エーリッヒ・フォン・モンシュタインがその『問題』に気づいたのは、あるいは彼の名を世界に轟かせることとなった、あの『セバスチャン・ト・ホリ要塞攻防戦』のときだったかもしれない。
その第一段階、半島付け根の地峡部に構築された連邦軍の防衛線を突破するにあたり、彼は指揮下の第11軍はもとより、東部軍南方集団からもあらゆる火砲をかき集めた。
「かき集めた」、と言うことは不足していたという事であり、それで集まった火砲の数を聞いた時の彼の反応が、これである。
「これだけなのか、本当に?」
「恐れながら閣下、これほど、と評すべきかと」
その数、野砲だけで400門。突撃砲も加えれば、その数は550門に達し*1、当時の帝国陸軍において、これほど大量の砲を集めたところはなかっただろう。だが。
「そうは言うが参謀長。そのうち
…いや、それが問題だというのではないぞ?それほどの鹵獲品があってなお、400門しかないというのが問題なのだ」
なるほど集まった数は多く、それゆえに参謀長は失念しているようだが、一個の軍が、それも南方集団の助力を受けて、集まったのが
他戦線に影響がないように配慮したとは言え、この倍は集まると踏んでいたモンシュタインにとって、あまりに大きな誤算だった。
「この先の地峡は十分突破できるだろう。だが、その先が問題だ」
『黒海の不沈空母』とも称される大要塞。
分かっているだけで700門の野砲、2,000門の迫撃砲と機関銃が地下連絡通路で連結されたトーチカと塹壕陣地に据え付けられており、それらを含む防衛線が都市外周部を三重にわたって取り囲むさまは、まさに『難攻不落の大要塞』の名に相応しい。しかも、その最奥部に鎮座しているのは――
「マキシム・ゴーリキーの30.5センチ連装砲は射程40,000メートルを超えるという。それに対するこちらはブルームベアの切り株のような20.3センチ砲が最大だ。これでどうやって
そこで、彼はふと思い出す。
◇――◇――◇ ◇――◇――◇
――過日の帝都は陸軍大学校。
その図書室の一角で、うんうん唸る少女の姿があった。
本来、静粛を保つべきその空間で少女の奇行が黙認されているのは、間違いなくその正体ゆえであろう。少し離れたところで調べ物をしていた陸軍大学第百期首席、エーリッヒ・フォン・モンシュタインはそう踏んでいた。
『コーデリア・フォン・アルレスハイム』
名簿ではそのように記載されているし、そのように紹介された少女だが、しかし、12騎士に選ばれる程の面々から言わせれば、とっくの昔に正体は露見していた。
「…アルレスハイム大尉。何を悩んでいるのか知らんが、ここは図書室だぞ?」
「ん?…あぁ、すまない。声に出ていたか?」
「ウム。大分前からな」
「なんと、それは申し訳ない。悩み多き年頃でして、ご寛恕いただけると幸いだ」
「………」
「何故そこで渋い顔をする?」
「貴官の座右の銘、忘れたとは言わせんぞ」
「『他人の不幸、とりわけ真面目な人間が道を踏み外す瞬間など悦楽の極み!』、何か問題でも?」
「…駄目だこいつ、早く何とかしないと…!」
――後に帝国最後の皇帝となるその少女は、しかしこの時すでに歪んでいた。一周回って
「我ながら参謀将校の真理を表す名言と自負しているのだが」
「貴官は今すぐ全世界の参謀将校に謝ってくれ」
流石は入学早々の戦技研究で、教官ですら顔を顰めるほど悪辣な回答を示しただけのことはある。アルレスハイム学生の渾名が一瞬で『謀将』と決まったあの瞬間を、モンシュタインはきっと忘れない。
「もういい…それで何を悩んでいたのだ?」
「うむ、実は先日発布
「…君、最早隠す気がないな?」
『武器規格統一令』
それはつい先日、皇太女ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルンの名で以て公布された、帝国の陸海空全ての武器に関する勅令。
