とあるタワーマンションの最上階。公民館のホールよりも広いリビングには八十インチの大画面ディスプレイが設置され、臨時ニュースが垂れ流しになっている。
ソファの上でぼけっと画面を眺めていると、私を取り囲む連中が不意にひざまづき、頭を垂れた。全員黒いローブ着用なのも相まって、危ない宗教みたいだ。成人したての小娘でしかない私をうやうやしく囲む宗教なんて怪しいことこの上ない。
といっても心配はいらない。こいつらは私が立ち上げたジョーク宗教の信者なのだ。空飛ぶスパゲッティ教とかクトゥルフ神話の神を信仰するやつとかと同類の、ジョークを信仰する物好きたち。いい大人が顔を合わせては存在しない御神体について熱く語り、熱烈な信心を示す。ジョークを愛する気のいい趣味人たちだ。
しかしこの集まりも今日で終わりらしい。
『巨大不明生物は現在東京湾から北へ直進しており、その進路はご覧のようにまったく無残なことになっております。付近お住まいの方はただちに避難を――』
大型ディスプレイには、前世に銀幕で何度も見た巨神の姿が映し出されている。私の記憶よりも巨大で力強い巨躯を悠々とうねらせ、首都の町並みを練り歩く。
『ああっ、巨大不明生物がこちらを向きました! 口腔が青白い光を発しております! お茶の間のみなさん、さようなら! みなさん、さようなら!』
ジャーナリスト魂あふれる叫びとともに画面が白い光に包まれ、スタジオにカメラが切り替わる。アナウンサーたちの顔は青白く、言葉もないようだ。
ぶっちゃけ私も同じ気持ちである。
「教祖様のお告げは正しかった。我らが御神体は確かに存在されたのだ」
一番付き合いの古い友人が厳かに告げる。お告げとかした覚えないけど。
「教祖様、どうか御身の声をもって、ここに宣言されたい。我れが聖なる御神体、破滅という希望をもたらす黒き巨神の到来を――」
「教祖様!」
「山田様!」
「黒の巫女様っ!」
ジョークだった私の立場を口々に叫ぶ信者たち。巫女などという彼の存在にはあまりにも似合わない呼び名が滑稽で、私は小さく噴き出してしまう。混沌とした現状に頭がおかしくなりそうだ。
でもおかげで冷静になれた。気炎を上げる信者たちに応えるために、そして非現実的な状況を整理するためにも、高らかに宣言してみよう。
「――ジョーク宗教で遊んでたら御神体が顕現なされた件」
巨神、ゴジラの咆哮が遠方から響いてくる。青白い極光と炎が窓の外にちらついている。
ゴジラ、襲来。
ーーー
私、山田ハナは転生者である。前世の記憶や知識がある以外は特筆するべきこともなく、小市民的に生きてきた。幸い今生の生まれは前世と比べて遥かに恵まれており、平和な現代日本で成人まで生存することができた。順風満帆だ。
しかし一点どうしても我慢ならなかったのは、今生の世界にゴジラシリーズが存在しなかったことである。
ゴジラは架空の怪獣だったけれど、私にとって唯一の心の拠り所だった。どんなに辛く苦しくてもいつかゴジラが東京湾に現れて、熱線やしっぽの一撃で薙ぎ払ってくれると信じていた。西洋の人たちがふとしたとき神の名を呼ぶように、私はゴジラの名を呼んだ。聖書は映画だ。
だからゴジラというコンテンツがないことは今生最大のピンチだった。敬虔なキリスト教徒が聖書を必ず所有するように、私にはゴジラを実感できる何かが必要だったんだ。映画でも小説でもソフビでもなんでもいい、とにかくゴジラに会いたかった。しかし時代はすでに二十一世紀初頭、映画のゴジラが生まれうる時勢はとっくに逸していた。
じゃあ自分で作るしかない。
