え?蟲師の世界じゃないの?   作:ガオーさん

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鬼畜な修行をさせられた件について

ギンを見送った後のこと。

 

「行ってしまわれましたね、父上……」

 

杏寿郎が寂しそうにぽつりと呟いた。その言葉には同感だった。手間がかかる上にサボり癖のある少年だったが、この1年は新鮮なことばかりで、いつも驚かされてばかりだった。瑠火もこの日だけは目を赤く腫れさせて見送っていたのは印象的だった。さっきまでここにいたが瑠火はひと足早く家に戻ってしまった。今頃涙を拭いている頃だろう。

 

「ああ、どこまでも果てしない子供だった。苗のような少年だったのに、今では立派な大樹へと伸びつつある」

 

「……父上、腕は大丈夫なのですか?」

 

「なんだ、気付いていたのか?」

 

「はい。ギンは気付いていないようでしたが、右腕を庇うように動かれていましたから」

 

「そうか……見えたか?」

 

杏寿郎は首を振った。無理もない。あれだけの高速の剣戟はなかなかお目にかかれない。一般の隊士では最初の一撃目で倒れていただろう。

 

「八本目と九本目の突きは捌ききれなかった。骨は折れていないが、おそらくヒビは入っているだろう。あれでまだ11歳とは、末恐ろしい」

 

 これからどんどん身体も成長していく。それと共に更に技に磨きがかかるだろう。数年後、彼が一体どんな剣士になっているのか。

 

「母上も気付いておりました。後で医者をお呼びするそうです」

 

「敵わないな……。まだまだ炎柱としてやっていくつもりだったが、俺も歳を取ったか」

 

「…………」

 

「悔しいのか、杏寿郎」

 

「いえ……」

 

「嘘はよくない。その握り締めた拳が、そう言っている」

 

「……はい。悔しいです、父上。ギンの技を見た時、不甲斐ないことに『今の俺では勝てない』と気付いてしまいました」

 

「そうか。()は、か」

 

「はい。今は、です」

 

「――明日からまた鍛錬だ。気を引き締めろ。お前は俺の息子なのだから」

 

「はい!父上!」

 

 

 ギン。元気にやってこい。

 

 必ず生きろ。死ぬな。最終選別が終わったら、また顔を出しに来い。剣士となったお前と会えるのを、楽しみにしているぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆月▼日

 

 

 

 拝啓、煉獄槇寿郎様。いかがお過ごしでしょうか。手紙、嬉しかったです。

 狭霧山に来てから三ヵ月が経過しました。最終選別まであと少し。杏寿郎が合格したと聞き、胸のつかえがとれた気分です。

 私は現在、"目隠し修行"と言う常軌を逸したブートキャンプが敢行されており、正直真っ暗です。なーんにも見えません。

 

 槇寿郎様の紹介で狭霧山で鱗滝左近次殿に稽古を付けて頂いておりますが、はっきり言ってこれほどあなた様を恨んだことはありません。

 

 初日に「判断が遅い」といきなりビンタされたこと、山頂にいきなり連れて行かれたかと思えば「夜明けまでに帰ってこなければ飯抜き」とされたこと、山頂でいきなり布で目を隠されたかと思えば「目隠しを外したら破門」とまで言われました。

 

 煉獄一家での修業がお遊びだったんじゃないかと思えるぐらいの厳しく理不尽な修行が始まりました。この手紙も目を隠しながら書いてます。鍛練以外の時も目隠しを外したら破門だからだそうです。辛い。

 兄弟子の二人に手紙を見てもらいながら書いていますが、書き直すのはこれが十五回目です。

 ちなみに兄弟子二人に「二人は目隠し修行をしてるの」と訊いたら「いや、そんなのしたら危ないだろ?」と恐らく真顔で言われました。視界を隠しているためどんな表情をしているかは分かりませんが、多分哀れまれていると思います。

 