――ついでに言えば、事前に陸軍大学第百期生一同にゼートゥーア教官から「研究課題」として示され、学生らから「このくそ忙しい時期に何で…」と嘆かれた案件でもある。…後日、自分たちが軽く討議していたそれが『勅令』となって現れ、多くの学生が卒倒した。もっとも、モンシュタインはじめ成績上位者は薄々感づいていたが。
「今更だろう?それに公言したが最後、不敬罪が待っているのだが?」
「…あっ」
「『稀代の謀将』、『諸悪の根源』、『
「…聞いたことがない戯言だな。貴官が何を言っているのかさっぱり分からんよ、
「ふふっ、全く同感ですな、モンシュタイン大佐殿」
――話を戻せばこの当時、帝国陸軍の備砲口径は、やはりと言うべきか、極めて多種多様な状態にあった。
『
そう言えば聞こえは良い(?)が、アルレスハイム大尉の中の人が危機感を覚える事態は着実に進行していた。
あるいは帝国の成立過程にもその一因はあったかもしれない。
例えば15センチクラスの場合、西部では「155ミリ」が主流で、これが帝都あたりになると「149.1ミリ」になり、そして東部国境に近づくと「152ミリ」となるのだ。…どう見ても、ライヒが帝国として統一される以前の名残である。
「…仕方ない。強権発動するか」
かくして、「武器規格統一令」が発布されるに至る。
そこにおいて、陸軍が用いるべき主力火砲の口径は原則3種類、88ミリ、120ミリ、そして155ミリとされた。それ以外のものは原則として新規開発を認められず、海軍または空軍との共同開発、共通化がある場合のみ許可された。
具体的に、まずは88ミリ、8.8センチ口径について見ていこう。
言うまでもなく、「56口径8.8センチ高射砲」「72口径8.8センチ対戦車砲」に採用された高初速カノン砲の口径である。
これは、当時乱立していた各種大口径高射砲を一元化することを目的にスタートした。と言うのも、このころは丁度軍用機が複翼機から単翼機へ移行しつつある時代、つまり性能が飛躍的な進化を見せる時期にあたり、各国とも「高射砲に求められる性能」を模索している時代だった。
すなわち威力、射程、旋回及び俯仰の速度、その全てにおいて、誰にも正解が見通せなかった時期であり、帝国もまた御多分に漏れず57ミリ、75ミリ、88ミリ、105ミリ、120ミリ、127ミリ、128ミリ、130ミリと色々と作ってみては改造を施したりして、最適な高射砲を暗中模索している時代だった。
ゆえに、「75ミリ以下に威力と射程で優越し、105ミリ以上より発射速度、全体重量で優れる」という理由で問答無用に採択された88ミリ口径は、種類の多さに辟易していた運用部隊にすんなりと受け入れられた。
…付け加えると、「手始め」に作られたハズの56口径8.8センチ高射砲が、「なぜか」、それまでの試作品の数々を一瞬でガラクタに変えるほどの高性能を実現してしまったのも大きいだろう。
「そう言えば気になっていたんだが、どうして最初から『56口径8.8センチ』と指定できたのかね?航空魔導師だからか?」
「…まぁそういうことにしてくれ」
なお、後に88ミリ口径のラインナップには『迫撃砲』が追加されるのだが、こちらは「同じ口径なら生産治具も少しは共用できないか?」程度の理由で開発された――そして、言うほど共用できなかった――歩兵用火力なので、ここでは取り上げない。
次に120ミリ、すなわち正12センチと行きたいが、…これは少々厄介なので、先に155ミリ、15.5センチのほうを先に見ていくこととしたい。
先ほども軽く触れたが、この口径には色々と種類が多い。
陸上部隊が運用できるほぼ上限の口径と言うのもあるだろう。ゆえに帝国軍技術廠は理想を追い求め、恐ろしいほどのレパートリーを取り揃えるに至る。
具体的に見ていこう。『牽引しての野戦運用を前提にしたもの』で140ミリに149.1ミリ、152ミリ、155ミリ、173ミリ、180ミリ、200ミリ、203ミリ、211ミリ、238ミリ。これに『設計時点では想定していなかったが、実戦で野戦運用出来たもの』を加えると、その上限は聞いて驚け420ミリに達する!…その間に何種類あるかなんて、考えるだけでもお腹いっぱいである。各自検索してくれたまえ(哀願)。
