水に憑いたのならば   作:猛烈に背中が痛い

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今回の更新はここまでです。


第参拾捌話 歩み続ける覚悟

 俺が鬼殺隊に表だって提示できる鬼舞辻無惨についての情報はカナエの知りえるものも含めてもかなり限られている。しかしそのわずかな情報だけでも鬼殺隊にとっては千金の価値があった。

 

 一つ、奴は並大抵の柱ならば歯牙にもかけない程の超絶的な身体能力の持ち主である事。

 

 二つ、奴が攻撃した際変形した腕に生えた刃から血の様なものが滴っていた事。

 

 三つ、奴が無作為に鬼を作り出している動機は太陽を克服するためである事。

 

 四つ――――奴が去る際、ある程度距離が離れた瞬間気配が突如消失した事。

 

 正直に言えばもっと多くの情報を提供したかったが、残念ながら情報の信憑性が証明できない以上、俺の言葉は妄言にしかならない。悔しいが、これらは後で秘密裏にお館様へと直々に渡そうと判断し、俺は此処で情報の提供に歯止めをかけた。

 

「――――鬼舞辻無惨に関する情報は以上となります。何か疑問に思うことがあるのならば、俺も可能な限りお答えいたしますが……柱の皆さま方からは、何かありますでしょうか」

「あ、はいはい!」

 

 最初に手を上げたのは操柱と名乗った少女。俺はコクリと頷いて発言を促した。

 

「ちょっと気になったんだけど、無惨は並の柱なら軽く蹴散らせるほどの身体能力を見せた、って言ってたよね? でもそれを受けた君はどうして生きているのかな?」

「俺がこうして生き長らえることができた要因は二つ。無惨が俺に放ったものが正確には攻撃ではなくただ目障りな羽虫を払いのける動作に過ぎなかった事と、俺の修めている剣術が防御寄りであり、かつ直前まで下弦の鬼を相手にしていたため相手が上弦かそれ以上の相手だと直感し、間一髪で全身全霊の防御が間に合ったからです。つまり()()()()()()だけ。それに尽きます。……もし追撃があれば確実に死んでいました」

 

 業腹ではあるが事実である。本当の本当にあの瞬間、俺は絶対の死を前にして天運を拾い上げることができた。俺が生きているのも、奴が下弦の伍に血を与えてそのまま帰ってしまった気まぐれも、全てがいい方向に噛みあったおかげでこうして五体満足で生きることが出来ている。

 

 恐らく鬼舞辻無惨は俺たちを放置したとしても己の血を与えた下弦の伍が勝手に始末してくれるだろうと思っていたのだろう。見事に当てが外れたわけだが、今回の件を受けて奴も反省したはず……はずだよな? ……ともかく、二度目はもうないと思った方がいい。次もう一度奴と出会えば、死あるのみだ。

 

 質問に答え終えると神子星は「そっかー」と何度も頷き何かを考え込む仕草に入る。そして次に手を上げたのは惣寿郎さんだ。

 

「では私から。無惨の攻撃時に、変形した腕に生えた刃から血が滴っていたというが、それはつまり……」

「攻撃が生身に当たったのならば、血を注入される可能性が高いでしょう。そして我々鬼殺隊は無惨の血を注入された場合対処する手段が存在しない。一度でも攻撃が当たれば鬼となるか、そうでなくとも身体に何かしらの悪影響が出た隙を付かれて殺されるでしょう」

「……という事は、無惨と戦う際には奴の血そのものに対処する手段が必要という事か」

 

 無惨の血が引き起こす現象は鬼化と細胞の崩壊の二種類。しかし鬼を無闇矢鱈に増やそうとしない奴がわざわざ攻撃に鬼化能力を付与するとは思えない。という事は恐らく主目的は後者。大量の自分の血を投与することで細胞を壊死させるためだろう。

 

 だがこれは俺の推測に過ぎないし、無惨の血が許容範囲を越えて投与された場合どうなるかの情報は鬼殺隊にはない。これは黙っている方が吉か。それに言った所で無惨の血に何かしらの対処をするための方法を開発しなければならないのは変わらないだろう。

