大正の空に轟け   作:エミュー

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ついに原作合流前の最後の山場を迎えました。



参拾肆話 絶望の月輪

「完全復活っ!『鳴柱』桑島紫電、本日より任務に復帰しまぁす!!」

「………なぜお前たちがここにいる。桑島、真菰」

「そ、そんな義勇……!桑島真菰だなんて……気が早いよっ」

「………そうか」

 

すぅ、と目を細めて虚空を眺める義勇。

どうしてこいつらが水屋敷にいるのか。そればかりを考えていた。

 

千年竹林に囲まれた冨岡義勇の水屋敷に、紫電と真菰は足を運んでいた。

屋敷の鍵が空いていたから真菰が勝手に入って、その背中を追いかけて紫電も不法侵入を侵した。妹弟子の真菰がいいと言っているんだから、きっといいのだろう。

 

道場ような広い部屋で黙々と剣を振り続ける義勇だったが、突然の来客に驚いた様子もなく、半刻ほど無視を続けていたのだが、あまりにも執拗く居座るので痺れを切らせて話に応じたのが運の尽きであった。

 

「なぜお前たちはここに?」

 

再び尋ねると、紫電がにこやかに告げる。

 

「今日から任務に復帰するので、その報告と負担をかけてしまったお詫びに……。上弦の弐の時もそうでしたけど、一番冨岡さんに迷惑かけっぱなしでしたから……」

「必要ない気遣いだ。俺に構う時間があるなら、夜までにゆっくり羽を伸ばしていればよかっただろう」

 

相変わらずの物言いだが、義勇がどういう性格をしているのか凡そ理解している紫電は頬を緩めて「ありがとうございます」と頭を下げる。

無駄なところで真面目な紫電に、義勇も思わず内心で微笑む。決して顔には出ておらず、どういう感情の顔なのか分からない、巫山戯た面をしているのだが。

 

「……真菰は?」

「紫電の付き添い。それから、その……紫電との関係の報告にね……?」

 

なるほど、と義勇は頷いた。

紫電と真菰が将来を誓い合ったという話は随分前に耳に挟んだし、鴉を通じて報告もしてくれた。わざわざ会いに来てまで言うことではないだろうと思った義勇だが、やはり同門の兄弟子は血の繋がりは無くとも家族同然。直接話をするのが筋だと真菰は思っていた。

 

「改めて……私は紫電と将来を誓い合いました。結婚を前提としたお付き合いです」

「……ああ」

「真菰ちゃんと絶対に幸せになります。どうか、俺たちを優しく見守っててください」

「………ああ」

 

どこか嬉しそうに、口の端をほんの少しだけ持ち上げる義勇。

その些細な変化を見逃さなかった真菰も嬉しくて破顔する。

 

「えっと、俺……冨岡さんのこと義兄さんって呼んだ方がいいのかな……?」

「義勇でいい。俺もお前を紫電と呼ぶ」

「わかりました。これからもよろしくお願いします。義勇さん」

 

頷いた義勇は視線を真菰に移した。

 

「きっと、幸せになれよ」

「ありがとう義勇」

 

花が綻んだかのような、恥じらいながら満面の笑みをこぼす真菰を見て、自然と義勇も口角が上がる。あの義勇が笑っているなんて、今日は槍でも降ってくるのではないかと身震いする紫電。

そうやって、普段から感情豊かだったらもっと皆と仲良くやれるのではないかと思わなくもない。

悔しいが美丈夫な義勇に、けれども紫電も笑顔をこぼす。

 

「……俺では」

「えっ?」

「………いいや。なんでもない」

 

何かを言いかけて、しかし喉元で言葉を食い止めた義勇。

彼が何を思い、何を言いかけたのか、紫電と真菰に知る由はない。

話はこれまでだと言わんばかりに立ち上がった義勇は、再び無言で刀を振り始める。

 

「さあ、いこっか」

「え、義勇さん置いてっていいの……?」

「いつもこんな感じだよ。さっきの行動はね、『気をつけて帰れよ』って意味があったんじゃないかな」

「えー……うっそぉ……」

 

にわかに信じ難い。

鱗滝一門にしか分からない何かで繋がっているんだろうと勝手に納得し、屋敷に忍び込んだ時と同じようにして真菰の背中を追いかける。

 

「………幸せになってくれ。俺の……俺たちの分まで」

 

去り行く二人の背中を眺めながら、自然とこぼれ出た心中。

かぶりを振り、思考を外に追い出し、稽古を再開しようとして。

 

「カァー!オ館様様ヨリ手紙ガ届イテイルー!」

 

