え?蟲師の世界じゃないの?   作:ガオーさん

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雷の音


 

 

 異形の鬼を狩る鬼殺隊の隊士の間で、真しやかに囁かれている噂がある。

 

 その者は、白髪に緑の眼を持ち、人には見えない異形のモノを退治し、人々を守っている。

 

 鬼を狩りながら、各地を旅し、異形のモノを研究する男が、一人いる。

 

 

 

 

 

「……あれから7年か。義勇も妹弟子も、元気にやってるようで」

 

 

 

 

 

 

 

 その者が背負う薬箱には、様々な薬や異形のモノが棲む。

 

 

「ふぅ。蟲タバコ、すっかり癖になっちまった」

 

 

 ある者は、黄金色の酒を呑ませてもらい、不治の病から回復したと言った。

 

 

「ああ、そうだ。今度は耀哉の定期検診か。光酒も随分減った。また調達せにゃ」

 

 

 ある者は、家に黒い穴を開ける何かを追い払ったと言った。

 ある者は、不思議な術で鬼を闇に封じ込めたと言った。

 

 

 摩訶不思議な異形を祓うその噂が嘘か真か、知る者は少なく。

 

 

 隊士達はその男を―――『蟲師』もしくは『蟲柱』と呼んだ。

 

 

 

 

「――よいしょっ。さてと、行くかね」

 

 

 

 

 薬箱を背負い、鬼狩りをしながら各地を回る男が、一人いる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 町から離れた小さな村。辺りは山と、田んぼと、畑、そして原っぱに囲まれている。

 自然に包まれたこの里には、鬼殺隊の元柱である"鳴柱"桑島慈悟郎と言う老人が住んでいると耀哉から聞いた。

 その老人は頬に大きな傷跡があり、片足が義足だとか。それぐらいの特徴があれば、すぐに見つかる。

 

 

「この辺りに、桑島慈悟郎(くわじまじごろう)という老人はいませんか」

 

 

 村の住人に訊いてみると、すぐにその老人が住んでいる場所は分かった。近くの一本松の傍に居を構えているそうだ。

 

 

 

「――――ん?」

 

 

 

 あの一本松……真っ黒だ。焼けたのか?

 ……その割には、周りは火が回っていない。燃えたのはあの木だけで、周りに被害はない。

 

 ということは、雷か。だが、あの木に蟲の気配はない。

 

 どうやら話に聞いた通りの様だな―――と思った瞬間。

 

 

「いぃぃぃいいいいいやぁぁああああぁぁああああああああ!!!」

 

 

 一本松の近くの家から、甲高い叫び声が聞こえた。

 

「いやぁぁぁぁもう鍛練は嫌だァァァァァ!死ぬ死ぬ死ぬ!これ以上やったら死んじゃうってぇぇぇぇ!!」

「こりゃ善逸!!しっかりせんか!!また雷に打たれても知らんぞ!!」

「いやだよぉぉぉお雷に打たれるのはもっと嫌だけど鍛練も絶対いやぁああああ!落とし穴だらけの山を走らされたりだとかもう訳分かんねえよあんなの人間がする鍛練じゃないでしょ!?俺はもっと楽に生きたいのぉぉぉお!!」

「軟弱なことを言うなバカモノ!!」

「ぎゃっ!!」

 

「えぇ……」

 

 呼び出された場所、縁側の柱にしがみついて泣きわめいている子供と、それを叱咤する爺さんがいた。ちなみにその子供は爺さんに殴られて気絶した。

 

「まったく……ん?」

 

 すると、爺さんと目があった。

 

「どうも。アンタが、鳴柱の桑島慈悟郎さん?」

「そうじゃが……お主は?」

「産屋敷耀哉から文をもらい、こちらに伺わせて頂いた者です」

 

 

「ほう、お主が。すまぬの。鬼殺の任務で忙しいだろうに、わざわざ出向いてもらって」

 

 さきほどの雷親父は一体どこに行ったのか。老人は丁寧に頭を下げた。

 

