え?蟲師の世界じゃないの?   作:ガオーさん

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蟲と華と蝶と 前

 鬼殺隊は、人食い鬼と戦う者達の組織。

 彼らの大半は、親しい者を鬼に喰われた為に、鬼を滅殺したいと願う、復讐者達。

 

 

 だが、そんな復讐者達の中で、鬼と友になろうとしている少女が、一人いる。

 

 肉親を殺されながらも、鬼を殺す為に技を磨きながらも、鬼に同情し哀れむ少女が、一人いる。

 

 

 

 

 鬼を殺すには、頸を日輪刀で斬らなければならない。

 

 それが鬼殺隊が、鬼を殺すための唯一の方法。

 

 しかし、鬼の頸を斬れない隊士の少女がいる。生まれつき身体が小さく、硬い鬼の頸を斬り落とすことができないと、育手から見放された少女がいる。

 

 だがそれでも、鬼を殺したいと、強い憎しみを持つ少女が一人いる。

 

 

 

 

 鬼を憎む少女と、鬼を哀れむ少女。

 

 

 

 

 そんな姉妹が、鬼殺隊に入隊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その人は、不思議な雰囲気を持つ人だった。

 最初は姉に近付く不埒な男なんじゃないかと疑っていたけど、会ってすぐにその考えは風に吹かれたように消えてしまった。

 

 

「お前さんが、胡蝶しのぶか?"花柱"胡蝶カナエの妹であり、継子でもある」

 

 

 怪我を負った隊士達を手当する病院の役目を持った蝶屋敷にやって来たのは、不思議な男の人だった。

 白い髪。翠の眼。

 パイプ煙草を口に咥え、おそらく薬が入っているであろう木箱を背負う青年。歳は姉と同じぐらいだろうか。

 身長はかなり高い。おそらく六尺*1はあるんじゃないだろうか。腰に刀を差している所から、鬼殺隊の隊士なのだろう。けど、隊服ではなく西洋の一般の服を身に纏っている。

 

 

「えぇ……そうですが、あなたは?」

「俺は、鹿神ギン。"蟲柱"なんて呼ばれている」

 

 

 蟲柱。

 

 

 政府非公式の組織"鬼殺隊"の、最高位の剣士の称号である柱だということはすぐに分かった。

 鬼殺隊の柱は、一般の隊士とは隔絶した強さを誇り、十二鬼月もしくは鬼を五十体倒さなければ獲得できない称号。

 つまり、自分の上司となる。

 

「し、失礼しました。私が花柱の継子、胡蝶しのぶです。蟲柱様とは知らず……」

「あぁ、いいっていいって。堅苦しい挨拶は好きじゃない。蟲柱とか、様付とか、好きじゃねえんだ。もっと気楽に呼んでくれ」

 

 胡蝶カナエや他の隊士から聞いていた"柱"とは、随分違う印象だった。

 鬼殺隊の柱はどれもかなりの変わり者で、苛烈で、一癖も二癖もあると聞いていた。実際、姉もかなりの変わり者だ。

 

 だが、目の前の青年からは、そういった雰囲気を一切感じられない。見た目はかなり変わっているが、その在り方は一般の人と変わりがない。

 

「知り合いからは『ギン』と呼ばれている。お前さんもそう呼んでくれ」

「……では、ギンさんと。それで、一体私に何の用ですか?」

 

 

 

 

「アンタ、目に見えない何かが見えていると聞いてな。もしかしたら、相談に乗れるかもしれん。話を聞かせてくれねぇか」

 

 

 

 

 

 それを聞いた私の顔は、きっと驚きに満ちていたと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が、目に見えない何かを見えるようになったのは、五年前。父と母が鬼に惨殺された後、見えるようになったのです」

 

 

 家に押し入った鬼は、父と母を喰い散らかした。

 鬼殺の剣士に助けられるまで、両親が喰われている所を姉と一緒に見ているしかなかった。

 恐怖で頭がおかしくなりそうだった。両親の血の匂いで叫び出したくてたまらなかった。

 けれど、私と姉は弱かった。それが分かっていたから、鬼も私達に手を出さなかったのだろう。私達は何もできなかった。アレを怒らせれば、殺されるのは自分達だと言うことが分かっていたから。

 

 

 私達の幸福は、一瞬で壊されてしまった。

 

