壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第84話

 『っと王峰選手これは一体・・・・・・? 明らかに心ここに在らずといった様子での入場ですが・・・・・・!?』

 

 『・・・・・・え、何があった?』

 

 『あれホントに王峰君・・・・・・?』

 

 実況や観客も戸惑いを隠せない。

 前の戦いで堂々たる戦いぶりを見せた矢先にこれなのだから当然だ。

 そして素人でも見てそうと分かる程の絶不調ぶりが彼を知る者にどれだけ我が目を疑わせているか、それは見てみれば分かるだろう。

 

 「・・・・・・は? え、カズ? どうしたの?」

 

 「え・・・・・・っ?」

 

 ぽかんと口を開ける泡沫と貴徳原。

 歓声とは違う、期待よりも戸惑いが大きく勝るどよめきに包まれながら一真と白夜は開始位置に立つ。

 二人の状態は正に対極だった。

 精神に手酷い傷を負って気も漫(そぞ)ろな一真と、大一番に向けて周囲の音はおろか外界の景色すら脳が処理を弾く程にコンセントレーションを高めた白夜。

 勝負など始まる前から決している、そんな対立。

 しかし試合開始の合図は否応なしに下される。

 

 『試合開始(LET's GO AHEAD)──────!!』

 

 「はああっ!」

 

 先に仕掛けたのは白夜。

 気合いと共に振り下ろされた袈裟斬りを、一真は《プリンケプス》で防いだ。────防(・)い(・)だ(・)。

 

 「え!!?」

 

 動揺した泡沫が叫ぶ。

 ここまでで大体印象は付いているだろうが、一真は敵の攻撃に対して割と防御行動を起こさない。

 それは『優劣の劣を押し付ける』魔力特性が反映された魔力防御による行動で『防ぐまでもない』という余裕の表れ、つまり一真は白夜の攻撃を『対処せねばならない脅威』と受け取ったのだ。

 受けたところで傷一つ入らないはずの攻撃に。

 今の彼には、日頃当たり前の余裕すらもなく。

 その上、動きの精細すらもない。

 

 『あ、当たる当たる! 城ヶ崎選手の攻撃が命中しています! ダメージこそ皆無ですが王峰選手のガードを潜り抜け立て続けにヒット!』

 

 『受けている訳ではありませんね、単純にガードに失敗しています。あのコンディションの悪さでは当然の事ですが』

 

 『うわああああっ、どうしちまったんだ〜〜〜っ!?』

 

 『しっかりしてーーーーっ!!』

 

 観客からも悲鳴が上がる。

 一真がここまで全ての敵を横綱相撲で葬ってきた事で築かれていたある種のスター性が崩れていく音だ。

 無論そんなものは戦っている二人にとって知った事ではない。

 が、似たような事を白夜は考えていた。

 

 (私にとって決闘は、格闘技ではなく頭脳競技)

 

 ───王峰一真との戦いは城ヶ崎白夜にとって非常に相性が悪く、それ以上に気乗りしないものだった。

 戦いとは相手の手駒とその働きを理解するところから始まり、そこに相手の生きた理を組み込んで一手二手先を読み合うもの。

 加えて身体の作りや思考の流れ、シーン毎の技の傾向。連携のパターンや視線含む予備動作の詳細、吸気や呼気に至るまで全てを精査し極みに至れば───戦う前から終局が見える。

 求めるものは野蛮な殴り合いではなく、小手先の技術の比べ合いでもない。

 

 より高次元の理性と知性の交錯こそが彼の美学。

 己の『理』の全てを競い合うヒリつくような駆け引きの果てに生まれる『棋譜』は勝利に並ぶ価値を持つ。

 つまり手駒の駆け引きどころか将棋盤の角で頭をカチ割りに来るタイプの力を持つ一真にはまるでそ(・)そ(・)ら(・)れ(・)な(・)い(・)のである。

 

 (臆している訳じゃない。そういった相手を切り崩すのも一興。私は君の全てを徹底的にリサーチした)

 

 次々と剣戟を叩き込みながら白夜は思う。

 調査の過程で様々な事を知った。

 生まれの事、育ちの事。

 生きる信条とその指針。

 そ(・)し(・)て(・)東(・)堂(・)刀(・)華(・)か(・)ら(・)渡(・)さ(・)れ(・)た(・)手(・)紙(・)。

 内容までは分からないが、それはきっと彼を根本から揺るがすようなものだったのだろう。その経歴を考えれば内容のろくでもなさは察するに余りある。

 

 しかし───しかし!