「いえ。鳴柱様に頭を下げてもらうほどの者ではありません。それで、そこの黄色の髪の少年が、文に書かれていた我妻善逸君?」

「そうじゃ。儂の弟子じゃ……お主の名は?」

「おっと失礼」

 

 

「蟲師のギンと申します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一年程前じゃ。儂の弟子、我妻善逸が『いやもう死ぬと思うので!これ以上したら死ぬと思うので!』と言って、儂の鍛練から逃げ出そうとしたのじゃ。その時に、あの一本松に攀じ登ってダダをこねての」

「声マネが無駄に上手だな爺さん。で、その時に雷が落ちたと」

 

 桑島の爺さんは神妙な面持ちで頷いた。

 居間に案内された俺は、茶を呑みながら桑島の爺さんに事情を聴かせてもらっている。あ、我妻君は居間の布団で眠っている。暢気に鼻ちょうちんを作って、随分気持ちよさそうだ。

 

「この一帯はよく雷雲が出る。運が悪いことに、一本松に攀じ登っておった善逸に雷が当たり、元々黒かった髪の毛はあのザマじゃ。不思議なことに怪我は多少火傷した程度で、後遺症もなかった。儂は偶然じゃろうとタカをくくったんじゃが……雷雲が出た時、善逸はあの松の上に攀じ登るようになった。そして善逸が一本松に登った時に限って、雷が――――」

 

 爺さんはどこか悔しそうに眉を潜めた。おそらく、自分の弟子が雷に何度も打たれているという異常事態なのに、自分では何もできないことが分かっているからなのだろう。

 

「今まで雷には何度?」

「ちょうど、この間の雷で六度じゃ」

 

 六回……。よく生きていたな。

 

「ちょいと失礼」

 

 俺は布団で眠っている善逸君の服を捲る。すると、小さな(へそ)が見えた。

 

 

 ―――いるな。

 

 

 案の定、臍の辺りからかなり強い蟲の気配がする。

 手を近付けると、ぴりっと針が指に刺さったような痛みが走った。静電気だ。2年ほど前にもこの蟲は見たが、ここまで強い気配は初めてだ。

 

「なんじゃ、何か分かったのか?」

 

 心配そうに覗きこむ爺さんに、俺は頷いた。

 

 

「ああ、こいつは蟲の仕業ですな」

 

 

 ―――バチン。

 

 

 ん? 何かが割れたような音がしたかと思って見てみると、目をばっちり見開いた我妻善逸君と目があった。

 

 

「あっ」

 

 

 

『いいぃいぃいぃいいいやああああああああああああああああああああああああ!!!!』

 

 

 

 一際大きな絶叫が、屋敷の外まで轟いた。

 

 

「なにこれなにこれなにこれぇ!なんで俺服をはだけさせられてるのなんで俺いつの間にこんなところに寝てるの!?なんでこの男の人俺の服を捲ってるの!?いやぁぁあああ俺にそっちの気はないんですぅ俺に男色の趣味はないんですああぁぁ!俺の貞操どうなっちゃったの俺が寝ている間に汚されちゃったの!?」

 

「おい、落ち着け」

 

「どうせなら可愛い女の子に夜這いされたかった誰が好きでこんな男に俺の貞操を奪われなきゃなんないのぁぁあああもう死ぬしか!こんな汚れた体の俺は死ぬしか!爺ちゃん助けてぇぇぇえええ!!」

 

「落ち着けっての」

 

 ドシュッ。

 

「げぶっ」

 

 思わず腹パンして悶絶させてしまったが、俺は悪くない。

 来てまだ四半刻*1も経っていないのに、もう帰りたくなってきた。こんなことならしのぶを代わりに来させればよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 腹パンからなんとか起き上がれるようになった善逸君と爺さんに、話を続ける。

 

「蟲?そんなのが、俺の臍の中に?」

「ああ。善逸君の臍には、"招雷子(しょうらいし)"と呼ばれる蟲が寄生している」

「しょう……らいし?」

「なんじゃそれは。儂は七〇年生きておるが、そんな虫は聞いたことも観たこともない」

「そりゃそうです。蟲と言うのは、見ることができる人間は限られている。生命の境界線があやふやで、生命そのものに近いモノ達だ。見ることができる者は見れるし、見れない者には一生見れない。しかも、この蟲は本来、空の上をふわふわと漂っていてね。普通ならまず、お目にかかれない珍しい蟲だ」

