焼肉屋を営む結月食堂で、茜さんがスペシャルメニューを頼みます。
今まで1人しか見つけなかった秘密のメニュー。
舌鼓を打つ茜さんに、ゆかりさんはある昔話を語ります。

戯曲形式。

追記)

なんと動画にして頂きました! ありがとうございます!!
https://www.nicovideo.jp/watch/sm37463241

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タン

 

 

○焼き肉屋『世界が終わるときまで営業する結月食堂』・店内(夜)

 

 雨の降る夜。

 

 個人営業の焼き肉屋。

 

 店外の看板には『世界が終わるときまで営業! 無限の在庫の結月食堂!』

 

 店内は狭い。

 2人分のカウンター席とテーブル席が1つのみ。

 

 そのカウンター席に茜。唯一の客。

 カウンターの奥に店主のゆかり。

 

 

茜:

  「うっま! めちゃうまやで、ゆかりさん!」

ゆかり:

  「ふふふ、ありがとうございます。ロースは当店自慢の一品と紹介されたこともあると風の噂で聞いたことがあります」

茜:

  「噂レベルかー」

ゆかり:

  「レバー焼けてますよ」

茜:

  「おおっと」

 

 

 茜、言われて1人用の焼肉コンロから肉切れを箸で掴み、タレに漬け、口にする。

 相好を崩す。

 

 

茜:

  「あ~ぁ~~十万億仏土にいってまう~。マキさんに感謝や~」

ゆかり:

  「マキさんが?」

茜:

  「ほら、ウチこないだやらかして倒れてもうたやろ? 食うもん食わんとアカンゆうてな、マキさんがな。でもウチ金は貯めとかなあかんから~って言うたら、

  『コレでゆかり食堂を潤してあげて』

   ってお金くれたんよ」

ゆかり:

  「マキさんには頭が上がりません。あとで足元をすくってあげましょう」

茜:

  「なんで!?」

ゆかり:

  「しかし確かに、茜さんはもっと食べた方が良いと思います」

 

 

 ゆかり、塩キャベツを刻みながら言う。

 

ゆかり:

  「聞いてますよ。勉強とお金のために飲まず食わずで、ろくに寝てもいないのでしょう?」

茜:

  「う……」

ゆかり:

  「葵さん、ですか」

茜:

  「ッ」

 

 

 茜、箸を止める。

 

 ゆかり、変わらない動作と態度。

 

ゆかり:

  「耳にしただけです、申し訳ありません」

茜:

  「いや、かまへんで。隠してるわけでもあらへんし」

ゆかり:

  「ありがとうございます。長いのだそうですね」

茜:

  「うん。ずっと病院。妹は体が、ちょいな」

ゆかり:

  「大変ですね」

茜:

  「だから、ウチが助けてやらなあかんねん」

 

 

 茜、白米を勢いよく食べる。

 

 

茜:

  「ぎょーさん勉強して勉強して、稼いで稼いで、世界一の医者になるんや」

ゆかり:

  「立派です」

茜:

  「遊んでる暇なんかあらへんし、友達作ってる場合やない。せやろ?」

ゆかり:

  「そうかもしれません。はい、塩キャベツです」

茜:

  「わあい」

 

 

 茜、出された塩キャベツを食べる。

 

 しばし食事を続ける茜。

 

 

茜:

  「………ところでゆかりさん」

ゆかり:

  「なんでしょう」

茜:

  「あの、壁に掛かってるメニューがあるやろ? さっきから気になってまうんや」

ゆかり:

  「はあ」

茜:

  「なんで、タンだけあんな下にあるん?」

 

 

 茜、店の壁に掛けられたメニューを示す。

 

『カルビ

 ロース

 ホルモン

    タン

 モツ

 レバー

.....』

 

 

ゆかり:

  「(にやりと笑い)なかなかお目が高い」

茜:

  「なんなん?」

ゆかり:

  「実はそのメニューは、この店を開いてから1人しか頼んでいないという幻の一品です」

茜:

  「え、何それめっちゃあやしい」

ゆかり:

