おれ勇者パーティーやめて野良になるわ   作:村人B

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なんか続きが書けてしまったので……


第2話

 物心がつく頃から、ずっと『勇者』としての使命を背負わされてきた。

 

 みんなに期待され、歓迎されるのは嬉しかったけど、私という存在を『勇者』というフィルターを通してでしか見ていないようで、なんだかもどかしかった。

 

『勇者』という肩書きは、私の人生を大きく縛った。物心つく頃には孤児院に預けられていた私には、家族はなく、口下手で、人付き合いも苦手だったから友達もろくにできなかった。

 

 私が勇者の生まれ変わりだと発覚してからは、さらにそれに拍車がかかり、さながら私は闇の帝王を倒すための『兵器』になったようだった。

 

 そんな時だ、“あの人”と出会ったのは。

 

「なんだお前、クエストの受け方も知らないのか?」

 

 旅立ちの日、王様から100ゴールドとヒノキの棒だけを持たされて途方に暮れていた私に、唯一声をかけてくれたのがあの人だった。

 

「ん? そもそもお前、冒険者登録もしてないじゃないか。ならルーキーだな? さっさと登録してこいよ、やり方は分かるのか?」

 

 口下手な私に、あの人は物怖じせず話しかけてくれた。

 

「隣町まで行く? ちょうど俺も同じ方向だし、なら一緒に行くか!」

 

 剣を振るってばかりだった私に、狩りの仕方を教えてくれたのもあの人だった。 

 

「野生の魔獣ってのは案外臆病なんだ。滅多なことじゃ人前には出てこないし、そんな殺気立ってちゃ逃げられちまうぞ」

「魔獣たちだって馬鹿じゃないんだ。だから狩りをする時はよく観察し、慎重になれ。闇雲に剣を振っても当たるもんじゃない」

 

 私の知らないことを、私に教えてくれたのもあの人だった。

 

「シピーラビットは魔獣の中でも比較的解体が容易な部類だ。まず後ろ足の付根を裂いてだな……」

「火を起こすのに魔法を使うのもいいが、自力で起こす方法も知っておいたほうがいいぞ。知っているのと知らないのでは大きな違いだ」

「おい、やッたなアリシア宝箱だぞ! これで俺たちも億万長者だ!」

「まさか宝箱が偽物だったとは思いもよらなかった……残念だったなアリシア」

「装備は常に整えておけアリシア。ん、俺? 俺は問題ない。なにせ俺はタフガイだからな!」

「まあ、たまにはこんなこともあるさアリシア、気にするな次がある」

「おい、アリシアぼーっとしてるな俺がピンチだ、助けてアッー!」

 

 いつかあの人に、なぜ冒険者になったのか聞いたことがあった。

 

「知らないもの、見たこともないもの、聞いたこともないもの、味わったこともないもの、そういったものを見つけに、俺は冒険者になったんだ」

 

 どこまでも自由なあの人の生き方が、私は羨ましかった。

 

 使命なんて投げ出して、あの人のように生きてみたかった。

 

 それが無理だと分かっていながら、分かっていないふりをして、あの人についていった。

 

 私が『勇者』であることは、あの人には黙っていた。騙しているようで気が引けたが、言ってしまえばこの関係性が崩れてしまいそうで、それが怖くて言えなかった。

 

 二人きりの冒険は楽しかった。ずっとこんな日々が続けば良いと思っていた。少なくとも、私が闇の帝王を倒す、その日までは……。

 

「はじめましてセーラといいます! よろしくお願いしますね!」

 

 でもそんなことはなかった。人の良いあの人のことだから、直ぐに新たな仲間ができた。

 

 最初は気が狂いそうだった。それが『嫉妬』という感情だと知ったのは、随分と後になってからだった。

 

 それでもあの人を通じて次第に彼女とも打ち解けていき、同じ使命を背負った者同士だと判明してからは、私たちは初めての友達になることができた。狭量だったのは私の方だったのだ。

 

「貴殿が『選ばれし者』か……“ヤツ”を倒すのに相応しいかどうか、試させてもらうぞッ!」

 

 それから旅の中で色々なことがあった。

 

 出会いや別れがあり、苦しいことも辛いこともたくさんあった。

 

「アンタたちが噂のパーティー? どいつもこいつも冴えない顔ぶれね」

 

 最初は敵だった人とも、戦いを経て分かり合えることができた。

 

