――これは、幻想郷にスペルカードルールがまだなかった時代のお話。
妖怪退治屋を営む魔法使い、芳賀峰妖子(はがみねようこ)は思い詰めていた。
ある依頼で妖怪退治の際に手痛い一撃を受けてしまったからだ。
人間の魔法使いは遠距離攻撃が得意な分、懐に潜り込まれるとあっけないほど(もろ)い。
このままでは商売上がったりだと思った妖子は、考え抜いた末にある方法を導き出す。
しかしその方法を修得するには妖子一人では無理があった。
一るの望みをかけ、妖子は十年来の友人の元へ向かう。
行き先は幻想郷に唯一存在する神社。
そう、博麗神社――。

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この小説は、パイマン様作「東方先代録」の複次創作です。
pixiv小説に投稿した「余話の一・巫女から教わる格闘防御術。【リメイク】(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9257936)」とのマルチ投稿です。
難読漢字がありましたらお知らせ下さい。
適宜修正いたします。




巫女から教わる格闘防御術。

空を翔ける魔女

 

 真夏の幻想郷の空を、杖に座った若い魔女が飛んでいた。成人男性並みの背丈があるその女は、うっとうしそうに太陽を見上げる。白い長手袋に包まれた右手を黒い尖がり帽子のつばもとへ運ぶ。

 小麦色した無愛想な面立ちは、強い陽射しのせいではないようだ。視線を正面へ戻し、帽子を目深に被りなおす。

 白銀の長い髪とうなじ付近で結んだ青いリボンが風になびく。それは身にまとった半袖の黒い魔導服も同様だ。

 その魔法使い、芳賀峰妖子(はがみねようこ)は減速することなく幻想郷の空をかけてゆく。やがて眼下のとある建物を見つけると、頬を緩ませた。どうやら目的地に着いたようだ。表情を引き締めた彼女は、すぐさま博麗神社の入り口へと降下していった。

 

◆魔法使いの失敗

 

 夏の空が澄み渡る正午を過ぎたころ。わたしは十年来の友人に会うため、石段入り口の大きな鳥居の前に降り立った。

 参拝者を迎え入れる朱色の巨大な鳥居。ゆるやかな勾配の長い一直線の石段。その石段の周りに植えられた並木。いずれも普段と変わらない風景がわたしの前に広がっている。

 飛行のために乗っていた魔法の杖を小さくすると、腰のポーチへしまう。

 夏が暑いのは当たり前だ。しかし今日は暑いにも程がある。半袖の魔導服と通気性が良い長手袋を身につけているが、額から吹き出る汗は止まらない。額の汗を懐から取り出したハンカチで拭き取る。

 夏真っただ中の幻想郷は、さながら灼熱(しゃくねつ)地獄を体験できるかのようだ。

 わたしはハンカチを懐にしまい、石段の(いただき)を見上げる。境内の入り口を示す二の鳥居が小さく見えた。普段と変わらないはずの石段が今日はやけに長く感じられる。たぶん夏の太陽が容赦なく照り付けているせいなのだろう。

 わたしの予想通りなら、あいつは昼食後の鍛錬に励んでいるはずだ。

 正午をすぎた空の下、目の前にそびえる一の鳥居へ拝礼してから潜り、長い石段を一段ずつ踏み進んで行く。石段の左右に植えられた木々の深緑な葉が視界へと入る。暑さを忘れさせる気になるが、そんなことはない。否応なく聞こえてくる蝉時雨(せみしぐれ)が体感温度を上昇させているからだ。

 容赦のない陽射しをうっとうしく思い、帽子を目深に被り直す。あまりの暑さに自他ともに認める無愛想な顔をしかめ、わたしは先を急ぐことにした。

 空を飛んで境内に直行すれば、こんな暑い思いをしなくて済む。だが、火急の用件がない限りそんなことはしない。子供のころお世話になった、今は亡き先代の巫女様に対して失礼だと考えているからだ。

 太陽が灼熱の陽光をまき散らす。長い石段を上りつつ、わたしは五日前のことを思い返していた。

 

