犯罪界の道化王子がヒロアカ世界でオールマイトにストーカーするお話。
バットマンに執着してたのと変わらねぇじゃねぇか!

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犯罪界の道化王子

特殊拘置所タルタロス

この刑務所は通常の刑務所とはワンランクもツーランクも警戒度が上がった特殊施設で地下深くに隠れるように建てられ、個性社会において世間にも公表できないような凶悪犯罪を冒した者たちが収容される。

そのため内装も通常の刑務所のような薄汚く雑多なものとは違い、酷く病的に無機質な白い通路に機械的に管理された警備システムが絶えず囚人を監視しており厳重を通り越して蟻の子一匹の侵入すら許さないだろう。収容形式も一般的な相部屋で雑魚寝などという粗雑なものではなく、それぞれの囚人が拘束着を着せられ椅子に縛り付けられて監視カメラと銃口で四六時中も見られている。さらには絶えず脳波も観測されており個性を使う意思を見せると万が一に備えて入り口に向いている銃口でさえも囚人へと向けられる。

 

この刑務所は地下深くに建てられて空調が効いて空気が絶えず巡回しているがそれでもなお息苦しさを感じる。

『ボク』には呼吸器から絶えず新鮮な空気が供給されているが、その空気でさえもこの場所の空気と混ざった瞬間に腐ったと言ってもいい。空調があるとはいえ()()に集められたゴミたちのせいで全く新鮮さを感じられない。

 

看守たちも絶えずカメラで状況を見ているようだが、必要以上に『ボク』に干渉しようとしない。強気に見える高圧的な態度も、一転内心では()()に収容されるような囚人への怯えが隠せていない。

 

あぁ、『ボク』が誰かって?

 

『ボク』はAFO(ぼく)だ。

 

オールマイトとの遊び(神野での戦い)から早1カ月ほどの時間が経ったかな?

来る日も来る日も、何も無く。何も無いまま過ぎてゆく。

薬品か何者かの個性によるものか今のAFO(ぼく)は個性が上手く使えないし、個性を使おうと思うことでさえ脳波の変化を観測した機器によりすぐさま銃口がこちらを向く。

バレずに辛うじて使えるのは1つくらいが限界といったところだね。

 

ほら。

いまもよからぬことを考えているからか銃口が向くのを()()()

生憎、個性が使えないことでAFO(ぼく)の五感は二つほどしか機能していない。鼻が無くなって嗅覚が消え、額から口元まで皮膚が繋がって視覚も消え、味覚も殆どない、()()に来る前でさえ辛うじて残された聴覚と触覚を個性『赤外線』『音・振動』『感知』で補い空間把握をしていたが、囚われのこの身では大っぴらに個性が使えないから個性『音・振動』だけを使いタルタロスの一カ所に意識を集中して外を探るのが精一杯だ。

 

まぁ、幸いにして()()は凶悪犯罪者達の動物園だ。

大量殺人者、裏社会の老いぼれ、カルト教団の教主、異常執着者、詐欺師、正義狂い、放火魔、麻薬常習者、そして、……精神異常者。

小粒も大粒も何でも揃っている。

誰にフォーカスを当てても面白いものが聞こえる。

 

 

 

あぁ、最近は仇敵の『彼』を聞くことが楽しみなんだ。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「んーー、――――♪」

 

『おい!197944番黙れ!』

 

「フフッ!あぁ、すまない。俺はお喋りとジョークが好きなんだ。こんなところで拘束着を着せられて椅子に貼り付けにされてちゃあ、唯一動かせる口だけが勝手にペーラペーラァ動いちまうんだよ!ハッハァア!!!」

 

その男は狂気的な笑みを浮かべ口をすぼめ顔を左右に揺らしながらブルブルブルと小汚い音で監視カメラが付いた銃口に向かって唾を吐き出す。

ニタニタと笑みを絶やさない男は中年特有の弛んだ肉体に映える肌が色白で白色人種であることが窺えるが、まるでペンキをそのまま塗ったかのような毒々しいまでの緑色をした長く伸ばされた癖毛がテラテラと甲虫のように鈍く光り、青白い肌とは対照的に大きくはっきりと刻まれた隈からおおよそ健常者であるとは考えられない。しかし、この奇抜な特徴よりもこの男の見た目で一際目を引くのはその口元だ。口元から頬にかけて乱雑に刃物で切り開いたところを無理やりに縫合したかのような痛々しい傷痕が悍ましい笑顔のように顔にこびりついていた。