「ならどうして、俺の臍に?」

「招雷子は稀に、落雷の拍子に幼生が地上に落ちてくることがある。だが、幼生の招雷子は、自ら上空に戻ることはできず、近くの木のくぼみや、人間がいた場合臍から体内に入り、身を隠す。そして体内から放電して雷雲を呼び宿主に落とし――それを喰って力を蓄える。いつか空の上へ帰る為に」

 

「「―――はぁ」」

 

 善逸君と爺さんは信じられない、とでも言いたげに口を開けている。

 

「雷の呼吸の使い手に"招雷子"が寄生するとはな。ある意味縁起はいい。善逸君」

 

「は、はいっ」

 

 さっきの腹パンで俺にビビってしまったのか、善逸君は緊張したかのように背筋をピンと張った。

 

「雷雲が近くなった時、腹の辺りが熱くならなかったか?」

 

「なっ、なりますっ。こう、お腹の辺りがごろごろーっていうか、びりびりーっていうか……なんというか、近くに雷が来るって分かるんです。本当になんとなくなんだけど、爺ちゃんのこの屋敷に雷が落ちたら危ないから、あの松の木の上に登っていたんだ」

「……そうだったのか、善逸」

「なるほど。賢いお弟子さんのようで」

 

 もし、この少年が"招雷子"の変調に気付かず、屋敷の中、もしくは誰かの傍にいたら―――間違いなく雷は周囲の人間を巻き込んでいただろう。寄生された人間はともかく、それ以外の人間は絶対に死んでいた。

 

「な、ななな」

「ん?」

「俺がそんなこと言われて嬉しいと思ってるのかこの野郎!さっきのことだってまだ許したわけじゃないんだからなっ」

 

(……滅茶苦茶嬉しそうじゃねーか)

 

 ちらりと爺さんの方を見ると、爺さんも何故か「そ、そうじゃぞ。善逸は元々賢いし凄いんじゃっ」と、照れていた。自分の弟子を褒められたからか……師弟はこうも似るもんなのかね。いや、どっちかと言うと、孫を可愛がる爺か。

 

「ま、"招雷子"は雷を喰う。雷に当った人間は、そのおかげで軽傷で済むが……何度も当たっていると、やがて命を落とす」

 

 俺がそう言うと、ビシリ、と二人の師弟は固まった。

 

「いいいい嫌だ嫌だ雷に打たれて死ぬだなんてまっぴらごめんだぁぁぁぁギンさんなんとかしてぇぇぇぇ!」

「そそそ、そうじゃ!お主、早くそのしょうらいしなんていういけ好かない蟲を善逸から取っ払ってくれ!」

「いや落ち着け。死ぬと決まった訳じゃない」

 

 照れたり慌てたり、忙しい奴らだな。

 

「とりあえずは、雷雲が出てきたら大きな(ほら)に潜るといい。とりあえずはそれで雷から逃れられる。あとは善逸君。臍の緒はあるか?」

「臍の緒?」

「臍の緒で煎じ薬を作れる。それを呑めば、招雷子は臍から体外に出ていく。あとは……もう一度雷を喰らって、招雷子が育ちきるのを待つか、だな」

「…………俺、親がいないんだ。元の家も、もう残っていない。だから多分、臍の緒も……」

「となると、蟲下しを作るしかねえか……」

 

 蟲下しの材料、あったかなぁ。今ある量だと、善逸君の臍にいる蟲は引っ張り出せそうにないんだよなぁ……。六回も雷を喰って、それでも臍から出ていないと言うことはよほど善逸君の中が居心地がいいのか、相当でかい蟲なのだろう。この里に薬草が生えているといいんだが。

 そんな風に頭を悩ませていると、爺さんはとんでもないことを言い出した。

 

「それなら、もう一度雷に打たせればよいのではないか?」

「爺ちゃん!?」

 

 何そのスパルタ方式。善逸君、目が飛び出るほど驚いてるよ?

