解放奴隷は祈らない   作:家葉 テイク

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03_無敵の失墜 DEAD-END

「また派手に死んだな……」

 

 

 生き物の息遣いや草葉の揺れが聞こえる、『自然な静寂』の中。

 便利屋の男は、感嘆とも恐怖ともつかない表情を浮かべながらそうごちた。

 彼の視線の先には、首から上が薔薇の花のように()()()()()()()()()()()惨死体が転がっている。

 理性的なたたずまいだった少年は、今は四肢を投げ出して滑稽なポーズをとりながら地面に放置されていた。

 

 

「…………アトリ神の名において、彼の者の眠りに安らぎがあらんことを」

 

「ちょっと、やめてよ」

 

 

 祈りの言葉を口ずさみながら死体に火の弔いをあげた便利屋の男に、サラディアは煙草に眉を顰めるような不快さを言葉に浮かべながら口を挟んだ。

 サラディアはその豊満な胸の間に血炭筆を挟みこみながら、

 

 

「火なんて使ったら不自然でしょ。放っておけば魔物に食われるし、そうすれば軍も事故って判断して迷宮入りになるんだから」

 

「お前に人の心はないのか」

 

 

 今度は明らかに呆れの表情をにじませながら、便利屋の男は渋々水魔法を使って火を消し止める。

 そうは言いつつ、彼も特に弔いを諫められたことには不満を持っていない。妥当な指摘だと思っているのだ。

 ザクロ頭の死体を作ってみたり、死体に火をつけてみたり、死体に水をかけてみたり、もはや此処に人間の尊厳などないのであった。

 

 

「しかし、流石だったな。使役生物……だったか? アレの動きを止めた方法なんか、俺には全く分からなかったぞ」

 

「別に特別なことはしてないよ。敵の配置を読んで、『血脈散華』で縫い留めただけ」

 

「……と簡単に言うがな」

 

 

 呪術使い・サラディアの扱う呪術──『血脈散華』の原理は、非常にシンプル。

 自身の血液を七日七晩煮込んで作った血の炭を魔物の脂と練り込んで作った『血炭筆』で描いた線から『力』を放つ術式だ。

 『力』は引いた線が単純であればあるほど単純な『力』になるが、幾つも線が折り重なった陣を描けばそれだけ複雑な『力』を放つことができる。

 線一本では精々一発の斬撃が精々だが、複雑な陣を描けば『光に干渉する力』を放ったり、『肉を内側から爆散する力』を放ったりすることもできる、という風に。

 この呪術を使って、サラディアは『離散』という無敵の『属性』を演出していたわけだ。

 先ほど急に『使役生物』が動かなくなったのも、戦いながら『使役生物』の配置を自分の狙った場所に誘導し、そこで『力』を叩きつけて動けなくしていたというのがカラクリだった。

 

 

「『属性』の限界っていうのは、使用者の認識によって決まるんだよ」

 

 

 サラディアは手慰みのように胸に差しこんだ血炭筆に指をあてて、

 

 

「『千手』のカーマは、『使役した生物の視界は見れて当然』と思ったからこそ使役生物の視界を得ることができた。……ただし、それは逆もまた然りなんだよね」

 

「『「離散」のサラディアに使役生物との繋がりを離散させられたからもう操れない』……一度でも本気でそう思い込んでしまえば、その思い込みを疑わない限り本当にそうなってしまう。……というわけか」

 

「そ。『属性』って意思一つで使えて応用性も三つの異能の中で抜群に優れてるけど、こういうところが脆いんだよね」

 

 

 『属性簒奪もそうだけど』と、サラディアは苦笑する。

 

 もっとも、彼女が全幅の信頼を置いている呪術だって万能というわけではない。

 たとえば、『血脈散華』は陣を描いた時点で『力』が放たれる先は決まっている。

 後から『力』の行き先を変更したい場合は、きちんとそうなるように陣に記述を増やしたり、あるいは減らしたりしなければならない。

 サラディアは戦いながら陣を調整することで照準を変更したり、放つ『力』の種類を上書きしたりして呪術の『前準備が必要な為、リアルタイムで呪術の準備ができない』という欠点を克服しているが──