 悪いことばかりではなく、良いこともそれ以上にたくさんあった。

 

 それらはやがて、私の中でかけがえのない大切なものになり、無色だった私の人生に彩りを与えてくれた。

 

「おい見ろアリシア、オーロラだ、オーロラだぞ! ハハ、スゲー綺麗だな初めて見たわ!」

 

 そしてそこにはいつもあの人がいた。

 

 勇者である私に『知恵』を授けてくれたのは、あの人の『知識』だった。

 

 勇者である私に『感動』を教えてくれたのは、あの人の『ひたむきさ』だった。

 

 勇者である私に『勇気』を与えてくれたのは、あの人の『優しさ』だった。

 

 旅の中で出会った私たち四人は、『光の巫女』と呼ばれる存在──この世界にはびこる闇を振り払い、あまねく光で照らしだす──そんな使命を帯びた者たちだった。

 

 私たちは運命と呼ばれる見えない“ナニか”の力によって、出会うことが宿命づけられていた。

 

 でも、あの人だけは違っていた。

 

 あの人だけが本当に何者でもなく、本当に何者でもないただの冒険者だった。なんの使命も宿命も持たされていない、ただの人間だった。

 

 それなのにあの人は、ずっと私たちと一緒についてきてくれた。それが、ただただ嬉しかった。

 

 だから私たちは、そんなあの人の優しさに甘えて、最後まで本当のことを何も伝えられず、最期の戦いにまで来てしまった。もしかすると、一種の無理心中に近い気持ちがあったのかもしれない。それでも、互いに最悪でもあの人の命だけは守りきると、そう私たちは固く誓い合っていた。

 

 だから、ここが最期と決意したあの場所で、全てを打ち明けようとした時、あの人がおもむろに口を開いて言った言葉に、私は耳を疑った。

 

「おれ勇者パーティーやめて野良になるわ」

 

 

 

 


 

 

 

 俺はあれからあてもなく荒野を彷徨い歩き、西へ西へと進んでいると、突然謎の深い霧に包まれたかと思うと、気づけばある不思議な街へと辿り着いていた。

 

 そこは、古めかしい暗黒街とでも言えばいいのだろうか……街は常に雨が降り、濃霧が立ち込め、街灯が妖しく輝いている。まるで常夜の都市のようなダークサイド的空気が立ち籠めていた。

 

 西といえば西部、西部といえばWESTERNだが、外観は違えど、この街も同じような危ない雰囲気を醸し出している。見た目はLONDONだが、危険度で言えば生前のヨハネスブルグ、もしくはMEXICOだ。

 

 この街はそんじょそこらのマンモーニでは裸足で逃げ出すような危険な街だ。ここでは少しでも油断した者から骨までしゃぶられ、ケツ毛も残らない。MEXICOでは砂漠に生えるサボテンがおまえの墓標だが、ここでは干からびた糞の山がおまえの墓標だ。俺はそういった心持ちでこの街に入っていった。

 

 俺はまずPUBに向かった。新しい街に来たらまずPUBへ向かうのが冒険者の慣わしだ。なければBARでもいい。間違ってもClubには行ってはいけない。そんなところに行くような軟弱野郎では、このさき蚊ほども生き残れないだろう。

 

 PUBは直ぐに見つかった。西部劇風の小汚いPUBではなく、ちゃんとした英国紳士風のPUBだ。だが、見た目が英国風だからといって、中身まで紳士しているとは限らない。気を抜けば一瞬にして骨抜きにされ、ゴートゥーHELLとなるだろう。俺は慎重な面持ちで扉を開いた。

 

 中にいた客は、一見しただけでも一筋縄ではいかないようなヤツらばかりだった。角が生えている者、翼の生えている者、鱗に覆われた者、鋭い牙を持つ者、みな筋骨隆々で逞しい。見事なタフガイたちの集団だった。

 

 見たところ俺のようなヒューマンタイプの人間はいないようで、ほとんどが亜人か獣人で構成されている。皆、賭け事か酒を嗜んで葉っぱをやっていた。アリシアたちと冒険していたころは、終始ハートフル冒険ファンタジーといった様相でのほほんとしていたが、ここではハードボイルド・MEXICO・ファンタジーが幅を利かせているらしい。

 

