久しぶりにヒロアカ読んで衝動書き。

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汚れちまった悲しみに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルミリオン、確かにお前は俺よりも強かった! だが、やはり全て無に帰した」

 

 オーバーホールは部下の体と一体になる。

 それはまさに『融合』と呼ぶに相応しい物だった。

 

 (ヴィラン)特有の、危険な気配がより一層高まり、周囲のヒーローを威圧だけで蹴落とす。

 本能的に逃げろと頭の中でナニカ警鐘のようなものが鳴り響く。

 

 そしておぞましさの増したオーバーホールは俺たちに向かって、最後の宣告のように語りかけた。

 

 

「さァ、壊理(エリ)を返して貰おうか」

 

 

 

「最低の気分だが……さっきよりかは幾分かマシだ」

 

 隣に立つ緑谷(デク)が状況を確認する。

 視線を見て、やや遅れて俺も理解した。先生(イレイザーヘッド)が見当たらない。

『抹消』は個性持ちには有能過ぎる、敢えて天敵となるイレイザーヘッドを離したのか……。

 

「おい、ミド……デク! ここはプロのナイトアイに任せた方が堅実だ。正直俺等じゃ命が幾つあっても足りねェ」

「分かってる! でもッ!!」

 

 

 

 

「──ヒーローは!!!」

 

 デクの言葉を遮るように敢えて大きな声をあげる。

 この土壇場でも、それを出せたのは緑谷よりも一寸(ちょっと)だけ冷静だったからなのかもしれない。

 

「戦って勝つだけがヒーローじゃねェだろうがよ、それを一番分かってんのがお前じゃなかったのかよ」

「……そうだ、エリちゃんを助けに行こう」

 

 デクの石の投擲や、俺の重力による落石で逃げつつ攻撃するもののオーバーホールはその全てを掌で受け止め粉々へと分解する。

 ナイトアイがオーバーホールと対峙するのと、俺たちがルミリオンと合流したのはほぼ同時だった。

 

 

 

 ────ー

 

 

 

「エリちゃん!! 先輩!!」

 

 緑谷が二人へと駆け寄った。

 そしてルミリオンは少しだけ安堵した顔をこちらに向けた。

 

「ああ……余裕…………だよね…………!!」

 

 いつもの様にジョークなのか本気なのか今ひとつわからないボケを出してくるが、そんなことに構っていられるほど状況は良くない。

 オーバーホールの話によると、ルミリオンに少なくとも今は個性が無い。

 

「結局悲しませてしまった……」

 そう言いながら表情を曇らせるルミリオン。

 

 それは極端な話『ヒーローとなる資格』を失ったということに他ならない。

 

 つまりルミリオンは……戦力外。

 一寸(ちょっと)前までは、この中で誰よりも強かった彼が……。

 

「ルミリオン、とにかく今は逃げましょう。ガキはルミリオンが引率してここから成る可く逃がして下さい」

 

 言葉は選んだ。

 ガキ(こいつ)と一緒に逃げろなんてことは流石に言えない。

 

 

 

 

 

「──もう……いいです……ごめんなさい」

 

 啜り泣くその声は少女から聞こえた。

「巫山戯んな──!!」

 

 

 その言葉は喉元までやって来ていたのだが、吐き出すには至らない。

 それもそのはず、それと同時にオーバーホールと戦っていたナイトアイが即死級の重症を負ったのが見えたからだ。

 

 

『───────!!!!』

 

 ルミリオン、デク、俺、三人には共通してある文字が脳裏を過ぎったことだろう。

 

『全滅』

 

「緑谷、お前二人を安全な所に運べ」

 

 もう逃げられない。

 

 

 

 

 

 

 

 イレイザーヘッドも──

 

 

 

 ナイトアイも──

 

 

 

 ルミリオンも──

 

 

 もう頼ることは出来ない。

 緑谷も俺も極端な話、身体強化の個性でナイトアイとルミリオンの下位互換。

 

 敵の勝利条件はガキの回収とヒーローから逃げること。

 

 ガキが回収されなきゃ負けじゃねェ。

 

 何より全滅なんてしたら終わりだ。

 

 

「そんな! 荒覇吐(アラハバキ)!!!」

「仕方ねェだろッ!! 俺やお前に何が出来る!! ナイトアイもほぼ瞬殺!! ルミリオンは個性を潰される! イレイザーヘッドは知らない間に攫われる!! 

