ゴジラ、山梨に接近中。

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大怪獣 しまリン

 本栖高校一階、図書室。受験本番が実施される二月初頭という時期もあって、放課後にここを使う生徒は少ない。根っからの本好きだったり、友だちを待つためだったり、ごく少数の生徒しかいない寒々とした雰囲気が漂う。

 

 

 その雰囲気とは反対に、ストーブと暖房でぬくぬくしながら読書に励む少女がいる。

 

 貸出カウンターに陣取る彼女の名前は志摩リン。家にも帰らずきちんと図書委員としてカウンター番をしているのだが、特に本を借りる生徒もおらず、ストーブの特権を独占している。

 

(あー動きたくない……冬にあったくして読む本は格別だわ)

 

 リンが呼んでいる本の表紙には「日本神話の真実」とある。乱読家の彼女はときどきの気分によってオカルト、歴史、学術などジャンルを問わず読む。今回はオカルトの気分で、適当に図書室の棚からうさんくさそうなものを抜き取った。

 

 数ページ読んだ時点でやはりうさんくさい。日本神話や古い民間伝承は実在した怪獣がもとになっていて、今もその怪獣たちが世界中に眠っているとか。

 

(まあゴジラの件もあるからバカにはできないけど。あんなのが何匹もいたらとっくに人類終わってるだろ)

 

 怪獣の単語で歴史の授業を思い出す。今から六十年前、ゴジラと呼ばれる巨大生物が東京に上陸し壊滅的な被害を与えたことは、日本人なら誰でも知っていることだ。

 

 リンにとってはゴジラも歴史上の出来事に過ぎないが、もし怪獣がゴジラの他にもたくさんいればこうしてのんびり本を読む余裕もないはず。うさんくさいことに変わりはない。

 

 別の本を探しに行くのも億劫で、そのままページを繰る。

 

 護国三聖獣。古代王朝は三体の怪獣を討伐した後、慰霊のため神として祀り上げ一万年の眠りにつかせた。以来、その怪獣たちは日本を守る聖獣になったとか。

 

(古代王朝つよっ!)

 

 ゴジラみたいなのを三体も倒すって、六十年前の防衛軍より強いじゃん。

 

 いよいよ絵空事じみてきた、と内心でツッコミながらページを繰り――

 

「え」

 

 思わず声が出た。

 

 三聖獣の名前と見た目がイラストつきでのっている。

 

 三つ首の竜、魏怒羅(ギドラ)。超巨大蛾、最珠羅(モスラ)。一本角の赤い竜、婆羅護吽(バラゴン)。どの怪獣もファンタジーじみていて、とても実在するとは思えない。あまりにも非現実的な内容につい声が出てしまった――というわけではなく。

 

(これ、全部遭遇したことあるんだけど)

 

 似たような動物とすでに何度か顔を合わせた経験があるからだった。

 

 

 

---

 

 

 

 十数年前、リンが四つのころの話だ。

 

 いわゆるおじいちゃんっ子だったリンは、バイクにキャンプ道具を詰めて日本中を回っていた祖父にべったり懐いていた。この影響でリンはソロキャンにはまり、キャンプを通して知り合いや友だちが急に増えるという割と劇的なことを去年の秋頃から経験したのだが、それはまた別の話。

 

 たまにリンの家に顔を出してお土産をくれる祖父に甘え、おじいちゃんについていくと何度もダダをこねた。あんまり何度もせがむものだから、近場の富士山周辺のツーリングに連れて行ってもらった。

 

 その日はバイクのエンジンが不調で、樹海に面した道路上でエンスト。祖父がエンジンにかまっている間に樹海へ足を踏み入れる。

 

 すると妙に丸っこい石を見つけた。しばらく不思議がってながめていたリンだったが、お墓参りで大人たちが手を合わせたり、ものをお供えしていた石に形が似ていると気づいた。ひとまずその真似をして手を合わせ、近くの木の実を集めて供える。

 

 そのとき何が起こったのかリンはよく覚えていない。

 

 ただ、変な浮遊感とおしりが痛かったことは覚えている。たぶん地面が崩れて落ちた、と考えている。

 

 そして落ちた先で見つけたのが――

 

 

 

---

 

 

 

(あれがギドラだったのか)

 

