全集中の呼吸で「最強」を目指すのは間違っているだろうか 作:V.IIIIIV³
刃とアイズの剣は動くことがなく、鍔迫り合いが続く。これは本来ならばお互いの実力が拮抗しているという事を表す……が、刃とアイズの実力は天と地という表現を超えるほど格が違う。それでもこの少女は鍔迫り合いに応じている。これは、何かを話す、話に応じるという意思表示だ。
「……アンタ、何者だ」
「アイズ・ヴァレンシュタイン。君こそ、何者」
「天道刃だ。アンタのその力、それは本当の力か?」
「そう。全部私が私の手で掴んだ力。強くなるために、手に入れた力」
「……ハッキリ言わせてもらう。アンタは邪魔な存在だ」
「……それは、君も同じ」
そして、対等な時間は終わる。
鍔迫り合いの状況からアイズの剣が一気に力を増し、刃の剣は右下に流される。密着していて勢いをつけられない状況だったということは、これは単純にアイズの力だけで行っている所業。
鍔迫り合いが終わったということは、お互いの胴を間接的に防御する壁となっていたものがなくなったということ。
もしこれが剣道の試合であったならば、逆に敵の竹刀を封殺して隙を作り、それをついて一本取る、ということ刃なら出来たであろう。
だがこれは試合ではなく、文字通りの真剣勝負。そして目の前にいるのは、常識の範疇を軽々と飛び越えるような強者。考える暇などあるはずもない。
刃は身の危険を気配察知よりも早く直感で感じ取り、刀をある方向に向け型の形を作る。そして気配察知に引っかかる気配を感じ取った時には既にアイズの蹴りが刃の脇腹に深く突き刺さっていた。
ズガァン!!!!
「ゴブッ!!!」
圧倒的なレベル差から繰り出された蹴りによって、視界に映ることすらない速度で頭からダンジョンの壁に激突する刃。
ギリギリで技を発動させる型をとり、全集中の呼吸の
【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】
咄嗟の発動で威力が万全には程遠い打ち潮でもなんとか方向転換だけは成し遂げ、衝撃をいくらか壁に受け流して頭の左側から壁に衝突した。
それでも勢いが完全に消えるまで壁を擦り付けられながら進み、壁の鉱石が剥き出しの額の皮膚に突き刺さって刃の肉を抉りとる。
数メドルほど進んだところでようやく勢いがなくなり、壁を離れて着地することが出来たが、額を襲う痛みに耐えられず膝をつく。
(なんだよこの重い攻撃!呼吸を発動してなきゃ確実に肋骨三本は持ってかれてたぞ!)
額から溢れ出る血が左目に流れ込むが、額の痛みが大きすぎて痛みを感じない。
両手両足は激しく震え、意識すらも飛びかける。
既に失いかけた視界からアイズを見れば、剣を刃に向けながら目を使って「これで終わりか」と訴えている。
落ち着痛イけ追撃痛イがく痛イるぞ集中痛イして見極め痛イれば一矢報いら痛イれる諦めるな痛イ俺はできる痛イ必ず倒す痛イんだ俺痛イがた痛イなきゃ痛イこい痛イは痛イクソ痛イに痛イむし痛イま痛イ…………
『君なら、大丈夫』
痛みに思考を蝕まれ、正常に働かない脳に何かが語りかけてくる。
『技の可能性を引き出すの。君なら、ううん、違う』
その声は刃の心を何度も跳ね返り、反響し、聞いたことのない声のはずなのに、刃の体は一切拒絶せずに浸透していく。
『君だから、君にしかできない力』
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!」
ミノタウロスにすら劣らない雄叫びを上げながら、刃は地面に額を強く打ちつける。
その影響で額にはまた新たな傷が付いた。だが不思議なことに、刃の体に付いた全ての傷から
「……何、それ」
「全集中の呼吸・常中の止血術だ。直感でやってみたが、案外上手くいくもんだな」
アイズの問いかけに答えながら、刀を杖にして立ち上がる。
血が止まったことを利用し神経を誤魔化して痛みを帳消しにし、手足の震えは止まり意識も元に戻った。
「……まだ、やれるってこと、だよね?」
「そういうことだ。こっからは一味違うぜ」
両者とも、相手の瞳からは絶対に目を背けない。
そして、二人が同時に動き出す。
ドンッッッ!!ガギィィン!!!
二人が地面を蹴ったのとほぼ同時に剣同士が衝突した音と衝撃波が巻き起こる。そしてまたさっきのように、右足での蹴りが刃に迫る。一見先程と全く同じ攻防に見えるが、刃が言ったように、この攻防は先程とは一味違う。
刃からすれば捉えることすら難しいアイズの蹴りを、刃は自身の左足で防いでみせた。しかも今度は更に蹴りに合わせて後ろへ飛び、力を完全に受け流した。
(私のスピードに、ついてきてる……?)
