デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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女王へと捧げる願いは悲劇か、それとも。





『■■リ■■ド』

 

 悲劇が終わり、幕を下ろす。その元で、悲劇の終焉に、残された役者はどこへ行くのか。

 舞台を降りたのなら人となる。皆、そうして生きている。けれど舞台でしか生きられない役者は、その演じた己が全てだった者は。

 演じる必要のない人として、少女としての存在を否定された者が行き着く先は哀れな骸。生ける屍でしかない――――――生きて欲しいという願い(呪い)の果てに、狂わずにはいられるのか。

 

「忘れない。忘れられない。忘れられませんわ。ああ、ああ。なんて、狂おしく、愛おしい人なのでしょう」

 

 人は愛と呼ぶ。愛は与えるもの。だから、与えられた少女は返したかった。故に返すことができなかった少女の愛は、舞台の幕が下りたとて終わりを迎えずにいる。

 それを生き地獄と言うのなら、そうなのだろう。だが彼女は選んだ。選んでしまった。全ては、欲しいと感じたから。ただ一人、あの時、あの瞬間から、惹かれてしまった愛という感情に殉じたがために『時崎狂三』という刻の歯車を軋ませた。

軋んだ歯車(錆び付いた心)は戻らない、戻せない。『時崎狂三』という存在が意味を無くした今となっては、いつ壊れるとも知らぬそれが鈍い音を立てて動いている。纏いし黒衣が揺蕩う中で、彼方へと花束を捧げる。

 

「なんて、未練」

 

 人はそれも愛と呼ぶのだろうか――――――詩人になった気分だ。それも出来の悪い、見るに堪えないモノしか書けぬ詩人に。

 狂三は彼方へ落ち行く花を眺めた。ただ眺めた。意味のない行為だと知りつつ、ここに来たこと、いることがそもそもの無意味なのだと唇を歪めた。その笑みすら出来の悪さを自覚せざるを得ない。いつから自分の笑みは、人に見せるに値しないモノだったのだろう。

 捧げる心の行き場を失った。笑みを向ける相手はどこにもいない。それでも愛していると言って、捧げるべき相手を無くして終わりも始まりも迎えられなかった恋慕。

 この場から落ちれば良いのだろうか。花束が見えなくなるほど遠い崖先へ、深淵へと落ちればあるいは心が満たされるのか。

 

「マナに還る……いえ、それ以前にこの程度の高さでは死ぬに死ねませんわね」

 

 あるいは従者が抱き上げるか、それとも。考えまで未練がましく、そして嫌になるほど現実的な思考に狂三は苦笑した。

 精霊。隣合う世界から現れる超次元生命体。世界を蝕む災厄。崇宮澪が生み出した願いを叶える子供たち。時崎狂三とは、そんな生みの親に反旗を返した者。今この世界において、それら全ては意味がない。精霊という言葉すら、このような意味で使われることは二度とない。あってはならない。

 ならば何故、狂三は精霊を生み出す霊脈の地を訪れたというのか。

 

「……感傷に浸りたいわけでは、ないのですけれど」

 

 これも言い訳かと、狂三の笑みはいよいよ苦々しい深みを生んだ。

 数ヶ月前から断続的に起こっている霊脈の活性化現象。その活性化が人為的ではなく自然現象と判別できる以上、狂三の出る幕ではない。むしろ、唯一現存する精霊として霊脈に近づくことは危険ですらあった。

 だから、何かが起きるかもしれないと思った。深い思案があったからそうしたのではなく、無意識のうちに考えに至った。ある意味では後付けの理由だ。

 誰の知識にもない。遠い未来、また新たな天才が生まれ落ちるかもしれない。過去が摘み取られた世界で、この霊脈を扱える者は狂三以外にない。その狂三でさえ、術式なしでは純粋な霊力としてしか有効に活用できない。

 時を司る精霊なれば充分。しかし、狂三にその気がなければ意味のない仮定だ。彼女の中から喪われた六番目の弾丸も、裡に秘められた十二番目の弾丸も、忌むべきそれらを扱うことを考えない。考えたくもない。吐き気がする。怨嗟を呪詛のように吐き出す。もう一度、悲劇を繰返すだけの弾丸を――――――あの人と一目でも会うことの叶う撃鉄を。

 

「――――」

 

