沢田家にまた居候が増えた。
リボーンから数えてもう5人目だ。慣れきって微塵も驚かなくなってしまった。
綱吉から紹介されたのは、小学生くらいの男の子だった。ランキングを作る不思議な能力があるとかなんとか……そのせいでマフィアに狙われているらしい。
家継は基本的に占いのたぐいを信じないので、フゥ太のランキングも軽いおまじない程度に捉えていた。ランキングブックを狙うマフィアたちは随分と信心深いのだなあとも思っていた。
フゥ太のため、口にすることはなかったが。
彼が家に来てから数日経ったが、とても賢いし手伝いもよくしてくれる。さらに甘えるのが上手いため、史上最速で弟認定してしまった。
(この調子でどんどん弟妹が増えていったらどうしよう……体が足りなくなっちゃうよ!)
……というのが、家継の最近の悩みである。
リビングに、ランボとイーピンのはしゃぐ声が響く。
コタツで脱力しながら蜜柑の皮を剥いていた家継は、中身を半分に割って「はい、どーぞ」と隣に座っているフゥ太に渡した。
「ありがとう、ツグ兄!」
「いーえ、ウチにはもう慣れた?」
「もちろん! 沢田家は住み心地のいい家ランキング145位だからね!」
言葉と同時に、2階から爆発音がした。リボーンだ。
「そ、そう……かな」
「ちょ、ちょっと刺激的だけど」
「ちょっとかな……」
最近麻痺してきたが、日常的に爆発音がする家は住み心地最悪だと思う。母もよく「ヤンチャでいいわね~」で済ませられるものだ。
蜜柑をつまみながら「それって何件中の145位なの?」「20億5720万件中だよ!」「高ッ!?」なんてやり取りをしていると、2階からリボーンとちょっと焦げた綱吉が降りてきた。勉強の時間は終わったようだ。
「おまえら、並中に行くぞ。グラウンドがいー感じに雪が積もってるらしーんだ」
「雪!? ランボさん雪だるま作るもんね!」
『イーピンも作る!』
「え、学校で遊ぶの? やめといたほうが……」
正気か?と思いながらリボーンを見る。
「ツグが行かなくてもオレたちは行くぞ」
「ええ……」
わざわざ寒い外に出たくないが、弟たちが運悪く
「ツグ兄、行かないの?」
「う~~ん」
(でもコタツから出たくない……)
蜜柑の皮をいじりながら悩んでいると、綱吉が「兄さんも来てよ、オレひとりじゃチビたちの面倒見きれないって」とくたびれた様子で言うので「行きまぁす!」と即答した。
返事だけは勢いよくしたが――やっぱり行きたくないので、芋虫が這うようなスピードでコタツから出た。
コートに手袋、マフラーを付け、ポケットの中にカイロを放り込めば準備は完璧だ。
家を出て、綱吉の隣を歩きながら楽しそうな子供たちを見守る。
――山でエンツィオに襲われた件以来、綱吉の様子がすこし変で気になっていたのだが、最近は元気そうだ。
普通に接してくれるので、それならばと家継も気にしないようにしている。
きっと、綱吉にも言わないだけで抱えているものはあるはずだ。いきなりマフィアのボスになれと言われて何も思わないほうがびっくりである。
全部聞き出そうとは思わないし、口を出す気もない。ただ危ないときだけ守らせてほしかった。
けれど、その必要も段々となくなっていくのかもしれない。
「誰が大きい雪だるま作るかランキングつくろっかな~」と雪玉を丸めるフゥ太にツッコミを入れ、走り回っているランボとイーピンにぶつかられる綱吉を眺めて、家継は小さく微笑んだ。
「なんだこの日曜日のパパ状態は~……!」
「結構子供が増えたもんねえ」
肩を落とす綱吉に苦笑する。
家継も、弟はひとりしかいないはずなのに大家族の長男になったような気持ちだ。不思議な感覚である。こんなにポコポコ居候が増える家庭もそうないだろう。
並中の校庭に着いた家継たちは「おお~!」と歓声を上げた。
一面が銀世界だ。こんなに雪が積もっているのは珍しい。しゃがんで雪をつついていると「10代目! こっちっス!」と聞き慣れた声がした。
顔を上げると、獄寺が手を振っていた。山本、了平、ディーノまでいる。兄弟子はこのあいだイタリアに帰ったはずだが、暇なのだろうか。