そういった多種多様な砲を155ミリ、つまり15.5センチに統一するにあたっては、大きな抵抗が…意外にも無かった。
と言うのも陸軍参謀本部戦務局に言わせれば、「あまりに種類が増えすぎ、弾薬の種類とその超重量が兵站への過剰な負荷*2となっている」。
作戦局に聞いてみれば、「特に200ミリ以上となると重量過大で『野戦運用』とは名ばかりの有様。かつ『どの部隊がどの砲を運用しているか』を一々把握しないと作戦立案が困難*3なため、参謀本部作戦課に『帝国陸軍砲兵隊及び運用砲と諸元一覧』なる百科全書が配架される始末」
実際に運用する師団砲兵に意見を聞けば、「経験的に、野戦運用できる人力装填火砲の上限は155ミリ。それ以上は要塞等での固定砲台化、機械装填を推奨する。…正直腰がやばい」。
どうやら威力と射程、用途に応じた性能を欲するあまり、使い勝手をいつの間にか忘却していた、というのがこのクラスの実状であり、一部の大砲屋――列車砲派閥――を除けば、155ミリ口径への統一はすんなりと受け入れられた。
「とは言え、射程が短くなるのは困るぞ」
「ならば
「ふむ、それならば反発も少ないだろう」
このように、概ね順調に規格統一を果たした88ミリ口径と155ミリ重砲であったが、それらとは逆に、全く上手くいかなかったのがその中間を占めるべき120ミリであった。
……いや、言葉を飾っても意味がないのではっきり言ってしまおう。
120ミリ榴弾砲の開発に、帝国は完全に失敗した
その代わりに、ついに帝国の落日までこのクラスを代表し続けることとなる砲こそ、かの有名な軽榴弾砲、「28口径10.5センチ榴弾砲leFH15」。
アルレスハイムの中の人ですら駆逐できなかったその砲は、一体どれほどの高性能だったのだろうか?
驚きの大威力? ――否、口径相応の破壊力である。
目を見張る長射程? ――否、むしろ控えめな部類である。それどころか射程不足が当初から懸念されており、長射程の「52口径10.5センチカノン砲sk18」が用意されていたくらいである
…では、一体何がこの砲を、
その答えは、この砲を目の敵にし、ついに挫折したコーデリア・フォン・アルレスハイムのぼやきに表されている。
「――つまり、『This is 最高に 丁度いい
「その言い回しはよく分からんが、まぁ、そうなるな」
10.5センチとしては平凡な威力。――しかし、それは仮想敵国たる共和国の主力野砲、7.5センチ榴弾砲よりは大威力であることを意味する。射程もまた、同様に開発時期においては必要十分な性能を誇っていた。
そして何より重要だったのは――
「知り合いに言わせると『機動的運用が出来る上限の重量』だそうだ」
――戦闘重量1,985kg
それは、
「ハッキリ言われたよ、『口径12センチでも構わないが、重量を増やさないことが条件。むしろ軽くしてほしい』と」
「それはまぁ、相当な無理難題だな」
そもそも大砲の重量を決めるものは何か?
勿論、様々なファクターがあり、一概に言えるものではないが、もっとも根本的な要因となるのは、何と言っても『飛ばす砲弾の重さ』だろう。なんとなれば、より重たい弾丸を同じ距離飛ばそうと思えば、当然装薬を増やすことになる。そしてその圧力、爆発力に耐えるために薬室や砲身は肉厚になり、反動を受け止める砲架も強度を上げるために強固になり、当然大きくなる。
「ある技術士官が言うには『10.5センチ砲と同等の軽量弾ならば、12センチ口径であってもさほど重量は増えない』らしい。…確かにその通りだ。だが――」
――これがどこぞの第三帝国だったら、その通り造ってしまったかもしれないが、幸いなことに彼女は冷静だった。
「……それ、10.5センチとどう違う?」
「全くだな。ついでに作戦部として言わせてもらえば、
