甲鉄城のカバネリ 鬼   作:孤独ボッチ

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 嘗てない程の長い時間が掛かりました。
 言い訳は趣味ではありませんが、書く時間が全く取れず四苦八苦しておりました。申し訳ありません。
 それでは宜しくお願いします。


 


第十四話

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 克城に牽引される形で甲鉄城は、金剛郭へ至る最後の駅・磐戸駅へと到着した。

 そこで問題が発生した。美馬達克城は、磐戸駅への立ち入りが断られたのだ。残された甲鉄城も人員が全員下ろされ、厳しい検疫という名の取り調べが成される事となった。克城の人間が紛れ込んでいないかの確認だろうが、過剰といえる厳重さだった。

 想馬達はといえば、あれから無名と語る事はなかった。何度か生駒が突撃を敢行したが、相手にされずに追い返されてしまっていた。

 検疫で外に出されて順番を待つ鰍は、折角仲良くなれた無名とこんな形で別れる事に悲しんだが、子供達の手前なんでもないように装っていた。仲が良くなったのは、子供達も同じなのだから。

「ねえ。なんで降りるの?」

 顕金駅の子供達の一人である小太郎が、鰍を見上げて素朴な疑問を口した。

「お侍さんが、降りろって」

 苦笑い気味にそう答えるのがやっとであった。鰍自体どうしてこうも厳重に調べられるのか疑問だったので、上手く答えようがなかった。

 検疫と言っても天鳥美馬が先導してきた以上、まさかカバネに噛まれた人間が居る筈もない。狩方衆は幕府でも最強の武装集団なのだから。

 そんな気持ちが伝わってしまったのか、目が合った武士の眼が鋭く光った。鰍は視線を逸らすだけで精一杯だった。

 だが、そんな気持ちを抱いていたのは、鰍だけではなかった。甲鉄城の人々の大部分は、美馬と別れ別れになることに不安を露にしていた。

 そんな住民達と共に甲鉄城を降りた菖蒲は、磐戸駅の領主と面会することになっていた。これも四方川の家の僅かに残った恩恵と言えた。しかし、面会に関しては、いつもなら来栖と吉備土を連れて行くのだが、それは何故か認められなかった。磐戸駅側から男の同行者は認めないという通達があった為だ。これには来栖が怒ったが、今の甲鉄城の面々にはどうする事も出来ない話だった。そこで白羽の矢が立ったのが、侑那だった。本来ならば無名が一番いいのだが、彼女は今や狩方衆に戻っている為、連れて行けない。侍女では何かあった時に動けないし、下手をすれば菖蒲の足を引っ張りかねない。そこで力が強く、男社会である駿城で乗り組員としてやってきた侑那に頼む事となった。

 甲鉄城を降りる際に、克城のある方へ視線を向ける。

 菖蒲の中にあったのは、美馬とここで別れらるという正体の分からぬ安堵だった。

 菖蒲は、侑那と共に案内の武士が来るのを待っていたが、想馬や生駒達が集まって何やら話している姿を見て、侑那に一時離れることを告げると想馬達の元へ向かった。

 想馬達は、深刻な表情で顔を突き合わせていた。

 克城の先頭車両にカバネが大量に積まれていた件について、まだ伝えていない面々に話したのだ。

「一応、実験に使うカバネだって話なんだろ?どのくらいいるとか分かるのか?」

 巣刈が顔を顰めながら生駒に訊ねた。

「百体以上いる!実験するだけで常時そんなに必要な訳あるか!」

 生駒が吐き捨てるように言った。

 想馬は、先程から発言せずに甲鉄城の面々の遣り取りを眺めていた。そこには生駒のような苛立ちはなく、平静そのものだった。

「だとすりゃ、別れられて幸運ってもんだな…」

 そのやり取りを聞いた菖蒲は、兼ねてより疑問を感じていた事を想馬に訊いてみる事にした。

「私も…無名さんは、あの方の元に居るべきではないのではないかと思います。…あの、どうして想馬は、止めなかったのですか?」

 生駒が自分と同じ意見なのは分かる。しかし、想馬は無名が美馬の元に居る事に何もいわない。何かと助言したり常識を教えたりしていたのだから、無関心という事も嫌っているという訳でもない筈なのに、この件ではどうも彼は何も口にしない。その事がどうも腑に落ちない。

「あいつはあいつなりの考えで行動した。それにとやかく言わない。それだけだ」

 想馬は、それだけ答えた。本音を言えば、美馬に関しては過去の出来事が原因で客観的な目で見れないからというのもあった。

「美馬様と何かあるのですか?」

 思わず想馬は顔を顰めてしまった。

 菖蒲は、想馬の反応を見て自分の直感が正しい事を悟った。思えば、想馬と美馬は互いに話をしようとしなかった。生駒とは、あれ程話していたのにだ。

 想馬ならば、遠慮なく美馬に何か揉めるような事をいいそうだったのに、何も言わなかった。

 それにしては、お互いに意識しているような気がしていた。

 何気なく擦れ違う瞬間などにそれを感じた。警戒心と断言出来ない何かを。

「やはり何か関係が?貴方も狩方衆に関係している…という事はないですよね?」

 勿論、菖蒲も本気でそんな事を疑っている訳ではない。何しろ、美馬に近い位置にいた無名が彼を知らなかったのだから。想馬も菖蒲が探りを入れている事には気付いていたが、これに答えない訳にはいかない。想馬にしてみても、ここで妙な疑念を持たれるのも面白くない。

「そうじゃないな。こっちが一方的に知っているだけだ。あっちは俺の事なんぞ知らないだろうよ」 

「では、どういう?」

「俺の親父殿が美馬の信奉者でな。年の頃も近かったお陰で、何かと引き合いに出されてな。アイツに関しては、俺は客観的な判断は下せない」

 菖蒲の追及に、想馬が渋々といった感じで重い口を開き答えた。勿論、それが全てという訳ではないだろうが、答えてくれた事に取り敢えず満足するしかない。どこまで深く訊いて良い話なのか計り兼ねたからだ。

 想馬も浪人である以上、元々は武士であった事は頭では分かっていても、改めて聞くと菖蒲は不思議な気分になった。今の想馬は武士らしくないし、浪人にありがちな士官に貪欲という訳でもないからだろう。

