騎士王の花婿   作:抹茶菓子

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お久しぶりです。
『R』と『S』を行ったり来たり、たまに機兵に乗ったりして楽しんでいたのですが、オリュンポスが来て現実に叩き落とされたので下書き仕上げて投稿します。コンスタントな更新ができない作者でごめんね。

今回はカルデアのターン。謎解きパートその1、『疑問点の整理』です。何がわかっていないのか、カルデアの目線から整頓してみました。

ではどうぞ。




神なき夜

 

 

 

 

 

 

「――――さて」

 

 その細い指で煙管(パイプ)の頭に火を灯しながら、彼は玲瓏に微笑んだ。

 

「解決編、とはいかないが……一度情報を整理しようか」

 

 ゆったりと深く息を吸い、細く長くそれを吐き出す。薄煙がふわりと広がり、視界に柔らかな靄をかけた。ちりちり、と葉の焼ける音。慣れ親しんだ香りが肺を満たす。高揚と沈滞の狭間、陶酔には一歩届かぬその感覚に安らぎを覚え、シャーロック・ホームズは目を細めた。

 革張りの椅子に背を預け、部屋を見回す。星見邸――カルデアへと貸与された屋敷の一室には、天文台のすべての人員が集合していた。立香、マシュ、ダ・ヴィンチ、ゴルドルフ……各々の表情に滲む疲労は色濃い。状況の不透明さが呼び起こす疑念、焦燥、そして何よりも敵地の中枢に身を置く緊張感が彼らを蝕んでいた。中でもムニエルをはじめとした技術スタッフの顔色は酷いものだ。彼らがこの数日身を窶した激務と、その成果を鑑みれば当然のことと言えるだろう。

 休息が必要だ。簡潔に済ませなければならない――微笑の裏で静かに方針を定めながら、ホームズはゆっくりと口を開いた。

 

「現状の共有から始めよう。現在時刻は三月二十五日、午後十時二十三分。カルデアがこの異聞帯に到着してから約百十時間が経過している。この間、当該異聞帯を統治する騎士王と契約を交わした我々は王都キャメロットにおいて情報収集を行った。対象は汎人類史とこの歴史との『差異』。シャドウ・ボーダーの各計器による観測……環境的、或いは神秘的側面と、文献記録や市井の様子から確認できる歴史的、或いは文化的側面の二観点を重視した調査だ」

 

 歴史的側面――すなわち『過去』を。

 環境的側面――すなわち『現在』を。

 この地がこれまでに歩んできた道筋を知ることによって、この歴史が『何』であるかを知る。

 それが、カルデアの二つの頭脳が算出した『短時間である程度の成果を得る』ための方法だった。

 

「この際、観測調査を担当するA班はダ・ヴィンチが、街頭調査を担当するB班は私がそれぞれ指揮を執らせてもらった。調査開始よりおよそ八十五時間……集まった情報は量としては甚だ不十分であるものの、状況は切迫している。私とダ・ヴィンチは状況認識の共有が急務であると判断した。このような時間ではあるが、まずは清聴を願いたい。……ここまではよろしいですか、ゴルドルフ所長?」

「…………ああ」

 

 ホームズがそっと上座に視線を向ければ、ゴルドルフ・ムジークは不貞腐れたように頷いた。表情は不満げだが、応える声はひどく小さい。常の彼ならば、自身を差し置いて場を仕切るホームズに物申しそうなところであるが――いや、とホームズは内心で首を振る。ゴルドルフの反応は人間として至極当然のものだった。目の当たりにした円卓の騎士という『異質』を、彼は素直に恐れている。

 ゴルドルフ・ムジークは見事なまでに平均的な人間だ。能力や人格の問題ではなく、『脅威への免疫』が足りていない。怯えるべきものに当たり前に怯え、思考は停滞し、行動が停止する。それは人理修復の過程において『止まらない強さ』を培ったカルデアの面々に比して、彼が劣る点のひとつだった。

 

「……ふむ、いいでしょう。では続けます」

 

 とはいえホームズは、それを悪いこととは考えていない。

 ゴルドルフは名目上はカルデアのトップであるが、彼が実際に指揮を執ることは不可能に近い。それは能力的な問題でもあったし――たとえゴルドルフが高い資質を備えていたとしても、積み重ねた時間が不足していた。緊急事態において集団の頭目に求められるのは、まず何よりも信頼だ。信無くば言葉には疑念が生じ、疑念はやがて分裂を生む。である以上、少なくとも今のゴルドルフには指揮権を預けられない。その点から考えて、自棄になる意気すら折られたゴルドルフの現状はホームズにとって悪くないものだった。何もできないが余計なこともしない――木偶は歓迎はできないが、船頭が増えるよりはよほどいい。

 

「まずはB班の報告から済ませよう。詳細は資料にまとめているが、重要なのは三点だ」

 

 ひとつ。煙をくゆらせながら、ホームズはぴんと指を立てる。

 

「この異聞帯、少なくとも王都キャメロット周辺において、汎人類史を大きく逸脱した文明発達は発見されなかった」

 

