ゆきのんと八幡が結婚した後のお話です。甘々な二人を娘視点で書きます。

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雪ノ下雪乃と雪ノ下八幡。と、私。

 うちの両親は、変です。

 

 どうも皆さんこんにちは。私の名前は雪ノ下冬優といいます。千葉の公立小学校に通う、どこにでもいる10歳のガキんちょです。冬に生まれたから「ふゆ」。シンプルです。

 勉強は学校で一番で、運動はクラスで一番です。それをやっかむ男子もいるみたいですが、できると言ってもあくまで小学生基準の話。中学に入れば体の大きくなる男子にすぐに抜かされるでしょう。頭のほうは一生かかっても追いつかれる気はしませんが。男子ってなんであんなに馬鹿なんでしょうか。時々理解にくるしみます。

 

 話は戻って、私の両親について。皆さん聞いてください。変なんです。

 

 例えば今朝の話です。

 

 ママはパリッとしたスーツに身を包み、とっても冷たい目をパパに向けます。パパは少し曲がったネクタイをいじりながら、バツの悪そうな顔で時計に目を落とします。

 

「八幡。そこに正座しなさい」

「社長、そろそろ出ないとお時間がまずいです」

 

 秘書のパパはわざとらしく顔を伏せ、ママにカバンを差し出します。それを見てママの顔は怖いを通り越し、無表情に変わります。あーあ。

 

「ねぇ。家でその呼び方は止めてと、私は何度言ったと思う?」

「……10回くらい?」

「36回目よ」

 

 こわ。ママの即答に、パパと私は思わず身を引いてしまいます。うちのママはいつも怖いですけど、たまにほんとうに怖いです。パパの言葉を借りれば、ヤンデレ味を感じます。

 パパは小さくため息をつき、諭すようにゆっくりと口を開きます。

 

「ママ、冬優が怖がってるし、時間的にも本当にもう出ないとまずい。だからとりあえずその話は帰ってから――」「私は貴方のママじゃないわ。それに今、冬優は関係ない。私と貴方の問題よ」

 

 こうなったらもう私が口を出すことはできません。ママがここまで言う以上、どーせまたパパが何かしたに決まってます。パパも何か思い当たることがあるのか、黙り込んでしまいました。

 

 そんなパパを見て、ママは小さくつぶやきます。

 

「昨晩、キャバクラ、その後、『お楽しみ』」

 

 パパの顔が青くなりました。パパは結構すぐ顔に出ます。

 

「何か、弁解は」

「……付き合いだったんだよ。ほら、うちで世話になってる寺田工業サンとこの――」「そんなことは知ってるわ。私はその後の『お楽しみ』の話をしているの」

 

 爽やかな朝の光が差し込むリビングに、重苦しい沈黙が降ります。パパとママはしばしの間見つめあっていましたが、やはり負けるのはパパです。パパは両手を上にあげます。

 

「はぁ。確かにキャバクラの後、あっちの要望で『お楽しみ』を案内したのも、俺も店に入ったのも事実だ」

「……そう。あなたがそんなに死にたがりだとは知らなかったわ」

「だが」

 

 おもむろに何かの構えをとるママを、パパは一言で止めます。逆にパパのほうからママに近寄り、構えていた手を柔らかく取ります。二人の距離はいくらもありません。

 

「雪ノ下の名に誓って――俺は何もしていない。店に入って残っていた仕事を片付け、寺田サンたちを待ってただけだ」

「……ほんとに?私の目を見て言える?」

「本当だ……雪乃」

 

 鼻が付きそうな距離の中、二人は見つめあったままです。じっと動かないままです。

 

 その姿勢のまま、三十秒。一分。一分三十秒。二分。時間がないとは一体何だったのでしょうか。

 

 あっ。今度はママが先に目を逸らしました。

 

 多分、ほんとはママだって分かってるんです。『お楽しみ』がなんのことか私にはよくわかりませんが、パパは私とママが悲しむようなことなんてしません。少なくとも私はそう信じてるし、ずっと一緒にいたママはもっとよく知ってることでしょう。

 

 でも、ママはたまにこうやってパパに詰め寄ることがあります。その理由とは。CMが終わるのを待つまでもありません。

 

 気の利く私はわざとらしく口笛を吹き、二人から目を逸らします。

 

 そんな私をママはちらりと見て、パパのほうに顔を寄せます。パパもママに顔を寄せます。ママの顔は真っ赤っかで、とろとろな感じです。

 

 そしてママの狙いは、今日も達成されます。

 

「もう……ずるいわ、貴方」

 

 私、朝から何を見せられているんでしょうか。

 