 まともに動けるのはひよっこ2匹!! それで出来るのは片方が命賭けて数秒時間稼ぐしかねェだろうが!!」

 

 そんなこと分かってる。

 学生がプロを超えられるなんてことは殆どない。

 

 轟や爆豪が片足入ってるくらいで、武闘派と比べればうちのクラスの全員束になっても勝てないものは勝てない。

 仮免がいい例だ、各校の優秀な生徒を駆り出してもギャングオルカを倒すことは出来なかった。それどころか傷を付けることもできていなかった。

 

 それだけ絶対的な差が俺たちとオーバーホールにはある。

 勝てる勝てないの話ではない、1分先に死ぬか2分先に死ぬか……。

 

 負けて殺されることは確定しているのだ。

 

 それなら、緑谷よりも個性的に少しだけトリッキーな動きができる俺が残った方がいい。

 

 

「……頼むから──早く行けッ!!!」

「──!!!」

 

 緑谷は何も言わずに行ってくれた。

 アイツも頭では分かっているんだ、オーバーホールがこの場において最強であるということを。

 そして……俺たちではどうしようもないということを。

 

 

「これだから病人は嫌いなんだよ。誰かのためとか言って簡単に命を使おうとする。お前らにとってエリはそんな大切なモノじゃないだろ? 

 家族でも、恋人でも、親戚でも。そんな赤の他人に易易と命を使おうとする。

 もうそれは病気だ。見てて虫唾が走るね」

 

 

 

 

 

「本当は分かってるんだろ? お前達が来てから状況は悪化しつつある。誰も助からない、エリも助けられない。『全員死ぬんだよ』」

 

 

「──知らねェよタコ」

 

 

 

 アラハバキは、もう一度だけ……。

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

「クソ、こいつ強個性か」

 

 地面を叩き割りながら走るアラハバキをみてオーバーホールは悪態を漏らす。

 2分近く攻撃を繰り返すがナニカ重しのようなものが掛かり動きが鈍くなる。

 

 それもそのはず、アラハバキの個性は『重力』。

 ウラビティの『無重力』とは少しだけ違い「触れたものの重力を操るという個性」だ。ある意味『無重力』の上位互換のように見られがちだが、アラハバキの個性では『加重』の方が得意なため『無重力』を扱うことは出来ないらしい。

 しかし、負荷をかけながらであれば空も飛べるので救助の時以外には困らないと本人は言っている。

 

(タイミングだ)

 

 

 アラハバキは長考する。

 オーバーホールに勝つには小数点以下の確率を模索しなければならない。

 

 一度触れられただけでアウト。

 故に慎重かつ短期決戦でなければ勝気は掴めない。

 

(一撃で意識を刈り取る)

 

 狙うは頭、最悪殺してもいい。

 殺されるよりは……今ここで……。

 

 

「────!!!」

 

 しかしその攻撃は届くことはなかった。

 紙一重で避け切られ、そして地面の破片が腕に、腹に、足に突き刺さる。

 

 骨も粉々にされた。

 足の関節が幾つあるのかなんて分からないほどにグチャグチャだ。

 

 

「カハッ!!」

 

 口から血が吐きでる。

 

 

 意識が朦朧とする。

 

 

 それでも──!! 

 

 

 こいつはここで倒さなければ行けない──!! 

 

 

 折れた足を重力で無理やり元に戻す。

 出血もできるだけ漏れないように圧迫止血を行う。

 

 それでも内臓を貫かれたので、長くは持たない。

 

 確実に死ぬ。

 

 それを認識した時には……もう腹はくくれていた。

 

 

『切札』を使う覚悟を。

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

「クッソッ痛ェ……」

 

 無理矢理の応急処置では、やはり体が軋むように痛い。

 分解されなかっただけマシだが、この痛さなら切断した方が正直マシなのかも……と思ってしまう自分がいる。

 

(使うしかねェのかよ、アレを)

 

 正真正銘アラハバキの奥の手。

 しかし、その切り札を切ってしまった場合。イレイザーヘッドなどの個性無効化の個性がなければ、ほぼ100パーセント死ぬ。

 

 確かに命を賭ける覚悟は出来ている。

 この職を志した時から……。

 

 だがやはりその状況になれば、少しだけ足が止まる。

 

 

「お前のせいでまた死ぬぞ!! これが望みなのか!? エリ!!!」

 

 オーバーホールはガキに向かって声を荒らげる。

 そして、何故(・・)かガキはオーバーホールの近くに姿を現す。

 

「──嘘だろ……」

 

 

 

 

 

「望んでない」

 

 そこには緑谷が逃がしたはずのガキがいた。

 

(おい、待てよ。なんでまだここに居るんだよ……。上に行ってプロが保護に束になってかかれば何とかなったかもしれねェのによ)

 

 

(……つーか、緑谷はどこ──!!!)

