『モンシュタインのバックハンドブロー』
後年、そう讃えられることとなる軍事行動は、しかしその当事者、帝国陸軍第18砲兵師団師団長ゲルハルト・ミュラー少将に言わせるとこうなる。
「…どうしてこうなった?」
典型的な砲兵将校である彼は、であるがゆえに、この時、自身が今から発しようとしている命令に困惑と、諦観と、あるいは達観とも言うべき感情に包まれていた。
――理屈は分かるし、成算も十二分。だが、しかし。
「そう上手くいくのか?」
『一発撃ち込んだら千発撃ち返してくる』
開戦劈頭、参謀本部の
「確かに連中の火力偏重は脅威だが、だとしても言い過ぎだろう」。そう苦笑した軍人ほど、二階級特進していった。
「砲兵の寿命は逃げ足の速さで決まる」
一年も経つ頃には、彼らがそんな苦い冗談を口にしない日はなくなった。
迅速な射撃と事後の陣地転換。
それを出来ない間抜けから順に、連邦軍と連邦の泥濘は帝国軍将兵をヴァルハラへと送り込んだ。そして、連邦の脅威は重砲だけではない。
「警報!敵戦車!」
「友軍は何をしていた!?」
「線」と言うにはあまりに兵の少ない帝国軍戦線はしばしば突破され、連邦軍戦車部隊は我が物顔で帝国軍砲兵陣地を蹂躙した。
「こちらの戦車は!?駆逐戦車は!?」
火消しはいつだって少なく、いつだって遅かった。
今では
そんな苦い経験を幾度となく潜り抜けてきた砲兵将校の一人なればこそ、ミュラーは自分が今ら発しようとしている命令に思わず逡巡したのだが。
「少将、頃合いだ。始めたまえ」
「…ハッ!閣下」
エーリッヒ・フォン・モンシュタイン元帥。
帝国東部軍臨時南方管区司令にして、ミュラー直属の上司。彼にそう言われてしまえば、最早選択の余地はない。ゆえに、ミュラーは命令を下す。
時に、統一歴1928年12月13日 現地時刻午前5時。
およそ半年前の自分ならば正気を疑ったであろう。…否、他の帝国軍砲兵将校が聞いたならば心神喪失を疑うであろう、その命令を。
「目標、連邦軍機甲師団!
◇――◇――◇ ◇――◇――◇
『砲兵隊、前へ』
後年、多くの戦争映画で登場することとなるセリフである。
映画では大抵、帝国東部軍南方軍集団臨時司令エーリッヒ・フォン・モンシュタイン元帥がこのセリフを述べているが、実際にこの命令を下したのはゲルハルト・ミュラー第18砲兵師団師団長である。
ついでに言うと、モンシュタインが元帥に昇進したのはこの作戦の直後であり、この時点での階級は大将だった。
そもそも考えてみてほしい、命令を実行した第十八砲兵師団がいかにモンシュタイン肝入りの、はっきり言って彼がごり押しして編成した部隊だったと言っても、臨時とはいえ「南方軍集団司令」たる大将閣下が直に命令を下すなどありえない。
――とある事情で、かの大将閣下がほぼ第十八砲兵師団司令部に居候していたとしても、である。
ところでこの命令、珍しいものなのか?