 

 

 

 

 私のママは頭がいいし綺麗なのに残念、ということが分かってもらえたでしょーか。でも変なのはパパもです。というか、むしろパパが変です。本当に変です。

 

 例えば、今日の授業参観のことです。

 

 授業が終わった休み時間。親がまだちらほらといる教室の中、一人の男子が私に言った言葉で教室が凍りつきました。

 

「今来てるお前の父ちゃん、ヒモなんだろー!」

 

 私には彼のいう言葉の意味が分かりましたが、他の子たちはそうではなかったようです。同級生たちは口々に彼に言葉の意味を尋ねました。彼らの問いに、件の男子はなぜか少し誇らしげに答えます。

 

「母ちゃんに食わしてもらってる男のこと、ヒモってんだって。母ちゃんが言ってた。冬優の父ちゃんはヒモだって!」

 

 彼の言葉を聞いた瞬間、子供たちの奇異の視線が私に集まりました。親たちは気まずそうに目を伏せたり、コソコソと話をしたり、教室から出て行ったりします。先生は親が大勢いる手前、はっきりと口を出せないみたいです。仕方ないと思います。私だって先生なら、下手につついて藪から蛇を出したくはありません。

 

 でも当の私はといえば、正直そんなの全部どうでもよかったです。

 だって、私はただただ怖かったから。後ろをどうしても見れません。ママとパパがいるだろうそこを見たくありません。……というか、見なくたってわかります。

 

 うちのママはパパが好きすぎて、子供にだって容赦なんかしてくれません。

 

「冬優」

 

 後ろからの声につい振り向いてしまいます。

 ママは、笑顔でした。ママがこんなに笑ってるのは結構珍しいです。

 でもよく見れば、ママは横のパパより一歩ほど前に出ていて、パパに肩を抑えられてます。私にはその笑顔が何よりも怖いものに見えます。

 パパはと言えば、いつもと何も変わりません。いつもの真っ黒のスーツ姿に、えんじ色のネクタイ。ワックスで持ち上げた短髪。気だるげに背を曲げて手はポケットに突っ込んでいて、目はどんよりと淀んでます。

 

 いつも通りのその姿に、不安はなぜかすぐになくなってしまいます。パパにはそういう不思議なところがあります。なんでかはよくわかりません。でも無根拠に、無責任に安心してしまうのです。

 

 大丈夫。私もパパも、大丈夫。

 

 でも、私の安心とママの怒りは関係ありません。ママは誰よりも正しくて、私とかパパと違って、いい加減な性格じゃあありません。今だってパパに抑えられてなければ、誰にどんなことを言うか想像もつきません。

 

 それでもやっぱり、大丈夫なのです。

 

 パパなら、大丈夫なのです。

 

「よぉ、坊主。小難しい言葉知ってんな」

 

 パパは件の男子の前に進み出て、目線を彼に合わせます。そんなパパに、彼は少し怯んだようです。パパは他所から見れば目つきも悪いし髪型も怖いしで、ちょっと威圧感を与えるとか。私にはよくわからないですけど。

 なぜか男子はちらりと私のほうを見て、すぐにキッとパパをにらみ返します。

 

「なんか用かよ、ヒモのおっさん」

「いや、別に。ただ――」

 

 パパの口の端が、ちょっと歪んだ気がしました。

 

「ヒモこそ世の最上位カーストだぞ」

「……は?」

 

 多分、その場にいた全員の目が点になったと思います。私もびっくりしました。

 

 その中でママだけがさっきまでの剣幕はどこへやら、肩を震わせて何かをこらえています。このママもやっぱり大概です。

 パパは他の親のことも先生のことも、ママのことすら見ていません。ただ男子のほうを見て続けます。

 

「働いてるやつ見てみろ。例えばそうだな……せっせと出版社に勤めてるお前んとこの親父さん」

 

 びくっと一人の男の人の方が震えます。それでもパパはそちらを見ようともしません。

 

「家帰れば『疲れた』『眠い』『だるい』連発してないか?休日も急に仕事でどっかいってないか?酒臭いまま帰ってきて、仕事や上司の愚痴言ってないか?」

 

 どよめきが教室に広がります。そんなことを親がいる前で、よりによって子供に聞くなんて普通じゃないです。

 男子は黙り込んでしまいました。図星だったからなのか、パパが怖かったのか、パパに対して悪いことを言ったと思っているのか。私にはわかりません。

 パパは黙ってしまった彼の頭に手を乗せます。彼は上目遣いでパパを見ます。

 

 ちょっと、嫌な予感がしました。

 

