え?蟲師の世界じゃないの?   作:ガオーさん

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機能回復訓練

 

 

 

 

 鬼殺隊の診療所である蝶屋敷の代表は、"花柱代理"胡蝶しのぶである。が、実質的な管理者は"蟲柱"鹿神ギンだ。

 理由としては、しのぶよりギンの方が医学の知識と技術が高いから。また、胡蝶しのぶの師が鹿神ギンであり、蝶屋敷で処方される薬のほとんどがギンが管理、そして調合をしているからである。

 もちろん、この蝶屋敷の看護師たちのまとめ役である神崎アオイや、元"花柱"胡蝶カナエ、そしてしのぶも薬を調合することができるが、薬の調合レシピはほとんどギンが作った物だ。また、患者に点滴として使われる光酒も、調達できるのは今の所ギンだけ。故に、実質的な蝶屋敷の管理者はギン、ということになっている。立場的にはしのぶの方が蝶屋敷の中では上なのだが、しのぶ自身も医療の技術はギンに及ばないことを知っているし、納得もしている。

 しのぶが蝶屋敷の代表となっているのは、ひとえにギンが屋敷から離れ、各地を旅する蟲師だからだ。

 青い彼岸花、そして各地で蟲患いに苦しむ人達、そして鬼狩り。はっきり言ってしまえば蝶屋敷にずっと籠って患者達を相手する時間がギンにはないのである。もちろん、勉強熱心な胡蝶姉妹の努力により、蝶屋敷はギンがいなくても成り立っている訳なのだが、ギンの方が医者として優れており、さらに鬼狩りの実力は圧倒的に上だ。

 故に、しのぶは確かに蝶屋敷の代表なのだが、ギンを上司として、あるいは師として慕っているため、蝶屋敷で暮らす看護師達や隠からはギンが蝶屋敷の代表だと考える者も少なくない。

 

 

「機能回復訓練ですよね、先生」

「はい」

 

 そんな鹿神ギン(上司)だが、胡蝶しのぶ(部下)に正座させられていた。

 

「機能回復訓練はあくまで、寝たきりで身体を鈍らせてしまった人が再度戦えるようにするための訓練ですよね?じゃあなんで竈門炭治郎君の怪我が増えているんですか?せ、ん、せ、い?」

 

 しのぶは青筋を額に浮かべながら、正座して顔を青くするギンに詰め寄る。

 

 原因は――蝶屋敷の庭で倒れている竈門炭治郎だった。

 

 彼の状態は一言で言えばひどかった。

 汗はだらだら。入院服はぼろぼろで所々が擦り切れている。そして極めつけはボコボコの顔面。

 顔中が腫れ上がり、下手をすればここに来る前よりも重傷だ。

 よほど強い衝撃で殴られたのか、白目を剥いて倒れている。

 

「あの子はまだ一般の隊士なんですよ?いくら光酒を処方して怪我の治りが早かったと言っても、本来だったら一週間は安静だったはずです。炭治郎君がここに入院してからまだ三日目ですよね?それで、機能回復訓練と言って、何をさせたんですか?」

「とりあえずまあ、なんていうか。近くの山の頂上と蝶屋敷を往復させました……。あと木登りとか」

「走らせて?」

「全力で走らせました」

「あそこにある黒い布はなんですか?」

「鍛練中、目隠しをさせてました……」

「あそこに落ちている木刀はなんですか?」

「打ち込み稽古を……俺が相手をしました」

「馬鹿じゃないですか?」

 

 しのぶははぁ、と溜息を吐いた。

 

「た、炭治郎さんっ」

「たいへんっ、白目剥いちゃってる!」

「はやく部屋に運んであげないとっ」

 

 なほ、きよ、すみの看護師3人娘が慌てた様子で炭治郎を病室へ運ぶ。一向に眼を覚ます気配がない炭治郎はそのまま無抵抗に連れて行かれた。

 遠くでは物陰に隠れて我妻善逸と嘴平伊之助が恐怖で身体を震わせているのが見えた。

 

「まったくもう……」

 