 ある依頼での妖怪退治の際、手痛い一撃を受けて危うく落命しかけたのだ。だが、〈身代わり人形〉という魔法具のおかげで命拾いをした。

 〈身代わり人形〉とは、初期設定で持ち主の霊波を登録すれば、死の直前に文字通り身代わりとなる消費型の魔法具だ。

 大の字に似た形で大きさは手のひらサイズ。小さな見てくれに見合わず、発動には膨大な魔力が必要だ。なので三日かけて魔力を充填しなければならなかった。それだけ高性能な超高級品だ。……いや、「だった」に訂正する。

 霧雨が営む〈霧雨道具店〉で、用心のために半年の分割払いで買ったんだが、一週間もしない内に消費してしまった。命あっての物種との言葉があるが、魔力を充填して早々に使う羽目になるとは……。

 再び入手しようにも、わたしの家計は火の車。新しい魔法の開発や研究費、魔法理論の資料集めなど何かと金がかかる。「生活費を切り詰めれば何とかなるだろう」と思ってどうにか買えたんだが、すべて水の泡になってしまった。

 わたしの経験から言えば、魔法使いは儲からない職業だ。断言してもいい。

 ……今回の件は、わたしの甘さと油断で招いたことだ。明らかにわたしが悪い。身から出た錆ってやつだ。とはいえ、あの魔法具はもったいなかったな……。

 

 世の無情さに思いを馳せたところで長い石段が終わる。境内の入り口を示す大きな二の鳥居に辿り着いた。ここまで来るあいだ、暑さのせいで喉は干からびたようにカラカラだ。

 わたしの視界にいつも通りの景色が入り込む。

 (おごそ)かでもなく質素でもない本殿。神聖さが滲み出る注連縄(しめなわ)。長い年月がたっているであろう色あせた鈴緒のついた鈴。めったにお金が入らない古い賽銭箱。神社と時をともにしたと思われる石灯篭(いしどうろう)

 この神社は何かも昔と変わっていない。唯一変わったのは十年以上も前に、住人である巫女が代替わりしたぐらいだ。

 変り映えしない神社を見渡していると、わたしの予想は的中した。わたしから十メートルほど離れた本殿近く。石畳の敷かれた参道脇で鍛錬に励むこの神社の巫女、博麗の姿があった。その姿を視界に捉えたわたしは、無意識に頬がゆるみ「思った通りだ」と心の中でつぶやく。

 わたしの背は男並みに高い。だが博麗はわたしの背を上回っているので、おそらく幻想郷の中で群を抜いているはずだ。

 格闘術に詳しい方じゃないが、彼女は型稽古を行っているようだ。

 端正な顔を仏頂面にしているが、瞳は真剣そのもの。数多くの傷跡が走る鍛え抜かれた身体は赤い巫女装束に包まれ、なにかしらの技を流れるように出すたび腰まで伸ばした黒髪が舞い踊る。

 繰り出される左右の正拳突き。身をひるがえしての回し蹴り。後ろを向いた状態で背中による打撃。

 そのどれもが強烈ながらも、技と技の合間に優美さがあり、さながら舞のように思える。わたしはしばしのあいだ博麗に見入っていた。

 あの頑健な身体は、そのほとんどが武器に相当するはずだ。同情するわけじゃないが、こいつに退治される妖怪は災難だな。

 そんなことを考えつつ、わたしは一礼したのち、鳥居を潜る。

 

「この暑いなか、精が出るな」

 鍛錬中の博麗に声をかけ、左側の手水舎(てみずや)へ向かう。万年小麦色の肌を焼く陽射しから逃れるように、わたしは軒深(のきぶか)い屋根の下に潜り込んだ。

 屋根が陽射しを遮るのに加え、竜の像の口から流れる水を目にして納涼感が増す。石でできた水槽には水があふれ返っており、今にも頭を突っ込みたくなる。さすがにそんな行動を取れば罰があたるだろう。

「妖子か……」

 鍛錬に没頭してたのか、博麗は今頃になってわたしの存在に気付いたようだ。あのまま黙っていれば、いつまでも鍛錬を続けていただろう。そうなると、こいつへ相談しに来たわたしが困るんだが。