「なるほど突撃砲か…。待て、そういえば最近上申が上がってきたソレ、確か…」
「ああ。主砲に件の10.5センチ榴弾砲を提案しておいた。発案者は私だ♪」
「この裏切り者ォ!?」
この時のアルレスハイム中佐の胸に去来したのは、ただただ、信頼していた同期首席に裏切られたという絶望のみであった。
ともあれ、結局『統一令制定以前に量産配備が済んでいたから』と言うことで10.5センチ榴弾砲は例外として認められ、帝国陸軍砲兵隊は皮肉にも西暦世界同様、10.5センチ榴弾砲と15.5センチ榴弾を携えて大戦へ突入することとなった。
――故に、苦難もまた、西暦世界同様に彼らの前に立ち塞がったのである。
「裏切りとは人聞きが悪い。人を何だと思っているんだ?」
「
「…やけに具体的で怖いのだが?」
そのやけに具体的な人物評が的中する日が来ることを、当時のモンシュタインは知る由もなかった。
◇――◇――◇ ◇――◇――◇
「…つまり、アルレスハイム大佐の懸念通りという訳か」
セバスチャン・ト・ホリ要塞。ついに攻略を果たしたその司令室で、エーリッヒ・フォン・モンシュタインは紫煙を吐き出す。
「閣下、そのアルレスハイム大佐と言うのは…?」
「……参謀本部
――射程に劣る榴弾砲は、その任を全く果たしえない。
その懸念を認めつつも「心配し過ぎである」とか、あるいは「機動性の向上で対処できる」と、自分たちはどこか軽く見ていたのかも知れない。同期の韋駄天戦車狂にいたっては、『そもそも電撃戦において、入念な準備射撃など、敵にこちらの攻勢意図を知らせる意味しかない』と切って捨てたほどである。
――だが、その見通しが甘かったことを、帝国陸軍の将軍たちは身をもって思い知らされることとなる。
最初の誤算は、意外にも早く訪れた。
対共和国線劈頭、帝国陸軍砲兵隊は措定外の事態、すなわち「共和国軍砲兵隊に先手を取られる」という事態にしばしば陥った。
「連中の射程内だと!?」
「くそっ!エスカルゴの新型だ!急いで反撃するぞ!」
――Canon de 105 modèle 1921
フランソワ共和国が当時配備を進めていた新型カノン砲であり、その射程は12,300メートル。…当然と言えば当然だ、共和国と帝国は長年、互いを仮想敵国としてきた。と、なれば、帝国軍主力榴弾砲に勝る兵器を量産配備するのは、当然の帰結だった。
これに対し、帝国は先に出ていた52口径10.5センチカノン砲sk18で対抗しようとした。これならば射程19,000メートルを誇るから、共和国軍を射程外から一方的に痛打できると考えたのだ。――重すぎて、ライン戦線に全く不向きという事に目をつむれば、だが。
「良いかね諸君、なるほどクラウツの新型は強敵だ。しかし案ずることはない。ヤツは重すぎて俊敏には動けない。つまり我々魔導師からすれば良いカモでしかないのだ!」
――捜索魔導中隊
ライン戦線において、共和国が多数投入した魔導兵科の運用単位であるそれは、元々そう言った「カモ」を捜し出し、即座に破壊することを目的としていた。勿論、その他の重要目標や帝国軍魔導師を狩るのも任務の一つ。このころの帝国陸軍は魔導師を主に観測手及びその援護任務に割り当て、小隊単位で投入することが多かったから、「中隊」という単位で投入するという共和国の戦術は、実に理にかなっていた。
「砲兵隊より緊急!『我砲撃ヲ受ク。敵座標ヲ示サレタシ!』」
「くそっ!こっちの魔導師は何をしている!?」
「敵魔導師に拘束され、観測続行困難と!」
「泣き言を言っている場合か!早く敵砲兵陣地を割り出させろ!」
互いに相手の砲陣地を破壊し、敵陣地を吹き飛ばすべく魔導師を上げ、魔導師が殺し合い、砲弾とともに魔導師
勿論、帝国が無策だったわけではない。戦前から研究されていた『10.5センチ榴弾砲の機動運用』、それを適用することで、問題なく戦闘を継続できる「ハズ」だったのだ。
「時間です中尉殿!突撃時刻です!」
「待て曹長。友軍の援護射撃は?まさか先程ので終わりか!?」
