地底の仏師   作:へか帝

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桜みてたら続き思いつきました


さくら

 桜、桜、桜。

 二百由旬の桜吹雪。

 

 吹きすさぶ桜の花びらのただ中で、どかりと座り込んだ老人がいた。

 死装束を身にまとい、細い骨に病魔に侵され黄ばみ汚れた肌が張り付いた、老いさらばえた人影。

 

 あぐらをかいて瞑想に耽るその小さな姿は、桜の吹雪に掻き消されそうなほどに矮小。

 だが、絶対にそこに"在る"。

 調和とも、圧迫とも違う。

 

 断固として、周囲の認識を徹底的に塗り潰す存在感。

 道を譲り、平伏し、膝を突かねばならない。

 おのずとそう思わせるほどの、主としての輪郭がある。

 

 何もしていなくても、老い衰えようとも、たとえ死せども。

 だからこその、異常。

 

「幽々子さま~、あの亡霊、まだあそこにいますよ~」

「そうねぇ」

 

 そしてそれを遠目に眺めるのは、この地の主人とその従者であった。 

 

「どうしましょう。冥界の霊が怖がって、みんなどこかに隠れてしまってますし」

「そうねぇ」

 

 ここは冥界。死者が閻魔の裁きを待つあいだ、ほんのひとときを過ごす世界である。

 この白玉楼は、その冥界の主人、西行寺幽々子の構える大屋敷。

 静かながらも四季の豊かな地であり、普段は審判の時を待つ多くの霊に囲まれている。

 その白玉楼に、今は西行寺幽々子と従者の魂魄妖夢、二名の姿しかない。

 

 その原因は、明らかにあの老爺にあった。

 

「行って話しても何も喋りませんし……」

「そうねぇ」

 

 あの亡霊は、ふらりとこの地に現れた。

 そして桜を眺め、座った。

 たったそれだけ。

 

 それで、冥界から霊が消えた。

 

「いっそ、斬りましょうか」

「そうねぇ」

「斬って成仏させてしまえば、まるっと解決ですし」 

 

 妖夢が腰の刀に手をやった。

 銘を白楼剣。

 代々西行寺に仕える魂魄家の家宝にして、斬った霊を成仏させる霊刀である。

 

「やっぱり、それはやめておきましょう」

「そうですか? 斬れと命じられれば斬りますが」

「だって、行きつけの茶屋で閻魔さまに怒られてしまうわ」

「う。それもそうですね」

 

 幽々子の言葉を聞いて、妖夢はあっさりと刀にそえた手を離した。

 白楼剣による成仏は死後の裁きの管轄を侵害しているため、みだりに使用しないよう閻魔に言い含められているのだ。

 せっかくの甘味の時間に説教されてしまってはたまったものではない。

 

「でも、どうしましょう」

「うーん。冥界の端っこまで押すのはどう?」

「それで霊が戻ってくるとは思えませんが……」

「ふふ、冗談よ。それより妖夢、お客さんみたい」

「え?」

 

 促されて妖夢が振り返ると、そこには大きな鬼がいた。

 巨大にして真紅。醜悪にして大仰。

 憎悪と怨嗟と、嫌悪と虐殺の権化。

 それほどの存在が、音も気配もなくそこに佇んでいた。

 

「──用向きは?」

 

 妖夢は瞬時に縁側から立ち上がり、背後に幽々子を庇うように立ち塞がった。

 もうそこに、先ほどまでののどかな雰囲気はない。

 

「花見じゃ」

 

 けれど鬼は妖夢の剣呑さなどどこ吹く風。

 体格に見合う巨大な徳利をちゃぷりと揺らして、妖夢に掲げて見せた。

 

「場所は、どこを取っても構わんか」

「あ、えー…………と、はい、大丈夫です、けど……」

「そうか。厄介になる」

 

 それだけ告げると、鬼は妖夢に背を向けて歩きだした。

 その先は、件の老人のいる方向であった。

 妖夢は向き直った。

 

「幽々子さま?」

「なあに、妖夢」

「白玉楼は花見に訪れるお客さんには、自由に開かれていますけど」

「そうねぇ」

「鬼も、例外じゃないです」

「そうねぇ」

「でも変ですよね!? あの鬼、あの亡霊の方に歩いていきましたよ!」

「妖夢ちゃんは元気ねぇ」

 