 騎士王との面会後、ホームズと彼の指揮下に入ったスタッフたちはベディヴィエール卿の案内によって王室蔵書を検め、その後キャメロットの民に対する聞き込みという形で情報を精査した。その結果判明したのは、ブリテン異聞帯の文明水準はそれほど高くはないという事実である。

 

「食事、建築、縫製、農畜産、芸術、娯楽……その他多くの面において、この国の生活水準は我々の理解の範疇に収まる。もちろんそれらは中世欧州と比べれば発展したものではあるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という予想の域を出ない」

 

 このことが示す重要な事実はひとつだ――言って、ホームズは煙管(パイプ)に口をつけた。

 

「この異聞帯に起こった変革は『文明の進化』という方向ではない。高度発達技術の存在を否定はできない――ブリテン異聞帯がごく短期間で他の異聞帯を消滅せしめた事実を見れば、むしろ確実にそうした何かは存在するのだろうが、それが民間に秘匿、制限されている以上はごく狭い範囲でのみ運用されているのだろう。技術は、それが当たり前のものとして認知されるほど広まらなければ世界を変えるには至らない。では何がこの歴史を異聞帯たらしめたのか、という話だが……その前に二つ目の話だ」

 

 これを見てほしい――ホームズは二枚の羊皮紙を机に広げた。

 ぞろり、と覗き込む一同。何人かがわずかに首を傾げ、マシュがちらりとホームズを見る。

 

「あの、ホームズさん。これは……」

「見ての通り、地図だ。一枚はベディヴィエール卿に借り受けた王室保管資料、もう一枚はキャメロットのある雑貨店で入手した市販品だよ」

「ですが、その、おかしくありませんか?」

「そう、この地図には在るべきものが欠けている。だがこの地図は完成品であり、限りなく正確なものだそうだ。王都住民に無作為で確認も行ったが、回答は同一のものだった。しかし……」

 

 す――と、ホームズは羊皮紙のふちを指でなぞった。地図に大きく描かれた、ブリテン島を囲むように。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ここはイギリスではなく、ブリテンであるにもかかわらず。大きな差異と言えるだろう」

 

 アーサー王伝説の記述によれば、騎士王が統治したブリテンの国土は広大なものだ。現在のイギリス領土に加え、北欧、そしてフランスを中心にベルギーやスイス、オランダ……欧州の半数を掌中に収めたと言っても過言ではない。だがこの地図に描かれているのは、ブリテン島とアイルランド島のふたつだけだった。

 

「異聞帯の範囲がブリテン島周辺であるというならば……あの嵐の壁がブリテンの国土を分断しているのだという話なら、特に不思議なことではなかった。だが国土そのものが縮小しているとなれば、それは過去に汎人類史とは異なる何かが起こったということだ。そしてそれこそが最後の話――この歴史における『転換点』に繋がっている」

 

 ホームズは一度、そこで言葉を止めた。ほう、と息を吐き煙を弄ぶ。広がる僅かな沈黙……己に集中する視線を肌で感じて、名探偵は口を開く。

 

「ブリテン異聞帯が汎人類史から決定的に分岐したのは、おそらく千五百年から千二百年前のことだ。より正確な年代は不明……市井での調査では特定不可能。そしてその事実こそが、B班最大の収穫となる」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 世界最高の名探偵は、透明な表情のままにそう告げた。

 

「あえて伝聞をそのまま話そう。およそ千二百年ほど前、ブリテンでは大きな争乱が起こっていたそうだ。文字通りに天地を割るほどの戦い――国土の五割近くが焼け落ち、多くの民が死ぬことになった戦乱が。それを終結させた者こそが現在この地を治める騎士王アーサーと円卓の騎士であり、その功績によってこそ彼らは民の信を得ているという。そしてその際の大火によって、戦乱終結以前の記録は失われた……無論すべてが真実とは言えないが、嘘なら嘘で構わない。それは『隠すべき何かがそこにある』ということを示している。この世界が歩んだ歴史において非常に重要な転換点が、西暦五百年から八百年ごろまでの三百年間に発生したのは確かだろう」

 

 得られた情報が正確だなどと、ホームズは欠片も考えていない。

 民間に残された口伝の不確実性は言わずもがな、王室蔵書とて敵の中枢が保管していた資料である。細工などいくらでもできるだろう。それがカルデアに対する嘘でないとしても、歴史が虚偽まみれなどよくある話だ。民を騙すため、そもそも事実が抹消されている可能性は非常に高い。一時的に奇妙な不戦条約を結んだとはいえ――そして探偵としての勘が、騎士王のその申し出に偽りはないと判断しているとはいえ――根本的にカルデアと異聞帯は相容れない。『当面の間は手を組める』という騎士王自らの言葉通り、両者はいずれどこかで矛を交えることになる。ならば未来の敵に、一から十まで誠実である必要などない。少なくともホームズならば隠し事はするだろうし、あの女王の配下にそういった思考の持ち主がいないとは考えられなかった。だからこそ、ホームズはベディヴィエール卿に直接何かを尋ねることはしていない。

 四日前、女王の言葉は誠実だった。あれは正道を往く王なのだろう。だが正しい王の許には、必ず()()()()臣下が存在する――国を存続させるための嘘と罪を敷く、表向きに評価されることのない忠臣が。そうでなければ、国家という共同体は決して繁栄できないのだから。