「ところがどっこい、ヒモなら食って寝てゲームして、たまに働くふりでもしときゃオールオーケーだ。それに」

 

 初めてパパは男子から目線を外し、私とママを見ます。釣られて男子の目線も私のほうに向きます。……あっ、すぐ逸らされてしまいました。そんなに私のことが嫌いなんでしょうか。

 

「ヒモの俺は、飛び切りかわいい奥さんの手料理がいつでも食える。飛び切り可愛い娘をいつでも可愛がれる。しゃかりきに働いて、仕事の後も飲み会行ってる社会人じゃそうはいかない」

 

 パパは嘘つきです。私は心の中で小さくため息をつきます。今朝『付き合い』とやらでママに怒られたのをもう忘れたのでしょうか。パパはここ一週間で私と何回一緒に食事をしたか覚えているのでしょうか。三本の指で足りてしまいます。私こういうのなんて言うか知ってます。厚顔無恥ってやつです。いけしゃあしゃあです。

 

「さて、坊主。今度の『二分の一成人式』とやらの前に、俺が聞いといてやる」

 

 もう一度視線を男子に戻し、パパは真っ直ぐに問います。

 

「お前の将来の夢は、なんだ」

 

 男子の目が泳ぎました。彼のお父さんを見てお母さんを見て。先生やほかの親やママ。ついでになぜかじっと私を見つめ、結局パパに向き直ります。

 

 そして彼は、高らかに宣言したのです。

 

「ヒモーーーーーーー!」

「よく言った、合格だ坊主」

「八幡君、ちょっとお話をしましょうか」

 

 ママは親たちにペコペコと頭を下げ、パパの耳を持って廊下に出ていきます。ママの顔は険しいです。きりっとしてます。でも、さっきまでとは全然違います。もう怖くありません。

 

 口元が笑ってるのを、隠せてませんでした。

 

 

 

 

 

 私のパパが社畜で馬鹿でしかも嘘つき、ということが分かってもらえたでしょーか。あれ、パパに関しては悪口しか出てきません。でも全部真実だから仕方ないです。

 さて今度は雪ノ下家の常識枠こと、私のお話です。

 

「冬優」

 

 ママは『二分の一成人式を迎えて:将来の夢』と書かれた紙を前に、私に聞きます。

 

「貴女の将来の夢は何?」

「ママの跡を継ぐことです」

 

 ママは私の答えに額を押さえます。あれ、何かまずいことを言ったでしょうか。

 

「あのね、冬優」

「はい」

 

 ふぅー、と大きく息を吐き、ママは私の目を見ます。私もママの目を見ます。多分、大事な話だと思ったからです。

 

「母さん――貴女のおばあちゃんに貴女が何を言われてるか、知ってるわ。貴女がどう思っているかも、なんとなく想像できる。その上で言っておきます」

 

 厳しい目が私を射抜きます。

 

「貴女は、好きに生きなさい。家のことも私のこともおばあちゃんのことも気にしなくていい。そんなものは私がどうにかするわ。それに」

 

 ママはやっぱり、私を見ています。見つめてます。でも、怖いとは思いません。目を逸らしたくもありません。

 

「私の跡は能力で決める。貴女を選ぶとは限らない」

 

 私は、いつでも真っ直ぐに私を見てくれるこの目が好きです。

 

 だから私の答えは決まってます。

 

「ならママが私を選びたくなるくらい、優秀になります」

 

 ママは黙ってしまいました。

 

 ママは正しい人です。厳しい人です。多分他所から見たら、怖い人に映るでしょう。

 でも本当は、誰よりも優しい人です。優しいから適当なことは言いません。その場しのぎの嘘をつきません。正しく、厳しく、怖く、私のことを誰よりも真剣に考えてくれます。

 

 それが私のママです。

 

「例えば、冬優」

 

 ほら、今も。ママは人差し指を立てて私に聞きます。

 

「姉さん――陽乃おばさん、覚えてる?」

「はい」

 

 あんな変な人、忘れるわけありません。変な人ぞろいの私の親族の中でも、とびっきりに変な人です。

 

「あの人の生き方、どう思う?」

 

 私は少し考えます。陽乃さんは365日、世界のどこかを飛び回っています。何をしてるか、どう生きてるか、私は陽乃さんのことを全然知りません。『おばさん』って呼ぶと陽乃さんからお小遣いがもらえなくなることだけは知っています。厳しい人です。

 でも陽乃さんから来た手紙、電話、たまーに会った時のあの人の太陽みたいな笑顔。私はこれだけは断言できました。

 

「すっごく、楽しそうだと思います」

「そうね。私もそう思うわ」

 