 

 稲妻の如く、ソレはオーバーホールへと向かった。

 敢えて獲物をだしたのか? それとも成り行きで? 

 

 過程は今は関係ない。

 しかし──

 

 

 

「マンチェスタースマッシュ!!!」

 

 緑谷がオーバーホールの脳天目がけて足を振り下ろした。

 しかし……

 

「本当に嫌になる、英雄願望を持った病人が次から次へと」

 

 緑谷の攻撃は難なくかわされ、分解されそうになっていた。

 

 

「──やめて!」

 

 その一言でオーバーホールは静止する。

 これは一種の忠誠だ……。

 

 自分の言葉で従わせるための。

 

「私は……戻るから……」

 

「だがお前は何度も脱走している……それを信じろと?」

 

「もう……もう二度と! ……逃げたりしないから……。だから、もう傷つけないで」

 

 オーバーホールはその言葉を聞き流し、俺と緑谷をコンクリートでぶっ刺した。

 

「──!!!」

 

 緑谷は腕を、俺は足を。

 二人とも原型を留めていない、生きていればリカバリーガールに治癒してもらえるが、後遺症は残ってしまうだろうと言うだけの重症。

 

「そうだよな、自分が傷つく方が楽だもんな」

 

「ルミリオンで芽生えた淡い期待が、お前ら二人で潰えたんだ。いいか病人(異常者共)お前らはエリに求められていない」

 

 

「これからいつもより多めに傷つけられ、傷つく誰かを直視し。また希望が砕ける。お前らのやってることは、エリを苦しめるだけだ」

 

 

 

 希望が潰え──

 

 

 

「さっきからうるせェんだよ手前(テメェ)はよォ」

 

 なぜ立てる!? 

 もう立ち上がることすら不可能、死んでいても何一つ可笑しくない。

 立ち上がることこそが不可能。

 

 なのに何故、まだお前は立ち上がる。

 

 

手前(テメェ)みたいに回復できねェんだよこっちは、キャンキャン騒がれると頭がキンキンすんだよ。さっきから変な御託並べやがって」

 

 

 一呼吸おき、手に填めてある黒い手袋を外し始めた。

 これこそ奥の手、これこそ切り札。

 

 誰よりも強く、誰よりも速い。

 そして、誰にも負けない無敵の力。

 

 

「誰も助からないって? ガキも救えないって? おいおい、随分と自信あるみてェじゃねェか。確かに俺は俺の命は捨てるつもりだ。だけどな──

 手前(テメェ)もあの世へ道連れだ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

「『汝、陰鬱なる汚濁(おぢょく)の許容よ、(あらた)めて我を目覚ますことなかれ』」

 

 これはある意味アラハバキの本来の個性の解放。

 

 アラハバキの肌に、赤黒い痣のようなものが流れ込み放つプレッシャーが変わる。

 どこか少年じみた雰囲気は捨て去り、今となって個性の化け物と捉えられても可笑しくはない。

 

「ヴゥゥゥヴヴヴヴ!!!!!!」

 

 段々と理性を失い、言語ですら怪しい。

 ただ一つだけ、ガキを守り敵を倒すこと。

 

 それだけの為に、アラハバキは命を捨てた。

 

 

 

 

 周囲の重力子が肉眼で見えるほどアラハバキの両手に集まる。

 それは全てを飲み込むブラックホールとなり、オーバーホールへと遅いかかった。

 

 大気が揺れる。

 

 圧倒的な重力と重量を兼ね揃えたアラハバキが、一人間へと突進すれば当然といえば当然。

 

 なぜなら、アレは人ではなく化け物の類。

 

 

 オーバーホールは、アラハバキとの間に土の壁を創る。

 しかし、アラハバキはそれをものともせずに粉砕しオーバーホールを殴りつけた。

 

 打って変わって、形成が逆転した。

 

 先程まで追い詰められていたアラハバキは、個性の暴走でオーバーホールを圧倒している。

 

 