 

 だがそれは、まだ述べるべきことではないだろう。探偵は推測を口にしない。シャーロック・ホームズが語るのは『事実』と『推理』のみであるべきだ。

 言葉にすることのない思考を煙と共に胸に収めながら、そして、と彼は言葉を続ける。

 

「この調査に伴い、ダ・ヴィンチの疑問は解決された。円卓の騎士は、全員が()()()()()()()()

 

 ぴくり、と反応する幼げな少女。万能を冠する碩学は鋭い視線で名探偵に問いを投げようとし、しかしそれよりも前に黒髪の少年が声を挙げた。

 

「え、それ何か変?」

「もちろんだとも、立香くん。君はカルデアという特殊環境に慣れ親しんだゆえに違和感を覚えなかったのかもしれないが――異聞帯における円卓の騎士とカルデアの彼らは根本的に違う存在だ。これは別人、という意味ではない」

「……?」

「簡単な話だよ。君の知る彼らは英霊だが、()()()の彼らは英雄だ」

「…………ん? え。あ、そうか」

「そうだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ゆえに私とダ・ヴィンチは当初、彼らが代々『円卓の騎士の称号(なまえ)』を受け継いでいるだけの人間であり、アーサー王伝説に描かれた騎士本人とは別の存在なのではないかと考えた。もっとも、これは否定されたがね」

 

 それは至極当たり前の――しかし、英霊という存在に触れ続けた立香には浮かばなかった疑問だった。

 

「人間の寿命は有限だ。無論、神秘に満ちた時代であれば不死に近い者とて存在するが、汎人類史における五世紀ブリテンは先天的な不死者が生まれうるほどの土壌ではなかった。『アーサー王伝説』に描かれる主要人物の中で永遠を生きる可能性を持つのは、聖剣の鞘を持つ騎士王と夢魔の血を引く魔術師のみ。他の騎士には生きていられる道理がない。もちろん後天的な不死の可能性を否定はできないが……」

「……魂が、変質するはず」

「その通り。かつてルキウスを名乗ったベディヴィエール卿、そしてカルデアのデータベースに記録されていた間桐臓硯。先天的にその素質のない者が外的要因によって肉体的長寿を得たとき、その代償は魂によって支払われる。だが私が目にした三人の騎士に、そのような不自然な危うさは見られなかった……これに関する調査は現在も難航しているが、彼らが千五百年間生き続けていることだけは判明している」

「根拠を聞かせてくれ、ホームズ」

()()()()()の証言だよ、ダ・ヴィンチ。専門分野を離れるために閲覧は表層が限界だったが、『蓄積年月』は間違いなく千年を超えているそうだ。そしてその蓄積は()()()()()()。英霊特有の、座への回収による記憶の断絶は見られない」

 

 ふむ、とダ・ヴィンチは小さく唸った。

 なるほど、信頼に値するだろう。情報秘匿のために召喚直後から原則として霊体化している『彼』ではあるが、その能力は証明済みだ。魂の損壊を生じない不老。魔術にも造詣の深い彼女にとっては認めがたい現象だが、否定できるだけの証拠もない。円卓の騎士はどうにかして千年以上を生きているのだろう。そしてそれはおそらく――

 

「この現象……円卓の騎士の不老もしくは不死化は、千二百年前に終結したという戦乱と深く関わりがある可能性が高い」

「戦いの結果として、不死になった……?」

「不死を得たからこそ争乱を終結させられた、とも取れる。いずれにせよ推論の域を出ないが、重要な事象が五世紀から八世紀に集中していることは確実だ」

 

 立香のつぶやきに、肩をすくめて応えるホームズ。彼は火皿の灰を一度落とすと、薄緑の瞳をダ・ヴィンチに向けた。

 

「簡易になるが、以上がB班からの報告だ。より詳細なデータ、調査中の所感については後ほど君と共有するつもりだが……」

「構わない。時間を取ろう。英霊に休みはいらないからね」

「助かるよ。ではA班の報告を頼む、ダ・ヴィンチ」

「りょうかーい。まあとはいえ、こちらは報告できることなんてたかが知れているんだけど……詳細はムニエルくんに頼むとしよう」

 

 ダ・ヴィンチが軽く手を叩く。それに合わせ、ムニエルは疲れの滲む表情で立ち上がった。

 一度眼鏡を外した彼は、指で眉間を揉みほぐす。重い溜息。眼鏡をかけなおし、陰鬱な気分で口を開く。

 

「あー、じゃあ報告するぜ。なんと言うべきか迷うが……ありていに言えば、A班の四日間はほとんど全部無駄になった。ついさっきな」

「と、言うと?」

「報告できると判断していた成果が、大前提が覆ったことで成果とは言えなくなったってとこ。詳細データは資料にあるが、ホームズ以外は読まなくていい。正直あまり意味がない」

 

 ひらひら、と見せつけるように手元の紙束を揺らす。ゴミと化したこの資料を、許されるならばちぎってばら撒いてしまいたいとムニエルは思った。

 