 それこそ自分の知った事ではない!

 

 「何ですかこの体たらくは!! この様は!! 戦う気が無いのなら君はどうしてここに来たッ!!」

 

 「・・・・・・っ」

 

 描けてしまった終局に我が目を疑った。

 どこかに見落としがありはしないかと何度も検算を繰り返した。

 祈るような気持ちで舞台に上がってみれば、彼は推測の通りにボロボロのままで。

 こんな相手と何を生み出せるのか?

 こんな腑抜けを相手に描いた棋譜に何の価値があるというのか!?

 叫び、斬る。通ってしまう。

 自分の理が何の手応えもなく通ってしまう。

 こんなものは頭脳戦どころか戦いですらない。

 ただ同じ目が描かれたサイコロで空白ばかりのマスを進んでいく、世界一つまらない双六(すごろく)だ。

 

 「私は君に勝つために全てを整えてきた。如(・)何(・)な(・)る(・)事(・)情(・)が(・)あ(・)る(・)に(・)せ(・)よ(・)、万全の状態で敵と向き合うのが決闘の礼儀」

 

 脚を振るうだけで巻き起こる破壊圧も白夜を巻き込めない。

 先の戦いにおける刀華と同じ。一真がどう動くかを完全に理解していれば自(おの)ずと回避の方法は導き出されるし、白夜はあの戦いを見て捌き方を学習しているのだから尚更だ。

 そしてその一撃はくる。

 下がって距離を空けてからの中断回し蹴り、前方180°以上を薙ぎ払う破壊圧による超広範囲爆撃。白夜のスペックではどうやっても受け切れない一手。

 しかし白夜は一真が下がるより一瞬早く彼には向けて全力で突撃、タイミングを制して速度で勝る彼の懐に飛び込んだ。

 それでも尚そこは一真のキルゾーン。

 距離を潰しても彼の脚を直で喰らうだけ。

 ───だが。

 

 「あれだけの死闘を演じられるなら、あれだけ闘争心に塗れた顔で笑えるなら!! それだけの力でこの棋譜を破壊してみせろ!!」

 

 蹴りに対して白夜は刃で応じた。

 受け止めるのではなく、一真の《プリンケプス》に覆われていない腿の部分に柄尻を手で押さえて全力で鋒を突き立てる。

 千々に乱れる心が無意識の魔力防御にすら影響を及ぼした結果、蹴りの威力すら利用したそのカウンターは確かに通った。

 刀の先端が一真の脚に食い込み鮮血が散る。

 しかし、当然のように軽傷。

 一瞬で力負けした白夜が地面と水平に吹き飛ばされて観客席の壁に激突、手首は砕けて肺から絞り出された空気には血が混じった。

 

 計算通りだった。

 ここまでの全て、何もかもが。

 

 《天眼(てんがん)》城ヶ崎白夜。

 黒鉄一輝をして『性能は自分の《完全掌握(パーフェクトビジョン)》より圧倒的に上』とまで評させる化生の洞察力の持ち主。

 彼の伐刀絶技(ノウブルアーツ)は半径およそ50メートル以内の物質を自由自在にテレポートさせるという派手さはないが非常に強力な能力だが、一つ欠点がある。

 動く人間が相手の場合、自分の霊装(デバイス)で斬りつけてターゲットをロックしなければテレポートさせられない事だ。

 故に一真が相手だとどうやって攻撃力の『足切りライン』を乗り越えるかがボトルネックだったのだが、その無理難題は問題なく解決できた。

 ・・・・・・一真が最悪のコンディションに陥り、頼んでもいないのに切り崩す綻びを生み出したから。

 深い失意を隠そうともしない声色で、城ヶ崎白夜は己の伐刀絶技(ノウブルアーツ)の名を宣告した。

 

 

 「《白い手(ゴッドハンド)》」

 

 

 一真の姿が消え、リングが静寂した。

 テレポートさせられたのだ。

 実況や観客から驚きの声は上がらない。

 ここまでの試合で彼は同じ方法で───相手を会場の外へテレポートさせて場外10カウントによる勝利を掴んでいる。

 しかし相手は絶不調といえどAランク、10カウント以内にここに戻ってくるのは容易だろうと全員が考えていた。

 

 その時。

 ズン!!!!! と、大きな地震が発生した。

 

 どよめく観客。

 その上その揺れは一回ではなく、重低音を響かせて力を増しながら何度も下から突き上げてくる。

 これが自然現象ではない事に多くの人が気付いた。

 一部の人が彼が消えた事との因果関係に気付いた。

 そして答えは、万人が理解できる形で示された。

 