  「どうもメニューとして認識されていないようで、話題にすらなりません」

茜:

  「あー、ゆかりさんのお店のメニュー、壁に掛かってるアレだけやもんね」

ゆかり:

  「どうです? 結月食堂史上2人目の称号にチャレンジしてみますか?」

茜:

  「えー? どうないしょ? なんか変なもん入ってへん?」

ゆかり:

  「いえ変なものだと普通に営業停止なので」

茜:

  「せやな。う~ん」

 

 

 茜、しばし考え、

 

 

茜:

  「よっしゃ! マキさんにもゆかりさん助けてくれ言うとったし、2人目の称号をゲットや!」

ゆかり:

  「(深々と礼)毎度ありがとうございます。では準備しますので少々お待ち下さい」

 

 

 ゆかり、店の奥へ移動。

 冷蔵庫を開け、ごそごそと仕込み始める。

 

 

茜:

  「………ほんまのこと言うとな、こういう焼き肉屋って入ったの初めてなんよ」

ゆかり:

  「そうなのですか?」

茜:

  「うん。貯め込みまくらなあかんさかい、どうしてもな。だから、今日えらい感動してるんよ。マキさんにも感謝やし、もちろんゆかりさんにも。おおきにな」

 

 

 茜、ふっ、と口元を緩める。

 

 

茜:

  「(誰にも聞こえない声で)葵にも、食べさせてやりたい……」

 

 

 ほどなくして、ゆかりが肉の盛られた皿を出してくる。

 

 

ゆかり:

  「お待たせしました。強火で一気に焼くと美味しいですよ」

茜:

  「わあい」

 

 

 茜、言われたとおりに並べて焼いていく。

 

 ジュージューと肉の焼ける音と匂い。

 

 

茜:

  「ええ香りや」

ゆかり:

  「塩とレモンをかけて、シンプルにお楽しみ下さい」

 

 

 

 茜、焼き上がった肉を取りあげ、レモン汁をかける。

 

 

茜:

  「いただきます」

 

 

 茜、その肉を食べる。

 

 しばしの咀嚼の後。

 

 

茜:

  「―――――うまっ」

 

 

 茜、思わず口元を手で覆う。

 

 

茜:

  「え、何コレめちゃくちゃ美味いやん! なんでこれ食ったのが1人だけなんおかしいやろ!」

ゆかり:

  「(仰々しく一礼)お褒め頂き光栄の至り」

茜:

  「ゆかりさんったら意地悪やー。こんな隠し球があったんかー」

ゆかり:

  「ふふふ、お気に召して頂けてなによりです」

 

 

 ゆかり、カウンターの奥で包丁や皿を洗い出す。

 

 (ジュージュー、肉を焼く音)

 (ざあざあ、雨の音)

 

 少しの間ができて後。

 

ゆかり:

  「………実は、この肉を注文したときだけ発生するローカルルールがあります」

茜:

  「ん?」

ゆかり:

  「お客様に、ある昔話を話す、というルールです。それが今、発動されました」

茜:

  「(食べる手を止めて)昔話?」

ゆかり:

  「あ、食べながらで大丈夫です。手持ち無沙汰な店員の、単なる手慰みですから………ご不快ならやめますが?」

茜:

  「別にかまへんよ。美味しいお肉もろうてるんやし」

ゆかり:

  「では、お言葉に甘えまして。

 

   ………これは江戸時代、文政元年(1818年)の北陸は若狭の国に、ある一匹の魚が浜に打ち上げられました。

 

   全長は20尺、つまり6メートルを超え、龍を思わせる立派な角が2本あったそうで、魚と言うよりクジラに近かったそうです。

   その獣は囲んで様子を伺っていた地元の村人に向かい、おどろおどろしい声量で吼えました。

 

   ほとんどの村人には、その咆哮は単なる獣の遠吠えにしか聞こえませんでした。

   が、わずかな一部の人々には、何かの言語のように聞こえ、

   その中のさらにさらに一部の人間には、こう聞こえたそうです。

 

 