 普段はまともで尊敬できる師匠なのだが、さすがあの"水柱"冨岡義勇の兄弟弟子と言うべきなのか。この人は時々頭が悪いことをする。俗に言う天然なのだ。

 怪我が治りかけの、それも全集中の呼吸・常中を習得していない隊士にする鍛錬ではない。いくら弟弟子に稽古を付けて欲しいと請われたからと言って、気絶するまで走らせ殴り飛ばす兄弟子がいるのだろうか。

 自分の時もそうだった。瞼の裏をいきなり閉じろとか無茶なことを言ってきたり、ちゃんこ鍋を朝から食べろと言ってきたり。

 とにかく頭が悪いことをやらせようとしてくるのだ。いや、今思うと自分が女だったからか、ギンが指示する鍛錬で肉体を鍛える鍛錬はそこまでキツくはなかった(もちろん、それ相応に血反吐を吐かされたが今の炭治郎ほどの鍛錬は行われていない)。もし私が男だったら、あそこで寝ているのは炭治郎君ではなく私だったかもしれない……そう思うと少しぞっとする。

 

「だが炭治郎にやらせたのは昔俺がやらされたことだぞ?それも、その時の俺は炭治郎より年も下だった」

「何を言っているんですか先生。いくら育手の訓練が厳しいからって、目隠しをさせながら打ち込み稽古をしたり山中の走り込みをさせようとする訳ないじゃないですか」

「いや、冗談じゃないんだが……」

「とにかくっ。明日からの機能回復訓練はもっと手加減してください!これじゃあ余計に怪我が悪化して、いくら光酒があっても意味がないです!治療をする先生が隊士を怪我させてどうするんですか!稽古をつけるにしても、もっと万全の状態にしてから―――……!」

 

 こうして、しのぶによる説教は姉のカナエが止めるまで続いたと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。機能回復訓練をするための道場に、炭治郎と伊之助は向かっていた。善逸はまだ手足が縮んだままの為、病室で安静にして眠っている。

 しかし当然ながら、二人の足取りは重い。

 

「うぅ……昨日は本当に三途の川を渡りかけたかと思った……」

「大丈夫か……?」

 

 珍しく伊之助は炭治郎を心配していた。

 蟲柱の稽古をつけさせられたのは炭治郎だけだった。伊之助はアオイとカナヲが監督する通常の機能回復訓練で、炭治郎だけが地獄の鍛錬を受けさせられたのだった。

 猪突猛進を胸に、身体を鍛え続けていた伊之助も、さすがにアレはヤリスギだとドン引きしていた。目にも留まらぬ速さでギンの木刀に殴り飛ばされた炭治郎を見て「あ、死んだか?」と思ってしまったほどだ。

 

「うん、心配してくれてありがとう伊之助。でも、"光酒"の点滴のおかげで昨日の疲れは……まあまだ残ってるけど大分良くなったし」

「けど権八郎……まだ顔がボコボコだぞ?」

 

 確かに、元々あった身体の傷は大分癒えた。しかし、打ち込み稽古でぼこぼこにされた顔はまだ腫れたままだった。あまりにも顔が変形しすぎて善逸も最初それが炭治郎か分からなかったほどだ。

 

「けど、本当にギンさんの剣は凄いんだ。一発一発が本当に重い。なのに、すごい速くて正確に俺が防御できない場所を狙ってくる。あんなに凄い剣は見たことがない。一切無駄がない、鍛え上げられた剣だった。あれが柱なんだ。だったら、俺もそこを目指さなきゃならない」

「権八郎……」

 

"上弦の弐"を倒した剣士――それが、自分の兄弟子の鹿神ギンと冨岡義勇だと。そう教えてくれたのは胡蝶カナエだった。

 

「ギンくんと、義勇君が助けてくれたの。上弦の弐に襲われて動けなくなった私を。上弦の弐は、氷の血鬼術を使う鬼だった。ひどく冷たくて、空っぽの心を持った鬼だった。そして――とても強かった。私では歯が立たない程に。けれど二人が私を助けてくれて、その鬼を倒した。義勇君はお腹に穴を開けられるほどの大怪我を、ギンくんは足の指を何本か落としながらも、その鬼を退治することができたの。私はその鬼の頸に刃を振るうこともほとんど叶わなかったのに。確か、炭治郎君と禰豆子ちゃんは、下弦の鬼と戦ったのよね?なら、きっと二人の鬼殺の技術がどれほど高いか分かるはず」