 さて、山に置いて行かれた私はすぐに山を下りはじめましたが、目を隠されているため軽く走っただけですぐに躓いて転がります。崖からも落ちかけました。

 しかもこの山、通常の山より空気がとても薄く、ただでさえ現世の空気に慣れていないこの身体では少し走っただけで酸欠を起こしてしまいます。

 更に更に、この山には左近次様によって大量の罠が設置されており、視界を隠された状態でそんな罠を避けきれるわけもなく、罠に面白いほどかかってしまいます。

 落とし穴、竹槍、ククリ罠、丸太罠、その他もろもろ。

 森で鍛えられた為、怪我自体はあまりしませんでしたが罠と目隠しのせいで下山したのは昼頃。その日の食事は抜きにされました。とほほ。

 

 何故こんなに難易度高いの、と左近次様にお尋ねした所、槇寿郎様から手紙で「殺す気でやっていい」と聞いたからだそうで。

 

「鹿神ギンは俺の継子だが、炎の呼吸に適性がない。だが、才能と伸び代は一般の隊士を遥かにしのぐ。殺す気でやっていいので彼を鍛えてやってくれ」

 

 確かに、森の呼吸を使えなくなった私にとっては、この狭霧山での鍛練は絶好の場所でしょう。

 実際、鍛練をひとつ終えるたびに、酸素が薄い現世の空気で、効率よく身体に酸素を行き渡らせることができるようになっています。森の呼吸も以前より格段にキレが増すようになり、このまま行けば最終選別までに森の呼吸を参ノ型まで使うことができるようになると思います。

 

 さすが元水柱と言うべきか、変幻自在な歩法を得意とする水の呼吸は大変刺激になり、参ノ型を改良することもできました。まだ実戦で使うには程遠いですが、兄弟子二人にもこの技でなんとか一本を取れたので、会得するのは時間の問題だと思います。

 また、この目隠し修行も最初は頭おかしいんじゃねえかと思いましたが、言われてみれば私は隻眼。普通の人間より死角が生じやすく、辺りの気配に敏感にならなければ敵の攻撃を避けれない為、五感を鍛える修行だったそうです。おかげで最近は左近次さんほどではないですが耳や鼻もよくなり、最初は目隠し山下りで半日かけなければできませんでしたが、最近は一刻もかけずにできるようになりました。どんどん私も人間を卒業している気がしてなりません。ひょっとしたら鬼殺隊は人外が跋扈する隊なのでしょうか。今さらながら命が惜しくなった気がしなくもありません。

 

 ですが、自分でやりだしたこと。

 杏寿郎が最終選別を突破したのなら、私も槇寿郎様の継子として後に続いて見せます。

 

 自分が今こうして修行に励むことができているのは、これも一重に槇寿郎様が左近次様を紹介してくださったおかげです。これからもより一層精進いたします。

 瑠火さん、杏寿郎、千寿郎によろしく言っておいてください。

 それでは、お元気で。

 

 

               修業が辛い 鹿神ギンより

 

 

 

 

 

 

 

 

 追伸

 瑠火さんに「槇寿郎さんが以前、自分が保管していた光酒をちょろまかし、酔った勢いで俺を色街に連れて行こうとした」という手紙を送らせていただきました。

 これからも夫婦仲良く、一層のご活躍を祈念しております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ギン、本当にこの手紙を送るのか?」

「……やめておいた方がいい」

 

「いや、俺はやられたらやり返す派だから。倍返しする派だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ×月☆日

 

 

 鱗滝さんの修行は朝が早い。

 陽が昇る少し前から一日が始まる。

 

 朝の日課は山下り。

 

 朝食までに山頂と麓をダッシュで往復すると言う物だ。狭霧山は空気が薄く、少し走っただけで呼吸が乱れる。更に鱗滝さんが設置した大量の罠が、行く手を阻む。

 

「どうした義勇!もうへばったのか!男なら、もっと早く進め!」

「……もちろん!」

 

 鱗滝さんに弟子入りしてから、兄弟子が二人増えた。錆兎と、冨岡義勇だ。

 口数が少なく、物静かで黒髪なのが冨岡義勇。

「男なら」が口癖で、宍色の髪と口元の傷が特徴的な錆兎。

 歳は俺と同じで、今十二歳だ。

 

 今はそれなりに仲はいいが、最初はかなりやっかまれた。特に錆兎に。嫌われまくった。

 

 まあ、それは多分当然だと思う。俺の見た目は人外のアレだし、炎柱の紹介ということもあって鱗滝さんから結構優遇されている。

 優遇っていうかシゴキなんですけど。なんですか目隠し鍛練って。 

 

