アトラがほんの少しだけ、我慢出来なかった結果 作:止まるんじゃねぇぞ……
かつて地球で金鉱山が見つかった際に起きたゴールドラッシュで、二番目に稼いだのは金を掘り当てようとする採掘者にスコップやツルハシ、ジーンズを売った商人であったという。ハーフメタルによる利益もそれを売って得られるものだけではない。それに関連する事業にも多くの金が巡るのだ。そうして金が、経済が回れば末端の労働者達も生きるための糧だけでなく酒等の嗜好品にも手を出しやすくなる。こういった良い景気の流れが更なる良い景気の流れを生んで、今現在火星は近年例を見ない程の好景気に見舞われているのだ。
そしてその金の流れを先頭に立ち操っているのは他でもないアドモス商会、その長であるクーデリア・藍那・バーンスタインだ。勝ち取った利権を上手く使い立ち回ることで2年前に発足した新参の企業でありながら長年火星を支配してきた富豪たちにすら無視できぬ程に稼ぎ、その利益を火星に還元し経済を回しているクーデリアの名は火星で大きくなりつつある。
彼女もまた、暁が生まれた事の影響を受けこの二年で大きく成長した一人であった。守りたい物をより強く自覚した彼女は手に入れた利権を武器にハーフメタル輸出産業の最前線に立ち、その流れを見事勝ち取った。最早彼女の事を小娘扱いする者などこの火星にはどこにも居ない。火星の経済を引っ張っていく女傑として認知されつつある。合法的で真っ当な商売で良い景気の流れを作り出してくれる存在を火星の大半の者達は両手を挙げて歓迎し、その流れに便乗する事で自分達も利益を得ようとすることは当然の摂理であった。
さてこのアドモス商会。地球から帰還したクーデリアが立ち上げた主にハーフメタルの加工や流通、そしてその輸出の取り纏めなどを行う商会であり、クリュセの市街区に本社を置く企業である。
普段ならばクーデリアやその社員が火星の発展の為に日夜働く場であるが、今日はアドモス商会の者ではないある人物が社長室に訪問していた。
訪問者は鉄華団団長、オルガ・イツカ。普段は三日月を通して身内としての付き合いのあるこの二人だが、今回は一種の商談も含めた話もある為組織の長としての対談の席を設けた。
「こうして商会の方で向き合って話す事は今まであまり無かったですね、団長さん。それで、折り入って相談があるということですがどのような事でしょうか?」
「いい報せ、ではあるんだが……さて、どこから説明したものか。上手く行けば火星を発展させるっていうお嬢の目的にも添える儲け話になるな。火星の貧乏な農家をある程度は救う手助けにもなるだろう……ってなんだそのえって感じの顔は」
「ちょっと、思っていたよりも意外な内容でしたもので。まさか団長さんからそういう話を伺う日が来ようとは……いえ、いつか来るとは思っていましたよ?でも思っていたよりも『少し』早かったので」
「おいおい、これでも俺だって色々勉強してるんだぜ?確かにお嬢と組織の長同士として話す機会はあまり無かったから意外に思われるかもしれないけどな。まあ、この手の儲け話を端的に話すと胡散臭く思われるだろうからしっかり順を追って話すさ」
そう言ってオルガは今回の訪問の発端となった『火星の王』がかつてテキーラやアガベと言われていた酒と同質の物である事の説明をした。その原材料が今地球では絶滅しており、現存している物が見つかっているのは火星だけであるということも含めてである。
「それで酒の生産に関しては準備を進めていて、三日月が酒造の管理者に必要な資格の試験を受けに行って昨日合格を貰ってきた。酒造に必要な設備の建築を昭弘率いる鉄華組がして完成の目処は立っている。このまま上手く行けば1年後、長く掛かっても3年以内には商品として売り出せるように準備は整えてきたぞ」
オルガは護衛としてスーツ姿で隣に立つチャドに指示を出し、『火星の王』の製造と販売に掛かる期間の見積もりが書かれた資料の画像をタブレット端末に表示させ、コレがその資料だとそれをクーデリアに手渡した。
「だが、初めのうちは自分たちの自己生産でも問題ないが後々どうしてもアガベの生産が俺達だけじゃ間に合いそうに無いと試算が出ちまってな。だから今のうちにアドモス商会の手を借りて、アガベを火星の農家の人達に紹介してほしいんだ。生産が出来てある程度品質が確認取れたなら、うちで買い取るって案内付きでな」
