■■士郎のシンフォギア   作:トマトルテ

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12話:櫻井士郎

「カバーストーリーとしてはこんな感じでいいかしら?」

「どれ……」

 

 いつもより少しだけ静かな二課本部で、了子がある資料を弦十郎に差し出す。

 それに目を通し、弦十郎はふむと軽く頷く。

 

「士郎君、クリス君は共にフィーネに攫われた被害者。今までの襲撃はお互いがお互いの人質として扱われ、無理やり行わされていた。フィーネは太古から人の意識を乗っ取り生き続けた存在で、鞘の融合症例である士郎君を次の肉体とするべく利用した。今回の月の破壊は士郎君を乗っ取ったフィーネの仕業であり、最後はクリス君のデュランダルの一撃により士郎君の中から消滅した。……いいんじゃないか?」

 

 その資料は、士郎とクリスの立場を守るために作られたものだった。

 如何に事情があったとはいえ、2人がやったことは取り返しのつかないことだ。

 故に2人を守るためには、色々と手を打たねばならない。

 

「ちょっと弦十郎君、端折ったらダメよ。2人は攫われた先でお互いに意識し合っていき、口に出せないまでも互いに好意があった。でも、その想いをフィーネという魔女に利用されて、望まぬ破壊を強いられる。クリスは医療行為と称した士郎への拷問を止めるために装者を襲った。しかし、装者を捕らえることは出来ずに、今度はクリスが拷問を受ける。勿論それを許せなかった士郎は、クリスの身の安全と引き換えにフィーネに体を譲り渡す決意をした。全ては邪悪な魔女の思い通りに進んで行った……はずだった。でも、魔女ですら2人の愛は断ち切れなかった。クリスと装者達の歌が奪われた士郎の意識を呼び起こして、最後はクリスの愛の告白で魔女の呪いを断った。ここは超重要よ! むしろメイン!!」

 

 なのだが、了子はその話に色々と盛っていた。

 嘘の中に絶妙に真実を混ぜていることで、その話は妙に現実味を帯びている。

 というか、2人の好意に関してはほぼ事実である。

 

「しかしだな、了子君」

「いいのよ、こういった話は同情できる方が効くんだから。それに士郎の拷問のデータなら実際にあるもの。あれを見て、自分の意思でやっていたと思う奴なんて本人ぐらいよ」

 

 弦十郎の呆れたような視線を受け流しながら、了子は皮肉気に嗤う。

 士郎は彼女を母と慕う。だが、客観的に見ればモルモットとしてしか扱っていない。

 だからこそ、彼女は自らを悪役にして2人を救おうとする。

 それこそが自分なりのケジメだと理解して。

 

「だから、わたし(フィーネ)は邪悪な魔女として扱えばいい」

「はぁ……俺が言いたかったのは、あまり君のことを悪く言うと、あの子達が怒るということなんだがな」

「……母親のワガママよ。責任ぐらいは取らせて」

 

 そう告げる了子の言葉には、覚悟がにじみ出ていた。

 2人は被害者ということにすれば、保護観察ぐらいで済むだろう。

 仮に士郎がまだフィーネを残していると疑われれば、自分が第二のフィーネとして登場する。

 そして、今度は他ならぬ士郎がそれを討つ。

 そうすれば士郎への疑いは完全に晴れるだろう。

 

「あの子には、もう贖罪に生きて欲しくない。自分の意志をもって生きて欲しい。勝手な願いだけど、これ以上苦しそうに笑う顔は見たくないの。例え、償いを行うのだとしても、誰かに決められた理由でなく、自分で決めて欲しい……それだけよ」

 

 何かの取引で未来を決められることなど、あって欲しくはない。

 初めてあの子が本当の意味で、自分がやりたいことを見つけられる時が来たのだ。

 自分で考え、悩み、そして選び取って欲しい。

 そのために面倒な責任は自分が背負って行く。それが親としての務めだ。

 

「そうか……何か困ったことがあったら言え。俺も微力ながら力になろう」

「フフ…ありがとう」

 

 そんな覚悟を感じ取ったのか、弦十郎はそれ以上は否定せずに受け入れた。

 もちろん、手助けはすると当たり前のように言いながら。

 了子はそんな優しさに、こそばゆそうに笑いながら礼を言う。

 