 

「では今度は私からの質問だ。カナエ、無惨は確かに言っていたのか? 太陽を克服すると」

 

 次に手を上げたのは、悲鳴嶼さん。

 

「はい、間違いありません。特に今回の下弦の伍は特殊な鬼で、人格によって微弱ながら太陽光への耐性を得ていた様でした。その彼に大変期待していた様子でしたし、無惨が太陽を克服するために活動しているのはほぼ確実かと」

「つまり――――裏を返せば、奴は太陽以外の弱点は克服している、という事か」

『!!』

 

 悲鳴嶼さんの核心を突いた言葉に古参らしき雫さんと拳斉さん、豊薫さん以外の柱全員が息を呑む。

 

 太陽の光以外は克服済み。それ即ち、無惨の頸を何度断とうが無意味であるという事。奴と戦う手段は自動的に鬼殺隊の総力を以て朝まで地上に縛りつける超長期戦に固定された訳だ。しかし物量も質も非常に乏しい鬼殺隊は消耗戦に不向き。早期にこの問題に対処しなければならない。

 

 場の空気が一段と重くなった中、恐らく最後だろう質問が雫さんから告げられる。

 

「では最後に私が。冨岡君、気配が突如途切れたというのは、一体どういう事ですか?」

「そのままの意味です。少しの間だけ気絶していた俺は意識を覚醒させてすぐに奴の気配の在りかを追いましたが、凡そ三町(約三百m)離れた瞬間突如消失しました。恐らく奴自身か、配下に空間転移系の血鬼術の持ち主がいるのでしょう。鬼殺隊が何百年間も探していてなお奴の本拠らしきものが見つけられないという事は最悪、異空間を生成しそこを根城としている可能性もあります。その為奴と戦うにはまず奴をこちらの土俵に引っ張り出すための餌を用意――――」

「ああ、いえ、その意見はとても参考になりますがそこではありません。――――冨岡君、気配を感じ取ったとは一体どういう事です?」

「は?」

 

 予想通りの質問に対しあらかじめ用意していた最適解を返そうとするが、どうやら雫さんの質問はそういう意図では無かったらしい。しかし訂正されてもそれがどういう意図なのか今一掴めない。

 

「気配は気配でしょう。何か問題でも?」

「……冨岡君。確かに付近に存在する生物の気配を感じ取ることは我々でも可能ではありますが、それはあくまでも”付近”に限ります。普通何町も離れた存在の気配を感じ取ることなど出来ません」

「……?」

 

 ……………??? どういう事だ。いや、確かに少し難しくはあるが、やろうと思えばそれなりに鍛えた達人ならばできる事だろう? 別に鱗滝さんや炭治郎のような特別な五感を必要とする技でも何でもないんだぞ?

 

「ちょっと周囲に対する知覚範囲を広げて離れた生き物の気配を認識した後方角と距離を大まかに計算して把握するだけですよ? 難しくはありますが頑張れば誰でもできる技能でしょう。雫さんや柱の方々もできますよね?」

「え、そんな事できるの!? 柱って凄いのねー……」

(((((((何言ってんだこいつ……)))))))

「冨岡君、それは貴方の才能です。普通の人にはそんな超常的な事はできません」

「なん……だと……!?」

「あ、やっぱりできないのね」

 

 いやいやいや、そんな馬鹿な。バトル系の漫画でもよくあるだろう。気配を感じて相手が何処にいるか把握するなんてドラゴン〇ールとか〇ンター×ハン〇ーとかBLE〇CHでは必須技能だぞ……!? 同じジャ〇プ出身のバトル漫画の世界なのにできない訳ないだろう……!?

 

 あ、いや、でもこう言う「離れた場所からでも相手が何処にいるか把握する」事やってたのって特殊な五感を持っていた奴だけだったような……え、本当に、俺がおかしいのか?

