厨房。それは料理人にとっての聖域であり、戦場である。
お昼時ともあれば、食堂は食事を求める兵士達でごった返し、まさしく戦場と言える様相を見せている。
厨房内では料理人達が右へ左への大騒ぎ。しかしそこは曹操の台所を預かる者達。忙しくしながらも確実に自分の仕事をこなしていく。
そんな中でも彼らは一様に厨房の一角へと視線を向けていた。
「ニャッニャー」
その体躯に似合わず軽快に鍋を振るい調理している黒い毛むくじゃらの生物。そう、キッチンアイルーのハンゾーである。
「上がったニャ、ぼさっとしてないで持っていくニャ!」
「は、はい〜っ!」
出来上がった料理を配膳係へと渡すと休む間もなく次の調理へと移る。その手際の良さは腕利き揃いの料理人達が舌を巻く程だ。
「お、おい。あの猫、もうあんなに仕上げてるぞ」
「しかも手際いいし、まったく疲れてる様子がない。どんな体力してんだ」
「というか、なんで猫が立って喋って料理してんだよ」
ハンゾーの仕事っぷりは、周囲の人々からの注目を集めている。そんな奇異の視線も気にすることなく、ハンゾーは自分の仕事に専念している。
「くっちゃべってないで手を動かせ!あの猫の方が仕事しているぞ!」
「「「す、すいません!」」」
「ったく。しかし曹操様も、またとんでもないのを連れてきたもんだ」
料理長の一喝でそれぞれ自分の仕事へと戻っていく。昼の厨房は大忙しだが、それでも皆ハンゾーのことが気になるようで、隙を見てはチラチラと様子を伺っている。当のハンゾーは気にせず自分の仕事を淡々とこなしていた。
喧騒も収まり、厨房の後片付けも終えた頃。ハンゾーは食堂の一角で一息ついていた。
「お疲れ」
「ニャっ。旦那さん」
気づけば彼の雇い主であるザイユが立っていた。その片手には魚が一尾握られている。
「褒美というわけじゃないが、良ければ食ってくれ」
「ありがたく頂くニャ」
ザイユから魚を受け取るとハンゾーは早速齧り付く。
「うーん……やっぱりサシミウオの方が美味しいニャ」
「それは同意する。だがそれも店で良いのを選んできたんだがな」
「この辺は魚もそうにゃけど、肉や野菜といった他の食材も活力が弱いにゃ。まあ、そこが腕の見せ所だけどニャ」
話しながらもすっかり魚を骨だけにすると、ハンゾーは毛づくろいを始める。
「あら、ザイユもいたのね」
「曹操か」
「あたしと柳琳もいるっすよ」
「こんにちは、ザイユさん」
三人は軽く挨拶するとザイユ達の近くの空いている席へと座る。
ちなみに曹仁の頭の上には以前にザイユが上げた光蟲がちょこんとおとなしく乗っかっている。
「随分懐いたな」
「大切にお世話してるっすから、すっかり仲良しっす!」
「初めは怖かったですけど、慣れれば可愛いですね」
曹仁がそう言うと光蟲も肯定するかのように前脚を上げた。ザイユにとっては狩りのための道具でしかないが、こうして見ると可愛げがある。曹純も同じようで、ツンツンと触っている。
「ところで、面白い話をしていたわね。そっちの食材とこっちのは違うとか」
「その話か」
「うまく説明できないけど、こっちの食材はあっちと比べてなんか弱いニャ」
ハンゾーの拙いながらも頑張って説明しようとする姿に他二人は微笑ましそうにしてたが、曹操はハンゾーの言葉に眉を顰めた。
「それは聞き捨てならないわね。この城に入ってくる食材は、どれも高い品質を誇っているわ」
「それは分かるニャ。だけどこれは品質だけの問題じゃないのにゃ」
「それは、どういうこと?」
「ちょっと待つニャ」
そう言うとハンゾーは自身のポーチを探り始めた。何を取り出すのかと曹操達が注目していると、目当てのものが見つかったのかハンゾーはポーチから取り出したそれらを卓の上に置いた。
「それは?」
「激辛ニンジンとクック豆ニャ。念のためにと持ってきた食材の一部ニャ」
「聞いたことないわね」
「どういう食材なんでしょうか?」
ハンゾーが出した食材を、曹操と曹純はしげしげと見つめ、曹仁は匂いを嗅いで首を傾げていた。
「論より証拠、ちょっと待ってるニャ」
