織田信長が戸山香澄に憑依するだけのお話。

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頭を緩くしてお読みください。


憑いちゃった!

「人間五十年~」

 

 燃え盛る炎の中、その男――織田信長――は敦盛を舞っていた。

 数十人の部下と共に宿泊していた寺へ予期せぬ部下の謀反。

 寺に火をかけ防戦するも弓の弦は切れ、右肘に傷を負い最早これまでと奥に退いた。

 

 舞い終わると愛用の扇子を置き、替わりに短刀を持ち露出させた腹に切っ先を当てる。

 

「天下静謐……叶わず、か」

 

 志半ばで果てる無念さを噛み締めながらその体は炎に包まれた。

 

 

 

 

「絶対壊すなよ、香澄!」

 

「分かってるよ~」

 

 質屋「流星堂」様々な品が流れ着いたその店で、戸山香澄は市ヶ谷有咲を手伝い商品の整理をしていた。

 

「有咲~、焦げてる棒が出てきたよ」

 

「あー、焼けた扇子だな。何で値段が付いたんだか。ボロボロだから慎重に扱えよ」

 

「うん、じゃあ開くね」

 

「おい!」

 

 有咲の制止よりも早く扇子を開く香澄、無残にも扇子は砕け散った。

 

「…………」

 

「何やってんだよ! ……っておいどうした?」

 

 有咲の問い掛けに答えず無表情のまま立ち尽くす香澄。

 心配になった有咲はオロオロとする。

 

「い、いや、大声で怒鳴っちまって悪かったな。ばあちゃんには一緒に謝るから落ち込むなよ?」

 

「……うぉおのれぇっ光秀ぇえ!!」

 

「きゃっ!?」

 

 普段の香澄からは想像できない怨嗟の声に悲鳴を上げ尻餅をつく有咲。

 既に涙目だ。

 

「ん、ここは本能寺ではないのか? おいお主、ここはどこじゃ?」

 

「か、香澄、どうしちゃったんだよ……」

 

「香澄? 我は織田信長じゃ!」

 

 その瞬間頭がオーバーヒートした有咲はツッコミを放棄して意識を手放した。

 

 

 

 

「つまり今は香澄じゃなくて織田信長なんだ」

 

「うむ、良きにはからえ!」

 

「じゃあ信長ちゃんだね」

 

「変態じゃなくて魔王だった」

 

 有咲が意識を取り戻したころには、バンドの練習に来た山吹沙綾、牛込りみ、花園たえが信長と談笑していた。

 どうやら香澄の記憶を一部共有しているらしく会話に問題はないようだ。

 

「いや、順応しすぎだろ!」

 

「有咲ちゃんが目を覚ましたよ~」

 

「おお、先程はすまなかったな。転生? したてで取り乱してしもうた」

 

「四百年以上前の人間のくせに理解早過ぎだろ……」

 

「我は地球儀を見て世界の形を理解した男ぞ、侮るでない!」

 

「そーかよ」

 

 散々香澄達に振り回されて耐性が付いたと思っていた有咲だったが、今回の出来事は想像以上だった。

 手伝いをさせなければこんな事にならなかったと思うと罪の意識が心に重くのしかかる。

 

「信長ちゃん、香澄ちゃんは今どうしてるか分かる?」

 

「……我の中で眠るもう一人の心。いつか目覚めるであろう」

 

「じゃあそれまで香澄として生活してもらおうか」

 

「うん、バンドの練習もしないと」

 

「お前ら懐が広すぎだろ……悩んでた私が馬鹿みたいだ」

 

「有咲ちゃん、気にしたら駄目だよ。体は香澄ちゃんだし」

 

「そうだな、香澄のいつもの思い付きだと思えば……って思えるか!」

 

「フフフ、愉快な女子達じゃ」

 

 キレを取り戻した有咲のツッコミに和む一同。

 賢明なポピパのメンバーは問題を先送りにした。

 

 

 

 

「――というわけで、我は織田信長じゃ! 悪い様には致さぬ故するがいい」

 

「お姉ちゃんがおかしくなった……元からおかしかったけど」

 

「ほう、お主が香澄の妹の明日香か! やはり妹は良いのう」

 

※信長は身内には割と甘かったようです。なお裏切った場合は(ry

 

