実行に移そうと考えるも沙希の喜びそうなものに心当たりがない八幡は断腸の思いで大志に連絡をとる。
お前のねーちゃんの好きそうな物という、らしくない質問から誕生日をお祝いしてくれるつもりなのかと訊き返され、沙希の誕生日が目前であることを認識する。結果、らしくないついでに沙希の誕生日を祝うのを含めたお礼をすることにした。
準備が整い本人に日程調整するのだが、そこから喜劇が始まる。
時系列
体育祭終了後でおそらく修学旅行前くらい。
原作中で正確な日付は出ていないが7巻開始あたり。
もっともバカと呼ばれた日
FROM 大志
TITLE nontitle
そういえば今週の土曜日、姉ちゃんの誕生日なんすよ。
差出人は川……、川越? 川島? なんでもいいか、川なんとかサキさん略して川崎の弟であり、小町の永遠の友達にして不倶戴天の毒虫・大志である。
何故そんな共存できない相手からメールが届くのかというと話は二ヶ月半前まで遡る。
八月頭頃の予備校で偶々こいつの姉・川崎沙希と夏期講習が一緒だったのだが、どういうわけかあっちから声をかけてきた。
内容はスカラシップが取れたことの報告とお礼という名目だが、そのままサイゼでお茶をしながら別件の相談事を受けたのだ。その時、一緒にいたのがこの大志とかいう無駄に暑苦しくて、小町の友達という果てしなく目障りな奴だった。
これから受験する総武高校について訊きたいと言ってきたらしいがその実、女子のレベル、いわゆる美女偏差値を教えてもらいたかったようだ。確かにこんなこと姉には訊けねえよな。
小町から永遠のお友達宣告を受けた大志に同情し、俺と川崎の総武高を受験する理由を話してやると琴線に触れたのか、メアドの交換までされてしまい現在に至る、というわけだ。
アドレスを知られても連絡しなければいいだけではと不思議に思う人間は多いだろうが、今回は特殊な事情ゆえに今こうしてメールのやりとりをしていた。
体育祭では時間も人手も足りず、ないない尽くしの苦しい台所事情で運営を強いられていたとはいえ、川崎に衣装作りを手伝わせてしまったのには申し訳なく思っていた。
こっちから頼んだもののむしろノリノリで企画立案してくれた海老名さんとは違い、川崎にはなんらメリットがない。本人が「暇だし」と言ってはいたものの、作業効率のみならず衣装代の予算カットにも大きく寄与してくれた。これはもう川崎の労働時給を体育祭実行委員会がタダで奪ったのと同義である。今にして思えばよく頼みを聞いてくれたものだ。
その意気に応えようと俺の口から出たのは「そのうちお礼はするから」である。当の本人からは「別にいらない」と返って来たが、一方的に施しを受けるのは俺の主義に反する。よって今、その借りを返そうと大志から情報を引き出しているのだ。
「誕生日か……お礼するにはうってつけなシチュだな……」
他人の誕生日を祝ったことなどないが。なんだったら俺の誕生日を祝われたことも良く思い出せないくらいだ。いや、誕プレは貰ってますよ? 去年の誕生日は現金一万円だったな。親父、母ちゃん、産んでくれてありがとう!