 半透明の鉱床のようなものの上で眠っていた、三つの大きな首を思い出す。大きすぎて動物とは分からずに、真ん中の首をペタペタ触っていたら、首根っこをくわえられて穴の外に放り出された。

 

 クマやイノシシなどの野生動物に遭遇していれば、リンも好奇心よりは恐怖心の方を強く抱いただろう。しかしギドラの強大な生命感は子供のリンにとって現実味がなく、山から眺めるきれいな景色や大海原のような、途方もないもののように感じられた。

 

 そういった大きな存在に優しく助けてもらえば、懐くのも無理はない。家族には夢扱いされたものの祖父は信じてくれて、よく通った。

 

 そこまで考えてリンは冷や汗を流す。

 

(やばい、勝手にポチとかタマとか呼んだことあるぞ。バチ当たらないだろうな)

 

 あの生き物が普通ではないと自覚できる年になってから改めて見に行くと普通に会えたので、最近もキャンプに行くのと同じノリでギドラの元に通っていた。その時三つの首にテキトーな名前をつけて呼んだのだ。大分罰当たりなことをしたかもしれない。今度豪華なお土産お供えしにいこう。

 

 モスラとバラゴンとの遭遇も似たようなものだ。

 

 祖父はリンが小学生になったのを機により遠方のツーリングに連れて行ってくれるようになった。新潟の妙高山近くのキャンプサイトを探索しているとたまたま仏を見つけ、ギドラのときと同じくお供えをして手を合わせる。すると突如地面からぽっこり角の生えた何かが頭を出して、お互いにじーっと見つめ合うことになったのだ。やがてその存在はすごすごと穴に戻っていった。

 

 モスラは鹿児島の池田湖で見かけた。湖のほとりに似たような石があったので、条件反射で合掌とお供え。何かいるとすれば湖から出てくるのかな、とぼんやり湖面を見つめていたら本当に出た。チョココロネみたいな形の芋虫がぬっと湖の底から現れたのだ。特に何をするでもなく、見つめ合った後別れた。

 

(あれが幼虫で、成長すればこんな風になるのか)

 

 本によると、リンが見たものはモスラの幼虫らしい。横幅百メートル越えの美しい羽を得た成虫のイラストが描かれている。

 

 成虫になったかどうか見に行くのもいいかもしれない。こんなきれいなのが空を飛んでたらきっとゴジラも見とれて暴れるどころじゃないだろうな。

 

 のんきに考えていたリンの表情がふと曇る。

 

 三聖獣は実在した。封印されている仏のイラストも昔見たものと瓜二つだし、聖獣の外見や特徴はすべて合致している。

 

 ということはこの本はただのうさんくさいUMA系オカルト本ではないことになる。世界中に怪獣たちが眠っているのも与太話ではない。その中にはゴジラのように、凶暴な怪獣だっているかもしれない。

 

 もしもその怪獣が教科書に載っていたように突然襲ってきたら――ぶるり、とリンは身震い。本を閉じた。

 

「全員まとめて、刀のサビにしてくれるわ」

 

 きらーん、と瞳の奥に闘志が輝く。身震いの正体は武者震いである。

 

 リンはキャンプが好きだ。原付の免許をとって行動範囲が広がってらは、暇さえあれば今度行くキャンプ場とキャンプギアのことを考えている。

 

 しかし怪獣が街を襲えばキャンプどころではない。趣味は平和だからこそ楽しめるものだ。ゆえに、万が一ゴジラのような怪獣が現れたとすれば、一キャンパーとして武力行使に出ることも厭わない。

 

 やや女子高生らしからぬ殺伐とした思考回路は、聖獣との交流で培われた。日本古来の国土や自然を守る護国聖獣の魂が、アウトドアを愛する純粋なリンの魂と共鳴。アウトドアに仇なす不埒者を討滅するスーパーソロキャンパー、志摩リンを生んだのだ。マナー違反のキャンプサイト利用者から破壊神に等しい怪獣まで、どんな存在が相手でも怯まない不撓不屈のマインドセットである。

 

「……まずはお前からだ、斉藤」

「およ、バレてた?」

 

 据わった目で振り返る。リンの背後にいつの間にか一人の少女が立っていた。

 

 彼女は斉藤といって、リンの友人だ。暇さえあればリンの背後から近づいて髪を奇天烈な形にセットする怪人でもある。

 

 今回はまだ悪事をはたらいておらず、リンの髪は無事だった。

 