「植生、正常。生態系、正常。幻想種は存在するが、今更特筆するほどに巨大な反応も特異な反応もなし。空想樹とやらも、エネルギー反応は相当のもんだが目立った動きは見られない。この異聞帯に環境的な意味での障害は少ないだろうと、俺たちはそう考えていた」

「だが、そうではなかった」

「ああ。問題は大気だ。この異聞帯は、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 がたり、と大きな音を立てて椅子が倒された。音の発生源は上座の一席――顔を青くして立ち上がるゴルドルフ・ムジークだ。

 

「な、そん――ありえない! 馬鹿な話だ! 計器の故障ではないのかね!?」

「いきなりうるせえな……質問があるなら挙手しろ挙手! 何回メンテと再計測したと思ってんだよ故障じゃねえよ!」

「所長に向かってその口の利き方はなんだねキミィ! いや今はそんなことはどうでもいい、防御礼装を、いやいや、私はシャドウ・ボーダーに戻るぞ!」

「話を聞けっつんだよ! さっきまでぼうっとしてたくせに保身のためには全力になりやがってこの野郎……!」

「なんとでも言うがいい! 私は――」

「――はい、そこまで!」

 

 言い争うムニエルとゴルドルフの間に、立香は身体を滑り込ませるかのようにして割り込んだ。

 ぴたり、と声が止む。喧嘩はやめようよ――そう言って笑う立香には、不思議な迫力があった。威圧感ではない、他人の意識を惹きつける雰囲気。二人の大人は立香に視線を吸い寄せられたことで一度怒りを忘れ、そこである程度の冷静さを取り戻した。

 

「真エーテルは確かに現代人には毒になる。それは俺も知ってるよ。でもカルデアの誰もまだ体調を崩してないし、シャドウ・ボーダーに戻るようにも言われてない。そこにはちゃんと理由がある……ね、ムニエルさん?」

「……ああ、すまん立香。俺は、」

「いいよ。みんな疲れてるんだ。気が立ってもしかたない――ほら、所長も落ち着いて?」

 

 ムニエルの肩を柔らかく叩き、今度はゴルドルフを宥めにかかる立香。その横顔を見つめて、ムニエルは強く唇を噛んだ。

 無様、である。あまりにも情けない。この状況、皆の肩には等しく恐怖と重圧がかかっている。英霊三騎を含めてさえ緊張のない者などいない。だがその中で、カルデアで二番目に幼い少年は力強く笑っている――だが大の大人ふたりはどうだ? 本来ならば慌てる子供を安心させなければならない立場の己は何をしていた? 身を焼くような羞恥の感情が渦巻いているのを感じる。ムニエルは叫びだしたくなりながらも、その気持ちを表に出すことが最大の恥だと腹の中に呑み込んだ。

 

「……報告を続ける。大気中に確認された真エーテルは本当にごく微量だった。正直に言って発見は偶然、ダ・ヴィンチが起こしたミラクルだ。本来なら、そこにあると最初からわかってないと探し出せない――濃度で言えば致死量にはほど遠い。神代エーテルの極低濃度状態なんて見たことも聞いたこともないが……この量じゃ、肉体的に健康な人間は死なない」

「五日前の初回観測で発見されなかったのはそのため、か」

「そういうこと。とはいえこれは観測班のミスだ。立香を、みんなを……新所長を、危険にさらした。技術スタッフ班長として、あとで始末書と観測計器の改造案をホームズに提出する」

「私への提出は必要ない。改造計画はダ・ヴィンチと協議し、具体案ができた時点で作業を開始。始末書も不要だ。そんなものを書かせている暇はない……ただし、ゴルドルフ所長には過失原因と改善方法を改めて口頭で説明するように」

「……わかった。ともあれ、真エーテルの存在そのものは緊急の問題を引き起こすものじゃない。なにがどうなればこんな状態になるのかは疑問だが……それよりも大きな問題は、四日前の観測は不十分ではあっても間違いではなかったってこと。つまりは、この異聞帯の大気は高濃度の通常エーテルに満ちてるってことだ」

 

 これは明らかに異常だ。それも、説明不能なたぐいの。

 ムニエルは頭を搔いてそう吐き捨てた。

 

「エーテルと真エーテルは()()する。ひとつの空間の中に共存するってことがない。無理に同じ場所に押し込むと爆発して対消滅するんだ。ジークフリートやパラケルススが持つ宝具の破壊力も、この現象を利用して増幅されている。けどこのブリテンでは……ふたつのエーテルが調和をとって存在している」

「魔術的な処理が発生している、という可能性は?」

「考えにくい。実際にそんなことが起こっているとすれば、それはこの異聞帯全域を工房として完全に制御してるってことだ。そんな巨大な力が人為的に働いているなら、必然的に動植物に影響が出る。いや、たとえ人為的ではない、自然形成された環境だったとしても、この大気の中で俺たちが見たことのある生態系が維持されていることがおかしいんだ。植物、昆虫、サイズの小さい生命体には変化が起こっているはずなのに」

「……()()()()()

「そうだ。ここは平和すぎる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺たちの集めた『正確な』データは、今や意味不明な数字の羅列だ」