 

「冨岡君、その気配を感じ取る技の限界距離と精度は如何ほどで?」

「ええと……集中すれば半径一町(約百m)まで。精度は普通の生物か鬼かを見分けられる程度です。あと、虫のような小さすぎるものは流石に把握できません。それと何らかの方法で気配を消していたり、副次的であっても攪乱効果を持つ血鬼術を常時使用しているような存在に対しては判別がかなり困難になります。でも」

「でも?」

「鬼舞辻に関しては常に広範囲に吐き気を催すほどの邪悪な気配をまき散らしているため、擬態していようが多少知覚範囲外であろうが、付近まで接近してきたら即座に感知できると思います。奴の悍ましい気配はもう頭に刻みつけましたし……あんなに遠慮なく気配を垂れ流している以上、奴はそう言った戦闘技術とは縁が無さそうなので」

「……これ程とは」

 

 今思えばあそこまで近づかれて尚俺が気づけなかったのは俺が下弦の伍との決着間近であったことも大きいだろうが、間違いなく鳴女による空間転移で現れたからだろう。しかしあの僅かな間で俺は奴の吐き気を催すほど悍ましく強大な気配を脳内に焼きつけることができた。

 

 奴は鬼殺隊に見つからない様に動くことを心がけているにもかかわらず気配を隠すような仕草は見られなかった。あれほど濃密な気配が遠慮なく垂れ流されているのだから、俺は奴が擬態していようがちょっとやそっと離れていようともほぼ確実に捕捉できる自信があった。

 

 言われて初めて気づいたが、これは……とても大きなアドバンテージではなかろうか?

 

「――――漣さん、悪いことは言わん。冨岡を”保護”しろ。万が一死なれたりでもすれば我々はまた何十年何百年も手掛かりなく彷徨い続ける羽目になるぞ」

「それは………………そうかも、しれませんが」

 

 ……待て。ちょっとマズい流れになってきていないか。一度情報を整理しよう。

 

 現状鬼舞辻無惨は鬼殺隊の総力を結集して尚勝てるかどうかもわからない存在。だがそもそもの前提としてその居場所が把握できないし、その手段もない。ただ俺は奴が擬態していても探し出せる能力があり、奴の気配もしっかりと覚えている。

 

 ………………このままだと飼い殺し待ったなしでは?

 

「私は反対です。彼の人生を我々の意見で封じ込める等、言語道断です」

「明雪よ、これはもうそういう問題では無いじゃろう。あの小僧の存在が我々にとっては目の前に垂らされた蜘蛛の糸。どんな手を使ってでも失う訳にはいかんじゃろ」

「うーん、私としてもその考えはわからなくはないですけど、流石に本人の意思を無視してまで拘束しようとは思いませんね。私も流石に人の心まで捨てた覚えはありませんし」

「俺としても後方……いや、有事以外は絶対の安全か保障された場所に軟禁しておくことを進言する。彼を失う可能性を少しでも減らすべきだ。代償として彼の自由が犠牲になるとしても」

「なっ、拳斉! いくら無惨討伐のためとはいえ年端もいかない少年の人生を潰すつもりか!? 俺は反対だ! 我々鬼殺隊は鬼を殺すための組織ではあるが、進んで人の道から外れた手段を取るような組織になった覚えはないぞ!」

「俺は別にどっちでもいいぜ。ふぁあ~……腹減った……」

「私は……冨岡少年の意思を尊重したい……目的のためとは言え、過程を蔑ろにすべきではない……悪しき手段を取れば、必ず我々の身に返ってくるのだから……」

 

 重かった筈の空気が一瞬にして熱くなり始めた。もう柱の一部が反射的に立ち上がって言い争いを始めている。マズい、本格的に熱が入る前に止めねば鬼殺隊の内側に亀裂が入りかねない。

 

「は、柱の皆さま方、少し落ち着いて――――」

「もしそんなことを実行するのならば、私は鬼殺隊を抜けます。大多数の意見によって選択と行動の自由を奪われる苦しみは誰よりも理解しているつもりです。そして、そんなことをするような組織に座し続けるほど、私の堪忍袋は固くない……!」