「ギン!遅れてるぞ!」

「無茶言うな」

 

 こちとら目隠ししてるんだぞオラァ。

 鼻と耳がよくなったおかげで大分周囲の環境が分かるようになったとはいえ、鱗滝さんのように人の感情が分かるほど俺の鼻は良くはない。

 だから必然的に手探りと耳に頼らなければならず、錆兎や義勇と比べると走る速さは遅くなる。それでも最近は飯抜きにされる前に戻ってこれるようにはなっている。

 錆兎は「男ならこれぐらい躱してみせろ」とか言うけど無茶言うな。だって最近は山の罠がパワーアップしているから、無暗やたらに走れないのだ。落とし穴の中に落ちた者を串刺しにする竹槍が仕込んであったり、引っ掛かると鋭いナイフが飛んで来たりするのだ。

 先日、目隠しをしていても問題なく山を下れるようになった俺を見て、鱗滝さんが「この調子なら、錆兎達と同じ罠にしてもよさそうだな」とか言ってたけど、全然よくないです。せめて目隠し外させてください。

 

 

 

 昼間は木刀による打ち合いだ。身体は俺を含め三人とも出来上がっているので、今は木刀による実戦形式の鍛練をするようになっている。

 

 これも当然、俺は目隠し。錆兎と義勇は目隠しをしていない。人間は不平等だと言うことをはっきり思い知った。

 しかもこの二人、本当に強い。次の最終選別を受ける為、水の呼吸をほとんど完璧に会得している。

 

 

"水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き"

 

"森の呼吸 弐ノ型 剣戟森々"

 

 

 錆兎の突きと、俺の突きが交差する。だが、俺の攻撃を捌ききれないと悟ったのか、義勇が錆兎のフォローに入る。

 

"水の呼吸 肆ノ型 打ち潮"

 

 義勇と錆兎は二人掛かりで俺の十連撃を見事に捌き切る。

 

「ちょっ……二人掛かりは卑怯だろ!」

「お前の方が強いのだから仕方ない」

 

 何が仕方ないだ義勇テメェ!

 

"森の呼吸 壱ノ型 森羅万象"

 

 袈裟切りで飛び出してきた義勇に刀を振り下ろす。義勇も俺の動きを読んでいたのか、すぐに迎撃態勢に入った。

 

"水の呼吸 参ノ型 流流舞い"

 

 木刀と木刀がぶつかり合う。何度も何度も。

 

「こっちは目隠ししてるんだぞコラァ! もっと手加減しろぉ!」

「甘えるな!男なら!」

 

 二人のコンビネーションは完璧だ。聞いてみると長い間鱗滝さんの所で過ごしていたらしく、そのせいかお互いの長所と短所をしっかりと把握している。

 錆兎が攻撃を捌ききれない時は、素早い義勇が牽制を。

 義勇が力で押し切れない時は、力が強い錆兎がフォローをする。

 目隠しをしていた当初は二人の木刀を避けきれず何度気絶させられたか分からないが、最近は俺の方が勝ち越している。伊達に炎柱の稽古を受けていない。

 だからか、本来は総当たりでやるこの打ち合いの稽古も、最近は俺 VS 錆兎&義勇 という図が恒例となりつつある。

 

「だったらお前らも目隠ししろよ!」

「「………………」」

 

 何か言えやゴラァァァァァァァ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鱗滝さんが、なんか変な奴を連れてきた。

 

「今日から、最終選別までここでお前達と鍛練をすることとなった鹿神ギンだ」

 

 そいつは、緑色の眼と、白い髪をしていた。「変わった風貌だな」と義勇がぽつりと言っていたが、俺はそれどころではなかった。

 右目が長い前髪で隠れていたせいで義勇は気付かなかったみたいだが、俺は横からそれをはっきり見てしまった。

 まるで闇を掬い取ったかのような、真っ黒な眼をしていたこと。いや、あれは眼と言えるのだろうか?