「そう言えば、件の子達は今どうしているのだ?」

「士郎はどうしても()()()()()があるって、買い物に行ったわ。勿論監視付きだけど」

「ああ、そう言えば車を出していたな……それでクリス君は?」

「クリスは―――お仕置き(女子会)よ」

 

 

 

 

 

「殺せ! 殺せッ! いっそ一思いに殺してくれッ!!」

 

 白い病室に1人の乙女、雪音クリスの悲鳴が響き渡る。

 彼女は逃げられないように体を抑えられた状態で、あるものを見せられていた。

 

【何が生きる理由がねえだよ! そんなに生きる理由が欲しいなら、あたしがお前の生きる理由になってやるよ!!】

 

「やめろぉおおおおおッ!?」

 

 端末に流れる映像。またの名を自らの黒歴史を見せられながら、クリスは発狂していた。

 両手を翼と響に抑えられた状態では、映像を消すこともできないので、せめて自らの声で音をかき消そうとしている姿が何とも痛ましい。

 

「あはは、そんなに大声出したら聞こえないよ、クリス。仕方ないから音量を上げるね?  響」

「ラジャー、未来様!」

「聞こえないようにしてんだよ! 後、お前も未来に従ってんじゃねえよッ!!」

「ごめん、クリスちゃん。私、未来との約束で一週間、未来の言うことを何でも聞かないといけないんだ」

「ニヤニヤ笑いながら言われても説得力がねぇんだよ!!」

 

 そんな今にも恥ずか死をしそうになっているクリスを、笑いながら見つめるのは未来。

 自分があの場に居なかった時に、何があったのか知りたいという建前を元に、クリスの告白映像を見せてもらっているのだ。

 そして、それに悪乗りしたのが響と翼である。

 

 クリスと一緒の病室に居た2人は、アイコンタクトだけでクリスの逃亡を防ぎ、涼しい顔で茹蛸になるクリスを愛でているのだ。その連携の完成っぷりは、今ならば奏とのコンビネーションを超えたかもしれないと、翼が自画自賛する程のものだった。

 

「それと、お前もこんなことに加担してんじゃねえよ!」

「お前ではない、風鳴翼だ。それと、私が雪音を抑えているのは、以前に襲撃された時の仕返しだと思えばいい。これで帳消しにしてやる」

「ぐッ……」

 

 故に翼にも食って掛かるクリスだったが、傷つけられた仕返しと言われれば黙るしかない。

 どんな事情があったとしても、翼を傷つけた罪は消えない。

 それの報いと言われれば、誰も言い返せる訳がないのだ。

 

【何のために生き残った? なもん、あたしに出会うためだ!

 何のために生きてきた? あたしに会って恋をするためだ!

 生きて良い理由は、あたしが生きていて欲しいから。

 死んだらダメな理由は、お前が死んだらあたしが泣くから。

 んでもって、何のために生きるのかなんて簡単だ。

 ―――あたしを幸せにするためだよッ!】

 

「それにしても……聞いてる方まで恥ずかしくなるぐらい情熱的な告白ね」

「ああああああッ! 殺せ! 殺してくれぇえええッ!!」

「ダメだ、雪音。生きることを諦めるな!」

「こんなことにキメ顔してんじゃねぇよ!!」

 

 とは言っても恥ずかしいものは恥ずかしい。

 特に、自分だけでなく聞いてるだけの翼までもが、顔を赤らめているのがさらに羞恥を煽る。

 一体、あの時の自分は、なぜあんなにも恥ずかしいことを言ってしまったのだろうか。

 悔やんでも悔やみきれない。過去に戻れるならあの時の自分を殴り飛ばしたい。

 

「大体、なんでこんな映像が残ってんだよ! 嫌がらせか? 嫌がらせだな!!」

「人聞きの悪いことを言うな。限定解除(エクスドライブ)の貴重な発動データだ。残しておかない方がおかしい」

「だったら、調べ終わったら消せ! 跡形もなく消せ!」

 

 しかしながら、過去には戻れない。

 故に、クリスは今から訪れるであろう破滅的な未来を回避しようと動く。

 またの名を黒歴史の消去とも言う。

 

「それは出来ないよ、クリスちゃん」

「ああッ!? なんでだよ!」

「2人の結婚式で流すって了子さんが言ってたから」

「フィーネぇ…ッ」

 