 鍛錬を中断して元の姿勢に戻しているが、あれだけ動いておきながら汗一つかいていない。額に汗水浮かべながら石段を上って来たわたしとは偉い違いだ。

「何か用か?」

 手水舎で口をすすごうとしているわたしに、口数少なく問いかける。

 こいつは、わたしがお喋りに見えるくらいの無口っぷりだ。ときおり的を射た発言や、訳のわからない一言を発するが、博麗以上に寡黙な者をわたしは知らない。

「ちょっと……な」

 軽く答えたわたしは、手順通りの作法で柄杓(ひしゃく)に水をくむ。そして左手へ注いで口に含んだ。さっきまで渇いていた口内に潤いが戻る。味はないが涼を取るには十分だ。

 このまま飲み込んで喉の渇きも潤したいが、手水は清めるための水だ。左手で口を覆うように隠し、水を吐き出す。つづいて左手に手水をかけて清める。その後、手順通りの作法で柄杓を置き、あらためて博麗に向き直った。

「とりあえず水をくれないか? 喉が渇いて仕方がない」

 そう言い終えると、わたしは石畳の参道を歩き始める。中央は神様の通り道なので参道の端を歩くのが作法だ。……と言っても、幻想郷には数多くの神が実在する。実際この作法は無意味かもしれない。

 そもそもこの神社がどんな神様を(まつ)っているのかわからないし、神社の巫女たる博麗も詳しくは知らないらしい。こいつが言うには「気にしたら負け」なんだそうだ。なんのこっちゃ。

 博麗は表情ひとつ変えず、神社の母屋へ上がるよう視線で促した。相変わらず無口で仏頂面だが、その顔は嫌いじゃない。

 無愛想な面構えのわたしが例えるのもなんだが、こいつは顔面の筋肉まで鍛えてるんじゃないかと思えるくらい鉄面皮だ。――が、案外そうでもない。笑うときは笑うし、怒るときは怒る。

 ただ喜怒哀楽の表現が乏しいだけで、内なる闘志は誰よりも熱い。――と思う。……炎天下で顔色ひとつ崩さないこいつを見ていると、断言する自信がぐらついてきた。

 

◆博麗の巫女

 

 母屋の居間に移ったわたし達は、ちゃぶ台を挟んで座っていた。口を開くわたしに博麗が頷く様は、傍から見れば色気の欠片もない光景だろう。

 居間の広さは八畳分。その割にちゃぶ台以外の目ぼしい家具は、茶箪笥(ちゃだんす)とその上にある置時計ぐらいで、必要最低限の物しか置いていない。ここの住人が家具に関して無頓着であるかがうかがえる。とはいえ、炎天下の外と違って陽射しがまともに当たらない分、別世界のように涼しいし、縁側から聞こえる風鈴の軽やかな音色が心地いい。

 ちゃぶ台の上に博麗が用意してくれた湯飲みが二つ置かれており、注がれているのは〈博麗神社特製霊力水〉だ。子供のころから愛飲しているわたしにとっては馴染み深い。

 十年以上付き合えば、お互いの気持ちがなんとなくわかってくる。例えば今日のように暑い日なら、何も言わずに霊力水を出してくれる博麗に対し、わたしは黙ったまま魔法で冷やすのが当たり前の光景だ。

「腹に一撃食らってな。死ぬかと思った」

 わたしが経験した五日前の話を、博麗は相変わらず仏頂面のまま聞いている。まあ、いつものことだ。

 初めて会ったときは、この仏頂面に「人の話を聞いてるのか?」と最悪の印象を持った覚えがある。たぶん博麗も無愛想なわたしの顔を快く思わなかったはずだ。

 十年以上たった今では、わずかな表情の変化から心情を推察できるまでに至った。対面に座り、わたしの話を聞いてうなずく博麗も同様なのだろう。今のわたしはこいつの仏頂面が嫌いじゃないし、こいつもわたしの無愛想な表情を気にする様子はない。

 わたしにとって博麗は、仕事仲間であると同時に数少ない友人の一人だ。

「それで?」

 わたしの話を聞いていた博麗は簡素に聞き返す。仏頂面とは裏腹に目を輝かせているので、どうやら興味を示しているらしい。こいつが饒舌(じょうぜつ)になったら、きっと天変地異が起こる。

「身代わり人形の見返りに重撃魔砲をぶっ放してやった」

 そう答え、わたしは湯飲みを再び口元に運ぶ。無色無味無香の霊力水は喉の渇きをじゅうぶん潤わせていたが、残っている分を飲み干した。昔から飲んでいるからか、全く飽きが来ない。