 

 

 

「香澄、じゃなかった信長ー、迎えに来たぞー」

 

 日常生活に不安が残るため、有咲が信長の登校に同行する事となった。

 学園内では誰かしら付き添う事になっている。

 

「役目大義、いざ国盗りに参ろうか!」

 

「参らねーよ! 頼むから大人しくしてくれ……」

 

 朝からこの様子では絶対問題を起こすと思いつつも見捨てられない有咲であった。

 

「流石に丸腰ではこの信長と言えど不安は否めんな……」

 

「戦国時代じゃないんだから誰も襲ってこないって」

 

「その様な甘い考えでは天下は取れぬぞ?」

 

「いや、取らねーし」

 

 有咲と他愛もない会話をしながらも信長は周囲を見回し得物探す。

 最低でも脇差程度の攻撃力は欲しいらしい。

 

「お、あれは――」

 

 

 

 

「おはようございます、氷川先輩」

 

「はい、おはようございます」

 

 風紀委員の氷川紗夜は朝の挨拶当番兼服装チェック登板で校門に立っていた。

 花咲川女子学園では目立った不良はいないため、専ら挨拶当番としての役目の方が大きい。

 

「ちょ、信長、流石にそれは不味いって!」

 

「何を言う有咲。これくらい護身用としては当然」

 

 次に来たのは香澄と有咲、少々騒がしいところはあるが至って普通の――。

 

「何で鉄パイプなんて持っているの!」

 

 珍しい紗夜の大声に周囲の生徒の視線が一斉に集まる。

 鉄パイプを肩に担ぎ意気揚々としている信長の姿がそこにはあった。

 

「おお、確か紗夜だったかのう。なあに脇差の代わりのへし切長谷部じゃ!」

 

「何が『脇差の代わりのへし切長谷部じゃ!』ですか! どう考えても学習に不要だわ!」

 

「すみません、すみません、紗夜先輩。昨日から香澄のやつ織田信長になっちゃって」

 

 急いで間に割って入る有咲。

 本人でも何を言っているのか理解できない説明をする。

 

「信長でも秀吉でも関係ありません、没収です!」

 

「ほう……この信長相手に刀狩とは健気よのう。命懸けで来るがよい!」

 

「私とて風紀委員の端くれ。見す見す無法を見逃すわけにはいきません」

 

 鉄パイプ(へし切長谷部)を構える信長と竹刀を手にした紗夜。

 両者の間に流れる緊迫した空気。

 まさに一触即発という状態で均衡を破ったのは

 

「ちょまま! 見逃してください!」

 

 有咲再びのカットインからの渾身の土下座。

 これには両者も構えを緩めざるを得ない。

 

「全く、お主にそこまでされては我も立つ瀬が無いわい。ほれ紗夜、我のへし切長谷部じゃ受け取れ」

 

 先程までの緊迫した空気が嘘のように、あっさりと鉄パイプ(へし切長谷部)を紗夜に渡す信長。

 

「……市ヶ谷さん、ありがとうございます」

 

「こちらこそご迷惑おかけしました。ほらいくぞ信長」

 

「フフフ、有咲の名誉の土下座、末代まで語り継ごうぞ」

 

「語り継ぐな!」

 

 信長の腕を引き足早に校舎へ向かう有咲を見つめる紗夜の眼差しは優しかった。

 

 

 

 

 ダンッ!

 

「皆の者! しかと聞くが良い! このA組の間は今日からこの織田信長が掌握した! 異論のある者はその力を持って我に示せ!」

 

 B組の有咲と別れた信長は入室早々教卓に足を乗せるとそう言い放った。

 ざわつく教室を見渡す信長とこっそり廊下から覗いていて頭を抱える有咲。

 

「文化祭実行委員もなんとかやり遂げたしね」

 

「良いと思うよ」

 

「やっぱり魔王だ」

 

「これからはかーくんじゃなくてのぶちんだね」

 

「ブシドー!」

 

「…………マジか」

 

 自分の中の常識が音を立てて崩れていく状況に、廊下にいた有咲は頭を抱えた。

 

「何じゃ歯ごたえの無い連中じゃな! こんなことでは攻め込まれたら一巻の終わりぞ!」

 