 ママはちょっと哀しそうに笑います。

 

「ほんとはね」

 

 ママは口を開きかけますが、言葉は続きません。迷ってる。珍しいことです。とても、珍しいことです。だって私のママはいつだって迷わず、躊躇わず、正しいことをするからです。

 俄然聞いてみたくなりました。私が目線で先を促すと、ママは渋々切り出します。

 

「本当は、陽乃おばさんが私の仕事をする予定だったの。それこそずっと、おばさんが生まれた時から。生まれた時からあの人はそのためだけに人間関係を作って、そのためだけに勉強をして、そのためだけに親の決めた学校に行った。……誰よりも奔放で、誰よりも不自由な人だった」

 

 そんな陽乃さん、想像もできませんでした。私の知る陽乃さんは確かに変な人です。考えてることが見透かされてるようで、気持ち悪くなることもあります。

 でも、自分のしたいこと以外のことをする人には見えません。

 

 だからちょっぴり、驚きました。

 

「正直に言ってしまえばね、冬優」

 

 少し呆けてしまう私に、ママはふっと微笑を浮かべます。

 

「私は議員の前に、社長の前に、一人の母親として。貴女にそんな重い物を背負わせたくないの」

 

 真っ直ぐな瞳から、思わず目を逸らしてしまいました。

 

 私は、どうすればいいのでしょうか。

 

 私は子供です。10歳のガキです。大人の事情も社会情勢も、今の自分のことだって正直全然わかりません。

 でも、何か返さなければいけません。何か言わなければいけません。陽乃さんは生まれた時に道を決めていたと言いました。ママはその陽乃さんの生き方を変えてまで、今の仕事をしています。

 なら、私も。なにか。なにか。

 

 焦れば焦るほど、のどがきつくしまっていく気がしました。

 

「あ」

 

 なんとなく、ソファでだらけきったパパと目が合いました。パパはママの後ろにスッと移動すると、ママの頭の後ろに両の人差し指で鬼の角を作ります。

 

「ぷ」

 

 つい笑いが漏れます。パパは私の笑いと共にママの後ろから隠れます。ママは後ろを見ますが、そこには何もありません。

 

「確かに」

 

 なんとなく、力が抜けてしまいました。勝手に口が動きます。

 

「確かに、陽乃さんは楽しそうです。私はあそこまで人生楽しそうな人を他に知りません。ママはそんなに楽しそうじゃない。いつも何かに怒って、ため息吐いて、疲れてて、大変そうで」

「……そうでしょう。だから」

「でも」

 

 でも、違う。立派な言葉になんてなりません。正しいことでもないと思います。

 

「でも、でも」

 

 それでも、私は思ってしまいます。

 

「パパとママ、幸せそうだから」

 

 子供のように、思ってしまいます。

 

「楽しくないときだってパパとママ、すっごい幸せそうです。

怒ってても疲れててもイライラしてても喧嘩してたって、一緒に働いてる二人、幸せそうです」

 

 だから。

 

 あれ。なんか目の前が滲んで見えません。のどにも何かが引っかかって声になりません。困りました。私は何としてもママに言わなきゃいけないことがあります。こんなところでつまずいてるわけにはいきません。ちゃんと言わなきゃいけません。

 

 私には、欲しいものがあるのですから。

 

「冬優」

 

 顔を上げると、二つの大きな手が私の頭に乗っかっていました。

 

 あったかいと、そう思いました。

 

 ママは本当にきれいな笑顔で言いました。

 

「泣きたい時こそ、飛び切りの笑顔を見せなさい。議員兼社長の卵なら」

 

 パパはどんよりとした目で言いました。

 

「親子で社畜の道を突き進むのは運命なのか……働いたら負けだと、私は今でも思っています」

 

 なんだこいつら。

 

 いつもの二人に、涙も引っ込んでしまいました。いや、ここはもうちょっとなんかこう、良いことを言うシーンじゃないでしょうか。親として。

 

 何か悔しくなってきました。一人だけ泣いてたのが馬鹿みたいです。私はぐちゃぐちゃの顔のまま何とか笑顔を作って、言ってやります。

 

「決めました。私ママの跡を継いで、ママとパパより絶対幸せになります」

 

 ガシガシと強く頭を撫でられ、髪が乱れます。二人ともどうでもいい時は喋りまくってるのに、こういう時の言葉が少ないのはどういうわけなんでしょうか。雪ノ下家唯一の常識枠として、私はとても残念に思います。

 

 やっぱり私の両親は、とっても変です。

 




反響あれば二人の結婚までの経緯とかこの続きとかも書きたいなーと思います。


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