「そこで博麗に相談がある」

 空の湯飲みをちゃぶ台に置き、本題を切り出した。博麗が無言で頷く。

「肉弾戦が苦手なわたしでも習得できる防御術はないか?」

 自分の未熟さを痛感したわたしはあの日以来、深く考え続けていた。

 たしかに〈身代わり人形〉のおかげで命拾いしたが、残ったのはその魔法具の分割払いだけ。しかもわたしの懐事情では再入手は困難だ。仮に入手できたとしても、〈身代わり人形〉の所持から来る油断が原因で同じことを繰り返すかもしれない。どう考えても悪循環だ。

 【魔法具に依存しない防御手段の確立】

 考えに考え抜いた末に至った結論がこれだった。

 肉弾戦を避ける手立てはある。接近する敵を〈光針魔法〉で波状攻撃し、近づかれたら〈旋風魔法〉で追い返す。

 一定距離を保つ防衛手段は、魔法使いにとって極めて基本的な戦術だ。逆に言えば、懐に潜り込まれると呆気ないほど(もろ)い。この対策を突き詰めて導き出したわたしの結論だ。

 これを実践するには、魔法具に頼らない防御術を身につける必要がある。情けない話だが、わたしは魔法に関すること以外、ほとんど取りえがない。さまざまな格闘術に精通しているであろう博麗なら、非力なわたしでも身につく防御術を知っているかもしれない。

 一縷(いちる)の望みをかけて博麗に会いに来た理由がそれだった。

「魔法具があるじゃないか」

「しょせんは道具だ。魔力がなくなれば役に立たない」

 博麗の意見をわたしは容易く切り捨てた。

 魔法具にも物理攻撃を防ぐ物はある。結界を張る物、衝撃を吸収する物など種類は様々だ。しかし魔法具ゆえに魔力を供給する必要がある。供給する方法は二種類。使用時に魔力を与える常給タイプと、あらかじめ魔力を溜め込んだ備蓄タイプだ。

 常給タイプは強力な物が多い分、使用時間が持ち主の魔力保有量に依存する弱点がある。魔力が枯渇したり封じられたりした魔法使いにとって命取りになりかねない。

 備蓄タイプは手軽な物が多い中、欠点として備蓄した魔力に限りがある。備蓄した魔力が底を尽けば常給タイプと同様だ。

 以上の点を簡潔に説明すると、博麗は数多くの傷跡が残る指を顎に添え、しばらくのあいだ黙考する。

 指に限らず全身の数多くの傷跡は、そのほとんどが修行で負った傷だと聞く。良く見ればわかるが、その手と指は所々どこかいびつであり、同じ女のわたしと比べて柔らかさがない。

 だが、わたしは知っている。

 そのいびつな手は幾多の妖怪を倒し、倒した敵以上の者達が救われた事実を。こいつの無骨な硬い手は、力なき者に幸をもたらす温かい手だと。

 わたしがそのような回想をしてると、博麗は何か結論に至ったのか、すっくと立ち上がった。

「外へ出よう」

 ……今なんて言った?

 正午をとっくに過ぎた夏の空の下に誘っているとしか聞こえなかったぞ! そこにある置時計を見てないのか? どう見ても一時半を過ぎてるじゃないか!

 うだるような暑さは既に佳境を迎えている時間だと誰にでもわかるはずだ。こいつは何を考えているんだ?

「くそ暑い炎天下にか? 何をひらめいたんだ?」

 外に出るよう促す博麗に、わたしは眉根を詰めて返す。顔をしかめていると博麗は肩越しに振り返り、わずかながら口元を吊り上げていた。

「行けばわかる」

 付き合いが長いと、お互いが持つ悪癖の前兆というか予兆が漠然とわかる場合がある。わたしの経験上、こいつの含み笑いは大抵ロクでもないことを思いついた証だ。何をする気かわからんが、博麗なりの考えがあっての事だろう。

 半ば強引に自分を納得させたわたしは、仕方なく傍らへ置いていた帽子を手に取った。

 

◆魔女と巫女

 