「それに無名も、甲鉄城で学んだ事も多い筈だ。自分で判断するっていうなら、やらせてみるのもいいだろう」

 菖蒲も無名の成長自体は認めている。だが、完全にまだ子供である無名を、そんな風に突き放してしまっていいものか。

「もう一度言いますが、私は無名さんがあの方と共にいるのは良くないと思っています。」

「俺も同感です」

 菖蒲の言葉に生駒がすぐさま賛同した。だが、想馬としては、あの時の彼女が説得したくらいで美馬から離れるとは思えなかった。

(あの目は、親父殿と通じるものがあったしな…)

 それを思い出し、想馬は顔を顰めた。想馬も本気で無名を放置した訳ではない。少しの間とはいえ、共に戦った仲だ。手を貸すのだって吝かではない。

 無名は当初から美馬の目的をある程度は知っているようだった。それに関しては出会った頃は勿論、どんなに甲鉄城の人間と親しくなろうとも口しなかった。それは無名自身がそれに賛同している事を意味する。勿論、美馬が馬鹿正直に全て話していればだが。

 最後に会った無名は、それが本当に正しいのか見極める積もりでいると、想馬には感じられた。間違っていたその時の事も、彼女は覚悟している。

「菖蒲様。迎えが来ました」

 話が途中ではあったが、侑那に呼ばれ菖蒲は已む無く話を中断した。

「想馬、生駒。無名さんを…」

 菖蒲が後ろ髪を引かれつつも、迎えの武士と共に去って行った。

 想馬と目付きの鋭い武士と目が合ったが、すぐに武士は目を逸らして去って行った。

 

 それを想馬は怪訝な思いで見送っていた。

 

 

 

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 磐戸駅内への立ち入りが禁止された克城では、主要な面々が顔を揃えて話し合いの真っ最中だった。

「供は女のみですか。滅火や無名を連れて行けば事足りますな」

 淡々と沙梁が言うが、困った様子はなかった。それはそうだろう。彼女達二人は、文字通りの一騎当千のカバネリなのだから。寧ろ、一番厄介な二人の動向を許した形になる。

 美馬は、それにやはり黙って首肯する。だが、すぐに堪えきれなくなったのか、口元がほんの少しだけ歪ませた。

「補給の頼みに応じてくれただけでも有難いというのに、格別の配慮に感謝といったところだな」

「ここまで待った甲斐があるというべきか、こんな腑抜けがと怒るべきなのかね」

 美馬の皮肉っぽい物言いに、瓜生は呆れた声で応えた。

 瓜生は沙梁と違って当初から付き合いという訳ではないが、それなりの期間狩方衆としてカバネと転戦してきた。だが、ここまで警戒しなければならない相手をアッサリと招くとは気が緩み過ぎている。ずっと死んだふりをする事が有効な手だと分かっていても、瓜生が呆れるのも無理からぬ事だろう。

 滅火も無名もただ結論を待っているように、話だけ聞き口を挿まない。

 美馬は、これからの動きを入念に打ち合わせた。

 

「兄様。これでみんなが幸せに生きる事が出来る世になるんだよね?」

 今後の行動についての最終確認が終った後、無名は静かな口調で言った。

「ああ。今の停滞を起こしているのは幕府だ。そこを変えれば助かる命はあるさ」

 無名と美馬は暫しの間、見詰め合い互いに目を逸らさなかった。

 どれ程経ったか、先に視線を外したのは無名だった。特に何か言う事もなく無名は出て行った。

 その後ろ姿を滅火が見送る。その視線には複雑なものが含まれていた。

 無名の気配が完全に遠ざかったのを確認して、滅火が少し悲しみを帯びた目で美馬を見詰める。

「貴方は無名に嘘を言ったね」

「嘘を言った覚えはない。結果的には同じ事だからな」

「でも、あの子は成長している」

 明らかに以前の無名ならば、美馬に絶対の信頼を捧げていた。だが、今は見極めるような眼で美馬を見ていた。滅火は、それを素直に喜べなかった。美馬が手段を選ばない男だと知っていたからだ。

「そのようだ。だが、問題はないし、予定の変更もない」

 それを裏付けるような美馬の発言に、滅火はただ瞑目した。

「私の予定もという事ね?」

 これからの計画では、自分が先に実行し、無名が後だった。そうなったのは簡単な理由で、滅火に残された時間が無名より圧倒的に少ないからに他らない。

 無名が帰ってこなかった場合には、別の計画に移さねばならないところだったが、幸か不幸か無名は戻って来た。全ては予定通りだ。

「そうだ」

 冷徹に前だけを見詰める美馬の横顔を、滅火は心配そうに見詰めて結局は美馬同様に目を逸らすように前を見詰めた。

 

 狩方衆の宿願を叶える為の戦いが始まる。

 

 

 

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 美馬は、領主の要請に応じる形で供を滅火と無名にしていた。美馬は馬に乗り堂々と進み、滅火と無名は二人で馬に乗っていた。手綱は滅火が握り、無名は滅火の後に乗っていた。無論、無名も馬に乗ろうと思えば一人で乗れるが、子供である事を印象付ける為にそうしている。

 磐戸駅の警戒は厳重なものだった。相手が滅火や無名でなければ。武士達が三人を包囲するように武器を手に油断なく三人を監視していた。唯一評価出来る点は、蒸気筒を武器に選んでいない事くらいだ。カバネリにとっては、一瞬で間合いに入り込める距離である。蒸気筒では反撃の暇も与えずに殲滅出来る。尤もそれがなくてもカバネリ二人にとっては、なんの障害もありはしないのだが。

 無名は周囲を何気ない風を装って観察していた。

「程々になさい」

 滅火が囁くように後ろの無名に言った。無名は微かに頷いて視線を美馬の背に移した。

 美馬の方は、涼しい顔で悠然と進んでいた。

 その姿を遠くで見ていた人間が居た。

 逞生である。

 逞生が無名達の姿を目撃したのは偶然だった。何気なく磐戸駅の領主館を見たのだ。逞生も菖蒲達の首尾が気になっていたというのもあったのだろう。

「生駒!」

 逞生は、大慌てで生駒にこの事を報せに走った。

 

 逞生は何か嫌な予感を感じながら、生駒と想馬の元へと急いだ。

 

 

 

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 菖蒲と侑那は、目付きの鋭い武士・板垣の案内で磐戸駅・領主である前田との面会に臨んでいた。