 俺が店に入ると、瞬間、場の空気が一気に冷めていった。歴戦の古強者たちが鋭く俺を射抜き、品定めしてくる。元勇者パーティーと言えども所詮村人Aでしかない俺は、この街ではまだまだ生まれたてのベイヴというワケか……。

 

 突き刺さる視線の中を、俺は堂々と進んでいった。こういった視線に晒されるのは久しぶりだ。聖職者や未成年がいた前パーティーでは、こういった危険が危ないPUBにはいけなかったので、この肌を刺す感じ、どこか懐かしくて心地よい。

 

 カウンターにつくやいなや、バーテンダーに向かって注文をする。

 

「Beerを」

 

 俺は酒が飲めないが、これは挨拶のようなものだ。酒はあるか? 友達になろうじゃないか。

 

「……あんた人間族か? あんたみたいなヤツに出す酒は、ウチにはないぞ」

「そうか……じゃあミルクをくれ」

 

 酒()出せないのだろう? 

 

 店中が笑い声に包まれる。力に自身があり、ヒトを小馬鹿にしたヤツら特有の笑い方だった。冒険者になって日の浅いマンモーニならここで激怒もしただろうが、俺はいずれ勇者と肩書きを並べる村人Aだ。この程度の挑発など、そよ風みたいなものである。

 

 タフガイたちがひとしきり笑い終えると、一人の男がおもむろにこう言った。

 

「良いじゃねえかマスター、()()()()()()

 

 バーテンダーは憮然とした表情を浮かべると、やがてそのまま無言で作業にとりかかった。

 

「……ほらよ、()()()だ」

 

 ドンッと差し出された“ミルク”を俺は見つめる。

 

 薄い白濁色の謎の液体が、グラスの中で揺れていた。なんの乳かは検討もつかないが、そもそも乳である保証すらない得体のしれないドリンクだ。

 

 ピリピリとした空気が肌を刺す。あからさまに歓迎されていない。この感覚は久方ぶりだ。やはりお上品も結構だが、冒険者稼業ってのはこうでなくてはいけない。

 

 薄い白濁色の謎の液体を再度見る。どう見てもまともな飲み物には見えない。やせっぽっちの軟弱ボーイなら、ビビって尻尾を巻いて逃げているところだろうが、俺は真の男を目指す心も体もマッチョなメンズなので、怯むことなく一口でそれを飲み干してみせた。

 

 この世のものとは思えない味がした。が、仲間をして“兵器になる”と言わしめたシャルロットの料理を、フルコースで完食しきった経験のある俺には屁でもないわ。しっかりと口内で転がしてゴクリと飲む。

 

 タフガイたちが息を呑んだ。バーテンダーを見れば、彼は青ざめた顔をしていた。

 

 グラスをカウンターに叩き置き、口を拭ってバーテンダーに言う。

 

「もう一杯だ」

 

 今度は歓声があがった。仲間として受け入れられたのだ。

 

 これが冒険者流『アイサツ』というものである。こういったヨハネスブルグさながらの過酷な環境下では、必要な儀式なのだ。

 

 ここのタフガイたちはMEXICOに聳え立つサボテンのように孤高だが、決して孤独ではないということだろう。真の男でなければ何を言っているかわからないと思うが、つまりどういうことかというと、『ラブ&ピース』、つまりはそういうことだ。

 

 この後、2杯目のミルクにはどうやらアルコールが含まれていたようで(もしかしたらだが1杯目にもだが)、危うく俺の原初の獣性が開放されかけたが、流石は歴戦のタフガイどもと言うべきか、店が半壊する程度で済みなんともなかった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 この街の住人はみんな気の良いヤツらばかりだ。見た目はさながら翼の生やしたデーモンか、刺青を入れまくったサイコパスのようで冒涜的だが、中身は人間と大差はない。

 

 カレらを外見で鬼だの悪魔だの罵るのは、心も体も軟弱なイエローモンキーがすることだ。真のYAMATO男児なら、そんなことしない。俺の魂の故郷でも先生がこう言っていた──ヒトを見かけで判断してはいけません──実にナイスな助言だと今でも感心している。

 

 差別や偏見をするのは、しなびたキノコのようなヤツがすることで、エリンギのようにそそり立つタフな男がするもんじゃない。つまりはラブ・アンド・ピース。これにかぎる。

 