識者に問えば、こう返ってくるだろう。
――時代を百年少々間違えている、と。
遡ること統一歴1800年代、この命令は実にありふれていた。
海では三層砲列の戦列艦が敵艦のマストを水兵諸共砲撃で吹き飛ばし、陸では水平に構えられた砲兵の一斉射撃が、敵兵を吹き飛ばしていたのだ。
敵兵を真っ赤に咲かせる、文字通り戦場の華。
それが当時の砲兵であり、戦場だった。
――しかし、技術の進歩はそんな光景を過去のものとした。
前線で敵兵を薙ぎ払うのは陣地に据え付けられた機関銃の仕事となり、火砲は遠距離から敵を制圧、破壊するのが仕事となった。もはや火砲が最前線に立つなど、戦車を除けば過去の物語となったのだ。…むしろ火砲を最前線に押し出す方法を模索した結果が戦車あるいは突撃砲なのかもしれない。
故に、統一歴1928年当時において、ましてや連邦軍機甲部隊に対し、『砲兵隊、前へ』という命令を出すというのは、状況を知らぬ者からすれば驚天動地の、あるいは命令者の精神を疑う代物であり、なればこそ伝説として語り継がれることとなったのだ。
…まぁ、しかし。
状況を知った者ならば、その評価は百八十度転換することだろう。
すなわち、『連邦軍は運が悪すぎた』と。
◇――◇――◇ ◇――◇――◇
連邦軍上級大将、マルキン・ポトフは混乱と絶望の只中にあった。
『こちら第2大隊、指示を求む!』
『こちら第1歩兵大隊!被害甚大につき後退の許可を!』
「同志将軍!ここは後退すべきです!」
「そんな…!馬鹿な!…あり得ない!!」
「同志!」
混乱。
それが彼と、彼の率いるポトフ戦車軍団の現状だった。
だが誤解しないで欲しい。本来、マルキン・ポトフという将軍は無能とは程遠い人物である。
なにせ革命初期のころから赤軍に所属し、以降小隊長、中隊長補佐、連隊学校長補佐及び学校長、大隊長、モスコー軍管区軍事教育施設監察官を歴任。1915年には軍事アカデミーを優秀な成績で卒業。その際提出したレポートから、卒業後は当時まだ目新しい兵器だった戦車畑、機甲畑へと進み、機械化旅団、機械化軍団参謀長を歴任。その後は極東に転任し極東第1独立赤軍副司令官のち軍司令官に着任。
この経歴が、彼が機甲部隊の指揮官として評価されるだけの実績を上げ、上級指揮官の道を堅実に歩んでいたことを示している。大戦勃発直後にはレネングラード軍管区司令官を任されていることから、能力のみならず連邦軍最高司令部、共産党上層部からの信頼も篤い指揮官だったことがうかがえる。
つまるところ、無能とは縁のない、連邦軍でも指折りの指揮官。
そもそも考えてみてほしい、「能力が高くとも、少し間違えば閑職、場合によっては粛清」が大戦以前の連邦軍標準処遇である。そこでこれだけのキャリアを積み重ねたという事実が、彼の有能さを物語る。
なればこそ、『帝国の機甲戦術、電撃戦は脅威だ。――ならば、我々の物量でそれをすれば?』という、至極当然の、かなり実験的な部隊を任されたのである。
……いや、そもそも『軍団規模の戦車部隊の一括運用』自体、世界中を見渡しても皆無に等しい時代である。機甲戦に精通し、軍管区司令の経験もあるポトフにしか出来る者はいなかった。
――だが、彼のその有能さが、彼の思考を停止させることになろうとは、いったい誰が予想しただろうか。
「――再探知だ。砲兵隊に再度命令、逆探知をやり直せ!」
「はっ!?」
参謀長が聞き返したのは、決して
「同志将軍、これで三度目です!」
「ああそうだ!しかしありえない!」
そう、三度目の逆探知。信じられない命令に思わず声を上げた参謀長を睨みつけ、ポトフは声を張り上げる。
「ありえん!帝国軍の砲撃が
◇――◇――◇ ◇――◇――◇
「敵さん、混乱しているな」
砲隊鏡越しに覗く敵状に、第18砲兵師団第1観測大隊長ナーゲル少佐は満足そうに頷いた。
「確かに。少々上手くいきすぎている気もしますが」
「以前聞いた話だが、イワンの奴らこちらの射程を10キロか15キロ少々と思っているらしい」
「なるほど、
「そういうことだ…うん?入電だ、――どうした?」
『こちら第2中隊、目標変更を意見具申します』
「理由は?」
『グリッド4-6、森の淵に敵戦車多数を発見。アンテナも多数見えます。あるいは敵司令部かと』
「宜しい。貴官の意見を採用する」
このやり取りを、通常の帝国陸軍砲兵を知るものが聞いたなら驚いたことだろう。なぜなら、帝国陸軍において通常、観測部隊は文字どおり着弾観測を任務とする。
――そう、間違っても「目標変更」を指揮する権限はない。
付け加えると、その任務に就くのは尉官だ。少佐とはいえ佐官、それも開戦以来の古強者たるナーゲル少佐がその任にあたっていること自体、第18砲兵師団の特異性を示していた。