 だから、考えたくもないというのに。愛は未練がましく少女を取り繕う。愛に報いるための綺麗事を。愛のために打ち砕かんとする。

 その矛盾の果てに狂三はただ一つの答えを紡いだ。それこそ、少女の成果であり罪であり悲しみであり怒りであり、後悔のない選択なのだ。

 全てを諦めることなどできず。けれど友と殺めた命に殉じて神に反逆した精霊の終わりも始まりもない選択。悲劇の終わりに、錆び付いた歯車は緩慢に動く。

 

 ――――なればそれは、少女が望んだ奇跡の一欠片。

 

「は――――?」

 

 鼓動に、狂三は吐息を零した。驚愕でも戦慄でもなく、狂三は唖然と立ち尽くした。

 他者には超然とした『時崎狂三』を見せていた。何も知らぬ者たちには形だけの少女の顔を。

 そのどれでもない表情を浮かべた狂三の思考は動き出していた。錆び付いた歯車が、最期を刻む時を奏でるために。

 常人なら熟考の末に導き出す解を狂三は瞬時に、幾つも吐き出した。けれどその全てが、同じだけの結末へと至った。

 

 刹那の思考。その間に鼓動は、ドクンドクンと二度と地を揺らした。三度目で――――――光を放ち、生まれた。

 

 

 

 

 鏡野七罪は特別、何かが変わったわけではない。相変わらず嫌になるくらい後ろ向きな思考は消えないし、生徒会長に任命されて憂鬱だし、狂三の抱えているものを一欠片すら理解しかねる愚鈍な頭脳を抱え込んでいる。

 

「士道……」

 

 けれどその名は、馴染み深い。ともすれば、狂三と同じくらい知っている(・・・・・)。頭に朧気ながら浮かぶ情景に()はいる、という程度には理解が及んだ。

 だからそれを思い出したところで、鏡野七罪は変わらないのだろう。人の人格は生まれ持つものだけでなく、環境によって形成されるとは誰の言葉だったか。七罪のネガティブ思考は十中八九生まれ持ってのものだろうが、それ以外に持ち得たものは人との繋がりによって芽生えた――――――あるいは、失われぬよう大切に育ててくれたのが。

 

「こら、生徒会長」

「いっ」

 

 額に僅かな痛みが走り、七罪は表を上げることになった。目を合わせるなんて、相手に不快感を催させる所業ができるものかと伸ばしていた髪は、野暮ったいの一言と共に切り捨てられたため、光景は程よくしっかりと目に映る。とはいえ、そうでなかろうと想像した通りの光景が教室に広がっていたのだが。

 

「私の授業をボイコットしようっていうなら、生徒会長といえども私を倒してからでねーと困りますよ」

「あ、はい。すみません、真那先生(・・・・)

 

 あと私如きが授業の時間を妨げて本当に申し訳ありません。陰キャは陰キャでも悪目立ちせず、無の境地で極力存在しない者として生きていく七罪の主義主張に反することをしてしまった、死にたい。

 などと考える七罪を尻目に真那は満足気に頷いて授業を再開した。この奇妙な言葉遣いの先生は、もう結構な年月をこの来禅高校専任の教師として務めているそうだ。それにしてはかなり若く、言ってしまえば二十代にも満たないんじゃないかと思ってしまうくらい若々しく凛々しい先生なのだが、同性だろうが妙齢の女性の年齢に触れるのはタブーであるため真実を知る人間はほとんどいない。そんな崇宮真那の兄が知っているくらいなもの――――――

 

「崇宮、」

 

 それも、その名も知っている気がする。士道に比べれば薄っすらとだが。

 どうにも少し前から、この思い出してしまいそう(・・・・・)な感覚に振り回されている。闇に生きる陰キャとして、厨二病紛いの感覚に振り回されて二度目の注意を受けて注目を浴びて迷惑になるのは御免だと七罪は顔を真っ直ぐに向けた。

 

 向けようとして、空に亀裂が走ったのを見開いた視界の端に収めた。

 

「え?」

 

 それは『傷』に似ていた。穴から罅が割れていく。まるで弾丸を撃ち込まれたかのように空いた穴から『傷』が口を開く。

 

「七罪さん、どうかしま」

 

 逃げろ、と立ち上がって発しようとした七罪の鼓膜が聞き取れたのは、誰かの声。けれどそこまでだった。

 傷口を開いた穴が弾けた。空が弾けて、衝撃波がグラウンドの土を流砂の如く巻き上げた。

 七罪の身体は軽々と吹き飛んだ。それで良かったと感じたのは、軋むような音を立てた身体で立ち上がろうとしてからだった。

 