 

「あぁ!そうだ!お隣さんよぉ、んんー我が愛しのヒーロー!!!の活躍を聞かせてくれよ。アイツに刑務所ぶち込まれてから退屈が過ぎるぜ。面会にも一度も来やがらねぇし、……ヒヒッ!そろそろ俺様から会いに行った方がいいよなぁ!?」

 

「はァ、、、イカレ野郎が。少し黙れ。

 お前は俺がもっとも嫌悪する人種だ。」

 

「それは丁度いい!俺もアンタが嫌いだ。イカレたアイツのシンパ野郎!ハッハァ!だがな、アンタが大好きなアイツは俺と同じくらいイカレてるぞ?」

 

「お前ごときが英雄(ヒーロー)を語るな。……イカレ()()()め。」

 

『黙れ!イカレ野郎ども!……197944番面会だ。』

 

「……へぇ。相手は何処のどいつだ?愛しのイカレヒーローか、カウンセラーの姉ちゃんか、しかめっ面の警部(デカ)か?色男はモテて仕方がねぇ、フフ♪」

 

『3分後、刑務官が来る。それまで大人しくしてろ。』

 

「――――♪」

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「こんばんわぁ♪塚内くぅん♪」

 

分厚い防弾ガラス越しに電気が灯り、囚人番号197944番と塚内警部との面会が始まった。

地下深くの監獄で幾層ものセキュリティに覆われその面会室はあった。

囚人番号197944番側の部屋の四隅からは囚人に向けて銃口が向けられている。

 

囚人に対面する塚内警部の表情は能面の様に変わらない。それは常からの彼の気質もそうだが、それよりもこの囚人の話術に隙を見せないように気を引き締めていることが一層その表情を硬くさせていた。

 

「久々のちゃんとした話し相手だ。ほら、何でも聞いていいぞ?今なら気分がいいから何でもペラペラ喋るぜ?」

 

「よく喋るな。警察(ぼくら)以外にもカウンセラーが来てるだろう?」

 

「察してくれよ!あいつは機械的に話しかけてくるだけで何の面白みもない。まるでお役所仕事の雇われカウンセラーだ!安月給の割にこんなイカレ野郎の話を聞くなんて割に合ってませんってかぁ?ああん?……ジュル、ッツ。あぁ、喋りすぎたな。それよりも何が聞きたい?お手製のクスリの在り処か?それともアジトの場所か?俺が捕まって十年は経ってるのにまだしっぽが掴めてないのか?

 まぁ、そんなことよりも俺は愛しのヒーロー様のご活躍が聞きたいぜ?」

 

長い囚人生活で鬱憤が溜まっていたのか塚内警部を思いっきりがなりつけたと思えば、囚人番号197944番は舌を突き出しそのまま口角の方向へゆっくりと下唇を舐め上げる。その感情の抑揚は躁鬱の患者のように激しく移り変わりどう見てもまともな精神状態とは思えなかった。

 

喋り、嗤う。

 

ただそれだけの動作なのに拘束着で固定されているはずの全身から雄弁に凄みが溢れ出し、空調が効いているはずなのに部屋の空気が湿気を吸ったように重たいものになる。

 

「あぁ!それともアレか?クッソたっれなAFO(アホ)についてか?いいぜ、何でも喋ってやる!俺はアイツが嫌いだからな!ハッハァ!」

 

嗤い声と共に囚人番号197944番は縛り付けられている椅子ごと体をガタガタと倒れそうになるほど揺らす。

やがて、顎に手を当てた塚内警部が頷く。

 

「うん、今回はその話をしようか。AFO()に後継者がいたのは知っているかい?」

 

「あ゛あ゛?あのチート野郎、殺しても死なねぇくせに後継者ナンて育ててやがったのか?……あぁ、つまりそういうことか。こりゃケッサクだ!」

 

