ペニスは勃起した。必ず、かの無知蒙昧の王を除かねばならぬと決意した。ペニスには純愛がわからぬ。ペニスは、NTR好きである。純愛を、NTRに至るためのオードブルと考えている。けれども棲み分けに関しては、人一倍に敏感であった。


『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも掲載しています。

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寝取れペニス

 ペニスは勃起した。必ず、かの無知蒙昧の王を除かねばならぬと決意した。ペニスには純愛がわからぬ。ペニスは、NTR好きである。純愛を、NTRに至るためのオードブルと考えている。けれども棲み分けに関しては、人一倍に敏感であった。きょう未明、ペニスは愛媛を出発し、岡山から新幹線にのりついで、840㎞離れた此の秋葉原の市にやってきた。ペニスには、特定の二次元の嫁がいない。みんな寝取られてしまうからである。ひとつ年下の、内気な幼馴染と二人暮しだ。結婚式も間近かなのである。にもかかわらず、かれの生涯を決定づけた伝説のNTRゲー『ディア・プリンセス』が満を持してリメイクされるとの報せを受け、彼女との式場選びの約束もやぶり、90年代のオタクのようにはるばるじかに秋葉原へと求めにやって来たのだ。先ず、まんだらけでぶじ購って、それから自販機のおでん缶を片手に、ホコ天をぶらぶらした。ペニスには竹馬の友があった。ヨヨヌンティウスである。今は此の秋葉原の市で、NTRを布教するyoutuberをしている。ヨヨヌンティウスは、つねづね、NTRとはヒロインの心の隙や人としてのどうしようもない弱さにスポットが当てられることが肝要なのだと説いている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、「最近のNTRは、ヒロインが間男とセックスしとけばNTRになると勘違いしてやがる」などとNTR談議に花を咲かせるのが楽しみである。歩いているうちにペニスは、まちの様子を怪しく思った。ひっそりしている。2008年からコスプレが規制されたことで、カメコもいないのは当然だが、けれども、なんだか、万世橋警察署のせいばかりでなく、市全体が、やけに寂しい。のんきなペニスも、だんだん不安になって来た。路で逢ったチェックシャツを着てオープンフィンガーの手袋にバンダナの若者をつかまえて、何かあったのか、二年まえのコミケ帰りに此の市に来たときは、夜でも皆が由浦カズヤの本を毛沢東語録のように掲げて、まちは賑やかであった筈だが、と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。しばらく歩いて艦これの翔鶴のTシャツの老爺に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。老爺は答えなかった。ペニスは老爺の身体を両手でゆすぶって、『もう提督の側に戻れない』の1と2をもって家へ押しかけるぞと脅した。老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。

 

「王は、NTRを排除します。」

 

「なぜ排除するのだ。」

 

「不愉快だからというのです。ご自分の嫁が汚っさんに寝取られるのが我慢ならないと。」

 

「それでここ最近pixivにもNTR絵が少なくなっていたのか。」

 

「はい、最初は艦これのNTRを。それから、アイマスのNTRを。それから、FGO、とくにマシュのNTRを。それから、一次創作もふくめたすべてのNTRを。ついでに、知るかバカうどん先生を。」

 

「おどろいた。王は純愛厨か。」

 

「いいえ、純愛厨ではございませぬ。NTR好きが、理解できぬ、というのです。このごろは、ニコニコ動画の公式配信のアニメで、ヒロインが主人公以外の男と話をしただけのシーンで“NTR”とコメントした視聴者を特定して磔にせよと申されます。きょうは、六人殺されました。」

 

 聞いて、ペニスはムスコともども激怒した。「呆れた王だ。生かしておけぬ。」

 

 ペニスは、単純な男であった。買い物を、背負ったままで、のそのそ王城にはいって行った。たちまち彼は、巡邏の警吏に捕縛された。リュックを調べられて、ペニスの懐中から『ディア・プリンセス』のリメイクが出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。ペニスは、王の前に引き出された。

 

「これでなにをするつもりであったか、言え!」暴君ネトリスは静かに、けれども威厳を以て問いつめた。その王の顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。

 

「アルフレッドという恋人がありながら、ルートヴィヒに身も心も捧げるリファーナを見て、抜くのだ。」

 

