い頃の繊細過ぎる感性を持ったその心は剣神が振るう刃の軌跡に『魅了』されてしまったのだ。

 

 それは人の子が己が生きる道を決断するのに十分すぎる分岐点(ターニングポイント)だ。

 

 

(そのタケミカヅチとやらも何やっとんねん。いや、多分滅茶苦茶後悔したやろうけど)

 

 

 ロキが見たところ青年の基本的な性格は天然、直球、善良だ。

 だがどこまでも剣術の求道に狂うキチガイでもある。

 

 悪い奴ではないがヤベー奴ではあるのだ。

 

 ロキの経験則的に判断すると概してこうした人種は目標に対して盲目的なほどに真っ直ぐであり、しばしば周囲の迷惑を顧みずに行動する。

 しかも制止しても止まらない、溜まるためのブレーキが壊れていることが多い。

 

 ロキは急速に青年に対する理解を深めつつあった。

 出来れば深めたくなかったなーという慨嘆も僅かに乗せて溜息を吐き出す。

 

 

「幼い頃のボクは剣の道に対して控えめに言っても愚かしいほど愚直で、悪い意味で熱心でした。

 神様方の制止にも耳を貸さずに身体を苛め抜き、聞きかじりの生兵法で徒労とも知らず実戦に出ることで無理やり(ステイタス)を高めようとした。

 当然何度となく死にかけました。いまボクがここにいるのは全て神様方、とくにタケミカヅチ様のお蔭です」

 

 

 幼少の恥を晒す青年は含羞の表情で顔を伏せていたが、まあ無理もないなぁというのが二人の感想である。実際青年の語るタケミカヅチらも相当に幼少期の青年の矯正に苦労したと思われる。

 なにしろロキ達自身が似たような少女を養育している真っ最中なのだ、その苦労の一端はありありと想像できた。

 

 

「ちなみに何やらかしたん?」

「……神の恩恵(ファルナ)を受けずに、畑の害獣(ゴブリン)退治に挑んだり、近隣の街道に出没する山賊の住処に乗り込んだり、ですかね。いや、お恥ずかしい」

 

 

 本気で恥ずかしそうに頬を真っ赤にして目を伏せる青年。

 恥じるところがズレている気もするが、センリにとってはある種の黒歴史らしい。

 

 

「なるほど。まあ恩恵も無しに上手くいくはずがないのう」

 

 

 含羞の混じった語りを聞いたガレスも髭をしごきながら頷く。

 

 

「仰る通りで…。古戦場で拾った錆び刀で敵を皆殺しにするところまでは良いんですが、いつもボロボロの死にかけになってしまうんです。そのたびに神様方や眷属の皆に迷惑をかけて回収してもらい、治療までしてもらっていて…。鍛錬の効率としては下の下、挙句の果てに周囲まで巻き込んでの醜態を晒して。

 

 最後には根負けしたタケミカヅチ様から性根の矯正を含めて諸々指導して頂いて多少は冒険者としてマシになりましたが、それまで晒した無様は数知れず。穴があったら入りたい気分です」

 

 

―――違う、そうじゃない。

 

 

『…………』

 

 

 思わず喉元まで出かかったツッコミを飲み込んで真顔になるロキとガレス。

 

 

「…ロキ?」

「…マジや」

 

 

 暗にセンリが真実を語っているのかと視線で問いかける眷属にイエスと答える。

 マジかよ、と声に出さず驚愕を表すドワーフの老兵。

 

 センリの見掛けはまだ二〇に満たない。

 その身で幼少と言っているのだから恐らく当時の齢は一〇か、それ以下だと思われる。

 

 神の恩恵も持たない正真正銘の子どもが仮初にも魔物や悪人をバッサバッサと切り殺していたと証言しているのだからどんだけだと思うのも無理はない。

 

 

「…………うん。とりあえずお前さんのことは分かった。そんで、それがうちのアイズとどんな関係があるんや?」

 

 

 二呼吸程沈黙を挟んでから気を取り直したロキは改めて話を本筋へと修正する。

 色々と濃すぎる青年の話を聞いていて頭の整理が若干追いついていなかったが、本来これはセンリがアイズを指導している件についての話し合いだったはずだ。

 

 

「はい。ボクがあの子を指導することを決めたのは、タケミカヅチ様への恩返しになるからです」

「恩返し?」

 

 

 鸚鵡返しに聞き返すロキに向かって力強く頷く。

 

 

「孤児院を出立する朝、ボクは神様方に恩返しを誓いました。必ず今日まで育てていただいた恩を返すと。ですがタケミカヅチ様はこう仰いました。『次に廻せ』…と。いずれお前と同じように困っている者と出会う筈だと。

 その時その者に今度はお前が俺たちと同じように接すればいいと。

 あの子は幼い頃のボクととてもよく似ている。無茶をしがちなところも、自分の身や周囲の心配に無頓着なところもそっくりだ。

 ()()()子どもと出会い、しかも向こうから師事を求められるとは偶然とは思えません。きっとタケミカヅチ様の御導きでしょう」

 