  『民よ、この地に厄病が迫っている

  『我は慈悲深き天の陛下の下僕

  『難から逃れたくば我が声を八方へ届けるべし

 

  『我が名は玲毘弥(れびや)

  『偉大なる天の(みかど)の命により、末世の民草を賄うため参上した

 

  『我が声が届く者、我が名を耳にし、目に出来る者よ、玲毘弥の血肉を口にせよ

  『来たるべき末法まで生き永らえる功力を、天の陛下は我が血肉に与え給うた

  『また如何なる者も、来たるべきその時まで血肉を口にせし者を傷つけること能わぬ。これ陛下が定め給うた天理なり

 

  『玲毘弥の血肉を口にせよ

  『さすれば天帝陛下より永久(とこしえ)の生命と平安と救済の栄誉を賜るであろう

 

 

 

   その声が聞こえた一部の村人達は、半狂乱になってその魚獣を切り刻み、肉を口にしたそうです。

   また声が聞こえなかった者達も、同様に肉が振る舞われました。その怪魚はとにかく大きいので、村人達が満腹になってもなお大量に残っていたそうです。

 

 

 

   そして数日後、村は疫病で死に絶えました。

 

   生き残ったのは、獣の言葉が分かった者、または声を感じた者だけでした。

 

   彼らは各地に散り散りになりました。

 

   何日経ってもけして腐らない肉塊をそれぞれ切り分けて…………」

 

 

 (ざあざあ、ざあざあ)

 

 (雨の音)

 

 

茜:

  「(食事の手を完全に硬直させ、引きつった顔で)………ゆ、ゆかりさん?」

ゆかり:

  「(変わらない雰囲気、表情、声で)はい」

茜:

  「それって――――」

 

 

 

 トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル

 

 

 (携帯電話の着信音)

 音源は茜。

 

 茜、ゆかりに断りながら慌てて携帯電話を取る。

 

 

茜:

  「(携帯電話に応え)あ、お母さん? どした――――え? 葵が?」

 

 茜、表情が一気に青褪める。

 

茜:

  「(携帯電話へ)うん…うん…、分かった。心当たり探してみるから、お母さんも警察にお願いな」

 

 茜、携帯電話を切る。

 

茜:

  「葵が、病院からいなくなった……」

ゆかり:

  「なんと」

茜:

  「ゆかりさん、なんか知らん? 店には来てへんやろうけど、他のお客さんから何か聞いてたり」

ゆかり:

  「来られましたよ」

茜:

  「……は?」

ゆかり:

  「店に来られました。葵さんが。茜さんが来る少し前に。一品だけ頼んですぐ帰られましたけど」

茜:

  「な、なんで黙っとったん!?」

ゆかり:

  「すみません、そんな事情とは知りませんでした。葵さんも、ほとんど何も話されませんでしたし」

茜:

  「ああもう! 店出てどっち行ったか分かる!? こんな呑気に焼き肉やってる場合やな―――」

 

 

 トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル

 

 (再び携帯電話の着信音)

 

 茜、携帯の通知欄を見やり、息を呑む。

 

茜:

  「葵!」

 

 

 茜、席から立ち上がり、携帯電話に出る。

 

 

茜:

  「葵! 今どこや! 無事か!?」

 

 受話器からは、雨と風の音。

 

 その中から、かすかに声がする。

 

茜:

  「葵! なんや! よう聞こえん!」

葵:

  『~...~---...(葵の声ではある。が、茜の知る言語ではない)』

茜:

  「……葵?」

葵:

  『'^--~^^^..^.~--^^-....^^^~..---..(歌のような声音。雨風にとろけるような抑揚。聞く者を不安にさせるほど美しい波長と振動)』

 

 

ゆかり:

  「………申し訳ありません。何も話されなかったというのは、私の記憶違いでした。葵さんは一言だけ、仰ってました」

茜:

  「(呆然とした表情で、ゆかりを見やる)」

ゆかり:

  「葵さんは仰られました」

 

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

葵:

  「――――お姉ちゃん、見てられないし、もう耐えられない」

 