「明雪、貴様! 十八にもなって子供のような駄々をこねおって! 柱の責務を何だと思っておる!」

「ちょっ、明雪さんも嶺颪さんも落ち着いてくださいよ! 喧嘩は駄目ですって!?」

「惣寿郎。一時の情に流されて千載一遇の機会を見送る気か。あの一件を経てお前が腑抜けたのは知っているが、此処までとはな」

「――――黙れ。例え友であろうと、俺はその傷に触れることを許した覚えはないぞ、鋼柱」

(はぁ~……今帰ったら怒られるかねぇ)

「皆、落ち着け……結論を出せるのは、我々ではないだろう……」

 

 一部が剣呑とした雰囲気を漏らし始めた。だが一度会話を止めようにも聞き入れてくれる様子ではない。

 

 だがこの場で彼らの暴走を止められる人は二人いる。一人はお館様こと産屋敷輝哉様と、もう一人は推定柱筆頭の――――

 

 

 

「総員、黙りなさい」

 

 

 

 その一言と共にまき散らされる絶大なまでの殺気と威圧によって、一秒もかからずこの場で発せられていた音が全て静寂へと塗り潰された。

 

 全員、動かない。否、動けない。動けば死ぬ。生存本能がそう警鐘を鳴らしているが故――――。

 

「鬼殺隊の要たる柱が、よくもまあお館様や下の隊士たちの前でこれ程醜態を晒せるものですね。いつ私が、そうでなくともお館様が、この場で聞くに堪えない雑言を一言でも口にしていいと許しましたか? ――――笑止千万。これ以上戯言を喚くのならば階級を癸からやり直してもらいます」

 

 キレていた。この上なく。彼女からすれば上司の前で同僚ないし下の者たちが場を弁えず言い争おうとしていたので当然ではあるが。

 

 この言葉には誰も反論できず、爆発間近だった者達は気まずそうな顔を浮かべてお館様の前で一礼し元の場所へと座り直す。それに対してお館様は一言も咎めはせず、いつも通り微笑むだけ。

 

「お館様、お見苦しい物をお見せしました。皆に代わってお詫び申し上げます」

「構わないとも。皆同じ人なんだ、喧嘩の一つや二つはするものさ。さて……色々と意見が出たようだけれど、義勇、君はどうしたいのかな? 私は君の意見を聞いてみたい」

「…………………俺は」

 

 柱たちは黙して地面を見るだけ。だが微かな揺らぎはある。俺の意思を尊重したい者と、そうでない者。

 

 気持ちはわかる。次いつ現れるかわからない、鬼舞辻の後を追える者。どんな手を使ってでも安全圏に保護したいと思うのは鬼殺隊に属する一人として理解できる。だが――――それを許容することは出来ない。

 

 これから俺がどうしたいか。何をすべきか。そんなのは考えるまでもない。既に、決まっていることだ。

 

「俺は戦います。これからも」

「そうか。では私も、君の意見を尊重することにするよ。そして産屋敷の名に誓って、君の選択に干渉することは誰であろうと許しはしない。……例えこの私であろうとも、ね」

「感謝します。お館様。……………ん?」

 

 その寛大な措置に俺は深く頭を下げた。

 

 ……いや待て、少し対応が重すぎやしないか?

 

「あ、あの、お館様? 突然何をおっしゃって――――」

「ああ、今回の柱合会議だけど、無理を言って突然集まってもらったからね。近況報告だけして解散してもらって構わないよ。それと……義勇、君は柱たちが帰るまで残ってもらっていいかい? 少しだけ君と話がしたいんだ」

「え? ……えっ?」

「ええええええええええええええええ!?」

「お館様っ!?」

 

 予想すらしていなかった急展開に俺やカナエだけでなく、今まで冷静だった雫さんですら困惑の表情と声を上げた。柱たちも口には出していないが全員例外なく驚愕の表情を浮かべている。

 

 しかし当のお館様本人は皆を見て楽しそうにニッコリと微笑むだけ。そして、俺がその笑顔を見て抱いた感情は喜びでも、安心でもない。紛れもない、未知への”恐怖”。

 

 産屋敷輝哉。俺は、彼の事を過小評価していたのかもしれない――――

 

 

 

 

 

◆    ◆    ◆

 