映画を個人制作するのはハードルが高すぎる。小説ではいくら文章を練ってもゴジラを実感できない。必然的に絵を描き始めた。
参考になりうる教材を読破し模写やデッサンなどで基本を修め、後は記憶の中のゴジラを狂ったようにデッサン、デッサン。「これが私にとってのゴジラだ!」と胸を張れるゴジラが描けたのは高校三年の頃だった。
アニメゴジラと同等の巨体と非対称性透過シールドの能力を引っさげ、口はシン・ゴジラのようにかみ合わせが悪い。目はGMKゴジラを思わせる白目で正気が感じられない。もちろんシン・ゴジラの進化に等しい急速な変態能力だって備えている。
つまりは『わたしのかんがえたさいきょーのごじら』である。
どうせこの世界の誰も知らないんだからいいやと居直って、適当なキャッチコピーと共にさいきょーゴジラの絵をネットで公開。これが転機となった。
『御神体の創造を手伝わせていただきたい』
という旨の問い合わせが殺到したのだ。メールや電話はパンクして、中には直接私の住所割り出して押しかけてくる人もいた。怖すぎて死ぬかと思った。
どうやら私が三秒で考えた祝詞風のキャッチコピーのせいで新興宗教と勘違いしたらしく、ゴジラ――彼ら彼女らにとっての神に凄まじい信仰を示していた。
やっぱりゴジラは偉大だった。オリジナルゴジラの一側面でしかない『破壊』を象徴するさいきょーゴジラでさえ、初見で人を惹きつける。はたして私に先達ほどの表現力があればどれほどの反響を呼んでいたことか。
急遽集まった信者たちの多くは創作の素人だったものの、少数のクリエイターによる指揮とゴジラへの信心によって、またたく間にゴジラのスタチューが完成した。信者たちはゴジラの偶像を崇拝し、ときに木彫りのゴジラや絵、短歌などを『ゴジラ教本部』の名義でネット公開している。
『教祖様、今月の収入と来月の活動についてですが……』
『今忙しいんで後にしてください!』
教団の収入だの信者たちの位階だの、古株の信者たちは色々相談してきたけどそれどころじゃない。急成長したゴジラコンテンツを味わい尽くすのに忙しいからだ。
そんなこんなで成立した『ゴジラ教』は謎のクリエイター集団兼架空の神を信仰する冗談宗教として知れ渡り、古株たちは私の家をアトリエにして日々創作と信仰に明け暮れるようになった。
今日も今日とてゴジラデッサンと木彫りゴジラ鑑賞で夜を明かし、深夜テンションでリビングにやってきたのが数分前のこと。
『今日はみんな早いですね。ちゃんと寝てます?』
『き、教祖様……』
なぜか朝っぱらからリビングに整列し、そろって感涙している古株の信者たち。
ははあ、こいつらも徹夜して変なテンションになってるな。その時はそう思ったのだけど。
『さーてゴジラはいい加減上陸したかなー』
馬鹿らしい願望とともに朝の情報番組にチャンネルを合わせた途端、
『巨大不明生物、東京湾に現る』
テロップと巨神の映像が目に焼き付いて、私の時間は停止した。
ーーー
「ふむ、こう来ましたか」
回想していたのは数秒程度。別のチャンネルからの映像でゴジラをもう一度眺めれば、すっかり落ち着いた。ゴジラ現る。
転生して既存作品の世界線に行くことはその手のジャンルで珍しいことではない。ゴジラの実在する世界である可能性は確かにあった。
まったく、いるならいると最初から言って欲しい。友達も青春も全部投げ捨ててゴジラを描いてきたのに、実際居るなら出てくるまで待てばよかった。
嬉しい気持ち半分、骨折り損な気持ちが半分で画面のゴジラを見ていると、信者たちが「おお!」とざわめく。
「泰然とされたそのお言葉! やはり山田様は彼の者の去来を予見していたのですね!」
「えっ、さ、さあどうでしょう……?」