 しかし恥ずかしい独り言を聞かれていたリンのメンタルは無事ではない。頬を朱色に染めながら、恥ずかしさを隠すようににらみつける。

 

「忍者かお前は。こっそり後ろに来るのやめい」

「やめろと言われるともっとやりたくなる年頃なのさ。今日は何読んでるの?」

 

 飄々として話を変える斉藤に、ため息をつくリン。独り言にツッコまれるよりはましか、と本を渡す。

 

「護国聖獣がゴジラから守ってくれるってさ」

「ふーん。ギドラ、モスラ、バラゴン、しまリンねぇ」

「おい、最後のは何だよ」

 

 さらりと怪獣扱いされたリンが憤慨する。

 

 斉藤は変わらずニコニコ微笑んでいる。

 

「だってリン、もしゴジラが来たら竹槍で突っ込んでいくでしょ? 私のキャンパーライフぅー、って叫びながら」

「誰がそんな自殺行為するんだよ」

「ほんとー?」

 

 本当である。たしかに突貫はするだろうが、どうせならもっときちんとした武器をもって突貫する。出刃包丁とか。

 

 といってもゴジラは六十年前に防衛軍が倒した。たとえ別の怪獣が現れても、防衛軍が上陸を許さず倒してしまうだろうし、それだけ大きな生物が襲ってくるなら必ず前兆があるはず。避難の時間はあるだろう。

 

 なんにせよ全ては「もしもたられば」の話だ。突然凶暴な怪獣が山梨の近くに現れるなんて、あり得ない。

 

『全校生徒の皆さん』

 

 あり得ない、はずだった。

 

『駿河湾にゴジラが現れました。今学校にいる生徒の皆さんは、体育館に集合してください。繰り返します――きゃあ!?』

 

「斉藤!」

 

 窓の外が一瞬、真っ白に染まる。リンが反射的に斉藤の手を引いて庇うように抱きついたのと同時に、図書室の窓が砕け散る。不自然な爆風が室内を巡り書架の本を叩き落として回った。

 

 風が収まった後で窓から外を見てみれば、遠方の山の向こうにキノコのような雲ができていた。あの方角は静岡、駿河湾がある。

 

 更に遅れてやってきたのは、どんな獣よりも恐ろしい独特の咆哮。はるか遠くにいるはずの生物の声が、ここまでやってきたのだ。

 

 視覚と聴覚、怪現象と先程の放送。恐ろしいものがやってきた、と理解するには十分な情報量だった。

 

「ゴジラだ、ゴジラが来たんだ!」

 

 誰かがそう叫ぶとともに、図書室の生徒たちは息せき切って図書室を飛び出ていく。体育館に向かったようだ。おそらく一度集まってから避難などの対応を決めるのだろう。

 

「斉藤、大丈夫?」

「だ、大丈夫。ありがとう」

 

 斉藤は何が起きたのか分かってないらしい。視線を泳がせて、なぜか赤面している。

 

「ならよかった。早く体育館に行って。なでしこたちがいたらよろしくね」

「え……リンは?」

「分かるでしょ」

 

 くるりと背を向けたリンに、斉藤が手を伸ばす。しかしすでに走り出したリンに、届くことはなかった。

 

「だ、ダメだよリン! リンは人間だよ! 聖獣でもなんでもないんだよ!?」

「知ってる。私は怪獣じゃない。ただの――」

 

 ソロキャンパーだよ。

 

 きっぱりと言い切ったリンは、割れた窓枠をさっそうと飛び越え走り出す。残された斉藤はただ呆然と、その小さな後ろ姿を見つめることしかできなかった。

 

 

 

---

 

 

 

 高速道路上を一台の乗用車が走る。右手には富士山を望み、山梨まで後二〇キロの標識の下を猛スピードで走り抜けていく。さらにその上空を報道ヘリが追い越していくと、助手席の立花由里はドライバーを急かす。

 

「あのヘリ追いかけて!」

「こっちは車だぜ!?」

「だってそこにゴジラがいるのよ!」

 

 ドライバーの武田光秋は無茶と知りつつ、さらにアクセルを踏み込んだ。

 

 由里と光秋はジャーナリストだ。二人は日本各地の怪事件を取材するうち護国聖獣の存在をつきとめ、さらに由里の親のツテでいち早くゴジラ復活を知る。するとさらなるアプローチを探っている段階でゴジラが上陸して山梨方面に向かっているというのだから、取材しに行かない手はない。