「か、ふ……う、ぇ……!?」

 

 骨までは逝っていないだろうが、壁に激しく打ち付けた背中が痛い。それを振り切ったのは、粉々に砕け散った窓ガラスの残骸だ。もし吹き飛ばされるのが遅れていれば、細かな破片が身体の隅々に突き刺さっていたかもしれない。

 ゾッと背筋が凍った直後、七罪はハッと周囲を見渡した。

 

「み、みんな、大丈夫!?」

「……っ、はい。皆さん、は……」

「へ、平気よ」

「むん。これが、平気と言えるのかどうかは……わからぬがの」

 

 一先ずは友人たちの安否が確認できて七罪の口からは安堵の息が零れる。四糸乃、琴里、六喰。それ以外にも、友人たちが助け合って起き上がる姿に無事を確信した。

 同時に、あの亀裂がもし学校の真下だったのならと恐ろしさに身を竦ませる。爆心地になったグラウンドは、もはや原型がないかもしれない。七罪は、四糸乃たちが自身を呼び止める言葉にも気付かず歩き出していた。ガラス片を靴で踏む音さえ耳に入っていなかったかもしれない。

 脳の許容量を超えた現象は、無意識のうちに確かめるという行動だけを七罪に求めた。

 

「…………………………え?」

 

 そうして少女は『影』を見た。言葉を失った七罪に、その『影』は手を掲げた。

 否、あくまでも七罪の目がそれを手だと思い込んだに過ぎないのだろう。黒い靄がかかった状態でも、よくよく見れば掲げられたモノの鋭さが分かる――――――あれは()だ。そして七罪は剣の威力を知っている(・・・・・)

 

「伏せて!!」

 

 絶叫を発した直後、影が剣を振り下ろした。

 極光を彷彿とさせる光が刃の形を描き、教室を斬り裂いたのは瞬きの時。少なくとも七罪には、斬撃が飛ぶ瞬間と、教室を真っ二つに割ろうかという着弾の刹那しか視認できなかった。

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「っ……先生!!」

「こっちでやがります! 怪我をしている子は私が、他の子は地下シェルターへ、急いで!」

 

 真那が怒声で指示を出す。驚いて固まった子を刺激し、これが現実だと知らしめるには良い声量だ。さすがは見た目に反して体育会系の先生だと、こんな状況でなければ手放しで褒めたであろう。

 地下シェルターにさえいけばとりあえずの無事は保証される。空間震にすら耐えられるよう設計されたもので――――――

 

「……空間、震」

 

 待て、と七罪の思考が制止を呼びかけた。その事実を反芻すると、全身から嫌な汗が吹き出した。悪寒とも呼ぶべきものだ。

 いつからこの国は、空間震と呼ばれる現象に対策を講じていた。だってそれは三十年前にあったことだ。〝なかったこと〟にされた事象だ。

 そんな〝存在しないもの〟の対策が何故この世界に存在している。いいや、そもそもとして、来禅に地下シェルターは、以前から存在していたか――――――?

 

『僅かだが霊脈の活性現象を探知。この世から精霊術式が喪われた今、霊脈を活用できる組織は限られる。アスガルド・エレクトロニクス。精霊〈ナイトメア〉――――――』

 

 ある記述が頭を過ぎった。果たしてこの世界は、神は、どれほどの改竄を許したのか、許さなかったのか――――――――

 

「七罪さん、急いで……!」

「っ、あ。四糸乃……」

 

 生憎と、狂三のように思考停止の最中であっても手足を動かす術も、士道のようにがむしゃに動く術も持たない七罪は、四糸乃に手を引かれることで答えが出せない疑問を手放すことができた。

 そうだ。ここにいても答えが出るはずがない。まずは避難が最優先。心優しい四糸乃が、七罪を置いて避難できるわけがない。いつになく強く引かれる手に――――ぞわりと悪寒が駆け抜けて、少女の手は四糸乃を押し出していた。

 瞬間、七罪と四糸乃の隙間を縫うように斬撃が抜けた。今度は床にハッキリと亀裂が走る。

 

「きゃあっ」

「ふぎゃっ」

 