 

 ホームズは顎に手を当て、素早く思考を巡らせた。

 未知の魔術、あるいは秘匿されている特殊技術――己で口にはしたが、まあないだろう。それをする意図がつかめない。大気中に二種のエーテルを共存させたとして、()()()()()()()()()()()。手間と利益が釣り合わない。いつ起爆するかもわからない危険物をわざわざ大気中にばらまいて放置するなど愚かそのものだ。ひとつのトラブルがどんな被害を生むか想像もつかない。

 そもそも神秘とは、原則としてどちらか一方のエーテルを媒介として顕れるものだ。真エーテルが不要となった世界で代替に生まれたのがエーテルであるのだから、両者を同時に必要とする神秘など存在し得ない。もしもふたつのエーテルが必要となる事態があるとすれば、それはムニエルの言葉通り『爆発』させるときだろう。

 

「少なくとも、沙条綾人の手によるものではない、か」

「そりゃそうだ。この大気組成は高度な魔術行使には邪魔でしかない。事故のリスクがどれだけあるか解説するか? カルデアの英霊召喚が無事に済んだのは、あくまであれが科学技術の流用で魔術的に簡略化されてるからだ」

「ならば――権能か? 神霊が召喚されている?」

 

 ぽつり、と言葉をこぼすホームズ。

 その声を拾ったダ・ヴィンチは目を閉じて、重々しく頷いた。

 

「濃厚なのはその線だろうね。権能はあらゆる理論を踏み潰す――事象の優先度が高い。だけどホームズ、権能を考慮に入れればそれこそ話は『なんでもあり』だ。そもそも、神霊反応は出ていない」

「隠蔽は……いや、そうか」

「そうだよ。国ひとつの大気を()()()にするような影響力のある権能の持ち主なら、その反応は強大だ。そいつの存在を隠すとなれば、これも権能レベルの偽装能力が必要になる。権能二種持ち? それとも神は二柱いる? 冗談だろ。はっきり言うけど、権能に対して予測や推論なんてものは無意味だ。検討すべき可能性が膨大過ぎる。シャドウ・ボーダーのシミュレーション演算がぶっ壊れるぜ」

「……まったく、神というのは探偵の天敵だな。機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)という名前も、そう考えれば皮肉なものだよ」

 

 苦笑して、ホームズは目を閉じた。

 論理を手繰る存在である彼にとって、それが通じないものは数少ない苦手分野だ。『権能であること』が確定すればそこから思考を広げられるが、出発点すら不透明ではとても解答にたどり着けない。思考の回転を緩め、呼気と共に煙を吐き出す――そして誰よりも考える者は、()()()()()()()()()()()に話題を振った。

 

「どう思う、立香くん?」

「え? 俺?」

 

 とぼけた声で、心底から不思議そうに首をかしげる少年。ここで俺に振るかなぁ、とぼやく彼には確かに叡智と呼ぶべきものはない。だが藤丸立香の『なんとなく』が時に己の思考速度を超えて正しき道を選ぶことを、シャーロック・ホームズは知っている。名探偵はにこやかに口角を上げて立香を見つめた。

 

「なに、意見は広く聞くに越したことはない。A班の報告に関することに限らず、気になったことがあれば言ってほしい」

「んん……俺も魔術の理論に詳しいわけじゃないしなぁ。種類とか対処法は教わったけど、仕組みはからっきしだし。この報告書も後でちゃんと読み直さないと正直……」

「そうか。いや、構わないよ」

「ごめんね。……ああでも、全然関係ないことで言えばひとつ――()()()()()()()()()()()、とは思ってる」

「……ほう?」

 

 目を細めたホームズは、そのまま立香に続きを促した。

 

「えっと、ほら。ベディヴィエール卿も言ってたけど、こっちの騎士王って『アーサー王』でしょ? でもB班の、ホームズの報告書を見る限り、彼女は最初から『女王』だ」

「男性名が不自然だ、と?」

「いや、なんというか……汎人類史の『アルトリア』が『アーサー』だったのは、女性が王として認められない時代だったからで……つまり彼女は、王になるために『アルトリア』を捨てたわけで。俺はなんとなく、こっちでもそういうことがあったんだと思ってたんだけど――でもこの歴史では、彼女は『女王』。どうやってかはわからないけど、アーサー王は女性であることを公表したまま統治者として認められてる。だったらあの人が『アーサー』になった意味って、どこにあるんだろうなって」

「――なるほど。興味深いね」

「そ……そうかな?」

 

 立香は照れたように、だがどこか困惑した様子で頬を搔く。それを見たホームズの笑みは深まった。

 話の流れからは外れた立香の疑問。だがいつだって、彼は着眼点を間違えない。あの女王には『何か』がある。己の内側にあった予測の信頼度が上昇するのを感じる。ホームズは自らが組み上げていた仮説を一度解体し、騎士王に焦点を合わせて思考を構築しなおした。

 たとえば、論理の反転。世界に起こった変化の結果として女王が生まれたのではなく、女王が君臨した結果として世界が変わったとするならば。この異聞帯の中核が円卓ではなく、あくまでもアーサー・ペンドラゴンひとりであるとすれば――。