 

 リングが割れた。

 砕けた大地が宙を舞った。

 地(・)下(・)5(・)0(・)メ(・)ー(・)ト(・)ル(・)に(・)埋(・)め(・)立(・)て(・)ら(・)れ(・)た(・)王(・)峰(・)一(・)真(・)が(・)、(・)頭(・)上(・)の(・)地(・)盤(・)を(・)強(・)引(・)に(・)吹(・)き(・)飛(・)ば(・)し(・)て(・)地(・)上(・)へ(・)と(・)帰(・)還(・)し(・)た(・)。

 

 

 火山の噴火と見紛う光景に圧倒された観衆が一瞬言葉を失う。

 大量の土や瓦礫と共に宙に躍り出た一真の目には、強い苛立ちで沸点を超えた激怒の光が滾っていた。

 城ヶ崎白夜には何の感情も湧かなかった。

 全ての知略を無に返す暴力に全てが馬鹿馬鹿しくなったから、ではない。

 脳内で描いていた価値のない棋譜がそのまま完成してしまったからだ。

 敗北するならそれでもいい。

 彼がどこかで目を覚まし、想定を超える暴力でこの棋譜を叩き壊してくれるならそれでよかった。

 しかし結局、全ては思い描いた通り。

 

 (そして最後。このテレポートが間に合わなければ私は敗北する)

 

 既にマーキングは済んでいる。

 後は彼を刃圏に引き寄せるなり攻撃範囲外に飛ばすなりまた地中深くに埋めるなりが間に合うかどうか、自分のスペックで間に合わせられるかどうか。

 判断するのではなく、敷いたレールの通りに思考を介さず実行する。

 それ故のスピードを才能の暴力は上回る。

 転移先で喉笛が刀身に貫かれるようテレポートさせようとした白夜の肩に、漆黒の脚鎧(ブーツ)がめり込んだ。

 

 「面ッッッ倒臭えんだよテメェ!!!!」

 

 ああ。

 つまらない対局だった。

 

 胸郭を上腕ごと潰された白夜が紙屑のように宙を舞って観客席に落下する。

 ここまでと変わらず戦場に多大な傷跡を残した彼は地下数十メートルから耕された大地に斜めに沈む真っ二つになったリングの上に勝ち誇りもせず立っており、その光景を目の当たりにした一部を除く人々は、ある種の呆れと共に理解した。

 足元がふらつこうが怪物は怪物。

 どれだけ策を巡らせようとも、人間が小突いた程度ではどうやっても倒れないのだと。

 

 「・・・・・・何やってんのよ、カズマ」

 

 そして彼女は等しく怪物、同じ高みに住まう者。

 緋色の双眸を険しく細めた紅蓮の皇女が、爪先を鳴らしながら酷く苛立った声で呟く。

 ───勝者、王峰一真。

 無表情で転がる敗者に対して肩を怒らせ息を荒げる勝者という、見た者たちに痼(しこり)を残す構図での決着であった。

 

 

 

 

 

 「カズマ?」

 

 iP S再生槽(カプセル)の治療が完了した夜、明日に向けた調整の為にホテルの側の公園を訪れた黒鉄一輝は、ベンチに腰掛ける巨大なシルエットを見つけた。

 項垂れて肩を落とし見るからに消沈しているその様に思わず声をかけると、顔を上げてこちらを見た彼はパッと笑った。

 

 「よおイッキ、治ったのか。これからトレーニングか?」

 

 「あ、うん。君は何をしてたの?」

 

 「あー、まあ、気分転換ってとこだな」

 

 思えば彼は月影総理の元で体制転換の尖兵として大会に参加している身だ。いよいよ最後の戦いが迫ってきた今、責任感の強さ故にプレッシャーを感じているのかもしれない。

 流石に彼の両肩にも国の方針は荷が重いのかと考え、これでライバルのコンディションが整うならと一輝はしばし会話に付き合うことにした。

 

 「見てたぜ、サラとの試合。随分と魅せてくれたじゃァねえか。まさかたァ思うがよ、あれで勝った気になってねえだろうな?」

 

 「いい前哨戦だったよ。あの戦いのお陰で一つ上の高みに登れた。今の僕は最高に好調だよ。・・・・・・君にもステラにも、勝ってみせるさ」

 

 「上等」

 

 既に最終決戦を見据えた発言を受けてにたりと笑う一真。

 挑発に傲慢で返すようになった一輝を面白そうにしている彼だが、やはり一輝としては見るからに不調そうな原因が気になった。

 

