□〈魔香森丘〉 【大迎撃者】水無月 火篝
『じゃあお前が、俺たちと戦ったあの【アイラマティ】だっていうのか?』
『んー……。
あ、いや、確かに私は【アイラマティ】なんだけどね?君の質問には、そうとも言い切れなくてさ。
……ちょっと長くなっちゃうけど、聞いてくれるかな?』
脳内に響く女性的な声――自称【アイラマティ】に俺も脳内で言葉を返すと、声はそう言って語りだした。
昔々のレジェンダリアに、ある魔眼職人がいたこと。
彼女は故郷を守るために更なる力を欲し、1つの【魔眼】を創ったこと。
死に際に、その【魔眼】に願いを託したこと。
願いを叶えるために【魔眼】は世界を旅し――道半ばで壁に阻まれたこと。
壁を超えるため、改造を施し、組み上げた簡易人格に後を委ね……その結果、俺たちに敗れ、旅は終わってしまったこと。
『だから、君たちが戦った【アイラマティ】と私は、ちょっと違うんだ。
人によっては同じじゃないか、って言うかもしれないけどね』
ボディは同じでも、それを動かす
なんか哲学みたいな話だな……。
殺しあった相手と和やかに話し合う。
あまりに異常な事態だが、むしろそれが感覚を麻痺させてこんな風に話せているのか?――あぁいや、あの時殺しあった【アイラマティ】とこいつは別なんだっけ?色々と複雑すぎるな。
……けど。俺たちが【到極匠眼 アイラマティ】という〈UBM〉を殺して。旅を、こいつの創造主の夢を終わらせてしまったのだけは、確かだ。
『……すま、……』
『ん?どうしたの?』
『――いや、なんでもない』
『?』
……今、俺は咄嗟に謝ろうとした。
お前を殺してすまない、夢を終わらせてしまってすまない、と。
でも、それは違う。
自分の我を通すために刃を握ったのなら、誰かを害するのを――命を奪うことすらも躊躇うな。
それこそがここ、天地における理だと、あの辻斬りは俺に説き、それを受け入れて、俺はあの時人を殺した。
今回もそれと同じだ。
俺たちは報酬と街の安全を得るために、〈UBM〉を殺すことを目的に刃を握った。
だから、俺は謝ってはいけない。それはこの世界で生きていく上で必要のない、むしろしてはいけない行為なのだから。
『というか、特典武具に生前の意識が残るなんてことあるんだな』
『あぁ、そういう事例もあるって聞いたことあるけどね。
私の場合はちょっと事情が違うんだ』
『事情?』
話を変えるためだけの咄嗟に振った話題だったが……思ってたよりも気になる答えが返ってきた。
『今の私の
『どう、って?』
『正解はね、〈UBM〉の頃とほとんど同じ構造なんだ。
積んでた演算装置や記憶装置、機械回路、そういったものがほとんどそのまま。ついでに言っちゃえば、簡易人格に制御を渡す直前に保存しておいた、人格プログラムのバックアップもね』
『……あ、そういうことか!』
さっき、【アイラマティ】は言っていた。
”動かす
逆を言えば――ボディは違えど、動かす
特典武具に生前の意識が
生前の
【アイラマティ】が言う内部構造がほぼ同じというのが本当ならば、動かすボディすらもほとんど変わっていないため、より生前そのままと言えよう。
生物ではありえない、人工知能ゆえの自己認識だ。
『だから、スキルの解析とか調整もできるよ。ざっと精査した感じだけど、前と同じく〈UBM〉もいけるんじゃないかな?』
『……え?』
サラッととんでもないこと言ってないか、この人!?
『は?装備スキルにはそんなこと書いて……』
『やっぱり?そうじゃないかなーって思ったから言ってみたけど、正解だったね』
『いやいやいや、そんな重要なこと、しっかり書いといて欲しいんだけど!?……というか、やっぱりって?』
『だって、私のこれ、スキルじゃなくて機械的な
銃の装備スキルに《射撃機構》とか、人工知能の装備スキルに《演算処理》とか書かれないでしょ?それと一緒』
そういうもの、なのか。
なんか無駄に驚かされた感はあるが……なんにせよ、これはとんでもないプラスだ。
思い起こされるのは、討伐の際に目の当たりにした強力無比なスキルの数々。
あれが使えるのだとすれば……!