 

「善逸。お主は馬鹿じゃ」

「ひどいっ!」

「善逸。お主は馬鹿じゃ」

「なんで二回も言ったの!?ねぇなんで二回も言ったの!?」

 

 すると、爺さんはぽこぽこ善逸君の頭を叩き始めた。

 

「善逸。刀の打ち方は知っておるか「いや知らんよ」刀はの、叩いて叩いて叩き上げて不純物を飛ばすのじゃ「ねえなんで叩くの?」鋼の純度を上げ、強靭な刀を造るのじゃ」

「だからなんで叩くの!?その話は何度も聞いたよ!それとこれと何の関係があるわけ!?」

 

「じゃからの善逸。雷に打たれて強くなれい」

「何言ってるんだよ!?俺生身の人間だよ!?普通の人間は雷に打たれたら死んじゃうんだって!ていうか刀の打ち方と雷は関係ないでしょ!?」

 

 漫才かよ。仲いいなこの師弟。

 

「大丈夫じゃ。そのしょうらいし?とやらが軽傷で済ませてくれるんじゃろ?」

「いやいくら軽いからって傷は負うし痛いんだってば!!」

「イヤァァァァァァァ」と善逸君が泣き喚く。俺も昔はあんな感じでブートキャンプを嫌がってたなぁ、なんて思い出す。

 それにしても、このまま雷に打たれたらどうなるか……。善逸君の髪の色が突然変異なのか変わったりしてるし、もしかしたら身体が強くなったりするのだろうか。

 ちょっと見てみたいが、あまりお勧めできない方法なので爺さんを止める。

 

「やめておいた方がいいぞ爺さん。いくら"招雷子"に寄生されているからって、六度も雷に打たれて無事だったなんて聞いたこともない。今まで大丈夫だったからって、今後も打たれて平気だと言う保証はない」

「そうなのか……」

 

 なんでちょっとしょんぼりしてるんだ。

 

「とにかく、二日ほど時間をくれ。それまでに蟲下しを作っておく。それを使えば、蟲も体の外に追い出せるはずだ」

「よ、よろしく頼みます」

 

 善逸君はぺこりと頭を下げる。

 さて、とっとと薬作ってきますかね。

 

「そういえばお主、宿はどうするのじゃ?」

 

 すると爺さんがそう尋ねてきた。そうだなぁ……。

 

「とりあえず、近くに村があったからどこかに泊めてもらおうかと」

「なら、ここに泊まればいい」

「いいんですか?」

「ああ、じゃがその代わり」

「?」

 

 

 

 

 

「儂の愛弟子を、ちょっと鍛えてくれんか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 原っぱの草が揺れる音がする。

 がたがたと歯を鳴らし、怯えている少年の音がする。

 

「無理無理無理。死ぬって。爺ちゃん死ぬって」

「師範と呼べバカモノ」

「だってあの人、さっきまで気付かなかったけどすっげー強そうな音がするんだよ?やべーよ、下手したら爺ちゃんより強いよアレ。殺される。俺絶対殺されるわ」

 

 屋敷の裏の修練場で木刀を構えたが、なんでこんなに怯えられているんだろうか。

 

「善逸はの、耳が常人より数倍いい。目をつぶっていても周りの状況が分かる上に、人の考えていることやその人間の強さも分かるのじゃ」

「だからそんなに怯えているのか……」

 

 そんな特殊な能力を持ち、かつ"雷の呼吸"の使い手。

 そういえば鱗滝さんも匂いで人の心を手に取るように理解していた。多分、それと同じ。

 五感の一つの聴覚が異常に鋭いのだ。なるほど、元"鳴柱"が気に掛けるわけだ。

 だがそこまでの力を持ちながら、ここまで自分に自信が持てないのか。普通の人間なら怯えるどころか多少傲慢な性格になりそうなものだが……この卑屈さはなんだろうか?