 前田は、温和な性格が滲み出た顔付きの領主としては若い男だった。掛けた眼鏡が知的な印象を与えるが、領主としての威厳に欠けるように見えた。

 そんな男が笑みを湛えつつ、菖蒲達に口を開いた。

「いやぁ。済みませんね。女性のみでなどと無茶を言ってしまって。これも金剛郭からの指示なんだよ」

「いえ。お忙しい中、時間を割いて頂き感謝しております」

 前田の言葉に菖蒲は恐縮して見せる。前田の言葉にはなんの裏も感じない。

「当然の用心です」

 前田の傍に控えていた板垣が鋭い声で言った。本来であれば、主君の言葉を家臣が許可もなく口を開く事は許されない。特にこうした公式の場では。

 菖蒲は、余程前田は板垣を信頼しているのだろうと理解する事にした。

「分かっているよ」

 前田は苦笑いで板垣の言葉に応えた。

「実はね。美馬殿が補給の依頼をしてきていてね。上からのお達しで迂闊に磐戸駅に入れられないので、こうした条件になった訳なんだ。彼等の補給を受けない訳にもいかないからね。でもね…。そんなに彼等を警戒しなくても良いのではないかと僕は思うのだけどね。彼等は、幕府の命で何年も文句一つ言わずにカバネを倒し続けている。彼等に恨みがあるにせよ。そんなものを抱えて何年も大人しく従い続けるとは思えないよ。そろそろいいんじゃないかと思うけど」

「殿は、奴等と上様の確執をご存じないから、そのように思うのです。現に胡乱な輩も磐戸駅をうろついているようです」

 板垣が呈した苦言に、菖蒲は嫌な予感を覚えた。まさかという気持ちが抑えられずに口を開いた。

「失礼ですが、板垣殿。それは…」

「貴女様も話しておられたようですな。あの浪人者ですよ。アレは質の悪い信奉者の息子です。家が取り潰されて問題を起こした破落戸です。あまり関わり合いにならない事を勧めます」

 板垣は侮蔑も露にそう吐き捨てた。問題を起こした事まではきいていないが、想馬が美馬に従っているとは思えなかった。美馬を語る彼の顔に嘘はないように感じたからだ。

 侑那は、少し目を見開くだけの反応だったが、彼女にしてみればかなり驚いている。

 菖蒲は、内心で嫌な予感が的中した事に内心顔を顰めた。下手をすれば、想馬も磐戸駅でお別れとなるかもしれない。しかし、無名に続いて最大戦力ともいうべき想馬を欠く事は、菖蒲にとって避けたい事態だった。確かにこの先は、日ノ本で一番安全な金剛郭だ。だが、狩方衆がこのまま黙っているとも思えない。ここに来る前に聞いた不穏な話と合わせれば、想馬は甲鉄城に居て欲しい人材だった。想馬がカバネリになっており、一人で放り出せないというのもあるが。想馬ならばどうにかしそうだが、自分達を助ける為にカバネリになってしまった彼に不義理は武士の娘として出来る事ではなかった。

「そんな事まで把握なさっておられるのですか?」

「当然です。不穏分子ですからな」

 菖蒲の言葉に板垣は顔色一つ変えずに淡々と答えた。

 菖蒲は、これから彼等の口から出る言葉を予想する事が出来た。

「それで、申し訳ないのですが美馬殿の金剛郭入りも断る以上、件の人物の立ち入りも断らざるを得ないのです。それと四方川の家臣団も今回はお断りしなければなりません」

 前田は困り顔で、菖蒲の予想を遥かに上回る発言をサラリと言った。

 思わず、前田の顔をまじまじと見てしまい、慌てて目を畳へと移した。

「私も遣り過ぎだと感じているのですが…」

「仕方ありますまい。聞けば、四方川殿は狩方衆と接触していたというではありませんか」

 前田は気の毒そうな視線を菖蒲に向けるが、ここでも板垣が冷酷な発言をする。

 しかし、菖蒲は目の前が暗くなりそうなのを堪えて、疑問に感じた事を尋ねた。

「何故、それを?」

「幕府が駅領主を放置している訳もないでしょう」

 板垣が菖蒲の疑問に冷ややかに返答した。どうやってその情報を得たのか分からない。それが不気味だった。

「ご老中の牧野様の口添えもあるでしょうから、そう難しく考えないで下さい。金剛郭に入ってしまえば安全なのですから」

 前田が困り顔で、菖蒲を励ますような事を言ったが、それが救いだと菖蒲は感じなかった。

 そこまで警戒されているのであれば、菖蒲がどんなに言葉を重ねたところで覆せない。

 菖蒲は、ただ頭を下げて今の表情を見られないようにするしかなかった。

 菖蒲達の話が終わるのを待っていたかのように、背後の襖が開いた。

 

 菖蒲と侑那は驚いて現れた男を見るしかなかった。

 

 

 

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 現れたのは今しがた話していた件の人物・美馬だった。菖蒲達は更に後ろに無名が居るのを見て目を見開く。

 菖蒲は、信じられない思いで前田を見遣る。前田の方は苦笑いで明後日の方向を見た。

「いや…急いでいるということでね…」

 前田が誤魔化すように、それだけ言った。

「失礼しました。通されたもので、そのまま…」

 美馬は穏やかに微笑みながらそう言ったが、菖蒲には最早不気味にしか感じなかった。

 だが、次の瞬間にいつの間に近寄ったのか板垣が、蒸気筒を手にしっかりと美馬に狙いを付けていた。音もなく菖蒲達は板垣が動いた事すら気付かなかった。しかし、美馬に向いていた銃口の射線は滅火によって遮られた。こちらも菖蒲達からすれば、突然に湧いて出たようにしか見えなかった。美馬は自身が銃口を向けられたにも関わらず、穏やかに滅火の肩に手を置き下がらせた。滅火も一瞬美馬を窺うような視線を向けて素直に下がった。

「板垣…美馬殿は話に来られただけだぞ?金剛郭ならばいざ知らず」

 前田は困ったような声でだが、窘めるように家臣に声を上げる。

「話ならば、銃を向けられていても話せましょう。それとこの男はもう世継ぎではありません。殿など付けないでいただきたいですな」

 前田は家臣の言葉に言葉を詰まらせる。確かに重要な要所を護る領主と一組織の長とでは身分が違い過ぎる。前田の方が今や身分が高いのだ。前田は美馬に羨望に近い感情を持っている為、呼び方は美馬殿に落ち着いていたのだが、板垣はこれを機に改善を要求したのである。