『――なんて考えてるんだろうなーって想像は付くけどね。
ごめんだけど、その期待には応えられないってことも一緒に伝えさせてね』
『……というと?』
『いくつか理由はあるんだけど。
まず、内部構造はほとんどそのままだ、って言ったけど、当然劣化した部分もあってね。
その1つが、スキルの出力機構。
複数出力がし辛くなってるせいで、〈UBM〉の時ほどの多重発動はまず無理なのと……発揮可能な出力限界が比にならないほどにがっつり下がっちゃってて。
今使ってる《念話》みたいな簡単なスキルなら問題ないけど、〈UBM〉を基にしたスキルとかはほとんど無理かなー』
マジか。
さっき聞いた感じだと、討伐の時に見たスキルのほとんどは〈UBM〉が関わってたよな……。
一番使いたかったやつらが全滅じゃん……。
『一応、無理やり出力する方法もなくはないけど……』
『!その方法って!』
『君の体を通してスキルを発動させるの。
今の私は、君の肉体と深く繋がった〈エンブリオ〉と繋がってるから、そこを経由してね。
ただ……』
『ただ?』
『かなり無理を通すことになるから反動は覚悟しないといけないんだよね。
〈UBM〉級のスキルを出力するとなると反動も重くなるし、今の君の肉体強度でやろうとすると――多分、肉体が爆散するんじゃないかな!』
『なにその物騒なデメリット!?』
……自爆技としてなら、選択肢になるか?
あまり取りたい選択肢ではないが……最悪使うことだけはできるって考えれば喜ぶべきことかもしれない。
『あと、【収畜炉】もだいぶ劣化しちゃってるから。
〈UBM〉としてのステータスもなくなっちゃたし、そもそも発動のためのコストが用意できないよねー』
コスト、かぁ。
なにをするにも、対価が必要になるのは、現実でもデンドロでも変わらない。あんな強力なものならなおさらだ。
当たり前だが、世知辛い話だなぁ……。
『とはいえ、この2つは長い目で見ればそんなに影響はないんだけどね。
爆散する、っていうのは今の状態での話だから、戦闘職でレベルカンストくらいまでいけば腕一本犠牲するくらいですむし。コストもまぁ、私の装備補正のこと考えれば、レベルさえ上げていけばなんとかなるしね』
装備補正――"MP+[着用者の合計レベル]×20"だっけ。
カンストのレベル500なら1万、そこにジョブのステータスで上がる分も含めれば、確かに不自由なく、とまではいかずとも、それなりの回数使えそうだ。
……てか、このアイラマティの口振りからすると……。
『もっと致命的な何かがあるってことか?』
『お、察しがいいね、その通り。
一番重要なこととして――私の中に
『……残って、ない?』
『
記憶領域にあったデータが、一部を残して初期化されちゃってるんだよねー。
特に、調整・改造して保存してたスキル類はほぼ全滅って言っても過言じゃないかな。残ってるのは、《念話》とかの製造段階からインストールされてた数個だけ』
……それは、俺が予想していたよりもずっと致命的な問題だった。
レジェンダリアから黄河まで、大陸の各地に点在していたモノたちだ。
もう一度会えるかは分からず、流れた月日のことを考えれば、討伐されたり死んでしまっていたりする可能性の方が高い。
それが意味するのは……もう一度、あれらのスキルを使うことは、ほぼ不可能だということ。
もちろん、これから別の〈UBM〉や超級職からスキルを学習し、改造・調整していくことはできる。
だが……旅の中で積み重なった400年の重みに到るまで、どれほどかかる?
きっとそれには、想像よりも多くの時間がかかるはずだ。
――いや待て。それもたしかに重要なことだが。
それよりも、データが消えたってことは……!