 俺はこの街にしばらく滞在することにした。この街では俺の持っている『ゴールド』ではなく、『デル』といった通貨が流通しているようで、ただでさえ懐事情の寒い俺は一文無しのスカポンタンとなり、このままでは、PUBの修理代どころか明日の生活費すらままならない、極貧状況にまで追い込まれてしまった。

 

 つまりは今の俺は丸裸も同然であり、人の往来で恥ずかしげもなく全裸で仁王立ちしているHENTAIに等しい。俺は筋肉は鋼のように強靭で、どこに出しても恥ずかしくないHOTな腹筋を持っているが、だからといって露出狂の類ではない。早急にしかるべき衣類を着込み、TPOを弁えなくてはいけない。

 

 俺はPUBで知り合った男たちに、『ウォーカー』という仕事を紹介して貰った。

 

『ウォーカー』とは、依頼を請け、任務をこなし、報酬を得ることで生計を立てる者たちの総称で、その有り様は冒険者に酷似している。要するに俺にうってつけのJOBということだ。

 

 現在この街では様々な問題が多発しており、ウォーカーの仕事は掃いて捨てるほどある。更には東方に遠征中という、王様とか領主様とかなんかそこら辺の偉い人が、病死だか暗殺だかで急死してしまい、ちょっとした混乱の渦中にあるそうだ。とんでもない事態だが、ピンチの中にチャンスあり。戦国時代さながらの群雄割拠な様相は、俺のようなスンゴイ肩書きを求める者にとって、またとないチャンスとなるだろう。

 

 ウォーカーの窓口は冒険者ギルドよろしくPUBにあって、俺はそこの従業員兼ウォーカーとして再スタートすることになった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 眼下では、多くの民衆が私たちを祝福している。

 

 誰も彼もが笑顔で、歓喜の声を上げていた。

 

 私たちはそれに手を振って応えた。本当に称賛されるべき人は、もうここにはいないというのに……。

 

 アイツがあの場所でアホなことを言い出した時、最初は焦りもしたが、内心ではホッとしていた。これでアイツを失うこともなくなると、馬鹿みたいにそう思っていた。

 

 そして、その結果が“コレ”だ。

 

 私たちは結局おめおめと生き残り、代わりにアイツを失った。

 

 生きているのか死んでいるのすら分からない。ただ“あの”惨状を見る限り、とてもじゃないが生きてるとは思えない。事あるごとに『タフネス』とか言っていたアイツなら、もしかすると……なんて思いもするが、それでも、それはだいぶ分の悪い賭けになるだろう。

 

 少なくとも、私たちがあのあと捜索した範囲では、アイツの「死体」は見つからなかった。ただし、「生きている」という「証拠」も、同じく見つからなかったが……。

 

「なんか、終わっちゃったわね……」

 

 専用に用意された王城の一室で、私は机に伏してそう言った。

 

 かつて想像していた結末とはえらい違いだ。もっとこう、劇的な()()があると思っていた。

 

 私は虚脱感に襲われていた。命を賭して成し遂げると誓ったことを、横やりから強引に奪われたのだから当然だ。結果、捨てるはずだった命を拾うことになろうとも、虚無感は否めない。

 

 部屋にはアリシアたちもいて、みんな思い思いに過ごしていた。

 

「あまり気の抜けた態度は関心せんぞベアト。我々の前ではいいが、少なくとも民衆の前では、賢者らしく振る舞っておくことだ」

「ええ、分かってるわ。分かってるけど……ねえ、分かるでしょう?」

 

 我ながらハッキリとしない発言。

 

「まあ、そうだな……」

 

 溜息を吐くかのようにシャルロット。

 

 どうやら気が抜けているのは私だけではないらしい。

 

 無理もないだろう。王都帰還からこっち、連日のように凱旋パレード、勇者一行のお披露目、祝賀会、戦勝パーティー、記念パーティー、パーティー、パーティー、パーティー、パーティ……で、心休まる時間もない。

 

「それだけの悲願であったということだ。私の祖国も、これでようやく浮かばれるだろう……」

「……そうね。でも、少しくらい私たちの心情も加味してよ──と思うのは、私の我侭なのかしら?」

「まあ、こればかりはな……彼らとて、私たちを苦しめたくてやっているのではない。私もかつては王家の人間だったから、それは分かる」

 

 そんなものなのかしら──私はそう気だるげに言った。

 

「まあ、そんなパーティー三昧も今夜でおしまいね」

 

