『第14章 五つ子と大切な味』を追加させて頂きました。
学園祭、二日目……。
知らないうちに、一花や上杉君が付き合っていたり。
二乃と脇城君の間で何かが起きていたようですが、私には私のやらなくてはならないことがあります。自分なりの教師になることもそうですが、昨日……。
昨日、間違いなくあの人は来ていました……。
母が話していた容姿とその人物像とそっくり……。もし、この学校に現れたのでしたらそれが意味するということは想像するのは簡単です。私達に謝りに来たということでしょう。
『五月、お父さんのことは忘れてください』
『お父さん……?私達にお父さんが居たの?』
『遠くない未来、貴方達の前にきっと現れるはずです。そのとき、あの人を受け入れるかは貴方達が決めてください。決して、自分達にとって都合のいい未来などではなく、自分たちにとって……』
『後悔のない未来を選んでください』
簡単に話してくれました。
本当の父のことを……。お母さんは『後悔』したなんて一言も話していませんでしたが……。
聴いてる限り、お母さんは父と結婚したことを後悔してるようにしか見えませんでした。ベッドのシーツを軽く握っていた、窓の内側から遠くを見つめていたお母さんの姿が……。
辛さの二文字を表しているようだったからです……。
『お母さん、どうして私に話してくれるの?私達はみんなで一人でしょ?』
『未来永劫……五月達が変わらないということはないはずです。きっと、それぞれの未来を描くことになるはず。今は何も書かれていない黒板だとしても、それが未来まで続くとは限りません』
『え、えっと……?』
『人は変わっていく生き物ですよ、五月。貴方にも私の話すことが伝わるはずです。これもそう……』
『遠く未来で──』
子供の頃の私はまるでおとぎ話の読み聞かせを聴いてるかのような気分でした。
母の言ってることが、あまりにも輪郭がはっきりとしてないことでしたから。
当たり前です。
お母さんは母親でもあって占い師などではありません。未来を見通すことまではできません。
ですが、こうなる日を予期していたのかもしれません。いずれ、時が流れて行けばあの人が現れることも……。
「お母さん、私のやれることはただ一つです」
高校生の私に何ができるのか?
そんな質問を投げつけられれば、何も解決できないのかもしれません。血が繋がってるということは何も変わらない。父が何を語るかもはっきりとしていなくても、私がすることは決まっています……。
──なにがあっても。
姉妹を守り切る。
『五月、貴方には伝えておかなくてはなりません』
『貴方は教師になるべきではないです』
昨日の夢で見た母の幻覚を振り払うためにも……。
動き出す必要があります、自分のためにも……。椅子から立ち上がり、プラスチックの容器を片付けて、腹ごしらえは十分してあります。こうなれば、私も気合は入れてあります。
「もう準備は……」
「どういうことだよ、優莉!!」
「脇城君の声……?」
父を探す為に、動き出そうとした瞬間。
窓の外からは脇城君らしき声がしてくる。怒号に近いそれが聞こえて来て、窓の方を確認してみれば、そこには今にも……女性を殴りそうになってる彼の姿がある。
これは……。
止めなくてはなりません……。
◆◆◆◆◆
額を押さえようとすることすら、できない。
優莉の口から通り過ぎて行ったものを信じることができないんじゃない。全く、知らなかったことがそこには存在しているからだ。優莉と俺のことも含めてもだが、それ以上に……。
「あいつらの親がさっきの奴だって本気かよ?優莉」
「本気だよ、空。無堂先生にはある噂があった、自分が受け持っていた生徒と関係を持っていたって」
「俺は聞いたことがなかったぞ」
無堂先生のことはちゃんと覚えてる。
普段はおチャラけていて、事あるごとに茶化すような人であったし変な先生だった。ああいう先生だから、人気もあったが優莉が言っていたようなことは全くと言って初耳って奴だった。
「俺がそれどころじゃなかったのもある、か……」
あの学校に居た頃、少なくとも視野が広かったなんて言えるわけがない。
どうしようもないことが起きたときもそうだが、目の前の優莉のことを信じることもちゃんと話すこともできなかった。
「空……」
名前を呼ぶだけの優莉……。
当たり前か、俺の思ってることにあいつが気づいてるならあいつは触れ辛いだろう。あいつにとっても……。不思議と落ちついてる自分に笑いそうになってしまう。俺が学校から転校した後から、知ったのかもとかそういう妄想、空想ばかり募ってしまうのは余裕があるからこそなのかもしれねえが……。
やっぱり、俺にとっては……。
「あのハゲ教師があいつらの親なんて認められるかよ、仮にあいつらの親だとしたら今更何しに来たんだよ。俺に謝りに来て、あいつらには謝りも来やしないで、中野父のことを侮辱しに来たってことになるぞ」
「そう……だね」
歯切れが……悪い。