 博麗に連れられ、境内の参道脇へ移動したわたしは参っていた。それもそのはず、午後の陽射しはますます強くなり、真夏日にふさわしい暑さとなっていたからだ。おそらく屋根瓦は陽炎(かげろう)が揺らめいているに違いない。半袖の魔導服とはいえ、この暑さはさすがに(こた)える。

 参道脇は日陰がないので陽射しにさらされ放題。陽射しにさらすものは布団と洗濯物と干物ぐらいで十分だ。わたしはそのいずれかでもない。

 その容赦のなさに思わず顔をしかめ、うちわ代わりの帽子で涼を取る。だが、こんな微々たる風では、火の妖精相手に火炎魔法で対処するようなもんだ。

 わたしと向かい合うこの巫女は、暑さなど大して気にしていないのか、相変わらず仏頂面を崩していない。夏と冬を迎えるたび思うんだが、こいつに温度感覚はあるんだろうか?

 この炎天下のなか、博麗は何をする気なのか皆目見当がつかない。黙ったまま仁王立ちしている博麗に対し、いいかげん腹に据えかねて問いただそうと思ったその矢先、わたしは出ばなをくじかれた。

「今から妖子にもできる防御術を教える」

 博麗の言葉を聞いて呆気に取られる。わたしはうちわ代わりにしている帽子の動きを止めた。暑さとこいつの意図が判断できない苛立ちのせいで、思考がまともに働かない。

 ……今から、妖子にも、できる、防御術を、教える、と博麗は言った。

 待て待て、じゃあ何か? いきなり実践を交えながら覚えろと? 思いついたら即行動と言うが、いくらなんでも早すぎやしないか!?

 こいつが冗談を言うとは思えない。それを裏付けるように真剣なまなざしでわたしを見詰めている。こいつは本気だ。

 稽古をつけるならつけるとなぜ言わな――。

 ……こいつが肉体言語主体だということを失念していた……。

 外に出るよう促した博麗の意図を理解し、わたしは引き締めた表情で帽子を被る。だが、このまま受け入れるのは少し(しゃく)だ。

「そうならそうと先に言え」

 わたしの文句を、博麗は相変わらずの仏頂面で聞いている。華麗に受け流したともとれるが。

 夏の午後、うだるような暑さに耐えながら博麗の防御術訓練が始まる。

 参道脇でいい歳をした若い女二人が向かい合って防御術の稽古。傍から見れば、仏頂面の巫女と無愛想な魔女が睨みあいをしていると思うだろう。なんとも華のない光景だ。もっとも、わたしなんかに華など似合いやしないことは自覚している。

「右腕を前へ出し、水平に保つ」

「こうか?」

 右腕を突き出す博麗にならい、わたしも右腕を前へ出す。ここまでは何の変哲もない動作だ。

「肘を垂直に曲げ、天を指す」

 その動作をまね、わたしも人差し指を夏の空へ向ける。太陽が照りつける様をうっとうしく思うが、そうは言っていられない。今は稽古に集中しなくては。

「左手を右肘に添え、力を込める」

「ようするにつかむんだな?」

 右肘に手を添える動作にならい、左手で右肘をつかむ。素人のわたしでも、だんだんと格闘防御術らしい格好になってきているのがわかる。

「右側からの衝撃に備えるように足腰を踏ん張れば、この構えは完成だ」

 指示に従い、博麗と同じく右足を中心に踏みしめ、力を込める。

 右肘押さえて空を指差す独特な構えが完成した。――が、あらためて考えてみると、この姿勢は異様な気がする。とはいえ、生身で妖怪と渡り合えるこいつのことだ。非力なわたしでもできる防御術と言うのだから、それなりの根拠があるに違いない。

 肘鉄という技があるが、肘を直角にすることがポイントと考えれば納得できる。

「なるほど……。博麗の言う通りにしてみたが、どこかおかしいところはないか?」

 わたしの言葉を受けた博麗は元の姿勢に戻し、ゆっくりとわたしへ向かって歩みだす。頑健な身体を寄せてくると、女にしてはやたらと高い上背だとあらためて感じる。こんなに近くでこいつを見るのは久しぶりだ。そんなことを考えていると、博麗の傷跡だらけの手がわたしに伸びてきた。