 眼球を抉り取って、その中に真っ黒な墨を注ぎ込んだような……。

 

 とにかく、俺は奴が恐ろしくてたまらなかった。義勇には「近づかない方がいい」と言ったが、「何故だ?」と首を傾げるだけだった。

 

 鱗滝さんも、なんであんな奴を弟子にしたのか分からない。あんな得体の知れない目を持つ男を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 鱗滝さんは、ギンに「目隠し修行」を課した。

 訊けば、あの右目は何も見ることができず、隻眼のような物らしい。その為、常人よりも死角が多い。それを補う為、五感を鍛える修行が目隠し修行だそうだ。

 

 義勇はその修行内容に震えていた。この罠だらけの狭霧山を、目隠しで下るなど自殺行為だ。

 

 ギンは黒い布で眼を隠し、その布を取ることを禁じられた。

 

 俺はそれを聞いて、少しほっとしてしまった。

 もう二度と、あの眼を見なくて済む。闇をそのまま写し取ったようなあの黒を、布が覆ってくれて見なくて済むと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギンも俺達と同じく、鬼殺隊に入隊するために鍛練に加わった。

 目隠しをしているからか、山を下るのに半日近くかかる。罠にも相当かかっているそうだ。

 

 この調子なら、いずれ音を上げて逃げ出すかもしれない。

 

 そう期待すらしてしまった。そして、自分がギンを恐れていたこと、あわよくばいなくなってしまえばいいと、そう考えてしまった自分を嫌悪した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギンは逃げ出さなかった。

 いや、口では「トレーニングは嫌だ」とか、時々よく分からない言葉を言っていたが狭霧山から逃げようとは一度もしなかった。

 それどころか、最近では山を下る速度が俺達に追いつきつつある。

 目隠しをしているくせに、平然と走ることができている。

 

 なんでだ?俺だったら、あんな目隠しをしていたらこの山から無事に下りて来れる気がしない。なのにギンは傷一つ負わずに帰ってくることが多くなった。

 打ち合い稽古も、あいつは目隠しをしているくせに、まるで俺の攻撃が見えているかのように躱し、攻撃してくる。最近は義勇と二人掛かりでないと倒せないほどに。もし、目隠しを外していたら、多分俺達はまったく勝てない。

 義勇はそんなギンに懐いている。

 

「義勇は足運びが上手いから、その長所をもっと伸ばせばいいんじゃないか?素早く、どんな体勢からも剣を繰り出せるのが水の呼吸の特徴だから、それを活かしていけばいいと思う。力より速さと手数の多さで勝負しよう」

「力は必要ないのか?」

「あった方がいいに越したことはないけど、これからどんどん身体も大きくなるし、今はそこまで気を遣わなくていいんじゃないか?今は体をもっと柔らかく使うことを意識した方がいいと思う」

「なるほど。分かった」

 

 ギンの助言は的確で、義勇はみるみる内に実力を付けて行く。

 

 器が違う。素直にそう思わされてしまう。

 

 あいつを見ていると、まるで森の樹を思い出す。分厚く太い、大樹のような大きさを。

 

 何が違う。俺とあいつと、何が違う?

 

 ずっと鱗滝さんの修行を受けてきた俺と、一体何が違う?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「錆兎、何を悩んでいる」

 

 ある日、皆が寝静まった晩。軒先で俺は鱗滝さんに呼び出された。

 

「悩んでなど」

 

「剣は口以上に物を語る。お前の心は、氾濫した川のように乱れているな」

 

「…………はい」

 

「原因はギンか」

 

 俺は頷いた。

 

 

 先日、俺達は最終選別の条件を言い渡された。

 

 

 身の丈以上の大きな岩を斬れと、鱗滝さんに伝えられた。

 

 山の中に置かれた、巨大な岩を斬れと。

 

 さすがの俺も、義勇も目を見開いた。

 

 

 こんな物、斬れるわけがない。そう思った矢先だった。

 

 

 

 

 

 

 "森の呼吸 参ノ型"

 

 

 

 

 ギンが、居合の構えを取った。

 森の中に吹く風のような呼吸音が響き、そして――――

 

 

 

 

 

 "青時雨(あおしぐれ)"

 

 

 

 

 ギンは見事に岩を斬ってみせた。あんなに固そうで巨大な岩を、まるで豆腐を斬るかのように。

 

 

「ギン。最終選別に行くことを許可する」

 

 

 義勇は「さすがだな」と感心している。その眼には自分もやるぞというやる気に満ちている。

 

 

