一夜明けて、ユルゲンシュミットに帰還するためにヴェストリの広場に立ったわたしたちの前には、見送りに来てくれた人たちが並んでいる。といっても、その人数はキュルケとタバサ、コルベール、ルイズにサイトとティファニアとシエスタ他平民の側仕えたち、学院の生徒ではギーシュ、モンモランシー、マリコルヌだけ。わたしがどれだけ学生との社交を怠ってきたのかが、はっきりとわかるというものだ。
それ自体は研究を優先したのだから、仕方がない。けれど、次にハルケギニアにくるときがあれば、もう少し交流をしてみたいとも思う。もっとも、それ以上にユルゲンシュミット以上の冊数があるハルケギニアの本を読み尽くしたいと思う気持ちもあるので、実際に実行をするかはわからないけれど。
「じゃあ、ローゼマイン、元気でね」
「ええ、キュルケ、そしてタバサも元気で。特にタバサは、生きていれば状況が変わることもございますから、安易に諦めないでくださいませ」
「ローゼマインも我慢しすぎないで苦しかったらハルケギニアに逃げてくればいい」
「ええ、そうさせていただきますね」
ユルゲンシュミットの状況が変わってなくて、フェルディナンドと接触できたら、わたしは世界扉を使ってフェルディナンドをここに逃がそう。そのために、わたしはここに来たのだと思うから。
「俺はローゼマインと少しでも日本の話ができて嬉しかったぜ。ありがとう」
「いいえ、わたくしたちも何度もあなたの力には助けられました。こちらこそありがとう存じます」
「わたしもローゼマインには何度も助けられたわ。ありがとう」
「いいえ、ルイズがいなければ、わたくしたちもこうしてユルゲンシュミットへの帰路につけなかったと思います。こちらこそ、ありがとう存じます」
ルイズと平賀と簡単に言葉を交わすと、わたしはキュルケに視線を移した。
「キュルケ、ティファニアのこと、よろしくお願いしますね。どうか教皇に都合よく使われないよう力を尽くしてくださいませ」
「ええ、任せておいて」
「ティファニア、わたくしたちが巻き込んでおきながら、最後まで面倒を見られないこと、申し訳なく思っています」
「ううん、決めたのはわたしだから。わたしはローゼマインやキュルケやサイトやルイズに会えてよかったと思ってるから、気にしないで」
ティファニアがそう言ったところで、続いてコルベールが一歩前に進み出た。
「わたしはミス・ローゼマインと研究談義ができて楽しかったよ」
「ええ、コルベール先生。わたくしもですわ」
「ミス・ローゼマインたちと研究した成果は、必ずやハルケギニアの未来に役立ててみせる。それが、わたしの役目だと考えている」
もはやすっかりマッドの仲間入りをしたコルベールには、ほどほどにしておくように言い残しておく。でないと、苦労するのはキュルケだ。
他のギーシュ、マリコルヌ、モンモランシーとも軽く別れの言葉を交わす。そういえば、ギーシュは女の子なら誰でも口説くと聞いた気がするけれど、わたしは一度も口説かれていない。さすがに年齢差がありすぎなのか、それとも容姿が好みの対象外なのか、はたまた側近のガードが固すぎるのか。口説かれても受ける気はないので、いいのだけど。
そうして、いよいよ別れの時間がやってきた。わたしは世界扉の呪文を唱えて、鏡のような門を作り出す。
「では、ハルトムートから門を潜ってくださいませ」
わたしが門を潜るのは最後でなければならない。おそらく、わたしが潜った瞬間、門は消えてしまうだろうから。
「ローゼマイン様、なぜ一番最初に私がローゼマイン様のお傍を離れなければならないのでしょうか?」
と、いよいよ門を潜り始めるという段階で、ハルトムートが面倒なことを言い始めた。
「わたくしが作った門が、ユルゲンシュミットに繋がっていることは確信しています。ですけど、それがエーレンフェストに繋がっているとまでは確信できていません。もしも他領に繋がっていた場合は交渉が必要です。わたくしはハルトムートを信頼して一番手を任せようとしたのですが、それが不満なのですか?」
「お心を察することができず、申し訳ございませんでした」
そう謝罪すると、すぐにハルトムートは鏡を潜っていった。ハルトムートの姿は無事に鏡の中に消えた。