「お前みたいな、目の前で手一杯のようなガキが。大局を見渡す俺の邪魔をするんじゃねぇ!!!」

 

 

 周囲の建物と融合し、1層巨大さの増したオーバーホール。

 しかし、その全てを無に返す力を持った今のアラハバキには、それその物が無駄になる。

 

 

「ァァァァアアアアア゛ア゛ア゛!!!」

 

 しかし、それほどの力。

 代償無しに使えるはずもない。

 

 

 その代償とは、文字通り命を使うことだ。

 同じ重力系の個性のウラヴィティとは違い、個性を使いすぎると酔うようなことは無い。

 元々三半規管の強いこともあり、殆どアラハバキは酔いを起こさないのだ。

 

 だから普通の状態では個性のデメリットはほぼゼロと言えるだろう。

 しかし…………。

 

『汚濁』形態となれば話は変わる。

 

 アラハバキが呼ぶ『汚濁』は、自分の個性特異点へと無理矢理至る方法だ。

 自分の臨界点を突き抜け、それで戦おうとする行為。

 

 それは個性の暴走と呼ぶに相応しいだろう。

 

 一説では特異点へと至る個性が現れれば、それに連鎖するように広まり。誰も制御することが出来なくなると学者の中で囁かれている。

 

 そういう意味では、オーバーホールの進める計画も間違っていないのかもしれない。

 

 誰かがこの現状を止めなければ……。

 

 

 だが、それで小さな女の子を見捨てていいはずがない。

 99を助けるために1を犠牲にすることは、合理的には正しいのかもしれない。

 

 だが、それでも……。

 

(泣いてるガキを見捨てていられるほど、俺は大人じゃねェんだよ!!!)

 

 

 

「ァァァあああああ!!!!!」

 

 

 全身から血が吹き出る。

 オーバーホールから受けた傷よりも、個性で内側から傷つけられた傷の方が大きくなった頃。

 

 上からナニカが落ちてきた。

 

 

 それは巨大な竜。

 

 リュウキュウと敵だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この一瞬、ほんの一瞬。

 目を離した隙に、オーバーホールは俺の懐に入り掌で触られた。

 

 

「がァ!!!!」

 

 塵にはされていない。

 

「クソ、手間かけさせやがって。出血みりゃ分かる、さっさと死ね」

 

 強制的に汚濁を解除され、力が抜ける。

 今にも倒れてしまいそうだ、体が地面へと吸い寄せられる。

 

 ピクリとも体が動かせない。

 

(死ぬのか?)

 

 何も成さぬまま──

 

 誰も救えぬまま──

 

 あの子を助けぬまま──

 

 

 

 

 倒れ込みそうになる体から──もう一歩!!! 

 

 立てるはずなんてない、動ける力もない。

 出血多量で三途の川へ。

 

 でも、それでも──!! 

 

 

「……ま……てよ……。オーバ…………ほ……ぉ、る」

 

 必死に鞭を打つ。

 駄目だ、

 倒れてしまう、

 死ぬ、

 負ける、

 

 

 それでも──!! 

 

 

 それでも、成さなければいけないことがある。

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 エリは咄嗟にルミリオンのマントを掴み、個性を発動させる。

 オーバーホールの体は、融合していたありとあらゆるものを切り離された。

 

 エリにはもう希望などなかった。

 来る日も来る日もオーバーホールに傷つけられ、逃げようとすれば世話役の人が目の前で殺される。

 

 助かりたい、でも助かるためには誰かを見殺さなければいけない。

 そんな異様な経験を幼少期から体験していた。

 

 自分の為に、誰かが傷つく。

 

 

 ──もういい、やめて。

 

 ──痛い! 痛い! なんで! 

 

 何故こんなことをされるのだろうか……。

 不思議で仕方ない。

 理由なんてどうでもいい、ただ痛くない、自由な場所へ逃げたかった。

 

 助けて、そう最初の頃は思っていた。

 でも、段々と屍が増えるたびに『助けて』から『助けないで』に変わる。

 オーバーホールには誰も勝てない。

 

 ──もういい、死なないで、やめて。

 

 そんなことを言っても、彼ら(ヒーロー)は助けに来てしまう。

 命を捨ててまで、信念を貫いて。

 

 目の前の帽子を被った青年も、多分死ぬまで諦めないだろう。

 だから──

 

 

 今まで思わないでいた感情。

 誰かが傷つくなら自分が──

 

