ちょっと大人なインフィニット・ストラトス 作:たんたんたんめん@オルコッ党員
黒式のエネルギーが弱まった瞬間、雨音が、まるで世界の支配権を取り戻したかのように強く響く。
空は鉛色に沈み、雲の裂け目から落ちる雨粒は、まるで戦場そのものが泣いているかのように冷たかった。
黒式の膝が沈み、マドカの呼吸が乱れる。
その姿は、先ほどまでの狂気に満ちた捕食者の様な姿ではなく、雨の中で迷子になった少女そのものだった。
一夏は息を整えながらゆっくりと手を伸ばす。
「マドカ……」
その声は、戦場の中心とは思えないほど静かだった。
黒式のバイザー越しに、マドカの瞳が揺れる。
「……こわい……こわいよ……いちか……」
その震えは、ただの恐怖ではない。
長年、誰にも触れられず、誰にも見つけてもらえなかった心が、ようやく外気に触れて軋む音だった。
一夏は一歩、前に出る。
黒式のセンサーが反応し、周囲の兵士たちがざわめく。
「准将、どうしますか……!」
「撃つな。絶対に撃つな!」
襲撃から時間が経ち、ハリントンらイギリス軍の展開も完了している。
だが、その声すら雨に溶けていく。
セシリアはブルー・ティアーズの中で震える息を吐いた。
白式と黒式の距離が縮まるたび、胸が締めつけられる。
「一夏さん……どうか……」
白式の手が、黒式の装甲に触れる。
その瞬間、マドカの身体がびくりと震えた。
雨が二人の間を流れ落ちる。
黒式の刃が完全に下がり、地面に触れた。
その瞬間──黒式の装甲が、まるで息を吐くように光を弱めた。
黒式の内部で、焦げた金属の匂いが雨に混じり、白式のセンサーをかすめる。
暴走の余熱がまだ残っており、触れた装甲は微かに震えていた。
黒い光が収束し、スラスターの唸りが消える。
マドカの声が、雨に溶けるほど小さく響いた。
「……いちか……」
「俺は、ここにいる」
白式が一歩近づく。
黒式は抵抗しない。
ただ、雨に濡れながら震えていた。
その時──。
「──一夏ッ!」
千冬の鋭い声が飛んだ。
一夏が振り返るより早く、黒式の背面装甲が突然、異様な光を放つ。
黒式の背面から噴き出した黒い光は、まるで生き物のように脈動し、雨粒を蒸発させながら空気を震わせた。
白式の警告音が甲高く鳴り、戦場の空気が一瞬で緊張に凍りつく。
ハリントンが叫ぶ。
「反応が跳ね上がった!?」
セシリアが息を呑む。
「まさか……彼女がまた!?」
違う。
一夏は直感した。
──これは、マドカじゃない。
黒式の奥底から、冷たい
それはマドカの震える心とは無関係の、無機質で、残酷で、命令だけを目的とした何かだった。
「……やだ……やだ……やめて……!」
マドカの悲鳴が響く。
黒式の装甲が勝手に動き、マドカの身体を拘束するように締め付ける。
金属が軋む音が、まるで骨が折れる音のように響いた。
マドカの呼吸が潰され、白式のセンサーに彼女の生命反応が不安定に揺れるのが映る。
「マドカ!」
黒式のスラスターが再びうねりを上げ、黒い光が雨を蒸発させる。
その光は、マドカの意思を無視して動き始めた。
「……いや……いちか……たすけ……」
その声に弾かれるように、一夏は白式を一歩踏み込ませる。
だが黒式は、一夏の手を拒むように後退した。
黒式の動きは、暴走というより逃避に近い。
まるでマドカを一夏から引き離すことだけが、黒式の存在理由であるかのように。
マドカの意思ではない。
ナニかが、マドカを
マドカの悲鳴が、雨よりも鋭く響いた。
「──いちかぁぁぁ!」
一夏は迷わず踏み込んだ。
白式の装甲が光を放ち、黒式の暴走に飛び込む。
泥を蹴り上げ、地面が抉れ、衝撃で周囲の兵士たちが思わず身をすくめる。
白式の刀が黒式の刃とぶつかり、金属音が雷鳴のように戦場を裂いた。
黒式のエネルギーが空を奔る、それは雨が蒸発するほどの熱。
マドカの悲鳴が響く。
「……やだ……やだ……やめて……! 動かないで……!」
だが黒式は止まらない。
マドカの意思を無視し、まるで
黒式の内部で、黒いコードが蛇のように蠢き、マドカの四肢を締め上げる。