 

 

「うん、いいセンいってるぜ。だいぶ核心に近いんじゃない?」

 

 

 けらけらと笑う不躾な声は、その意識の空白を染め上げるようにして場に響いた。

 

 瞬間、状況の把握よりも速く三つの影が動き出す。立香を庇うように前に出るマシュ。礼装を展開するダ・ヴィンチ。唯一の前衛として臨戦態勢を取るホームズ――続けて顕現しようとしたアーチャーを、立香が念話で制止する。()()()()()()()()()()()。その間に距離を詰めた名探偵は、声の主へと手を伸ばした。

 重い音を立てて、ホームズは小さな身体を床に引き倒す。()()()。骨と筋の軋みが沈黙を裂いてその場の全員の耳に届いた。だがそんなことは何でもないという調子で、白髪の少女はにやにやと笑う。

 

「野蛮だなぁ。ギリシャ人でもあるまいし、言葉より先に手を出すなよ」

「君は――」

「キャスター・マーリン。なんてことはない亡霊さ。自己紹介も()()()()()()も言ったんだけれど、無視されちゃって寂しかったところだよ。ようやく仲間に入れてもらえて、ボクはとても嬉しいな」

「……ッ」

 

 花のような微笑み。自身にかかる拘束など知らぬと、痛みなど感じないと言わんばかりの艶やかな表情。その紫苑の瞳に浮かび上がる嘲りの色に、ホームズは知らず息を呑んだ。

 これは違う。汎人類史の憎たらしく、しかしどうしようもなく世界を好いていた青年とは似ても似つかない。香り立つおぞましさに、魔女を抑えつける己の腕が指先から腐り落ちるさまを幻視した。その錯覚を否定するように力を籠める。骨のひずむ感触。あと少しで()()の細腕を折ることができる――だがそこで、ホームズはぴたりと動きを止めた。

 

「――どちらだ」

「うん?」

「キャスター・マーリン。宮廷魔術師にして英霊。()()()()()()()()()()()

「……へえ」

 

 笑みが深まる。一段と美しく、呪わしく。瞳に映る嘲りの奥から僅かに顔を覗かせたそれは、はたして興味か興奮か。

 合格だ――眉を顰める名探偵に向けて、魔術師は言祝ぐように囁いた。

 

「冷静だね。とてもいい。そうだ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。既に掌の上。だから戦闘以外の道を探す。この時点でガレス卿より筋がいい」

「……」

「必要以上に言葉を交わさない。状況によるが、この場合は加点だ。ただしちょっとビビりすぎ。トリスタン卿と同点かな」

「我々はこの場合、どこに抗議をするべきかな? 『民間人に危害を加えない限りカルデアを攻撃することはない』。これは騎士王の言葉であり契約だが……君は我々に幻術をかけたね? 攻撃と取ることもできる」

「話を聞かない。強気で揺さぶる。素晴らしいな。ボクの用向きすら聞かないところは特にいい。キミ、円卓に入らない?」

「ダ・ヴィンチ、ベディヴィエール卿に連絡を。アーサー王本人をここに呼ぶよう伝えてくれ」

「そう怖いことを言うなよ。ボクは挨拶に来ただけで――」

「――ならもう少し礼儀を弁えた方がいい。キミのそれはまるで威嚇だ」

 

 横合いからの声と共に、マーリンの頭は踏み潰された。

 粘つく水音。鮮やかな赤花が床に広がり、脳漿がてらてらと光る川を作る。はじけた骨片がホームズの頬に当たって落ちた。ぐったりと力の抜けた少女の屍から視線を上げれば――そこには、白髪紫眼の少女の笑顔。

 

「すまなかった。どうにも()()は人見知りの激しい奴でね。あんな態度だったけど、緊張していただけで悪気はなかったんだ。()()に免じて許してほしい」

「趣味の悪い……」

「そんなことを言わないでおくれ。紳士なら美少女には優しくするものだよ――ねえ、そうだろう?」

 

 ぐるり、と。マーリンはおおげさな動きでカルデアの面々を見渡す。

 怯えるゴルドルフ。()()()()()()スタッフたち。険しい表情のマシュとダ・ヴィンチ――穏やかな表情の藤丸立香。隠すこともなく、マーリンは嬉しそうに微笑んだ。

 

「いいなぁ。キミはいい。藤丸立香くんだっけ? お近づきのしるしに握手してよ」

「ええ、いいですよ」

「先輩!」

「大丈夫、マシュ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この人、性格最悪だからつまらない悪戯はしないよ」

「最高だね、立香。キミとは仲良くなれそうだ」

 

 ま、怒られそうだから握手はしないけど――華やかに笑って、マーリンは踊るように回転した。

 くるり、くるり、くるり。廻る彼女は、立香と視線を合わせるたびに表情を入れ替えて遊んでいる。その道化めいた仕草に傍らの後輩が目を細めたが、立香は気にすることなく肩をすくめた。