「それは楽しいのか?」王は、憫笑した。「仕方の無いやつじゃ。おまえには、わしの心痛がわからぬ。」

 

「言うな!」とペニスは、いきり立って反駁した。「人の性的嗜好に干渉するなど、最も恥ずべき悪徳だ。嫌なら見なければよいのだ。」

 

「規制するのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。のんびりツイッターを眺めていたら、見たくもないのに、TLに推しのNTR絵が流れてきて、不意打ちをくらったわしの気持ちがわかるか。」暴君は落着いて呟き、ほっと溜息をついた。「一時期、ただネットを見ているだけで、『夏のオトシゴ』の広告バナーをいやというほど見せつけられた。わしだって、平和を望んでいるのだが。」

 

「なんの為の平和だ。自分だけが気持ち良ければいいのか。」こんどはペニスが憫笑した。「罪のないNTRを禁止にして、何が平和だ。」

 

「黙れ、NTR厨。」王は、さっと顔を挙げて報いた。「わしが好きになったアニメがあると、かならずイナゴどもがNTR絵を描いて、嬉々としてツイッターに載せる。そして、おまえたちNTR厨は、NTRこそがリアリティのある大人の恋愛だ、純愛はガキの都合のよい妄想だと、バカにして回るのだ。NTR厨をかたっぱしから磔にしていけば、世の中もすこしはきれいになる。そうは思わんか。」

 

「ああ、王は悧巧だ。自惚れているがよい。私は、ちゃんと棲み分けを心掛けているのに。押しつけなど決してしない。ただ、――」と言いかけて、ペニスは足もとに視線を落し瞬時ためらい、「ただ、私に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えて下さい。三日後、懇意にしている作家が、私の今期の嫁のNTR本をだすのです。それを手に入れたなら、私は必ず、ここへ帰って来ます。」

 

「ばかな。」と暴君は、嗄れた声で低く笑った。「推しが寝取られて抜けるというのか。」

 

「そうです。抜けるのです。」ペニスは必死で言い張った。「NTRは、いわばギャップ萌えです。寝取られる筈の無い女が寝取られてしまう、その落差、その過程、その心理描写に、心ひかれるのです。原作において、貞淑なヒロインと、公明正大な主人公、これ以上ないほどのお似合いの、このまま幸福に暮すべきカップルが、私の敬愛する先生の手にかかれば、ほんのささいな行き違いから、ヒロインの心に隙間ができ、そこに巧妙に間男がつけこんで、主人公以外の男と肉体関係をもつなど考えられなかった彼女が、一度きりだからと、情事に及んでしまう、しかしそれから主人公に抱かれてもなぜか満たされず、気がつけば主人公に間男を重ねてしまっている、そんな自己嫌悪にさいなまれながらも、愛する人と結ばれて幸せなのだと自分に言い聞かせる日々を過ごすなか、ふたたび間男が現れる、間男は、あくまでもヒロインの心を埋めるためではなく自分がしたいだけだ、だからあなたが気に病む必要はないと、ヒロインに言い訳を与えて、またも体を重ねることになる、しかもヒロインは、主人公との行為では決して味わえなかった絶頂をはじめて経験し、心までも間男に染まってしまう、そうして月日が経って、やがて彼女は身ごもる、その子供は主人公との子か、それとも……という正統派のNTRになるのだ。pixivのサンプルだけでも、傑作だということがわかる。製品版を読んでからでないと、死んでも死にきれない。そんなに私が信じられないならば、よろしい、この市にヨヨヌンティウスというyoutuberがいます。私の無二の友人だ。あれを、人質として置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の夕暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人を絞め殺して下さい。たのむ、そうして下さい。」

 

 それを聞いて王は、残虐な気持で、そっと北叟笑んだ。生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。このNTR厨に騙された振りして、放してやるのも面白い。そうして身代りの男を、三日目に殺してやるのも気味がいい。NTR厨は、これだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、その身代りの男を磔刑に処してやるのだ。世の中の、寝取られスキーとかいう奴輩にうんと見せつけてやりたいものさ。

 

「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっと殺すぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠に許してやろうぞ。」

 

「なに、何をおっしゃる。」

 