「あれ!? みんな何やってんのー!?」
「おまえらを待ってたんだぜ。オレたちもたまにはチビたちと遊んでやろーと思ってな」
驚く綱吉にディーノが笑う。リボーンが「今日はこいつらに呼ばれたんだ」と言い、綱吉はさらに驚きの声を上げた。
「考えてみたら、10代目はチビたちの世話ばかりですからね」
「こんな日くらい手伝うぜ」
「水臭いぞ沢田!」
「みんな~~~!」
綱吉の周りにはいい仲間がどんどん集まっている。
弟の後ろで腕を組み、うんうんと満足げに頷いていたが「やるなら俄然、雪合戦スよね!」という獄寺の言葉で雲行きが怪しくなってきた。
「お! 燃えそーだなそれ!」
「かってー雪玉つくっか」
「合戦! なんといういい響き!」
みんな乗り気になっているが、家継はおそらく、家族相手では雪玉すらまともに投げられない自信がある。というか雪を触ること自体、寒いから嫌だ。
普通に子供たちが遊ぶのを見守るだけのつもりだったのだが、巻き込まれそうな予感に渋い顔になった。
「んじゃ、チーム分けしねーとな」
山本の言葉で、甲冑を纏ったリボーンが出てきた。「オレが決めてきてやったぞ」と巻物を取り出す。
せめて綱吉と同じチームなら、やんわりとした玉くらいは投げられそうな気がするのだが……。
「東軍はツナ・山本・イーピン・フゥ太だ。白マフラーだぞ。対する西軍はツグ・ディーノ・獄寺・了平・ランボだ。赤マフラーな」
「えええなんでツッくんと別のチームなの!?」
「なんでオレが10代目と違うチームなんですか!?」
家継と獄寺が同時に抗議する。しかしリボーンに「謎だ」と一蹴され、ふたりでがくりと膝をついた。
「じゅ、10代目のお力になれない無力……!」
「分かるよ、獄寺くん……」
「お兄様……! せめて10代目が有利になるよう、オレたちで頑張りましょう!」
「いや、ごめん、ほんとモチベなくなっちゃった。もう何もやる気ない」
「お兄様ーー!?」
ディーノ相手ですら攻撃できないのに、純粋な弟の綱吉に雪玉なんか当てられるわけがない。
もうみんなで雪だるま作り大会でもやろうよと言いたかったが、盛り上がっているところに水を差したくなかったので、黙って雪合戦の説明を聞いた。
ルールはすこし特殊なようで、30分間光るレオンボールを奪い合い、最後にレオンを持っているチームが勝ちらしい。
言葉の通り、変形して自ら発光しているレオンを見ながら(エンツィオもだけど、レオンも相当とんでもない生き物だよな……)と関係のないことを考える。
準備時間が30分設けられたので、そのあいだにチームで塹壕と雪玉を作ることになった。弟分たちは楽しそうにしているし、せめてこれだけは協力しなければ。
出来るかぎり動きたくないという理由から、ランボと一緒に雪玉を作り、他の3人に塹壕を任せることにした。
「大きさは……このくらいでいいかなぁ」
「ランボさんはもーっとデッカいの作る!」
「デカすぎると投げられないよ~」
「ガハハ! くらえ! ランボさんスペシャル!」
はしゃぐ子供から飛んでくる雪玉を受け止めたり躱しつつ、作った雪玉を積み上げていく。
準備時間が終わるころには雪玉の山が完成し、ランボは遊び疲れていた。モジャモジャ頭の上にちっちゃな雪玉を乗せ「完了~」と伸びをする。
「おっ、そっちも終わったか?」
ディーノに声を掛けられて頷く。
「うん。じゃ、おれはランボと一緒に寝てるからがんばって」
「寝るのかよ!」
船を漕いでいるランボを抱え、完成した塹壕に背中を預けて座り込んだ。雪は冷たいし空気も寒いしで、さっきから眠くて仕方がない。
「なにっ、気合いを入れんか沢田! 勝負はもう始まっているのだぞ!」
「待て芝生頭! お兄様は寒さに弱いんだ、雪玉を作ってくださっただけでも感謝すべきだろ!」
「そうだよ~、おれがんばったんだから……」
「ッスよね! 任せてください、10代目はオレがお守りします!」
ぐっと親指を上げた獄寺に、ディーノが「おまえはどっちの陣営なんだよ!」とツッコむ。欠伸をして完全に寝る体勢に入った家継に、了平は諦めたように首を横に振った。
