死神佐倉るいの日常のお話です。
大きな事件とかもなく、平和です。

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死神の朝は早い

死神、佐倉るいは、今朝は3時に起きた。

 

まだ開ききっていない目で、トーストを牛乳で流し込む。

牛乳は小さい頃から好きで飲んでいたはずなのに、平均身長を下回っているのは納得がいかない。でも、もし牛乳を飲んでいなかったら、今以上に低身長だったかもしれない。

 

寝間着として着ている高校時代のジャージを洗濯機に入れて、仕事着に着替える。仕事着というのは、黒いローブのことだ。フードを深く被れば、前が見えなくなる。これで大きな鎌を持てば、誰でも簡単に死神になれる、という訳だ。

 

仕事着を着ているるいは、普通の人には見えない。普通じゃない人というのは、死期が近い、或いは過ぎている人のことだ。変人のことではない。

 

るいはお洒落なブーツを履いて外へ出る。鍵は間違いなくかけた。電気も多分消した。

るいが住んでいるのは5階建てのマンションの3階。死神だし、飛び降りても死にはしないだろう。労災は下りない。

 

普通の人に見えないことの欠点に気が付いたのは、最寄り駅に着いてからだ。電車に乗れない。無賃乗車は良くない。

仕方が無いので、るいはトイレへ行ってローブを脱ぐ。ローブの下には私服を着ている。ローブを着るのは、向こうに着いてからで良いだろう。

 

電車でしばらく揺られているが、一向に目的地に着かない。あれれーおかしいなーと思い、再度スマホで場所を確認すると、向きが逆だ。つまり、目的地から離れている。

 

それでも慌てないのが、るいの良いところだ。遅刻は確定したのだから、今更焦ったところで意味はない。

 

4時15分。目的地付近の駅で再度ローブを着る。30分遅れる予定だったのが、15分しか遅れなかった。それでも、きっと先輩は怒っているだろうな。まったく、短気なんだから。

 

少しでも急いでる感を出すために、目的地までは走っていこうと駅から出たところに、先輩はいた。丁度その時、るいはあくびをしていた。

 

「あ、先輩、おはようございます」

「遅い!」

 

怒号が飛ぶ。それでは後輩が委縮してしまう。後輩の個性を伸ばすべきなのに、委縮させてしまっては、先輩として失格だ。るいは委縮なんてしないけど。反省だってしないけど。

るいは遅れた理由の説明を試みた。試みたが、もちろん聞き入れられず、説教もそこそこに目的地へ向かう。

 

「ほら、急げ。時間ないんだから」

「しょうがないですねえ」

「どの口が言ってんだ。走るぞ」

 

本当は瞬間移動できるはずの先輩が走るというのは、るいを思いやってのことなのだろうか。それとも、単純に仕事だからなのだろうか。

 

死神の仕事は、死者の魂が間違いなく冥界へ行けるよう案内することだ。本日の死亡者は、飯田太郎(いいだたろう)さん78歳。肺がんで、今朝息を引き取った。

 

どうせ死ぬならお昼に死んで欲しかった。そうすれば、こんな朝早くから起きなくて良かったのに。遅刻だってしなかったろうに。

 

なんて命を軽んじているのは、死神の特権だ。いや、死神でも駄目だ。それは、るいにも分かっている。

それでも、るいは死神になってからほとんど毎日人の死を見てきた。慣れてしまったのだ。それに、死者の魂が幸せに生まれ変わっていることも知っている。

または、るいがもともとそういう部分にドライなのかもしれない。

 

「今日は佐倉が話をしろ」

「え、なんでですか!」

「お前はずっと先輩の仕事を見ているだけか?いずれは一人で仕事をしたり、後輩に教える立場になるんだ」

「大変ですね」

「それが働くということだ。ほら」

 

るいは渋々、不本意ながら、先輩の指示に従った。労働をなめているのは、死神というかなり特殊な仕事の特性だろうか。それとも佐倉るいというかなり怠惰な死神の特性だろうか。

 