 あの方角は、老人の亡霊以外とくに何もない。

 花見にとりわけ適しているわけでも、大仰な桜が見れるわけでもない。

 要するに、わざわざ断りを入れた後、行くような場所ではないのだ。

 そんな妖夢の問い詰めに、幽々子は陽気に微笑みながら、答え合わせを始めた。

 

「ほうら、もう春でしょう?」

「春ですけど」

「だからね、紫とお話したのよ」

「ああ、なるほど。そういえばもう、冬眠が覚める時期でしたか」 

 

 八雲紫。幻想郷の管理人して、大賢者。

 そしてなにより、西行寺幽々子の親友である。

 

「でね。相談してみたの。冥界に風変わりなお爺さんがいるって」

「風変わりでは済まされないと思いますけど」

「とりあえず妖夢ちゃんも座ったら? 立ちっぱなしだと疲れちゃうわ」

「……まあ、はい。そうします」

 

 勢いよく立ち上がった妖夢も、すっかり毒気が抜かれたようで、脱力してまた縁側に腰掛けた。

 そうして、二人の間には最初そうであったような、春の陽気に相応しい麗らかな雰囲気が取り戻された。

 

 彼女たちの視線の先では、赤鬼が亡霊の隣に腰を降ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一心さま」

「……その声。お主、隻猩か!」

「お久しぶりに、ございます」

 

 この地に姿を表して以来、ただの一度も口を利かなかった老爺が、鬼の声を聞くと快活に口を開いた。

 一心。確かに、鬼は老爺をそう呼んだ。

 そして鬼もまた、久方ぶりの隻猩という呼び名を静かに懐かしんでいた。

 

「カカカッ! なんじゃあ、お主もくたばったか! 言えいッ! 誰に斬られた!」

「一心さま……」

「冥府でなにを今さら口ごもる! よもや名も知れぬ相手に殺られたわけでもなかろう!」

「まずは、乾杯を」

 

 鬼がずいと徳利を差し出す。

 老爺はそれを見ると、目の色を変えた。

 

「おおっ、竜泉! 上物ではないか! 生前は身体に障ると止められておってな! なんじゃ、桜と酒があるなら、退屈な冥府も二倍楽しめよう! カカカッ!」

「では……」

「……ぷっはぁー! たまらん!」

「ぷはぁーっ!」

 

 桜の木の下で、男が二匹向き合って座って、酒を酌み交わす。

 赤鬼と、老爺。

 歪な二人は地面に腰を落ち着け、互いの盃を同じ高さに掲げていた。

 

「にしても……。見違えたぞ、隻猩。よもや鬼に化けるとはな」

「儂の業が……心のありさまが、もたらした姿です。言い訳のしようもない」

「辛気臭い話はよい! して、誰に斬られた?」

「……いかがでしょう。当ててみては?」

 

 鬼の言葉に、老爺はにいっと歯を見せて笑った。

 

「言わせるか、隻猩! お主のような修羅の如きを斬るなど、儂を除いたならば、あやつにしか出来ぬわっ!」

「儂も……。一心さまを斬るなど。もしできるとすれば、ただ一人しかいないと、そう思っていたところです」

 

 二人は顔を見合わせ、盃の縁をこつんと交わし、二人そろってまた勢いよく酒を呷った。

 

「カカッ! よもやエマに斬らせたなどと宣おうものなら、逆の手もここで斬り落としてやるつもりじゃったわ!」

「あれほど熱心に剣を仕込みながら、何を。……門弟が布を噛んで嫉妬していたでしょう」

「筋が良かったからのう! 鬼斬りを見据えて鍛錬する葦名衆などおらぬゆえ、あれはとびきりだった」

 

 修羅を、鬼を、斬る。

 ただそれだけを見据えて、剣を学んだ少女がいた。

 かつて一心が修羅をも斬ると嘯いた十文字。

 それを真摯に、そして本気にして剣を学んだ。

 そして彼女は、覚悟の差だろうか。

 一心に学んだ娘は、他の葦名衆でさえ至れなかった領域に踏み入れていた。

 

「カカッ! あやつはのう、十文字に限っていえば、儂のそれさえ凌駕しておった。あれには流石に目を見張ったのぅ!」

「だとしても、斬らせるわけにはいきますまい。あまりに、しのびない」

「抜かせ、隻猩! お主の顔には、同じ技なら二度は通用しないと書いてあるぞ! カカカッ!」

「……」

 