 美馬も表情を変えずに、銃を向けられたまま話す事に同意した為、菖蒲達は退出しようとしたが何故か留め置かれて脇で話を聞く事となってしまった。

 美馬は座るように求められても平然と座った。滅火とも無名とも大きく離される形でだ。座ればどんな者であれ、対応が遅れる。同行者の二人との連携も離されては取り辛い。しかも、蒸気筒は板垣をはじめ、磐戸駅の武士達が立ったままの状態で狙いを付けたままだ。

 

 美馬の要求は補給であり、その量は慎ましいものだった。多少の交渉と前田が武勲の話を聞きたがった為に、なかなか菖蒲達は退席が叶わなかった。

 そんな中、無名は関心なく欠伸したりして辺りをキョロキョロ見回したりしていた。大人しく座って身動ぎ一つせずにいる滅火とは真逆である。そして、無名は急にもじもじし始めた。

「兄様!厠行きたい」

 挙句、そんな事を言った。

 それには、前田はあまりの無遠慮さに呆然とし、板垣を除く武士達は呆れた顔をした。

「早く!こんなとこで漏らしたら恥ずかしいでしょ!」

 あまりの言い様に美馬ですら、苦笑いを禁じえないようだった。

「頼めますか?」

 美馬が若干恥じ入りつつも、前田に断りを入れる。

 無名は慌ただしく退席していった。

 だが、菖蒲には無名の態度に違和感を覚えていた。確かに無名は子供であるし、生駒や想馬との交流を経て成長したとはいえ、まだまだ子供っぽさはぬけていないが、先程の行動はそれをワザと誇張したように感じたのだ。

 

 何かが動いたような予感に、菖蒲は顔を顰めた。

 

 

 

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 逞生の知らせで生駒と想馬は、無名が居るであろう場所まで駆けていた。生駒はすぐに走り出したが、想馬は生駒に引き摺られた形になっていた。物理的にである。

「おい。どうして俺まで行くんだ」

 ややウンザリとした声で想馬は呻くように言った。女に手を引かれて歩くなら許せるが、野郎に手を引っ張られながら歩くのは遠慮したい。

「無名を放置したのは、想馬だろう!アイツはまだ何をしでかすか分からないんだ!」

 キッと睨む生駒の手を振り解き、自分で走る方がマシである事を伝えてどうにか生駒を宥めて走る。

 想馬は走りつつも溜息を吐いた。

 

 そして、過剰な程に子供である事を強調した無名は、廊下を蒸気筒で武装した武士四人に囲まれた状態で歩いていた。

 過剰な演出は効果があったようで、警戒は多少緩んでいるのが無名には見て取れた。

(呆れたね。まあ、ここら辺でいいか)

 無名は、兼ねてよりの打ち合わせ通りに行動を開始した。

 まずは背後にいる二人の意識の隙間を突き、流れるような動きで後退する。無名を一瞬で見失った二人の武士は、一瞬ではあるが動きが止まってしまった。

 素早く首筋に一撃を加えて二人を昏倒し、更に遅れて背後を振り返った前方二人の武士に当て身を食らわせる。

「一応、殺さないで置いたんだから感謝してよね」

 無名は、それだけ言うと音もなく駆け出した。その姿はすぐに消え失せ、意識を刈り取られた武士達の発見は暫く時間を要した。

 稼いだ時間で跳ね橋へと向かうのに、無名の脚ならば時間は掛からない。最低限の人数を素早く音もなく倒し跳ね橋を上げるレバーまで辿り着いた。

 無名は、用心深く外を観て他に気付きそうな敵影がないかを確かめてから、懐から手鏡を取り出した。子供の持ち物でしかも武器ではない手鏡は没収されなかったのだ。手鏡を反射させて仲間に合図を送ると、レバーを勢いよく下ろす。無名の動きに気付いていなかった守備の武士達は突如跳ね橋が下りた事に驚愕し、今更ながらに跳ね橋のレバーがある場所へと走り出した。 

 

 合図を待っていた克城の沙梁は、合図を確認し時間通りである事を確認し淡々と指示を飛ばした。それを受けて、人の血肉を括り付けた蒸気バイクに跨った瓜生が部下と共に克城を飛び出して行った。大量のカバネと共に。

 

 一方、無名は次の行動を起こそうと移動しようとしていた。だが、それは乱入者によって止められる事となった。

「無名!」

 そこに飛び込んできた面々を見て、無名は年齢に見合わない溜息を吐いた。無名の予想通りの面々だったからだ。

 生駒と逞生、想馬である。

「こんな所で何やってるんだ!」

「何って、克城を入れるんだよ」

 生駒が険しい顔で問い詰めるような口調に、無名は淡々と目的を告げた。

 想馬は、眉間に皺を寄せて、重い溜息を吐いた。

「お前!自分が何やってるか、分かってるのか!?」

 生駒が激昂するように激しい口調で言う。逞生は事態の大きさに顔が真っ青である。ここまでやってしまえば、もう反逆である。日ノ本全てが敵に回ってしまう。

 それでも無名と想馬に表情の変化はない。

 想馬は、無名を押し退けるように外を見て、眉間の皺を更に深くした。

「美馬は幕府を倒す積もりか」

「そうだよ。生駒達も見たでしょ?閉じ籠っていても何も解決しないんだよ!これじゃ、戦いが終わらない!だから、今、戦わなきゃいけないんだよ!」

 想馬に押し退けられながら、無名は生駒に反論する。

「やり方は気に食わんがな」

「「え?」」

 想馬の呟くような言葉に、生駒と逞生が慌てて外を確認する。そこに広がっていたのは、蒸気バイクに血肉を仕込んでカバネを誘導する狩方衆・瓜生達の姿があった。

 あまりの出来事に生駒と逞生が愕然とその光景を見ていた。

「兵が少ないなりのやり方なんだろうがな。だが、あれは火を付けた牛だの豚じゃないぞ。お前、本当にこんなやり方でいいと思ってるのか?」

「……」

 無名も流石に黙り込んだ。無名もカバネがどんな悲劇を生むかは、嫌という程分かっていたからだ。

 それに自分は、こんなやり方をするとは聞かされていない。何かするだろうと思っていたが、まさか無名もここまでとは思っていなかった。

 しかし、現状では美馬こそが、この世の中を変える可能性があった。やり方はどうあれ。

 嘗ての無名ならば美馬に詰め寄り止めてくれるように頼んだだろう。だが、今の無名はそれを飲み込んだ。自分で考えた結論だった。今、血を流そうと変えなければならない。安心して皆が暮らせる時代を迎えさせなければならない。無名は強く拳を握り締める。皮膚が破けて血が出る程に。