川崎が欲しがりそうな物を大志から訊き出し、冷やかされるのも覚悟の上で小町にも相談した。
一人で買いに行くのつれぇわ……勉強の息抜きに小町連れ出して一緒に行ってもらおう。
受験生連れ出すとかお兄ちゃん失格だな。今度から暗記の仕方だけじゃなく、もうちょっと真面目に勉強教えてやろう。……数学以外。
放課後
SHRが終わるとすぐに教室を飛び出していく者、ゆっくり帰り支度をする者と様々だが、これから話しかけようとする相手は前者なので急がなければならない。
文化祭以来、川崎は俺と目が合うと軽い悲鳴を上げて余所余所しく距離を取り露骨に顔を背けるのだ。その上、すぐ教室を飛び出す習性まで備わっているとなると、冗談抜きにスタートダッシュで置いてかれると話しかけるチャンスがない。
教室を出て下駄箱までの道すがら待ち伏せしていると川崎が近づいてくる。視線がぶつかると小さな悲鳴を上げ回れ右しそうになるが、下駄箱はすぐそこだと思い止まったようだ。代わりに歩速を上げ、すり抜けようとするも俺の声によって阻まれる。
「……よう」
「ひゃっ‼」
短い悲鳴を上げ、数歩バックステップした。勢いあまって窓にぶつかりそうになる。これ、ぶつけて怪我したり窓ガラス割ったら俺に訴えや請求くるやつでしょ。なにそれ、俺の人生無理ゲー過ぎでは。
「…………なに」
睨みながら訊いてくるも赤くなった顔が隠し切れていませんよ。
「あ、その…………」
「…………」
お互い口下手で上手い事会話が回せない。沈黙が続くせいでお互いもじもじするし悪循環に陥り出した。
いかんいかん、こっちもこれから部活だし、早いとこ約束に漕ぎ着けよう。
「……あれ、覚えてるか?」
「え⁉ お、覚えてる、けど……」
「俺は言ったことの責任はちゃんと取る」
「え、え、あ、その、」
「ちょうど今度の土曜日だし、その日にするから」
「えっ、土曜⁉ 明日⁉ そんな急に⁉」
「いや、急でもないだろ。確かに伝えたのは急かもしれんが前々から決まってたことだし」
「で、でも、そんな、いきなりなんて心の準備が……」
「あー、だよな。実は俺も初めてだし緊張してる」
呼ぶことも呼ばれることもなかった誕生日パーティー。しかも相手が同級生の女子とくれば俺でなくとも緊張もしよう。
「え、あんたも? いや、でもおかしくもないの、かな……」
「そういや、学校で軽くならあるか。ちゃんとしたわけじゃないが」
由比ヶ浜に誕プレはあげたしな。
「え⁉ 学校で⁉」
「驚き過ぎだろ。一応奉仕部の二人とは仲間なわけだしな」
誕プレあげないくらい薄情な奴だと思われてるわけ? まあ普段の言動を顧みればそう思われてても不思議でもない。
川崎は見ていて気の毒になるほどもじもじしながら、やっとの思いで口を開いた。
「わ、分かったよ、ちゃんとしてくれるなら……」
「ちゃんとはしたことないから分からんが、善処はする」
由比ヶ浜にはちゃんと誕生日パーティーしたわけじゃないし、友達の誕生日にも呼ばれたことはないからな。何がちゃんとしているのかの基準が俺の中にそもそも存在せん。