突如帰還した鴉が足に手紙を括りつけたまま、義勇の頭の上へと不時着する。毎度のことなので随分慣れた義勇は素早く手紙だけを剥ぎ取ると、封を開けて手紙の中身を確認する。

 

「…………これは」

 

紛うはずもない、お館様の直筆の文字。

そこに記されていたのは──────。

 

 

 

 

 

###

 

 

 

 

 

一週間後、紫電と真菰は月夜の中を駆け抜けていた。

激流のように後方に流れゆく視界を置き去りに、地を這う稲妻の如き疾走。

二人が追いかける背中は人ならざる者──鬼。

 

「クソっ、聞いてねぇぞ『柱』がいるなんて!!」

「ところがどっこい、いるんです!!」

「ちくしょうコイツうるせぇぇぇ!!!」

 

乱立する木々の合間を縫いながら常と変わらぬ速度で駆け抜ける二人の体捌きは見事という他ない。文字通り鬼ごっこを始めて僅か数秒で刀の間合いへと鬼を捉える。

 

「霆の呼吸 壱ノ型────ッ!」

 

深まる呼吸。高鳴る鼓動。

その呼吸は大気を震わせ、踏みしめた強靭な脚が大地を鳴らす。

鞘にかけた左手の親指が鍔を持ち上げる。姿を見せた紫色の刀身にひび割れたかのような稲妻模様。

美しい刀が一瞬だけ月を反射し煌めいて。

 

「────『紫天の霹靂』」

 

放たれる神速の遠距離斬撃。闇夜に一条の線を描きながら迸る紫色の雷撃。穿つは悪鬼の頸。

まさに一瞬。

瞬きする余裕などないほどに、刹那の合間に鬼の頸を跳ね落としてみせた紫電の横で、真菰は大きく息を吐き出した。

 

「出番なかったなぁ」

「ごめんね。でもやっぱりかっこいいとこ見せたいしさっ!」

「うーん、速すぎて何してるか見えなかったかな」

「そんなぁ!」

 

ガックリと肩を落としていじらしく地面を木の棒でつっつく紫電。ほんと、鬼と戦っている時との差が凄い。子供じみたいじけ方をする紫電の腕を引っ張りながら、再び歩を進める。

 

「ほら立って。私もう別の任務いくね?」

「うぅ……もう行っちゃうの?」

「紫電も哨戒続けなきゃでしょ。しっかりしてね、旦那さんっ」

「────! !」

 

自分で言って恥ずかしくなった真菰は、赤く染った顔を隠すかのように紫電とは逆方向に駆け出した。

 

「真菰ちゃんッ!気をつけてね!」

「紫電も」

 

手を振って紫電と別れた真菰は、夜空に浮かぶ満月を眺めながら走る。

 

「……帰ったらいっぱい甘えちゃお」

 

最近はお互い任務続きで二人でゆっくりする時間が少なかったため充電不足だ。

そういえば、と自分の行動を思い返してみて、いつも自分からばかり紫電に甘えていることに気づく。自分ばかり求めていて、少しはしたないかもしれないと思ったが、相手が紫電なのでまあいいかと勝手に納得する。

 

「……ふふっ、紫電を想ったらなんでも頑張れちゃう。すごいなぁ。好きってすごいんだねぇ」

 

ニヤつく口角を抑えつつ、木の枝から枝に飛び移る。そうして開けた場所にたどり着き、おや、と視線を小高い丘に向ける。

 

誰かが、月を見上げて立っていた。

 

長髪を頭の上で纏め、月夜に溶け込みかのような紫の羽織。腰には刀。

武士然とした佇まいはいっそのこと凛々しく厳格さすら漂っている。

振り向き、その顔を視界に捉えた瞬間────。

 

「────ッッッ!?」

 

真菰に襲いかかる圧倒的密度のプレッシャー。全身を押し潰してしまうかのような。

歪な姿に、額と、首筋から頬にかけて迸る炎のような『痣』。

左右三つづつ、六つの眼。その瞳に刻まれた──『上弦』『壱』の文字。

 

「……鬼狩りの……剣士か……」

 

まさに今、眼前に立つ死そのもの。

鬼舞辻無惨の配下『十二鬼月』最強の鬼が、目の前に。

 

途端、真菰を支配する恐怖。

全身を怖気が覆い、身体が震える。総毛が粟立つ。人間としての本能が、上弦の壱と戦うことを拒絶している。

 

(これまでの上弦と……比べ物にならない………ッ!!)