 けれど――俺の前には、巨大な大樹が生えている。それはまるで、俺を通せんぼするかのような。これ以上先に進めないと、俺に突きつけているようだった。

 

 

「鱗滝さん、俺はどうしたら……」

 

 

 人を守ると、誓ったはずだった。それに伴った実力も、あったはずだった。

 けれど、所詮井の中の蛙だった。

 

 親を鬼に殺され、鱗滝さんに引き取られ、強くなれたはずだった。男として、強く、そして多くの人を守ると。

 

 けれど、今の俺は「自分が強い」と言うことができなかった。

 

 最終選別まであと十ヶ月もない。それまでに、あの岩を斬れる自信が――

 

 

「ギンと話してみろ」

 

 

 鱗滝さんはそう言った。

 

 

「しっかりと話してみろ。そうすれば答えが出る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしているんだ、こんなところで」

 

 次の日の夜。

 ギンが家にいなかったので探してみると、この山で一番高い杉の樹の根本に寄りかかって一人でぱいぷ煙草というものを吸っていた。

 

「蟲タバコ。この山、光脈筋じゃないから蟲が少なくて過ごしやすかったんだけど、最近俺が来たせいか蟲が増えて来たんだ。そのための対策」

 

 ギンは、時々不思議なことを言う。蟲とか、光脈筋とか、目に見えない何かについて話している。

 

「それにしても、鱗滝さんってあんなに弟子がいたんだな。11人も」

「は?」

「皆鱗滝さんを慕っている。お前もそうなんだろ?」

「……鱗滝さんは、俺達の親代わりだからな。皆鱗滝さんのことが好きなんだ」

「羨ましい。俺は森の呼吸だから、鱗滝さんと同じ呼吸は使えない」

 

 羨ましいだと?俺より強い癖に、何言ってるんだ。

 

「鱗滝さんの弟子は、もう11人も最終選別で死んだらしい。知ってたか?」

「……いや」

 

 そんなこと、俺は鱗滝さんから聞かされていない。なんで、お前ばかり特別なんだ。

 

 胸の中からそんな感情が湧き出てくる。だが俺はそれに無理やり蓋をして、以前から聞きたかったことを訪ねた。

 

「目隠しをしていて、怖くないのか?」

「怖いよ。でも大したことじゃない」

「何故?」

 

 俺がそう訊くと、ギンは少しの間悩むように俯き、やがて顔を上げて言った。

 

 

「俺の記憶は、五歳より以前の記憶がない。一番古い記憶は、真っ暗な闇を歩いている光景だ」

 

 

 その場所を、ギンは常闇と言った。

 

「闇には二種類ある。月明かりが無い夜。目を閉じたり、陽を遮ってできる場所。もうひとつが、常闇。普段は物陰の中に潜んでいるけど、時々生きている物を取り込む」

 

 そこは永久に陽が差さない。灯りも何もない。真の暗闇だ。

 

「気付いたら俺はそこにいて、当てもなく彷徨って、なんとか抜けだした頃には片目がなくなっていた。あの闇は本当に恐ろしかった。今でも時々夢に見る。暗い暗い場所から出られずに、閉じ込められる夢」

 

 嘘のようなおとぎ話だった。そんな場所、聞いたこともなかった。けれどギンの語りを聴いていると、本当にそんな場所があるのではないかと思わされた。

 ――いや、きっと嘘なんかじゃない。ギンは本当にそこにいたんだ。

 きっとあの右目のような闇しかない場所に、ギンはいたんだ。

 

「…………それに比べたら、大したことないなって気付いただけだ」

 

 ギンはそう言って笑った。

 

「最初はなんだこのクソ修行って思ったけど、今は感謝してる。それに、暗闇の中でしか見えないこともある」

 

 何故そんな風に言える。何故そんなに強くいられる?