 鬼は幾度も考え耽ったことがある。

 もしも再び、一心さまと立ち会うことがあったならば、あの奥義をいかにして捌き、防ぎ、凌ぐのか。

 何度も何度も試し、唸り、頭の中であらゆる対策を打ち出した。

 もし、娘が自分に一心の斬撃を再現して立向かったならば、己はきっとそれを打ち果たすだろう。

 

 鬼がそう思っていたことさえ老爺は見通して、酒を呷り、笑っていた。

 

「聞け、隻猩。儂は過ちを犯した」

「……」

 

 そう語り出した老爺は、哀愁と歓喜が入り混じった奇妙な表情をしていた。

 

「死人帰りよ。ひとたび死におおせながら、現世へと舞い戻ったことがある」

「黒の、不死斬り。よもや、あれが振るわれたと」

「如何にも。そして……病に斃れたはずの儂は、すすき野原で斬り結び、葦名の戦をして死ねた」

 

 それはきっと満足のいく死に様であったのだろう。

 そしてそれは、本当はあってはいけないものだった。

 だからだろう。それを正してくれた何者かに対し、老爺は深い感謝の念を抱いているようだった。

 

「ここは奇妙な所じゃ、隻猩。本当の冥府ではない」

「……」

「この世の理を捻じ曲げた報いかと思うてな。此度ばかりは、何に呼びかけられようと黙ると決めておった」

 

 それは、桜の吹雪の中で意識を取り戻した老爺が最初に決めたことであった。

 

「なれど……儂が訪れた」

「しかも、こんな泣き顔の大猿の姿でのう! カカカッ! 思わず決め事も忘れて返事をしてしもうたわ!」

 

 やはりずうっとだんまりはやはり性に合わなんだと言いながら、己の膝をばんばんと叩いて老爺が愉快に笑う。

 そしてひとしきり笑うと、老爺は神妙に鬼の顔を見た。

 

「のう。感謝するぞ、隻猩よ。儂はこの過ちの悔悟を……ずっと誰かに打ち明けたかったのかもしれぬ」

「一心さま。ここは、この地は。幻想郷という……忘れ去られた者どもの、流れ着く地だと」

「よさぬか、隻猩よ。……儂は死んだ。それが全てよ」

 

 老爺はそれを告げると、最後にもう一度盃を呷った。 

 注がれた酒は、それでなくなった。

 

「第二の生も、第三の生もない。

──葦名一心は、とうに死んだのよ」 

 

 老爺は酔いも醒めやらぬままに立ち上がった。

 手には、一振りの刀を握られている。

 そして、白玉楼の縁側へと向かい叫んだ。

 

「小娘ッ! 聞いていたぞ、儂を斬って成仏させいッ!」

「は、ハァッ!? なんですか急に!?」

「しからば、参るッ!」

「ッ幽々子さま、お下がりをッ!」

 

 轟、という音を残したとき、老爺は既に娘と斬り結び、吹き飛ばしていた。

 

「なんじゃあっ、他愛ないッ!」

「っ……!」

 

 少女は血相を変えて姿勢を立て直し、今度は自ら老爺に斬ってかかった。

 

「ぬるいッ! 鼠にも劣るわッ!」

「な、なん、この……!!!」

「この程度の戦では、斬られてやれぬわぁっ!」

 

 本物の殺気を伴って繰り出された少女の剣撃は、されど老爺に水のように容易く跳ねかえされていく。

 

「娘、名乗れぃッ!」

「……、魂魄、妖夢……っ!」

「鯉が登るように打て! 滝を下るように返せ! 体幹がなっておらん! 儂が忍びであれば既に首を取られておるぞ!」

「く、つ、強いっ……!」

 

 攻めていたはずの少女が大きくよろめき、甚大な隙を晒す。

 老爺はそれを咎めることなく、ただ喝をいれるに留めた。

 既に老爺に少女を斬り殺す意図がない証左である。

 よってこれはもう、もはや命のやりとりにも満たない何かだ。

 

 しかし少女は必死さゆえか、それさえ気づかず再び老爺に斬りかかる。

 今度は腰のもう一振り、楼観剣を抜いた二刀流。

 だがそれも容易にいなされ、まるで攻めが通用しない。

 

「なんじゃ、この腑抜けた太刀筋はぁッ!死にぞこないの爺さえ斬れぬとは言わせぬぞッ」

「死にぞこないの、爺が、こんなに、強いわけ……ないでしょうがぁ……ッ!」

 

 少女と老爺が枯山水の庭園を荒らし、桜吹雪をも押し返すように戦を繰り広げる。

 しかしそれは暴れる童を大人があやすような、遥かなる力量差が見て取れる児戯にも等しいものだった。

 