「兄様は、やり方も拘りがあるみたいだったから…何かあるんだと思う」

 無名は、それだけ答えると開いた監視用の開いた窓から身を躍らせた。自ら決めた事とはいえ、想馬達の顔を真面に見る事が辛かったし、決意が鈍りそうで嫌だったからだ。あそこは自分には暖か過ぎる。

「無名!」

 生駒の声は虚しく響いただけだった。当の本人には届いたか確認出来なかった。

 想馬は、無言で背負っていた斬馬刀を手にすると、ゆっくりと歩き出した。

「お、おい!どこ行くんだよ!?」

 逞生が若干怯えを含んだ上擦った声で想馬を問い質す。

「お話は終わりだ。もう戦うしかないだろうが」

 

 想馬はそれだけ言うと振り返らずに歩き出した。

 

 

 

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 狩方衆が作り出した状況は、あっという間に前田達がいるところまで届いた。

 慌ただしく襖が開かれ、伝令が駆け込んでくる。

「申し上げます!カバネが磐戸駅内へ入り込みました!…」

 予想外の出来事に板垣達は、一瞬引き金から指の力を抜いてしまった。注意すべき人間への警戒も緩めてしまったのだ。

 その場に居た菖蒲は、偶然見てしまった。美馬が口が歪んだのを。

 伝令がまだ何か言おうとしたが、その暇は与えられなかった。美馬と滅火が動いたからだ。

 美馬の方は、正座していたにも関わらず、体重を感じさせない素早さで体を浮かせると自分に銃口を向けている板垣の蒸気筒を腕で撥ね上げる。板垣は銃を咄嗟に捨てて脇差に手を伸ばしたが、脇差は既に美馬の手で刃を抜かれていた。美馬は脇差を躊躇なく板垣の心臓へと突き刺した。板垣が苦悶の声を最後に全身から力が抜け崩れ落ちてた。それを前田は呆然と眺めているだけだったが、他の武士達は反応しようとしたが遅かった。既に動き出していた滅火により、瞬く間に脇差を奪われ殲滅されてしまった。あれだけの至近距離で発砲されたにも関わらず、滅火は掠り傷一つ負わずに平然としていた。伝令は漸く逃げようと動いたが、滅火の投げた脇差が頸に突き刺さり倒れ込んだ。

 美馬はそれを見届けると、ゆっくりと前田に歩み寄った。

「貴方に恨みはないのですがね。貴方の御父上には大変世話になった。地獄では再会出来そうにないので、今詫びて置こう。済まない」

 美馬は変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま、呆然と座るだけの前田の頭を掴んだ。

「や、やめ…」

「お止めなさい!」

 菖蒲が壁にある薙刀を手に美馬に刃を向けるが、美馬は一瞥しただけで漸く言葉を発した前田の頸に脇差を突き刺した。

 返り血が美馬の身体を紅く染める。

 美馬がゆっくりと残った菖蒲と侑那を見遣る。侑那は咄嗟に菖蒲を護るように前に出た。特に自分に何かが出来ると自惚れてはいない。こんな事をしても自分達は殺されるだろうと分かっていても、侑那は動いた。与えれた仕事を期待以上に熟す事で、男社会の駿城の世界で生き抜いてきた侑那の真面目さの現れだった。その侑那の経験が菖蒲を救った。次の瞬間には、菖蒲の肩に簪が突き刺さったからだ。

「侑那さん!」

 あまりの衝撃に侑那が倒れるのを、菖蒲は受け止める為に薙刀を手放さなければなかった。投擲した人間を確かめれば、それは滅火だった。カバネリの力で投げられれば、女性としては力のある侑那が倒れるのも納得がいく。

 菖蒲はせめてもの抵抗として二人を睨み付けた。

「丁度良かった。貴女達には、同行して頂こう。素直に従って頂ければ手当して差し上げてもいいですよ」

 それでもこの言葉に、侑那は自らが安堵した事を感じた。今更ながらに死の恐怖が襲ってきたからだ。それを恥じと責める事は出来ないだろう。

 菖蒲も侑那を放置して玉砕する訳にもいかない。完全に人質を取られたようなものだった。

 

 菖蒲も侑那の背越しに、青白い顔で美馬を睨むのが精一杯だった。

 

 

          8

 

 想馬にとって美馬とは、唾棄すべき過去の象徴だった。故に意識的に美馬とは関わらないようにしていた。実際に対峙した時、言葉は無くとも感じるものがあった。自分とこの男は相容れないと。おそらくは向こうも同じ気持ちだっただろうと察した。

 もう既に外はカバネで溢れていた。捨てた故郷の姿が脳裏を過り、想馬は顔を顰めた。それを振り切るように徐々に速度を上げて、遂には走り出していた。自分の装備が置いてある甲鉄城へと。

 

 一方その頃、甲鉄城では、訳も分からぬまま防衛線を強いられていた。駿城の親鍵を持つ菖蒲がいない為、甲鉄城を動かす事が出来ないからだ。

 車庫の扉を閉め、入り口を甲鉄城の武士達が蒸気筒を手に奮闘していた。まだ若い平助までも動員して防衛しても手が足りているとは言い難い状況に、全員が必死に冷静であろうと努力する事と全力を尽くす事以外出来なかった。生駒が開発した噴流弾がなければ、全員カバネの仲間入りを果たしていただろう。

 吉備土は目の前のカバネを排除し、次のカバネに狙いを定めた次の瞬間、カバネの心臓部が破裂するように背後から破壊された。

「生駒!」

 素早く生駒が吉備土に駆け寄る。後ろにいた逞生も蒸気筒を担いて後に続く。

 だが、生駒が口を開く前に、突風が起きた。吉備土と生駒が振り返ると想馬が斬馬刀を一振りしたところだった。カバネが五匹程上半身を引き千切られるように飛ばされた。その恐ろしい重量の鉄塊というべき剣を、まるで普通の刀でも使うように繊細な剣術で次々と突風と共にカバネを片付けていく。その姿に周辺の武士すらも呆然と動きを止めた。