 七日七晩続いた宴の会は、今日の夜を以て終了する。ようやく煩わしいしきたりや挨拶といったものから解放されるが、それは同時に、私たちのパーティーもこれでお開きになるという意味を持っていた。目的が果たされた以上、もうこのパーティーを組んでいる必要性はない。

 

「シャルはこれからどうするの?」

 

 何気なく私はそう訊いた。

 

 少しだけ悩んでから、シャルロットは答えた。

 

「さあ……正直、この戦いの後のことは何も考えていなかったからな。そうだな……やはり順当に言えば、祖国復興を目指すべきなのかもしれんな。ベアトこそどうなんだ?」

「私は……どうだろう……帰って修行のやり直しでもしようかしら。師匠とは結局喧嘩別れしたままだし……セーラは?」

「わ、わたしは! 教皇さまにお願いして、この旅で得た知識と魔法で、人々を癒やしてまわりたいと思います!」 

「そう……スゴイわねアンタ、もう前を向き始めてるなんて」

 

 一番歳下だというのに、この子ったら大した精神力だ。こういった時、アイツならなんて言ってたかしら……えっと、確か『タフガイ』だったかしら? 

 

「いえ、そんなことはありません……わたし、みんなと出会う前から“修行”と称してそうやって旅をさせられていて、だから結局、何も変わっていないんですよ……」

 

 俯いてそう言うセーラ。

 

 しばらく無言になる私たち。

 

 あれから結局私たちは、誰も「前」に進めずにいた。

 

 ずっと、私たちには『先』はないと思っていた。そんなものはありはしないのだと、私たちの誰もが知っていた。知っていながら、知らないふりをして、これまで前に進んできた。あの旅は、今思えば()()()()()だったのだ。

 

 それが思いもかけず『先』が与えられ、私たちは生き残った。()()()()()()()()()

 

 この残された命をどう使うべきなのか、私たちはまだ答えを見つけられていない。

 

「アリシアさんはどうですか?」

「……私?」

 

 ずっと無言だったアリシアにセーラが話を振る。

 

 相変わらず何を考えているか分からない顔だったが、アリシアはどこか決心したような顔をしていた。こう長いこと一緒にいれば多少なりとも表情が読めるというもので、どうやらあの子はあの子なりに、何か“答え”を見つけたらしい。

 

「私は──」

 

 アリシアの言葉は、王城の鐘に遮られた。

 

 扉が開き侍女たちが入ってくる。恭しく頭を下げると私たちに向かってこう言った。

 

「勇者さま御一行、お時間になりました……よろしければ、王家の間までおこし下さい」

 

 私は立ち上がり、仲間たちと共に部屋を出る。そのさい横目で見たアリシアの顔からは、さっき見せた決意の色は消え、いつもの無表情に戻っていた。

 

 それから最終日の晩餐会も滞りなく終了し、途中王様の長々しい演説もあったが、疲労の溜まっていた私たちはロクに耳にも入らず、そのまま倒れるように部屋に戻って眠りについた。

 

 そして夜は更け、朝になり、別れの時が来た。

 

 旅立ちの日だ。

 

 私は昨日の陰鬱な気分とは打って変わって、どこか清々しい気分だった。

 

 私なりに答えを見つけたのだ。帰って修行をやり直すのもいいが、その前に一つ、()()()()()()()()()

 

「これでお別れね……」

 

 王都に帰還してきた時と比べ、旅立ちの時は静かだった。仲間、いや、かつて仲間だった者たちだけの、寂しい別れ。

 

「みな達者でな」

 

 想像していたよりも、別れというものはあっさりとしたものだった。もっとこう、お涙頂戴の感動的な別れがあるものだと思っていたけど、そういったことを煽るヤツがここにいないせいか、何の感慨も湧いてこない。

 

「いつかまた、どこかで会いましょう」

 

 まあ、こういった別れ方も悪くないと、私は正直に思った。何も今生の別れというわけではないのだ。縁があれば再びまみえる日も来るだろう。

 

「……じゃあ、またね」

 

 そう、私たちの間に別れの言葉は必要ない。再会の言葉だけを交わし、私たちは私たちの未来に向けて歩き出す。

 

 歩き出して、歩き出して、歩いて歩いて歩いて、そして……

 

「……ねぇ? 何でみんなついてくるの?」

「心外だな、ついてきているのは貴公の方では?」

「わ、わたしも、実はこっちの方に用がありまして……」

「たまたま」

 

 そう口々に言う元パーティーメンバーたち。

 

「いや、絶対にたまたまじゃないでしょ! 明らかに“アレ”でしょ? アンタたち“アレ”が目的でしょ!?」

 

 なんかこう、囚われのヒロインを主人公が助けに行く感じのヤツ! なんて言ったかしら、そうマリオ! 