「ちゃ、ちゃんとしてよ、じゃないと困るよ!」
「分からんのに約束はできんぞ」
「ぅう…………分かった、こっちでなんとかするよ……」
こっちでなんとかする? なにそれ? 祝われる側になんか作法とかあるわけ? 誕生日パーティーの経験値が不足し過ぎて理解不能なんだが。まあ、小町にでも訊けばそのちゃんとしたパーティーってのの作法は分かるだろう。まず誕生日パーティーを誕パと呼ぶところからレクチャーされてしまうかもしれん。
あとは場所だな、どこにするか……こいつんちでいいか。
「んじゃ、お前んちでいいか?」
「だ、ダメに決まってんでしょ、バカ!」
ええ……お前の誕パじゃねえか……。家族が祝わんでどうすんだよ……。
「なんでだよ? 弟も妹もいるだろ」
「だからでしょ、あんたバカなの⁉」
なに? 弟妹に祝われるのがそんなに嫌なわけ?
ああ、そうか、恥ずかしいのか。確かに俺に祝われるところなんて大志に見られたら辱められたって訴えられるレベルだもんな。俺も祝うとこ見られるなんぞ耐えられん。
でも、家族抜きって寂しくねえか? いや俺はいつもケーキ代込みで現金渡されて済ませられるんだけど、こいつの場合は家族大好きそうだし両親に祝われたいって思うだろ。
「両親忙しそうだし、一緒には居られないのか?」
「あんたそれ本気でいってる?」
怒らせちまったか。そうだよな。両親共働きでなかなか一緒に誕生日祝ってもらえないの分かり切ってるのに、俺なんかに指摘されちゃ機嫌も悪くなるよな。
とにかく川崎んちは無理そうか。他にあてとかあるのかね。
「じゃあ、どこがいいんだよ?」
「そ、そりゃ……そういうこと出来るとこ、とか……」
「外か。予約とかしないといけないのかね。あんま外出ねえから詳しくないんだがな」
リア充どもの誕パ会場はカラオケやボーリングやビリヤードなどバラエティに富んでいると聞いたことがある。この千葉ではデスティニーランドという鉄板の選択肢もあるが、さすがに料金面の問題で却下だ。
「あ、あたしだって、は、初めてだし、詳しいわけないじゃん!」
キッチン付き個室のレンタルスペースなんかもあるらしいが、家事能力小学校6年生の俺では使いこなせる自信がないし、小町の協力が必要になるな。
そうか、うちなら小町に協力を仰げるし金もかからず問題は全て解決する。
「ふむ……んじゃ、うちこねえか?」
「あ、あんたんち⁉」
「妹もいるからお前も緊張しないで済むだろ」
「ば、バカじゃないの! 妹と一緒にとか、あんたシスコンも大概にしなよ!」
なんでだよ。俺の最愛の妹にまで祝われるのに何の不満があるんだよ。むしろ俺が祝われたいまである。
「小町もダメ、お前の弟妹もダメじゃ、どうすりゃいいんだよ?」
「あ、あんたと、ふ、二人きりに決まってんでしょ……」
「ぅえ⁉」
え、二人きり? なにそれ、間が持たないし、ハッピーバースデイの歌とか口パクでやり過ごせないじゃん。一人で歌うの? 俺が?