「C組がA組に宣戦布告してくるとか? 多分ないと思うけど」

 

「りみよ、『治に居て乱を忘れず』じゃ。お主もいずれは我を支え一軍の長となる身。ゆめゆめ忘れるなよ」

 

「うん!」

 

 自分を信頼し助言をくれる信長に対して感動を禁じ得ないりみ。

 その様子は有咲のツッコミ神経を刺激する、が何とか耐えきった。

 

 

 

 

「ったく、信長が何かやらかさないか冷や冷やしたぜ」

 

「フフフ、有咲は心配性よのう」

 

 昼休みポピパの五人はいつも通り中庭で昼食をとる。

 午前中の授業はクラスメートの協力もあり何とか乗り切ったようだ。

 

「それにしても戦でもないというのに昼飯を食うとはのう」

 

「まあ食糧事情が良くなったのはここ五十年位だけどね」

 

※信長の時代は基本的に朝夕一食ずつでした。

 

「りみよ、その巻貝のような物は?」

 

「沙綾ちゃんのお店のチョココロネだよ。食べる?」

 

「うむ、頂こう。……何じゃこれは、我の時代にこのような甘いパンは無かったぞ!」

 

 感動に打ちひしがれる信長、その様子にりみは満足そうだ。

 

「やったね、沙綾ちゃん」

 

「うん、こんなに喜んでもらえるとパン屋の娘として鼻が高いよ。それにしても信長が甘党だったとはね~」

 

「献上品で嬉しかったのは甘味じゃ。あの時代は甘い物が貴重だったしのう。ちなみに菓子に合うようなハーブティーの為に日本初のハーブ園を作ったのは我ぞ」

 

※諸説あります。

 

「……じゃあこの卵焼きも食えよ」

 

「うむ……これもまた結構な美味よ!」

 

「そうだろ?」

 

 有咲が差し出した卵焼きに舌鼓を打つ信長、少し不機嫌だった有咲の表情が一気に明るくなる。

 

「これはお主が?」

 

「いや、ばあちゃんだけど」

 

「昨日のご老人か。……大事にせいよ」

 

「ったりめーだ」

 

 信長の優しい表情にドキッとする有咲、思わず耳が赤くなる。

 

「そう言えば兎が飼われているようじゃが、あれはいつ食すのだ?」

 

「あれは情操教育の為だから食べないよ」

 

「残念よのう。昔は鷹狩で捕えてそのまま刺身にしたものよ」

 

「やっぱり魔王だ」

 

 家で飼っている兎達を思い出して青くなるたえ。

 絶対に家には呼ばないと決めた。

 

「狩猟免許とか色々必要だから勝手に捕まえちゃ駄目だよ」

 

「で、あるか……気軽に乗馬も出来ぬしままならぬのう」

 

「あ、そうだ」

 

 遠い目をする信長にたえはある事を思いつく。

 兎達を守るためには別の事でストレスを発散させればいい、そんな発想だ。

 

「放課後良い場所に連れてってあげる」

 

 

 

 

「ほう、弓場か。でかした、おたえ」

 

「でしょ」

 

 放課後たえが信長を連れて行ったのは弓道場、中からは矢が的に刺さる音が聞こえる。

 

「あら、花園さんに……織田さん、どうしましたか?」

 

「信長が好きそうだったから連れてきました」

 

「ほぉ! これは立派な弓場じゃな! 床板も見事に磨き上げておるの! まるで能舞台の様じゃ!」

 

 子供の様にはしゃぐ信長に紗夜の表情は和らぐ。

 

「人間五十年~」

 

「舞わないでください!」

 

 すぐに険しい表情となった。

 

「そうじゃ、紗夜よ。我と手合せせぬか?」

 

「構いませんが、出来るのですか?」

 

「無論じゃ! 城ではよくこうして矢をつがえたものじゃ」

 

 制服のボタンを外し上半身を露わにすると矢をつがえる真似をする信長。

 可愛らしいブラジャーと立派に育った胸に一瞬時が止まる。

 

「お、織田さん!?」

 

 一番最初に我に返った紗夜が信長の腕を掴み更衣室に連行する。

 その様子をたえは静かに眺めていた。

 

「大きい」

 

 

 

 