その度に、マドカの痛みによる微弱な悲鳴が白式の通信に割り込んだ。
「一夏! この反応……これは……!」
ハリントンが計器を見て顔色を変える。
「コアの制御権が……外部から書き換えられている!? 誰が……!」
その瞬間、黒式から、電子ノイズが混じった声が響いた。
電子ノイズがさらに強まり、黒式のコアから、聞き覚えのある
『あーあ、なーんで戦わないのかな』
その声は、楽しげで、残酷で、そして一夏も千冬もよく知る声だった。
千冬の瞳が鋭く細まる。
「……束……!」
『いっくんとまーちゃんが戦って……最後に立っている方がよりちーちゃんに近づいたのに』
束の声は、雨音よりも冷たく、黒式の内部に巣食う悪意そのものだった。
マドカの震えがさらに強まり、白式のセンサーが彼女の心拍の急上昇を警告する。
束からすれば、一夏が勝とうが負けようがどっちでも良かった。
一夏とマドカ。勝った方が、より千冬に近づくだけなのだから。
だから、束はあの日千冬が救わなかったマドカを拾い、一夏にぶつけたというのに。
マドカが震える声で叫ぶ。
「やめて……やめて……! 私は……私はもう……!」
『もう、じゃないよ。あなたはまだ、あの部屋にいる』
その言葉は、マドカの心臓を直接握り潰すような冷たさだった。
黒式の拘束がさらに強まり、マドカの呼吸が途切れ途切れになる。
まるで束の手が、直接マドカの心臓を握っているかのように。
「束さん!」
束の声は笑った。
『やっほーいっくん』
雨が蒸発し、黒式の周囲に黒い霧が立ち上る。
『──まーちゃんといっくんが戦わずに終わるなんて、束さんそれは許せないなー』
マドカの瞳が涙で滲む。
「……やだ……やだ……いちか……助けて……!」
一夏は白式の手をマドカへと伸ばした。
「俺らの人生は、俺らだけの物だ! 他の誰の物でもない!」
束の声が嘲笑する。
『そんなの、ただの幻想だよ、いっくん。あなたたちはつくられた未来から逃げられない。だってそれが──あなたたちの存在理由なんだから』
黒式が黒く輝き、マドカの身体が強制的に後退させられる。
「いちか……いかないで……!」
白式が踏み込み、黒式の暴走に飛び込む。
束の声が響く。
『じゃあ証明してみせてよ、いっくん。
黒式が爆発的に光を放つ。
衝突の瞬間、地面が割れ、衝撃波が周囲の兵士たちを吹き飛ばす。
白式の腕部サーボが悲鳴を上げ、黒式の刃が白式の肩装甲を深く抉った。
黒と白が、再び衝突。
だが今度は──束が願う
黒と白が激突し、束の声が雨を震わせる。
黒式の暴走はさらに加速し、マドカの悲鳴が空気を裂いた。
「……いちか……たすけ……!」
一夏は白式を踏み込ませる。
だが黒式は、まるで一夏の手だけは届かせまいとするように後退し続ける。
黒式の動きは異常なほど滑らかで、暴走しているはずなのに意図を感じさせた。
その意図が、マドカの意思ではないことだけは明白だった。
黒式の光はなおも蠢き、束の声が雨音に混じって消えずに残る。
だがその中心で、一夏とマドカだけは、互いを見失わなかった。
黒式の拘束が強まるたび、マドカの身体は痛みに震え、一夏が踏み込むたび、白式の装甲は悲鳴のように軋む。
周囲の兵士たちは動けない。
千冬も、ハリントンも──ただ二人が交差する瞬間を見守るしかない。
セシリアは、震えていた。
恐怖ではない。
怒りでもない。
そのどちらでも足りないほどの、胸を焼くような感情だった。
一夏が、彼がどういう存在なのか。
マドカが、彼女がどういう存在なのか。
何も知らなかった。
一夏が、何を見てきたのか知らなかった。
雨の向こうで、一夏が黒式へ手を伸ばす。
その姿が、胸の奥の何かを決定的に弾き飛ばした。
もう、見ているだけではいられない。
その瞬間、青い光が弾けた。
「……ふざけないでくださいましッ!」
雨を裂くような声が響いた。
青い光が白式の横を駆け抜ける。
ブルー・ティアーズが、黒式の前に滑り込んだ。
「セシリア!?」
一夏が叫ぶ。
セシリアは震えていた。
恐怖ではない。
怒りと、決意が入り混じる。