「ええい軟弱者め、オレが全力でやるしかあるまい!」
うおおお!なんて雄叫びを聞きながら、目を閉じて微睡み始める。両ポケットのカイロと、ランボの子供体温のおかげで、眠りに落ちるのは一瞬だった。
――爆発音や叫び声が聞こえる。
そのたびに夢と現実のあいだを行き来して、大丈夫そうだな、楽しそうだな、なんて判断しては眠気に身を任せることを繰り返す。
うつらうつらと漂っていた意識は、しかし「兄さん助けてーーっ!!」という綱吉の叫び声で一気に覚醒した。
「ハイッなに!?」
大慌てで飛び起き、目を開いて、一瞬ここがどこなのか分からなくなった。
塹壕は崩れ、火薬の匂いが広がり、巨大化したエンツィオが倒れ、大きな雪玉の中にディーノと山本が埋まっている。いったい何がどうなったらこうなるんだ。
「ぶえっくし!」
盛大なくしゃみのあと身震いする。いつの間にか体が半分雪に埋もれていた。本当になにがあったんだ。
身を捩って、雪の中からなんとか這い出る。
弟を探して見回すと、こちらへ駆け寄ってくる綱吉と、球体のレオンを持った恭弥がいた。これだけ学校で暴れていれば来るだろうとは思っていたが、予想より怒ってはいないように見える。
「兄さん、良かった! 起きてくれた~~!」
「ごめん爆睡してた……」
鼻をすすりながら立ち上がった家継を盾に、綱吉が後ろへ回り込む。後を追ってきた恭弥に、綱吉はひえっと首をすくめた。
「きみも来てたんだ。あのデカいカメ、なに?」
「スポンジスッポンって言うらしいよ。水を吸ったらデカくなって、乾かしたらちっちゃくなるんだ」
「これは?」
「それはレオンで、なんか……すごい変形するカメレオン」
「へえ」
興味深そうにレオンをしげしげと眺めている。
良かった、群れていたことへのお咎めはなさそうだ。みんな散り散りに倒れているせいで、もう『群れ』と呼べるような状態ではないからかもしれないが。
「恭弥はどーしたの、雪合戦でもしにきた?」
「と、思ったけどいいや。風紀委員の仕事が溜まってる」
そう言って、恭弥は手に持っていたレオンをぽいと家継に放り投げた。受け止めると、なんとも言えないぐにぐにした感触がする。
一度背を向けた幼馴染が、思い出したかのように「そうだ」と振り返った。
「母が、新しいお菓子を買ったから来てってさ」
「え! やった、なんだろう。寒いし、雪合戦も……終わりみたいだし、今からもらいに行こうかな」
「好きにしなよ。じゃあね」
今度こそ去っていく恭弥に手を振る。
背中に隠れていた綱吉が「お菓子ってなに!?」と困惑した声を上げた。
「恭弥のお母さん、会うといっつもお菓子くれるんだよ。ほら、こないだは羊羹持って帰ってきてたでしょ、アレ」
「定期的にウチにある高そうな和菓子、ヒバリさんのお母さんから貰ってたのー!?」
「そうだよ。おれ今から恭弥んち行くけど、ツッくんも来る?」
綱吉は首が取れるんじゃないかというほど勢いよく首を横に振った。
恭弥の母はとても優しくて良い人なのだが、恭弥がアレなせいで怖いイメージがあるようだ。無理に連れて行ったら怯えてしまうかもしれない。
「分かった。じゃ、後は任せたよ~」
弟にレオンを渡し、じゃあね、と手を上げる。
背を向けてしばらく経ったあと、後ろで「コレどうしろって言うんだよー!?」という叫び声が聞こえてきた。
大丈夫だ。数人は意識が戻っているようだったし、みんなで後片付けすれば早いだろう。決して雪の中で作業したくないとか、そういう理由で一抜けたわけではない。
恭弥の母には返しきれないほどの恩があるので、呼ばれたらすぐ馳せ参じなければならないのである。本当だ。
勝手に気まずくなった家継は、ゴホンと咳払いして幼馴染の家に急いだ。
大きな和風の屋敷に到着し、インターホンを押す。
しばらくして「はい」とお手伝いさんであろう声がしたので、名乗ると門が勝手に開いた。
(ここから玄関までが長いんだよな……)
金持ちの家は無駄に広い、ということを、家継は幼馴染の家で知った。