「では、ローデリヒ、グレーティアと続いてください」
護衛騎士はぎりぎりまで側に置いておくため、次はローデリヒとグレーティアだ。ちなみにクラリッサはここ一年ほどですっかり護衛騎士枠になっている。二人の姿が鏡の中へと消えると、続いて護衛騎士のマティアスとラウレンツだ。そして、その後でクラリッサが鏡の中へと消えていく。これで残るはわたしとリーゼレータだけだ。
「皆様、本当にお世話になりました。心よりお礼を申し上げます」
「元気でね、ローゼマイン」
ひときわ大きなキュルケからの声を背に、わたしはリーゼレータに手を取られ鏡の中へと入った。その瞬間、貴族院に通っていた頃にはよく感じた、転移の感覚が体を包み、わたしは転移酔いを防ぐため、慌てて目をつぶった。
「ローゼマイン様!?」
転移酔いを防ぐため目をつぶっていたわたしの耳に、誰かの叫ぶ声が聞こえてきた。瞼を開けると、見知った騎士の顔があった。確か中央のエーレンフェスト寮の転移の間を警護していた騎士だったはずだ。
「戻って、こられたのですね」
「ローゼマイン様、五日間も、いったいどちらに行かれてたのですか!?」
思わず呟いたわたしは、続く騎士の言葉に逆に驚かされることになった。
「五日!? 五日しか経っていないのですか!?」
「え? はい……ローゼマイン様が転移なされないので、エーレンフェストに問い合わせたのは確かに五日前ですが……」
「ローゼマイン様、これは?」
リーゼレータも、わけがわからないというように聞いてくる。それとほぼ同時に、わたしの元には次々と白い鳥が飛んでくる。マティアス、ラウレンツ、グレーティアにローデリヒのオルドナンツだ。皆も無事に帰還できていたようだ。
そして、一番にオルドナンツを飛ばしてきそうなハルトムートとクラリッサからの連絡はない。つまりは、二人はエーレンフェストにいるということだろう。
そんなことを考えている間にも、帰還した側近たちから話を聞いたのか、ヴィルフリート兄様やシャルロッテ、それにブリュンヒルデやユーディットやフィリーネたち名捧げをしていない側近たちからも次々とオルドナンツが飛んでくる。これは返事をするのが大変そうだ。それに、オルドナンツが届かないエーレンフェストにも連絡を入れなければならない人がたくさんいる。その対応のため、わたしはオルドナンツを取り出した。
「ローデリヒ、帰還後早々で申し訳ないですが、エーレンフェストに帰還してわたくしたちの無事を報告してくださいませ」
ハルケギニアで過ごした一年以上の日々はユルゲンシュミットでは五日だった。そのことで、とりあえずハルトムートとクラリッサは今、たいへん面倒くさいことになっているだろう。それに養父のジルヴェスターにも心配をかけたはずだ。それがお説教に繋がってしまうことは想像に難くない。
長いハルケギニアでの生活は気分的に疲れた。とりあえずお説教はしばらく後にしてもらいたい。
とりあえずヴィルフリートとシャルロッテにはオルドナンツを送ってホールへ向かう。そこでは全てのエーレンフェストの学生がわたしのことを待っていた。
「ローゼマイン、其方は一体、今までどこにいっていたのだ!」
ヴィルフリートはそう言ってくるが、どこにと言われても、正直に答えても信じてもらうのも難しいし、時間がかかりすぎる。
「どうやらわたくし、時の神ドレッファングーアの悪戯に巻き込まてしまったようです」
だからわたしは、そう答えたのだった。
~ 第二部に続く ~
これで第一部は終了。
第二部は以下のような状況から開始されます。
異世界ハルケギニアから帰還し、領主候補生の日々を再開したローゼマインはアーレンスバッハからの侵攻に備えている最中、フェルディナンドからの危機を知らせる声を受け取った。
ローゼマインは名捧げした者をサモン・サーヴァントで呼べるという事象を利用してフェルディナンドを救出するため再びハルケギニアへと飛ぶ。
一方その頃、シャルロットと名乗りを変えたタバサはガリア北部のサガミールの丘に一千五百の兵で立てこもり、ジョゼフの派遣した四万にもなる包囲軍の攻撃を三ヶ月に渡って撃退し続けていた。