囚人番号197944番は警察との尋問でたびたびAFO(オール・フォー・ワン)との話をしていたが捕まってから十年も経っているのに初めて警察から『AFO(オール・フォー・ワン)の後継者』という話題が提示されただけで、その悪意に満ちた卓越した頭脳には妄想にも近い考察で実際に監獄の外で巻き起こる事態を正確に把握していた。

つまり、AFO(オール・フォー・ワン)の衰退かそれ以上の何かが起こっていることを。

 

「知らないのかい?じゃあ、今回の面会はこれまでだね。」

 

塚内警部は言い捨てて椅子から立ち上がり自動ドアに向けて歩き出す。

しかし、部屋を去ろうとする塚内警部に向けてドアが半ばまで空いたところで囚人番号197944番からべぇっと唾の塊が吐き出される。が、それは分厚い防弾ガラスに阻まれてべっとりと広がり重力に従い落ちていく。水音に反応した塚内警部が振り返るとピエロがまだ邪悪に笑っていた。

 

「んぅ、待て待て待て。後継者ナンてモンは知らねぇが、今まで黙ってたとっておきを教えてやる。……『ドクター』。確か俺にはそう言ってた、だが!ジュル、フー……多分、偽名だ。アイツからは()()の匂いがした。俺の嫌いな匂いだ。色々とキナ臭いことやってるみたいだぞぉ。……例えば、人体実験とかなぁ!見た目は医者みたいな小デブのハゲジジィ。確か、視力検査で使うような分厚い度の眼鏡を着けていたなぁ。このジジィはあのAFO(アホ)の側近中の側近だ。知ってたか?ヒヒハァ!」

 

「何で敵対していたお前が知っている?」

 

「ソレはあれだ。……ケンカをするなら相手のことはよく調べなきゃあ。クソジジィを知らないってことは警部(オマエラ)はケンカの土俵に立ててなかったってことだ。ん?」

 

囚人番号197944番の挑発に塚内警部は開いていた自動ドアに背を向け椅子に掛け直す。

 

「知っていることを全部話せ。」

 

「まぁ、待て。俺は一つ秘密を喋った。なら今度は警察(オマエラ)の番だろ?なぁ、あのAFO(アホ)は死んだか?……違うな。なら、下手打ったのか!ハッハァ!こりゃあ傑作だ!どこに収容されてる?……あぁ!ココか!ヒーハハハ、腹がねじ切れそうだ!」

 

「……何も言ってないぞ。こちらの質問に答えろ。」

 

「あぁ、分かってるぞぉ。お前はなぁんにも言ってない。だが、その能面が何よりも雄弁に語ってるんだよ。そうか、そうか。相手は?あぁ!聞くのは野暮だったなぁ!俺の愛しのおもちゃ(ヒーロー)に決まってるよなぁ?ハァッハッ!」

 

身動きできないのにケタケタと嗤う囚人番号197944番を塚内警部は眉を顰めるが囚人番号197944番が持つ情報を求めて彼が落ち着くのを待つ。

 

「……んでぇ?あのAFO(アホ)を捕まえたはいいけど肝心要の『組織』については取りこぼした訳だ。ッツ、頭をブン切ったはいいけど、残った胴体が勝手に動き出して暴れるんですぅ―ってかぁ?俺みたいな犯罪者がこう言うのもなんだが、……ハァ、警察(オマエラ)仕事しろよ?」

 

防弾ガラス越しにガタッと大きな音を立てて塚内警部が腰掛けていた椅子が倒れる。表情は相変わらず能面のままだったが、その口元はきつく結ばれ掌は血が止まりそうなほど握りしめられプルプルと小刻みに揺れていた。

 

 

 

『塚内警部、離れてください。』

 

 

 

機械的なアナウンスにより塚内警部は激情の中で冷静になり思い出した。

 

自分が相対している狂人は

 

囚人番号197944番は

 

■■■■■』は

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

一度、その悪意を思い出した塚内警部は相手がペースを掴む達人であること再確認して最初のような機械的で事務的な態度に戻して質問を重ねる。

 