 警戒を捨てたわけではない。だがすでに打つべき手は打った。何かあればアーチャーが動くだろう。それが読まれているならこの場は挽回不可能だ。ケイローンに鍛え上げられた戦術眼は冷静に状況を俯瞰している。ならば、打てる手を打ったあとは堂々と構えていればいい。それが指揮官の仕事であると、立香は経験で理解していた。

 

「騒がせたのは悪かったと思ってるよ。ただ少し、バランス調整が必要かなと思ってね」

「バランス調整……?」

「そそ。このゲームは基本的には早指しだけど、キミたちにはもうちょっとシンキングタイムがあってもいい」

 

 勘違いしないでほしいんだけど、ボクはわりとファインプレイしてるんだぜ――蕩けた瞳を今度こそまっすぐに立香へ向けて、魔女は大仰に腕を広げる。

 

「ボクはキミたちを護ったのさ。ボクがこうして会話を止めていなければ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、カルデアが()()()()()()()()ことを知られていた。そしたらキミら、どっかで事故ってたよ」

「それを貴方が俺たちに伝える意味がわからないな、マーリンさん。カルデアが不利になったってブリテンは困らないだろう?」

「ブリテンはね。()()()()()()()()()。そして今、ボクはマスターのモノなんだ」

 

 どういう意味かな――重ねて問おうとした立香の言葉は、しかし発されることはなかった。扉を叩く小さな音が響いたからだ。

 僅かにはねる立香の肩。わかりやすく椅子から転げ落ちるゴルドルフ。少年がそっとマーリンを見やれば、彼女はうっすらと口の端を上げる。

 

『夜分失礼いたします、ベディヴィエールです。無礼ながら、僅かばかりお時間をいただきたく参上いたしました。入室をお許し願えますか?』

 

 凛と美しい声。瞳に憂いを帯びた彼が、扉の前で返答を待っている様子が目に浮かぶ。何も言わないのは不自然だろう。だがこの状況、どう捌くのが正解なのか。

 逡巡する立香――その耳元に、いつの間にか近づいていたマーリンが口づけるようにして囁きを贈る。

 

「また話そうね、立香。……あまりあの男に、心を開かないことだ」

 

 ふわりと匂い立つ花の香を残して、白い魔女は姿を消す。見ればいつの間にか()()()()()()()も消えていた。それどころか倒れた家具も元に戻り、皆いつの間にか最初の椅子に腰かけている。彼女の襲来を証明するものは何ひとつとして残っていない。

 幻――いや、夢であったのだろう。どこからどこまでかはわからないが。やられたな、と思いつつも、全員無事ならそれでいいとすぐに割り切る。死ななければ安い。腹に穴が開いたわけでも、全身を焼かれたわけでもない。肉体的欠損が生じなければ、藤丸立香は問題なく戦える。こちらの手札(アーチャー)を切ることなく相手の手札(キャスター)を見られたのだから、収穫と考えるべきだろう。

 

 ちら、とホームズに目を向ける。問題はこのことをベディヴィエール卿に告げるかどうかだ。おそらく、報告すればあの騎士王は何らかの形でカルデアに補償をするだろう。だがマーリンの言うことが、もし一部でも事実であれば。視線で己の意見を問われ、立香は小さく首を振った。魔女と銀騎士のどちらが信用に値するのか、判断する材料がない。だがどちらを敵に回したくないかと言われれば、今の時点ではマーリン――より正確に言えば、その手綱を握っているらしい男だった。

 

 ホームズが小さく頷く。任せる、ということか。

 ならばと立香は扉に振り向いて、隻腕の騎士の言葉に応えた。

 

 抱えた秘密の重さを隠した、常と変わらぬ明るい声で。

 

 

 

 

 

  ■   □   ■   □   ■

 

 

 

 

 

「――先刻、王より勅令が下りました」

 

 涼やかに、ベディヴィエール卿はそう告げた。

 星見邸最大の部屋――この三日間は主に食堂として使われている小綺麗な広間に、彼らの姿はある。

 思い思いの席に腰を下ろすカルデアの面々。大窓から中庭を覗く白髪の魔女。そしてそのすべてを見渡せる位置に凛然と立つ銀の騎士。相も変わらず純白の燕尾服を着こなす彼の腰にはしかし、これまでに見ることのなかった()()()()()()が佩かれている。

 

「これより明朝までの間、円卓に帯剣を命じる――内容としてはそのようなものです。今宵皆様にお集まりいただきましたのは、この勅に関してご説明が必要であると陛下が判断なさったためでございます。我々の武装に、皆様を害する意図はないとご理解いただきたいのです。とはいえ言葉とは……中でも私のごとき口不精のそれともなれば、風に乗る葉のように軽いもの。信には値しないでしょう。そこで此度は、こちらのキャスター殿にご助力いただく運びとなりました」

「キャスターです。仲良くしてね」

 

 ベディヴィエール卿の紹介に合わせ、ひらひらと手を振って笑うマーリン。その仕草は自然そのもので、だからこそひどく滑稽だった。

 マーリン、と。先ほど隠すこともなく告げながら、今は真名を隠すその態度。ベディヴィエール卿の言葉を信用させるために来たと言いながら、直前にそのベディヴィエール卿への疑いを煽るようにして語った言葉。ふざけた嘘つきだ。言いたいことだけを言い放った魔女のおかげで、何もしていないベディヴィエール卿の評価が揺らいでいる。彼らは、きっと仲間であるはずなのに。