 無論、そんなものは神業である。だが、その神業を事も無げにこなせるからこそ彼女は今もここにいる。

 

 

「しかしそれって、けっこう薄氷の勝利なんじゃないか? だって敵が『使役してる生物の痛覚も共有できて当然』とか思ってたら、すぐに異変に気付くだろ」

 

「それはないよ」

 

 

 素朴な疑問を口にした便利屋の男に、サラディアはきっぱりと言い返した。

 

 

「だって彼は、『使役』の『属性』の奴隷だったから」

 

「…………、」

 

「これは私の持論なんだけどさ」

 

 

 仕事が終わった直後だからだろうか。

 サラディアはまるで酒を片手にしているかのように、饒舌に語る。

 あるいは彼女にとって、この勝利の余韻こそが酒気にも似た恍惚なのか。

 

 

「『属性』の本質は、異能の方にはないと思うんだよね」

 

 

 『属性』を持つ者は、それに応じた異能を持つ。『使役』であれば他者を操る力、『射出』であれば手の中にある物を撃ち出す力、という具合に。

 だが──『属性』の影響はそれだけではない。

 

 たとえば『謙虚』という『属性』を持っていれば所持者の性格はずば抜けて『謙虚』になる。

 

 たとえば『繁栄』という『属性』を持っていれば所持者の人生は常に『繁栄』を約束される。

 

 このように、『属性』には所持者に異能を授けるものもあれば、性格や運命に作用するもの、そのいくつか、あるいは全てに該当するものもある。

 そうした前提を踏まえたうえで、

 

 

「『属性』の本質は──異能みたいな目に見える影響とは違う、()()()()()()()()にある。きっと『属性』が持つ異能は、その余波を拝借しているにすぎないんだと思う」

 

「話が混線してきたな。だからなんだっていうんだ?」

 

「故・カーマ君の人生も、『使役』に彩られてきたんだろうなってことさ」

 

 

 生まれた時から『一定の時間を過ごした者の意思を操ることができる』能力を持っていた人間が、どういった成長を辿るだろうか?

 ──その答えは、彼が今こうして闇の中で命を落とした時点で見えているだろう。

 だから彼には、『使役した者の痛みも理解できて当然』なんて発想には至らない。『使役』の奴隷だった彼には、使役される者の痛みは決して分からない。

 

 

「……そんなもんかね」

 

「そんなもんなのさ」

 

 

 『離散』のサラディアは、『千手』のカーマという少年の人生をその一言で総括した。

 それで、彼女は一人の少年の人生を完全に過去のものとした。

 

 

「じゃあ、今回も帰──」

 

「いや、まだだ」

 

 

 カッ、と。

 いつの間に取り出したのか、サラディアは木に血炭筆を強くぶつけてそう返した。

 

 

「なんで私は気付かなかったんだ……? そうだ、最初からおかしかったんだ」

 

「おいおいおいおい、待ってくれ。もう仕事は終わったぞ。まさかここから追加業務なんて言い出すんじゃないだろうな?」

 

「終わってすらいないんだよ」

 

 

 サラディアの表情には、焦燥すら浮かんでいた。

 

 

「複数の『属性』を持つ魔物は稀有なんだ。それをあれだけ集めていたということは、十中八九あの魔物たちは()()()()()()()()()()()()()()()()ってことになる」

 

「……それがどうかしたのか? 奴らは複数の『属性』を魔物に組み込んでいた。それだけの話じゃないか?」

 

「ならどうして一匹の魔物に属性を三つも四つも組み込まなかった? 三人のソロより一人のトリオ。これはこの界隈じゃ常識だよ。魔物だってそれは同じだ」

 

「…………、」

 

 

 断言したサラディアに、便利屋の男は言葉を失った。

 それくらい、サラディアの指摘が的を射たものだったということもある。

 