 四糸乃は琴里たちに受け止められたのが視界の端に見えたが、七罪は無様な悲鳴を上げて廊下に転がる。自分のことはこの際、というか常日頃から置いておく癖がついている。

 四糸乃が無事だと分かった瞬間、七罪の身体は機敏に働いてくれた。地下シェルターへと向かう生徒、危険を承知で先導する先生たちとは真逆へと走り出す。

 

「七罪さん、待ってください!」

「どこへ向かう気じゃ、シェルターは」

「みんなはシェルターへ! 私は――――狙われてる!」

 

 そう叫んだ途端、三度目の斬撃が七罪と四糸乃たちとを分けた。下の階までくっきりと見えるような斬撃痕が眼下に現れ、七罪はみっともなく悲鳴を上げて走り出した。

 まるで今まで訓練か実践(・・)があったように迅速な避難を行う学徒たちのおかげで、校内はあっという間に無人のスペースが出来上がっていた。七罪は一心不乱に駆け抜ける。その背後を、巨大な斬撃が駆け抜ける。

 

「あ、あんなのに、恨みを買った記憶はないってのに……っ!!」

 

 だが予想通りというべきか、斬撃は一寸の狂いもなく七罪へと向かってくる。もちろん理由は叫びが表しているように皆目見当もつかない。七罪の知らない七罪が何か恨みでも買ったのかと行き場のない怒りが滲む。

 斬撃は目視をした頃にはこちらへと届くほど早い。だから走り続けなければならない。普段の運動不足が祟って、肺が痛みを訴え始める。それが脳から溢れた恐怖によって押さえつけられる。

 斬撃痕を見るまでもなく理解した。知っていた。その感覚に従って七罪は叫んだ。知っていたから警告を発することができたのだ。あれは絶対的な暴力だ。意識を持たずして振るっていいものではない。王の意志があればこそ鏖殺の刃たり得るもの。かの名は――――――

 

「〈鏖殺公(サンダルフォン)〉……!」

 

 また、感覚だ。一体今日は何度知っていた(・・・・・)と思わなければならないのか。

 もつれる足を叱責し、みっともなく吐き出される涎を拭い、とにかく逃げ回る。校舎が崩れては元も子もないと、斬撃が放たれる周期を見極めて計算しながら極力倒壊の危険がない位置に滑り込む。

 

「こういうのは、狂三とか、頭がいいやつの、領分でしょうがっ」

 

 だから、七罪が難を逃れているのは計算できるだけの規則性が存在しているからだ。

 アレに意志はない。技量が未熟とか、一流だとか、そういう話であれば七罪の身体はとっくに両断され、見るも無惨なボロ雑巾と化しているだろう。そうなっていないのはあの影に意識が無く、ただ無気力に、当たり前のように刃を振り下ろしているから――――――あるいはあの影の裡に意志はあるのか。

 分からない。何も分からない。だが知っている。催す吐き気が走り回ったせいか、感覚に振り回されたからかも分からなくなる頃、不意に斬撃の規則性が途切れたことに気づいて七罪は足を止めた。

 

「止まっ、……た……?」

 

 息をするのも苦しいし、心臓が破裂しそうだし、一体何十分走り回っていたのかも分からない。そんな疲労困憊の七罪以上に軋みを上げる校舎に戦々恐々しながら、教室に入って窓の外を覗き込む。

 

 影はいない。『穴』だけが浮かんでいた。亀裂を開く銃痕ではなく、さながら『扉』のような孔が虚空に浮かぶ。

 どうしてそれを単なる穴と思わず『扉』だと認識したのか。当然、七罪の中に芽生えたモノが知っていたからだ。

 

「あ」

 

 振り返った先に『扉』は開いていた。七罪を幽世へと誘う刺突は、校舎の一角をその余波だけで圧殺した。

 

 

 

 

 

 

「……く、ぁ…………」

 

 喉の奥から鼻にかけて、鉄の味で満たされている。

 覚えているのは、倒れた机へと飛びかかるように動いた光景だ。その間から、今に至るまでの記憶がないのは幸運と言うべきだろう。

 のたうち回りたい痛みが全身を襲っているのに、指一本とて動かすのが億劫なほど血が流れている。けれど五体満足。教室が吹き飛ぶほどの刺突を受けて、たかが机の縦で風穴が開かなかったのが不思議だった。