 その思考に蓋をする。

 

 無駄に大人ぶって、達観して……。

 そんなのはもういらない……。

 

 見た目通り、年相応に──。

 泣きじゃぐりながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だすけで!! ヒーロ゛ー!!!」

 

 

 

 

 

 この隙をアラハバキは逃さなかった。

 

 

「捕まれ……ガキ!!!!!!」

 

 動けない体を、個性だけで動かす。

 それはもう、体を捨て意地だけで動くナニカのように。

 

 触れたエリを必ず離さないよう、重力で引き寄せ。動かない腕を重力で無理やり抱き締める。

 

 

 

 

 

 やっと、やっとオーバーホールからエリを取り戻せた。

 しかし、オーバーホールはそれでは止まらない。

 

「返せ!!!!!!!!」

 

 直ぐにコンクリートでこちらを突き刺そうとする。

 ルミリオンと戦いっていた時と同じく、エリごと殺す気に違いない。

 

 ガキに泣いて頼まれたんだ、もう命に変えても助けるしかねェだろうが!! 

 

 体のことは考えず、出力最大で飛び上がる。

 骨が軋み、四肢がバラけそうになる。

 

 血も流しすぎたし、次瞬きをすればもう死んでしまうかもしれない。

 助けてやりたかったが、リュウキュウたちのいる方へ……。

 

 

 そしてアラハバキは異変に気付いた。

 

(体が……痛く……ねェ、なんだ? 冷たい?)

 

 

 

 

 

「だから触りたくないんだ、使い方も能力も教えてないのに……駄目だ、エリ。お前は俺のモノだ。

 オヤジの宿願を果たすために、お前がいるんだエリ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「体が変だ、妙に体温も下がってるし……傷も治ってる。まさか、これはお前の力なのか? ガキ?」

 

 するとエリは少し気まずそうな顔をしてしまう。

 

 さっきからも涙は止まらない。

 オーバーホールに常日頃から言われていたのだろう。

 

 お前の力は呪われている……と。

 

「……ごめん、なさい」

 

 そして個性を発動してから伸びた頭の角を隠すようにする。

 

「こんなの、無かったら」

 

 

「──バカかお前? いや、馬鹿だお前は」

 

「いいかガキ? お前は瀕死の俺を助けてくれたんだ、経緯はどうあれ結果がそうなってる。そしたら胸張って、俺に『有難く思え馬鹿野郎』って言えばいいんだよ。子供なんだからもっと無邪気に生きろよ、そんな若い内から考え込みすぎると鬱になっちまうぞ」

 

「ったく」

 

 アラハバキは自分の帽子をエリに被せた。

 彼のクラスメイトが見れば全員が「有り得ない」というだろう。

 

 何せ、アラハバキは自分の黒い帽子を命よりも大事にしている。

 勝手に触ったBクラスの物間を騎馬戦中に半殺しにしてしまうという反則を犯すほど、大事に扱っているからだ。

 

 だからアラハバキが帽子を自分から人に被せることなんて、有り得ないのだ。

 

「いいか? エリ(・・)、女の手は自分の顔を隠す為にあるもんじゃねェ、自分のガキを守るためにあるもんだ。角が恥ずかしいならソイツで隠してな。言っとくがソレは俺の命よりも大事なもんだ。

 でもお前は俺の命の恩人だ、お前に預けるのなら文句はねェよ」

 

 しかし、突如として体の痛みは再発する。

 

「──!!! んだコレ!!?」

 

 内側から体を壊されるような感覚。

 

 

 

 

 

 

「力を制御できていないんだ、拍子で発動できたものの止め方が分からないんだろうエリ!!」

 

 オーバーホールはさっきよりも、大きく、そしておぞましく周囲と融合を果たし。

 その大きさはリュウキュウの個性を使った状態以上のものとなった。

 

 

「人間を巻き戻す、それがエリだ。使いようによっては人間を猿に戻すことも可能だろう、そのまま抱えてたら消滅するぞ。触れるものは全て『無』に戻される、呪われてるんだよ個性(ソイツ)は。ソイツを渡せ、分解するしか止め方はない」

 

 

「──うるせェよ」

 

 

「呪われてるだの、止め方がないだの、痛む傷を治してくれる。優しい個性じゃねェか、お前らみたいな奴がいるから、エリは泣くんだよ。

 俺はエリに助けを求められた、そんで俺も助けたい。体はまだ動く。ぶっ壊れても、エリが支えてくれる。

 