ブルー・ティアーズのビットが雨を切り裂き、青い軌跡を描きながら黒式を包囲する。
その動きは、セシリアの迷いを振り払うように鋭かった。
束の声が嘲笑する。
『オルコット家のお嬢さん。あんたに関係ない話だよ? なんでしゃしゃり出てくるかなあ』
セシリアは、束の声に向かってはっきりと言い放った。
「関係なくなんてありませんわ!」
雨が彼女の機体を叩きつける。
だがその声は揺るがない。
セシリアは続けた。
「一夏さんは──自分の意思で、今を選んだ人ですわ! そして……彼がどう生きるかを決めるのは、あなたではありません!」
一夏は息を呑んだ。
セシリアの言葉は、彼の胸にも深く刺さる。
束の声が冷たく笑う。
『じゃあ聞くけど、あんたはいっくんの
セシリアは一瞬だけ目を閉じた。
雨が頬を伝う。
涙かどうかは、誰にもわからない。
「知りませんわ」
束の声が勝ち誇ったように笑う。
『でしょ? だから──』
「けれど!」
セシリアの声が束の言葉を断ち切った。
「知らないからこそ、わたくしは一夏さんの
知らないからこそ、わたくしは彼が選ぶ
そして──」
ブルー・ティアーズのライフルが、暴走する黒式に向けられる。
「──知らないからこそ、
その言葉は、雨の中でも鮮烈に響き、白式の背中に届く。
セシリアの決意が、戦場の空気を一瞬だけ変えた。
束の声が雨の中でくぐもり、黒式のスラスターが不気味な脈動を放つ。
セシリアの視線は、暴走する黒式のスラスターを正確に捉えていた。
だが──引き金にかけた指が震える。
撃てば、黒式の動きを止められるかもしれない。
撃てば、マドカを救えるかもしれない。
撃てば、一夏を守れるかもしれない。
けれど。
撃てば、マドカを傷つけるかもしれない。
撃てば、一夏が望まない未来を作ってしまうかもしれない。
その葛藤が、胸を焼くように痛んだ。
「……わたくしは……」
雨が機体を叩きつける。
その音が、彼女の迷いを削り取っていく。
一夏が、黒式へ手を伸ばす。
その背中を、もう二度と失いたくなかった。
「わたくしは──一夏さんを守りたいだけですわ!」
セシリアの叫びが、雨を震わせた。
その瞬間、黒式のスラスターが爆ぜるように光を放った。
束の声が、楽しげに、残酷に響く。
『へえ……面白いね。じゃあ──見せてもらおうかな? あんたの
黒式が、セシリアへ向けて刃を振り上げた。
「セシリア、下がれッ!」
一夏の声に弾かれるように、セシリアが機体を下げて黒式の刃を避ける。
白式と黒式の間で火花が散る。
だがその中心にいるのは、ただの兵器ではない。
一夏とマドカ、そしてセシリア――三人の選択が交差する場所だった。
セシリアは震える指を、無理やり引き金から離した。
撃てる。
撃てば止められる。
だが――撃てば、マドカの身体に確実に負荷がかかる。
そして何より。
撃てば、一夏の心に傷が残る。
それだけは、許せなかった。
「……わたくしは……」
セシリアの声は、雨よりも熱かった。
黒式の刃が再び振り上がる。
束の声が、愉快そうに響く。
『あははっ、いいねえセシリアちゃん。そういう覚悟は嫌いじゃないよ? でもね――』
黒式のスラスターが、まるで心臓の鼓動のように脈動する。
『覚悟ってのはね、誰かを守るために誰かを傷つけるって決められることなんだよ』
セシリアの瞳が揺れた。
その一瞬の迷いを、黒式は逃さない。
黒い光が跳ね、刃がセシリアへ迫る。
「セシリアッ!」
一夏の叫びが雨を裂く。
白式が飛び込み、黒式の刃を受け止めた。
衝撃が白式の腕を軋ませる。
黒式の刃は、ただの金属ではない。束の意志が宿った殺意そのもので、白式の装甲を削り取るたびに火花が散り、雨粒が蒸発して白い霧となった。
「……いちか……!」
黒式の奥で、マドカが泣いていた。
その声は、束の電子ノイズにかき消されそうなほど弱い。
『ほら見て、いっくん。まーちゃんは助けてって言ってるのに、黒式は止まらない。ねえ、どうするの?』
一夏は歯を食いしばった。
「……決まってるだろ」
白式の装甲が、熱を帯びて光る。