 想馬の周りからカバネが一掃されると、想馬は悠然と甲鉄城に続く扉を開けて入って行った。装備の鎧や銃は、甲鉄城の中に置いてきていたのだ。想馬はただそれを回収しに来ただけなのだ。

「っ!菖蒲様は!?」

 生駒が我に返り吉備土に問うと、吉備土は苦い顔になった。

「まだお戻りにならない」

 それだけで状況を察した生駒は、貫き筒を握り直した。自分が救出に向かう積もりだからだ。

 だが、それは来栖によって阻まれた。来栖は馬に騎乗していた。

「俺が行く」

 短いが決意の籠った声で来栖は告げた。吉備土は一人では危険だと言おうとしたが、思いとどまった。幾ら言葉を重ねたところで来栖は一人で行くだろう。実際、これ以上人を割く事など出来る状況ではない。

「ここは任せる!」

 来栖は、ここの防衛がどれだけ厳しい事か承知していた。だからこそ、それだけ言うとすぐに馬首を返して走り去った。

 吉備土は、そんな来栖を少しの間見送ると、すぐに蒸気筒を構えて檄を飛ばす。彼と主の飼える場所を護る為に。

 

 一方、無名はと言えば駅の居住区を突っ切っていた。目的地は磐戸の大門。金剛郭へと続く唯一の入り口であり、彼の地を護る最後の要塞だ。克城とは、そこで合流する手筈になっていた。

 既にカバネとの戦闘が広範囲に広がり、居住区は炎に包まれていた。そんな中を無名は、襲い来るカバネを蹴散らしながら疾駆していた。

 だが、そんな無名の眼に女の子を連れた母の姿が映った。

(逃げ遅れたんだ)

 そんな親子の背にカバネが姿を現した。無名は反射的に動いた。偽善であると分かっていても見過ごす事が出来なかった。嘗ての自分の姿を思い出してしまったからだ。

 母親がカバネに気付き娘を庇おうとする。無名は全力で駆けて、跳び蹴りでカバネを吹き飛ばし、倒れたところを単筒で至近距離から心臓部を破壊する。

 無名は振り返り、親子に逃げるように言おうとした。だが、実際に声を上げる事は出来なかった。

 振り返った先には、腕に噛み痕をつけた女の子が怯えている姿だった。もう、カバネのウイルスが浸蝕を始めていた。母親は優しく宥めると自決袋を取り出す。もしかしたら、武士の家族なのかもしれない。母親は娘を後ろから抱きしめると、娘の胸に自決袋を押し当てた。

「大丈夫だよ。一緒だからね」

 次の瞬間、自決袋が炸裂し親子を貫く。

 無名は、顔を歪ませて単筒を握り締めた。これは自分が選んだ結果だ。

(御免、とは今は言わない。償いはきっとするから)

 無名は、走り出した。周りの光景を振り切るように。

 

 甲鉄城を一人離れた来栖は、カバネが増え続ける磐戸駅を馬で走っていた。必要以上に相手にして血を流させる訳にはいかない。仲間の血でさえカバネは反応するからだ。

 彼の時代遅れと揶揄され続けた刀術が、彼を今助けていた。

 領主の元は既に生きた人間は存在していなかった。遠目からでも分かる程に。普通に考えれば絶望するところだが、成長を遂げた菖蒲は無事であると彼は信じた。

(菖蒲様!)

 次の捜索地点は、磐戸駅の駿城が停車していると思われる車庫である。後退すべき地は磐戸駅には金剛郭しか存在しない為、磐戸の大門へ直接乗り入れる路線があった。磐戸の大門とは、金剛郭へ至る最後の砦であり最大の防衛施設である。他の駅の比ではない壁の厚さに強度を誇り、大口径の砲門を幾つも備え、それは確度もかなり自由に調整出来る最新式が採用されている。金剛郭自体も堅牢だが、磐戸の大門もまた金剛郭を護る城壁の一つと言えた。来栖は、領主である前田と共にそこに避難した可能性を考えて馬を走らせていた。自分達を排しての面会となれば、最悪菖蒲だけ連れて行くというのは有り得そうに思えた。だが、直接乗り入れるとはいえ、駿城がある格納庫まで行く必要がある。カバネにこれだけ侵入されているとあっては、簡単に辿り着けないだろう。来栖は磐戸駅の武士達の武装を見ている。旧来の蒸気筒しか装備していないし、刀術に優れた武士もそれ程いるように見えない。そんな連中に菖蒲を任せるという選択肢は、来栖にはなかった。もし、菖蒲だけでも確実に助かるというのであれば、殉じる覚悟が来栖にはある。だが、そう上手く事が運ぶとは信じられなかった。その根拠となるのが、狩方衆である。カバネを放ったのも奴等となれば、そのまま行かえるとは到底思えない。菖蒲は自分の助けを待っている、来栖はそう信じた。それはただの願望だった。

 

 だが、それが天に通じる時もあるのだ。

 

 

          9

 

 カバネの侵入を許したとはいえ、磐戸駅の武士達の戦いが終わる事を意味していない。例え、それが勝ち目の薄い死地であったとしてもだ。

 磐戸駅の武士達は、当然従来の蒸気筒を使用している為、カバネを一撃で倒す事は出来ない。しかも、カバネは時間を置くごとに増えていく。武士達が次々と倒れて、カバネの餌と化す地獄のような戦場だ。

 蒸気筒を生き残りで密集し射撃し牽制する。徐々に後退を余儀なくされている。あちこちに火の手が上がり、あっという間に火が燃え広がっている。このままでは、焼け死ぬか、カバネの仲間入りするか、餌となるしかない。