 

 道理で寂しさなんて込み上げてこないはずだ。最初からみんな“コレ”を狙っていたのだ。どうして黙っていたのは勿論──

 

「アンタたち、自分だけ抜け駆けするつもりだったでしょう!? そうはさせないわよ!」

 

 みんな黙っていただなんて卑怯だわ! 

 

「ベアトの方こそ黙っていたではないか! そんなことするのは下心があったからだ! 人の事は言えんぞ!」

「うぐ……だいたいシャルは祖国復興するんじゃなかったの!?」

「無論だ。だがそれには協力者がいる。それに私の家は私を残し全滅してしまったから、建て直すには伴侶も必要だ。例えば強くて逞しくタフでナイスな伴侶とかがな」

 

 したり顔で言うシャルロット。なんか無性にムカつく顔だった。

 

「セーラは!? あなたは癒しの旅をするって!」

「ええ、ですのでまずは真っ先に、わたしの癒しの力を必要としている人のところに向かおうかなって……知ってました? 傷ついたあの人を癒すのが、わたしの主な役目だったんですよ? そう、わたしだけのね、フフフ」

「え? え、ええ……そ、そういえばそうだったわね」

 

 セーラがヤバい感じに笑っている! あかん! 地雷を踏んだかもしれないわ! 

 

「じゃ、じゃあアリシアは!?」

 

 空気を変えるため標的を移す。が、こいつも明らかに地雷なのだ。

 

「私は……あの人がパーティーをやめるのに、いいと言った覚えはない。あの人が勝手に言い出して、勝手に出て行っただけ。私はやめるだなんて一度も認めてない。だから迎えに行く。邪魔をするならベアトだって……」

「ちょちょちょちょっ! 別に邪魔するなんて一言も言ってないでしょ!? 落ち着きなさいドウドウ」

「そう、ならいい」

 

 もう、瞬間火力ではアンタはピカイチなんだから、ビビらせないで欲しいわ。

 

「あ、でも、アンタの場合は大丈夫なの?」

「何が?」

「何がって……ほら、アンタは私たちと違って『勇者』じゃない。王様とか国のお偉いさんとかその他諸々とか、色々あるんじゃないの?」

 

 同じ『光の巫女』でも、やはり『勇者』だけは別格だ。特にこの王国ではそれが顕著だろう。王家の人たちがそんな簡単にアリシアを自由にさせてくれるとは到底思えない。

 

 英雄である彼女がそんなホイホイどこかに行ってもいいものなのだろうか? 

 

「そう、だから『勇者』の称号は王様に返上してきた」

「はい?」

「ついでに『聖剣』も」

 

 そう言ってアリシアが見せてきたのは、蒼天色に輝く聖剣ではなく、なんの変哲もない無骨な形の長剣だった。

 

「え、アンタちょっと何で?」

「そもそも『勇者』なんて肩書きがあったからあの人が出ていった。そもそもの発端はこの『勇者』とかいう無駄に大げさな称号。闇の帝王が倒れた以上もう必要ない」

「だからってそんなあっさり……」

 

 呆れてもの言えない私に、珍しくアリシアが指を向けて声を投げかけてくる。

 

「ベアトは『賢者』」

 

 それから指を動かしシャルロットに。

 

「シャルは『姫騎士』」

 

 最後にセーラに向けて──

 

「セーラは『聖女』」

 

 そう言った。

 

「じゃあ私は?」

 

 勇者と言おうとしたが、私は声が出せなかった。だってこの子はもう……。

 

「そう、私はもう『勇者』でもなんでもない。ただの一介の冒険者。孤児院出身のしがないアリシア。今この中であの人と並び立てるのは、私しかいない」

 

 な、な、な……こ、この子やりやがったわ! アリシアはアイツの格を上げるのではなく、自身の格を下げることによってアイツと同格になった!? 