 

 ――昨夜、胡蝶カナエに手当をしてもらった後、禰豆子を撫でながらカナエは懐かしむように言った。禰豆子はカナエのことを気に入ったのか、カナエの膝の上で静かに眠っていた。

 結果だけ見れば、下弦の伍に炭治郎は勝てなかった。頸をあと一歩で斬り落とせるところまで来て、最後の最後に動けなくなってしまい、下弦の伍の累にトドメを刺すことができなかった。

 ぎりぎり間に合った冨岡義勇が助けに来てくれたことでなんとか生き残ることができたが、それでも十二鬼月がどれほど強いか文字通り身に染みるほど分かった。

 そして義勇とギンが退治したと言う上弦の弐は、炭治郎を追い詰めたあの累では足元に及ばない程の強さを持っていたと言う。

 

「あの時は本当に嬉しかったし、安心したなぁ……。ねえ、炭治郎君。今日のギンくんの鍛錬はどうだった?」

「……正直、遠いです。ギンさん……柱の人とあれほど差があっただなんて思いもしなかった」

 

 鱗滝さんの下で修業をして、それなりに強くなったはずだった。けれど、それでも累に勝てなかった。そして、その累よりも圧倒的に強い上弦を倒した二人の兄弟子の背中が、あまりにも遠い。

 

「ふふ。でもね、ギンくんは人に稽古をつけることなんてほとんどないのよ?」

「そ、そうなんですか?」

「ええ。私の妹のしのぶと、カナヲぐらいかな。剣を教えたのは。きっと、炭治郎君にも期待しているんだと思う」

「ギンさんがですか?」

「ああ見えて、ギンくんは強くなろうとしない子には見向きもしないから。けれど、必死に頑張っている子には必ず手を差し伸べてくれる。だから、頑張ってみて。そうすれば今よりずっっと強くなれるわ。元"花柱"の胡蝶カナエは、竈門炭治郎君と、妹の竈門禰豆子ちゃんを応援しています!」

「―――はいっ!」

 

 そうだ。これぐらいでくじけちゃ駄目だ。俺には努力することしかできないんだから。

 そして、こんな俺を応援してくれる人がいる。期待してくれる人がいる。なら、俺はそれに報いなきゃいけない。

 

「ギンさん!今日もよろしくお願いしますっ!」

 

 炭治郎はそう言いながら、道場の扉を勢いよく開けた。

 そこには、道場で蟲タバコを吸っていたギンがいたが、炭治郎の顔を見ると一瞬だけ目を見開き――そして笑った。

 

 ギンは、炭治郎は来ないと思っていた。自分が昔こなしていた鍛練を、ひょっとしたら炭治郎は逃げ出すんじゃないかと思っていたが――どうやら杞憂だった。

 

「よく来たな。じゃあ、今日の訓練を始めよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せっかく外が晴れてんだ。中じゃなくて外でやろう」

「え?今日は走り込みはしないんですか?」

「ああ……なんだその顔」

「い、いえ……今日は一体何をさせられるのかと……怖くなんかないですよ!?」

「膝、笑ってるぞ」

 

 炭治郎は、木刀を持たされてギンと相対している。もちろん、ギンも木刀を持っている。

 ちなみに伊之助は通常通り機能回復訓練の真っ最中。道場の中でなほ、きよ、すみ達3人娘によって地獄の柔軟を受けており、道場からは伊之助の「グォォォォォォォ」と言う涙が出る様な悲鳴が聞こえていた。

 

「今日は普通の打ち合いだ。とは言っても、ちょっとやり方を変える」

「やり方を?」

「さすがに、柱の俺と今のお前とじゃ、実力差がありすぎるからな。それでしのぶに怒られた。だから、これを使う」

 

 そう言ってギンが懐から出したのは、昨日鍛練中にギンに目隠しとして着けさせられた長い布だった。

 

「俺がこれを目隠しとして着ける。ま、これで実力差が埋まるとは思えねえが、(ハンデ)って奴だ。これを着けている俺に、一本でも取れたらお前の勝ちだ」

 