優莉としても、これ以上何を話せばいいのか語ることができないんだろう。意外と、冷静な俺に驚いているようだったが……。だとしても、あまりにも情報量の多さにパンクしそうなのが現状だ。
「あいつらには言った方がいいのか?」
「二乃達にってこと?」
「あの爺さんが謝りに行く可能性だってあるだろ?そうなったら、いきなり父親を名乗る奴がさっきみたいに土下座する。あいつらが困惑するだけだろ」
この際、あいつらの親が誰かなんて一旦どうでもいい。
あいつらはあいつらだからな。誰の血を引いていようが、変わらない。
「話した方が……いいと思う。私も、無堂先生が何処までするか私も判断できないから」
「だろ、じゃあ……とりあえず」
こういうときは、ちゃんと冷静に物事を判断できる奴がいい。
二乃は悪くないが、こういうとき的確にどうするべきか?を考えられるとしたら、それはやっぱり五月。あいつなら、こういうときどうするべきかをちゃんと考えることができるはず。
手に持っていたペットボトルの水を飲む。
若干残っていた怒りが詰まった喉から流れていくみたいだった……。
「行くか」
「うん……」
あいつは確か教室にいるとか四葉が言っていたはず。
とりあえず、最初は教室を目指して居なかったら誰かから聞いていけばなんとかあいつに辿り着けるはずだろう。凄い遠回りになりそうなことをしようと頭の中で整理しているとき……。
「五月……?」
渡り廊下の裏を歩き出してすぐ。
長い赤い色の髪を結んでいる五月の姿が目に入ってくる。しかも、こっちに近づいて来てる……。どんどん、ペースが早くなっていく……。
「脇城君、私を探していましたか?」
「……五月、聞こえてたのか?」
「あれだけ大きな声を出していれば、教室の方からも聞こえていますよ」
「……悪かった」
優莉に詰めている場面を見られてしまったってことだ。
余計、申し訳なくなってると五月は息を吐いてから一歩踏み出して来てる……。
「言うなら、私ではなく隣の方に言ってください。その……隣の方はいったい?」
「だな、転校前の親友だ」
「そんなところだよ、五月さんで合ってる?」
親友と紹介すると、優莉からの視線を感じる。
多分、せめて元彼と言って欲しかったんだろうがどうやってもややこしいことになるのが目に見えてる。絶対、五月が食いつくから。
「え?は、はい。脇城君、先ほどの話……あれは私達にも関わることですよね?」
「……話聴いてたのか?」
「すみません、盗み聞きするつもりはなかったのですが。どうしても、他人のふりをするわけには行かなかったので……。無堂先生のことですよね?」
「無堂先生のこと知ってるのか?丁度いい、あの人は……」
「はい、私達の親です。血の繋がる……」
冷静なのは何も俺だけじゃなかった。
ここにもいたんだ、優莉以外にこうなることを予期していた奴が……。
だから、目の前の五月があんなにも覚悟が決まってるように見えるんだ……。
◆◆◆◆◆
あの人が来てしまった以上、私はもう逃げも隠れもする気もありませんでした。
脇城君に一人で抱え込ませる気もありませんし、脇城君の御友人に背負わせる気もありません。
「お前、いいのか?」
「構いません、元々これは私達の家族の問題ですから。勿論、私一人で重荷を背負う気もありません。私は家族旅行のときも三学年のとき言ったはずですよ、脇城君」
「上杉君だけではなく、脇城君や私たちすらも変えたと言ったはずですよ。あれはこの学園祭でもそのはずです。何があったのかまで把握していませんが、脇城君と二乃の間に昨日何があったのかは二人の距離感で察することができます。お互いに支え合う」
「それが私達の関係じゃないですか?」
ああ、そうだな……。
お前はそういう奴だ。記憶から消してたわけじゃない五月。
お前が俺に熱い奴だと言っていたように、俺もお前に熱い奴だと言っていた。
互いに乗り越えられるものがあったから、ここまで来れたのは五月だってそうだ。二乃との衝突、三学期での模試。
なによりも、俺はあいつの塾での姿が……。
ちゃんとした「いい」教師だった。そんな感覚が記憶の中に残っているからこそ、俺は五月の背中を軽く手で触れて……。
「行ってこい!頼んだぞ、五月……!!」
言うことには充分だった……。
何も心配もなかった。
「どうしたの?空?」
壁に寄りかかりながらも、また水を飲んでいると残ってくれた優莉が俺に声を掛けてくれる。
「どっと疲れでも来たのかも、な。この二日間、かなり動きまくってたしな……」
「五月ちゃんだっけ、二乃ちゃんの妹らしい子だね」
「あいつの妹って一言でも言ったか?」
「名前、数字ならそうじゃないかなって……違う?」
不意に笑みを浮かべたくなっちまう。
ああ、確かに滅茶苦茶簡単な見分け方があったな……。
「そうだな、そういう見分け方もあったな……」
「容姿までは無理でも」
◆◆◆◆◆
「おやぁ、奇遇だね。嬉しいねえ、五月ちゃんの方から会いに来てくれるなんて」
「中野君、いやマルオ君はご健在かな?」
「はい、元気にしておりますよ」
「無堂先生」