 天を指差す右腕の角度。肘をつかむ左手の力加減。それを支える左腕の角度。踏みしめる両足の幅と両膝の角度。

 その他、こと細かくわたしの取っている構えを微調整していく。その間まったく声は出さず、黙々とわたしの構えを修正する。その様子は、防御手段を全身全霊で教えてくれているように感じた。

 そんな博麗に対して無愛想な顔で教えを受けるのは失礼だ。普段なら午後の修行に励んでいるはずだが、今はこうして稽古をつけてくれている。自己鍛錬に注ぐ時間をわざわざ割いてくれたのだから、わたしも真剣に覚えなければならない。

 お互いに黙したまま会話らしい会話もなく、神社の境内は蝉時雨だけが響いていた。やがて、わたしの取っている構えを修正し終えた博麗が三歩ほど後ずさる。いろいろと直されたが、どうやらこの姿勢が完成型らしい。

 ふむ、いかにも格闘防御っぽい構えじゃないか? でも、なんで空を指差す必要があるのか不明なんだが。

「いいな?」

 微調整された構えを隅々まで確認しているわたしに、巫女の声が飛び込む。

「え?」

 博麗へ視線を戻した次の瞬間、わたしの目に赤い旋風が映る。その直後、わたしの意識はわずかに途切れた。

 

◆二人はストイック

 

 いったい何が起こったんだ!?

 気づけば、わたしは大量の砂ぼこりが舞う石畳の参道に横たわっていた。身体の左側がやけに痛い。乾いた石畳の熱さが魔導服越しに伝わる。

 わたしが転倒したことはわかった。問題なのは、なぜ参道に転がっているかだ。状況を確認しようにも、視界は朝方の濃霧のような砂ぼこりに遮られている。これでは確認のしようがない。

 やがてたち込める砂ぼこりがおさまると、わたしは博麗の姿を視界に捉えた。相変わらずの仏頂面だが、その姿勢に違和感を覚える。

 こいつ、なんで片足が上がってるんだ? なんでわたしの帽子がこいつのそばに落ちている? そもそも、なんでこいつはわたしから離れている?

 状況が一変したせいか、暑さを忘れるほど混乱していた。わたしの身に何が起こったのか? 砂ぼこりがおさまった周りの状況から分析してみる。

 こいつとの距離は約二メートル。石畳に横たわるわたし。舞い上がっていた砂ぼこり。左半身に残るいたみ。わたしの帽子が落ちている場所。片足が上がったこいつの姿勢。意識が途切れる直前に見た赤い旋風。

 ……赤い旋風には見覚えがあった。

 

 いつだったか、博麗の妖怪退治に同行した際、衝撃波のような回し蹴りを見たことがある。わたしの目では追いつけないほど早い回し蹴りは、身にまとった巫女装束も相まって、赤い旋風のように錯覚してしまった。境内で見た型稽古の回し蹴りとは比ぶるべくもない。

 

 これらの情報をまとめると――。

 ……わたしはこいつに蹴り飛ばされたのか?

 あの強烈な回し蹴りをわたしに放ったのか!? 教わった構えを取らなかったら大けが通り越して再起不能ものだ!

 回し蹴りを放った姿勢のまま博麗が尋ねる。

「どうだ?」

 どうだ、だと?

「人を蹴り飛ばしておいてどうだもこうだもあるか!」

 わたしは上半身を起こし、あらん限りの声を張り上げた。体感させる気なら一言あって(しか)るべきだ。「いいな?」では断りにもなりゃしない。

 正した姿勢で帽子を拾い上げた博麗は、持ち主であるわたしに歩み寄る。そばまで近づいたのち、そっと帽子を差し出す。

「ダメージはないはずだが……」

 そばに寄った博麗を見上げると、同じ女のはずなのに雄々しく見える。腰を抜かした訳じゃないが、いまだに立ち上がれない。

 暑さによる苛立ちと、蹴り飛ばされた怒りで頭に血が上っていた。冷静さなど欠片もない。そうでなければ、こいつがわたしを見下しているように見えるわけがない。

 怒りに呑まれたわたしは、腹の底から熱い何かが沸きあがるのを感じ、そして爆ぜた。

「ふざけるな! 防御した腕より転倒した時のダメージが大きかった! それよりも試すなら試すとなぜ先に言わない!? だいたいお前は口数が足りなさすぎだ!!」

 差し出された帽子をふんだくり、わたしは沸き上がる感情のまま博麗に向かってまくし立てた。ひとしきり言い終え、帽子を被って立ち上がる。魔導服がほこりだらけなので両手で叩き払う。だが、払っても払ってもほこりは無尽蔵に吹き出てくるばかりだ。

 大切な一張羅(いっちょうら)が台無しじゃないか!