さっきまでは反応することすらままならなかったアイズのスピードに、刃は近付いているのだ。
無論、刃のステイタスは1たりとも上昇していない。アイズが刃に同情してスピードを緩めたなんてことがあるはずもない。
それなのにアイズのスピードに近付く術があるとすればそれはただ一つ。今まで幾度となく刃を救ってきた全集中の呼吸。そしてアイズと同レベルにまで動きを高めている秘密は、そのコントロールにあった。
今の刃は、普段常中で全身にめぐらせている酸素を足と目に集中させている。階位昇華は起こっていなくとも、霹靂一閃の雷のような速さには到達せずとも、刃のスピードはアイズのスピードにすら匹敵していた。
さらに、目に関わる全ての器官の能力を呼吸で底上げする事で、普通なら当たるまで視界の端に映る事すらないアイズの動きを微かにだが捉えている。体に当たる前に気配を感じるか視界に一瞬でも映れば後は刃の戦闘センスでどうとでもできる範囲内。
不可能を可能にする技。それが全集中の呼吸だ。
それから数秒の間に、何十もの攻防が行われる。アイズの突きを刃が刀で受け流し、刃の放つ地面スレスレの水平蹴りをアイズが躱し、そこからアイズが繰り出す剣と蹴りのコンボを刃が落ち着いて対処する。仕切り直しからここまでの戦いで両者が負ったダメージは共にゼロ。
だが数十回の攻防の中で、アイズは気付いていた。
(……動きからして強化されたのは足、敏捷だけ。他の部位は逆に弱くなってる)
アイズは仕切り直しから今まで、一歩引いて戦っていた。それは刃の全アビリティが自分に匹敵、もしくは凌駕している可能性があったからだ。敏捷が自分に追いつくほどの成長が他のステイタスにも反映していたとなれば、
それを見抜いたアイズは、一歩引いたところから、連撃で距離を一定に保つスタイルから、わざと攻撃を誘ってカウンターを狙うスタイルに戦闘をシフト。刀を振りかぶる刃に焦点を合わせてカウンターを狙う。
……そして、その構えを見た刃が、今まで全く見せなかった笑みを浮かべた。
「待ってたぜ!!この時を!!」
瞬間、これまでずっと白銀の色を保っていた刃の刀が蒼く輝き始める。確実に当てられると確信できる瞬間まで打たず、ここまで隠し続けてきた呼吸の剣技を発動させた。
【水の呼吸 壱ノ型】
「水面斬「そこまでだ!!!!」なっ!!?」
完全に技の発動まで仕掛けていた体を、急に背後から何かに羽交い締めされる。
「何をやっている貴様!!何故アイズを狙った!!!」
ギリギリ動かせる範囲で首と眼球を動かすと、刃を羽交い締めにしている緑髪のエルフが怒りで血管を浮き出しながら刃に激昂している。だが刃に反論をさせる気は無いのか、ギリギリと締める強さを上げていく。このまま絞められ続けたら落ちるのも時間の問題だ。
「おい待てリヴェリア」
そこに、対峙しているアイズを羽交い締めにしている狼人が助け舟を出した。
「ここに来るまでに聞いてた感じだと、そいつがアイズに特攻かけてたのも確かだが、襲われてた感じじゃなかった。寧ろ自分からも向かってった感じだ」
「……事実か、少年」
狼人の話を聞くと、緑髪のエルフ、リヴェリアは刃を解放した。一応刃に確認を取ってはいるが、狼人の言及でほとんど信じたようだ。
「……はい。といっても、俺の証言が信用されるのかは分かりませんが」
「ならば、起こった全容について教えてもらえるか。君の語れる範囲でいい。特に戦いの間、アイズがどの様な様子だったかを詳しく」
「それなら敵の疑いが晴れない俺に聞かずとも、そこにいるベルとかでいいんじゃ……」
「ベル……?もしや、そこで倒れている赤い少年のことか?」
リヴェリアが向く方向を刃も見ると、そこではミノタウロスの血を浴びて全身が真っ赤に染まって倒れているベルの姿があった。
……うん、ベル、もう少し強く生きてくれ。
──────────────
一応アイズがまた暴れだしたりしないようにという正論とアイズが面倒を起こした時の処理をベートに
「ベート、貴様ここがダンジョンだと分かっているんだろうな」
「上層に俺らが怯えることなんざねーよリヴェリア。つーかテメーの尋問が長すぎんだよ。ましてダンジョン潜ったあとなんだから誰だって眠くなるわ」
「人聞きの悪い言い方をするな。単なる事情聴取だ」
そう言って、リヴェリアは気持ちよさそうに寝ているアイズを起こさないようにおんぶして、同じように寝ているベルをおんぶしている刃の方を向いて言った。
「今回のことはアイズに話を聞いた後、私が主神ロキに説明しよう。二人の証言に齟齬がなければ君たちにはお咎めなしで終わらせてくれるはずだ」
「ありがとうございます。お手数かけて申し訳ございません…………え?には?」
背中に寒気が伝い、うっかり呼吸での止血を一瞬解いてしまう。
生前優等生のお手本のようで、周りにもそれほど大きな問題を起こす奴がいなかった刃は失念していた。生徒が他校の生徒や学外で起こした問題は、先生も何かしらの責任問題がついてまわると。