 身内からの手痛い裏切りに、クリスはもはや叫ぶことすら出来なかった。

 もはや、顔どころか全身が赤い。

 餅のように白い肌が淡く上気する様は、非常に色っぽいがそこにあるのは羞恥だけだった。

 

「なに人の将来を勝手に決めてんだあいつ…! あたしは――」

 

【あたしを惚れさせた責任を取れ! 一生、あたしの隣から離れるな! お前が嫌だって言ったって離しやしない!! あたしは寂しがり屋なんだ!! 1人にしたら泣くからなッ! あたしのために上手い飯を作り続けろッ!! 失敗したってちゃんと完食してやるから! だから、お前は黙ってあたしを―――世界で一番幸せにすりゃ良いんだよッ!!】

 

「これだけ言っておいてプロポーズじゃないは、無理があると思うよ? クリス」

「…………」

 

 もう何も言わなかった。

 クリスはただただ、自分が今すぐ気絶しないだろうかと現実逃避を繰り返すだけだった。

 こんなことになったのは一体誰のせいだろうか?

 

 士郎だ。あの超ド級の頑固者のせいだ。

 よくよく考えなくても全部あいつのせいだ。

 だから、クリスは思わずといった感じで、ボソリと呟いてしまう。

 

「士郎のことなんて……嫌いだ」

 

 

【好きだぁああああッ!!】

 

 

「え、ごめん、クリスちゃん。何か言った? 今の台詞の声が大きすぎて聞こえなかった」

 

 舌を噛み切ろう。

 そう、決断を下したクリスが慌てた3人に止められるのは、そのすぐ後だった。

 

 

 

 

 

「おーい、差し入れにリンゴを持ってきたんだけど食べるか……て、何があったんだ?」

「あたしは貝になりたい……」

 

 数十分後、買い物が終わり、差し入れの品を入れた袋を持ってきた士郎が見たものは、布団を頭から被り、貝のように丸まるクリスの姿であった。

 

「気にするな。お前のせいだ」

「そうだよ、士郎君のせいだから、気にしなくていいよ」

「うん。士郎さんのせいだもの」

「その発言を聞いて、気にするなというのは無理があるんじゃないか?」

 

 当然、士郎はそうなった経緯を聞きたがるが、3人は答えない。

 ただ、生暖かい目を向けて士郎とクリス(の入った布団)を見つめるだけだ。

 

「おーい、クリス。リンゴだぞ? 出てこないと食べれないぞ」

「……ヤダ」

「困ったな。もう、剥いてあるから酸化する……」

 

 拗ねて若干幼児化しているクリスの態度に、眉を下げる士郎。

 それを見守る3人からすれば、リンゴが茶色くなる以上に、気にすることがあるだろと言いたいがここはグッと我慢する。

 何のことはない。これからどうなるのか、見てみたかったからだ。

 

「しょうがないな。出てきたくないというのなら、ここは天岩戸作戦だ」

「士郎さん、それは?」

「天照大神が天岩戸に隠れた時、他の神々はその周りで賑やかな祭りを行った。天照はそれが気になって岩戸から顔を出した。要するに、みんなでワイワイしてクリスが出てくるのを待つ作戦だ」

「なるほど……それなら私に任せて士郎君!」

 

 何やら作戦を立て始める外の4人に対して、クリスは布団の中で鼻を鳴らす。

 一体どこの誰が、そんなことを聞いて出て行こうとするというのか。

 天照だって相手の目的が分かっていれば、外を覗こうとはしなかった。

 そんな稚拙な手で、この雪音クリスを思い通りにできると思うな。

 そう、クリスは鼻で笑うのだったが。

 

「ねえ、士郎君。手を握っていい?」

(――ッ!!?)

 

 聞こえてきた声には思わず、布団を吹き飛ばしそうになった。

 

「何でなんだ、響?」

「前に触った時は鉄みたいに冷たかったから、ちゃんと戻ってるか確かめたいの」

「なんだ、そんなことか。ほら、いいぞ」

 

 おい、待てコラ。

 何を気軽に触ることを許してるんだ。

 あたしという存在が居ることを忘れているのか?