 

「『千手』のカーマは確かに『使役』の奴隷だった。でも、彼は同様に()()()()()()()()()だったんだ。少なくとも『属性簒奪』をナイフに付与し、魔物に『属性』を植え付ける研究をしている程度には、彼らは全員呪術師だったはずなんだよ」

 

 

 それは、彼の人生を総括したからこそ気付ける矛盾だった。

 『使役』の奴隷であっても、彼の人生はそれだけじゃない。『使役』という基盤に支配される形ではあるが、その範疇内で彼なりの人生が展開されていたはずなのだ。

 だからこそ、カースド系組織の中核というポジションに辿り着いていたはずなのだから。

 

 

「そして、呪術師ってのは根本的に研究者だ。人工的に属性を増やした魔物を作ったとして──『二つ』が出来たら次は『三つ』。それが研究者たる呪術師の常道だ。呪術師ってのは基本的に合理性を無視してでも自分の興味を追究したがる生き物だからね。なのに『デュオ』の魔物があれだけ量産されていたのはおかしい」

 

 

 戦略的な矛盾。

 

 道義的な矛盾。

 

 この二つの矛盾が示すのは──

 

 

「つまり彼らの使っていた技術は、彼ら自身が開発したものじゃない可能性がある」

 

「どういうことだ。技術供与を受けていたってことか?」

 

 

 便利屋の男は半ば頭を抱えるようにしながら、

 

 

「おいおい、結社の人間は全滅だろう? 技術供与を行っていた黒幕を潰さない限り今回のオーダーである『再開発の邪魔をする馬鹿を始末しろ』が未完了じゃあないか……。今から当てのない長期調査なんて御免だぞ……俺は便利屋じゃないんだ」

 

「便利屋じゃん」

 

 

 適当にまぜっかえしながら、サラディアは憮然としてしまった便利屋の男に向かって続ける。

 

 

「それに、全く当てがないわけじゃないよ」

 

「どういうことだ?」

 

「敵の本拠地」

 

 

 サラディアはぴっとひときわ長いラインを木に引き終えると、くるりと手の中で血炭筆を回転させて言う。

 

 

「カースド系の組織は基本的に研究者の集団だ。そこに行けば、確実に奴らの研究成果を掴むことができるはずさ」

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

03_無敵の失墜 DEAD-END

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 というわけで、サラディアは『結実新世』だった肉塊の山を後にして、森を散策していた。

 散策──といっても彼女たちの歩みに迷いはない。というか、主にサラディアが迷わず進んでいた。

 前を歩くサラディアの背中を見ながら、便利屋の男は感心したように呟く。

 

 

「随分慣れた動きだな」

 

「このへん、地元でね」

 

 

 サラディアは振り向かずに言った。

 便利屋の男からは、彼女の揺れる亜麻色の髪ばかりが見えるだけで、表情を窺い知ることはできないが──

 

 

「地元? 元騎士領がか? てっきり『下流(スラム)』の出身かと思ったが、意外に中流出身だったんだな」

 

「アンタ、そういうとこ直さないとお嫁さんもらえないよ」

 

 

 しれっと失礼なことをのたまう便利屋の男に言葉の刃を突き立てたサラディアは、特に気にする様子もなく歩を進める。

 

 

「ま、そういうわけだからこのへんの森は子供の頃よく遊んでいたのさ。お陰で勝手知ったるなんとやらというわけだね」

 

「なるほどな……」

 

 

 納得しながら頷き、

 

 

「確かに疑問ではあったんだ。お前の戦闘センスがいかに高いとはいえ、初見の地形で敵を狙った位置に誘導できるのは妙だとな。あらかじめ土地勘があるなら納得だ」

 

 

 そして──と便利屋の男は続ける。

 

 

「このあたりの土地勘があるということは」

 

「そ。この先に石造りの小屋がある。元騎士領の森の中で隠れ家にするなら、あそこが一番いいだろうね。私も子供の頃あそこを隠れ家にしていたから」

 