「ふっ、食えぬお方だ。ゴジラの外見は貴女の描かれた神図と寸分の違いもない。偶然の一致とは思えんほどに」
「なんと……!」
マジか。
どよめく信者たちと一緒に画面のゴジラを見てみると、確かにこのゴジラはさいきょーゴジラとまったく同じ見た目をしている。東京タワーと並び立つ三百メートルの巨躯、正気のない白目、乱れた歯並び。そして何より放射熱線のエフェクト。
ゴジラの周囲に紫電が迸ったかと思うと、口元に収束したそれが一条の光に。
流星のように伸びる青の光条は地の果てまで伸び、首都の高層ビル群を半ばから真っ二つにしてみせた。放射熱線――改めゴジラ・アースの高加速荷電粒子ビームだ。
「なんという威力……」
「これこそ破壊の化身! 我らが望んだ終末の獣だ!」
「ゴジラ万歳! 世界を破滅の光で照らしたもう!」
「御神体を招聘なされた山田様に、永遠の忠誠を!」
「「ゴジラバンザイ! 山田様万歳!」」
外見だけでなく設定まで同じなのはおかしいんじゃないか? さいきょーゴジラは文字通り私の考えたゴジラの強いところ欲張りセットだ。こんなゴジラが登場する世界線もとい作品はなかったはず。もしや私の想像力がゴジラを――?
いや、あり得ない。
ゴジラは一個人の力で干渉できる存在じゃない。知恵と力のある人々が総力を上げて立ち向かい、ようやく相手になる絶対強者だ。私程度の想像力がゴジラに影響を与えるなど、おこがましいにも程がある。
おそらく逆だ。ゴジラが私に影響した。
創作において唐突にアイデアを閃くことを降りてくる、電波を受信すると表現することがある。私がゴジラの姿を紙に書き付けていたあの時の狂ったような集中状態は、まさに何かが降臨していた感覚だった。つまり私はゴジラのテレパスか何かを受けてゴジラを描いていたのだ、たぶん。
「まあ、GMKゴジラは怨念の集合体だったしそういうオカルティックな側面も――」
「「ゴジラ万歳! 山田様万歳! 黒き巨神よ世を照らせ!」」
「ああもう、うるっさいなぁさっきから!」
「「申し訳ございません!」」
何話してたのか知らないけどやたら盛り上がってるな。人が考え事してるってのにまったくもう。
テレビの中のゴジラに視線を戻すと、長大な尻尾で市街地をなぎ払い、遠方に目立つ高層ビル群を荷電粒子ビームでぶち抜いている。私が憧れた破壊の化身がそこにいた。
生放送の映像には何の修正も入っていない。ゴジラの足元で逃げ惑う人々が、瓦礫とともに宙を舞う姿。必死で走る三人の親子が足で踏み潰される光景。そこかしこに飛び散る生々しい血痕など、惨憺たる有様だ。
だけど何も感じない。
現実だとは分かってる。耳をすませば破壊の音が聞こえてくるし、双眼鏡でも使えば姿が見えるかもしれない。
なのに悲しみや絶望感はまったくなくて、むしろ感じているのは――
「き、教祖様……」
「はい? って、何ですかその目。人を化物みたいに」
信者たちは一様に顔を青くして、なぜか私から距離をとっていた。失礼な人たちだ。
なんだか妙にむずむずする顔の筋肉をもみつつ、スマホを取り出してみる。場の空気が気まずい。
「あっ、見てくださいよ。ゴジラ教のフォロワーとチャンネル登録がめっちゃ伸びてます!」
「……おお、そうですな。収益も増え、これで教団の運営もより活発になりましょう」
「といっても今更活発になっても意味ないし、増えた分は復興基金に寄付しましょうか」
「え、ええ、名案でございます」
信者たちの顔が引きつっている。私は何も変なこと言ってないのに。あっ、最古参のお姉さんだけは無表情のまま頷いてくれた。分かる人だな。