 

上弦の弐、上弦の肆と相対してきた真菰が戦意を喪失しかける程の、一目見ただけで分かる実力差。

総身が震え、歪な不協和音を奏でる。

練り上げた水の呼吸が途端に乱れ、絶死の予感が確信へと変わる。

 

勝てない。

負ける。

死ぬ。

何もできずに。

これが。

上弦の壱。

 

「……ふむ。女の身でありながら……鍛えられた肉体……。脚部の出力が……素晴らしい……雷の……『柱』か……?」

 

黒死牟のつぶやきなど、今の真菰に聞こえるはずもない。

心臓が破裂しそうなほど心拍数が上がる。動悸が、眩暈が、吐き気が、恐怖によって駆り立てられる。

 

抗うことの出来ない死の運命。

 

全てを諦め、握った刀を取りこぼしそうになって────。

 

『真菰ちゃん』

 

「────!」

 

声が、聞こえた。

ここに居るはずのない愛しい人の声。

紫電の声。

 

そうだ。

 

自分には帰る場所がある。

生きて帰らねばならない理由がある。

未来を生きようと約束をしたのに。

 

「私が未来を諦める訳には……いかないね」

 

恐慄いていた身体が、心が、凪いだ水面のように静まって、全身の震えが止まる。呼吸が整う。

 

「……恐怖を……克服したか……。実に興味深い……。お前のような小娘が………如何にして恐怖を……押さえ込んだのか……」

「愛だよ」

「愛……」

「大切な人を想えば、人はどこまでだって強くなれる。大切な人がいるから戦える」

 

ほんの少し。ほんの少しだけ、黒死牟の顬が動いた。

強靭な意思を宿した真菰の瞳が、六眼を鋭く穿つ。

 

「愛など……道を極める者にとって………不要な感情でしかない……。愛は決断を鈍らせる……。私が鬼となり……最初に捨てた感情だ……」

「そうだね。愛は人を強くもするし弱くもする。でも、私はそれでいい思う。それこそが人の素晴らしさだよ」

 

生と死。

愛と憎。

善と悪。

両極に位置する感情の中で迷い、もがき、それでも少しずつ前に進むことこそが、人の美しさだ。人生の儚さだ。

儚いからこそ大事に思える。失われていくから大切にできる。

人として生き、人として死ぬ。

それが人であることの矜恃であると、真菰は思う。

 

「仮初の永遠に酔いしれるあなたたち鬼には解らない感情だね。何もかもを捨てて、人でいることから逃げたあなたには理解できないんだろうね」

 

ひゅう。と。

夜風が真菰と黒死牟の間に流れる。

真菰の言葉に何を思ったのか、黒死牟は無言。

そこに。

 

水の呼吸 肆ノ型『打ち潮』

 

間髪入れずに真菰が飛び込んでいく。

打ちつける荒波の如き斬撃を、黒死牟は僅かな身体の動きだけで回避を行う。

 

「これほど疾い水の呼吸の使い手は……初見なり。面白い……」

「どうも」

 

水の呼吸 参ノ型『流流舞い』

 

踊り狂う水刃の乱舞。

もはや水の呼吸を超越した激流の如き足捌き速度で放たれる連続斬撃。

けれどその刃が黒死牟にかすることすら叶わない。

 

異常なまでの速力。

それを可能にしているのは。

 

「……『痣』。そうか……出ているのか」

 

黒死牟が人であった頃の時代は、女が刀を握ることなど無かった。

これまで殺して剣士の中でも、女の身でこれほどの絶技を扱うものなどいなかった。

 

「美しく流麗な剣技……歩法……。女の身で……そのような矮躯で……よくぞここまで剣技を練り上げた……」

 

世界を震撼させるほどの強烈な圧が、大地ごと押し潰すかのように黒死牟から放たれる。

六つ眼は見開かれ、その視界の中央に真菰を据える。

ここに来てようやく黒死牟が刀の柄を握りしめた。

 

直線的な軌道を描きながら疾走していた真菰が急激に角度を変えて曲がる。うねる。四方八方に飛沫のように跳び回りながら黒死牟の死角を行き来して決定機を探る。

やがて黒死牟の背後に移動して。

 

水の呼吸 拾ノ型 改────

 

「これほどの絶技……此方も抜かねば……無作法というもの………」

 

────月の呼吸 壱ノ型『闇月・宵の宮』

 

何をされたのか。何をしたのか。解らぬ程の剣速は恐らく鬼殺隊最速の『鳴柱』桑島紫電ですら追い縋ることのできぬ居合の極地。

歪な、だからこそ美しい黒死牟の刀の刀身を拝むことなどできやしない。

 

月を纏いし横一文字の斬撃が、真菰の羽織を深く、深く斬り裂き切れ端が月夜に儚く舞散った。







割と対兄上はサクッと書きたくて。
実力差からちゅんで戦闘が終わりそうなので()

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