雨が蒸発し、白い蒸気が立ち上る。
「マドカを……奪われたままにするわけがない!」
黒式の刃を押し返しながら、一夏は叫んだ。
「セシリア! 武装だけじゃない……スラスターも、関節も、全部外側から削る!マドカの身体に負荷がかからないように、外側だけを狙う!」
暴走していると言っても、エネルギーで動いているのは変わらない。
移動の為にはスラスターが必要になる。
攻撃するにも武器が必要になる。
ならば、エネルギーを枯渇させ、スラスターを削り、武器を奪えば、マドカは戦う力を失う。
セシリアは息を呑んだ。
「できるだろ、セシリア。お前なら」
その言葉は、戦場の中とは思えないほど優しく、そして――彼女の胸を強く締めつけた。
セシリアの頬が熱くなる。
雨で隠せるのが、救いだった。
「……っ、当然ですわ……! わたくしは……エリート中のエリートですもの!」
束の声が、面白そうに笑った。
『へえ……じゃあ見せてよ。いっくんの隣に立つ覚悟ってやつをさ』
黒式がスラスターを噴かし、一気に後退する。
マドカの悲鳴が響く。
「いちか……いかないで……!」
一夏は白式を踏み込ませた。
「大丈夫だ、マドカ。お前を……取り戻す!」
その瞬間――青い光が、黒式の左のスラスターを正確に撃ち抜いた。
爆ぜる火花。
黒式が大きく揺らぐ。
セシリアの声が震えながら響く。
「……これで……まずは片側……!」
撃ち抜かれたスラスターから黒い煙が噴き出し、内部の冷却材が雨と混じって地面に飛び散る。
黒式の姿勢制御が乱れ、地面に深い溝を刻みながら滑る。
その衝撃で、マドカの苦痛の息が通信に漏れ、一夏の胸を刺した。
だが、それでも黒式は止まらない。
束の声が、雨の中で愉快そうに跳ねる。
『おお、やるじゃんセシリアちゃん。でもね――黒式はそんな生半可な損傷じゃ止まらないよ?』
黒式の背面装甲が、まるで生き物のように蠢き、
内部の黒い光が脈動する。
「……やだ……やだ……いちか……!」
マドカの声は、束の電子ノイズに押し潰されそうなほど弱い。
だが確かに届いていた。
一夏は雪片を構え、低く息を吐く。
「セシリア、次は右スラスターだ。俺が動きを止める。後はお前が削れ」
「……わかりましたわ。一夏さん」
その声は震えていたが、迷いはなかった。
白式が一気に踏み込む。
黒式の刃が振り下ろされるが、一夏はそれを受け止め、刃と刃が擦れ合う火花の中で、黒式の動きを強引に固定した。
白式の脚部が地面に深くめり込み、衝撃で周囲の泥が爆ぜる。
黒式の刃圧は凶悪で、白式の腕部フレームが悲鳴を上げ、警告がひっきりなしに立ち上がった。
それでも一夏は退かない。退けば、マドカがまた
「いちか……!」
「大丈夫だ!俺がいる!」
白式の腕が軋む。
黒式の出力は、暴走している分だけ凶暴だ。
だが――一夏は退かない。
その背後で、青い光が静かに収束する。
ブルー・ティアーズのビットが四方に散開し、黒式の右スラスターを多角的に捉える。
『そんなに頑張っても無駄だよ?黒式はまーちゃんの身体を守るように設計されてるんだから』
「なら――外側だけ剥がせばいい話ですわ!」
青い閃光が走った。
右スラスターを撃ち抜き、黒式が大きく揺らぎ、姿勢を崩す。
雨が蒸発し、黒い霧が立ち上る。
「……いちか……!」
マドカの声が、少しだけ強くなった。
『あーあ、ほんとに剥がしてきちゃうんだ。』
束の声が甘く響いた瞬間、
黒式のコアが異様な光を放ち、外殻が開くように変形した。
「……これは……?」
セシリアが息を呑む。
黒式の内部から、黒いコードのようなものが伸び、マドカの身体に絡みつく。
「やだ……やだ……やめて……!」
一夏の怒りが爆ぜた。
「束さん!」
『怒らない怒らない。これはね、黒式の本来の役割なんだだよ。いっくんとまーちゃんを戦わせるための、ね』
黒式の出力が跳ね上がり、白式を押し返すほどの力を発揮する。
「くっ……!」
白式の足が地面を滑り、泥と破片が跳ね上がる。
一夏が後退し、黒式が一気に距離を取る。
「セシリア! 黒式の関節部! そこを狙え!」