 ギンはそう言いながら、自身の目を隠す。

 

「そ、そんな状態でやれるんですか?」

「大丈夫だ。お前の剣ぐらい楽勝だ」

 

 ギンはそう言いながら、目隠しをした状態で木刀を構えた。

 

 ――本気だ。ギンさんは本気で目隠しをした状態で打ち合う気だ。

 

「先手はくれてやる。ほら、来い」

 

 炭治郎も、あの目隠しをしたからよく分かる。目を隠した状態で木刀を避けるなんて、ほとんど不可能だ。自分は鼻が利くから、目を隠した状態でも多少は周りの状況が分かる。

 けどそれでも目を隠した状態で剣を防ぐことはできない。

 でも、ギンさんならあるいは――?

 

「なら、行きます!」

 

 

"全集中・水の呼吸"

 

 

 木刀を構え、炭治郎は一気にギンに肉薄し、水の呼吸を叩き込む。

 

 

"弐ノ型 水車"

 

 

 ギンの前で跳び上がり、垂直に回転しながら木刀をギンの頭上へと振り下ろした。全身の力を込めた、今できる力を込めた。

 

 ――が。

 

「その技はもう呆れるほど食らったな」

 

 ギンは片手で炭治郎の木刀を防ぐ。

 

「くっ!」

 

 なんで?ギンさんは目隠しをしているはずなのに、まるでそこに俺が木刀を振り下ろすことを知っていたかのように防御した!

 どうやって俺が叩き込む位置を把握したんだ?

 

「くぉぉおおお!」

 

 気を抜くな!一発で終わるほど、ギンさんは、柱は甘くない!もっと畳みかけるんだ!

 炭治郎は自分に活を入れ、木刀を振るう。一見無防備に見えるギンの足元、脇腹、頭、肩、腕。あらゆるところに木刀を叩き込もうと腕に力を入れた。

 

「それがお前の全力か?無駄に力を入れ過ぎだ。足音も無駄にさせている。お前の位置は手に取るように良く分かるぞ」

 

 木刀を必死に振るう。だが、それでもギンには届かない。ギンは身体を逸らし、時にその場で跳ねながら、炭治郎の攻撃を躱していく。

 

 一歩も!一歩も動かせない!俺はこんなに動いているのに!

 

 ギンの後ろに回り込み背中に叩き込もうとしても、ギンは背中に目があるようにそれを防ぐ。不意を突こうと足先を殴ろうとしても、それを簡単に躱す。

 そしてすぐに気付く――剣を打ちこもうとしてから数分。まだ、ギンはその場から一歩も動いていない!

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 息が上がってきた。汗が気持ち悪い。けど、ギンさんは汗もまったく掻いていないし、息も切らせていない……!

 

「本当にスゴイ……あぁあああ!」

 

 不意を突こうとしても、手数で攻撃しようとしても防がれてしまう。

 それなら――速さで一点勝負だ!

 

 

"全集中・水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き"

 

 

 全力で放つ木刀の突き。

 間違っても目隠しをした人間に躱せる攻撃ではない。これでダメなら――

 

 半ば祈るような気持ちでギンに突進するが……

 

「なんだ、もう終わりか?」

 

 ギンはやはり一歩も動かず、左手で炭治郎の木刀の先を掴んでいた。

 

 雫波紋突きを……片手で掴んだのか!?あの速さの突きを、目を隠した状態で!

 

 驚きで言葉が出ない炭治郎だったが、まだ稽古は終わっていない。

 ギンに一本を入れるか、炭治郎が気絶するまで――まだ終わっていない。

 

 

「じゃ、そろそろこっちから行くぞ」

 

 

"全集中・森の呼吸"

 

 

 

 ギンさんから独特な呼吸音……来る!