「はは。NTRというジャンルが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」

 

 ペニスは口惜しさのあまり、地団太踏んだ。百合カップルの片割れがチャラ男に寝取られる本をもって来て王の顔にたたきつけてやろうかとも思った。

 

 竹馬の友、ヨヨヌンティウスは、さっそく、王城に召された。暴君ネトリスの面前で、佳き友と佳き友は、二年ぶりで相逢うた。ペニスは、友に一切の事情を語った。ヨヨヌンティウスは無言で首肯(うなず)き、ペニスをひしと抱きしめた。友と友の間は、それでよかった。ヨヨヌンティウスは、縄打たれた。ペニスは、すぐに出発した。

 

 ペニスはまず、タクシーを呼んで、浅草寺へやってもらおうとして「あさくさでら」と言ってしまい、運転手から失笑を買った。

 

 雷門の大提灯は、さすがにりっぱだった。ペニスは仲見世通りをそぞろ歩いた。いくつかの店で人形焼きの食べ比べをした。

 

 つぎに国立科学博物館へ寄った。アパトサウルスの骨格標本を、ぜひいちど、この目に収めておきたかったのである。実物は、予想以上に圧巻であった。常設展に企画展、特別展が充実していて、一日ですべて見て回るのは、とてもできそうになかったので、翌日を使って残りを見て回った。

 

 そのまた(あく)る日は、江東区まで足をのばして、日本科学未来館に入った。ほかのお客は、皆家族づれで、ひとりのペニスは、自分がひどく場違いな者の気がした。おりしも、夏休みであった。子供たちで会場はあふれんばかりだった。土産物屋は、入り口がとても狭く、親たちは不吉なものを感じたが、それでも、めいめい気持を引き立て、むんむん蒸し暑いのも(こら)え、陽気に土産を買おうとした。ペニスは、人で塞がれているその狭い入り口を、どうにかかき分けて、入っていこうとしたが、とてもかなわぬとあきらめて、外へ出た。

 

 ペニスは高速バスに乗って、一路、箱根へ向かった。旅館に泊まり、温泉につかり、贅をつくしたごちそうを堪能した。ペニスは、満面に喜色を湛え、しばらくは、王とのあの約束をさえ忘れていた。ペニスは、一生ここにいたい、と思った。仕事もせず、この天国のような旅館で気ままに生涯暮して行きたいと願ったが、いまは、自分のからだで、自分のものでは無い。ままならぬ事である。ペニスは、わが身に鞭打ち、ついにチェックアウトを決意した。あすの日没までには、まだ十分の時が在る。ふかふかの布団でちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。少しでも永くこの旅館に愚図愚図とどまっていたかった。ペニスほどの男にも、やはり未練の情というものは在る。とりあえず愛媛で待っている婚約者に電話をかけ、

 

「私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。目が覚めたら、すぐに秋葉原へ出かける。大切な用事があるのだ。おまえの夫となる男の一ばんきらいなものは、都合のよい薬で洗脳するNTRと、それから、むりやりレイプするNTRだ。おまえも、それは、知っているね。NTRとは、ヒロインのほうから間男に心を許してしまうものでなければならぬ。おまえに言いたいのは、それだけだ。おまえの夫は、たぶんえろい男なのだから、おまえもその誇りを持っていろ。」

 

 返事も聞かず、ペニスは心地よい畳のにおいのする部屋で布団にもぐり込んで、死んだように深く眠った。

 

 目が覚めたのは翌る日のチェックアウトの頃だった。ペニスは跳ね起き、南無三、寝過したか、いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出発すれば、約束の刻限には十分間に合う。きょうは是非とも、楽しみにしていたNTR本を買いに行かねばならない。そうして泣きながら抜くのだ。ペニスは、悠々と身支度をはじめた。空は祝うような快晴である。身支度は出来た。さて、ペニスはぶるんとムスコを大きく振るって、堂々、チェックアウトした。

 