「わかりましたわ!」
ブルー・ティアーズが再び展開し、黒式の肘、膝、腰部の関節部を正確に狙う。
束の声が苛立ちを帯びる。
『ちょっと……本当に剥がす気? それ、まーちゃんの鎧なんだけど?』
「鎧じゃない……!」
一夏が叫ぶ。
「これは、マドカを閉じ込めてる檻だ!」
白式が黒式の背後に回り込み、刀で外殻の継ぎ目を斬り裂く。
青い光が、黒式の膝関節を撃ち抜く。
黒式が大きく揺らぎ、片膝をついた。
「……いちか……!」
マドカの声が、はっきりと響く。
白式が黒式の肩部装甲を掴み、力任せに引き剥がす。
黒式の外殻が大きく裂け、内部の拘束機構が露出した。
露出した内部は、まるで生体機械のように脈動し、黒いコードがマドカの身体に食い込んでいる。
その光景に、セシリアは息を呑む。
束の声が、明らかに焦りを帯びる。
『ちょ、ちょっと待って……それ以上は――』
「セシリア、今だ!」
「はいッ!」
青い光が、黒式の腰部を撃ち抜く。
黒式の動きが完全に鈍り、マドカの身体を締め付けていた拘束が緩む。
「……いちか……!」
「マドカ!」
一夏が白式の腕を伸ばす。
黒式の外殻が、雨の中で崩れ落ちていく。
白式の腕に引き剥がされた肩装甲が地面に落ち、セシリアの射撃で穿たれた関節部から火花が散る。
黒式の動きが、明らかに鈍った。
「……やだ……やだ……いちか……!」
マドカの声が、束の電子ノイズを押しのけるように強くなる。
拘束機構が緩み、黒いコードが一本、また一本と外れていく。
一夏は白式の手を伸ばし、黒式の胸部装甲を掴んだ。
「マドカ……もう大丈夫だ。俺が……ここにいる」
黒式の胸部装甲が、悲鳴のような音を立てて裂けた。
内部の拘束フレームが崩れ、マドカの身体が前へと倒れ込む。
「……っ!」
一夏は迷わず白式の腕を伸ばし、落ちてくるマドカを抱きとめた。
雨が二人の間に流れ落ちる。
マドカの身体は軽かった。
軽すぎた。
長い拘束と恐怖で削られた体重が、そのまま一夏の胸にのしかかる。
黒式の黒い光が消え、ただの金属の塊へと変わっていく。
マドカの身体は震えていた。
拘束の痛み、恐怖、そして――解放の余韻。
「いちか……いちか……!」
白式の胸にしがみつくように、マドカの腕が弱く動く。
その指先は震え、必死に
「ここにいる。もう誰にも……お前を触らせない」
一夏の声は、戦場の中心とは思えないほど低く、優しかった。
白式の腕が、マドカの身体を包み込むように抱き寄せる。
黒式のコアが最後の光を放ち、束の電子ノイズが途切れる。
『……あーあ……ほんとに……剥がしちゃったんだ……』
その声は、どこか遠く、薄れていく。
『いっくん……そんなに
一夏は答えなかった。
答える必要がなかった。
白式の腕の中で、マドカが小さく息を吐く。
「……いちか……あったかい……」
「当たり前だ。お前は……ずっと寒い場所にいたんだから」
マドカの瞳が揺れ、そのまま一夏の胸に額を預けた。
雨が二人を包む。
黒式の残骸が静かに沈黙する。
少し離れた位置で、セシリアはブルー・ティアーズの中で息を呑んでいた。
白式に抱き寄せられるマドカ。
その腕の強さ。
その声の温度。
――ああ。
胸の奥が、焼けるように痛んだ。
けれど同時に、理解した。
一夏が、どれほどの覚悟でマドカを取り戻したのか。
そして、マドカがどれほど“一夏”を必要としていたのか。
セシリアは唇を噛み、それでも視線を逸らさなかった。
「……一夏さん……」
その声は、誰にも届かないほど小さかった。
「いちか……こわかった……また……あの部屋に……戻されるかと……」
一夏はマドカの肩を抱き寄せ、その震えを自分の胸で受け止めた。
「もう戻さない。絶対にだ」
マドカの指が、一夏の胸の装甲を弱く掴む。
「……いかないで……いちかが……いないと……わたし……」
「離れない。お前が望む限り、ずっとそばにいる」
その言葉に、マドカの呼吸が震え、彼女は一夏の胸に顔を埋めた。
雨の音だけが、二人を包んでいた。
ヒロインレースにマドカが緊急参戦していないかこれ?