 * * *

 

 

茜:

  「………」

ゆかり:

  「話されたのはそれだけです。あとは1つだけ注文し、帰られました」

茜:

  「………注文」

 

茜:

  「!!」

 

 

 

 

 

 

○(回想)結月食堂・店内(夜)

 

 

 

ゆかり:

  「ご注文は?」

葵:

  「あれを」

 

 

 葵、壁に掛かったメニューを指さす。

 

 

 

 

『カルビ

 ロース

 ホルモン

 レビヤタン

 モツ

 レバー

.....』

 

 

 

葵:

  「() () () () ()

 

 

 

○焼き肉屋『世界が終わるときまで営業する結月食堂』・店内(夜)

 

茜:

  「……(戦慄の表情で、後ずさる)」

 

ゆかり:

  「(最初と変わらない態度で)そう遠くへは行ってないと思います。私も何か分かり次第連絡しますので」

茜:

  「(ゆかりの声を遮り、叫ぶ)―――葵!」

 

 

 茜、全速力で店の外に走り出る。

 

 雨。風。強い音の中を走っていく茜。

 

 

茜:

  「葵! 葵! 葵!」

 

 

 茜の叫び声はかき消され、じきに聞こえなくなる。

 

 

 

ゆかり:

  「(無人の店内で、深々と一礼)またのご来店をお待ちしております」

 

 

 ゆかり、食べ残された肉を口に入れ、全て片付ける。

 

 茜の席の片付けをしていると、入り口が再び開かれる。

 

 紲星あかり、入店。

 

あかり:

  「ゆかりさんこんばんはー。まだお店やってる?」

ゆかり:

  「大丈夫ですよ。空いているところにどうぞ」

あかり:

  「わあい」

 

 あかり、席に座る。

 

あかり:

  「そういえばゆかりさん。前から気になってたんだけど」

ゆかり:

  「はい」

あかり:

  「なんでこのお店のメニュー、変なところが()()()()()?」

 

 

 あかり、壁のメニューを指差す。

 

 

 

 

『カルビ

 ロース

 ホルモン

 

 モツ

 レバー

.....』

 

 

ゆかり:

  「これは正しい形です。そういうスタイルなのです」

あかり:

  「ふうん?」

ゆかり:

  「それより良いときに来られましたね」

あかり:

  「うん?」

ゆかり:

  「今日は個人的に良いことがあったので、突発的半額セールを開始します。なんでも半額です」

あかり:

  「え、今なんでもって!?」

ゆかり:

  「なんでもどうぞ」

あかり:

  「やった♪ じゃあね、ロースとロースとカルビとカルビ!」

ゆかり:

  「かしこまりました」

 

 

 ゆかり、店の奥で準備を始める。

 

 

あかり:

  「そういえばさっき茜ちゃんとすれ違ったよ。すごい慌てて走ってた」

ゆかり:

  「妹さんの居場所が分からないそうです」

あかり:

  「え、うそ。大丈夫かな」

ゆかり:

  「大丈夫でしょう。妹さんは無敵ですから。天使でも悪魔でもクリプトン人でも傷一つ負わせられません」

 

 

 ゆかり、厨房の奥へ。

 

 

ゆかり:

  「茜さんは、多分ここに戻ってくると思います。もしかしたら将来、暖簾分けをするかもしれません」

あかり:

  「え、うそうそ。そんなに仲良かったっけ?」

ゆかり:

  「それはもう。同志同類も同様。お仲間です。結月食堂は永遠に不滅です」

 

 

 ゆかり、冷蔵庫の前へ。

 

 

ゆかり:

  「世界が終わる、その日まで」

 

 

 

 ゆかり、冷蔵庫を開ける。

 

 

 

 冷蔵庫の奥には

 

 

 

 

 

(完)

 

 

 

 






『その日ヤハウェは硬く大いなるつよき剣をもて 疾走る蛇レビヤタン曲りうねる蛇レビヤタンを罰し、また海にある龍を殺し給ふべし』(イザヤ書:第27章第1節)

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