どうやら御神体顕現の影響でゴジラ教にハマる人が出ているらしく、SNSをはじめネット上には例の祝詞っぽいキャッチコピーが繰り返しコピペされていた。三秒で考えた適当なキャッチが連呼されてるのは結構来るものがある。もっとひねるべきだったかも。
『ゴジラ教を許すな』『悲報、ゴジラの黒幕は日本人女性』『ゴジラ教教祖、特定される』など、ゴジラ上陸を私たちのせいにする意見も多い。ゴジラが私たちみたいな人間に動かせるはずもないのに、的はずれな。
ゴジラの足音をBGMにエゴサをしていると、勢いよくリビングの扉が開かれた。
「教祖様、避難の準備が整いました!」
「は?」
何言ってるんだこの人。
思わず顔を上げて見てみると、最近入ったばかりの信者さんだった。
古株の信者たちもそろって目を見開いている。
「ですから、避難の――」
「いやいや、あり得ないでしょ。なんでゴジラがすぐそこで暴れてるのに避難するんですか。ねえ皆さん?」
古株たちはうんうんと頷いてくれたけど、新入りさんは愕然としたように言葉を詰まらせる。おかしいのはそっちの方でしょうに。
「何のためにこんな目立つタワマン借りてると思ってるんです?」
「知りませんが……」
「遠くからでもゴジラにぶち抜いてもらえるように、です」
「なっ……!?」
もしくはモスラの墜落で崩落させられるのでも可。
私たちの信奉するのは破壊の化身としてのゴジラだ。当然、破壊に巻き込まれ死ぬことも厭わない。信仰にも信念にもお構いなくすべてを破壊するゴジラに焼き尽くされるその時にこそ、ゴジラを実感できる――心の拠り所たるゴジラを、実感できるんだ。
なのに逃げるなんてあり得ない。さっきのビーム掃射のときだって巻き込まれないかなとワクワクしたのに。
古株たちもみんな「そうだ!」「ゴジラを受け入れよ」「ゴジラ万歳!」と同意している。
「くっ、狂信者どもめ……!」
「避難するならどうぞ勝手に。私たちはゴジラ愛好続けときます」
「そうはいかん!」
「えっ」
新参が懐から黒光りする何かを取り出す。
妙に慣れた手付きで私たちに向けられたそれは、映画でよく見る小道具。拳銃だ。
「貴様ら全員動くな!」
「ま、まあまあ落ち着いて」
「動くなと言った!」
「わっ!?」
乾いた音とともに、私の座るソファーに風穴が空く。いきなり発砲なんて非常識すぎる。
「山田ハナ。モナークの権限に基づき、貴様を拘束する」
「モナーク……ああ、あの。そういえばモスラは今どうなってます? シノムラって本当に絶滅しました?」
「……っ!?」
モナークはたしかハリウッド版のゴジラで登場した組織で、ゴジラを含む巨大生物の調査と追跡をしている秘密組織だった。
その組織があるならここはモンスターバース。少なくともモスラ、ラドン、キングギドラなどの怪獣がはびこる世界だ。
そして最大級の機密であるゴジラを喧伝していた私たちは、晴れてモナークの敵となったわけだ。
「どうやら貴様にはたっぷり聞くことがあるようだ」
「お手柔らかに」
といっても、ゴジラを実感できた今怖いものはない。尋問でも拷問でも好きにしてもらっていい。
結束バンドで両手を拘束され、背に銃口を突きつけられつつ部屋の外へ出る。下へ行くのかと思うと上へと指示されて、屋上に着いた。
そこにあったのは縄はしごだ。登った先にはホバリングするヘリがあって、モナークのエンブレムがペイントされている。
おっさんはしばらくはしごを眺めた後、おもむろに私の拘束を解いて、アゴでヘリを指し示す。
「行け」
「いやあのっ、素人が行けるヤツじゃないと思うんですが」
「行け!」
「はいっ!」