「ですが中尉殿、隣の部隊は突撃を開始しております!」
「…シャイセッ!我に続け!突撃ィー!」
機動運用、と言えば聞こえは良いが、その実態はヒットアンドアウェイ。
敵の反撃が来る前に陣地転換をしなければならないから、当然、撃ち込める砲弾の数は減少する。
これが現代の「2分以内に展開、射撃、撤収を完了することを最初から想定した設計」の野砲なら話は違うが、当時の帝国に、否、世界中どこを探しても、そんな夢のような大砲は存在しなかった。
しかも、そのように運用を工夫しても、10.5センチ榴弾砲の損害は増え続けた。
「反斜面陣地だぞ!?なぜ即座に反撃を受ける!?」
「魔導師です!共和国魔導師が雲の上に!」
「くそッ!煙幕を増やせ!友軍魔導師に救援要請!!」
ライン戦線中盤以降、帝国軍部隊の装備に変化が生じるのは、こういった経過からだった。
すなわち、砲兵を当てにできない歩兵部隊は従来からの4.7センチ迫撃砲に変えて8.8センチ迫撃砲を多数導入し、砲の補充が間に合わなくなった砲兵は、やむなく12センチ迫撃砲を使い始めた。
――そこで彼らは気づいてしまった。
なるほど、迫撃砲は射程が短い*4から敬遠していたが、そもそも観測にあたる魔導師が足りず*5、遠距離射撃はほとんどする機会がない。
…となれば、遠距離から敵を叩けない以上、砲兵に求められるのは短時間でも多くの弾を敵陣地に投げ込むことであり、これには迫撃砲が適していた。
何しろ10.5センチ榴弾砲で毎分6発がせいぜいのところ、迫撃砲なら12センチでも毎分10発、8.8センチに至っては条件次第で25発も撃てるのだ。
「――加えて、塹壕ならば敵の攻撃を受けにくい。陣地移動も通常の野砲に比べて極めて容易だからな。前の装備に戻れんよ」
「羨ましい限りです少佐殿。我々はここから飛び出して敵陣に突っ込まなければならんのですが…」
「それはなんとも気の毒な事だ…。お詫びに煙草などどうかね。先ほど届いたばかりで湿気ってないぞ」
「有難く頂戴いたします…。あぁ、うまい。…泥の味のしない煙草など、いつ以来でしょう…」
歩兵部隊との連携の取りやすさなど、語るまでもない。なにせ同じ塹壕で、煙草の火を分け合っているのだから!
――続く対連邦戦は、より悲惨だった。
正確には、序盤は極めて順調だった。
何しろ開戦劈頭の連邦軍には魔導師もいなければ、書記長による大粛清の結果としてまともな将校も少なかったから、帝国軍は連戦連勝を積み重ねた。
確かに開戦劈頭の大規模攻勢、特にティゲンホーフ攻防戦に見られるような帝国側が劣勢に立たされる局面もしばしば起こっていたが、少なくとも「砲兵は仕事が出来た」。
そのことは、
このことから分かる通り、帝国砲兵と10.5センチ榴弾砲はその任を全うしていた。連邦側に魔導師がおらず、そして搬送の遅れから、長射程の砲がついに届かなかったというのが原因だった。
その後もしばらくの間、正確には『東部電撃戦』と呼ばれていた間、帝国軍は常勝無敗だったし、砲兵にも目立った損害はなかった。…それどころか、大量に鹵獲した連邦製各種野砲を扱う人員の不足に泣いていたほどである。
「ほら見ろ!準備砲撃なんて必要なかったんだよ!!」
「…人がどれほど空軍のケツを蹴り上げたと……!」
「殿下、お口が悪いですぞ」
――だが、その幸運も長くは続かなかった。
冬の厳寒期が帝国軍の進撃を困難なものとし、雪解けの泥濘が連邦西部を飲み込んでいる間に体勢を立て直した連邦軍は、気づけば恐ろしい敵に進化を遂げていた。
「PAKフロントだと?間違いないのか?」
「ハッ!偵察小隊が確認しました。その他にも機銃陣地、塹壕、鉄条網に地雷原らしきものを複数視認したとのこと」
「ちっ!連邦め、真似しやがったな!」
後年、多くの戦史研究者が『連邦軍は帝国軍によって錬成された』と口を揃える事態が、この時すでに進行していた。交戦各国の中で最も多くの血の束脩を納めた連邦は、であるがゆえに、帝国のやり方を模倣することすらためらいなく実行した。