「御屋形様は、どこに行かれたのだ…」

 カバネをどうにか撒いて、住居の陰に身を隠し武士の一人が思わず呟いた。

 普段ならば口にしない領主への不信を口にしてしまう。

「まさか…」

 続く言葉は、容易に想像出来た。だが、それを口にする事は出来ない。領主への信頼からではなく、不吉な事を口にしたくないからだ。

 武士達の戦意は最早ないも同然だった。

 だが、そこに希望が齎される。

 駿城が燃え盛る居住区の真ん中で停車したのだ。誰しも、自分達を助ける為に停車したと考えた。

「助かった!」

「早く乗り込め!」

 武士達が口々に走り出す。その駿城が自分達の駿城ではないにも拘らず。そんな事を考える余裕すら彼等にはなかったのだ。

 駿城の下には梯子が掛けられていた。それは地獄に垂らされた蜘蛛の糸だ。武士達がはしごに殺到する。

 それを酷く冷たい眼で眺めていた男がいた。沙梁である。この駿城は克城だったのだ。沙梁は蒸気筒を構えた部隊に手で合図を送る。そして、躊躇なく発砲されたカバネではなく、助かりたい一心で集まった武士達へ向けて。沙梁が手に持った剣で梯子を無造作に切断した。それにより梯子にまるで団子のようにくっ付いた武士達が地面に落ちて行った。さながら切れた蜘蛛の糸のように地獄に真っ逆さまに落ちた。落下で上に居た武士程確実に落下の衝撃で死んだ。克城の下は武士達の血で染まり、カバネを呼び寄せた。

 そんな彼等の惨状を冷ややかに眺め沙梁は呟いた。

「我らが体験した地獄は、こんなものではなかったぞ。精々味わうといい。ほんの少しでもな」

 沙梁は、蒸気筒を持った隊員に手で合図し、共に克城へ引き上げていった。

 

 菖蒲と侑那は克城へと連行されていた。

 克城は既に美馬達を待っていた。合流の手筈は済んでいるという証左だった。狩方衆達が美馬を迎える。

「こんな事をして、どうなるというのです」

 菖蒲が険しい顔で美馬に強い口調で言った。

「言ったでしょう。補給しないといけない。燃料をね」

 美馬が微笑みを浮かべて言った。何も知らなければ美しい笑みだが、今はただ不気味なだけだった。

 沙梁が菖蒲と侑那に克城に乗るよう促すと、美馬は先に滅火を連れて克城に入っていってしまった。

「彼女の手当てをさせて」

「ならば、お早く行動頂きましょう」

 菖蒲は美馬の背を睨みつつ、沙梁に要求した。沙梁は、全く無感情に変わらず克城へ入るように促すだけだった。

 菖蒲は、侑那に肩を貸して克城へと入っていった。 

 

 来栖は克城へと入っていく菖蒲を発見していた。当初の予想とは違ったが、そんな事はどうでも良かった。例え、それが最悪の外れ方をしていたとしても。

(磐戸駅の武士達のなんと頼りない事だ!)

 狩方衆の方が武器も兵の練度も優れているとはいえ、磐戸駅の武士達がこうもあっさりと客である菖蒲を奪われた事に来栖を怒りを感じたが、同時に発見する事が出来た幸運に感謝した。菖蒲が無事であると確認出来たからだ。

 来栖は、更に馬に速度を上げさせた。

 

 菖蒲を救出する為に。

 

 

 

          10

 

 美馬は、克城の中で最後の仕上げをすべく準備を進めていた。滅火と共に。と言っても、やる事自体はそう複雑ではない。注射器に特殊な薬液を取り付けるだけだ。

 この薬液こそが美馬が用意した切り札だった。研究成果は、()()()ある程度実証されている。

「おいで、滅火」

 美馬が呼び掛けると、滅火は少し緊張した面持ちで近付いてきた。滅火にしては珍しい反応だが、これから自らに起こる事を知っていれば当然と言えた。それを承知していてなお、美馬は敢えて問うた。

「怯えているのか?」

「貴方が私に怯えているからよ」

 返ってきた返答は、美馬からすれば少し耳に痛い言葉だった。実際、自分は勇猛な質ではないと自覚があるが故に。だからこそ、生駒の傍にいた男は好かなかった。あれは自分とは真逆な男だと感じたからだ。だが、将軍家の跡取りとして育てられた美馬にありのままでいられる事は、許される事ではない。

「貴方は仮面を付けているだけ」

 滅火の言葉に頷いてやる訳にはいかない。例え、今生で最後の時だったとしてもだ。ずっと、そう生きてきた。今や仮面も美馬の一部だ。

「貴方はずっと怯えているわ」

「やると決めた事だ」

 それだけ言うと、滅火の上半身を片手で支え寝かせるようにして、注射器を滅火の心臓へと注射した。すると、刺した箇所から汚泥のような物体が滅火の全身を血管のように這っていく。滅火の身体が小刻みに痙攣する。その汚泥のようなものは動きを止めると、滅火の痙攣も止まった。汚泥は金属のように硬く、それなのにゴムのように柔らかく滅火を包み込んでいた。そして、滅火の眼が怪しく輝くと、まるで宙に浮くように美馬の腕を離れ真っ直ぐに立った。

「滅火。大門を壊せ」

 美馬は囁くように命じると、普段の滅火からは信じられない事に黙って歩み去っていった。美馬もそれを可笑しいとは感じていないのか、黙って去って行く滅火を見送った。

 

 一方、甲鉄城の武士達は、波のように押し寄せるカバネと未だに戦い続けていた。

 

 

 

 

 

          11

 

 残された甲鉄城の面々は終わらないカバネの襲撃を、どうにか凌いでいた。

 普通の人間が相手であれば恐怖して撤退するなり、攻撃の手が緩むものだが恐怖心というものが殆どないカバネは怯む事がない。侵入したカバネが未だに磐戸駅の人々を噛んでいるのでキリがない状態だった。大きな駅なだけにどれだけ増えるか分からない。

 そして、当然蒸気筒も無限に撃てる訳ではない。弾の補充の他にも蒸気故に必要なものがある。

「タンクの替えを持ってこい!」

 武士の一人が声を上げる。蒸気圧で発射する蒸気筒に必要なものだった。中から武士の声を受けて、子供がタンクを抱えて飛び出してくる。だが、車庫の屋根から人型の影が差した事に気付いていなかった。カバネである。屋根からカバネが飛ぶ。子供を狙って。子供が気付いた時には既に遅かった。タンクを頼んだ武士が隊列を離れようとするが、カバネの落下の方が速い。子供は上を見上げる事しか出来ない。だが、襲われる寸前で鉄の塊がカバネを直撃し、武士の隊列の前まで吹き飛ばした。鉄の塊は斬馬刀だった。久しぶりの完全武装の出で立ちで現れた想馬が子供を見下ろす。

「タンクは置いて戻れ、俺が渡しとく」

 想馬がそう言うと、子供はタンクを置いて足をもつれさせながらも戻っていった。想馬は無言で立ち上がった武士にタンクを押し付けると、車庫の入口まで戻ると中に向かって叫んだ。