寒さに身を縮こまらせながら、早足で石畳の上を歩く。
恭弥の家族は何をしているのか全く分からないが、聞かないほうがいい雰囲気だけプンプン漂っている。家継は賢いので、お仕事は……なんてことは一度も聞かなかった。
父親は見たことがないが、母親とお手伝いさん、それに出入りしている謎の男たちはみんな優しい。それだけでいいのだ。
玄関にようやく辿り着き、引き戸を躊躇いなく開ける。
「こんにちは――」
「いらっしゃい、家継さん」
「わ、お母さん!?」
目の前の取次に、恭弥の母が立っていた。普段はお手伝いさんに客間まで案内されるのだが、わざわざ出迎えてくれたらしい。
髪を結ってきっちりと着物を纏った綺麗な人が、微笑みながら口元に手を当てる。
「いらしたのが嬉しくて、急いで迎えに来ちゃったわ」
「あはは……ごめんなさい、最近来れてなくて」
「いいのよ、忙しかったのでしょう? さあ、お上がりになって」
頷き、靴を脱いで揃えておく。案内に従って客間へと向かった。
磨き上げられた板張りの廊下を歩きながら、のんびりと会話する。
「恭弥からおやつがあるって聞いたから来たんだ~」
「寒い中ごめんなさいね。最近来てくれないから、お菓子で呼ぼうと思ったの。元気な顔を見られて嬉しいわ」
客間はいくつかあるが、家継のお気に入りは玄関から一番遠いところにある部屋だ。そこにはなんと、大きな掘りゴタツがあるのである。
冬場は必ずそこへ通してくれるし、今日もそうだった。障子を開けて招き入れられ、いそいそと掘りゴタツへ潜り込む。
「あったか~~~~! 最高!」
「今日はひときわ寒かったものね」
「そうなんだよ、しかもさっきまで雪合戦してたんだ。おれは寝てたけど、気づいたら雪の中に埋まってたからほんとに寒くて……」
掘りゴタツを発明した人は天才だと思う。
雲雀家のいいところは、とにかく暖房が効いているところと、掘りゴタツがあるところと、檜風呂があるところだ。
両手も突っ込んでじわじわ血が巡るのを感じていると、お手伝いさんがお菓子を持ってきた。皿の上にはどら焼きと菓子切りが載っている。
「やった、おいしそ~!」
「お口に合うと良いのだけれど。どうぞ、召し上がって」
「合わないわけがないよ、いただきます」
菓子切りでひと口サイズに切ってから口に運ぶ。「おいしい!」と素直な感想を口にすると、恭弥の母は嬉しそうに笑った。
「良かった。いつものように、お家の方にも用意してあるわ。このあいだ奈々さんとお茶したときに、お家の方がとても増えたと伺ったから多めに用意したのだけれど……20個入りで足りるかしら?」
「充分足りるよ、ありがとう。いまおれも含めて8人いるんだ」
「それはとても賑やかそうね」
「すっごいよ、特に爆発音が」
「まあ、爆発音」
ふふふ、と楽しそうにまた笑っている。
家継はこの人が動揺したり、笑っていないところを見たことがなかった。武力こそないが、精神的に強い人なんだろうなと思っている。
「最近、怪我はしていない?」
「してないよ、すっごく元気」
「それは何よりだわ。男の子は元気が一番ですものね」
家継の母と同じようなことを言っているが、ご子息の元気さはレベルが違うと思う。それでも笑っているのだからやはり恭弥の母だ。
お菓子を食べ終え、家での出来事や学校行事の話など――他愛もない雑談をしていると、時計が夕方の5時を知らせた。そろそろ帰らなければならない。
客間を出て、どら焼きの入った紙袋を受け取った家継はいつものように礼を言った。
「ありがと~、お母さん。今度はもうすこし早めに来るね」
「ええ、いつでもいらして頂戴。恭弥さんとも仲良くしてあげてね」
「いっつも仲いーよ! じゃあまたね~」
手を振って別れを告げ、幼馴染の家を出た。
ほかほかに温まった体が冷めないうちに家へ帰らなければ。綱吉たちは無事に帰れただろうか。
雪合戦に巻き込まれたときは災難だと思ったが、暖かい掘りゴタツとお菓子で相殺されて気分がいい。家継は小さく鼻歌を刻みながら帰路についた。