 

「でもなぜ山梨なんだ。前回は東京を襲ったんだろう」

「たぶんギドラを狙ってる。護国聖獣に勘付いて、目覚める前に倒す気なのよ」

「まずいな。ただでさえギドラは休眠が足りてないってのに」

 

 ギドラは三聖獣の中でも最強だが、その分長い休眠を要する。まだ二千年しか眠っていない今狙われるのはまずい。

 

 カーナビのワンセグテレビでは、進行ルートになる山梨県の様子が報道されている。防衛軍は前回に倣って東京への進行を前提に計画をたてていたため、部隊の展開や避難誘導が遅れているらしい。そこに忍び込もうとしている由里たちにとっては好機だが、もしゴジラが山梨に入れば大惨事になるだろう。

 

 北山ICを通り、富士山の西側を北上していく。

 

「……っ!」

 

 由里の視界に黒い影が映りこむ。

 

 黒い岩のような表皮に包まれた膨大な筋肉の塊。鋭い爪は裁断機のように大きい。黒目のないその瞳に正気は感じられず、あるのは殺意だけだ。六十メートルもの巨体を揺らし、ゴジラが由里たちの左手を進行していた。

 

 一歩ごとに地響きが伝わってくる。

 

 圧倒的な存在感に言葉を失いながら、由里はハンディカメラを回した。

 

「なんてこった……」

 

 光秋は一瞬だけ左を一瞥し、身を震わせた。ゴジラの通ってきた後がまるで大地震にあったかのように、瓦礫の山になっている。はたして住民の避難はできていたのだろうか。

 

 現実感を失う由里たちに、さらなる追い打ちがかかる。

 

「なっ、あれは……!?」

「ギドラ……」

 

 ゴジラの目前に黄金の竜が去来した。三つの首と二本の尻尾、剣のように鋭い黄金の鱗に包まれた威容は、「護国聖獣伝記」に記されたギドラそのものだ。

 

 しかもただのギドラではない。

 

「おい、なんか……すげえ強そうじゃないか?」

「まさか、たった二千年で回復したの? 千年竜王、キングギドラ」

 

 黄金の鱗は太陽のように光り輝き、一対の翼は神々しい粒子を発散している。どう見ても眠りが足りずに不完全なようには思えない。

 

 二人は知るよしもないが、実はこの完全復活の原因はとあるソロキャンパーにあった。聖獣たちの魂がキャンパーに影響を与えたのと同じように、キャンプを愛する心がそのまま復活のエネルギーとなったのだ。聖獣たちはヤマト言葉におけるクニ、すなわち山川草木などの自然を護る。キャンパーは自然という非日常に身を置き、愛し、尊ぶ。護国聖獣とキャンパーは護る者という点において極めて近しい関係にあり、互いに影響を与えるのは必然である。

 

「武田くんここで停めて!」

「分かった!」

 

 二人は高速道路の路肩に停め、二体の怪獣の戦いに集中した。

 

 先手はゴジラだった。青白い放射熱線を正面からキングギドラへ発射。直撃したかに思われた熱戦だったが、黄金の粒子に阻まれている。

 

 やがてゴジラの熱線が止むと、青白い光を帯びた黄金の粒子がゴジラに向けて発射される。

 

 熱線のエネルギーと粒子のエネルギーにまとめて被弾したゴジラは仰向けに倒れ、キングギドラがその上に馬乗りとなった。三本の首から黄金の雷が放たれ、ゴジラは至近距離で雷の嵐に見舞われる。

 

 このままキングギドラが押し切るだろう。立花と光秋、さらにその隣にいつの間にか駆けつけて観戦していたとあるソロキャンパーも、そう楽観した。

 

 だがこの程度で倒れるようなゴジラではない。

 

 ゴジラが雷に撃たれるたび、背びれが黄金に光っていく。くしくも先程ゴジラの熱線を吸収した粒子のように。

 

 最悪の予感が立花の頭をよぎりだしたそのとき、ゴジラが帯電する放射熱線を発射。キングギドラの巨体がふっ飛ばされた。

 

 倒れたキングギドラに歩み寄ったゴジラ、尻尾をつかみあげてその場で回転を始める。キングギドラの体が振り回され、周囲の一切を倒壊させ更地と化した。

 

