ぼくらのシリーズの作品もっと増えろ
#1
4月1日。
すっかり春めいて、新しい生活に期待もしくは不安を覚える時期だ。
早瀬真は後者、とどのつまり高校生活に不安を覚えていた。それは朝食に用意されていたご飯と納豆、味噌汁ですら喉を通らない程だ。
「あんた全然食べてないじゃない。昨日の晩御飯はあんなにガツガツ食べてたのに」
当たり前だ、と真は思った。中学から3年間色々やった友人達と別れて、新天地に一人で向かわなくては行けないのだ。
これが不安じゃないやつなんてそいつは酷く冷血なやつに違いない。
「中学では好き勝手やらせてあげたんだから、高校では心を入れ替えてちょうだいね」
「分かってるよ。母さん」
何がやらせてあげただ、と言いたいのをぐっと抑えていいこちゃんぶった返事に母の都子は満足したようだ。
喉を通らなかった朝食を無理やり麦茶で流し込んで真は外に出た。
外は桜が咲いており、春を感じる温かさだった。
学校の最寄り駅へ向かう電車に乗るために駅へ歩いていると相原と菊池に出会った。
「相原、菊池。こんなとこで何してんだ?」
「俺たちは同じ高校だからな。待ち合わせして一緒に行くことになってたんだ」
「かーっ!羨ましいぜ。俺なんか周りには知り合いなんて誰もいない悲しく切ない高校生活だぜ?」
「それは早瀬が選んだことじゃんか。それに寂しかったならN高に来ればよかったんだよ」
「俺の学力じゃそこはきついよ。だからワンランク落とした高校にしてみたらまさかの誰も受けてなかったんだぜ?俺ショックでペンも持てなかったよ」
「それは早瀬が勉強したくなかっただけだろ」
菊池と相原の2人と喋っているといつまでも喋り続けてしまいそうだったので、2人にじゃーなーと言って駅に向かった。
高校に向かっている時も考えてしまうのはやはり友人達の事だった。
アイツ達とやったことは色々ある。
廃工場に立てこもって大人たちと戦ったり
一日一善を行う『天使ゲーム』をやったり
変な宗教とも戦ったり、
片手間には語りきれないほどの事をやった。
それほどまでに濃密な時間を過ごしたヤツらと一生会えなくなる訳では無いとはいえ、離れることになったのは
心にぽっかり穴が空いたようだった。
羽丘学園に着いたのは8時40分。入学式の30分である。
下駄箱の前に張り出されてあるクラス表で自分の名前が1年A組にあることを確認した後に、教室へ向かう。
教室の黒板に貼ってあった座席表を見ると席は窓側から3番目、後ろから3番目の可もなく不可もなくといった席だった。
早瀬は大人しく席に座って窓をぼーっと意味もなく眺めて入学式までの時間を潰すことにした。時間が経つにつれて席は人で埋まっていき、後ろの席には水色の髪をした女の子が席に着いた。
その女の子は今クラスにいるほかの女の子たちと比べるのも烏滸がましいほどに美人だと思った。
早瀬はあわよくばお近づきにと思い体を後ろに向けて話しかけた。初対面の人に話しかけるのには勇気がいるが、アイツらとやってきたことに比べると屁のカッパだった。
「俺の名前は早瀬真って言うんだ。君の名前は?」
「私の名前は氷川日菜だよ!よろしくね!」
早瀬は元気のある子だなと思った。
周りにはこういう元気がある子はいなかったのでとても新鮮だった。
「いきなり自己紹介なんてるんっ♪て来たよ!」
るんっが何かは分からないが擬音的にも話の流れ的にも少なくともマイナスの意味ではないだろう。
女の子とお近づきになりたい時には回りくどい言い方をするな、というのはキザでプレイボーイな柿沼に教えてもらったことだ。
それにならい不快にならない程度に本音を言うことにした。
「美人な氷川さんと仲良くなりたかったからね」
その言葉に氷川さんは全く照れることもなかったが、氷琴線に触れることは出来たようだった。
さすがはカッキーだぜ。
「またるんっ♪てきたよ!面白いね、真くん」
いきなりの名前呼びはさすがに想定外でかなりドキマギしてしまい、照れが顔に出てしまっていることはか想像に固くなかった。
「顔真っ赤だよ」
「さすがにいきなり下の名前は恥ずかしかったんだ」
「ふーんそういうもんなんだ。じゃあ真くんも私の事日菜って呼んでみてよ」
何だこの独特な距離感は、というのが早瀬の素直な感想だった。他人を名前呼びするのはまだしも、ほぼ初対面の人に自分のことを名前で呼んでくれなど早瀬はもちろん、周りにもいなかったタイプだ。
「日菜」
声がどもらないように精一杯取り繕ってしぼりだしたひと言だったが、さっきの名前呼びとは比較にならないほどの恥ずかしさで声は小さく情けないものになった。こんな時カッキーなら臆面もなく名前で呼ぶことが出来るのだろうか。
早瀬は無性に柿沼が羨ましくなった。
「うーん、別に恥ずかしいとは思わないなー」
やはりというか、氷川さんは独特な価値観を持っているということがわかった。俗に言う変人の部類なのではないだろうか。
「真くん。私お姉ちゃんがいるから氷川って呼ばずにこれからも日菜って呼んでね」
勘弁してくれ…。
早瀬は思わず天井を仰いだ。
#2
入学式が終わっても早瀬は日菜と一緒に教室にいた。
入学式後の教室での自己紹介の際に東中出身ということを聞いて日菜は興味を持ったようだった。
東中といえば今では全国レベルで有名になってしまった学校である。
それも早瀬たちが行った七日間戦争のせいなのだが。
「それで迷路に入った校長先生たちはどうなったの?」
「頭にトマトを当ててやって、校長は血が出たって勘違いして気絶したよ。情けないったらありゃしねぇ」
「いいなー!そんな面白いこと私もやってみたかった!」
「ならやればいいじゃんかよ」
日菜は呆気に取られたような顔をした。
「そんなことしたら怒られちゃうよ」
「怒られてもいいんだよ。やりたいことをやれば」
もちろん人としてやっちゃいけないことは駄目だけどな、と早瀬は言い加えた。
「じゃあ今真君がやりたいことは何?」
日菜に聞かれて少し困ってしまった。
そういう立案は相原や菊池がやっていたので考えたこともなかったのだった。
「今はねぇかな」
「えー!なにそれつまんなーい」
日菜は明らかに落胆した様子だった。
「なら一緒に考えてみるか」
「何を?」
「面白くてやりたいことをだよ」
早瀬だって友人達がいないからと言って高校生活を灰色にするつもりは毛頭なかった。しかし何事も一人でやるのは心細かった。
「それいいね!るんっ♪てきた!」
「だろ?そうだな…。手始めに俺たちの部活を作るってのはどうだ?」
「それもるんっ♪てきた!」
時間も下校時刻に近かったのでそこで帰ることになった。入学式で一緒に高校生活を楽しむ仲間ができたのは僥倖だった。
高校生活に対する不安は今ではすっかり感じなくなっていた。