…いや、単なる模倣だったらどれほど良かったことか。
「…何だこの陣地帯は…!」
司令部偵察機によって撮影された偵察写真に、そう絶句した帝国軍指揮官は一人や二人ではない。
大規模な塹壕、地下壕、鉄条網、地雷地帯、砲兵陣地、機関銃陣地、PAKフロントを組み合わせた防衛陣地『帯』。それが連邦軍の標準となりつつあった。しかも、呆れたことにその奥行きは数キロ単位に及び、もはや従来の電撃戦ではその戦線を撃ち破ることすら困難であった。
「なるほど、それで中央に戻ってきて早々、『突破用重戦車』なるものを推進するわけだ。『厚い皮膚より早い脚』といっていた、あの韋駄天ハンスが!」
「戦車の大集団による機動突破作戦。既存の戦車では、もはや不可能だからな」
「その前に『長射程の重砲で耕す』って方法を何故思いつかないのかね」
「それができる野戦重砲があれば苦労しない。…いや、アルレスハイム大佐にはそれこそ釈迦に説法だったか」
「だからせめて52口径カノン砲に更新しろと言っていたんだがねぇ…」
この時期以降、帝国軍が積極的な侵攻作戦をほとんど実施しなくなったのにはそういう事情もあった。
――だが、こちらが侵攻作戦を放棄したとしても、体勢を立て直した連邦軍は極めて脅威的だった。
特にその洗礼を受けたのが帝国軍砲兵部隊だったろう。この時期の帝国軍砲兵隊の自虐に、こんなものがある。
『汝連邦軍を撃つとき、連邦軍もまた、汝を射程に収めているのだ』
これは攻勢、守勢どちらの場合であっても関係ない、物理的事実だった。
そして、むしろ守勢のときのほうが損害は深刻だった。なにせこちらの砲撃が届かない段階で、事前の偵察――現地民やスパイの利用も含まれる――で把握した帝国軍砲兵陣地に、76.2ミリから152ミリまで、連邦軍ご自慢の大規模砲撃が突き刺さるのだ。
「退避急げ!」
「畜生!泥濘にはまった!!!」
「こっちは車軸が折れた!」
「…くそっ!総員砲から離れろ!退避!」
10.5センチ榴弾砲は、最初の夏を迎えるまでにその半数が失われたとも言われており、帝国陸軍砲兵隊はその穴を昨年持て余していた鹵獲兵器で賄った。その数が多かったからこそ、この時期の帝国軍は何とかなっていたともいえる。
――故に年を経るほど、状況は悪化する。
解決策として、帝国は10.5センチ榴弾砲をフランソワや連邦で鹵獲したありとあらゆる装軌車両軍用車両に載せて自走砲――全部ひっくるめて「ヴェスペ」と呼んだ。なお、トラックの後ろ半分を改造したものには何故か「シーザー」の名が奉られた――にしたり、重量増を忍んで52口径10.5センチカノン砲への装備転換を図ったが、しかし連邦軍砲兵を圧倒することは終ぞできなかった。
前者はそもそも「射程で負けている」という事実は変わっておらず、後者は後者で、あまりの重量増に機動力の深刻な低下を来した。…最悪なことに、52口径10.5センチ砲の増産配備が軌道に乗ったころから連邦の反攻が始まり、せっかく配備されたばかりのそれらは泥濘にはまり、鹵獲を恐れて爆破処分されるケースが後を絶たなかった。ちなみに15.5センチ砲も似たような状況であり、前線部隊から届く
「…道理で砲が集まらなかった訳だよ。全く」
天を仰いで嘆きの声を上げるモンシュタインだが、彼は知らない。
彼にとっては惨状でも、セバスチャン・ト・ホリを攻略した今の時点ではまだマシな状態だったのだと。
この後本格化する、西方方面への連合軍戦略爆撃により、『迫撃砲しか増えない』と嘆かれる惨状を呈すこととなる。
そんな未来を、当時の彼は知る由もなかった。
しかし、だからこそ彼は『抜本的対策』に乗り出すこととなる。
その成果が「第18砲兵師団」であり、幾度かの遅延を来しながら、統一歴1928年12月に、ようやく実戦投入可能となったのであった。
後半へ~続く
いやぁ、大砲って奥が深いね。それと砲架ごとに名称を変えるの、ちょっとやめてくれませんかね第三帝国サン!