 

 確信ありげな断言を添え、センリは熱意をアピールした。

 

 

「神ロキ、ボクのことを疑われるのは理解できます。しかし決してボクに二心はありません。必ずやあの子の悪い癖を治しつつ、冒険者として真っ直ぐに伸びるよう指導することを誓います。

 ―――お願いです、どうかあの子の指導の一端に関わる許可を頂けないでしょうか?」

 

 

 これは恩神へのささやかな報恩なのだとどこまでも真っ直ぐに思いの丈を込めたその願いに対しロキは、

 

 

「お、おう…」

 

 

 さよか、と若干身を引きながら引き攣った顔で相槌を打つしかなかった。

 

 これまでの会話で青年は一つたりとも嘘を吐かなかった。

 ならばその心に二心はなく、かつ熱心にアイズを指導してくれるだろうという期待は大いに持てる。

 

 正直な話、オラリオが騒がしくなっている現状、アイズの面倒を見る余裕がなくなっているのも事実。

 

 また聞いているだけで彼を幼少から守り、育てたという神々の良識ある性格が窺えるようだ。

 今の一幕も聞いている限りとても心温まるハートフルな会話である。

 

 

(それは分かる。分かるんやが…)

 

 

 けれども今のやり取りに込められたニュアンスをこの青年は若干取り違えているのではないだろうか…? と思わざるを得ない。

 

 幾らなんでもセンリ並のキ〇ガイ…もとい、常識から外れた子どもによりにもよってこの青年が出会うとは件のタケミカヅチも予想すらしていまい。

 

 普通に困っている人間を見かけたら親身になって助けになってあげなさい、くらいの意味であると思われた。

 

 多分今この場にタケミカヅチとやらがいれば引き攣った笑みを浮かべてセンリにかける言葉に困るのではないだろうか。

 

 それとこの青年、これまでのやり取りで善人だと言うことは嫌と言う程理解できたのだが……それ以上に意図せず()()()()()しまいそうな気配がある。

 

 果たしてこの場でうんと頷いていいものか…。だが断るにしても果たしてアイズを上手く説得できるだろうか?

 

 これほどまでに真っ直ぐな善意を寄せられて困り果てるとは、悠久を生きる(ロキ)をして初体験であった。そんな悩む主神の肩をちょんちょんと指で叩き、注意を引くガレス。

 

 

「…ロキ」

「…せやな」

 

 

 クイ、と立てた親指で一時退却のサインを示す眷属に頷く。

 一度話を持ち帰り、フィンやリヴェリアの意見を聞いた後で決断しても決して遅くは無いだろう。

 

 

「あんたの話は分かったわ。正直なところ最初はあんたに二度とうちの身内にちょっかいをかけんように警告するつもりやったけど、今はまあ、どうしようか検討中…くらいには変わった。とりあえず一端時間をもらってええか? 最終的にはうちが決めるが、その前に他の幹部らの意見も聞いておきたいしな」

 

 

 ひとまず時間を、と切り出すとセンリもまた同意した。

 

 

「承知しました。ただあの子とはまた一週間後にあの広場で、と約束しているのでお答えはそれまでに頂けますか?」

「ま、妥当なとこやな。そんなに時間は取らせん。必要に応じてうちの者をそっちに走らせる。それでええか?」

「…………。あ、はい。それでお願いします」

 

 

 答えを返すまでに不自然に挟まれた沈黙を疑問に思いながら、すっかり忘れていた手元のエールを口に含むと大分気の抜けた味が舌の上に広がる。

 

 

「さて、堅苦しい話は此処までや。そこそこ長い間席を占領したから、仰山注文せんとミア母ちゃんの雷が落ちてまう」

 

 

 つまりは、と一拍を溜め。

 

 

「酒や! 今日は酔い潰れるまで帰さへんで!!」

「ええい、自重せんか馬鹿者! 他所の派閥の前でまで醜態を晒すのは許さんぞ!」

「堪忍や、ガレス! 無礼講や、無礼講!」

 

 

 なおも騒ぐ主神とそれを抑える眷属の気安い姿に、思わず笑みを零す。

 

 

「ボクで良ければ喜んで。差支えの無い範囲で、是非あの子や皆さんのことを教えていただきたい」

 

 

 あくまで丁重に、しかし親しみを込めるように笑顔で杯を受けるとセンリは一気にエールを飲み干したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【TIPS】後年オラリオの地でセンリと再会したタケミカヅチは積み重ねた所業を聞き、その胃を痛めた(ネタバレ)。




本作における大戦犯にして最大の被害者タケミカヅチ様。
この神様が要らんことをしなければ普通に原作通り歴史は進んでいたと思われる(なお悪気ゼロ意図ナシ)。

最悪のタイミングでうっかりをやらかしたが、一番その件で苦労したため彼を責める者は誰もいない。



面白い感想があったため、後書き部分を一部加筆修正(2019年3月10日)。

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