なんて強引なおっさんだ。拉致するならもっと素人に優しい手はずを整えるべきだと思う。
揺れる縄はしごを命からがら登りきってヘリの室内にたどり着いたときには、もう抵抗する気力がなかった。こうやって消耗させるのが狙いだったのかも。
おじさんは手慣れた様子ではしごを上がってきて扉を閉じる。すると機体が傾き、いずこへかとフライトが始まった。
「HQ、こちらリザードアルファ。対象を拘束した。これより司令部へ向かう」
『こちらHQ了解』
何やら通信しているらしい音声を聞きつつ、窓の外を眺める。そこには私の望んだ破壊があった。
三百メートルの巨体は上空からでもよく見える。十万トンの質量が大地を踏みしめるたび轟音が響き、山脈のような尻尾が動けば建造物は根こそぎ吹っ飛ぶ。
さらにゴジラの必殺技、高加速荷電粒子ビーム。非対称性透過シールドに紫電が走り、口元に収束されたそれは――
「ゴジラさいこー」
私たちの乗るヘリにまっすぐ、発射された。
光が目を焼き、そして――暗転。
ーーー
ゴジラの映画を見ると毎回思うことがある。人間いらなくない? と。
分かってはいるんだ。ただゴジラを映すだけじゃ撮影や脚本の都合上間が持たないし何よりドラマがないとストーリーになりえない。主役の怪獣を引き立てるためにも人間は欠かせないとは、分かってる。
それでも観客はゴジラが暴れまわる様を求めてるわけで、おまけに過ぎない人間パートが長引くととても腹が立つ。
何が言いたいかというと、
「なんで生きてんのかなぁ……」
これに尽きる。
ヘリはテールローターごと機体の後部を焼かれて制御不能に。ぐるぐると回転しながら落ちるうちに私は開いた扉から放り出され、運良く川の水面に突っ込んだらしい。
水面に仰向けで浮かんでいると、視界の隅に炎上するヘリの残骸が見えた。河川敷の方に落ちてしまったようだ。
ゴジラの足音はすでに遠くなっている。ちっぽけな人間が一人生き残ったところで知ったことじゃないんだ。好きなように破壊して細かいことは気にしない。それが嬉しくもあり、寂しくもある。
「教祖様ー!」
河川敷の方から聞き慣れた声とエンジン音。どうやら古株の信者たちが迎えに来てくれたらしい。大型のバンからぞろぞろと出てきた。この人たちだってこんな人間の女よりゴジラの方を追っかけたいだろうに、無理してこっちに来てくれた。最古参のお姉さんは無表情な顔に心配げな色が浮かんでる。
「お怪我はございませんか!?」
「たぶん平気。それよりゴジラは?」
「あちらに。ですが規制線が張られています。追跡はできません」
お姉さんにタオルでわしゃわしゃと頭を拭かれつつバンに乗り込む。信者たちは無線や衛星電話を使い、忙しなく連絡を取り合っている。
「現在スパイの摘発とセーフハウスへの移転準備を進めております」
「仕事早いですねえ」
「遅きに失した結果がこれです。申し訳ありません」
「ただのゴジラ大好きサークルがモナークの本職に張り合えるはずないですよ。仕方ない、仕方ない」
「さ、サークル……」
バンの乗員みんなが苦笑いを浮かべる。まあ御神体が架空から現実になった時点でただのサークルではなくなった感はあるけど、本質はそれだ。これからはゴジラに惹かれた好き者たちがゴジラを追っかけるサークルになるだろう。
怪獣至上主義の私だけれど。
そんな人間パートも悪くないと、今ならちょっとだけ思える。
ーーー
ネット上にはゴジラ教と呼ばれる宗教があった。
日本の海神・呉爾羅にちなんだ破壊神ゴジラの到来を祈り、破滅を受け入れる破滅主義的宗教だ。よくあるカルトと違ったのは教祖の作とされるゴジラのイラストと祝詞が多くの人々の心に響き、一大勢力となったことだろう。教祖の狂気的な破滅願望と経験に裏打ちされたゴジラの絵図は、大なり小なり破滅を望む人々に伝播し、教化したのである。