 

 

 

 

 それから少しだけ時は過ぎ、空が夕暮れ模様に染まる頃。俺は産屋敷邸の広間にて座布団の上で正座し、目の前で抹茶を点てるお館様の姿を冷汗を流しながら眺めていた。

 

 淡々と、そよ風が窓を叩く音と茶筅が茶碗を小さく擦る音だけが聞こえてくる。別にお館様はただ自然体でそこにいるだけだというのに、出所のわからない重圧で肺が潰れそうな思いだ。

 

 確かにこうして余人なく一対一で対面するこの状況こそ俺の望んだ理想の状況。ただ、俺としては手紙を忍ばせることでそれとなく伝える予定だった。その為に色々と情報を書いた手紙を窘めてきたというのに。

 

「ごめんね、いきなり呼び出すような事をして。びっくりしたかい?」

「ええ……それは、もう……」

「ふふっ。我ながら少し意地悪だったかな?」

 

 この状況を一言説明するなら、下の立場の者が突然会社の社長に直接(それも好意的な)呼出しを貰ったようなもの。何処からどう見ても怪しさ満点であるし、例え裏が無かろうが見ていて面白いものではない。

 

 少なくとも知己の柱以外からの不信感が高まった音が聞こえたのは気のせいではないだろう。

 

「心配しないでほしい。皆には後でちゃんと私から言い聞かせておくよ。……それで、私に何か伝えたい事があるのかい?」

「……念のため聞いておきますが、周囲に人は」

「人払いは済ませておいたよ。もし居たとして、元々この屋敷に長く滞在することを許されているのは私の身内だけだ。それでも不安かい?」

「いいえ。十分です」

 

 大人数に余計な情報が知られるのは全力で避けたいが、そも現在この屋敷内に居るのは産屋敷一族のみと俺。柱たちも全員帰還したのは確認済みであるし、万が一のために待機している隠達も全員屋敷の外だ。これ以上の人払いは余計に不信を抱かせるだけだと判断し、俺は懐から紙の封筒を取り出しお館様の前に置いた。

 

 お館様も茶を点てる手を止め、封筒の中身を確認する。そこには余分なものは全て削ぎ落した俺が伝えられることのできる全てが詰まっている。

 

 

 鬼舞辻無惨の目的とその根城。

 

 上弦や一部有力な鬼の名と能力。

 

 痣、黒刀、日の呼吸、ヒノカミ神楽。

 

 始まりの呼吸の剣士(継国縁壱)逃れ者の鬼(珠世)

 

 青い彼岸花(全ての元凶)

 

 

 お館様はそれらの精細な情報が書き込まれた紙を一枚一枚、丁寧に読み込んでいく。数はそこまで多くはないが、お館様はそれらを何度も何度も読み返し、やがて三十分は経過した頃にようやく紙の束を床に置き、改めて俺の顔を見る。

 

「――――どうしてこんな事を知っているのか……とは、聞かないよ。きっと聞いた所で意味がない質問だろうからね」

「……何処の馬の骨ともわからぬ輩の妄言を、容易く信じるのですか?」

()()()。私はそうする価値があると確信したよ」

 

 ……やはり俺の判断は間違っていなかった。多少強引ではあるが、鬼殺隊に取って掛け替えのない情報をその頭目に伝えることができた。これで……俺の役目の半分は終わったと言っていいだろう。

 

 だからだろうか。少しだけ、気が楽になった。

 

「ありがとう、義勇。君の知恵を私に届けてくれた。君の齎してくれたものは、きっとこれから多くの人の命を救うことになる」

「……そうですか」

「浮かない様子だね。悩み事があるのならば、私でよければ相談に乗るよ」

「いえ、お館様にそんな事をしていただくのは……」

「じゃあ、言い方を変えよう。――――これ以上戦うのは、辛いかい?」

「………………………」

 

 戦う覚悟は、ある。

 

 もし俺が死なねばならない事態が来たのならばこの命を捧げる覚悟も、ある。

 

 ただ、ただ一つだけ許容できないことがあるとすれば。

 

 