そう言ってハンゾーは厨房へと戻っていった。いったい何をするのか、そう思って待っているとハンゾーが料理を持って戻ってきた。
「それは?」
「辛口ニンジンのソテーとクック豆のスープニャ。さっと作っただけニャけど、効果は保証するニャ」
「効果、とは?」
「いいから食ってみろニャ。んでこれは光蟲用の砂糖水ニャ」
「ありがとうっす!」
曹操と曹純は目の前の料理を注意深く観察してから口に運ぶ。一つずつ丁寧に咀嚼する横で、曹仁はもうほとんど食べ終えていた。
「これは……」
「美味しいですけど、不思議な感じですね」
「モグモグ。美味しいっすハンゾっち!」
「当然ニャ……ハンゾっち?」
曹操達が予想外の味に感心していると、サクッと食べ終えた曹仁がガッツポーズをしながら立ち上がった。
「ふおお!なんか力が湧いてきたっす!」
そう言いながら拳を素振りする曹仁。頭の上の光蟲も元気にピカピカ光っている。
「今なら熊も素手で倒せそうっす!」
「姉さん、流石にそれは無理よ」
「多分出来るニャよ」
「多分できるぞ」
突拍子もない曹仁の言葉に曹純が困り顔でツッコミをいれると、まさかのハンゾーとザイユが曹仁を肯定した。
「辛口ニンジンとクック豆。この組み合わせで調理すると特殊な効果が発生する」
「特殊な、効果?」
「それは一体?」
「攻撃力とスタミナの上昇ニャ」
それを聞いた二人の頭に?が浮かぶ。考え込んでいるのか、固まってる二人を見かねたザイユが補足の説明をし始めた。
「俺のいた地方の食材は、組み合わせによって様々な効果を発揮する。今回であれば力が強くなり、持久力も上がるといった具合にな」
「な、なるほど。それは、興味深いわね」
「そんな効能があるのなら、先程ハンゾーさんとザイユさんが言ったことも納得ですね」
曹純は若干引き気味にそう言い、料理を完食する。その後ろで曹仁が食堂の出入り口へと向かおうとしていた。
「ちょっと行ってくるっす」
「姉さん?どこに行くの?」
「熊を倒しに行くっす!」
光蟲とともに手を上げながら言い放った曹仁の発言に曹純は固まったが、すぐに我に返ると曹仁を止めるために後を追っていった。
「ね、姉さん!流石に危険よ、考え直して!」
大慌てで走り去っていく曹純。残されたザイユ達はその様子にやれやれとため息を吐いた。
「……これ、兵達の強化に使えそうね」
「駄目だ」
「駄目ニャ」
「……ちょっとだけなら」
「駄目だ」
「駄目ニャ」
「……ケチ」
どんな時でも狩りの道具を軍事利用するのは認められない。ザイユとハンゾーから拒否された曹操の頬は膨れていたという。
◇
ある日の練兵場。
「フンッ!ハァッ!」
その武勇は知らぬものはいない将軍、夏侯惇が訓練用の木剣を振るう。それを捌く相手は、この城の兵士ではなく、人間でもなかった。
「ニャッニャニャー!」
ザイユのオトモアイルー、アシュリーが夏侯惇の相手をしていたのだ。
ザイユと共に修羅場をくぐり抜けてきただけあって、夏侯惇の斬撃のことごとくを防いでいる。
「あの子、アシュリーだったかしら。結構やるわね」
その様子には曹操も驚いたようだ。こう言っては何だが、夏侯惇は頭はあれだがその武勇は知っての通り。その夏侯惇の攻めを防いでいるのだ、感心しないはずがない。
「当然だ。アシュリーは俺が駆け出しの頃から共に狩りに出ている」
「成る程ね。うちの兵達が敵わないはずだわ」
そう言って曹操が視線を向けた先には、死屍累々の兵士達の姿が。
彼らは夏侯惇に先立ってアシュリーの相手を努めたが、ことごとく叩きのめされてしまったのだ。
「だが夏侯惇も流石だ。この手の技術では俺も敵わん」
「あら、そんなことないんじゃない?」
「事実だ。俺達の技術はモンスターを狩るためのもの、対人戦は不得手だ。その証拠に見てみろ」
促されて再び夏侯惇とアシュリーに目を向けると、最初こそ拮抗していた状況が徐々に夏侯惇有利になっていた。
「力や素早さで言えばアシュリーのが上だろう。だが夏侯惇にはそれを上回る技術がある。対人の技術で劣る以上、アシュリーは勝てん」
「そこまで評価してもらえてるなんて、鼻が高いわね」
「事実だからな。見ろ、決着だ」