 だから、姉と一緒に誓った。まだ壊されてない誰かの幸福を、守ろうと。

 

 一匹でも多くの鬼を退治して―――

 

 二人で一緒に――――

 

 

 

 その数日後、奇妙なモノが見えるようになった。

 

 空中にふわふわと漂う、半透明な生物。奇妙な光を帯びていた、今まで見たこともない何か。

 

 けれど、それが生きている何かだということはすぐに分かった。

 

「姉さん、あそこに、何か変なのが……」

「……何も見えないわよ?しのぶったら、どうしたのかしら」

 

 他人にはあれらは見えないということは、すぐに分かった。最初は幻だと思い込もうとしたが、あれらがそうだとはどうしても信じられなかった。

 姉に相談したけれど、その生物自体見えなかったから追い払うこともできなかった。姉が私が見えていることを信じてくれたのは、唯一の救いだったかもしれない。

「信じるわよ」と優しく頭を撫でてくれた時は、思わず泣きそうになってしまったぐらいだ

 それに、この生物たちは鬼と違って、何もしてこない。ただそこにいるだけだったので、私は気にしないようにしていた。 

 

「私と同期の人がね。しのぶと同じ物が見えてるかもしれないの。相談したら、ここに来て診てくれるそうよ」

 

 しかし、心配性な姉はその『見えない物』について心配してくれていたらしい。

 目に見えぬ生物を対処する術を持つと言う、"蟲柱"に相談したみたいだった。

 

 ギンさんを居間に迎え入れて話に一区切りがつくと、ちょうど任務を終えてきた"花柱"の胡蝶カナエが帰ってきた。

 

「あらあらギンくん!本当に来てくれたのね、嬉しいわっ」

「姉さん!距離が近い!」

 

 相変わらず、姉さんは男の人との距離が近い。気安いというか、優しい姉は誰とでも分け隔てなく接する。

 今だって嬉しそうにギンさんの手を握って笑いかけている。けれど、そのせいでたくさんの男の人に好かれている。私はそれが気に入らなかった。

 

「俺もそう思う。おいカナエ。ちょっと離れろ」

「もー。ギンくんは相変わらずつれないんだから。そんな所まで義勇君と似なくていいのよ?」

「あの鉄仮面よりはマシだよ」

 

 はぁ、とギンさんは溜息を吐いた。どうやら、姉さんのぐいぐいと押してくる性格が苦手らしい。

 

「悪いなしのぶ。こいつ顔がいいから、近づかれると心臓に悪いんだよ」

「まあ、ギンくんってばお上手」

 

 うふふと笑う姉さんを見て、辟易したようにため息を吐くギンさん。どうやら相当苦手らしい……。

 

「まあいい。それで話の続きだ」

 

 ギンさんはそう言うと、薬箱から何かを取り出した。

 

「中に入っているこいつが見えるか」

 

 取り出したのは小さなガラス瓶だった。そこにはコルクの蓋がしてあり、中に入っている物を逃さないようにしていた。

 

「いいえ……ただの空き瓶じゃないのかしら?」

 

 姉さんはそう言って首を傾げた。確かに、普通の人にはただの空き瓶にしか見えないだろう。

 けれど、私には見えていた。

 

「その、黒い泥の塊みたいなのは……」

 

 ガラス瓶の底には、何かが蠢いている。泥の塊のような、真っ黒な毛の塊のような何かがいた。

 それは意思を持って動いている。まるで瓶の外に出たがっているようだった。

 

「ふむ。やはりお前さんが見ている物は、蟲だったようだな」

 

「蟲……?それって、半透明だったりとかする……」

 

 こくりと、ギンさんは頷いた。

 

「それらは、蟲と言う。意思は持たない、生命そのものに近い生物だ。俺達人間と違って形があるわけではない。生と死の境界が無い場所で生きている。だがあやふやな存在でありながら、周囲に影響を及ぼすことができる異形のモノ。本来は眼に捉えることができないのだが、極稀に見えなかったモノが見える人間がいる。それがしのぶという訳だ。おそらく、両親の死をきっかけに、妖質が覚醒しちまったんだろう」

「妖質……?」

「人間なら誰しも持っている力だ。蟲を見ることができるのも、この妖質が関わっている。人によって持っている量が違うから、しのぶには見え、カナエには見えないのだろう」

「なら、その瓶の中にあるのも……蟲?」

「ああ。ウロさんと言う」

「あら、可愛い名前」

「姉さん、可愛くなんてないわよ、これ」

 