 

 そう、言おうとしてクリスはすんでの所で止まる。

 待て。これは罠だ。ついさっき言ってたではないか。

 これは自分の顔を出させるための計だと。

 

 だから、ここで布団から出てしまえば全ては相手の思うつぼだ。

 そう考えることで、クリスは自分を落ち着かせることに成功する。

 

「……士郎君の手はあったかいね」

「そんなに触るなよな、響。くすぐったいだろ?」

 

 そう、これは罠だ。罠なのだ。

 ここで顔を出せば、まさに飛んで火に居る夏の虫。

 相手の思うつぼだ。

 

「あ、ごめん。嫌だった?」

「いや、別に嫌じゃないぞ」

「そっか……よかった」

 

 故に我慢。我慢だ。我慢の虫だ。

 どこかから奥歯を食い締めるような音が聞こえるが、きっと幻聴だろう。

 

「あ、そうだ。リンゴがあるんだったよね。士郎君、食べさせて」

「いや、別に1人で食べられるだろ?」

「あーあ、どこかの誰かさんのせいで手を怪我しちゃったなぁ。手が痛いなぁ。誰のせいかなぁ」

「し、仕方ないな。ほら、口を開けろ。あーん」

 

 あーん?

 あろうことか、あたしにもやったことないアーンをやろうとしているのか、あの野郎は。

 あれだけ恥ずかしい告白をしたあたしよりも、その女を優先するのか?

 

「あ、あーん……」

 

 響のちょっと甘えた声を聞いた瞬間、クリスはキレた。

 布団をはねのけて、士郎と響の間に割り込み代わりに自分がアーンする形でリンゴを噛む。

 そして、若干驚いたような表情を浮かべる響を睨みつけ、ぶっきらぼうに吐き捨てる。

 

 

「……あたしのもんだ。盗んな」

 

 

 ジトッとした目を響と士郎に向けた後、フイと顔を背け口の中のリンゴを咀嚼する。

 甘酸っぱい汁が口の中いっぱいに広がっていく。

 その味はまるで、恋のようだった。

 

「なんだ、クリス。そんなに腹が減ってたんなら早く出てくればよかったのに」

 

 だというのに、この唐変木は気づきもせずに、そんなことを真顔でのたまう。

 

「鈍感」

「朴念仁」

「女の敵」

「地獄に落ちろ」

 

「なんでさ!?」

 

 当然、そんな士郎に女性陣の批判が殺到するが、本人は疑問符を浮かべるばかりである。

 これには今の今まで、クリスをからかっていた女性陣も同情するしかない。

 いや、むしろ手助けをしなくてはならないと、謎の使命感を燃やす。

 

「クリスちゃんがあれだけの愛の告白をしたのに、どうして士郎君は平然としてるの? そもそも、ちゃんと返事はしたの!?」

「え? あー……『月が綺麗ですね』じゃダメか?」

 

 響の責めるような問いかけに、士郎は若干恥ずかしそうに返す。

 だが、その程度では当然許してもらえない。

 

「クリスちゃんのあの恥ずかしい告白を聞いてそれだけ? 男の子ならもっと熱く! 情熱的に言わないと! そう、クリスちゃんみたいに!!」

「おい、バカ。お前はあたしを擁護するのか、馬鹿にするのかどっちかハッキリさせろ」

「クリスちゃんみたいな恥ずかしい告白が聞きたいッ!!」

「馬鹿にする方を優先すんじゃねえよ!? 後、それはお前の願望だろ!!」

 

 今ここで恥ずかしい告白をしろと、響は士郎をたきつける。

 ついでにクリスを煽って、彼女の頬を引きつらせているが響は気にしない。

 

「響の言葉は置いておくとして、士郎さんは女心をもっと学ぶべきだよ。恋人が居るのに、むやみやたらにボディタッチを許すのはダメだよ? まあ、する方もする方だけど」

「あの…未来? どうして、士郎君より私を睨んでるの?」

「想像して、士郎さん。クリスが他の男の人にベタベタ触られてたらどう思う?」

 

 ジト目を向けられて困惑する響を無視しつつ、未来は士郎の意識改革を促す。

 普通の男なら恋人が、いや、意中の女性が触られているのを見るだけで嫌な気分になるだろう。

 しかしながら、士郎は普通ではない。

 

「ん……分からないな」

「分からない?」

「いや、もちろんクリスが嫌がってたらムカッとするぞ? でも、クリスが笑ってたら……そいつが俺よりクリスを幸せに出来るなら……俺はそれでも構わない」

 

 いくら死ぬことのできる普通の人間になったとはいえ、その価値観は未だに歪んでいる。

 自分の命の価値などビー玉以下だという自己肯定力の低さは、今も健在だ。

 故に、やはり自分等よりも良い人が居るのではという思いを拭いきれない。

 そう言って、どこか自信なさげな顔をする士郎。そんな彼に向けて。

 