「悪いな、紗夜」

 

「いいえ、流石にあの恰好はまずいので」

 

 紗夜の予備の弓道着を来た信長が再び姿を現す。

 少しサイズは大きめだが和服を着れた信長は上機嫌だ。

 

「ただ手合わせをするだけでは面白くないのう。我が勝ったらへし切長谷部を返してもらおう」

 

「いいでしょう。私が勝ったら……風紀委員の仕事を手伝ってもらいます」

 

「よかろう。では始めるか」

 

 

 勝負は互角、互いに的を外すことはなく紗夜の最後の一射も的を射ぬいた。

 

 

「ふむ、良い腕だ! しかし所詮は芸事! 戦場で培われた我の腕に敵うものではない!」

 

 信長の最後の一射も見事的を射ぬいた、隣の紗夜の的だったが。

 

「……是非も無し」

 

 ガックリと膝をつく信長。

 哀愁漂うその姿に流石の紗夜も心を動かされる。

 

「まぁ的は違ったけれど真ん中を射ぬいたのは事実ですし……間を取って引き分けでどうかしら?」

 

「う……うむ! 良きにはからえ!」

 

「魔王照れてる……」

 

 

 

 

 手続きの関係上、鉄パイプ(へし切長谷部)を返却できるのは明日という事で有咲を連れ校内をぶらつく信長。

 

「ふう、いい汗をかいたのう」

 

「全く何やってるんだよ」

 

 たえから付き添いを引き継いだ有咲は弓道場の一件を聞いて呆れ顔だ。

 

「ほう茶室があるのか」

 

「あー、確か花音先輩が所属してるっけ」

 

「では一服するかのう」

 

「茶道室は喫茶店じゃねー!」

 

 有咲のツッコミを聞き流し入室する信長、後に続く有咲。

 

「邪魔するぞ」

 

「はい、あ、信長ちゃんですね」

 

「うむ、茶を所望する」

 

 礼儀正しく座る信長に有咲は驚きを隠せない。

 

「そう言えば茶の湯を広めたのってお前だっけ?」

 

「うむ、茶の湯は良いものだからな。だが元は土地代わりの恩賞として、茶器を与えるために流行らせただけなのだがまさかこんなに長く続くとはのう!」

 

※諸説あります。

 

「色々と台無しじゃねーか!」

 

「ふええ〜」

 

 

「うむ、美味い、中々の点前じゃ」

 

「花音先輩の所作、見惚れました」

 

「二人ともありがとう」

 

 二人からの称賛に頬を染める花音。

 鮮やかな柄の着物と相まって実に色っぽい。

 

「見事な柄の着物に比べて茶器は粗末じゃのう。ワビもサビも無いではないか」

 

「陶磁器は昔からあまり変わってないの……」

 

「今ここに我の収集品があれば貸してやったのだがのう」

 

 在りし日に収集した自慢のコレクションに思いを馳せる信長。

 献上させたり、奪い取ったり、一つ一つに思い出が詰まっていた。

 

「残ってるよ。昔お前が使ってた器」

 

「そうか! では返してもらおう」

 

「無理だっつーの。国宝だし」

 

※博物館とか美術館に展示されています。

 

 

 

 

 翌日有咲を伴って信長が登校すると昨日と同じように紗夜が校門に立って挨拶をしていた。

 

「おはよう、紗夜」

 

「おはようございます、紗夜先輩」

 

「はい、おはようございます。あ、織田さんこれを」

 

 紗夜から信長に布に包まれた棒状のものが渡される。

 

「これは我のへし切長谷部……随分と可愛らしい袋に入っているのう」

 

 布には可愛い犬がプリントされている。

 

「学園内では絶対に袋から出さないと約束してもらえますか?」

 

「うむ、よかろう。それにしてもお主にこんな可愛らしい趣味があったとはのう」

 

「べ、別に私の趣味ではありません! たまたま家にその柄の布しか無かったの!」

 

「フフフ、お主が夜なべして作ったこの鞘、大事にするぞ」

 

 上機嫌で校舎に向かう信長と首を傾げたまま続く有咲。

 

 

「みんなブシドーの世界の住人になってねえか?」




参考文献:
女子高生信長ちゃん!!
信長の忍び


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