 こんな毛玉みたいな生物、可愛いだなんて到底思えない。

 

「そうだな。見た目は小さな蟲だが、空間に孔をあけることができる。ある地方でよく湧く蟲で、この蟲のせいで何人もの人間が行方知れずになった。とても可愛いなんて代物じゃない」

「……こんな小さなモノに、そんな力があるの?」

「ああ。神隠しの原因は、大抵がこの蟲のせいだ」

 

 そんな異形の力を持つなんて―――まるで、鬼が使う血鬼術じゃない。

 

「ギンくんは、鬼を狩りながら各地を回ってその異形のモノを研究しているそうよ。私は見えないから、何のことか分からないのだけれど……」

「俺が"蟲柱"なんて呼ばれるのも、俺が蟲が見える体質であり、それを相手取る蟲師だからだ。まあ、半分は耀哉が面白がって付けやがった名前だが。俺は"森柱"の方がいいって言ったのに……」

 

 ギンさんが困ったように頬をぽりぽりと掻いた。

 なんでこの人は、そんな恐ろしいモノを持ち歩いているのだろう。

 

「そんな恐ろしいモノ、なんで滅ぼさないの」

 

 普通に聞くつもりだった。けれど、私はかなり低い声で、――まるで怒っているように、言ってしまったらしい。

 

「しのぶ……」

 

 姉さんは、悲しそうに眼をしぼませた。

 けれど、ギンさんは淡々と答えた。

 

「これらは自然そのものだ。完全に滅ぼすことはできんし、それは理から反することだ。山へ狩りに行く猟師だって、必要以上に獣を狩ったりしないだろう?それと同じだ。不用意に蟲を追い払おうとすれば、均衡が崩れるかもしれないからだ。鬼はまあ退治してなんぼだが、蟲の中には人間にいい影響を与えるモノもいる。それと同じだ」

「そうなんですか……」

 

 残念そうに肩を落とすと、ギンさんは言った。

 

 

 

「鬼が憎いのか。いや、異形のモノそれ自体が憎いのか。しのぶ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」と言って、しのぶは不機嫌そうに部屋から出て行ってしまった。

 

 

 

「……嫌われちまったかね」

 

 はぁ。年頃の娘ってのは良く分からん。確か3つほど俺より下だったか。まったく最近の若い子と来たら……。

 出されたお茶を一気に呑み乾し、溜息を吐いた。

 

「ごめんなさいね、ギンくん。あの子、修行の成果がなかなか出せていないから、ここ最近ずっと不機嫌なのよ」

「……例の頸を斬れない剣士か」

「ええ。育手からも見放されちゃって、私が継子として面倒を見ているけど……」

 

 確かに、上背もない。身体も大きくない。腕や手も小さかった。例え呼吸法を会得したとしても、鬼の頸を斬れるほどの筋力は得られないだろう。

 

「ついでに愛想もない」

「何か言ったかしら?」

「何も言ってないです」

 

 この妹大好きっ子め。

 

「それで、本当にどうしようもないの?ギンくん。蟲を見えなくする方法は……」

「……そればっかりは、本人の体質だからなんとも。ある日突然見えなくなる人間もいるらしいと記録には残っているが……そもそも、呼吸法を会得した人間は、蟲を見ることができない。呼吸で妖質が別のモノに変質してしまっているからだ。だが、元々蟲が見える人間が呼吸法を会得すると、妖質が完全に固定化されるらしい。妖質がそれ以上増えたり減ったり、変質することもなくなる。俺もそうだった。しのぶも確か全集中の呼吸はできるんだろう?おそらく、一生蟲と付き合っていくしかないだろう」

「そんな……」

 

 カナエは、妹のしのぶのことをずっと気にかけていた。目に見えない何かが見えるしのぶに心労が溜まっていることを見抜いていたからだ。

 茶屋で俺と出くわしたカナエは、隊の中で噂されている"異形のモノ"について尋ねてきた。カナエの話からしのぶが見ているモノはおそらく蟲だろうと答えた所、俺はカナエに頼み込まれ、こうして蝶屋敷へ足を運んだ。