「確かに、我々アドモス商会は火星の産業の支援も請け負っていますので火星の農家の皆さんに収益率の高い作物としてアガベを紹介することも可能ではあります。ですがソレをすると言うことは、アガベによって得られる利益を鉄華団やテイワズだけで独占できる訳では無くなりますが……よろしいのですか?」
「むしろ完全に独占してる方が不味いだろ。確かに、そうすりゃその分儲けは俺達に集中するだろう。だがそれだけじゃ駄目なんだ。俺達にとっても、火星にはもっと潤ってもらって豊かになってもらわないと困るんだ。将来を考えるとな」
オルガはクーデリアを真っ直ぐ見つめてそう言った。
「『火星の王』はもっと品質を磨きに磨いて、ブランド化した上で特許取って売っていく予定だ。なにせ、もう地球でさえ飲めない幻の酒だぜ?クワシールカンパニーの社長のミーシャの姉さんとも打ち合わせした上で発表する場を整えてる所だ」
「あのクワシールの……凄いじゃないですか団長さん!!あの会社はお酒の品質にはとても厳しい事で有名なのに。火星のお酒であの会社にそこまで認められる物なんておそらく初ですよ!!」
無論、既に今やテイワズのトップとなった名瀬にも話を通し了承を得た上での行動である。名瀬だけではなく暁が産まれたあとに行った挨拶回りを経た事で交流を得たテイワズ所属の先達に根回しや準備の大切さを叩き込まれた今のオルガやユージン達鉄華団の経営メンバーはこの手の暗黙の了解についての理解を深めていた。本来なら兄貴分の名瀬が教え込むべき事であるが同じ圏外圏とはいえ火星を中心に活動する鉄華団と主に運送業者として圏外圏中を行き来するタービンズでは中々時間の都合が付かないため、この手の礼儀や打ち合わせの作法を可能であればオルガやユージンに教えてやってほしいと名瀬は同期の仲の良いテイワズの面々に伝えていたのである。
エドモントンでの戦いからの二年間、鉄華団はただ闇雲に戦い続けていた訳ではない。必要な事を学び、地盤を固める為に自分達の地元の治安を改善し、この火星の地で生きていくのに必要な『信用』を地道に勝ち取ってきていたのだ。
『自分たちの居場所は自分たちで作るしかない』
CGSをクーデターにより奪い、鉄華団に作り変えて、あの戦いを経てオルガはこの答えを得た。それに加えて暁が生まれた事でもう一つの答えも彼らは出した。
『自分たちの居場所を作り出す為には、その地に暮らす人々からの信用が何よりも大事である』と。
火星には、火星に住む人々から『鉄華団が手にしている武力で彼らを無闇に傷つける者達ではない』という民間軍事会社としての信用を。
テイワズには先達達から『彼らなりに礼儀を見せ、学ぶ姿勢を見せる若者である』という無知なままな愚か者では無いという取引先としての信用を彼らはこの二年間その働きで勝ち取ってきていた。
その努力は今、実りつつある。火星の治安を乱す海賊達を積極的に始末する依頼を受けて、彼らに攫われてヒューマンデブリにされた人々を開放してきた今の鉄華団の信用であれば火星の農家達も彼らの言葉に耳を傾ける事だろう。そうすれば貧しい彼らにも『火星の王』による利益をアガベを鉄華団に売るという形で間接的にではあるが届けられる。そして何より鉄華団は安定したアガベの供給源を得られる分、原材料の生産に必要な労力を抑えて酒造りに集中出来るようになるだろう。
双方得する形での取引が、この火星の地で行えるようになるのだ。そうなれば経済がさらに活性化する事となるだろう。今ハーフメタルの採掘産業によって好景気化しつつあるこの環境を更に盛り上げていく一助になれば良いとオルガは考えていた。
例えるなら、でかいギャンブルに勝って富を得た時にその場にいる人達に1杯タダ酒を奢ることでその場にいる人々からの妬みの感情をある程度抑える処世術のようなものだ。デカく稼ぐのは良い。だがデカく稼げば稼ぐほど余計な恨みも自然と買う物だ。そしてそうやって得てしまった恨みが自分自身に向くならば兎も角、家族に向かうのはたまったものでは無い。だからこそのリスクヘッジである。
自分だけではなく市場全体が儲かる形での商売を行う事。これがオルガがこの二年で兄貴分の背中を追って教わった、最大の教えであった。