「おはようございます。飯田太郎さんですね。死神の、佐倉と申します」

「死神?何を言っているんだ?」

「単刀直入に申し上げますと、貴方は今朝、亡くなられました」

 

普通、生きた人間が死んでも、実感がないことが多い。簡単に死を受け入れられないことが少なくない。そういう人たちを説得することも、死神の仕事なのだ。

 

なのだけれど、今回はその必要はなかった。

 

「……そうか」

「あっさり受け入れるんですね」

「まあ、俺みたいなのがこれ以上、生きる意味なんてねえよ」

「と言いますと?」

 

飯田太郎は、少しむっとしたが、それに気付いたのは先輩だけで、るいは何だよこいつ早く続き話せよとしか思っていなかった。

 

「5年前家内が事故で死んで、子供たちは俺を邪魔だと思ってるんだ。孫からも嫌われてるんだよ。老人は何も生み出さないし、家計を圧迫するだけだってな」

 

るいは正直なもので、小さく舌打ちをした飯田太郎に思ったことをそのまま話した。

 

「飯田さんが嫌われてるのは、老人だからじゃないと思いますよ。性格も職人気質で頑固で、面倒くさい部分もあるけど、それは好感度に直結するような理由じゃありません」

「じゃあ、何だって言うんだ」

「煙草ですよ。貴方は煙草臭いんです。1日に何本吸ってます?そんなだから肺がんになるんですよ」

「おい」

 

るいは先輩に肩を掴まれる。

 

「さっきから失礼だぞ」

「はあ」

「はあ、じゃないだろ。すみません、飯田さん」

「……いや、いいんだ」

 

飯田さんが、『いいんだ』だって。るいはくだらないことを考える。

 

「煙草は、何度もやめようとしたんだがな」

「怖いですね。ニコチン」

 

るいは煙草を吸わない。だからと言って嫌いな訳でもない。創作物で、格好いいおじさんのキャラクターが煙草を吸っているのは、格好いいと思う。

るいが煙草を吸わない理由はいくつかあるが、一つはるいが絶望的に煙草が似合わないことだ。自分が何かを口に咥えているとしたら、それはきっとキャンディの棒だろう。

 

それから業務的な話をして、最後に未練がないかを確認する。なければそのまま冥界行きだ。

 

「本当に無いんですか?最後だし、正直に言ってみてください。些細なことでもいいですよ」

「……息子は、俺のことをどう思ってたんだ?」

 

るいは、笑って答える。その笑みは優しく、るいの唯一の長所と言えるかもしれない。

 

「なんだかんだ言って、好きだったみたいですよ。貴方と、貴方の煙草の匂い」

「何だお前、さっきは煙草臭いから嫌われてるとか言ってたじゃねえか」

 

飯田さんも笑う。

それからは、先輩の先導だ。るいはここで仕事を終えて、冥界へ行く先輩と、飯田さんを見送った。

 

煙草には依存性がある。健康にも害を与えるものだ。ではなぜ、煙草はなくならないのかと、るいは考えるのだ。

単純に依存性の問題だけではないと思う。負のサイクルとか、歴史は繰り返すとか、そういうものでも無いと思う。

 

るいは今後も、煙草を吸うつもりはない。結局それ以上でも以下でもないんだけど、煙草はなくならないんだろうなと思った。きっと本当はなくなるだろうけど、なくならないだろうなと思った。人が死ぬのと一緒だ。人は死ぬけど、死なない。

 

時計を見ると、丁度5時になろうという頃だった。今日はまだ、仕事が残っている。

今度は道を間違えないようにしよう。次に会う先輩は、冥界に言った先輩みたいに怒鳴らないけど、むしろそっちのほうが怖い。

 

るいは道に落ちている煙草の吸殻を見て、誰かが捨てるだろうと通り過ぎた。いや、あれは誰かが捨てたからあそこにあるのか。

 

仕方が無いので、るいは吸殻を拾って、公園のごみ箱に捨てた。良いことをしたという充足感を持って、次の目的地へ向かった。


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