 ──今度はさっきの比じゃねェぞ!! 死なねェ程度にぶっ殺してやる!!!」

 

 ルミリオンのマントでアラハバキは自分とエリを固定した。

 

 

 そして呪詛を詠む。

 

 

「『汝、陰鬱なる汚濁(おぢょく)の許容よ!!!! (あらた)めてわれを目覚ますことなかれ!!!』」

 

 

 一日に二回も使うこと自体が初めて。

 そして、理性を失い暴走するのが普通なのだが、エリの巻き戻しが強すぎて理性だけが、常に巻き戻る。

 

 

 故に──。

 

 

「ぶっ飛べオラァァァアアアア!!!」

 

 汚濁状態を理性を保ちながら解放させ続けていた。

 

 力を周囲にぶつける理性を失った状態とは違い、今は理性をもった化け物。

 エリに当たらないように、ブラックホールを作る。

 

 

「個性因子を消滅させ、人間を正常に戻すのがこいつだ。個性で成り立つこの世界の理を壊す程の力がエリにはある!! 

 お前らの目の前の一人救う次元の話じゃない!! 価値もわからんガキが!! 使っていい代物じゃない!!!」

 

 

「だからどうしたァ!!!」

 

 手に集めたブラックホールでオーバーホールを殴りつける。

 殴る筋力と、空間が歪む程の斥力。

 

 ありえないほどのパワーがオーバーホールを襲う。

 

 融合していたコンクリートのようなものは、塵のように消えてその大きさは全体の半分程になった。

 

「だからこの子を!! エリを!! 泣かせていいわけがねェだろうが!!!!」

 

 自分でも集めたことの無いほどの量の重力子が集まる。

 

 エリの個性に、意志をもつアラハバキの汚濁が反発し合って能力以上の力が湧き出ている。

 

 

 

 

 

 

「どいつもこいつも大局を見ようとしない!!!」

 

 

「俺が崩すのはこの『世界』その構造そのもの!!」

 

 

「目の前の小さな正義だけの……感情論だけの、ヒーロー気取りが!!!」

 

 

「──俺の邪魔をするな!!!!!」

 

 

 オーバーホールの渾身の一撃!! 

 全てをかけたヴィランの力が襲いかかる。

 

 

 

「呪われてるって言われた子がいる!!」

 

「助けの呼び方も知らない子供が、泣きながら初めて助けを呼んだ!!!」

 

「勇気を振り絞って元凶から一歩でも動けた!!」

 

「お前を倒す力を与えてくれる!!!」

 

 

「そんだけありャ、手前(テメェ)ぶん殴る(ぶっ殺す)には充分だ!!!!」

 

 

 溜めに溜めたその力。

 それは太陽のように大きく、そして黒よりも黒い。

 

 圧倒的不条理に対する、小さな少女と呪われた力。

 そのちっぽけな力で悪を打ち砕く、まさに──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──英雄(ヒーロー)の一撃!!!! 

 

 

 

「くたばれェェエエエエ!!!!!!」

 

 

 被害が出ないように、オーバーホールごと真上に撃つ。

 それは地上から、ナニカが天へと登っているように見える超常の現象だった。

 

 空の雲が台風の目のように開ける。

 降りた光は、天へと昇る。

 

 曇り空だった今日の天気は……。

 滞りなく曇っていた彼女の自由は……。

 

 たった一人のサイドキックによって、眩しいくらいにまで晴れ晴れとしていた。

 

 エリの心の淀みが薄れゆく。

 どこに逃げても、どこに走っても、どこに隠れても……。

 何をしても得られなかった自由を……。

 

 

 ──彼女は、やっと掴み取った。

 

「おいエリ。よく我慢し──ァァァア゛ア゛!!!?!!?!?!!」

 

 今まで、壊すことで保てていた均衡が……オーバーホールを撃破したことによって崩された。

 汚濁は解けていない、だがエリの巻き戻しの力がより一層強まっただけの事。

 

 

 力が、生命力が、アラハバキから暴れ出す。

 

 そこに瀕死のオーバーホールが、手を伸ばした。

 おぞましい程の執念、不気味なまでの執着。

 

 しかし、エリの漏れ出す個性の力によってオーバーホールの個性は巻き戻されて力尽きる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アラハバキは、限界をとうに超えている

 汚濁の連続使用に長時間使用、肉体的な疲労は全てを巻き戻されているとはいえ個性特有の疲労感は重なるばかり。

 

 そこにエリの最後の暴走。

 

 気合いや根性。

 

 それだけで堪えることは不可能な領域まで来ていた。

 

 

(やめて!! 止まって!!!)