 きょうは、きっと佳い日になるだろう。私には、いま、なんの気がかりも無い筈だ。まっすぐにゲーマーズに行き着けば、それでよいのだ。そんなに急ぐ必要も無い。ゆっくり歩こう、と持ちまえの呑気さを取り返し、好きな小歌をいい声で歌い出した。ぶらぶら歩いて、店舗に到達した頃、降って湧いた災難、ペニスの足は、はたと、とまった。完売していたのである。目当てのNTR本を出しているサークルは、とらのあなには卸していなかった。彼は茫然と、立ちすくんだ。あちこちと眺めまわし、また、声を限りに呼びたててみたが、店員やほかの客から不信の目を注がれるばかりである。ペニスは棚の前にうずくまり、男泣きに泣きながらゼウスに手を挙げて哀願した。「ああ、追加で入荷したまえ、かの薄い本を! 私はこの日のために、抜くものも抜かずにひたすら溜めてきたのです。ここへは、有休をとって来ました。発売日に手に入れなければ、きっと私は、ネット上で画像を検索したり、エロ同人を無断でアップロードしているサイトに頼ってしまうからです。それは、作家にたいする冒涜だ。私を、そんな恥知らずの男にしないで下さい。」これには神も哀れと思ったか、ついに憐愍(れんびん)を垂れてくれた。ネットで探してみると、メロンブックスには、まだ在庫があるとのことだった。しかもそれは、愛媛の松山店だった。東京にまで来る必要はなかった! 約束の地は、ほかならぬ、わがふるさとだった! 

 

 ペニスはさっそく東京駅の東海道新幹線のぞみ31号博多行きに乗ろうとした。途中停車する岡山で降りて、そこからはしおかぜ17号で松山へ帰るのである。ホームで新幹線を待っていると、突然、目の前に一隊のヲタクたちが躍り出た。

 

「待て。」

 

「何をするのだ。私は郷里に戻る火急の任務がある。放せ。」

 

「どっこい放さぬ。きさま、あのヨヨヌンティウスの知り合いだな。」

 

 それで、ペニスは、ようやく、友を身代りに王城へ置いて来たことを思い出した。とするとこの男たちは、ヨヨヌンティウスの友で、私に真の使命を果たさせるべく天が遣わしたのか。そうペニスは思って、礼を言おうとした。しかし、揃って、『シックス・センス』のヴィンセント(冒頭のブリーフ男)みたいな挙動のヲタクたちは、ペニスに、ヨヨヌンティウスへの恨み言を連ねはじめた。

 

「あいつは、夜な夜な、NTRを語る動画を投稿している。」

 

「あるとき、われわれはその動画を何の気なしに再生した。」

 

「それが、まちがいだった。よりにもよって、その回は、おれの嫁が寝取られる薄い本の、レビューをしていたのだ。おれの嫁は、けがされたのだ。」

 

「ならば、忘れてしまえばいい。」

 

 ペニスが言うと、それを手で制して、

 

「あれ以来、おれが愛用していた、嫁の純愛本では、抜けなくなった。寝取られている嫁の顔が、ちらつくのだ。むなくそが悪い。思い出しても、はらわたが煮えくり返る。すべてヨヨヌンティウスの罪悪だ。やつがNTRを布教する動画など投稿していなければ、いまもおれは幸せに純愛本で抜いていたのだ。ここにいる、全員がおなじ気持だ。」

 

 ヲタクたちはしっかりと首肯した。

 

「それは、ちがう」ペニスは豪語した。「きみたちには、NTRスキーとしての素質がある。」

 

「なんだと。」ヲタクたちは、顔色を変えた。

 

「私も、ヨヨヌンティウスも、はじめてNTRと出会った時には、夜も眠れぬほど思い悩み、生きる希望を見失ったものだ。そこで、勇を奮って、NTRで抜いてみた。すると、神仏照覧、おびただしい精水(しょうずい)が得られ、その快楽たるや、腰が抜けてしまわんばかりであった。爾来、私たちはNTRの道をひた走り、そうして出会ったのだ。NTRでなにも感じない人間は、NTRスキーには、ならない。親のかたきよりも憎悪する者こそ、NTRのとりことなる。これは、私の経験による、たしかな事実なのだ。私も、本当は純愛で気持ちよく抜きたい。しかし、NTRで摩括しているときのほうが、あきらかに固く、そして精水も多い。頭では抜きたくないとあらがっているのに、体が逆らえない、まさに、NTRに堕ちるヒロインそのものの心境が、味わえるのだ。すなわち、友よ、NTRをはげしくきらうきみは、NTRの扉をたたく同志たりうるのだ。」