ザイユの言葉通り、視線を戻した先では夏侯惇の斬撃によりアシュリーが弾き飛ばされていた。直撃は防いだようだが、地面へと倒れ込んでしまった。
「もらったぞ!」
当然その隙を逃さず夏侯惇が飛びかかる。これではもう、誰の目から見てもほぼ詰みの状況だ。
「ニャー、こうなったら奥の手ニャ!」
しかしアシュリーはまだ諦めてはいないのか、ポーチに前脚を突っ込むと何かを取り出して頭上へと掲げた。
「「あ」」
偶然にもザイユと曹操の声が重なる。アシュリーが取り出したのは、その体格以上に大きいタルだったのだ。
「ねえ、あれって」
「……」
曹操のジトッとした視線が刺さり、ザイユは気不味そうに顔を逸らす。
そうしてる間にも夏侯惇とタルとの距離は縮まっていく。
「そんな樽如きで防げると思うな!」
いきなり取り出されたタルを気にもとめず、夏侯惇は手に持っている剣を振り下ろす。訓練用とはいえ、当然剣はタルを斬り裂いていく。その次の瞬間。
「うわあーーっ!?」
「ニャーーッ!?」
タルが爆発を起こし、その衝撃と爆風により夏侯惇とアシュリーが吹き飛んだ。
両者とも地面へと倒れ伏せたが、ピクリとしない夏侯惇に対しアシュリーはムクッと立ち上がると得意げに得物を掲げた。
「僕の勝ちニャー!」
喜んで跳ね踊るアシュリーだが、それを見ていた曹操はジーッとザイユを見ていた。
「……はぁ」
ため息を吐いてザイユはアシュリーへと近づくと、彼の頭にゲンコツを落とした。
「ウニャンッ!?」
悶絶するアシュリーに向かって、ザイユは淡々と言い放つ。
「やり過ぎだ」
「だ、大丈夫ニャ。ちゃんと爆薬は減らしてニャッ!?」
「そういう問題ではない」
二発目のゲンコツをもらい転げ回るアシュリー。一方の夏侯惇は未だ気絶していた。
ザイユは夏侯惇の近くに行くと、彼女の口に薬草をねじ込んだ。するとその薬効のおかげか、飛び起きるように夏侯惇は目を覚ました。
「むぐっ!?ペッペッ!ザイユ貴様っ!何を食わせた!?」
「薬草だ。その程度だったら回復薬を使うまでもない」
「……お前、段々私の扱いが雑になってないか?」
「気のせいだ」
夏侯惇からの抗議も意に介さないザイユと、ゲンコツの痛みに悶えるアシュリー。
かくしてアシュリーと夏侯惇の試合は、なんとも言えない結果となったのであった。
「……ところで、さっきの樽はどこから出したの?」
「ニャ?このポーチからニャ」
そう言ってアシュリーは腰にぶら下げている小さいタルを指さす。しかしどう見ても先ほどのタル爆弾より小さい。
「……ほんとにこれから取り出したの?」
「言いたいことはわかる。だがこれは俺のポーチと同じで、特殊な技術によって作られている」
「な、なるほどね……他には何が入っているのかしら?」
「ニャー、あとは……」
ガサゴソとポーチを探り、中の物を次々取り出していくアシュリー。
「まずはシビレ罠ニャ。仕込まれた麻痺毒で踏んだモンスターの動きを止めるニャ」
「へぇ、便利ね」
「そしてお弁当のサシミウオ!脂が乗ってて美味しいニャ」
「……生、よね。腐ってないの?」
「ポーチに入れておけば大丈夫ニャ。あとは旦那さんの調合用のゲネポスの麻痺牙に毒テングダケ、石ころにネンチャク草。それから……」
「も、もういいわ。十分わかったから」
どんどんとアイテムが出てくる様子に流石に止める曹操。明らかに出てきた量はポーチの容量を超えてるように見えるが、そういうものだから仕方ない。
まるでびっくり市場のような状況に、兵士達は勿論、夏侯惇やいつの間にかやってきた李典までもが興味深げに取り出されたアイテムを見ている。
「本当、あなたが来てから驚くことばかりだわ」
「そうか。だがこの地に来てから俺の方も驚かされてばかりだ」
「そう……ところで」
「駄目だ」
「まだ何も言ってないじゃない!」
即座に却下されて声を荒げる曹操にザイユはため息を吐いて冷静に言い放つ。
「どうせシビレ罠等を使えないか考えていたんだろう。アレはモンスター用で、人間には使えんぞ」
「うぐっ……分かったわよ」
どんなものでも利用できないか考えるところは流石というべきだろうか。