『消えたのは、スキルだけ、なのか……?』
『ん-ん。さっきも言ったでしょ?記憶領域のデータ、って。
記録してた、街の風景とか出会ったモンスターの生態とか、そういうのも結構消えちゃってるねー』
そんな、アイラマティにとって看過してはならないはずのことを、あっけらかんと言い放った。
『あ、でも、さっき話してたから分かると思うけど、【アイラマティ】って存在の核だからなのかな?〈UBM〉になる前の記録は全部残ってるし、旅の記憶も、全部が全部消えちゃったわけじゃないから!安心して!』
……安心、できるわけがない。
だって俺は――旅を終わらせるだけに留まらず、これまでアイラマティが積み重ねてきた思い出を、創造主に捧げるべき夢も、消し去ったというのに。
……俺は、どうするべきだろうか。
さっき言いかけて止まったように、謝るのは違う。できないし、それにそもそも、謝ったところで意味がない。
それでも。そのまま知らん顔してコイツと付き合っていけるほど、俺の面の皮は厚くなかった。
どうする?俺は、どうしたいんだ……!?
『ねぇ、今度は私から聞いてもいい?』
『……俺に話せることなら』
なにも言葉を返せずに押し黙っていると、変わらぬ声色でアイラマティから言葉がかけられる。
『〈エンブリオ〉について教えてほしいんだ。さっき君の〈エンブリオ〉と繋がって、ちょっとは情報は把握できたけど、それ以外は伝承とか、人伝てで聞いた話しか知らないからね』
そういえば、〈エンブリオ〉とそれを持つ〈マスター〉って、伝承で語られるような存在だったんだっけか。
別にそれぐらいなら、と、今度は俺が語り役となって話を進める。
とはいっても、俺もそこまで詳しく知っているわけではない。
〈マスター〉のパーソナルを読み取って孵化・進化していくこと、6つあるTYPEのことなど、基本的な情報と、具体例として、俺が今まで出会ってきたいくつかの〈エンブリオ〉の話を伝えるだけで終わってしまった。
『なるほど……個人の資質や思想に応じて変化する、ね。
だからこそ、あんなに色々な能力があったわけか。
……【猫神】は、どんなパーソナルであんな〈エンブリオ〉になったのかな?』
『【猫神】、って……』
『私が創られた時代にいた、絶対的な強者3人の中の1人だよ。
どれだけ殺されても、それを上回る速度で自らを増殖させる〈エンブリオ〉による圧倒的な量で、【覇王】と【龍帝】っていう規格外の質に対抗した〈マスター〉』
……自分と似た姿のガードナーを出していたのか、あるいは、増殖できるように、自分の身体の法則をテリトリーで書き換えていたのか。
どちらせよ、自分と同じ存在を増やし続けるパーソナルは、確かに想像しづらいな。
『……もう1つだけ質問があるんだけど。
あなたの〈エンブリオ〉――【ティレシアス】、だっけ。
その子に、意思や人格、それに似たものってあるの?』
『意思?【ティレシアス】には、そういうものはないな』
意思を持つ〈エンブリオ〉は生物型なことが多いが、無機物の〈エンブリオ〉でも意思が宿る場合はあるらしい。
だが、今のところ【ティレシアス】にそれを感じたことはない。
ずっと、ただの義眼のままだ。
『そ、っか。
……ごめん、少しの間、演算に集中してていいかな?
もうちょっと、内部のことをちゃんと精査したくて』
『え?あぁ、もちろん』
『ありがとう。じゃあ、また後でね~』
宣言通り、アイラマティからの念話が止まる。
「…………」
……なんか、急に辺り静かになった気がする。
もちろんただの錯覚なのだが、人の声がなくなっただけでこんなに寂しさを感じるとは。
そういえば、デンドロの中で、あんなに気負わずに喋ったのは初めてかもしれない。
いきなりのことで取り繕う前の俺を聞かせてしまったから、もういいやとそのまま突き通したのだが……自覚はなかったが心のどこかでは、素の俺のまま、誰かと話したいと思っていたのかもしれないな。
アイラマティが自分のやりたいタスクを終えて戻ってくるのがいつになるかは分からないが……とりあえず、それまではモンスターでも狩って時間を潰すとするか。
眼球に入ってた諸々の装置や回路が、コンタクトレンズサイズに納まるものか?と思われた方もいるかもですが
そこはこう、概念を変換する特典武具のシステムが、上手い具合に機能を損なわずに、小型化して変換してくれたということで……