「…………………………………………俺は、生まれてきて、よかったのでしょうか」

 

 

 俺の存在そのものだ。

 

 俺はこの世界にとって特異点に他ならない。定められた道筋に逆らい続け、全くなる未知の結果を引きずり出す。それは希望にもなるし、絶望にもなりうる。

 

 きっと俺がいなければ、鬼殺隊は多大なる犠牲を払いながらも無惨の討伐を果たすだろう。俺はその結末を最後まで見届けたわけではないが、きっとそうなるのだと信じたい。だがそんなあやふやな願望さえも、俺の存在によって既に狂ってしまっている。

 

 何度か思ったことがある。死ぬはずだった人を救った。しかし、その揺り戻しのように生きるはずだった人が何度も危機に陥った。起きるはずの無いことが立て続けに起こっているのだ。何らかの因果関係が生じているかのように。……ただの偶然だと、可能性に過ぎないと、俺がそう簡単に片づけられるような頭であればどれほど幸せだっただろうか。

 

 知人が死ぬことを許容したくない。認めたくもない。見捨てたくもない。生きて幸せになってほしい。だがそう願い実行に移すたびに、他の誰かが死の危険に陥るかもしれない。

 

 やめるべきか? だが見捨てられるか? なら守り通すのか? ――――お前にできるのか?

 

 

「ただ……ただ、皆に、笑って、生きてほしい、だけなのに……それが、とても難しい」

 

 

 どうするべきだろう。何もかも諦めて、あるべき道筋に沿うように行動すべきだろうか。姉や親友を見殺しにして、これから死ぬはずの友人の死も見逃して――――無惨を倒したという結果だけを、得るべきなのだろうか。

 

 …………………嫌だ。そんなことはしたくない。

 

 

「……………つらい、です。己の、非力さが。常に何かを取りこぼしてしまう、小さな手が。とても……憎たらしい」

 

 

 悔しさからか、両目から大粒の涙が頬を伝って零れ落ちていく。

 

 失いたくない。守りたい。だけど力も時間も足りない。このままではきっと、取り返しのつかないことになるかもしれない可能性だって、ある。

 

 

「俺は……間違っているのでしょうか……?」

 

 

 分不相応な望みを抱いたのが間違っていたのか? ただ己の知る未来通りに道筋をなぞるのが正解であったのか?

 

 俺は、

 

 俺が、

 

 俺が生まれた事が、全て間違って――――

 

 

「間違っていないよ」

 

 

 垂れ堕ちる涙で濡れた俺の手を、いつの間にか傍にまで来ていたお館様がそっと手に取った。

 

 ゆっくりと顔を上げると、何時までも変わらない穏やかな顔がある。だがそこに不気味なまでの静寂は存在せず、ただ底なしの慈愛だけが感じ取れた。

 

「私は君の全てを知っている訳ではない。だから、ただの慰めの言葉にしか聞こえないかもしれない。それでも私は言おう。……君は間違っていないよ、義勇。君は沢山の命を助けようとしている。隣人の幸せを守りたいと思っている。幸せであってほしいと願っている。その願いは決して間違っていない」

 

 お館様の手はやがて徐々に上がっていき、その病的なまでに細く冷たい手が俺の頭を小さく摩った。それを引き金にしたかのように、今まで抑え込んでいた涙が抑えを失ったかのように滝を作る。

 

「私は君を肯定する。他の誰もが君を否定しても、私だけは君の願いが正しいものだと言い続ける」

「どうして……そんなに……俺はっ……!」

「……義勇。既に知っているのかもしれないけど、私はね……できることなら、他の剣士(子供)達のようにこの手に剣を取って共に戦いたかったんだ。だけどこの身を蝕む病は、それを許してくれなかった」

 

 知っている。およそ千年前から歴代の産屋敷一族は常にその身を生まれながらの病魔に侵され、いずれもが短命の内に伏してしまう。まるで鬼舞辻という鬼子を排出し、世にのさばらせていることへの罰のように。

 