 「・・・・・・カズマ、何かあったのかい?」

 

 「いやァ気にすんな、ちょっと色々と茶々が入っただけだ。そういうそっちは随分と憑き物が落ちたみてえな顔してんな?」

 

 「ああ。スッキリしたと言えばそうかもしれない」

 

 「へえ」

 

 

 「父さんと話した。僕と親子の縁を切るって」

 

 

 一真が思わず立ち上がった。

 知っている話だったからだ。

 項垂れていたさっきまでとは一転、目を輝かせた彼が興奮した様子で一輝の肩をバシバシと叩く。

 

 「オイお前やったな!! ようやく足引っ張り続けてきたクソみてえや家とおさらばって訳か!! しかもこれで七星剣武祭優勝しなきゃ卒業できねえって条件もナシだろ!? 良かったァ、長かったなァ!!」

 

 「はは、痛いよカズマ。でもありがとう」

 

 「やっぱさァ、そういう縁って切っちまうに限るよなァ! 一番信じなきゃいけねえ相手を蔑ろにする奴なんざクソだよクソ!! いい結果出したからって擦り寄ってこねえだけマシかもしれねえけどよ! こっちにロクに関わらねえどころか捨て─────」

 

 

 「いいや。縁は切らない」

 

 

 「────・・・・・・、は?」

 

 ぴたり、と一真の動きが止まる。

 

 「お互い縁を切った方がすっきりすると思っていたけど、・・・・・・それでも正直、父さんの事が嫌いになれなくてさ。仲が良いとはとても言えないけれど、それでも僕は『黒鉄一輝』だ」

 

 「何、で、」

 

 「腹を割って話してみたら本当に不器用な人だったよ。お前を応援する事も祝福する事もできない男が父親でいいのか、だって。どうも僕の不器用さは父さん譲りらしくてさ」

 

 「・・・・・・・・・・・・」

 

 「仲睦まじいだけが親子って訳じゃない。自分の理想の進路に我が子を進ませようとする父親とそれに反発する息子が殴り合うなんて、考えてみればよくある話だろ」

 

 気付けば肩を叩く手は引っ込んでいた。

 頬に小さな笑みすら浮かべて静かに、しかし迷いの晴れた強さで黒鉄一輝は宣言した。

 己に誓った決意の剣を、確かに握り直すように。

 

 

 「だから父さんに見せつけてやるんだ。僕が僕の意志で選んだこの世界で、僕が輝いてるところを」

 

 

 

 

 何かが外れたような感覚がした。

 ギリギリでバランスを取っていたなにかを突き飛ばしたような、取り返しのつかない方向に分岐器を切ってしまった感覚。

 腹の底が抜けたような感覚に凍りついた一輝の頭上から平坦な声が降ってきた。

 どん底に沈んでいるのではなく何もかもを捨てた結果として宙を漂っているような、普段の彼からは考えられないほど空虚な響きで。

 

 「あァ、そっか。良かったな」

 

 ふらり、と一真はベンチから歩き去る。

 

 「俺は戻って休む。明日も試合だ、お前も程々にしとけよ」

 

 「・・・・・・待ってくれ」

 

 「余計な心配して悪かったな。ケンカ上等、確かにそうかもしれねえ」

 

 「違う、余計なんかじゃない」

 

 「お前らなりに仲直りできたみたいで良かった。その縁、大事にしろよ」

 

 「!! カズマ、僕は───!」

 

 「いいんだ」

 

 駄目だ、ここで彼を行かせたら駄目だ。

 具体的な根拠なんてない。だけどここで彼を捕まえなければ、彼は戻ってこなくなる。

 追い縋ろうとした一輝を拒絶した一真の両脚が脚鎧(ブーツ)を纏った。

 何者も彼を縛れない、その象徴たる霊装(デバイス)を。

 

 

 「・・・・・・少し、疲れた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏の日差しの下、困惑する実況と観衆の響(どよ)めきの中央で一人の少女がリングの真ん中、開始線の前に立っている。

 対面に立っているはずの相手はどこにもいない。

 今も色んな人が彼を探している。

 だけど結局、今に至るまで見つかりはしなかった。

 行き場の無くなった闘争心と意地。

 失格および不戦勝のコールをせんと手を掲げた主審の前で、紅蓮の少女は強く強く拳を握り締めた。

 

 

 

 

 《七星剣武祭》準決勝。

 

 王峰一真 vs ステラ・ヴァーミリオン。

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