「取り乱して悪かった。話を続けよう。」

 

「ありゃま、ザンネン♪んんーー、あのAFO(アホ)の逮捕で裏社会はかなり動いただろうな。ッツ、モチロン、警察(オマエラ)が聞きたがってたAFO(アホ)の後継者もそうだ。勢力争いが頻発して世間は()()()()()()()()()()()()()()になってるな?どうだ!当たってるか?ハッハァホォウ!」

 

「……。」

 

『塚内警部、外の情報は遮断しています。軽率な発言はお控えください。』

 

「……だそうだ。」

 

やや少しだけ眉が動いた塚内警部の様子を観察するように囚人番号197944番はジッと黙りやや上目遣いで塚内警部を見て話を続ける。

 

「分かった、分かった。俺が勝手に喋ってるだけだ。アンタはその能面みたいな顔で話を聞いていればいい。ッツ、ん?……なぁ、可笑しいな。そんな世界になったら俺様愛しのイカレヒーローが黙っていないはずだ!ッツ、オイ!アイツは!平和の象徴(オール・マイト)は死んだのか!?あ゛あ゛ん?」

 

「言えっ!!!」

 

着々と監獄の外のプロファイリングを進めて自身にとって最悪ともいえる予想にたどり着いてしまった囚人番号197944番の怒声が響く。恫喝に怯みもしない塚内警部が監視カメラに視線を送り確認を取るが制止の声が無いことから囚人番号197944番に事実を伝える。

 

「オール・マイトは生きている。」

 

「ハッハハァ!!!……そうか、そうか。それはまた……想像の中でも最悪だ。俺の愛しのイカレヒーローはそんなAFO(アホ)未満のミーハー共に手間取るほど衰えたか、それとも、死にかけの病人みたいな醜態を晒してるって訳だ。……ッツ、ハァ、それはもう、退屈だ。」

 

囚人番号197944番の表情は憤怒の形相から一気に落胆へと変わり、俯いて対面に座る塚内警部にさえも興味をなくしボソボソと呟く。

 

「マシンガン。マシンガンが欲しい。」

 

「それは物騒だね。まぁ、ココは原則差し入れ禁止だ。」

 

『失礼。塚内警部そろそろ面会時間の終了です。』

 

無感情なアナウンスに飽き飽きしたのか、自分の想像が最悪の物だったからか囚人番号197944番は口から唾を地面に何度も吐き捨て、無味乾燥ともいえる瞳で焦点を失ったような空虚な眼差しを塚内警部に向けて吐き捨てる。

 

「……帰れ。俺はもう喋らん。」

 

「あぁ、また来るよ。」

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

それから一週間もしないある日。

 

Beep Beep Beep Beep

 

特殊拘置所タルタロスでは機械的な耳に付くブザー音がけたたましくこだましている。

襲撃者の集団は一様に奇抜な格好をしており、安っぽいピエロや被り物で顔を隠した者たちがありったけの火器を発砲している。その中には平和の象徴オール・マイトの着ぐるみを着た者も数名見られる。

周囲は発煙筒や催涙ガスの白煙や火器による硝煙で曇りきっており、つい数分前までは職員の怒声や発砲音が響き渡っていた。しかし、入念に計画された襲撃により看守のほとんどが無効化されていた。勿論、この個性社会において特殊拘置所に配属される看守はプロヒーローにも勝るとも劣らない強力な個性を持っていた者も多かったが、どこから入手したか分からない「劣化個性破壊弾」により強制的に無個性化され体には雨の様に銃弾が注がれることになった。

既に建物内の全階層、並びに管制室までもが制圧されており、タルタロス内の囚人全員の命を握っていた。つまるところ……。

 

特殊拘置所タルタロスは謎のピエロマスクの集団に制圧されていた。

 

ヴィラン集団『ピエロ』

二十年程前から社会の混乱に紛れるようにして増えていった刹那的な快楽主義の思想を持つヴィラン達で、ピエロメイクをした『JOKER(ジョーカー)』というヴィランを旗印に彼が平和の象徴(オール・マイト)に逮捕される十年前までの十年間に急速に成長したヴィラン集団でもある。