 心中で悪態をついていると、無言で見つめる博麗の視線を感じ、わたしは我に返った。

 博麗の目に反射しているわたしの顔は、普段の無愛想な表情に輪をかけて鬼のような形相だ。血がのぼっていたとはいえ、数少ない友人にひどい言葉を浴びせてしまった。後悔の念が波のように押し寄せる。

 感情のまま(ののし)ったわたしを、こいつはどう思っているのだろう? 相談を持ちかけたのはわたしなのに。博麗は自己鍛錬の時間を割いてくれたのに。

 博麗の表情には微塵も変化がないので心中を推測できない。こいつがわたしを見下す訳がないのはわかっていたはずだ。幻滅されても軽蔑されても文句を言う権利など、わたしにはない。わたしが博麗に取った態度は、癇癪(かんしゃく)を起こした子供と大して変わらないのだ。

 あらためて博麗の目を見ると、自己嫌悪に陥り、ふさぎ込んだわたしが映っていた。

 いい歳をした大人が……。なんて体たらくだ!

 そのように自分を卑下していると、実直な博麗のまなざしが罪悪感を増大させる。それに耐えかねたわたしは視線を逸らすしかなかった。

 このままで良いわけがない。今すぐ頭を下げなければ筋が通らないし、取り返しがつかなくなる。

 意を決したわたしは咳払いしたのち、博麗の目を真っすぐ見据えた。

「……少し言い過ぎた。わたしから相談しておいてこんな態度ではな……。お前の気持ちも考えずにすまなかった」

 謝罪の言葉とともに深々と頭を下げると、石畳に立つ博麗の緋袴(ひばかま)が映った。そんなわたしに「そんなことはない……」と返す博麗の声が蝉時雨とともに聞こえてくる。頭を下げた状態なのでわからないが、静かに首を横へふる姿が思い浮かぶ。

 頭を上げると、変わらない表情の博麗が目に入る。その瞳はこいつの心情を表すように、わずかながら揺れ動いていた。きっと、怒鳴ったり自己嫌悪したり頭を下げたりしたわたしの態度に困惑しているのだろう。無理もない。

 夏の空の下、境内に立つわたし達は、言葉を交わすことなく黙り込むしかなかった。

 

「少しずつ強くなってゆく。それがいいんだ」

 蝉時雨のなか、ふと博麗の口からそんな言葉が漏れた。

 わたしは息を飲む。日々の努力を怠ることのない者が言える言葉であり、その体現者たるこいつだからこそ口にできるセリフだ。

 「幼い頃から修行に明け暮れていた」、と語っていた博麗が言うのだから納得できる。その証が四肢を含めた身体中に走る数多くの傷跡なのだろう。

 ……五日前の一件以来、無自覚にわたしは焦っていたのかもしれない。

「……そうだな。魔法も格闘術も一朝一夕で身につくものじゃあないし、わたしは修行中の半人前だ。身体張って教えてくれるお前に文句を言うのは筋違いだしな。そもそも肉体言語主体のお前だ。言葉足らずがちょうどいい」

 博麗と道は違えど、わたしも魔法使いとして、ひたすら努力を積み重ねてきた自覚がある。だから博麗の言葉の意味が理解できるし重みもわかった。

 ――「地道に積み重ねてきた努力は自分を裏切らない」

 わたしには、博麗の言葉がそのように受け取れた。

 わたしの経験に基づく持論なんだが、どんな目標でも焦りは身の破滅を招く。今でこそ数多くの魔導書を読み漁り、独自の魔法理論を作成するまでに至たるわたしでも、焦って失敗したことが何度もあった。

 予備知識もなしに魔導書を読んで失明しかけたことがある。野宿同然で魔法の森に赴き、瘴気(しょうき)を吸いすぎて死にかけたこともあった。

 目標の到達にあせり、魔法の“魔”の字も理解していなかった時期の苦い経験。また同じ過ちを繰り返すところだった。わたしもまだまだだな……。

 博麗の蹴りは、わたしが焦っていることを見抜き、それに対して「目を覚ませ」という想いが込められていたのかもしれない。それが事実だとすれば、なんともこいつらしい方法だな。