 

 

(──この人が死んじゃう!!!)

 

 エリは必死に抑えようとする。

 このままでは、助けてもらったのに自分で殺してしまう。無かったことにしてしまう。

 

(嫌だ!! 止まってよ!!)

 

 自分の中から溢れ出す個性。

 それを抑えることも出来ない小さな子供。

 

 誰も責められない、誰も悪くない。

 ここでアラハバキが死んだとしても、彼女は誰からも責められない。

 

 ──自分以外は。

 

(もう誰も!! 死んで欲しくない!!)

 

「────!!!!!」

 

 溢れ出る。

 感情が、個性が、生命力が。

 

 恩人に、最後まで助けてもらいたい。

 

 アラハバキは、自壊しようとするがエリの速度に圧倒され壊される所まで来ていた。

 もう止められない。

 

 

 

 

 ──彼等では。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イレイザーヘッド!!!!!!!!!」

 

 

(大丈夫だ、後は俺が見ておく)

 

 

 全ての個性による超常なる力は、全て一人の男に抹消された。

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 意識を失って1時間、気がつけば病院のベットで横たわっていた。

 隣には切島にファットガム、少し離れて天喰がベットの上で横たわっていた。

 

 重症から軽傷まで、一応と念のためにとベットに放り込まれたのだという。

 

「で、俺は意識失ったと」

「だいたいそんな感じだ、今回も死にかけたが何とか生きている。治崎を倒したお前の功績だ」

 

「うす」

 

 そう見舞いに来てくれた相澤先生は感謝を漏らす。

 そんなことは無い、そう心では思いつつもUSJで「礼を受け取るのもヒーローの仕事だ」と言われていたので、今回はすんなりと飲み込めた。

 

 

「それで、エリは?」

「あの子はまだ意識が戻っていない、あれだけの個性だ反動はそれ相応のものになってくる。発熱はあったがそれ以外は命に別状はない。

 あと、帽子は大事に握りしめていたそうだ。看護師さんが取ろうとしたが、意識はなくても離さなかったらしい」

 

 

「……そっか」

 

 少しだけ自分の大切にしているものを、他人にも大切にしてもらえるのは良いものだと柄になく思う。

 意識を手放しても……か。

 

「しかし、あまりに危険だから隔離されている。

 お前のオーバーホールとの戦闘時と、緑谷の分析である程度の仮説が立てられていたからな。彼女の個性はあまりに危険過ぎる」

 

 

 

 

「そう言えば緑谷は? あいつもオーバーホールにキツイの貰ってましたけど?」

 

「幸い緑谷はリカバリーガールの治療で完治した。だが、リカバリーガールが治せないヒーローの元に駆け寄って今はいない」

 

「ナイトアイですか?」

 

「……ああ」

 

「助かりますか?」

「ほぼ100%助からない、無駄に希望を持たせるようなことは言いたくないからな……。今日が山場だと思って貰っていい」

 

 

「相澤先生、ナイトアイの所に案内してもらってもいいですか?」

「問題ないが、面識があった訳じゃないだろう? そもそも何をしに行くんだ?」

 

 包帯ぐるぐる巻きになっている足をベットから出して、松葉杖をとる。

 返答する前から既に彼の中では、行くことが決定しているのだ。

 

「なにってそりゃ、人助けでしょ」

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

「元気とユーモアのない世界に、明るい未来はやってこない」

 

 そういったナイトアイは、ゆっくりと息を引き取る。

 機会が心臓の止まった、固定音を鳴らした。

 

 その音は病室に響き渡り、その音に誰もが涙する。

 

 

 

 

 ──それは偉大な師を無くした弟子の涙。

 ──それは元相棒を無くしたヒーローの涙。

 ──それは救えなかった涙。

 

 

 後悔も消えない、もしあの時だなんて考えない人生の方が有り得ない。

 それでも人は後悔する。

 

 それが人の性だからだ。

 だが、そこに一筋の希望が現れる。

 

 

「クソ一寸(ちょっと)遅れたか、足がまともに動きゃ間に合ったのによ」

 