 だが不思議と嫌いになれない。何故だろう……。

 そう少し疑問に思っていると、少年が答えをくれた。

 

 

「だって俺、()()()()()使()()()()んだよォ!?それなのにあんな人に勝てるわけないじゃないか!」

 

 

 ―――この時俺は、この泣き喚いている少年に、奇妙な親近感を覚えた。

 

「大丈夫だ、善逸」

 

「ぐすっ、ギン、さん?」

 

「確かに、今はお前さんは弱い。けれど、強くなれる。構えてみろ」

 

 雷の呼吸の壱ノ型は、確か居合の技だった。

 

 俺は参ノ型を繰り出すため、木刀を腰だめに構え、前傾姿勢を取った。

 

 

「―――――それともお前さんは、師匠に教わったたった一つの型も満足に出せないのか?元鳴柱も、堕ちた物だな」

 

 嘲笑するように、見下すように、俺は笑って言った。爺さんは眼を見開いていたが、今は無視。

 

 今は、顔つきが変わったこの少年が俺の相手だ。

 

「―――――」

 

 すまないな、善逸。爺さん。アンタらを侮辱するつもりはない。けど、こうでもしないとお前さんは本気になれないだろう?

 

 

「――――爺ちゃんを、悪く言うな」

 

 

 底冷えするような声音で、善逸が唸る。

 すると、雷の呼吸の使い手独特の、静かで力を溜めている呼吸音が響き―――善逸は、居合の構えをした。

 

 

 

「"雷の呼吸 壱ノ型"」

 

「"森の呼吸 参ノ型"」

 

 

 そうだよな。大切な人を侮辱されて、怒らないのは()()()()()

 男なら、進め。

 男なら、進め。

 

 昨日より強い自分になるために。今日より明日の方が強い自分になるために。

 

 善逸。お前は進むことができる男になれる。

 

 

 

「―――"霹靂一閃(へきれきいっせん)"」

 

 

「―――"青時雨(あおしぐれ)"」

 

 

 

 進め。昨日より強くなれ。今日より強くなれ。今の自分より、一刻先に強くなれるよう―――進め。

 

 

 大切な者を守るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森の中の雨――そんな音がした。

 

 雨粒が跳ねる。土に、木の葉に、樹に。森に。

 

 どこまでも綺麗で、どこまでも悲しい、優しい剣だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「目が覚めたか、善逸―――ってなんだその不満そうな顔」

「アンタ、柱だって?アンタの剣、まったく見えなかった」

「爺さんから聞いたのか?そうだよ。今は"蟲柱"なんて呼ばれている」

「……なあ、アンタなんでそんなに強いんだ?」

「なんでだと思う?」

 

「あの時――気絶する前、悲しい音がした」

 

 ……俺は、俺が嫌いだった。『ちゃんとやらなきゃって』思っても、爺ちゃんが教えてくれた"雷の呼吸"は壱ノ型までしか使えないし。元を言えば女の子に騙されて借金まで負わされるし。唯一の兄弟子には滅茶苦茶嫌われるし。怯えるし、恐いし、泣くし。

 

 

「あんなに悲しい音がした剣は、初めてだった。きっと、辛いことがあったんだなって……でも、俺は知りたい。どうしたらアンタみたいになれるんだ?」

 

 

 一流の剣士は、剣で打ち合っただけで相手と語り合える。理解することができるって、爺ちゃんが言ってたっけ。言葉を交わさずとも、相手のことが分かるって。

 俺は一流じゃないから、全部は分からない。当然だ。剣で打ち合っただけで、人のことが分かるわけがない。

 

 

 俺に分かったのは――ギンさんがとてつもなく強い人だってこと。

 心に強い何か――絶対を持っている人だってこと。

 俺と歳はそんなに離れていないはずなのに、爺ちゃんと同じか、それ以上に強い人の音がする。

 俺はその秘密を知りたかった。

 

 けど、ギンさんは軽く笑っただけだった。

 

「強いって言ってもな、俺も昔はお前さんみたいにぎゃーぎゃー泣き喚いたり、駄々をこねたりしたんだぞ?鍛練がきつくってさ。やりたくなーい死ぬーって」

 

「ええっ!嘘だぁ!」

 

 だってギンさんは、俺みたいに泣き喚いたりしていない!鬼殺隊の柱になった男が、昔は俺みたいだったなんて信じられない! 