「そ、それは、ハードルが高いっつーか……」
「なんで妹と一緒の方がやりやすいみたいにいってんのさ」
「いや、だって、えぇ⁉」
いやどう考えても妹と一緒のがやりやすいだろ。一人アカペラで歌うとか、いや伴奏とかあると余計歌いにくいけど問題はそこじゃない。
「と、とにかく、あんたんちに二人で! じゃないとさせてあげないから!」
捲し立て顔を真っ赤にして走り去ってしまった。
うわー、マジかー。川崎の前でソロで歌うとか心が挫けそうだ……。
善処すると言ったし、とりあえずアマゾンでそういうパーティーグッズ的な物を見繕って予算と相談してららぽで買ってくるか。
土曜日夕方
比企谷家
土曜日も仕事な両親たちの社畜っぷりには頭が下がる。
今日は川崎の誕生日パーティー略して誕パを催す日。時間は昼頃とかを予定していたのだが川崎曰く「ひ、昼間っからとか、ば、バカじゃないの⁉」と散々なじられた上、行く前に準備することがあると言われこの時間になってしまったのだ。こっちもなんだかんだで緊張してんだから、早く済ませて楽になりたかったんだよ。夕方過ぎとかもう今日一日その心配で潰れちまったじゃねえか。開始が遅いし川崎が猫アレルギーだから小町はカマクラ連れて友達の家に泊まりに行ってまで二人きりにしてくれたんだぞ。
そんな妹天使エピソードで心温めているとインターホンが鳴った。というか今日の主賓を来させるのも如何なものかと思う。
俺は玄関まで出迎えて川崎を家に上がる。
「……ど、どうも」
「お、おう……んじゃ、ま、とりあえずあがってくれよ。リビングはこっちだ」
小町と一緒にセッティングしたお誕生日おめでとうの飾付けがされたリビングへ案内しようとするが、川崎は慌てた様子で手をわちゃわちゃさせながら呟いた。
「ちょ、なんでリビングなの⁉ あ、あたし、あんたの部屋が、いいんだけ、ど……」
「はぁ⁉ 俺の部屋⁉」
想像だにしない要求に度肝を抜かれた。
あれー? 誕パって自室でやる習わしなのー? 小町そんなこと言ってなかったよね? 一緒にリビングで準備してたし。
そうはいっても今日の主役がそう仰っているので俺に拒否権などない。そもそも今日だけでなく生まれ堕ちて17年、俺に拒否権というものは認められていないんですけどね。ついでに俺の存在自体も認められてないまである。生まれてすぐ堕ちちゃってるし。
「あー、別にいいんだけど、ちょっと片付けと準備に時間かかるかもしれんぞ?」
「じ、じゃあ、先にシャワー借りて、いいかな……?」
「ファ⁉」
更に豪快な要望をしてくる川崎に俺のキャパがオーバー寸前だが、主賓には逆らえない。奉仕部で鍛えられた社畜魂がここでも遺憾なく発揮された。
どうせ俺の部屋で準備するのに時間もかかるし、待ってる間に浴びてもらう方が効率もいいか。
「じゃあ、リビングから移動させるが準備するとこ見られると興醒めだし、悪いがちょっとだけ外で待っててくれ」
「え、え? 移動……? ……うん、わか、った……」
ちゃんとして、と言われたのだ。応えるためにもやるべきことはしよう。
一旦外で待たせておき、リビングを彩った飾りつけを全て外して自室へ。
「おう、移動完了だ。ただこれからまた準備するから、ゆっくりシャワー浴びてきていいぞ。呼ぶまではリビングに居てくれ」
川崎にシャワーを使わせている間、自室の壁にオーナメントをセットしていく。色紙で作った鎖や花の装飾はチープな印象が否めないがアマゾンで買うと二千円前後するし無駄に数量も多い。手間こそかかるが使ったあと気軽に捨てられる手作りがベストだ。それにこの誕パをちゃんとした体裁たらしめる主役は風船付きのHappy Birthdayガーランドである。千円と安いのに他の装飾よりちゃんとした感が色濃く出せてコスパが高い。
火の灯る蝋燭を立てたケーキとオーメント類のセッティングが完了し、部屋の電気を消しておく。
これから祝うのが照れくさいからか、どうも顔を合わせづらい。俺は川崎の気配がするリビングの前で立ち止まり、扉越しに声をかけた。
「待たせた。準備できたから上がって来てくれ」
『え? あ、その……えっと……』
「? なんだよ?」
『あ、あんたは、その、シャワー……浴びなくて、いい、の?』
「」
下に降りて川崎を呼びに行くとそんなエキセントリックな質問をぶつけられた。
さっきの「先にシャワー借りていい?」の「先に」って俺より先って意味だったの? 誕パより先にって意味じゃなくて?
何故、俺までシャワーを浴びる前提で話が進んでいるのだろうか。いや、確かに今日も風呂入るよ? でも今じゃないでしょ。これから誕パなのに準備完了した部屋に主賓待たせてシャワー浴びるとかないでしょ。ないわー、べー。……やっべ、一瞬、戸部の霊が口寄せされちまったよ。
「い、いや、シャワーはまた後で浴びるから、いまは、その、な?」
『う、うん、あ、あんたが、そう、いうなら…………』
なんとか川崎を説き伏せると部屋へ案内する。廊下の明かりも絞ってあるので足元に気を付けるよう指示し中に招き入れた。蝋燭の灯だけがぼんやりと光るこの部屋で二人きり。得も言われぬ雰囲気が漂う。
「……座ってくれ」
「う、うん……ベッドでいい?」
「? お前がそうしたいなら好きにすればいいが。蝋燭の明かりでベッド見えるよな? 転ぶなよ」
「あ、ありがと」
ベッドに腰かけるとギシリと軋む音が耳に付いた。川崎は女子にしては身長がある方だがそういう意味から出た音でなく、部屋が静か過ぎ衣擦れすら拾ってしまう環境に因るものだ。
というかベッドからケーキまで距離あるがこっから火を吹き消せるのか? まあ消す時に近寄るか。
「ひ、比企谷も、ベッドに座ったら?」
「? そうか? わかった」
蝋燭の淡い光に照らされ、ベッドに座る川崎の模糊とした姿が浮かび上がる。促され流されるまま隣に座ると、沈んだベッドの傾斜が彼女を引き寄せた。
うわぁ……なんだこいつ、めっちゃいい匂いしてくる。風呂上りってだけでここまでフレグランス効果高いのかよ。ボディソープとか持ち込み? うちの石鹸こんないい匂いしたっけ?