 今回最大と言ってもいい功労者。

 その人が相澤と現れた。

 

荒重(アラシゲ)くん」

 

「おう緑谷、元気そうじゃねェか。一寸(ちょっと)そこ退いてくれ」

 

 ナイトアイを囲む形になっている緑谷を退くように指示した。

「もう少し早ければ、声を届けられたのに」

 

「ん? ああ、多分心配ねェよ」

 

「それはどういう意味だい!」

 

 ミリオが荒重の言葉に食いかかった。

 

「今は時間がねェ、説明は後だ。相澤先生、お願いします」

「ああ、分かった」

 

 

 

 

 

 

「緑谷、お前は今回の騒動で俺の個性が分からないと思ってるだろ?」

「え……うん。重力を操る個性と思ってたけど……」

 

「そうだろうな、多分雄英の先生も俺の個性は詳しく知らない。知ってるのは多分俺と、俺に帽子をくれたあの人くらいだ」

 

「『汝、陰鬱なる汚濁(おぢょく)の許容よ、(あらた)めてわれを目覚ますことなかれ』」

 

 そう覚醒の呪詛を詠むと、エリがいないにも関わらず荒重の理性は損なわれることは無かった。

 

「俺の個性は確かに重力を操る個性だ、だがそれは個性の一部でしかない。俺は脳無みたいな複数の個性を持っている訳じゃないんだ。俺の個性はエリに近い、出力を抑えることのできず周囲を壊しまくることしか出来なかった。

 俺の本来の個性こそが、お前が見た『汚濁』の方なんだ。だが、あれは危険すぎる。それで現れたのが帽子の人だったんだ。

 多分その人は封印系の個性なんだろう、(うた)を詠まなければ全開まで出ないようにしてくれた。俺からすれば、帽子の人は命の恩人なんだ、死ぬまで暴走しようとしていた俺を文字通り命懸けで助けてくれた大恩人。しかもそのお人好しはさ、結構ギザなやつで女のこととか紳士ならとか俺によく話をしてた」

 

 

「っと、話が脱線した。まぁいい、ここからが本題だ、『汚濁』は俺の肉体の内面的な場所で枷のようなもので縛られているんだ。出す時は枷を外し、戻す時は枷を嵌る。そして今回もそういう風に枷を嵌めたんだが……変なものが混じって枷が嵌った」

 

 

「──エリの力だ」

 

「汚濁は俺にとっても完全に未知の力だったが、エリが巻き戻し続けることで体が感覚的に汚濁を抑える方法を覚えた。と言っても一分が限界だ」

「だから、エリの個性を重力で集めてナイトアイに譲渡することも理論上では出来るはず」

 

「心肺停止から一分未満、蘇生は充分可能だ」

 

 汚濁の赤黒い痣では無い、エリの個性が混じった緑の部分を重力で寄せ集め玉状にして体外へ出す。

 

 そしてあの暴走していた出力最大のエリの巻き戻しの個性がナイトアイの体内へと入った。

 

 

 ナイトアイの体は電気ショックを受けた時のように飛び上がり、機会が先程とは違う規則正しい音を奏でる。

 それは心拍、この場で誰も死ぬことなどなかった。誰も死なせなかった。

 

 

 

 

 

「エリも目覚めた後にナイトアイが死んだって聞かされりゃ、目覚めが悪いだろ」

 

 ナイトアイが目を開けた。

 それと同時に目的が達成したことを悟った相澤は、荒重を見た。

 痣は薄く消えていき、松葉杖に体重が乗る。

 

 

「サー!!」

「「「「ナイトアイ!!!」」」」

 

 

 有り得ない、ナイトアイは言葉を発しなくとも誰もがそう思っていることが分かった。

 

「全部乗せたんだ、生き返らなきゃコッチが困る」

 

 そう言って、千切れそうになっていた緊張の糸を……やっとの思いで手放した。

 

 

(流石に……疲れた)

 

 一日に三度の汚濁、命の濃密なやり取り、託された希望。

 

 全てを遂行するのに、酷い脱力が襲うだけなら……そりゃ、安いもんだ。

 

 

 

 こうして、エリも救出に保護。オーバーホール撃退、ナイトアイの蘇生。

 

 全てを完璧にやり遂げ、荒重は三日丸々寝込んだあとに雄英の寮へと帰った。




思ったより書いてて楽しかった。
完全自己満作品だけど、面白いと思ったら評価してやってください。


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