 

 ペニスは右手を差し出した。しかし、

 

「ふざけるな。」

 

 ペニスはたちまち、ヲタクたちから袋叩きにされた。

 

「きさまらNTR厨は、いつもそれだ。NTRを、吐き気がする、と言うと、そういう者こそNTRスキーになれるなどと、詭弁を口にする。それだけではない。内輪だけで盛り上がっているだけなら、まだしも、表にしゃしゃり出て来て、このヒロインのNTRが見たいなどと吹聴して回る。せめて、一次創作だけにしろ。だれかの嫁を、けがすな。」

 

「それでは、いかぬのだ。」ペニスは必死に抗弁した。「一次創作のNTRは、それはそれでよいが、しかし、NTR用に作られたヒロインが寝取られても、それは予定調和にすぎない。だから、あまり股間に来ないのだ。NTRとは、コーヒーの苦味のごとく、むなくその悪さを楽しむもの。原作があって、主人公と幸せに結ばれる前提のキャラだからこそ、NTRがその威力を最大限、発揮できるのだ。これは、NTRがその前段階において主人公とヒロインが相思相愛でなければならないという条件をも、自動的に満たしている。だから、二次創作でこそ、NTRは光るのだ。」

 

「もう、うんざりだ。NTR厨など、王の手によって誅殺されるがいい。おまえはここでおれたちが、そして、ヨヨヌンティウスは、きょうの夕刻、きっと縛り首にされて、この国からNTRは駆逐されるのだ。」

 

 ボコボコにされるペニスは、しかし、だれにも助けられることはなかった。天は試練を課していた。ペニスは、わずかな隙を見つけ、ヲタクたちの手から逃れることに成功すると、そのまま一目散に走った。至急、ヨヨヌンティウスの元へ急がねばならぬ。

 

 しかし、ペニスとてヲタクである。日ごろの運動不足が祟り、折から午後の灼熱の太陽がまともに、かっと照って来て、ペニスは幾度となく眩暈を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。立ち上る事が出来ぬのだ。

 

 天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。ああ、あ、箱根の名湯につかり、NTRを迫害するものどもを撃ち倒し韋駄天、ここまで突破して来たペニスよ。真の勇者、ペニスよ。今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情無い。

 

 愛する友は、おまえを信じたばかりに、やがて殺されなければならぬ。おまえは、稀代の不信の人間、まさしく王の思う蜜壺だぞ、と自分を叱ってみるのだが、全身萎えて、もはや芋虫ほどにも前進かなわぬ。路傍のアスファルトにごろりと寝ころがった。身体疲労すれば、精神も共にやられる。もう、どうでもいいという、勇者に不似合いな不貞腐れた根性が、心の隅に巣喰った。私は、これほど努力したのだ。約束を破る心は、みじんも無かった。神も照覧、私は精一ぱいに努めて来たのだ。動けなくなるまで走って来たのだ。私は不信の徒では無い。ああ、できる事なら私の胸を()ち割って、真紅の心臓をお目に掛けたい。愛とNTRの血液だけで動いているこの心臓を見せてやりたい。

 