「お前の子供時代とか、全く想像ができないけどな……」

 

「失敬だね。私にだって子供時代はあるよ。それはもう純真で疑うことを知らない優しい子供で……」

 

「嘘つけ」

 

 

 仰々しい動きで身振り手振りを付け加えながら、くるりと向き直ったサラディアの言を、便利屋の男はばっさりと切り捨てる。

 つれない返答に肩透かしを食ったのか、サラディアはかくりと体勢を少しだけ崩して見せる。後ろ歩きしながらなので、何気に器用な動きなのだった。

 

 

「お前に限って純真とかありえないだろ。齢五にして人殺しになってそれ以降無敵の名をほしいままにしてるとか言われたって疑わないぞ、俺は」

 

「そんなことないって分かってるくせにぃ」

 

 

 拗ねたように口を尖らせながら、サラディアは前方へ向き直る。

 それで、無駄口は終わった。何故か?

 

 

「ほら、見えてきたよ」

 

 

 彼女たちの目の前に、目的地でもある石造りの小屋が見えてきたからだ。

 

 

「あそこで連中の研究レポートを漁って黒幕を見つけて始末すれば任務終了さ。よかったね、ゴールが見えてきて」

 

「まったくだ……。どうなることかと思ったが、無事に終わりそうでよかったよ」

 

「何事もなければの話だけどね」

 

「………………」

 

 

 緩みかけた空気が一気に緊張感を取り戻したのは言うまでもない。

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

「どうだい? 調査の方は」

 

 

 ギィ、と。

 

 安楽椅子に深々と腰掛けながら、サラディアはゆっくりと寛いでいた。

 安楽椅子は大分使われていたらしく、足の部分が接地している床は少しすり減って凹みになっていた。

 手慰みのように血炭筆でそのひじ掛けを叩いているサラディアに、便利屋の男は呆れながら言い返す。

 

 

「お前も手伝ってくれればもう少し早く終わるんだがな」

 

 

 隠れ家の中は、呪術師集団のアジトらしく様々な本や魔物の体液、良く分からない干物が散乱している。

 この中から目当ての情報を獲得するだけでも至難の業なのだが、安楽椅子に腰かけてゆったり夢見心地のサラディアはそんな便利屋の言葉を鼻で笑う。

 

 

「冗談。アンタ便利屋でしょ? 戦闘は私が全部やったげたんだから、こういうところでくらいお仕事しないと」

 

「俺は監督役なんだがよ……!」

 

 

 とはいえ、この地獄において強者たるサラディアの言うことは絶対である。便利屋の男は泣く泣く一人での孤独な調査を実行する。

 悲しくなるくらい立場の低い男であった。

 

 と、そんなふうにこの世の格差を体現していた調査風景だったのだが──やがてそれにも終わりが訪れる。

 

 

「…………妙だぞ」

 

 

 最初に声を上げたのは、調査と並行して掃除も進めていた便利屋の男だった。

 既にひじ掛けを真っ赤にする勢いだったサラディアが、その声に応じて立ち上がる。

 

 

「どうしたのさ」

 

「ないんだ」

 

 

 便利屋の男の回答はシンプルだった。

 

 

「研究データが、ない。……いや、データ自体はあるんだ。だが、『魔物に属性を植え付ける研究』に関するレポートが一切存在していない。……『使役』の運用方法や、『使役』の能力を第三者でも再現できるかどうか、という研究ばかりだ」

 

「なるほど、連中の本質が良く分かる研究だね」

 

 

 つまり、『結実新世』は歪み始めていたのだろう。

 

 最初こそ属性の遺伝を研究し、そして『遺伝する属性』を生み出すことで世界に蔓延る格差を少しでも埋めようとしていた。

 だが、その方策として『使役』を持つ『千手』のカーマを組織の中枢へ迎え入れたことにより、変質した。

 魔物を効率よく操り交配を促進する為だったはずの『使役』がいつしか組織運営に欠かせないものとなり、最終的に『使役』を研究する為の組織に──カーマに『使役』されるだけの奴隷へと成り下がってしまっていたのだ。