様々な文化の違いはあれど、その法則はここ、オラリオでも同じことらしい。何かあるとしてもどうせ自分で責任をとるだけだと思いこんでいた刃は、主神であるヘスティアに迷惑をかけることになるとは全く考えもしていなかった。
目に見えて狼狽える刃を見て、リヴェリアがフッと笑って言う。
「心配するな。ロキと神ヘスティアのちょっとした喧嘩の材料になるだけだ。どうせ会ったら喧嘩する二人なのだ。実質何も無いのと同じようなものだ。それに、事が事ゆえ、ロキも小突きあい程度で終わらせるだろう」
「そうですか……ありがとうございます」
そしてベートも含めた五人でダンジョンの階段を上がっていき、地上に出たところでここからはそれぞれの帰路につくこととなる。
「色々とご迷惑におかけしました。リヴェリアさん、ベートさん」
「なに、気にするな。特にベートは何もやっていないしな「んだとババァ!」ベート、後で覚えておけよ?」
ベートの死刑が決まった。
「ウチのアイズからも仕掛けたということなら私達が君を責めることはできん。詫びる必要は無いさ。それより、君はまずギルドに直行したまえ。出がらしの治癒魔法で細菌感染は防いだが、その額の傷はかなり深いぞ」
「そのつもりです。ついでにベルを洗わなきゃいけないんで」
「そうか。では、私達はここで失礼させてもらう」
「はい。お世話になりました」
そうして、刃達はギルドへ向かうため、リヴェリア達はホームへ戻るために真逆の道を歩き出す。そしてリヴェリアと刃がすれ違った瞬間、静かに言葉を交わした。
「──────────────ー」
「────────────」
そして、いつの間にかお互いの姿は見えなくなっていた。
「くっそ、戦闘終わったら急に傷が痛み始めてきやがった……」
額の傷を左手で押さえながら呟く刃。
(さっき言ってた通り傷はあくまで感染防止の薄皮張っただけだからな……。常中止めりゃ血がダラダラでこんなの一発で剥がれちまう)
更に、今の刃は無茶な呼吸の使い方でいつも以上に身体を酷使したせいで疲労もピークに達している。
「はぁ、はぁ、ベルが自分で歩いてくれたら、ちょっとは楽なんだけどな…………」
そんなことを呟いても、背中で失神しているベルはビクともしない。「こいつ気持ちよさそうに寝やがって……」と悪態をつきながら、ギルドへの最後の角を曲がる。
すると、昨日とエイナと同じように入口で掃き掃除をしているミィシャの姿を見つけた。それを見つけて、刃の足取りが少しだけ軽くなった。そして、ミィシャもまた満身創痍の刃達を見つけて、刃達の元へ駆け寄る。
「はぁ、ミィシャさん……良かった、手間が省ける……」
「ヤイバ君!?ベル君!?どうしたの一体!!?まさか、また深いところに潜ったんじゃ」
「はぁ、はぁ、詳しいことは、はぁ、後で、話しますから……後のことは、お任せします…………」
最低限のことだけ言い残して、刃はギルドの入口近くで倒れ伏し、長い眠りについた。
「えっ、ちょ!!?ヤイバ君!!ヤイバく──ん!!!!」
──────────────ー
「ロキ、入るぞ」
「おーうリヴェリアー。ええでー」
場所は変わって、ロキファミリアのホーム。
リヴェリアは事後報告に、自身の主神の部屋を訪れた。
「リヴェリアーお前も一杯どやー?」
許可を確認してリヴェリアが部屋に入ると、都市最強派閥の一角、《ロキ・ファミリア》主神などという肩書きを持っているとは思えないほど酩酊しているロキがそこにいた。
「ロキ。真面目に聞け。今日、ダンジョンで不可解なことがあった」
「おーうおもろい話かいなー!今度は何があったんやー?聞かせてーなー!!」
「アイズと《ヘスティア・ファミリア》の冒険者とで衝突が起こった」
「…………なんやて?」
先程までの泥酔いっぷりは消え去り、鋭い眼差しで言った。第一級冒険者をも凌ぐようなこの威圧感こそが、主神ロキの本来の姿とも言えよう。
「あのドチビ、なんて奴を眷属にしよったんや。ウチのアイズたんに襲いかかるような野蛮な命知らず、そうはおらんで」
「その点について、不可解なことがもう一つあるのだ」
自身の宿敵であるロリ巨乳の悪態をついていると、リヴェリアの話はまだ終わっていなかったようで、ロキはそっと押し黙った。
「アイズからもその冒険者に向かっていったらしい。これはベートの耳で聞き取った事実だ」
「なんやて!?アイズたんが?なんで?」
「……それについて話すべく来たのだ、ロキ」
はい、というわけで二話構成になったアイズとの邂逅編終了です!戦闘描写ムズいし誤解されないような言い回しを考えなきゃいけないし伏線散りばめるのも中々大変だし、そういうこと全部しながら早く書ける人ってスゲーなっていつも思います。
ちなみに、ベルが失神してた理由は最初の衝突の時の衝撃波に耐えられなかったせいですね。