 

「なるほどその手があったか」

 

 ポンっとシャル。

 

「ムムム、やりますねアリシアさん」

 

 と悔しがるセーラ。なんだか嫌な予感がするわ。

 

「ならば私も今日より『姫騎士』の称号を取り下げよう。元より国は滅んでいるし、既に無用の長物だ。それに、こういった道もアリかもしれんしな」

「では私も『聖女』と名乗るのは金輪際止めにしますね。元々教皇さまに無理やり与えられた称号ですし、手放すのに未練はありません。むしろこれで肩の荷が下りるというものです」

「いや、アンタたちそれでいいのかよ!?」

「うむ。父上や母上には申し訳ないが、騎士としてでなく、一人の女として生きていくのも悪くない。いやむしろイイ。亡くした祖国の代わりに、私は“幸せな家庭”という『王国』を築こうじゃないか!」

「聖女って正直色々と面倒なんですよね。こうメリットよりもデメリットの方が多いというか、戒律や禁則も多いですし、ぶっちゃけ言ってこっちから願い下げです」

 

 あんまり聞きたくなかった仲間の本音を聞いちまったよ! 

 

「ずるい二人とも、それ私の真似……」

 

 ほら、アリシアさんめっちゃご立腹じゃないですか! アレグ火山並みに噴火寸前だよ! オイ、こんな時に役立つはずのアイツはどこ行った!? 行方不明だよッ! 

 

「ごめんねアリシアちゃん。お詫びにまた私も一緒についていくから」

「……本当?」

「うん! アリシアちゃんとのなら道中あんぜ……じゃなかった楽しいし、きっとあの人も簡単に見つかるよ」

「ならば私もお供しよう。旅は道連れ世は情けとも言うしな!」

「……ありがとう、二人とも」

 

 ああ、格も美しきかな女の友情。かくして四人の絆は再び結ばれ、失った五人目の仲間を求めて決意を新たに旅立つ……ってちょっと待て、待っててよ! 置いてかないでってば! 

 

「分かった、分かったわよ! 私も! 私も『賢者』やめる! やめるから、置いてかないでよー!」

 

 そもそも私ってば賢き者って柄じゃないし、どちらかといえば大魔道士とかそっち方面の方がお似合いというか……って悪かったわ、ハイ、ちょっと調子に乗りました! もうただの魔法使いでいいから、だから置いてかないで! 

 

「はあはあはあ、アンタたちって、案外鬼畜なのね……」

「まあ……」

「何というか……」

「お約束?」

「何よそれ訳わかんないわ……魔法使い系は体力ないの知ってんでしょうに……でも、あはは、なんかこういうのも悪くないわね……あははは」

 

 それから私たち四人は、何が面白かったのか分からないけど、お互いに互いを笑い合った。なんだか初めて心から笑い合った気がする。まるで憑き物が落ちたような気分だった。

 

「というかアンタたちみんなして、アイツが生きていることに一切疑いがないわね?」

「まあ、彼だしな」

「あの人のことですし」

「私は最初から疑ってすらいなかった」

「まあ、確かにアイツのことだもんね……」

 

 きっと今頃どこかでのうのうと冒険しているに違いない。

 

「でもアテはあるのか?」

 

 とシャルロット。

 

「ない」

 

 答えるの早すぎよアリシア。アイツの悪いところばかり似ないでちょうだい。

 

「実は私も見当はあまりなくて……」

 

 ふっ、薄々そうだろうとは思っていたわ! 

 

 全く、肝心な時にいつも頼りにならないヤツらなんだから……仕方がないわね、どうやらここは、元賢者のベアトリースさまの出番のようねって、ごめんなさい、はい言います! 言いますから、そのヘッドロックを外して下さい! 

 

「はぁ……アテならあるわ。いい? アイツはあの時、『西』に抜けていった。私たちもあのあと『西』に向かい、それから闇の帝王の居城で私たちは引き返したけど、あのアホならそのまま進んでいった可能性が高いわ。『北』と『南』は念入りに調べたし、道中すれ違うこともなかったしね」

 

 というか、十中八九そうだろう。あのバカなら、あのまま何も考えずまっすぐ進んで行ったに違いない。あの前に進むしか能のないアホウなら……。

 

「『西』か……長い旅になりそうだな」

「ええ、そうですね」

「問題ない、私たちならできる」

「ええ、行ってアイツにガツンと言ってやりましょう」

 

 やっぱり“私たちのパーティーをやめて野良になるのは許さない”って! 

 

 

 

 かくして、私たちの冒険の日々は“再び”始まった。

 

 

 

 


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