「それは私の父も例外ではなかった。父は常に剣士(子供)達の死に心を痛めていた。ついには自死を選んでしまうほどに」

「っ……!」

「無論、私も悲しい。こうして上から指示をすることしかできないことに、誰よりも無力感を感じている。だから君の気持ちはよくわかるつもりだ。肝心な時に何もできないのは、とても辛くて苦しいよ。だけどね――――私はこの歩みを止めたいと思ったことは、一度もないんだ」

 

 互いの瞳を見る。

 

 色素が薄くなりぼやけ始めた藤色の瞳。奥に見えるは怨嗟の如くとぐろを巻く見舞辻への憎悪と憤怒。だがそれだけではない。

 

 炎が見えた。決して絶やしてはならないという決意が見えた。

 

 これが……彼の、産屋敷輝哉の、強さの源。

 

「受け継いだんだ。祖父の、父の、今まで無念の内に散っていった一族と、剣士(子供)達の遺志を。燃やし続けるんだ。薪を焼べ続けて、この身が焼き焦げたとしても次へと繋ぐ。例えこれから先何十年、何百年、何千年かかろうとも、鬼舞辻を追い続けるために」

何故(なにゆえ)

「信じているから。多くの人の思いが、何時の日か必ず成就するのだと。――――希望を持つんだ、義勇。どれだけ辛くとも、どれだけ悲しくとも、希望は何処かに必ず存在している。けれど、それを掴もうとしなければ、何も始まらない。だから義勇、自分の歩んでいる道が間違いだと決めつけるのはまだ早い。諦めないで前を見て、空を見上げて進むんだ。きっとその果てに、君の求める答えがある筈だから」

「……………………」

 

 …………………諦めない、か。

 

 ……そうだ。最初から諦めては、どうにもならない。やれることはきっとある筈だ。まだだ、まだ諦めるには早い。

 

 本当に絶望するのは、できることを全てやってからだろう! しっかりしろ冨岡義勇! 何時までも下を向いていじけるな!! 漢なら……!!

 

「……希望は見えたかい?」

「わかりません。ですが……俺は、まだ諦めたくない。まだやらなければいけないことや、出来ることは残っている。だから、進み続けます。その先に何が待っていようとも」

 

 目の前を覆っていた靄が綺麗に晴れたような気持ちだ。俺は深い感謝を胸に目前にいるお館様へと頭を垂れた。今日が初対面だというのに、多大なお世話をかけてしまった。本当に感謝の言葉もない。

 

「お館様、今此処に忠誠を。俺はこの先どのような事があっても、貴方様への忠義が揺らぐことは無いと、亡き両親や我が命より尊く思う我が姉と友等の名にかけて誓います」

「ならば私からは、この上ない親愛と友愛を。義勇。私の剣士(子供)。異邦の彼方より来たれし御使いよ。どうか君の刃が彼の悪鬼に届いてくれることを、心から願っている」

「御心のままに」

 

 覚悟だ。

 

 どんな艱難辛苦を味わっても尚、未来へと進み続ける覚悟。俺に足りなかったものはそれだった。

 

 ならば今もう一度決心しよう。

 

 腕が捥げても、足が潰されても、この五体砕け散ろうとも、俺は進み続ける。全身全霊を以て友を守り通しながら、一寸先も見えぬ未来に足を踏み入れよう。

 

 その過程で誰かの親や子を切り捨てることになるとしても――――俺は歩みを止めない。止めては、ならない。

 

 きっと俺が諦め、足を止めることを許されるのは、地獄に落ちた後なのだから。

 

 

 

 




お館様「諦めんなよ……諦めんなお前!! どうしてそこでやめるんだ! そこで! もう少し頑張ってみろよ! ダメダメダメダメ諦めたら!! 周りのこと思えよ! 応援してる人たちのこと思ってみろって! あともうちょっとのところなんだから! 俺だって全身が病漬けになってるところ、無惨の命がトゥルルって頑張ってんだよ!! 絶対やってみろ! 必ず希望を見つけることができる! だからこそ! Never Give Up!!」
冨岡(憑)「あーそーゆことね完全に理解した(決意ガンギマリ)」

後半を要約すると大体こんな感じです(適当)
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