 

 

「だが……これではそもそも論が通らない。技術供与を受けていたのだとしたら、最低でも『マニュアル』くらいは残っていないとおかしいだろう?」

 

「機密保持のために処分したとか?」

 

「考えられない。『マニュアル』だぞ。『使役』の研究しかしていない集団が供与された技術のマニュアルを破棄するなんて現実的じゃない」

 

 

 それに、と便利屋の男は付け加える。

 

 

「そもそも、属性珠がない。連中が技術供与を受けていたなら、最低限魔物に組み込むために使った属性珠やそれを植え付ける術式の痕跡がないとおかしいだろう」

 

「……確かにね」

 

「極め付きはこの研究日誌だ。なんて書いてあると思う?」

 

 

 便利屋の男は一枚の紙を指でつまみ上げながら、

 

 

「『この森は素晴らしい。デュオの魔物がこんなに大量にいるなんて考えられない。きっと何か特殊な生態系があるのだろう。今日からここを拠点として研究を行うことにする』」

 

「………………」

 

「……属性を植え付ける研究なんて、コイツらは最初からやっていなかったんだよ。此処にいた魔物たちは、最初から属性を付与されていたんだ」

 

「……馬鹿な。そんなはずはないよ。私が子供の頃にデュオの魔物なんて領内には存在しなかった。これは間違いない」

 

 

 サラディアの表情から、初めて遊びの色が失われる。

 

 

「…………とすると……」

 

 

 サラディアが指を顎に沿えて思案を始めた、

 

 

 ちょうどその時だった。

 

 星全体が震撼するような轟音と共に、石造りのハズの隠れ家の天井がまるで薄板か何かのように突き破られる。

 そして同時に、先ほどまでサラディアが深々と腰掛けていた安楽椅子が何者かによって踏み砕かれた。

 

 

「……チッ! 最悪のパターンだ!」

 

 

 血炭筆を振り回して近場の壁に陣を描きつつ飛んできた木片を『離散』させながら、サラディアは悪態を吐く。

 彼女の横顔からは、『千手』のカーマ相手に見せていた余裕は既に失われていた。

 

 

「……三つ、四つ…………いやまさか…………五つ?」

 

「何の話だ!?」

 

「『属性』の話だよ!」

 

 

 叫びながら、サラディアは便利屋の男の腕をつかみながら壁に突進する。

 ぶつかる一秒前に壁を『離散』させたサラディアは、そのまま致死圏内である隠れ家の外へと逃れた。

 

 

「……………………」

 

 

 そうやって一旦距離をとったところで、ようやく下手人の全貌が見えた。

 

 

 ────辛うじて、ヒトであることは分かる。そんな異形だった。

 

 

 隆々に盛り上がった上半身が人間離れしているから、ではない。

 彼の肉体は、既にヒトである部分を探す方が難しい有様になっていた。

 上半身は獣の皮で覆われ、一部は液状化し、破れた衣服から覗く下半身は鱗に覆われている。

 そんな有様を見たサラディアが彼のことを魔族──意思を持つ魔物と断じなかったのは、その特徴のちぐはぐさもさることながら、彼の顔面の右半分が、自分のものと同じ肌をしていただったからだ。

 

 あまりにもヒトからはかけ離れた怪物に、サラディアは思わず肩を竦める。

 

 

「…………やれやれ。黒幕の『作品』かねあれは。最高傑作だったら助かるんだけど」

 

「そっ、それより!? 五つってどういうことだ!? まさか……あの化け物、クインテットの人間だっていうのか!?」

 

()()()()()()()()()()

 

 

 人類が備えることのできる『属性』の数には、上限が存在する。

 一つならばソロ、二つならばデュオ、三つならばトリオ、四つならばカルテット、五つならばクインテット──そして人類が持てる『属性』の上限は、現在確認されている限りでは『クインテット』であった。