 最初は面倒くさくて適当に断っていたのだが、カナエは執拗に俺に頼み込んできたのだ。そりゃもう粘着質に。本当にしつこかった。しかも頼んできたついでにしのぶがどれだけ可愛いかと語ってくるものだから、ノイローゼになるかと思った。

 一日に一回は鎹烏で手紙を届けてくるわ、任務が終わった後偶然を装って俺を追いかけてくるわ、はっきり言ってストーカーなんじゃないかと言えるぐらいしつこかった。

 最終的に根負けして、ここに来たわけだが。

 

「ウロさんが見えるってことは、かなりはっきり蟲を視認できている。影響力が弱い蟲しか見れないんだったら、特に気にすることもなかったが、さすがに心配だな」

「そうよ。だってうちのしのぶは可愛いんだもの」

「いや、心配してるってそういう意味じゃなくてな……」

 

 確かに年頃の娘はそういうことを気にするだろうが、俺が言いたいのはそうじゃない。

 

「しのぶは、異形のモノに強い憎しみを抱いている。人を害するモノが根本的に気に食わないのだろう。常に怒りと憎しみの対象が視界にいるってのは、辛いはずだ」

「ええ……鬼を退治できないから、苦しんでいる。なんとかしたいんだけど……」

「ふむ……」

 

 よく見ると、この部屋、医学書だらけだな。西洋の医学書や、薬の調合書まで。かなりの量だ。

 

「この部屋にある書物は、全部しのぶが?」

「ええ。最近は何か試しているのか実験とか……」

 

 ……ああ、なるほど。しのぶがやりたいことが分かった気がする。

 

「カナエ」

「何かしら?」

 

 

「あいつを俺の継子にする。ちょうど助手が欲しかったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、よく来たな」

「…………私、まだ納得してないんですけど」

 

 

 数日後。胡蝶しのぶは、俺が拠点としている蟲屋敷にやってきた。

 

 

「ひどい人です。お館様の命なら、断れる訳がないじゃないですか」

 

 そう。しのぶは最初、俺の勧誘を断った。見ず知らずの男の継子より、カナエの継子でありたいと願ったからだ。

 だが俺はそんなことなんだと言わんばかりに、無理やりカナエの所から引っこ抜いてきたのだ。

 

「ギンくんは本当にすごい人だから。きっとしのぶの力になってくれるわ」というのが姉の談。

「ギンは私の身体の不調を和らげてくれる。他の医者は皆匙を投げるような難病を診てくれるほどの名医なんだ。薬の知識も相当なものだよ。きっと君の力になってくれる」というのがお館様の談。

 

信頼する二人にそこまで薦められてしのぶが断れるわけがなかった。断ってしまえば、それこそ薦めてきた二人の面子が立たない。

 

「耀哉は俺の友人でな。多少の無茶でも応えてくれる。柱になってよかったことなんてあんま無いが、権力はこういう時に使わないとな」

「本当にひどい人……」

 

しのぶは頬を膨らませて不満を主張する。私怒ってますよと言わんばかりだが、生憎顔立ちが整っているせいでまったく怖くない。

 

「ま、継子にすると言ってもそう何年も拘束するつもりはない。3ヶ月ここで過ごして、それでも嫌だったらここから出ていくといい」

「もちろん。私も3ヶ月だけと聞いてここに来たんですから」

「なら、さっそく案内しよう。時間は有限だ。よろしくな、しのぶ」

 

俺はそう言って手を差し出した。

 

「ええ、よろしくお願いします。先生」

 

応えるようにしのぶはその手を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

*1
約175cm




蟲師用語図鑑

"妖質"

 原典『原作蟲師』より

 五識を補うもの。蟲を見ることができる感覚でもある。人によって体内に持つ妖質の量は異なる。
 成長してからそれを抜かれても問題はないが、幼児の時にそれを抜かれると身体が衰弱する。
 本来、妖質は持って生まれた量が変化することはないが、死にかけたり精神的なショックを受けたことで、後天的に妖質が変化することが稀にある。妖質が変化すると結果、それまでは見えなかったはずの蟲を視認することができるようになったりする。
 

 この作品内では、呼吸法を会得すると妖質が変質する。
 蟲の影響を受け難い体質になり、鬼殺隊の隊士で蟲を見ることができるのは非常に稀。
 現時点で蟲を視認できるのは鹿神ギン、そして胡蝶しのぶだけである。


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