 

 

「どうやったら、お前みたいに強くなれる?」

 

 

 ぽろりと、口からそんな言葉が漏れ出してしまう。言うつもりがなかった言葉。

 でも、口からこぼれた瞬間俺は気付く。

 ああ、そうか。俺はギンに憧れていたのか。

 

「……それ、義勇にも言われたな」

 

 ギンはそう言って安心したように笑った。

 

 

「恐れや怒りに眼を眩まされないこと」

 

 

 人も、鬼も、森も、空気も、山も、闇も、光も、ただそれぞれが在るように在るだけだ。

 

 

「俺達は呼吸法を身に着けている。知恵もある。理不尽な障害から、逃れる力を持っている。そして、立ち向かう力も。それを忘れなければいいだけだよ」

 

 

 ギンはそう言った。不思議と、俺の心にその言葉はすとんと入ってきて、「なんだ、それだけでいいのか」と納得して、俺の頭の中の迷いは晴れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え。何してるの」

 

「目隠しだ。俺もお前と同じ修行をする。男だからな。負けてられない」

 

 

 まだまだ俺は未熟だ。けれど、もっと強くなることはできる。

 

 進み続ければいいんだ。それが俺の在り方だ。

 

 

 

 

 ――――でも、目隠し修行はやめよう。

 

 

 

「おーい、大丈夫か?やっべぇモロに当っちゃったよ」

「俺はやめておけって言った」

「義勇、お前経験者なんだからしっかり止めろよ。前に錆兎と同じことして伸されたくせに」

「……俺は気絶してなどいない」

「嘘つけ。特別な訓練を受けてないと目隠し修行はできないんだぞ。おーい、錆兎ー。しっかりしろー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目隠し修行を始めてから、約一年。

 狭霧山の空気の薄さにも大分慣れてきた。今では全集中の呼吸・常中も問題なくできるようになりつつある。

 

「準備はいいか、義勇。錆兎」

 

「ああ」

「もちろん」

 

 二人の兄弟子達は、刀を抜きながら大きな岩の前に立ち――

 

 

 

 岩を斬った。

 

 

 

 

「よくやった。義勇。錆兎」

 

 

 

 見守っていた鱗滝さんが珍しく嬉しそうに、感慨深そうに頷いている。

 

 

「ギン。お前も一年間よく目隠し修行を耐え抜いた。もう取っていいぞ」

「ようやく―――うわ、目まぶしっ。めっちゃ痛い……ん?」

 

 なんだよ、義勇。錆兎。そんなに俺の顔を見つめて。

 すると二人はそっと微笑んで、錆兎はこう言った。

 

 

「いや――お前の左目は、森のように綺麗だなと思っただけだ」

「俺もだ」

「なんだよそれ。口説いてるのか?気色悪い」

 

 

 俺がそう言うと、せっかく人が褒めたのになんだその態度は!と二人に追いかけられた。

 

 

 

 次はいよいよ、最終選別。

 

 

 

 

 

 




大正こそこそ話


 ギンがシシガミの森で編み出した"森の呼吸"は、現世ではほとんど使えなくなった。壱ノ型は独自で生み出した物だが、弐ノ型は煉獄槇寿郎の炎の呼吸で、参ノ型は鱗滝左近次の水の呼吸で改良した特別な技。






森の呼吸 壱ノ型

"森羅万象"


森羅万象とは、この世に存在する全てのものや現象。
「森羅」は生い茂った木々がどこまでも並び続いている様子のことから、無数に連なるという意味。
「万象」は形あるもの全てという意味。

 袈裟切りの型。呼吸で貯めた酸素を両腕に回し、一気に振り下ろす。
 斬味は大岩をも真っ二つにするほど。



森の呼吸 弐ノ型

"剣戟森々"


恐ろしくなるような厳しく激しい性格のこと。
「剣戟」は剣と矛ということから、武器のこと。
「森森」は数多く立ち並んでいる様子。
多くの武器が立ち並んでいる様子を性格にたとえた言葉。

 連続の突きの型。本来、森の呼吸では威力はそこまで出ないが、パワー型の炎の呼吸でアレンジした技。相手の懐に一気に潜り、10連続の突きを放つ。




森の呼吸 参ノ型

"青時雨"

木々の青葉にたまった雨水が、不意に落ちてくる現象。
青葉の木立から落ちる水滴を、時雨に見立てた語。主に俳句に使われる季語。

 居合斬りの型。目にも捕えられないほどの速さで斬り払う、森の呼吸の技の中で最速の技。音が一切ない無音の技で、相手は斬られたことすら気づかずに絶命する。水の呼吸を混ぜ合わせたことにより、どんな体勢でも居合を放てるようになった。
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