 そのまま横へぶん投げられたキングギドラはすでに瀕死だ。鱗の輝きはかげり、立つことすらままならない。

 

 後は熱線で仕留めるなり格闘戦でいたぶるなりゴジラの思うがまま。ゴジラの勝利の咆哮が響く中、戦いを観戦していた人類の誰もが悔しげに唇を噛む。

 

 が、ソロキャンパーは違った。

 

「おじさん、車借りるよ!」

「は? 誰、キミ――ちょ、こら、ドロボー!」

 

 突如出現したお団子頭の女子高生が、停めておいた光秋の車をかっぱらっていった。

 

 車は最も近い出口から下道に下り、瓦礫の山を踏み越えながらまっすぐゴジラに突っ込んでいく。運転手は女子高生。怪獣とは別のベクトルで現実感のない光景に、二人は絶句するほかなかった。

 

 

 

---

 

 

 

 ジューシー豚まんを買ったコンビニがあった。おじいちゃんと初めてツーリングした道路があった。今度見に来ようと決めていたキャンプギアの店もあった。

 

 それらがすべて瓦礫の山。しかも幼馴染(?)であるギドラまで傷つけられてしまった。激怒したソロキャンパーがゴジラに突っ込んでいくのは当然の流れだった。

 

「人類をなめるなァ!」

 

 猛スピードで瓦礫の山を駆け抜けた車が、速度を落とさずゴジラの足に向かい、長い爪に乗り上げる。丸みを帯びた爪がジャンプ台のように車を跳ね上げ、車は前に一回転して着地、クラクションを響かせながら走り回る。

 

 ゴジラが指先の違和感から地面を見てみると、やかましく動き回るネズミが目に入る。何度も太い足を振り下ろすが、小賢しく動かれて潰せない。尻尾でのなぎ払いは円の内側に入ってかわされる。

 

 ゴジラが意味不明な動きをするネズミと戦い始め、小一時間はたったころ。状況は動いた。

 

 なんとゴジラの背びれが青く発光しだしたのだ。自爆ダメージを無視してでもネズミを吹き飛ばす魂胆らしい。さしものネズミもキノコ雲が発生するほどの熱量には耐えられない。

 

 ハリウッドスターよろしく車を激しく走らせるソロキャンパー、志摩リンもその青色の光を認めていた。

 

「ここまで、かな」

 

 すでに日は落ち、リンが学校を飛び出してから三時間は経っている。斉藤はもちろん、なでしこ、大垣、犬山さん、お母さん、おじいちゃん、大切な人たちはみんな避難できているだろう。それくらいの時間は稼げた。

 

 ならば悔いはない。たとえ倒せずとも、志を貫いたならすでに勝利している。それこそが護国ソロキャンパーの生き様である。

 

「まあでも、生きられるなら生きたいよね」

 

 辞世の句を考えるのはやめた。

 

 黄金の輝きが夜闇を明るく照らしている。ゴジラがそちらに振り向くよりも早く、三条の雷がゴジラの体を打ち据えた。

 

 リンは避難の時間だけではなく、キングギドラ復活の時間も稼いでいたのだ。

 

「えっ、ちょ、ちょっと!」

 

 雷の衝撃にゴジラが倒れる。

 

 ちょうどリンの乗る車がペシャンコになる軌道で、三万トンもの巨体が降ってくる。キングギドラは三本の首みんなそろって、「あ、ごめん」としれっとした調子だった。

 

「怨むよギドラぁー!」

 

 アクセルベタ踏みでも間に合わない。

 

 恨み言を吐いて死を覚悟したリンが最後に感じたのは、まるで昇天するかのような強い浮遊感だった。

 

 

 

---

 

 

 

『○月△日、午後四時六分、駿河湾にゴジラが出現し焼津港に上陸した。一九五四年以来六十年ぶりの上陸となる。

 ゴジラは静岡からまっすぐ山梨に向かうも、○市で新たに出現した巨大不明生物と交戦。数時間遅れて現れたさらに二体の不明生物と同時に争った。争いは○日未明まで続けられ、蛾のような飛行型不明生物がゴジラを太平洋へ運び、追跡不能となったことで終息した。ゴジラの生死と巨大不明生物の正体は明らかになっておらず、政府は「がんばってしらべます」との見解を発表している。

 ゴジラは芹沢博士の技術により六十年前死亡したと考えられていたが、今回の――』

 