 なんでもいい、目を逸らすな、見逃すな!少しでも相手の動きを見て、ギンさんの攻撃を防ぎ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"肆ノ型 山犬"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬でギンさんの姿が掻き消える。

 

 そして頭部に――多分、二回木刀を叩き込まれたんだと思う。気付けば俺の視界は庭の地面が迫ってきていて、俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギンさん」

「おう、カナヲか。ちょうどいい。今暇か?」

「…………」

 

 懐から取り出した硬貨を弾き、空中で回転しながら落ちてくる硬貨を取る。

 出てきたのは表だった。

 

「大丈夫」

「なら、こいつが目を覚ますまで看ててやってくれねえか。ちょっと俺は厠に行ってくる」

「分かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫?」

 

 目を覚ますと、俺の前には……青い空と雲、そして女の子が、俺の顔を覗きこんでいた。

 

「痛っ……だ、大丈夫……」

 

 確かこの子は……ここに来た時初めて会った女の子だ。確か、栗花落カナヲ。しのぶさんとカナエさんの妹だったっけ。

 

「ね、ねぇ。さっきのギンさんの技見た?」

 

 こくりとカナヲは頷いた。

 

「俺、全然見えなかった!すごい速くて、何も分からなかった!それに俺が全力で打ちこもうとしても全部防がれた!ギンさんは目隠しをしていたのに!本当にすごい!」

 

 俺がそう捲し立てるように話すと、カナヲは一瞬驚き、小さく微笑んだ。

 ……すごい綺麗な子だな。藤襲山で見かけた時も思ったけど……。

 

「あ、ご、ごめん。初めて話すのにこんなに……」

「大丈夫」

「よ、よかった。……それにしても、どうやったらギンさんに一本入れられるかな……」

 

 俺もあんな風になりたい。ギンさんのようにもっと強くなりたい。けれどどうやったらギンさんみたいに強くなれるのかまったく分からなかった。

 目隠しをしたギンさんに、たった一撃もいれることすらできない。目隠しをしたギンさんの攻撃を躱すことすらできなかった。

 俺とあの人では何が違うんだろう。匂いからしてまず違う。

 ……ん?そういえば、カナヲも……。

 

「ね、ねえ。どうしてギンさんはあんなに強いのかな?カナヲは知ってる?」

 

 今気付いたけど、カナヲもどこか匂いが違う。柱のギンさんや、しのぶさんと同じ、強い人に近い匂いがする。

 カナヲは俺より強いのか……?

 こんな華奢な女の子なのに、柱の人達と近い匂いがするのはなんでなんだ?俺もその秘密が知りたい。

 

「頼むカナヲ!俺はもっと強くなりたいっ。図々しいのは分かってるけど、教えて欲しいっ!」

 

 俺は必死に頭を下げて頼み込む。

 

「…………」

 

 すると、カナヲは懐から小さな銅の硬貨を取り出し、それを弾いた。

 

「……?」

 

 カナヲが空中に上げた硬貨を、手の甲でキャッチしたかと思うと――

 

「全集中の呼吸」

 

 カナヲは淡々とそう言った。

 

「え?」

「炭治郎は、全集中の呼吸、四六時中やってる?」

「……え?」

「朝も昼も夜も、眠っている間も、全集中の呼吸。やってる?」

「えっ……やって、ないです。やったことないです。そんなことできるの?」

 

 思わず敬語になってしまった。え。いやそんなことできるの?全集中の呼吸は一度するだけでもかなり辛いのに……?

 

「私は、できる。あとは柱の人……しのぶさんや、ギンさんも、いつもやってる、よ?」

「全集中の呼吸はちょっとやっただけでもかなりキツいんですけど……」

「やれば、体力がつく。もっと強く、なれるよ?」

 

 ――嘘の匂いはしない。カナヲからは、小さかったけど、優しい匂いがした。

 

 思いやりの匂いだった。

 

「わ、分かった!やってみるよ!ありがとうカナヲ!」

「…………どういたしまして」

 

 とてつもなく高い階段が、目の前に在った。登り切れるか分からない、大きな階段が。

 でも、カナヲから教えてもらったことで――その階段の一段目に、足をかけれた気がしたんだ。

 

 あとは、一歩ずつでもいい。登って行こう。そうすれば、禰豆子を守れる力を身に付けられる。仲間や人を助けられる力を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なかなかいい雰囲気じゃないか?」

「ええ、そうね!カナヲが同期の子に話しかけるなんて!お姉ちゃん嬉しいわ!」

 

 

 

 

 

 


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