その悪行は幅広く殺人、誘拐、監禁、煽動、覚醒剤の違法製造並びに売買、重火器の大量所持販売など枚挙にいとまがない。

この集団中でも『JOKER(ジョーカー)』は平和の象徴(オール・マイト)への拘りが強く、彼の心を折るため、崇高な信条を曲げさせるために平和の象徴(オール・マイト)が現れる先に執拗に現れ遊び(ゲーム)と称して混乱を巻き起こしていた。

また、二十年前に急に現れたヴィラン集団ということもあり既存のヴィラン組織や極道、更には悪の魔王(オール・フォー・ワン)とも事を構えたこともあり、表社会でも裏社会でも近年の犯罪史に残るヴィラン集団でもある。

 

ピエロの集団は制圧を完了すると管制室にいる仲間の指示に従い一目散に197944番と書かれた扉の前に集まる。

そしてピエロマスクの集団の中から今回の内通者、特殊拘置所タルタロスで精神鑑定医をしている姫野(ひめの)晴井(はれい)という女医が分厚く無機質な197944番の扉を蹴り開けて、中の椅子に縛りつけられていた囚人番号197944番に駆け寄り、手に持っていたナイフで拘束着をビリビリ切り裂き解放した。

 

「はぁい♪プリンちゃん♪さっさとこんなしみったれた所から出ちゃお!」

 

「……もう待ちくたびれて尻とイスがくっついちまうかと思ったぜ。ありがとよ、晴井先生……いや、『()()()()()()()()』♪」

 

「あら、やだ♡それって私のヴィランネーム?ステキィ♪」

 

「あぁ。それで応援が来るまで何分かかる?」

 

「ジャミングの個性持ちも連れて来たしホットラインとかがあるにしても制圧に時間がかかったから、うーん、早くて30分、良くて1時間ってところかなー?」

 

「……十分だ。ヒヒッ、お楽しみは皆で分け合わなくちゃあなぁ♪このおんぼろスピーカーが使える所に案内しろ!」

 

 

 

 

 

特殊拘置所タルタロスの囚人たちは何がドアの外で起こっているか予想がついていた。その証拠に部屋のランプは赤く点滅し、耳障りなブザーの音が響いている。数分前までは聞きなれた発砲音や悲鳴、肺快音が子守歌のように監獄内に響き渡っていた。嗅ぎなれた硝煙の臭いがドアの隙間から入ってくる。

 

銃声が途絶えてから十分もしなくなったが、多くの囚人たちは襲撃者たちの敗北を予想していた。

それほどまでにシステマティックに管理された監獄の堅牢さを評価していたのだ。

しかし、突然ブツンとスピーカーの電源が入る音が聞こえた。

 

『ハァイ♪グゥーットイィーブニング、こんな掃き溜めに囚われているゴミくず共ぉ?元気か?ッツ、俺は元気だぜ。』

 

聞こえてきたのは看守たちの無感情な声ではなかった。

 

『今日はみんなにちょっとした実験に付きあって貰う。自由を掴むための個性と暴力の不思議な魔力だ。』

 

愉悦を隠さない声色で

 

『いま、この留置所は俺様の手の中にある。』

 

どこまでも悪意のある男の嗤いが

 

『このまま俺様一人で外に出るのは簡単だが面白味がない。』

 

監獄に混沌を配達しに

 

『なにより楽しみを独り占めするのも悪い。』

 

熟した柘榴のような甘い誘惑と共に響く

 

『ヒヒッ、そこでだ!お前らみたいなゴミくずにもチャーンスをやろう!』

 

まずは囚人たちの身体を縛り付ける拘束着が遠隔で解除される

 

『んんー、この留置所は選りすぐりのゴミが集まってると聞く。お前ら自由が欲しくないか?』

 

次に、ガシャンと扉の鍵が開く音がする

 

『各階層につき一人、そう!一人だけ外に連れてってやる!』

 

一人、また一人と確かめるように扉を開け、通路の様子を窺う

 

『さぁ!周りの確認は済んだな?個性でも落ちている火器でもなんでも使えよ?ジュル、フー、30分だ。30分経ったら迎えに行く。』

 