 

「嘘なもんか。それに俺が使う森の呼吸は、元々七つの型がある。けれど俺は訳あって一つの型しか使えなかったんだぞ?」

「嘘だぁぁぁぁぁ!」

「今は必死にやって、伍ノ型までできるようになったけどな。けどな善逸。人の強さってのは、呼吸の練度や、型の多さじゃない」

「――――え?」

 

「恐れや怒りに、目を晦まされないこと。鍛練を忘れないこと。そして――覚悟を決めること」

 

「覚悟?」

「そう。俺が鬼狩りをする覚悟を決められたのは、最終選別が終わった後だった」

「終わった後?」

 

「当時の俺と、今の善逸の共通点は――大切な人を喪っていなかったことだよ」

 

 俺は息を呑んだ。そしてまた、あの音がした。抱えきれないほどの、悲しい音が、この人の中からする。

 

「当時の俺はどこか浮かれてた。呼吸法も覚えて、これで大切な人を守れるって。――だが、守れなかった。俺は大切な兄弟子を喪ってしまった。人は不思議なことに――明日もそいつが生きていると、勝手に思いこんでしまう。けれど、人はあっさりと死ぬって、俺はその時思い知った。覚悟が決まったのは、その時かな」

 

 ――鬼殺隊に入隊するのは、肉親を殺された奴ばかりだって、爺ちゃんから聞いたことがあった。

 そう考えると、俺は最初から一人だった。親がいなかった。俺が泣いたりすると、「ああこいつはダメだ」って、みんな俺を見放した。

 俺は見放されてばかりで、気付けば一人だった。大切な人なんていなかった。

 

 爺ちゃん以外は――

 

「もし、勇気が出ないときは、大切な人を思い浮かべろ。それが勇気の原動力だ。……蟲下しの薬は、爺さんに渡しておいた。それを呑めば招雷子は外に出る」

 

 

「――いや、呑まない」

 

 

「おい、まさか薬は嫌だーとか言うんじゃないだろうな」

 

「違うよ。俺も覚悟を決めたいんだ。もしかしたら次に雷に打たれれば死ぬかもしれないけど――でも、俺も変わりたいんだ」

 

 雷に打たれるのは、恐い。痛くて、身体中が痺れて、燃えるみたいに身体が焼けて――

 

 けれど、一度たりとも嫌いにはなれなかった。

 

 あの力強く、真っ直ぐな雷が俺を見放さないでくれるなら。

 爺ちゃんのように、もっと強い雷様になれるかもしれない。

 

 

「命知らずだな」

 

 

 ギンさんは呆れたようにそう言って立ち上がり――こちらを見ずに、ぼそりと言った。

 

 

 

「励めよ」

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――その後、ある里の一本松に、特大の雷が落ちたという話を、風の噂で聞いた。

 その落雷は凄まじく、山を越えてその雷が落ちた音が響いたそうだ。その雷は不幸にも一人の少年に当たったそうだが、奇跡的に命を落とすことはなかったらしい。

 

 

 

 

 そして、その少年は陸ノ型しかなかった"雷の呼吸"で、新たに漆ノ型を編み出し、多くの鬼を葬ったと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数年後、"蟲柱"とその少年はある山で再会するが――それはまた、別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
約30分




 蟲師用語図鑑


"招雷子"

 原典『蟲師原作七巻』雷の袂(いかずちのたもと)より

 
 見た目蚯蚓のような蟲。普段は上空で雷を餌にしている。
 落雷の際、幼生が地表に堕ちることが稀にある。

 幼生は上空に戻る力がないため、近くの木の窪みや人間の臍の尾に寄生し、雷を呼ぶ。
 落ちてきた雷を餌にし、上空に戻るための力をつける。

 人間に寄生した場合、その宿主の臍の尾を煎じた薬湯を飲ませれば、体外に出ていく。
 

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