そういや小町も同じ石鹸使ってるはずなのに俺と匂い全然違うよな。川崎もそうであるように女子特有の現象といえそうだ。なんかくらくらしてきた。親父なんて風呂上りでも石鹸では隠し切れない玉葱の腐臭がするのにな。
さあ、ここからが最大の難所である『ハッピーバースデーの歌』だ。
川崎にちゃんとしてと言われた手前、歌わざるを得ないのだがどんなテンションで歌えばいいんだよ。過去を振り返ってもこのレベルの黒歴史的羞恥プレイはなかなか思い出せん。
いや、あったか。あれは確か中学時代、好きな子の誕生日に寝ないで編集したお勧めのアニソン集をプレゼントした。次の日、それをお昼の校内放送で「オタ谷くん」という架空の人物による虚構のリクエストによって流されたあの惨劇のような黒歴史。
それに比べたら自分で歌うとはいえ、二人きりだし川崎もぼっちだし広まる心配はない。
この俺が、同級生しかも女子の誕生日を祝い、あまつさえ誕生日ケーキの蝋燭を前に二人きりで面と向かってハッピーバースデイを歌う。
あれほど青春とは悪であり唾棄すべきものとして認識していた半年前の俺が聞いたら割腹ものだろう。だが、いまも悶えそうなくらい恥ずかしいが、それ自体が嫌というわけではない。本人に望まれているのが分かるからそう感じるのだろう。むしろ存外に奮っているのか、信じられない質問をぶつけてしまう。
「あっと、その、……苗字と名前、どっちで呼んだほうがいい?」
ハッピーバースデイ・ディア・川崎~、なのか、ハッピーバースデイ・ディア・沙~希~、のどちらで祝うのか。
今日の俺はどうかしているのかもしれない。だが、川崎は『ちゃんとしてくれるなら』との御所望だった。手を抜いたらそれこそこの誕生日パーティー自体を意味のないものに貶めてしまう。だから、俺はきちんと全うする。
「あ…………うん、な、名前で、いい、よ……」
名前かー。ちょっと難易度上がっちまったな。ついでに語呂まで悪くなった。
どう考えてもハッピーバースデイ・ディア・川崎~のが語感いいんだよな。二文字はないわ……だが依頼人の要望は可能な限り叶えなければならん。社畜の鏡。
「……よし。じ、じゃあ、いくぞ?」
「う、うん」
これから戦場にで向かうくらいの覚悟を以って、もしくは由比ヶ浜の作ったクッキーを食べる意気込みで、今まで小町くらいにしか歌ったことがないハッピーバースデイを歌う。
って由比ヶ浜の料理って戦場と同義かよ。完全に兵器レベルの代物じゃねえか。てっきりジョイフル本田に売ってる炭かと思っていたんだが、バイオ兵器だったのか。
すーっと息を吸って吐き出す。心を落ち着けないと歌えそうにないからな。それと隣にいる川崎を見ながら歌うのはさすがに無理なんでケーキの方を見ながら歌い出す。
「……は、ハッピーバースデイ・トゥーユー♪ ハッピーバースデイ・トゥーユー♪ ハッピーバースデイ・ディア・沙ー希ー♪」
ぐおおおお、羞恥心が臨界点突破する!
「ハッピーバースデイ・トゥーユー♪‼」
ケーキしか見れねえ……川崎を見るのが怖い、っていうか恥ずかし過ぎる。
「…………」
「…………」
あれ? こういうのって歌い終わったら主賓が蝋燭吹き消すって相場が決まってなかったか? いや、経験値が少な過ぎてどれがスタンダードなのか知らんけど、合ってるよね?
不審に思い、やっとの思いで川崎の方を向くと茫然という言葉を体現したかのような表情でこちらを見ていた。
「ほ、ほれ、消してくれよ、蝋燭」
「え、え?」
未だに混乱している川崎は理解が出来ていないようだが促されるままになんとか火を吹き消した。
電気を点けクラッカーを鳴らす。
パァン‼
「誕生日、おめでとさん」
川崎に向き直り祝辞を添えてやる。その時の顔といったら、こいつ、こんな顔できるの⁉ ってくらい見たことがないものだった。
顔立ちが整っているくせに今そこにあるパーツは、何処を見てるのか分からんような目、ぽかーんと半開きな口。福笑いなら満点解答の配置であるにも関わらず、どこか滑稽で笑いが込み上げてくるような顔面偏差値である。眼球偏差値底辺の俺が言えることじゃありませんね。
顔ばかりに目がいってしまい気付くのが遅れたが川崎全体に意識が及ぶととてつもない違和感を覚えた。
「⁉」
部屋が明かるくなりはっきり視認できるようになるとその恰好に驚き、興奮を抱く。カーディガンを羽織っているものの、その下はバスタオル一枚を巻いただけだったからだ。
初めて出逢ったときの、おい、でかしたこの風マジよくやった! よりも興奮した。興奮してる。大事なことなので二回言いました。
「――――え? きゃっ⁉」
なにその可愛らしい悲鳴。ってか自分の着てる物に今初めて気付いちゃった?
慌てて自身の身体を抱くように手を交差する。あ、それやばい。圧迫されたお胸とお胸が押し競饅頭した挙句に生み出された魅惑の峡谷が俺を更に興奮させる。もはや興奮の坩堝。嗅覚を刺激され視覚で掻き立てられ、これで襲わないとか俺マジ理性の化け物。陽乃さんのネーミングが的確過ぎた件。
「で、出てって‼」
川崎は手元にある自分の荷物で俺を叩くと中身が散乱する。それに気にも留めず退出を命じてきた。
あれー、ここ俺の部屋なんですけどねー、これから誕生日パーティーをするはずの部屋なんですがー、泣いていい?