情けは人の為ならず、結果的に巡り巡って自分に返ってくる__自分たちだけが良ければ良いと考えがちな物騒な圏外圏でこの甘いとも取られがちな考えを持つからこそ、名瀬・タービンという男はマクマードから一番の後継者候補として目を掛けられていたのだ。
ガメつく生きて自分たちの欲望、夢、金をひたすらに追いかけるマフィアの商人としての生き方をしていたジャスレイからすればあまりにも青臭く、甘いその生き方はとてつもなく目についた。それでいて親父であるマクマードからは気に入られているのも腹立たしかった。だからこそ彼らは水と油だったのだ。
だが、彼はすでにもうテイワズには居ない。MAを地球に持ち込んでしまったという罪の意識から自身の財産を投げ打ち被災地に救助のための道具を送り、自身は拳銃で頭を撃ち抜いて自殺したと発表されその遺体は既に火葬されている__公的な発表ではだが。彼の真実に関しては火星にいたオルガ達が知る由もない。これから知る事も無いだろう。
兎も角、名瀬から受け継いだこのやり方に口出ししてくるような者は今どこにも居ない。なんなら今や名瀬はテイワズの会長である。
弟分として堂々と参考にしたこのやり方で商売に挑んでも許される状況になった事も踏まえて、オルガは今動く事を決めたのだった。
「__良いでしょう。アドモス商会はこの提案に協力させて貰います。農場を持つ事業主の方々へのアポイントメントは任せてください。これからもよろしくお願いしますね、団長さん?」
「そうしてもらえるとありがたい。これからも末永くやっていきたいものだ。特に、お嬢……と、すまん。もう旦那がいる女性に『お嬢』はねぇな。これからはマダムとでも言ったほうが良いか?」
「ふふっ、いつもどおりの呼び方でかまいませんよ。団長さんには、いつも三日月が……夫がお世話になってますし」
「俺としちゃ、いつもアイツには助けられてるって意識なんだがな。ま、こうやってお互い手を貸し会える距離感で『アドモス商会』には鉄華団としては接していきたい。何か困ったことがあったら言ってくれ。いつでも手を貸すさ」
そう言ってオルガとクーデリアはお互い手を差し出し握手をした。交渉成立の証である。
組織としてもお互いにお互いの組織が成立した時からの付き合いであるし、何よりオルガの親友でありクーデリアの夫である三日月という共通の親しい人物が居るのに加えて、この二人が可愛がっている三日月とアトラの子供である暁という繋がりもある。組織のトップが大変仲の良い身内のような仲であるという点において、アドモス商会と鉄華団は蜜月関係にあった。互いに理由は違えど、【火星を発展させる】という目的に関しては共通している部分も大きい。
こうして鉄華団の酒造は本格的に事業としてスタートを切るのであった。品質の安定化、価格の設定、流通の問題、衛生管理など様々な細かい問題点やこれから改善していかねばならない点は多々あるものの念願の『危険が少なく、命を懸けずとも稼げる』仕事を作る事に彼らは成功したのであった。
圏外圏で生きる以上物理的な力は必ず要る。MSを持つ民間軍事会社である事は間違いなく鉄華団の力の根幹だ。戦いから手を引く気などは一切無い。
しかし、それだけに頼り続けていては何かあったときに立て直すことがとても難しくなってしまう。MSを使った戦闘による事業は儲けもデカイが支出もでかいからだ。
MSを使用した民間軍事会社としての軍事事業。系列会社として立ち上げた【鉄華組】の建設業。そして火星の王を生産し売る事による酒造業……この三本の事業に加えて、今行っている例の鉱山の調査が無事に済めばハーフメタルの採掘事業も行えるようになる手筈である。
これらの事業に対応するための人材も少しづつではあるが育成中である。初めはメリビットさんのように外部から経験者を入れる手も考えたが、虐げられた過去を持つ孤児の団員が多い鉄華団という環境においてそれらを配慮して接してくれる大人という貴重な人材が自分たちの伝手だけで手に入る気がしなかった為、オルガはその選択肢を選ぶことを辞めた。メリビットさんに関しては余裕が出来た今だからこそ親父からの紹介であり、とても配慮して選んでくれた人材である事をオルガは痛感し、その偉大さを改めて感じ取ったという。手間と時間は掛かるが自分達で育てるなり自己習得する形でなんとかしていく選択肢を選んだのであった。