「はー、ほんとに私のことのってないんだ」

 

 病室のベッドの上で、リンはスマホをながめていた。様々なニュースサイトを斜め読みしてゴジラの件を調べてみたものの、ゴジラの足元を走り回った車についての情報は皆無だ。

 

 リンはゴジラに潰される直前、音速で鹿児島から飛んできたモスラに車ごとかっさらわれて生き残った。しかしそれだけの速度で助けられれば一般的女子高生のリンが怪我するのは当然のことで、全身打撲とひどいムチウチで入院することになった。

 

 その際、祖父にこう言われた。

 

『リン、お前ヒーローになるか、今までどおり暮らすか、どっちがいい?』

 

 もちろん今までどおり、と即答した。ソロキャンライフのためとはいえゴジラの足元を爆走したなんて世間様に知られたくない。

 

 とはいえ期待はしていなかった。報道ヘリでライブ中継されてるはず、今更隠しようがないと開き直っていた。

 

 しかし爆走ソロキャンパーの検索結果はゼロだ。祖父の頼もしさを改めて実感した思いである。

 

 ゴジラはモスラが拉致してくれたみたいだし、しばらくはのんびりソロキャンできそう。そうして通販サイトでめぼしいキャンプギアを漁ろうとしたところ、病室の扉が勢いよく開く。

 

「リンちゃあああん!」

「なでしこ落ち着け! 全身打撲だぞ!? マンガみてーに抱きついたらしまリン死ぬって!」

「あんなことあってもなでしこちゃんは元気やなー」

「やっほーリン。遊びに来たよー」

「遊びかよ」

 

 お見舞いのようだ。一人は遊びのようだが。

 

 よほど心配だったのか、なでしこは号泣している。千秋、あおい、斉藤は一見平然としているが、のんきにスマホをいじっているリンを見て安心したようだ。つきものが落ちたように表情が柔らかくなった。

 

 話を聞くと、彼女たちの親類縁者、友だちでゴジラの被害にあった者はいないらしい。それを聞いて、今度はリンが安心した。

 

 お互いの無事を喜び合い、いつものノリに戻ろうかというとき、千明がだしぬけに言う。

 

「そういやしまリン。しまりんのおじいさんって何者なんだ?」

「え? さあ。なんかの管理職って聞いたけど。なんで?」

「いや、さっき外で見かけたんだが、偉そうなスーツのおっちゃんたちに頭下げられててさ。ま、知らないならいいってことよ」

 

 リンは考え込む。

 

 祖父の謎は多い。ギドラのことをあっさり信じてくれたこともそうだし、ツーリング先で偶然モスラとバラゴンと遭遇したこともそうだ。もしかするとリンのソロキャン魂と聖獣たちの護国精神が共鳴することを見越してわざと――?

 

 どうでもいいか。

 

 祖父の思惑はともかく、ゴジラの脅威は去った。親しい者にも被害はなかった。ひとまずはそれで納得していいだろう。

 

「ねえリンちゃん。どうしてゴジラに車で突っ込んだの? 怖くなかったの?」

「しかも無免だぜ!」

「そこは言うたらあかんでー」

「あ、みんなは知ってるんだ」

 

 情報統制がどこからどこまでなのか。その答えは斉藤が知っていた。

 

「リンのお母さんに頼まれたんだ。今度うちのバカ娘が無茶しようとしたらビンタしてでも止めてって」

「うぉい」

 

 斉藤の目は笑っていなかった。おそらく今度キャンパー魂を発揮すれば本当にビンタで止められるだろう。

 

 しかしリンは懲りない、悔いない。

 

 なぜと問うなでしこに対し、堂々と言い放つ。

 

「だって怪獣が来たらキャンプできないじゃん」

「……」

 

 真顔のリンと、絶句する一同。病室が気まずい沈黙に包まれる。

 

 今ベッドに横たわっているのはただの女の子ではない。六十年前東京を火の海に変え、つい先日も静岡から山梨までの街を瓦礫の山に変えた最強の怪獣相手に、キャンプがしたいからという理由で突撃する最強ソロキャンガールだ。

 

 やがて我に返った野クルメンバーの一人がごくりと喉を鳴らし、リンの生き様にふさわしい称号を宣言する。

 

 

 

 ――大怪獣 しまリン。

 

 

 



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