悪魔に唆されるように一人、また一人とその瞳に炎が灯る

 

『もしも30分経って二人以上立っているようだったら、その階層の全員を殺す。』

 

察しの良い囚人が隣の部屋の囚人を襲いだす

 

『さぁ、やっちまえ!!!』

 

その声に従うように解放された囚人が個性を発動させ、脱獄を賭けた蟲毒のような乱戦が始まった。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

特殊拘置所タルタロスの最下層。

最下層にはたった一部屋しか囚人は居ない。

上の階層では先ほどの放送によって激しい戦闘音が聞こえるがこの階層の囚人は他の囚人とは違い、拘束着は解除されておらず扉は固く閉ざされて部屋の四隅の銃口は囚人に向いたままであった。

 

「んーー、――――♪」

 

上機嫌な鼻歌と共に囚人が収容されている扉にペンキをそのまま塗ったかのような毒々しいまでの緑色をした長く伸ばされた癖毛の男性が軽快なステップを踏んで近づく。

その囚人番号すら書かれていない扉に向かって囚人番号197944番いや、『JOKER(ジョーカー)』は固く閉ざされた扉の小窓を開き、中にいる者へ喚き散らす。

 

「こんばんわぁ♪見ない間に随分とイカした面になってるじゃねぇか、ハッハハァ!!!」

 

「やぁ、久しぶりだね。そういう君もメイクを落とすと可愛げのある顔つきなんだね。僕は解放してくれないのかい?」

 

「ハッハァホォウ!俺様がオマエを解放すると思うか?嫌だね。手下に成るって言っても御免だぁ♪」

 

「ふむ、それは残念だ。じゃあなんでわざわざ最下層まで来たんだい?」

 

裏社会の悪の魔王(最強)犯罪界の道化王子(最恐)が十年ぶりに対面する。

前回の邂逅は更に平和の象徴(オール・マイト)がいて、三つ巴の戦いの時だったか。少なくともこのような落ち着いた雰囲気ではなかった。

 

「ッツ、ハッハァ!わざわざこうやって訪ねて来たのは2、3個聞きたいことがあったからさ。……まぁ、シャバに出ればすぐわかることだがオマエの口から聞きたいんだ、分かるな?」

 

「……分かるよ。僕も君に会ったら聞こうと思っていたことがあるし、折角だ。お互い交互に質問に答えていかないかい?」

 

「そうこなっくっちゃぁ♪」

 

片方は絶えず銃を突きつけ、片方は椅子に拘束され十全に個性も使えないのにお互いに対等に振る舞う姿は傍目からは違和感しかない。

 

「まずは俺からだ。俺様の愛しのイカレヒーローはどうなった?」

 

「生きてるよ。ただ、()()()()()。引退しているようだし、君が捕まる前のようには戦えないよ。どんなに頑張っても3分以内に骸骨のような痩せさらばえた貧相な姿を曝すよ。」

 

「いいジョークだ。ジュル、フー……だが俺がアイツに惚れ込んでるのは圧倒的な暴力だとかそんなチャチなモンじゃあない、ビルを破壊するだけなら爆薬を使えばなんとでもできる。」

 

「じゃあ、どうしてだい?」

 

「『強さ』ってのはな……おおっと!せっかくの質問を使ってもいいのか?」

 

「あぁ、それはもったいないね。いまのはナシだ。うーん、ありきたりな質問だけど、君には信念があるのかい?」

 

AFO(オール・フォー・ワン)が彼の本質を見極めようとした質問に間髪を入れずに答える。

 

「信念はあるさ。生きて苦難を乗り越えれば人は……。」

 

イカレちまう。ハッハハァ!!!