 

 立香のまっすぐな視線、そしてマシュとダ・ヴィンチのどこか冷めた瞳を真っ向から受け止め、しかし取り合うことなくマーリンはふわりと指を振った。

 音もなく、空中に水の粒ができあがる。露のように小さなそれは寄り集まって少しずつ大きく成長すると、やがて立香の全身を包めそうなほどの水球になった。鼻歌を奏でる魔女は、そこでさらにくるりと指を回す。水球は徐々に姿を歪め――やがて円盤状に形をとると、その波のない平面を立香たちに向けた。

 

「水鏡……」

 

 口の中で、少年は小さく呟いた。

 遠見の魔術の一つ、だったか。あまり使われない類のものだと玉藻に教わった覚えがある。使い魔を飛ばして視界を共有する方がずっと楽で、効率的ではないとかなんとか。あとはそう……水鏡を好んで使う魔術師は、日常的に()()()()()()()()()を覗き見ている輩だ、と。彼女はそんなことを言っていた。

 

「これより皆様にご覧いただきたいのは、ある戦いの様子です」

「戦い、ですか」

「ええ。もう間もなく、日付が変わります。……そしてそれと同時に、キャメロットは『襲撃』を受けるでしょう。円卓の騎士が命じられた帯剣は、これを討ち払うためのものにございます」

「その撃退戦を見届けろ、というわけか……失礼、質問をよろしいかな」

 

 す、と手を上げるシャーロック・ホームズ。ベディヴィエール卿は静かな瞳で彼を見遣ると、構いません、と短く告げた。

 

「その襲撃者は何者なのだろうか。もしもブリテンと敵対する汎人類史の英霊であるならば、戦闘に入るよりも先に交渉させてもらいたい。アーサー王は、カルデアがこの地に召喚された英霊を引き入れることを契約として許可したはずだ」

「ご心配は不要です、ホームズ様。()()()は英霊などではない……あのようなものが世界に召し上げられるなど、これまでに在ったすべての英雄への侮辱でしょう。我々にとっても皆様にとっても、等しく敵となる存在です」

「……では、それはいったい何なのだろうか」

 

 僅かに、男の目が伏せられた。かんばせに覗く想いは憂慮……恥じるようにして彼は言う。

 

「不明です。少なくとも我が王は、それを語ってはくださらない。……ですが全ては、三月前に遡ります」

 

 深翠の瞳が、どこかここではない遠くを見つめる。ベディヴィエール卿の意識が過去へと逸れていくのが立香には不思議と理解できた。

 三月前――この星に異聞帯が降り立った直後。まだ()()の異聞帯が健在であり、カルデアが虚数空間に潜っていたまさにそのとき。前触れなく……少なくとも誰にもそれを感じさせることなく、()()は来た。ベディヴィエール卿は、何かを確かめるようにしながらそう語った。

 

「『何』であったのかはわかりません。姿ももはや思い出せない。おそらくそうした能力を持つのでしょう」

 

 確かなことはふたつ。

 王都の守護に就いていた円卓の騎士のうち、五名が浅くない傷を負ったこと。

 そしてアーサー・ペンドラゴンと沙条綾人の力によって、()()を撤退まで追い込んだこと。

 

「キャメロットが受けた被害は甚大なものでした。民こそ無傷ではありましたが、国防の要たる円卓の騎士が事実上の敗北を喫した……その衝撃たるや、筆舌に尽くしがたい。数日は混乱が続きました。我が王の御言葉により一度それらは治まりましたが――しかし最初の襲撃から十数日、()()は再び姿を現した」

 

 正確には、襲撃の規模は小さなものになっていた。故にそのときは、王の出陣を要すことなく騎士のみで敵手を撃退せしめた。

 そう述べる隻腕の騎士の瞳には幾つもの感情が滲んでいる。

 

「それ以来、です。()()はある決まった夜に、キャメロットに尖兵を送り込んでくるようになった。新月の夜――天上に神なき日。王都には戦火が降りかかる」

「神なき、夜……」

 

 立香はふと窓を見る。

 星のよく見えるその空に、確かに月の光はない。

 

「今宵で、五度目。綾人様の言葉に則るならば――第五幕と申しましょうか」

「幕? 劇か何かのような言い方だが……」

「まさにその通りでございます、ホームズ様」

 

 理由は知らない。由来は誰にも語られていない。

 だが沙条綾人が名付け、女王がそれを認めたがゆえに、それはある歌劇に喩えられる。

 

「――――我々はこの襲撃を、『恐怖劇(グランギニョル)』と呼んでいる」

 

 銀色の騎士がその言葉を発すると同時。

 立香が見上げた夜空から――星の光が消え去った。

 

 

 

 

 




大事なのは順番。
『世界の変化』。
『円卓の変化』。
『騎士王の変化』。
どういう順序だったのでしょう。

と、言いたいこと言ったあたりで次回は恐怖劇。
まあ適当にお待ちください。ミッドガル旅行が早く終われば早く投稿されると思います。

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