「――フン!」

 

 翼の容赦の無い平手打ちが襲った。

 

「へ…?」

「ふぅ……少しはスッキリしたわ。雪音、私達は外に出ておくから。煮るなり焼くなり好きにしなさい」

「おう!」

 

 ジンジンと痛む頬を抑えることもなく、困惑したまま固まる士郎を放置して3人は出て行く。

 後に残された2人は無言のまま見つめ合う。

 自分が何かをやったのかは分からないが、恐らくは自分が過ちを犯したのだろうと思った士郎は取りあえず謝ろうと口を開く。

 

「士郎、今の話であたしは分かったことがある」

 

 しかし、先手をクリスに取られてそのまま言葉を飲み込む。

 

「あんたはあたしが居ないとダメな奴だ」

 

 そう言ってクリスはポスリと、士郎の胸に柔らかく拳を落とす。

 

「お前馬鹿だ。鈍感だ。普通の奴なら気づけることに気づかない。一々言わねえと、すぐに自分で勝手に考えて暴走する。そんな超絶面倒な奴だ」

「う……」

 

 あまりにもあんまりな物言いだが、実績があり過ぎるために何も言い返せない士郎。

 そんなバツの悪い顔をする士郎の胸に手を這わし、クリスはその鼓動を感じ取ろうとする。

 

「そんな面倒な奴を貰おうなんて変わりもん―――あたしぐらいだよ」

「クリス……」

「なーにが、俺よりあたしを幸せにできる奴が居たらだよ。お前が嫌だって言っても離さねえって言ったのに、もう忘れちまったのかよ?」

 

 コツンと、士郎の額を小突きニヒルな笑みを浮かべるクリス。

 それに対して、士郎は覚えているなどとは言えずに、気まずそうに顔を逸らす。

 

「たく、しょうがねえ奴だな」

「悪い……」

「しょうがねえから、あんたが忘れる度に言ってやるよ」

 

 そんな士郎の逃げようとする顔を、無理やり両手で正面に向けさせてクリスは笑う。

 

「大好きだって。愛してるって。何度でも、お前の魂にこびり付いて離れないぐらいに言ってやる。だから、士郎。あんたは何も考えずにあたしを幸せにしろ。その代わり、あたしもあんたを幸せにするから」

 

 アメジストの瞳が琥珀色の瞳を捕えて離さない。

 士郎の心臓がバクバクと波打ち、胸が痛みに悲鳴を上げる。

 ただ呼吸をしているだけだというのに、息が詰まったかのように苦しい。

 だが、その感覚は決して不快なものではなかった。

 

「ああ、そっか……」

 

 そこで初めて士郎は自覚する。

 アメジストの瞳に映る己の姿を見れば、きっと母親によく似た姿が見えるだろう。

 あまりにも楽しそうで、あまりにも美しいその姿が。

 そう、きっと自分はあの日の母と同じように。

 

「―――恋って楽しいんだな」

 

 恋をしているのだ。

 世界で一番、可憐で美麗な目の前の少女に。

 それを自覚しただけで世界は一変する。

 

 ■■士郎の灰に塗れていた世界。

 それは1人の女の子への恋心により。

 今は―――薔薇色に輝いていた。

 

「クリス、手を出してくれないか?」

「ん? こうか?」

「いや、右手じゃない……左手だ」

 

 細く、触れれば折れてしまいそうな手をそっと引き寄せ、士郎はあるものを取り出す。

 そのあるものを視認したクリスは、息を呑み、喋ることも出来ずに、ただ瞳を震わせる。

 

「響にも言われたけど、クリスにあれだけ言って貰ったのに、何も返さないのはダメだと思ってさ。無理を言って外に出してもらって、これを買って来たんだ」

 

 それは彼女の髪のような銀の色をしたものだ。

 それは込められた想いに比べれば、酷く小さなものだ。

 だというのに、世の乙女達が喉から出る程に欲するもの。

 

「今の俺じゃ、こんな安物しか買えないけどさ。絶対、ちゃんとしたものを贈るから。だから…その…なんだ。これが俺の気持ちだ。受け取ってくれると嬉しい」

 

 彼にしては本当に珍しく、顔を赤らめてハッキリしない口調であるものを差し出す士郎。

 夢ではないのか。そう思いつつ、クリスは差し出された―――指輪を見る。

 幾ら紛争地帯に長らく居たからといって、その意味が分からぬわけではない。

 彼の秘められた想いぐらい、察することが出来る。

 ああ、だが、それでも。

 

「ヤダ」

「………え?」

「ちゃんと言葉にして言ってくれないと……ヤダ」

 

 声にして欲しい。目を見て愛していると告げて欲しい。

 女の子なのだから、それぐらいのワガママは許されるだろう?