………………
…………
……
日曜日
「たっだいまー」
「おう、お帰り小町」
二階のリビングのソファで寛ぎながら読書していると小町が帰って来た。そろそろ昼だしちょうどいいタイミングだな。むしろ昼に合わせて帰ってきたのかもしれん。だとしたら良く出来た妹過ぎる。
「お昼まだでしょ。これから作っちゃうから一緒に食べよ。ほら、カーくんも半日振りのおうちだよー」
やはり昼飯を見越してだったか。愛妹の嫁力は53万ですと材木座あたりに宣言したい。元ネタを知ってるあいつなら「ほざけー」と言って向かってくるどころか泣きながら逃走する未来まで視える。向かってきたら腕もげちゃうしね。
下らないことを考えているとケージから飛び出したカマクラが俺の部屋に逃げ込んで行った。
「おう、カマクラ、俺の部屋に入るなんて珍しいな」
「猫だし、やっぱり他人様のおうちは緊張してホームシックになるんだよ」
なら入り慣れた小町の部屋かリビングのソファに来そうなもんだが、なんで滅多に入らない俺の部屋なんだよ。ホームシックの定義どこいった。
とはいえ、カマクラが部屋に入って来てくれて内心嬉しがる自分がいる。何だかんだ言っても飼い猫だし可愛いしな。
半日振りのカマクラを愛でるべく自分の部屋に移動すると、小町も後に付いてきた。
「悪いな小町にカマクラ。無理言って家空けてもらって」
「いえいえー、お義姉ちゃん候補の誕生日祝うなんてらしくないお兄ちゃんに協力するのは妹の務めってやつですよー」
「そ・れ・よ・り・も~、昨日はどうだったの? プレゼント、沙希さん喜んでくれた?」
「ああ、まあ、な。多分、おそらく、ひょっとしたら……」
「うわぁ~、お兄ちゃんの自信のなさが小町にまで伝染しそうだよ……一緒にプレゼント選んであげたんだし喜んでくれてるよ、きっと」
「そうか。そうだなぁ、喜んでくれてるといいなぁ」
「……スンスン……ところで、この部屋なんかいい匂いしない?」
「俺の部屋でアロマなんぞ炊いてないが」
「そういうんじゃなくて、女の人の移り香みたいなのがほのかに匂うっていうか」
なんだこいつの鼻は。川崎の匂いに感付いちゃったの?
俺の部屋で誕パしたのを隠すわけじゃないんだが、なんとなくバツが悪いんだよ。説明もしづらいし。
言い出そうか迷っていると、カマクラがベッドの下に前足を延ばして何やらじゃれて引っかき出そうとしていた。ベッドの下なんてベタなとこにお宝は隠さないし、何かあったかと疑問に思っていると俺の思いを代弁するようにカマクラに話しかける小町。
「お、カーくん、お兄ちゃん所蔵のエッチな本でも見つけちゃったかなー? でもざーんねん、そこにはないんだよねー…………え…………」
小町もないことが分かっているので軽口を叩きながらカマクラを抱っこすると、
カマクラの、
右前足の爪に、
コンドームがぶら下がっていた。
部屋の温度も5℃は下がった気がする。出てきたのが人の指とかならホラーだが、この場合はなんと表現すべきか。使用済みが出てこないだけマシだろう。いや、それはそれでホラーだな。本人に覚えがないのに誰が行為に及んでんだよ。
逆に小町の体温は上昇しているようで、みるみる顔が赤くなっていく。
「……お、お、お兄ちゃん……」
「……落ち着け小町、これは俺のものじゃ……」
「お兄ちゃん! 二人きりにしてくれって言ったのはこういうことだったんだね‼ 大人の階段のぼっちゃったんだね‼」
「ちょっとまて小町、話を……」
「お昼ご飯ちょっと待っててね! 今からじゃさすがに作れないから、小町お赤飯買ってくるよ‼」
ちょっとー? 小町ちゃーん? 帰って来てー?
SAN値直葬レベルの現実を前にした俺は、小町が家を飛び出していくのを止めれるはずもなかった。
了?