 咄嗟の判断が功を奏したのか、それとも刺突が届く前に吹いた暴風が正しく神風(・・)であったのか。

 

「――――――ァァ、ァ、■ァ」

「……っ」

 

 だが、神風に救われた命は風前の灯だ。原型を留めていない教室から一息に跳躍した影が、獣の唸り声にも似た言葉を吐いて、七罪を屠る影を広げた。

 死への恐怖を本能が訴える。しかし、先ほどまではそれで動けただろうが、今は無理だ。腕の一本や二本は千切れていないとおかしいというほど全身が痛い。七罪はアニメの主人公じゃない。この痛みの中、奇跡を起こせるほどタフな心身は持ち合わせていないのだ。

 もちろん特別な力で傷を塞いで、強い自分に変身する、なんてこともできない。意識が遠退く。槍のように長い影が振り下ろされる――――――自らの死を恐れるより、死を()に振るわせたくないという忌諱の感情が去来したのは、どうしてなのか。知っているのに理解ができない感情の発露と共に、意識は闇へと落ちる。

 

 

「させるわけ、ねーでしょうが!!」

「っ!!?」

 

 瞬間、七罪の身体は浮き上がった。また神風が吹いたというわけではない。明確な意志で七罪を抱き上げた身体が浮いたのは、その直後。

 

「が、は……」

「……ぐっ!」

 

 喀血して、本気で死に体だと七罪は自覚する。それでも七罪の身体を保護した者は決して手放すことなく、風に吹かれた紙のように飛んだ異常な状況から受け身を取る。

 薄れ行く意識の中でも、それが可能な人間を七罪はそう多く知らない。友人たちでは無理だ。ならば。

 

「ま、な……なんっ、で……っ」

 

 崇宮真那が、七罪の九死に一生を生み出した。生徒をシェルターへ送り届けたその身一つで影の前に躍り出て、命懸けで七罪を庇った。ただの教師に、命を張って怪物から生徒を守る義務があるわけがないのに。

 

「生徒を守るのに、理由なんかいりやがりますか! あとなんか放っておけなかったんでやがりますよ!!」

 

 服が汚れるからやめた方がいいとか、冗談を発する余裕もないが、それでも感慨だけは忘れずに覚えた。

 彼女は間違いなく()の妹だ。この考え無しな癖に、人のためなら身体を張って走り出す。取り逃しなど絶対に許さないと声高に叫ぶ青二才のような心は、間違いなく――――――

 

「七罪さん!」

「七罪!」

「ぁ……め……!」

 

 駄目だ。そう言いたい唇が、血に塗れて動かない。友人たちの声が聞こえる。真那の肩口越しに見える影の蠢動――――――〈絶滅天使(メタトロン)〉。あれの光は人を容易く消し飛ばす。鏖殺と同じく、人は人の形を無くして肉片と骨片へと変わり果てるだろう。

 繰返される。悲劇がまた。そうして世界は巻き戻る。

 

 

 

 

 極光は到達まで刹那にも満たない――――――――けれど、極光を遮る漆黒の軌跡は七罪の目に煌めきを残した。

 

「――――――――ぁ」

 

 それは、時間が止まったようだった。少女(せいれい)は降り立った。

 射干玉の髪は均等に結ばれたまま、罪の象徴たる黒衣のドレスと共に虚しいまでに靡く。

 されど美しかった。その後ろ姿だけで、たとえ鮮血が澱みの色に染まったとしても、彼女はこの世界の誰よりも優雅で、破滅的で、快楽的で、刹那的で――――――世界を壊す美しさを持つ。

 

「おいでなさい――――――」

 

 呼び出された。呼ばれてしまった。ならば女帝は名に従い現れるだろう。女王たる少女の手に、あってはならない刻を握らせるのだろう。

 悪夢のような執念で、弾丸の如く進み続けた。そして少女のように恋をして――――――向けるべき愛を見失った悲劇の少女に、また罪を重ねさせるのだろう。

 安堵と悲しみは、またも矛盾となって七罪を襲った。痛い。全身の痛みよりも、彼女がその手に奇跡を取ったことが痛い。されど少女の手から虚しさは失われた。よって奇跡は成った。

 

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉」

 

 

 悲劇の終わりを迎えた世界の先に『時崎狂三』は舞い戻った。

世界()が願う。(■■)は啼く。女王の時間は再び廻り――――――結末までも、繰返す。

 

 

 

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