 けれども私は、この大事な時に、精も根も尽きたのだ。私は、よくよく不幸な男だ。私は、きっと笑われる。私の一家も笑われる。私は友を欺いた。中途で倒れるのは、はじめから何もしないのと同じ事だ。ああ、もう、どうでもいい。これが、私の定った運命なのかも知れない。ヨヨヌンティウスよ、ゆるしてくれ。君は、いつでも私を信じた。私も君を、欺かなかった。私たちは、本当に佳い友と友であったのだ。いちどだって、暗い疑惑の雲を、お互い胸に宿したことは無かった。いまだって、君は私を無心に待っているだろう。ああ、待っているだろう。ありがとう、ヨヨヌンティウス。よくも私を信じてくれた。それを思えば、たまらない。友と友の間の信実は、この世で一ばん誇るべき宝なのだからな。ヨヨヌンティウス、私は走ったのだ。君を欺くつもりは、みじんも無かった。信じてくれ! 私は急ぎに急いでここまで来たのだ。浅草寺はでかかった。旅館の布団の誘惑からも、するりと抜けて一気に東京へ馳せ参じて来たのだ。私だから、出来たのだよ。ああ、この上、私に望み給うな。放って置いてくれ。どうでも、いいのだ。私は負けたのだ。だらしが無い。笑ってくれ。王は私に、ちょっとおくれて来い、と耳打ちした。おくれたら、身代りを殺して、私を助けてくれると約束した。私は王の卑劣を憎んだ。けれども、今になってみると、私は王の言うままになっている。私は、おくれて行くだろう。王は、ひとり合点して私を笑い、そうして事も無く私を放免するだろう。そうなったら、私は、故郷松山のメロンブックスに直行する。私は、永遠に裏切者だ。地上で最も、不名誉の人種だ。ヨヨヌンティウスよ、私も死ぬぞ。ただし寿命で死なせてくれ。君だけは私を信じてくれるにちがい無い。いや、それも私の、ひとりよがりか? ああ、もういっそ、悪徳者として生き伸びてやろうか。松山には私の家が在る。道後温泉も在る。みかんの生産量は、いつも和歌山に負けているが、愛媛はみかんの国と言い張っていれば、だれもがみかんと言えば愛媛だと信じるだろう。正義だの、信実だの、愛だの、考えてみれば、くだらない。人を寝取って自分のものにする。それが人間世界の定法ではなかったか。ああ、何もかも、ばかばかしい。私は、醜い裏切り者だ。どうとも、勝手にするがよい。やんぬる(かな)。――四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。

 

 そのとき、ペニスの脳裏に、なにか光るものがあった。光りは小さな、小さなものだったが、たしかに、暗闇のなかにあって、孤独に輝きを放っていた。暗黒にも負けない、健気な光りだった。

 

 ペニスは、よろよろと起き上がった。ほうと長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。歩ける。行こう。肉体の疲労恢復(かいふく)と共に、わずかながら希望が生れた。義務遂行の希望である。わが身を殺して、名誉を守る希望である。斜陽は赤い光を、街路樹の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。日没までには、まだ間がある。私を、待っている人があるのだ。少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。王は、ヨヨヌンティウスのいのちを、その手に握っていると確信しているだろう。ならば私がすることは、刻限までに王城へ戻って約束を果たし、以てヨヨヌンティウスの身柄を王の手から奪うことにある。自分のものだと思っていた人が、目の前で奪われる。それまさしくNTRである。私は、王からヨヨヌンティウスを寝取らねばならぬ。いまはただその一事だ。寝取れ! ペニス。

 

 私は信頼されている。私は信頼されている。先刻の、あの悪魔の囁きは、あれは夢だ。悪い夢だ。忘れてしまえ。五臓が疲れているときは、ふいとあんな悪い夢を見るものだ。ペニス、おまえの恥ではない。やはり、おまえは真のNTRスキーだ。再び立って走れるようになったではないか。愛する友を王から寝取って、死ねる。NTRスキーとして本望の最期を、迎えられるぞ。ありがたい! ああ、陽が沈む。ずんずん沈む。待ってくれ、ゼウスよ、柚木N'先生よ。私は根っからのNTRスキーであった。NTRスキーのままにして死なせて下さい。

 

 路行く人を押しのけ、跳ねとばし、ペニスはヒロインと間男しか登場人物がいないNTRモノの漫画の展開みたいに早く走った。一団の旅人と()っとすれちがった瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。「いまごろは、あの男も、磔にかかっているよ。」ああ、その男、その男のために私は、いまこんなに走っているのだ。その男を死なせてはならない。急げ、ペニス。おくれてはならぬ。愛とNTRの力を、いまこそ知らせてやるがよい。風態なんかは、どうでもいい。ペニスは、いまは、ほとんど全裸体であった。呼吸も出来ず、二度、三度、ムスコから血が噴き出た。見える。はるか向うに小さく、秋葉原の市の塔楼が見える。塔楼は、夕陽を受けてきらきら光っている。

 

 途中で、ペニスの名を叫びながら追いすがって来るものがあったが、とりあえず無視して走った。

 

 まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽して、ペニスは走った。ペニスの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、とてつもないポテンシャルのエロ漫画を前にしたときのような、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、ペニスは疾風の如く刑場に突入した。間に合った。

 

「待て。その人を殺してはならぬ。ペニスが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た。」と大声で刑場の群衆にむかって叫んだつもりであったが、大きな声を出し慣れていないので、嗄れた声がわずか出たばかり、群衆は、ひとりとして彼の到着に気がつかない。すでに磔の柱が高々と立てられ、縄を打たれたヨヨヌンティウスは、徐々に釣り上げられてゆく。ペニスはそれを目撃して最後の勇、先日、日本科学未来館の土産物屋に入ったときのように群衆を掻きわけ、掻きわけ、

 

「私だ、刑吏! 殺されるのは、私だ。ペニスだ。彼を人質にした私は、ここにいる!」と、かすれた声で精一ぱいに叫びながら、ついに磔台に昇り、釣り上げられてゆく友の両足に、齧りついた。群衆は、どよめいた。あっぱれ。ゆるせ、と口々にわめいた。ヨヨヌンティウスの縄は、ほどかれたのである。

 

「ヨヨヌンティウス。」ペニスは目に涙を浮かべて言った。「私を殴れ。私をニナ・パープルトンだと思ってちから一ぱいに頬を殴れ。私は、途中で一度、ワルイユメを見た。君が若し私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格すら無いのだ。殴れ。」

 

 ヨヨヌンティウスは、すべてを察した様子で首肯(うなず)き、刑場一ぱいに鳴り響くほど音高く、歯を食いしばっていたペニスの脇腹を殴った。予想外の部位を打擲(ちょうちゃく)されてうずくまっているペニスに優しく微笑み、

 

「ペニス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらとNTRスキーであったことを後悔した。生れて、はじめて信仰を曲げようとした。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない。」

 

 ペニスは腕に(うな)りをつけてヨヨヌンティウスの股間を殴った。

 

「ありがとう、友よ。」二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。

 

 群衆の中からも、歔欷(きょき)の声が聞えた。暴君ネトリスは、群衆の背後から二人の様を、まじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、顔をあからめて、こう言った。

 

「おまえらの望みは叶ったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。NTR厨は、決して口だけの人間ではなかった。これからは、厨とはいわず、無数ある愛のひとつの形態であることを尊重しよう。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい。」

 

「われわれも、純愛厨などという言い方は、金輪際やめましょう。そして、ツイッターにNTR絵をアップするさいは、極力、センシティブ設定をして、注意書きも付記するよう、啓蒙してまいりましょう。私は、私一人が棲み分けをしていればいいと思っていたが、そうでなく、NTRスキーとしての責任を負っている自覚のもと、NTRによって不愉快な思いをする人が出ないよう、できうるかぎり努めます。ついでに、巻き込みリプを防止するようなUIをツイッターに提案しましょう。」

 

 王とペニスは、がっしりと固く握手を交わした。どっと群衆の間に、歓声が起った。

 

「万歳、王様万歳。」

 

 そこへ、ひとりの若者が、息せき切って駆け込んで来た。ペニスはその顔に見覚えがあった。ヨヨヌンティウスに師事しているyoutuberの卵で、さきほど追随して来ようとしていた男である。彼も松山の出で、ペニスとも知己の間柄だった。

 

「ペニス様、ペニス様。」見習いyoutuberは、ペニスの足元にひれ伏した。「さきほど、松山の友人から連絡がありました。」

 

「なんだろう。」ペニスは先を促した。

 

 若者は、スマホの画面を見せた。若い女が、男と腕をからませて歩いている写真であった。ペニスは女の顔を知っていた。若者は息も絶え絶えに言った。

 

「ペニス様の婚約者のかたが、男と、二番町のラブホテルへ入るところを、偶然、目撃したというのです。」

 

 ペニスは、卒倒した。この男、二次元ではNTRをこよなく愛しているが、現実で寝取られることには耐えられなかったのである。ヨヨヌンティウスも、王も、慌てた。ペニスは白目をむき、泡を吹きながら、うわごとを漏らしていた。そのうわごとは、こうであった。

 

「恥の多い生涯を送ってきました……。」

 

 

(了)



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