 そして、彼女の主はそれをゆったりと落ち着きながらそれを遠巻きに守っていた。

 

「あらあら~。妖夢ちゃんがあんなに押されてるわ~どうしましょう~」

「……一心さまが成仏するのは、いくらか先になりそうじゃな」 

 

 先ほどまでは老爺と盃を交わしていた鬼も、気づけば彼女の傍らにいた。 

 

「もう、よいじゃろう。儂はここらで暇しよう」

「あら、いいの~? 古いお知り合いなのでしょう?」

「元より、因果の外側よ。儂もあの方も、縋りゃあ、せん」

「そう? いいのよ、幻想郷はすべてを受け入れるのだから」

 

 唐突に傍らの空間がどろりと垂れ下がり、場所と場所との間が引き裂かれる。

 そうして出来上がった、【スキマ】としかいいようのない異空間から、金髪の女性がひょいと上半身だけ姿を表した。

 

「あ、紫」

「こないだぶりね、幽々子」

 

 その人こそ、幽々子の親友にして境界の大妖、八雲紫であった。

 

「ごめんなさいね、冥界にまでしわ寄せがいくと思っていなくて」

「不思議なお客さんがいっぱいで楽しいわ~」

「不思議で済ませられるのは、幻想郷広しといえど貴女だけだと思うのだけれど」

 

 空間の狭間にもたれかかる紫の姿は、親友との談笑に興じてリラックスする貴重な姿である。

 

「仏師さん。あなたもありがとうね。正直、協力してくれると思ってなかったわ」

「慈悲ってえのは、そういうもんだろう」

「本当、助かるわ。冬眠明けに摩多羅から事情を聴いたときは卒倒するかと思ったのだけれどね」

 

 起き抜け一番に戦争の災禍と戦死者の憎悪と民間人の怨念を一身に受けて鬼になった戦国時代の人間幻想郷に入れておいたから、後よろしく! と言われた八雲紫は、本気で二度寝がしたくなったという。

 しかし恐る恐るコンタクトを取ってみたところ、いい意味で彼女の心配は裏切られた。

 鬼というのに無闇に力を訴えるようなことをせず、神々とも良好な関係を築き、弾幕ルールの意義にも理解を示し自ら距離を置き。

 それでいて、山の天狗を力で黙らせ首で使えるほどの実力者。

 

「一応聞くのだけれど、賢者の従者とかって興味ないかしら?」

「よそを当たんな。……儂は仏を彫る」

「そう……残念。困ったことがあったら呼ぶのよ。ある程度は便宜するから」

 

 思わず従者として、たびたびスカウトしてしまうほど。

 もう何度も振られてしまっているが、彼のような人物が従者であれば、どれほど心強いか。

 冷徹な精神性もさることながら、戦闘、諜報、護衛に工作。更には巨大な鬼の姿は、妖怪社会における示威効果もすさまじい。

 幻想郷の勢力バランスも一気に管理しやすくなること請け合い。

 あまりにも好物件すぎる。できればもう何度かコンタクトを重ねて、良好な待遇で囲いたい。

 

「あんまりしつこいと嫌われるからほどほどにするのよ~?」

「うっ、そうね……」

 

 という魂胆は親友にも筒抜けだったようで、紫は横腹を幽々子に突かれた。

 少なくとも関係悪化だけは避けたいところではある。

 

「とりあえず地底までは送るわ。もういいのかしら?」 

 

 紫の問いに、鬼は老爺の方をちらりと見やった。

  

「ああ。成仏してなけりゃあ、また酒を届けに来る」

「そう。幽々子もうっかり成仏しないように。じゃあね」

 

 それだけ言い残すと、二匹の妖怪は閉じたスキマに飲み込まれ、白玉楼から姿を消した。

 しかし、白玉楼に静寂は訪れない。

 むしろ静寂とは程遠い喧騒に包まれている。

 

 庭園では、ちょうど老爺が裂帛の気合と共に爆炎を刀に迸らせていた。

 

「私って、あんなレベルで成仏しないと思われているのかしら……」

 

 ちょっと親友からの印象を考えて、悩まし気に頬に手を当てる幽々子であった。

 

 

 

 

 




仏師と一心は作中で会話してないので、仏師どのの口調はすべて捏造
でも敬語を使わないほうが違和感だったのでこのように落ち着きました

ゆかりんかわいいね
ゆゆさまもかわいいね
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