 しかし──

 

 

「それでも、あれだけ人間やめた『クインテット』は見たことないけどね」

 

 

 それでもなお、目の前の現象は異常だった。

 

 確かに、『属性』の中には所持者の見た目を変えるものも存在している。

 たとえば『獣』の『属性』を持つ者は見た目や生態まで『獣』の要素を帯びた新生物──獣人となるし、魔物の『属性』を与えられた者はまともな人間ではいられない。

 たった一つでそれなのだ。肉体を変化させるほどの『属性』を複数埋め込まれたなら、当然ながら死ぬ。

 にも拘らず、あんな状態で生きて動いていること。もっといえばサラディアに対する刺客として送り込まれたこと。これが既に異常事態だった。

 

 

「どうする!? 逃げるか? さっき安楽椅子に書いていた陣は!?」

 

「焦るな便利屋。既に撃ってあるよ。『光』にして相手の目にぶち込んだ。……もっとも、まるでコーヒーにミルクを溶かしこむみたいにあっさり打ち消されたけどね」

 

「な…………!!」

 

 

 あの一瞬で、木片に対する防御を展開し、石造りの壁を破壊しながらも抜け目なく攻撃を繰り出していたサラディアももちろんだが──件の化け物はそれすらもガードしていたという事実。

 規格外の領域であると体感させられる状況に、便利屋の男は思わず息を呑む。

 

 

「でもまぁ、本命はまだこれからなんだけど、ね」

 

 

 言いながら、サラディアはゆっくりと口角を吊り上げた。

 

 ずっと、手慰みに血炭筆で描き続けてきた。

 

 サラディアは心のどこかで、こういう状況になることを覚悟していた。つまり、まだ見ぬ黒幕が現れ、彼女の命を狙ってくるという最悪の事態を。

 そしてそれに対し、対策も講じていた。

 

 ずっと、手慰みに血炭筆で描き続けてきた。

 

 何を? ──当然、陣を、だ。

 

 隠れ家での襲撃を予見して、それに対抗するために道中精密な調整を続けてきた──今日一番の一撃。

 

 

「便利屋」

 

「……あ?」

 

「『離散』のサラディアは、無敵だ」

 

 

 断言し、

 

 

「………………了解」 

 

 

 便利屋の男が泣きそうな顔で頷いた、

 

 次の瞬間。

 

 

 

 

 音が消えた。

 

 光が消えた。

 

 何もかもが、消し飛んだ。

 

 

 

 

「…………っっっっ、ぐあァァァああああああああああ!?!?!?!?」

 

 

 前もって覚悟し目と耳を覆った便利屋の男だったが、それでもなお、眼球の奥に突き刺さるような痛みと、鼓膜を貫通する不快感で一瞬気絶しそうになった。

 

 

「……あ、ああ…………?」

 

 

 五秒。

 たったのそれだけで立ち直った便利屋の男を褒める人間こそあれど、責める人間などこの世にいないだろう。

 やっとの思いで状況を認識した便利屋の男は、そこで自分が数メートルも後方の茂みに吹き飛ばされていることに気付いた。

 これ幸いと、彼は茂みの中からサラディアが先ほどまでいた場所を伺ってみる。

 

 

 そこには、()()()()()()

 

 石造りの隠れ家も、木々も、地面に生える草葉も、何もかもが消し飛んでいる。そんな空間が、前方二〇メートルに広がっていた。

 地表だけを無傷で残し、その上にあるものだけを跡形もなく消し飛ばす──それがサラディアの『血脈散華』による最大出力だった。

 光、熱、雷、そして純粋な『力』。あらゆる種類の力を複合化した塊を叩きつけるのだ。正直、余波だけで便利屋の男が死亡していないことにさえ疑問が生じるほどの威力だった。

 

 そんな、滅亡の始点で。

 

 

 

 

 

 女の死体が、転がっていた。


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