◇――◇――◇ ◇――◇――◇
『――従来の運用方法では、連邦に対処しえない』
第1回砲兵師団編成会議、その冒頭でモンシュタインが放った言葉である。
「セバスチャン・ト・ホリの経験から言わせてもらえば、そもそも数が足りていない。そして一振りで100倍に増やす魔法の杖など無い以上、数の不足は運用で対処するほかない」
そう言って、彼は前線観測将校に従来の司令部と同等の射撃管制権限と通信能力を要求した。観測手が報告し、司令部が判断し、計算して命令するというタイムロスを徹底的に排除するためである。
「そんなことは不可能だ」
「無論、普通の観測手では不可能でしょう。しかし観測戦車に搭乗した砲兵士官ならば?」
「…可能だろうな。なるほど、一々司令部に伺いを立てるよりよほど迅速だ」
そもそも観測戦車には戦車隊と行動を共にし、最前線から迅速に観測情報を届けられるよう、主砲を取り除いた空間に無線装備と観測機材が満載されている。熟練の砲兵士官ならば、ある程度の射撃管制は可能だった。
「無論、それなりの改装は考えております」
「…そうなると、師団司令部の意味は?」
「複数の敵と対峙した場合の優先順位付け、もしくは師団の全砲門による集中射撃、及び複数の砲兵部隊を統括運用する能力でしょう」
――それは後年、西側諸国で『
それを驚くことに統一歴1927年頃のモンシュタインの脳細胞は既に構想していた。
どころか、翌1928年夏に編成された第18砲兵師団司令部で具現化してしまったのである。
具体的には帝国陸軍のすべての気象観測班、軍司令部を飛び越えて参謀本部から直接情報を受け取る権限、砲撃目標の順位付け及び選定を専門とする情報分析班――これまた参謀本部情報部との専用回線及び周波数を持つ――。迅速な射撃諸元算出のため、海軍式射撃式装置を車載化したもの――驚いたことに、海軍技術部が製造したもの――を保有。そして前線観測将校についてもモンシュタインは全く妥協しなかった。彼はあらゆる伝手と縁故を用い、全戦線から選りすぐりのベテランをヘッドハンティングしたのである。
「…頼むから、半分は残してやってくれ」
ハンス・フォン・ゼートゥーア元帥のその一声がなければ、冗談抜きに使える砲兵将校は根こそぎ第18砲兵師団に取られていた可能性すらある。
「観測魔導師も欲しいな」
「…さすがに無理です大将閣下。これ以上取られては、第18砲兵師団以外は戦争が出来なくなります」
参謀本部レルゲン大佐の発言は冗談でも何でもなかった。
『必要なところに必要な火力を迅速に運用する』
その基本理念達成のため、すべての火砲が自走砲(!?)、補給車両も全てトラックで馬匹なし、観測将校全員分の観測戦車とその予備、それらに随伴し護衛する戦車部隊、加えて対空砲と、第18砲兵師団は編成初期時点でもはや師団とは名ばかりの『
…誰だ観測のために実質1個戦車大隊なんて編成した奴!…何、あくまで観測大隊だと?…確かに観測戦車とその護衛だが、その護衛が全車
「小官からも申し上げて宜しいでしょうか?」
レルゲン大佐の隣で声を上げたのは、鉄道部のウーガ大佐である。
「この『装甲化された専用編成9つ』と言うのは、書き間違いでは…?」
「間違いではないし、むしろ控えた方だ。本音を言えば10編成は欲しい」
「じっ、10!?」
「師団の規模を見たまえ。それくらいなくば機動運用など不可能に決まっているではないか」
「……装甲化、という要望を除けば7編成まで可能です」
「…8編成だ。それ以下は認められない。そうだな、後でアルレスハイム准将に言っておこう。ウーガ大佐、貴官の仕事はそれで大分楽になるはずだ」
「…承知しました」
後にウーガ大佐は語る。稟議は驚くほどあっさり通った、と。――実際にそれだけの機関車と貨車をかき集める苦労さえなければ、どれほど幸せだっただろうか、とも。
◇――◇――◇ ◇――◇――◇
「…頃合い、かな」
ナーゲル少佐は呟いた。
砲隊鏡越しに見える連邦軍は更なる混乱の只中に遭った。
燃え上がる建物から転がり出てくる連邦兵、その横では弾薬を積んだと思しき荷車が友軍の戦車に踏みつぶされている。あるいは急を知らせる無線を発しようとしたかもしれないが、無駄だ。
その周波数は今頃、第18砲兵師団司令部からの妨害電波でほぼ使い物にならないに違いない。
「仮に救援が来るとしても、その頃には片が付いているだろうな」
彼が確信をもって呟く理由、それは。
「こちら第一観測大隊長。司令部へ意見具申――」
――第1砲兵連隊、前進されたし。目標、敵戦車部隊。
第18砲兵師団
ここまでほぼ史実準拠(!?)
相違点は魔導師。
史実では観測ヘリを運用しようとしていた(え