上下のつながりは教祖とそれ以外の信者で完結しており、横のつながりが異様に広く強い。教祖すら知らないことだが、今や全国の各都市に支部が設立され、活動資金は大企業のそれに匹敵する。もはやネット上のアングラな趣味の集まりというレベルではなく、公然と実在する都市伝説として広く知られるようになった。
とはいえ設立の過程や活動内容はクリーンそのもので、たまにやることと言えば教祖の祝詞を唱えながらゴジラのイラストや像を公開する程度。物好きなクリエイター集団でしかなかった。
そんなゴジラ教の立場が激変しつつある。
きっかけは無論、破壊神ゴジラの首都蹂躙であった。
東京湾から上陸したゴジラは首都を縦断し、首都高や官公庁、国会などの主要部を軒並み破壊。さらには進行後の瓦礫の山に大量の放射性廃棄物を残してから海に去っていった。死傷者は数百万に及び被害総額は今後百年以上経済に打撃を与えるとされる。
犠牲者の哀悼と被災者の疎開、首都移転の準備。目の回るような活動の中でもゴジラ教への弾圧と憎悪が止むことはなかった。特に教祖の山田ハナは怪しげな儀式によりゴジラを東京に招いた『黒の巫女』としてやり玉に挙げられ、『チビカス』『日本を滅ぼすちんちくりん』『ハナカス』などと様々な誹りを受けている。
『巫女に呼応するのはモスラ! ゴジラが応える訳無いでしょ! 東京に来たのは……作品の都合上だ、たぶん』
教団のセーフハウスで山田は律儀に反論するが、結局ゴジラ上陸の真相については山田さえ知り得ない。知っているとすればゴジラ当人だけだろう。
一方、ゴジラの到来を予言していたとして信者たちは急速に数を増やし、今ではネット上、リアル問わずゴジラの祝詞が唱えられている。
『昏き雨降れ 黒の巨神よ 火哭き 罪喰み 世を照らせ』
祝詞が唱えられるたびゴジラへの畏怖が強まり、教団への憎悪が深まる。祝詞は人類にとって呪いと化していた。
モナークは山田が黒幕だと確信している。
山田はゴジラを知りすぎていた。1954年、核実験の名目で討伐を図られたゴジラだが、放射能により急激な変異を遂げる。モナークの中でも一部しか知らないはずの変異後のゴジラを、なぜか山田は知っていた。
それだけではない。山田を乗せたモナークのヘリはゴジラに撃墜されたが、なぜか山田だけは無傷で生き残った。ヘリの墜落に巻き込まれ偶然無傷で済むことがあり得るだろうか。
『おそらくモスラと小美人の伝承のように、彼女とゴジラの間にはつながりがある。下手に手を出すべきではない』
モナークの警告は各国政府に通達された。山田から言わせてみれば完全にただの偶然だったのだが、図らずも身の安全が確保されることとなった。
さて、教団で退屈となった山田は果たして何をなすのか。
信者たちに黒の巫女として勘違いされ続け、ただ崇められるのか。
当然答えは否である。
「とりあえずギドラ、モスラ、ラドン、できれば後何体か探して目覚めさせよう。せっかく居るなら怪獣プロレスさせなきゃ損でしょ」
「承知しました。ギドラについてはイギリスのエコテロリストから打診がありましたので――」
ちょっとコンビニ行こう。そんなレベルの提案だった。基本的にゴジラの活躍が見たいだけな山田にとって、他の怪獣がいることは僥倖でしかない。側近のお姉さんも即答で了承し段取りを組んでいく。
かくして傍迷惑なパラレルゴジラと天然テロリスト女による、大迷惑大決戦が幕を開けるのだった――。
続きはない。供養。