 

ハーレイ・クインからかっぱらったナイフを片手に小窓の鉄格子をゆっくりと刃先でなぞりながら笑いだす。

 

「ゥワハハハハァッ!悪い悪い、久々に楽しいお喋りだったもんでな。次は俺だ。」

 

そう言うと懐から小さな片手に収まる黒いケースを取り出し、小さな鉄格子越しにAFO(オール・フォー・ワン)に確認する。

 

「手下たちが使っていやがった。コレ。「劣化個性破壊弾」って言うらしい。ヒヒッ、最高に皮肉が効いたイカしたブツだ。オマエのとこが作ったのか?」

 

「うーん、知らないね。『ドクター』なら作ってても驚かないが少なくとも『ボク』は与り知らないよ。」

 

「ザンネン♪オマエみたいなチート野郎が他人にビビってこんなもん作ってたら面白かったんだがな、ヒーハハハ!!!」

 

巨悪の二人が楽しく歓談していると管制室にいる『ピエロ』の手下から通信が入る。

 

『時間です。階層の生き残りを回収する時間も考えてそろそろ切り上げてください。』

 

「んんーーー、了解。おい!チート野郎!この楽しい時間も終わりのようだ。次が最後の質問だ。よく考えて喋れよ?」

 

少しだけ考えるそぶりを見せたAFO(オール・フォー・ワン)だったが、やがてニヤリと呼吸器越しにもわかるほど口角を上げてその質問を口にする。

 

()()()()?」

 

「ヒハハハハ!いぃー質問だ。俺は混沌の配達人。オマエには混沌の本質が分かるか?アァン?」

 

「……恐怖かい?」

 

「あぁ!違う違う違う!混沌の本質、それは……公平だ。つまり、フェアかフェアじゃないかだ。」

 

「へぇ……。君は脱獄してこれから何をする?」

 

回数を超えたAFO(オール・フォー・ワン)の質問に少し考えるそぶりを見せて、珍しくその内心を()()()()()吐露した。

 

「俺は平和の象徴(オール・マイト)悪の魔王(オマエ)がいなくなった世界を想像してみたよ。木っ端ヴィランどもが齷齪と悪事を働き、人気稼ぎの為にヒーローや警察がそれをチンタラ取り締まるのさぁ。……そりゃあ、もう、退屈だ。ハァ。くだらねぇ、空席を狙うミーハー共がのさばっても邪魔なだけだ。」

 

「だから俺はシャバに戻って、町にガソリンと銃弾をバラ撒いてとびっきりのジョークを披露してやれば、世間なんて慌てふためき大パニック!!!」

 

「そして、引退ナンて決め込んでる平和の象徴(オール・マイト)に見せてやる!お前が守ろうとした世界はこんなにも脆弱な物だったと!!!」

 

「フ、ジュウル、ッツ、そして今度こそアイツの絶望の顔を……ゥワハハハハァッ!!!」

 

「……行くぞ。」

 

嗤い声と共に乱暴に扉の小窓が閉ざされる。

遠ざかる足音が『ピエロ』の集団がいなくなったことを知らせる。

一人獄中に残ったAFO(オール・フォー・ワン)はこれからの世間の混乱とやがて脱獄した囚人と対面するであろう自分の後継者の事に思いを馳せる。

自らの手を離れたとはいえ、早くも狂人の相手をすることになるとは大変だなと不思議と一歩引いた考えで、AFO(オール・フォー・ワン)の頭脳を持ってしても決着が分からない後継者と狂人の戦いを待ち望み、独り言ちる。

 

「彼が世間で暴れることで弔は理屈の通じない狂人もいることも学べるだろう。」

 

「願わくば君も弔の成長の糧となってくれよ。」

 

「あぁ、バイバイ。JOKER(ジョーカー)。」

 

 

 

 HA HA HA HA HA HA HA HA

 

 

 

  HA HA HA HA HA HA HA

 

 

 

 HA HA HA HA HA HA HA HA

 

 




あり得るかもしれない次回予告

「…――ッ!?君は!?」

「ヨォ、久しぶりだな。オールマイトぉ!引退決め込んだんだって?教えてくれよ!寂しいじゃないか?聞いた瞬間、いてもたってもいられなくて脱獄してきちまったじゃねぇか、ヒッヒヒ。」



「とぉむらぁくぅーん♪オジサンたちとあっそびましょー!」

「くっそ!……イカレピエロが。」



「デクさん、あの人なんか怖いよ。」

「文化祭ももう終わりなのに『ピエロ』?誰の仮装だろう?」

「ヒハハハハ!イッツアー、ショータイム!」



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