バルバトスのパイロットをやる傍らアガベを回収し、医務室にいるメネリクから蒸留機を借りて酒造する技術まで手に入れた三日月や、グシオンのパイロットをやりながら建築設計の勉強をおやっさんの手ほどきを受けて習得した昭弘。会計計算の技術をデクスターさんから学び、鉄華団の副団長として事実上鉄華団の秘書としての仕事をしつつ宇宙船の操縦技術まで覚えたユージンなど、忙しい中で忙しいなりに戦いのための技術だけでなくそれ以外の技術を習得した団員達も居るのだから、何かしら出来そうなことを覚えさせる事も無理ではないだろうという判断である。
それが無理な奴には今まで通り兵隊としてみっちり鍛え上げてやればよいだけだ。現にそういった平和な生き方に馴染めず今は傭兵としての生き方に徹しているシノは、私生活こそちゃらんぽらんな面もあるがそうしている。要するに、戦い以外にも生きるための選択肢を増やすことができるようになったというだけである。昔からの生き方も当然出来る。もっとも、それを選べるようになったということは大きな一歩であろう。
アーブラウで蒔苗氏からアーブラウ防衛隊の指導役としての仕事を斡旋しようと言う話が持ち上がった時は悩んだが、あの時断りを入れて代替案として親父からの信頼も厚いというテイワズの民間軍事会社を紹介した事は間違いでは無かった。地球に支部を置いていてはそちらに力を分けなければならない為、ここまで火星での活動に力を入れる事は出来なかっただろう。
鉄華団はその地道な活動が根を張り、芽を結び、滅多なことで倒れない土台や基礎を作り上げた上で大きく伸びようとしつつあった。そしてそれが呼び水となって、火星の経済が大きく発展していく事となる。
だが、それに比例するように大きく治安が荒れている場所もある。
皮肉なことに、火星の治安が経済の発展と共に大きく改善し始めたその時期に、人類の生まれ故郷である地球の治安は大きく荒れ始めることとなる__
アーブラウとSAU。かねてから関係の悪化による防衛隊同士での小競り合いの絶えなかった二つの巨大経済圏の争いは、最悪の結末を迎えてしまった。MAの暴走を防げなかった事による発言力の低下と、目を覆いたくなるような被害の大きさから組織の再編成中であったが故にその抑制を行うギャラルホルンがその仲裁を行う事が満足に行えなくなった結果__アーブラウの代表である蒔苗氏をSAUのMSが襲撃する事件が発生。
幸いにも厳しい訓練を受けた防衛隊員の手によって迎撃され蒔苗氏は無事であったものの、多数のアーブラウの防衛隊員及び政治家の死者が出る大事件に発展し、これに激怒したアーブラウ自治区はSAUとの開戦を宣告__厄祭戦以降、なんとか避けていこうと人類が足掻き続けていた正式な『戦争』が発生してしまったのであった。
これに対し、ギャラルホルンは再編成した部隊を両陣営に派遣し、交渉の末に一つの条約を成立させることになんとか成功させる。無人兵器の使用の禁止、生物兵器や大規模破壊兵器の使用の禁止等々、必要最低限人類を滅ぼしかねない事態に発展させない形での『戦争』を行うように協定を結ばせたのだ。現状のギャラルホルンではこれが限界であり、武力による制圧も出来なくはないがそれを選んでしまうと現在地球に火事場泥棒をしようと寄ってきている海賊や非合法組織を迎撃するための戦力を維持する事が出来なくなってしまい介入を許すことになってしまう為の妥協案であった。
それを守る限り、自分たちは両経済圏の戦争に介入しないという内容を盛り込んだその条約を、両陣営共に承諾。
こうして、ギャラルホルン成立後初となる彼らに鎮圧されることのない戦争が始まってしまったのであった。
後にギャラルホルン公認の戦争であるという意味を込めて『公認戦争』と呼ばれる事となるこの戦争は元々荒れ気味であった地球の治安を大きく悪化させ、地球は再び混乱の中に叩き込まれる事となる。
マクギリスとラスタルはティータイム中の軽い会談中に事件の発生と開戦の事実を聞かされ、込み上げて来る胃液の流れを抑えてそのまま胃薬を部下から受け取って、紅茶でそれを飲み干して少しの間考えを纏めた後、即応するように部下に指示を出し大慌てでこれらの条約の内容を取りまとめ、二人で両経済圏への警告を行う為に自分たちの艦隊を用意して飛び出していったという……
彼らの苦難の日々は暫く続く事となりそうだ。
マッキー及びラスタルおじ様、残業確定待ったなし()