 一瞬、絶望した表情になる士郎に心が苦しくなるが、杞憂なので許して欲しい。

 

「お前もあたしと同じ気持ちだって……好きだって言わないと不公平だろ?」

「クリス……」

 

 身長の関係から、潤んだ瞳で上目遣いで士郎を見上げるクリス。

 心臓が早鐘のように打ち鳴らされる。

 士郎はそれは途轍もなく、うるさいと思った。

 

 だが、それは以前のような自分が生きている証への拒否感からではない。

 ただ、彼女の声を聞いていたいと、その温もりだけに目を向けていたいと。

 身を焦がすような恋慕の炎からだった。

 

「クリス……好きだ、愛してる」

「うん……」

「俺、幸せってものが良く分からないけどさ。それでも、クリスには幸せになって欲しい。笑って欲しい。……いや、違うな。これじゃあ、ダメだな」

 

 一度言葉を切り、士郎は真正面からクリスを見つめる。

 女性らしい甘く柔らかな香り、女神ですら素足で逃げだすだろう美貌。

 本当は優しくて寂しがり屋なのに、意地っ張りな性格。

 全て、全てが―――堪らなく愛おしい。

 

「クリス、俺が君をこの世の誰よりも幸せにする。

 ずっと笑っていられるようにする。

 だから、俺の隣で一緒に生きて欲しい……ずっと」

 

 一緒に生きて欲しい。

 かつて、自らの死を願った自殺志願者からの言葉は。

 彼の心が目の前の少女により、救われたことを示していた。

 

「……はい、喜んで」

 

 その事実に思わず泣きそうになりながら、クリスは左手を差し出す。

 士郎も彼女の意を汲み、そのガラス細工のような薬指に震える手で指輪を通す。

 確かにその指輪は高くはないのだろう。

 だが、クリスにとってそれは、世界の財宝全てを合わせてもなお届かぬ程に価値あるものだった。

 

「なあ、士郎……あたし似合ってるか?」

 

 指にはまる銀のそれを見ながら、ハニかんだように笑うクリス。

 それを見た士郎の答えは決まっていた。

 

「世界で一番」

 

 この世にあなた以上に愛おしい人は居ないと。

 短い言葉に狂おしい程の想いを乗せて。

 

「士郎……」

「クリス……」

 

 2人の距離がゆっくりと縮まって行く。

 互いの上気した顔がハッキリと分かる。

 アメジストの瞳が閉じられ、長いまつげが一層際立つ。

 吐息が鼻をくすぐり、心のむずがゆさが増す。

 そして、永劫とも思われた刹那の後に、2人の距離はゼロに――

 

「待て…押すな、立花!」

「声出さないでください、翼さん。2人にバレちゃいます!」

「そういう響が一番声が大きいわよ」

「ここからだと、カメラに収まりづらいわね。もっと近づこうかしら」

 

 ならなかった。

 覗き魔共の声が聞こえてきたからだ。

 士郎とクリスはお互いに見つめ合ったまま、ゆっくりと入り口の方を向く。

 すると、外に出ておくと言った3人が、ドアの隙間からこちらを覘いていた。

 

「……おい」

「ま、待て、雪音。私は止めたのだが立花達がな」

「あ! 翼さん1人で逃げようとしてもダメですからね。そもそも、一番積極的に覗いてたのは翼さんじゃないですか!」

「そうですよ。最初は私は知らないとか言ってたのに、途中からガン見してましたよね?」

 

 ギャーギャーと自分は悪くないと口論を始める翼、響、未来。

 まさにただの女子高生といった様子に、大人なら微笑ましく見守るだろう。

 だが、見られた張本人、特にクリスはそうはいかない。

 恥ずかしさと怒りで、顔を真っ赤に染めて、ヒクヒクと顔を引きつらせている。

 

「はーい、チーズ」

 