 何はともあれ、こいつの言葉に救われたことはたしかだ。だから素直に受け入れよう。

 仏頂面で仁王像のように立ち続ける博麗に軽く頭を下げると、わたしは教わった構えについて考えを深める。

 赤い旋風と見紛う強力な回し蹴りだったが、こいつの言う通り、構えを取った右腕にダメージはなかった。事前に「今から蹴る」と一言あれば、吹っ飛ばされずに済んだかもしれない。そう考えたとき、あの赤い旋風がわたしの脳裏によみがえった。

 汗が頬を伝う感触を覚えるが、この暑さでは普通の汗だか冷や汗だか判断に迷う。……たぶん冷や汗なのだろう。

「さっきの蹴りだが博麗の言う通り、防御した腕は痛みを感じなかった。左を防御するときは構えを反対にすればいいのか?」

 博麗直伝の構えを、今度は逆に構えて確認してみた。曲げた左腕で空を指差し、左肘つかむわたしの姿を見た博麗は強く頷いている。どうやら正解のようだ。

「大事なのはタイミングだ。わたしは妖子の構えを狙ったが、実戦では(きざ)しを読まなければならない」

 わたしに教えた構えを右に左に、時に両腕を交差し、身ぶりを交えながら博麗は説明する。構えを取る動作は非常に素早く、仕事仲間のわたしから見れば、複数の見えない敵と戦っているように思えた。

「つまり、どこを狙う攻撃か、瞬時に判断して構える必要があるわけか……」

 博麗と同じく構えを右に左に変えながら、わたしは思考を巡らせた。

 単独で妖怪退治に挑む魔法使いなら敵の行動を先読みし、呪文を詠唱することが前提となる。その先読みをこの防御術に応用すれば、とっさの判断で対応できるはずだ。これをものにすれば魔法具に供給する魔力を魔法へ回し、攻撃する割合が高くなるだろう。

 この構えで敵の攻撃を防御し、魔法で反撃に転じる自分自身をイメージしてみる。

 ……ワクワクするじゃないか!

 目標に向けて一歩前進する実感を得たわたしは、否が応にも胸の高鳴りを抑えられずにいた。

「博麗、稽古を続けてくれないか? 一朝一夕では身につかないが、『理解して実践し、反復する』との言葉がある。この言葉に勝る近道はないからな」

 博麗の目に映っているわたしは、嬉々とした表情で目を輝かせていた。自分で例えるのもなんだが、怒鳴り散らした鬼のような形相と、自己嫌悪に陥ったふさぎがちな顔とはまるで別人だ。

「もちろんだ」

 活き活きとした表情のわたしに触発されたのか、博麗は右手で拳を作り、胸元辺りで左の掌へ勢い良く叩き込む。いつもの仏頂面にわずかながらも笑顔を滲ませ、快諾の意思を表していた。こいつほど頼もしい格闘術の先生は、そういないだろう。

 さあ、稽古の再開だ。――と、その前に大事なことを言い忘れていた。

「博麗。一つだけ頼みがある」

 わたしは顔前に人差し指を立てた。博麗は小首を傾げて待っている。

「打撃を出すとき、予告なり合図なり事前に知らせてくれ。大切な一張羅をこれ以上よごしたくないからな」

 

 夏真っ只中にある幻想郷の空の下、わたし達は博麗神社の境内で稽古に打ち込んでゆく。午後の強い陽光は容赦なく大地を照らし、灼熱の様相を呈していた。だが、夏の暑さなどさしたる問題じゃあない。

 わたし達の間にある絆は、他の何よりもアツいのだから。

 

◆余談

 

「ところで、この防御術はどこで覚えたんだ?」

「ザ・ガンバル○ン」

「……は?」

「他にもフン○ルマンがあっ――」

「もういい。何を言ってるのかわからん。聞いたわたしがバカだった……」




※「少しずつ強くなってゆく。それがいいんだ」
元ネタ[ストリートファイターⅢ] リュウ勝利メッセージより。

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