「餓鬼にやらせるな!大人がいるだろうが!無駄飯食らうな!」

 それを言われると、残った大人は下を向いて気まずそうにしていた。武士達も敵を撃ちながら顔を顰めた。大人の中にもカバネが入ってきそうな場所の補強を行う者、いつでも甲鉄城を動かせるように動く者と働く者はいたが、恐怖で動けなくなっている者も多くいたのである。そうなれば動ける者が武士達を助けるしかない。それを買って出たのが先程の子供だったのである。武士達もそれに甘えた。大人が子供を護る。ある意味当然の事だ。だが、一様に立ち上がる素振りを見せない。

 想馬は、それの様を一瞥して去って行く。

「私がやります!」

 想馬の背に力強い言葉が掛かる。鰍だった。

「い、いや!俺がやる、やってやるよ!」

 若干自棄になっているような声ではあったが、一人の男が立ち上がり鰍を制した。少女までやると言われて、漸く男の見栄が機能したらしい。

 想馬は溜息を吐くと、生駒に声を掛けた。

「俺は討って出る。ここを頼む」

 彼の斬馬刀は、集団戦に向かない。下手をすれば味方を巻き込みかねない。そんな事をするくらいならば、離れてカバネを出来るだけ多く蹴散らした方が良い。

「分かった!」

 生駒は、去り行く想馬にしっかり返事を返した。

 

 磐戸駅の武士達もまた、最後まで抵抗している者達が居た。

 蒸気筒を撃ちつつ、後退を繰り返す。段々と追い詰められているのは理解していても敵の数が違い過ぎた。せめて住民達が少しでも生き残れるように囮になる。これ位しか出来る事がないのだ。これを自分達の最後の勤めと定めた。勿論、磐戸駅の駿城が動いている気配がない以上、助かる望みは薄い。だが、もしかしたら磐戸の大門まで辿り着く者がいるかもしれない。それを信じた。

「撃て!」

 残りが心許なくなった弾丸でカバネを牽制する。

 引こうとしたまさにその時、民家が崩落した。武士達が一斉に銃口を向ける。彼等とて無力という訳ではない。気配くらいは少しは読める。崩落した先に何か途轍もない存在がいると。すぐにでも引き金を引きたくなるのを堪えて、ジッと近付いてくるのを待つ。牽制するにしても接近を許し過ぎていた。冷汗が武士達の顔から流れ落ちる。

 出て来たのは、女だった。カバネならば性別など関係なく脅威だが、その女はカバネにしても動きが不可解だった。カバネの動きは、基本的に走っている時以外は、フラフラとした挙動を取っているが、この女は確固たる足取りで歩いていたのだ。だからこそ、発砲するのが遅れた。

 女の身体から汚泥のような物が伸びると、次々とカバネを捉えていくと、自身にカバネを巻き付けるように纏ったのだ。武士達は、その光景をただ茫然と見ていた。理解を超える光景だったからだ。普通は初めてだろう。融合群体が出来る様を見るなど。

 武士達が我に返る頃には、手遅れだった。周辺のカバネを纏い。巨人と化していた。

 武士達は悲鳴を上げて逃げようとしたが、アッサリと踏み潰された。

 その光景を望遠鏡で覗いていた非重莊衛は、口元に引き攣るような笑みを浮かべて笑っていた。

「人口の融合群体・鵺か。どこまでやれるのか、しかと見せて貰おうではないか。アレを制御出来るのかを含めてなぁ」

 

 燃える居住区を速度を落とす事なく走っていた無名は、異様な気配に思わず足を止めた。

 黒い巨人というべきものが突如として地面から生えるように現れたからだ。

 そして、無名はそれが誰なのか気付いた。気付いてしまった。

「滅火!?」

 眼を見開き、立ち尽くす。走らなければならない。だが、足が地面に縫い付けられたように動かない。

 八代駅で見た。融合群体の核の姿が頭を過ぎる。

 無名は、強引に足を動かした。滅火の元へと。

 この事は、自らの眼で確かめなければならない。

 

 一方、美馬は、克城で融合群体・鵺となった滅火を見ていた。

 そして、一言再度命じる。

「大門を破壊しろ、滅火」

 この時、美馬の眼が怪しく光ったのを見る者は存在しなかった。

 鵺と化した滅火は、その言葉に反応するように磐戸の大門へと向かってしっかりとした足取りで歩き始めた。武士や逃げ惑う人々、カバネを踏み潰しながら。

 当然、大門もただ漫然とそれを眺めていた訳ではない。素早く情報が金剛郭へと届けられ、迎撃態勢を取った。

 大砲の砲口が一斉に滅火に向けられ、躊躇なく発砲された。

 大砲が容赦なく滅火が纏ったカバネを焼き、砕く。滅火は悲鳴のような叫びを上げるが、その声は誰にも届いていない。その叫びに反応したのは汚泥のような融合群体たらしめるもの。纏ったカバネを別のカバネで補う。

 滅火もここで反撃に転じて、掴んだ建物などを投擲し始める。次々と大砲が次弾を装填する前に投げられ砲火が一時止んだのを確認し、滅火は走った。磐戸の大門を破壊する為に。

 だが、その疾走は、急に止まった。派手に転倒する事によって。

「どうした?滅火?」

 美馬は克城で初めての想定外の事態に怪訝な声を漏らした。だが、転倒した滅火には何が起きたのか分かった。カバネで出来た脚が途中から千切れていたからだ。

「八代駅じゃ、お陰様で人間辞める羽目になったが、今回はどれだけやれるかな?」

 滅火が造り出した瓦礫の上に一人の鎧武者が、斬馬刀と手に倒れた鵺を眺めていた。

 想馬である。

 状況を理解した美馬は、奥歯を噛み締めた。

 己の道を邪魔する真逆な男。理不尽なまでに憎しみが湧き上がる。

「その男を潰せ、滅火」

「悪いな。相手して貰うぜ?」

 想馬にとっては、雪辱戦となる相手だ。

 

 二人の男は、ここで初めて間接的に対峙した。

 

 

 

 

 

 




 想馬や無名、美馬の心情、どうしてそう決断したか。上手く書けた自身はありませんが、可能な限り書いた積もりです。
 次回、鵺との激闘となります。ベルセルク的な。
 正直、状況は改善していません。いつ投稿出来るか不明です。
 次回も宜しければお付き合い頂ければ幸いです。


 
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