 そんな所へ、空気を読まないシャッター音が聞こえてくる。

 下手人はニマニマと笑っている了子だ。

 

「うーん、いい写真が撮れたわね。後で現像して渡すわ、クリス」

「――殺す」

 

 そこでクリスの堪忍袋の緒が切れた。

 修羅の如き様相で、覗き魔共を始末せんと駆け出していく。

 もはや、ムードもへったくれもない。

 

「ご、ごめんなさーい!!」

「うるせえ! 死ね!」

「何をしている! 逃げるぞ2人とも!」

「うん、今のクリスは本気そうだから逃げよう」

 

 そして始まるリアル鬼ごっこ。

 捕まった奴は、間違いなく半殺しは免れないだろう。

 そんな彼女達の様子を見送りながら、士郎は困ったように笑う。

 

「せっかくのイチャイチャタイムを邪魔してごめんなさいね、士郎」

「何で母さんはクリスに追われてないんだ?」

「カメラを渡したらすぐに叩き壊して、他の子を追いに行ったわ」

 

 1人だけ残った了子がそんなことを言いながら、ツカツカと士郎に近づいてくる。

 

「フェイクだって気づかずにね?」

 

 そして、クスリと笑いながら、ビデオカメラを取り出して見せるのだった。

 

「……どこから取ってたんだそれ?」

「取りあえず、あなたのプロポーズは全部入ってるわ」

「はぁ……そっか」

「あら? クリスみたいに取り上げようとはしないの?」

「母さんがその程度で、データが無くなる様にするわけないだろ」

「正解よ」

 

 だって、バックアップは既にとってあるもの。

 と、笑いながら言って了子は士郎の隣に腰を下ろす。

 

「それに、クリスだって冷静になればこの映像を欲しがるはずよ」

「……なんでだ?」

「だって、愛しの貴方のプロポーズが何度でも見直せるのよ? 冷静に考えたら、女の子にとっては凄い価値よ、これ」

 

 カメラを掌の上で転がしながら了子は笑う。

 自分だって、同じことをされたら一頻り怒った後に、言い値で買うだろう。

 だって、一生ものの思い出なのだから。

 

「そのぐらい、頼まれたら幾らでも言うのに……」

「それとは別腹なのよ、女の子にとってはね」

「良く分からないな……」

「分からなくても、察するように努力しなさい。可愛いお嫁さんに、見捨てられたくなかったらね」

 

 からかうように了子が言うが、士郎はむしろ神妙に頷く。

 恐らくは本当にクリスから離れたくないのだろう。

 そんな姿に、了子はよくもまあ、この子を骨抜きに出来たものだと内心で呆れる。

 まあ、あれだけ言われて落ちない男が居たら、そいつは間違いなくホモだからしょうがないだろう。

 

「でも、あなた達がこんな関係になるなんてねー。あなたが“雪音士郎”になるのも、遠くないでしょうね」

「……何言ってるんだ、母さん」

 

 楽しそうに冗談を言う了子に対して、士郎は呆れたように溜息を吐く。

 その様子に、少しからかい過ぎたかと思い、了子は軽く謝罪を行う。

 

「そうよね。まだ気が早い――」

「それを言うなら、クリスが“櫻井クリス”になるだろう?」

 

 そして、帰ってきた予想外の答えに目をパチクリとさせる。

 正直に言って、彼女の頭が理解できなかった。

 なぜ、クリスが自分の姓を名乗ることになるのかの理由を。

 

「……どうしてクリスが櫻井を…?」

「いや、俺が婿入りするのが確定してるならともかく、一般的には男の俺の姓を使うんじゃないのか? それとも、俺って戸籍がない影響で婿入り以外出来ないのか?」

「い、いや、そうではなくてよ? ただ、なんで士郎が私の姓を使うのかが……」

 

 了子は混乱していた。

 士郎には姓が無い。あの日以降、使うこともせず忘れてしまったからだ。

 もちろん、調べれば分かるだろうが、士郎はそれもしなかった。

 まるで、他に使いたい名字でもあったかのように。

 

「何でって―――母さんの息子なんだから当たり前だろ?」

 

 あ、と了子の口から間の抜けた声が零れる。

 そうだ。書類上は自分が士郎の親になるのだから、何もおかしなことはない。

 だが、本当にそれでこの子は良いのだろうか。

 

「ほ、本当に私の苗字で良いの? 調べれば、あなたの本当の苗字も分かるわよ?」

「母さんの名字が良いし、親子で違うのも変だろ?」

「でも、私は……」

 

 自分は罪人だ。何より、息子を利用した罪の意識は決して消えない。

 了子はそんな意識から、逃げる様に拒否しようとする。

 だが、この男がそんなことで諦めるはずもない。

 

「大丈夫だよ、母さん。俺もこれから一緒に頑張って行くからさ」

 

 そう言って、士郎は屈託のない笑みで笑う。

 それは昔のような機械染みた笑顔ではなく、血の通った本物の笑顔。

 了子はそれを見て、自然と涙が頬を伝って行くのを感じた。

 

「誰が何と言っても、俺は胸を張って言うよ。だってこれは俺の誇りだから」

 

 あの日から止まっていたこの子の時計は。

 私が拾うことで歪ませてしまった運命は。

 

 

「―――俺は士郎、櫻井(さくらい)士郎(しろう)。母さんの息子だよ」

 

 

 今、ようやく動き始めたのだと気づいたから。

 

 

 

                  Fine(フィーネ)

 




これにて完結となります。
読者の皆様方、今まで読んでくださり真にありがとうございました!
感想・評価の程よろしくお願いいたします。

~あとがき~

〇士郎君
 元々オリ主で行く予定だったが、不死身の聖遺物という設定にした時に「あ、これ士郎やん」となり、そのまま主人公に。当初は戦闘とかやらずに日常系ヒロインとして士郎君を書くつもりだった。そのために『衛宮さん家の今日のごはん』を全巻揃え読み込んだ。クリスとの日常のネタも考えた。でも、「んほー! 悲壮感溢れる士郎たまんねぇなぁ!」という愉悦の心に突き動かされラスボス系ヒロインに。でも、後悔はない。
 これから何をするかは決まっていないが、取りあえずクリスとフィーネを笑顔にしたいので料理の腕を磨いていく。ここの士郎は2人の影響で和食よりも洋食が得意。パン作りにも興味を持つ。そのうちアンパンを携えてクリスと一緒に紛争地帯を回るようになるかもしれない。

〇クリスちゃん
 この作品は何を隠そう、可愛いクリスちゃんを書きたいという欲求から始まった。そのためのフィーネが母親になる設定。まあ、作者が士郎にドはまりして、いつの間にかヒーロー役になったけど。因みにクリスのプロポーズの台詞は、本来であれば彼女が言われる側だった。具体的には二期で裏切ったふりをした時に。でも、「大胆な告白は女の子の特権」という言葉を知って変更。何もかんも士郎にんほった作者が悪い。
 これからは平和な生活を送って行く。仲間が増える度に黒歴史(プロポーズ)映像が晒されていく残酷な運命を背負っている。リディアンに入学して初日に指輪のことを突っ込まれ大変な目に合う。でも、指輪は絶対に外さない。仕方なく外した場合は士郎につけなおしてもらってる。他に誰も居ないときに指輪を眺めて、1人でだらしなく笑ったりする(翼・響・未来・フィーネ・士郎以外のその他大勢談)。

〇フィーネさん
 この人の扱いで作品の方向性が大きく変わる大切な人。当初は普通にラスボス予定のお人。原作同様に消滅して調に転生し、士郎にバブみを感じられる可能性があった。マリアさん? 士郎に秒で見抜かれます。また、裏設定で士郎はフィーネの遺伝子を持っているので、普通に士郎に入るルートも存在した。今作では士郎がラスボス系ヒロインに昇華したため、改心ルートに。愛は偉大。
 これからは今までの償いを頑張って行く。辛い道だけど、可愛い息子と義理の娘が居るから大丈夫。因みに息子達を守るために本気を出すので、結構な割合で事件が未然に解決したりする。母は強し。数年後に想い人の真実を知り、涙と共に自分がしようとしていたことに冷や汗を流す。口癖は「孫の顔を見るまで死ねない」。



こんな感じで終わりです。後日談・別ルートは気が向いたら書きます。
先に何か新作を書きます。
取りあえず、気分転換に書いたやつを一緒に投稿してます。
【ヤンデレ・ザ・ワールド】
https://syosetu.org/?mode=ss_detail&nid=223504
一発ネタです。

それでは、またどこかの作品で会いましょう。
ご愛読真にありがとうございました!
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